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<幻影学園奇譚・学園ノベル>


消えるお菓子


------<オープニング>--------------------------------------

「また消えたー!!!!」
「こっちもー!」
「オレの力作のプチケーキがぁぁっ!」

 調理室のあちこちから悲鳴が上がる。
 がっくりと項垂れた男子生徒の肩を月神詠子が軽く叩く。
「ま、そういうこともあるだろ。キミも運が悪かったってね」
「運が悪いも何もあるかー!作ったお菓子、どのグループも全部消えてるだろうが!」
「……ボクが食べた訳じゃないし、ボクに言われても。でもこういう光景もなかなか楽しいね」
 くすり、と詠子は笑みを浮かべる。
「そんなのお前だけだっつーの!真心込めて作り上げたプチケーキが今まさにオレの口に入ろうとしてたんだぞ。それが一瞬にして消えるっていうのはどういう事だ!あぁぁ、オレのプチケーキ………」
 プチケーキ男はよほど悔しかったらしい。
 また材料を混ぜ合わせ、新たに作り始める。しかしきっとそれも口に入れる前に消えてしまうのだろう。

 この現象は昨日から起きていて、調理室で授業を行った全てのクラスが被害に遭っている。
 皆、お菓子を作るところまでは無事に終了するのだが、試食会となった時いつの間にか全てのお菓子が消え失せているのだ。
 それは何度行っても同じ事の繰りかえし。
 持ち帰ろうとビニール袋に詰めようが、タッパに入れて仕舞おうが、冷蔵庫で冷やしながら見張っていたにも関わらず全てのお菓子が消え失せた。
 しかし、試しに作ってみたみそ汁だけは無くならなかった。
 それと合わせて、学園内にお菓子を持ち込んだ人物達は全員お菓子が消えるという被害に遭っている。
 どうやらお菓子が消えるのは調理室に限った事ではないようで、学園内に持ち込まれた、作られたお菓子は消える、という事らしい。

「さてね、学園でお菓子が食べられるのはいつになるやら」
 詠子は調理室を見渡しながら楽しそうにその光景を眺めていた。


------<お菓子は何処に?>--------------------------------------

 あちこちから響く、お菓子が消えたー、の声にやっと慣れ始めたシュライン・エマは、ほぅ、と溜息を吐く。
 昨日から学校内で全てのお菓子が消え失せるという現象が起きているのだ。
 どうやらお菓子を持ち込んだ全ての人物が被害に遭っているらしく、その数は数百以上だという話だ。
 そんなにお菓子どうするのかしら、と思いつつもシュラインは、お菓子の無くなった原因について考え始める。
 お菓子が勝手に消えるわけがないのだから、誰かが盗んでしまうに違いない。

「んー…。昨日、何か壊しただとか、妙な事あったのかしら?」

 しかし、そのような噂は聞かない。
 自分だけが聞いてないのかとも思ったが、こんなにも大きな騒ぎになっているのであればどんな些細なことでも原因の一つだと思われて当たり前だった。
 全くそういう話が出ていないということは、そんな話は一切無いということだろう。
 それなのにお菓子は消える。
「一度に食べられる訳じゃないし、きっとどっかに溜め込んでるのよね。学園の何処かに甘ったるい匂いのこもった場所出来てたりしてね」
 自分の想像に可笑しくなり、シュラインは小さく笑う。
「とりあえずはケーキでも作ってメッセージでも書いてみようかな」
 鼻歌を歌って放課後の調理室へと向かうべく計画を立てる。
 どのお菓子を作ろうかなぁと。
 回りの悲痛な叫び声が聞こえる中、シュラインはご機嫌に計画を立て続けるのだった。


------<犯人を捕まえろ!>--------------------------------------

 シュラインは、どんなメッセージを書こうかなぁと思いながら調理室への道を歩いていた。
 隣のクラスの前を通りがかった時、銀色の髪の可愛らしい少女もちょうど出てきたところだった。
 目があって、にこり、と微笑みつつシュラインは歩く。
 するとどうやらその少女も同じ方へと向かっているようだった。
 シュラインが右に曲がるとその少女も右へ。
 そして左に曲がるとその少女も左へ。
 何処までも同じ道を歩いてくる。
 もしかして同じ場所へ行くのかしら?、とシュラインが思ってその少女に声をかける。
「ねぇ?もしかして調理室?」
「え?そうですけど?」
 きょとんとシュラインを見上げる少女。
 同じ道を歩いてきていたことに気づいていたのはシュラインだけだったようだ。
「お菓子泥棒を捕まえるんですっ」
 ぐっ、と拳を胸の辺りで握った少女の姿があまりにも可愛らしくてシュラインは微笑む。
「私と同じね。私は調理室でケーキを焼こうと思ってるんだけど」
「みあおは聞き込みをしてみようと思います。やられ始めた時期と同一にする何かがあったはずです。それを聞き込んでみます」
 うーん、そっちも捨てがたいのよねぇとシュラインは唸る。
「私もそれは考えたんだけど。そっちはお任せしようかなぁ。調理室は私が見ておくから。それと私はケーキを作ってお菓子泥棒さん達にメッセージを送ってみるわ」
「はいっ。それじゃ、後で調べ物が終わったらきます。囮捜査の時にはみあおもその場に居たいです」
「そうね。終わったら調理室にきて頂戴」
 そして軽く自己紹介をするシュライン。少女の名前は先ほど話している時に気がついた。みあおと言うらしい。
 シュラインはみあおを見送ってから調理室へと向かう。

 調理室の前に着いてみると、何やら中から音が聞こえる。
「先客かな?」
 シュラインは、調理室の扉を開いてひょいと中を覗き込んだ。
 すると男三人がせっせかとお菓子作りに励んでいる。
 随分と気合いが入っているようだった。
「あらら?先客居たみたい。私も混ざって良いかしら?」
「どうぞー。ちなみに材料はそこ」
 真輝が指し示すとシュラインはまっすぐにそこへと向かってきて材料を手にする。
 そして真輝の作業台に乗っている材料にとんでもないものを見つけ声を上げた。
「えぇっと……お菓子にそういうものって必要かしら?」
 真輝の手にある粉山葵を目にしたシュラインが言うが、なんでもないことのように真輝は言う。
「いんや。これはお菓子泥棒に捧げる特別製」
 にたり、と笑って真輝が笑うとシュラインは苦笑する。
「なんかとても凄そうな味が想像出来るんだけど……そっちも同じかな?」
「あったりー。これオススメ」
 そう言って鎮が差すのはやはりセンブリケーキ。
「うーん、本物だったら美味しそうなんだけどな。今度泥棒さん用以外は食べてみたいかも」
 両方ね、とシュラインは言って笑った。
 そしてよいしょ、と荷物を置くとシュラインは自分の分のお菓子を作り始める。
 そんなに凝ったものは今からでは作れないが、心が篭もっていればいいだろうとシュラインは思う。

 鼻歌を歌いながらシュラインは楽しそうにお菓子を作っていた。
 明らかに他の三人とは違う。
 なにやら他の三人はお菓子を作りながら呪いを込めてそうな雰囲気だったからだ。
 お菓子盗られちゃった人たちかな?、と思いつつシュラインは焼き上がったスポンジを綺麗にデコレーションしていく。
「うーん、美味しそう」
 良い感じに焼けたしね、と満足そうだ。
 そして綺麗に生クリームでデコレーションした後は、チョコでメッセージを書いていく。
「お味は如何ですか?……でいいかな。返事返ってくると良いんだけど」
 多分美味しいと思うんだけどな、と呟きながら。
 他にも色々なお菓子を作り、メッセージを書いていく。
 このメッセージを誰かが読んで答えを返してくれたらどんなに素敵だろう、と思う。
 たとえそれがお菓子好きの泥棒であったとしても。

 そして、四人のお菓子が出来上がった。
 鎮の粗引き胡椒クッキー、マスタードシュークリーム、塩ドーナツ、そしてセンブリケーキ。
 真輝のぱっと見分からないよう抹茶やカスタードなんかでカモフラージュされた胡椒クッキーや唐辛子ゼリー。その中にはどうやらまともなものも混ざっているようだ。
 左京はもう一度渾身の作のチョコケーキ。
 シュラインのものはチョコなどでメッセージの書かれたケーキだった。「お味は如何ですか?」という文字が描かれている。その他に紅茶スコーンや飾り付けに差し込んだ薄いチョコ自体に「お名前は?」等とメッセージが書かれていた。
 どれも効果があるのは怪しかったが、なかなか見た目は良いものが出来上がった。
 もちろん、鎮と真輝のものは味を保証することは出来ないが。

「ふっふっふ、さあ来い!そして痛い目にあいやがれっ!」
「美味しいお菓子を食べるかなぁ〜」
 ひょい、と自分が作った最強と思われるセンブリケーキを、自爆覚悟でフォークで突き刺し口に入れようとしたその時だった。
 口に入ると思った瞬間、そのケーキの欠片は跡形もなく消え去った。
 そしてテーブルの上の品も全て無くなっていた。
「あぁぁぁっ!またしても俺のチョコケーキ!」
 がっくりと項垂れつつも、左京はわざと回りにおいておいた材料達を一つにまとめ始める。
 真輝もがっくりとまともなお菓子も全てかっ攫われてしまったことに落ち込みつつも、痕跡はないかと探し始めた。
「んー、綺麗に持って行かれちゃったわね」
 お見事としか言えないわねぇ、とシュラインはのんびりと告げる。

 その時、がたん、と調理室で音がした。
 四人は音のした方を眺める。
 そして更に調理室の扉が開かれた。そこに立っていたのは海原みあおである。
「発見しました!」
 びしっ、とみあおが指さしたのは床に蹲っている子狐たちの姿だった。
 ざっと20匹はいるだろうか。
「ありゃりゃ、ちょっと効き過ぎたかね」
「これは読む暇もなかったと見えるわね」
 せっかく書いたんだけどなメッセージ、とシュラインは苦笑する。
「犯人はどうやらこいつらで間違いないようだ。俺のチョコケーキを食った恨みを数倍にして返してやるっ!」
 犯人を目の前にして暴走気味の左京を、隣にいた真輝が宥める。
「なんだ、子狐か。もっと他のを想像してたんだけどな」
 はぁ、と面白くなさそうな顔なのは鎮だ。こんなに簡単に引っかかってくるとは。しかし余りの辛さにのたうち回っている様子は、傷口にワサビを塗ったのと同じ位辛そうなのでその点では面白いと感じていたが。

「で、どうしてお菓子を取ったんだ?おまえたち」
 一番元気そうな子狐を指先でつついて真輝が問う。
 しかしその言葉に反応せず、ひたすら水を求めて水場へと這っていく20匹の子狐たち。
 その水場に行く途中の道を塞ぐのは、甘味を愛する左京だった。
「答えるまでここから先は行かせねーから。食いもんの恨みは恐ろしいって知ってっか?」
 にたり、と不敵な笑みで左京は子狐たちを上から見下ろす。
「そうね、皆困ってるからそこは知りたいわよね」
「みあおも知りたいです。お菓子がどうして必要なのか」
 ぐっ、と拳を握りしめたみあおは調理室の中へと入ってくる。
「……言わないなら塗ってやろうか?目の回りとかに特製軟膏。何が良い?色々揃ってるぞ」
 鎮の言う特製軟膏は最近の悪戯に使われるメンソールやらなにやらのことだ。
 5人から追いつめられた子狐は一匹だけ、ぽん、と人型になりその場に正座をして話し出す。
 かなり激しく咽せて、涙がぼろぼろと零れているが自業自得というやつなのでこれは仕方がないだろう。
「ご……ごめん…っなさいっ…けほっ……お社に居たら美味しいお菓子を貰って……こんなにも美味しいものがあるんだって気づいたボク達は…そのお菓子をくれた子がここの学園の人だったので、ここに来れば美味しいお菓子がたらふく食べられるんじゃないかって……そして美味しいお菓子たくさんこっそり貰って食べてて、競争になったんです……誰が一番美味しいお菓子をたくさん食べられるかって…」
 はっくしゅん、という可愛らしいくしゃみやら咳き込んでいる音が響く調理室内で五人は顔を見合わせる。
「それじゃ、美味しいお菓子争奪戦になったってこと?」
 こくん、と頷く子狐たち。
「そりゃまた……大変だな。どうやってそっと取ったんだか……」
「それはありとあらゆる方法で……っくしゅ」
 ずるずると鼻をすすりながら子狐はぺこり、と頭を下げる。
 やっと復活してきた他の子狐たちも、狐の姿のままぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい……お菓子ってこんな味のもあるんですね……ボク達お菓子を甘く見てました」
 間違った認識を植え付けられてしまった子狐たちは、しょんぼりとして窓から出て行こうとする。
 それを真輝は呼び止めた。
「ちょっと待った!間違った認識で帰って貰っちゃ困る」
 それに頷いたのは左京。
「甘味好きとしては許せないな。甘味とはこの世になくてはならぬもの。ワサビ入りのケーキ等普通はない。さっきのは特別製だ、お菓子泥棒の為のな」
「そうね、なんだか可哀想だし。元はといえばこの子達にお菓子の味を教えてしまったうちの生徒が悪いんだものね」
「そうだったんですか……お菓子そんなに食べたいのなら……お社にお供えに行っても良いですか?新しいお菓子が出たらお供えに」
 シュラインとみあおは子狐たちにかなり同情的だった。
 確かに可哀想と言えば可哀想かもしれない。
 そんな中、鎮は一人楽しそうな笑みを浮かべる。
「んじゃ、俺がまた新しくスペシャルケーキを作ってやるよ」
 ウキウキと鎮はせんぶりの入った抹茶の袋を取りだし材料を練り合わせ始める。
「あぁ、センブリとか芥子とか刺激物は無しな」
 先に真輝に釘を刺され、ちぇっ、と鎮は膨れる。
 そんな会話について行けない子狐たちはそろって首を傾げる。可愛い光景だ。
 その仕草にシュラインとみあおはくすくすと笑い出した。
「今から美味しいお菓子をご馳走してあげるからここで待っててくれる?もう皆からお菓子盗らないって約束してくれたらね」
 ぱちり、とシュラインがウインクすると子狐たちは目を輝かせる。
「本当に?お菓子?美味しいの?さっきみたいなのはお菓子じゃないの?」
「あぁ、さっきのはダミー。今から食わせてやるのが本物のお菓子だ」
「で、約束する気はあんのか?」
 左京はぐるり、と子狐たちを見渡す。
 すると子狐たちは全員揃ってこくこくと首を縦に振った。またしても可愛い光景だ。
「それでは一緒にここでお菓子が出来るのを待ちましょう」
 にっこりとみあおが微笑むと子狐たちはちょこんと行儀良く座りお菓子が出来上がるのを待っていた。


------<試食会>--------------------------------------

 出来上がったお菓子を前に子狐たちは瞳を輝かせる。
 かなり大量に作ったお菓子は作業台二つ分にも及んでいた。
 五人の愛情込めて作った甘味の数々。
 かなり良いものが出来上がってるはずだ。
「さぁて、俺らも食うか」
「やっとありつけるぜ、俺のチョコケーキに!」
 左京は感涙しつつ、自分の作ったケーキに手を伸ばす。
「色々作ってたらそれだけでおなか一杯になってしまいそうだけど、やっぱり甘いものは別腹ね」
「はいっ。皆作ったの美味しそう〜v」
 いただきまーす、とみあおは目の前のケーキに口を付ける。
「美味しいっ」
「紅茶入れるわね」
 シュラインは立ち上がり、勝手知ったる家の如く調理室の戸棚からてきぱきと道具を準備し湯を沸かし始める。
 そんな中、にやりと笑うのは鎮だった。
 一つだけロシアンルーレットのようにワサビ入りのケーキがあるのだ。
 鎮は真輝の作ったケーキに手を伸ばす。
 そんな鎮にみあおが、はいどうぞ、とケーキを手渡した。
 思わず受け取ってしまったがそれはどう見ても先ほど鎮が作ったケーキだった。
「えっと、俺そっちの……」
「ん?まだまだあるからいくらでも食えばいいだろ?そっちもさっさとくっちまえ」
 にこり、と幸せそうにケーキを頬張った真輝に言われ、渋々と鎮はそのケーキを口に運ぶ。
 どうせ10分の1の確率なのだ。これがそのケーキな訳はない、と鎮はそのままぽいと口に入れた。
 その瞬間、涙が吹き出してくる。
 鎮は水場にダッシュし、大急ぎで口を洗う。
「なんだ?自爆か?」
 左京がニヤリと笑みを浮かべくつくつと笑う。
「くっそー!なんでこうなんだよっ!」
 ワサビ入りケーキを食べてしまった鎮は暫く涙目になりながら口を洗い続けた。
 その間に子狐たちは嬉しそうにケーキを食べ続けていたのだった。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/クラス】

●2227/嘉神・真輝/男性/3−B
●0086/シュライン・エマ/女性/2−A
●2349/帯刀・左京/男性/2−B
●1415/海原・みあお/女性/2−C
●2320/鈴森・鎮/男性/1−A


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。
いつもアリガトウございます。夕凪沙久夜です。

せっかく書いて頂いたメッセージは、食いしん坊の子狐たちに読まれることなく終わってしまいましたが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
お祭り騒ぎのような消えたお菓子騒動でしたが、楽しんでお菓子作りして頂けましたでしょうか。
シュラインさんの作ったお菓子はなんか愛情とか籠もってそうでとても美味しそうな気がしてならなかったのですけれども。

また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!