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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


龍の縛鎖 【第2回/全4回】

●プロローグ


「ねえ、ついでだから手伝ってくれない?」
 青が永遠に続く電脳空間の中で、龍の夢の少女はくるりと振り返った。
 それは龍の夢とおぼしき世界。
 天使の瞳を持つ令嬢、羽見望(はねみ・のぞみ)は、一緒にこの空間へ侵入した瀬名雫(せな・しずく)と夢渡りの姫、夢琴香奈天(ゆめごと・かなで)とはぐれてしまい、そこで一人の少女と出会った。

「手伝うって、何を?」
 尋ね返した望へと、さも当然そうに彼女は答える。
「私の、やりたいことのお手伝い」
 貼り付けたような微笑を変えずに、少女は答える。
 そのまま望に視線を向ける。
「あなたこそ不思議ね。その瞳を持っていて、能力者たちと一緒にいられるなんて」
「貴女は、何をやりたいの?」
 あえてもう一度同じ質問をぶつける望に、彼女は嬉しそうに黄金色の瞳を細めた。

「この青一色の世界を壊すこと」


●ふたりの少女


 哀しげな歌声が聞こえる。
 青一色の世界の中、それは懐かしく、儚さを帯びた嘆きの声。
「‥‥時の流れに身を任せ〜♪」
 異世界の戦士の機械生命体―― ハンス・ザッパー(はんす・ざっぱー) は一緒に行動する羽見望に頭だけになった状態で抱えられて空間を進んでいく。
 ぼそっと一言。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥どうせ俺は首だけで人に運んでもらわないと移動も出来ないポンコツだロボ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 ハンスだけ空気が重い。
「ボール以下‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ちきしょおおおおおおロボおおおおおお!!!」
 絶叫が青い空間にこだました。だが、叫んでも頭だけでは現状どうにもできず、喚くハンスをさりげなく無視して望は謎の長い黒髪の少女に続いた。
「あなた‥‥『この青一色の世界を壊すこと』と言ったけれど、それはどういうこと?」
「ついてくればわかる。天羽家の龍についても、天使の瞳――あなたの瞳についても、全部教えてあげる」
「私の‥‥瞳‥‥」
 望が意識した瞬間、一瞬、瞳が黄金色を帯びて、すぐに消える。
「この世界は色々は力があるわ。人間は少しずつその力を手に入れてきた。生きる力、科学の力、能力者の力、――でも、ニンゲンが力を手に入れるほど、失われていくものがあるの」
「失われる、力‥‥?」
「そう。失われる力が、私たちの瞳に力を与えてくれる。誰かが祈っているの。ニンゲンを、特に大きな力を得た能力者たちを消してくれますように、って。だから私たちはこの黄金色に輝く瞳で能力者を殺すの」
 祈っているって、それは誰のことなのだろう。
「祈ってるって誰ロボ??」
「‥‥私のこの瞳もそう。能力者を消していくよう囁いている。望さん、あなたは違う?」
 ハンスは無視されてしまった。
「はぐぅ〜〜、ヒック、ヒック‥‥どーせ俺なんて役に立たないお邪魔虫のギャグキャラだロボ、ロボロボ〜〜」
「哀しみの表現にロボは微妙ね」
「ロボ!?」
 駄目だしされてしまった。
「その点については、私も可哀想だとは思うけれど同意ね」
 とどめを刺されてしまった。もう色んな意味で立ち直れないとばかりに頭から黒煙を噴出すハンス。
 青が濃くなってきたように望は感じた。
 長い黒髪の少女が指差す先に何かが視える――。
「あれ、は――」
 あれは今、自分を案内してくれている少女と瓜二つの姿。眠るように青世界の中心で丸まっている。
「あれがこの世界の中心。彼女を殺せばいいの。そうすればこの青い世界も死ぬし、あなた達も元に戻れる。どう? 簡単でしょう」
 ゾクッと冷気を感じる。

 眠っていた少女の瞳が、少しづつ開き始めていた。

 恐い。彼女は恐い。
 これは恐怖。どちらの彼女か判断がつかないけれど、あるいは、どちらの少女も恐さを感じさせているのかもしれないけれど。
 でも、望の中で別の感情も感じ始めていた。
 これは歓喜? まさか――。
 必死で首を振る。

「あなたは誰‥‥いえ、『何』なの?」

 そこへ、見計らったようなタイミングで雫と香奈天が追いついてきた。
「ダメッ! そんなこと許さないんだから!」
「軽率な判断は歓迎できないわ。彼女の言葉を信じていいとは私には思えないもの」
 望はうろたえた。私にはそんな力はない。
 違う――手に、何か冷たい感触がある――視線を下げると目に入ったのは、自分が握っている白銀の槍。知っている。

 これは、力を奪い、能力者を殺す槍。

 状況もわからないまま選択を迫られる――――。


 話はよぉ〜くわかった、と首だけでハンスはうなずいた。
「で! 俺の、俺の存在は何なんだロボ〜〜〜!!!」
「自己の存在に悩む哲学的ロボット、素敵ね。可哀想だから言うけれどここは仮想空間だから、強く念じれば体は戻る。‥‥成功すればだけれど」
「もう! そういうことは早く言うロボ〜〜!!!」
 ただ、ハンスのことだから失敗しそうな気がしないでもない。


●大空中戦!!

 人気アイドル天羽和泉(あもう・いずみ)の突如とした失踪劇。
 和泉は路上から忽然と姿を消したらしく、その場を目撃した人々の口から出た証言は『龍に空へと連れ去られた』という信じられない話ばかりだという。

 そして、今度は双子の妹、天羽八雲(あもう・やくも)が巨大な龍に狙われた。
 能力者の活躍によって撃退されたものの襲撃者たちは犯行予告を残していく。

 天空に登って、白銀の龍は見えなくなる。龍については舞台演出の一つだろうと観客には納得された。
 瞬間、戦闘の終わった会場で、龍の消えた後の空が突然に震えた。
 揺らめく大気に大写しにされた人影――魔術師の女性が映し出された。
 一般人は誰一人として気づいていない。それは、何らかの力を有するもの――能力者たちにだけ見える映像だ。
『私の龍はいかがでした?』
『今日の余興はほんの挨拶代わり。次は容赦をしませんから』
 空に映し出された余裕ある女の映像をキッと八雲は鋭く睨みつけた。女魔術師と八雲の視線がぶつかる。
『八雲さん、次のステージは飛空船を借り切っての空中ライブだそうね‥‥私たちもお邪魔させていただこうかしら。うふふ‥‥』
 ――――今度のあなたのステージで、この私の龍がお相手してあげましょう。
 襲撃予告を残して、空中に映し出された女魔導士の姿はゆっくりと消えていった。
 果たして、能力者たちは天羽八雲を守りきることができるだろうか。


「クスッ‥‥この間のことは面白かったわ、今回も仕事を引き受けてあげる」
 ライブコンサート開演前。
 艶やかな声に、天羽八雲は振り返った。
 赤い着物の少女――咎狩 殺の声だった。
「あはは、それは嬉しいけどさ。私はこの身を狙われてるんだから、面白かったといわれても困っちゃうわよ」
「そう? 別に私は困らないもの、クスクス‥‥」
 八雲は一瞬、反応に困った。
「あ、そうだ。今回は空からの護衛だから専用の道具が貸し出されるんでしょ。もう決めたのかしら?」
「あら、道具を貸してくれるって? そうねぇ‥‥なら天馬でも借りようかしら」
「ペガサスか、いいね、それ」
 八雲はうらやむような視線を向けた。
「自由な翼で、空を翔ける。それはきっと、素敵なことだから――」

                              ○


「‥‥これってすごい」
 ――――例えるなら空中を並んで泳ぐ二頭の巨大な鯨。
 それひとつでさえ大きな飛行船を、横に連結することで、両方の間で引っ張り上げられるように半野外状の特設ステージが造られていたのであった。
「絶対天羽家の呪術によるサポートもありますよ、うん」
 普通の技術では実現なんて考えられない。
 魔法のじゅうたんに乗った 鶴来理沙(つるぎ・りさ) が空からライブ会場を見守っていると、どこからか優雅な羽ばたきの音が聞こえてきた。
「戦いの前の静けさ、と言ったところかしら?」
 ――――夕陽を舞う天馬。
 ペガサスに騎乗した少女はクスクスと鈴を転がしたように笑った。
 真っ赤な着物の神秘的な雰囲気の幼子――人形繰り 咎狩 殺(とがり・あや) は、艶然と微笑む。
「向こうは盛り上がっているようね‥‥楽しいのかしら? クスクス‥‥」
 ライブはすでに中盤を過ぎて後半に突入していた。
 熱狂的な盛り上がりをみせている中、沈み始めた夕陽に染まる黄昏のビル街の海原を悠然と進んでいく。
 遊覧飛行自体でも十分楽しめることを運営側をわかっているのか、ライブの構成には
前半と後半の間に長めの休憩時間がプログラムに盛り込まれていて、大空からの眺めも楽しんでもらえるようになっているのだ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥盛り上がってる、ね」
 理沙は上空から掛けられた声に気がついた。
 頭上を見上げて――
 硬直する。
「‥‥‥‥‥‥‥どうしたの? 理沙、固まって‥‥」
 巨大な二刀を背負った 五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ) は、怪しげな空飛ぶ箒にまたがっていた――――何かわけの分からないエンジンが付いていておまけに木炭燃料という窮めて危なっかしい乗り物。
 ボケのない登場だと思ったらこういうことか!
 その上、時雨の格好はいつもの黒尽くめに何故か魔女帽子、更に黒猫持参で箒に乗せている。
 ボケすぎです時雨さん!(理沙、心の声)
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥名前は、ジ○ではなくヂヂ、だよ?」
「‥‥それってマニアックですよっ」
「その愉快な姿、下にいる観客も見たがったかもしれないわね」
「うぅ、シャレにならない‥‥ゼッタイ楽しんでます!」
 もう味方はいないのか、という感じだ。
 一応解説しておくと、注目のライブコンサートだけあって、警備中の超常能力者が視認されないよう万全の対策がとられている。
 カメラ類自体の持ち込みは禁止されているのは当然であり、さらには会場内から外を見ても空を飛んでいる能力者たちが視えないよう、一種の超常的な結界が飛行船内部には張られていた。
「よう、そっちはどうだ、変わったことないか?」
 そこにやってきたのは大学生、 火宮 ケンジ(ひのみや・けんじ) だ。空飛ぶ靴をはいて空中を歩いてくる。
「いや、しかしあの人気アイドル天羽八雲のライブをタダでみれるなんて、これも警備の役得だな!」
 だが、ケンジに集まる視線は冷たい‥‥。
 でれ〜と鼻の下を伸ばしている、というわけではないが、しまりなくコンサート会場を凝視するケンジを、ジトーッと理沙が魔法の絨毯から睨みつける。
「休憩時間に会ってきたでしょ」
「あ、えっと‥‥なんのことだ?」
「八雲さんに会ってきたでしょー! それも勝手に!」
「くっ、証拠はあるのかよ証拠。知ってるか、日本は法治国家で証拠もなしに疑うのはよくないこととされてるんだからなッ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥それ、は?」
 珍しく突っ込みの時雨が指差す先には、天羽八雲の直筆サインが入ったケンジの着ているTシャツ‥‥。
「うわー! 俺不覚、こんなはずでは!」
「認めますね?」
「‥‥いやもちろん仕事はちゃんとやるぞ?」
 なんだかこのひと開き直ったようだ。
 とはいえ、他にも大勢の腕利きの能力者が集まっているから大丈夫だろうと理沙は思うことにした。

 時間が過ぎ、夜になった。
 完全に日は沈んで一面を闇が支配する。
「ライブの方もクライマックスだ‥‥このまま終わってしまうそうだけど、今日はまさかこないんじゃないのか?」
「だと、いいわね」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あ」
 時雨が声を漏らした。
 全員が感じ取った。何か、圧倒的な威圧感。顔を上げたケンジは絶句した。

 空が曇る。
 風が吹き荒れる。
 白銀の龍――ミスリル鋼の身体は、この巨大な飛行船を飲み込むような巨躯を震わせ、まさに大空を支配する人造の世界の王者。
「前より大きくなってる――成長してるわ‥‥!?」
「お待たせしたわね、皆様。さあ、無駄な抵抗を見せていただきましょうかしら?」
 龍のすぐ傍で機械で出来た大鴉(おおからす)に立ち、指揮を取る女魔導師が高笑いをしていた。彼女が引き連れた魔術師軍団が共に――。部下の魔術師たちも同じく大鴉に乗ったもの、背中から機械の翼を生やしたもの、禍々しい人造生物に騎乗したものなど、様々な形態がある。
 時雨は箒をかたむけ、急上昇した。
 全体図を俯瞰しながら龍の顔を見て気がついた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あれは‥‥人?」
「そうみたいですっ」
 龍の額に埋め込まれたそれは、人の形をしていて。
 似ている。
 今、ステージで歌っている天羽八雲に――
「いや、あれは双子の姉で先日誘拐された、天羽和泉だ」
 ケンジが鋭く指摘する。
「すごい、よくわかりますね、ケンジさんっ」
「以前に懸賞で天羽和泉の抱き枕が当たったからな」
 それもなんだかちょっと‥‥。
「厄介なのはこの数の部下たちね。ここまでの数を連れて来るだなんて。力は大した事ないでしょうけど鬱陶しいわ‥‥」
 殺の懸念通り、数は大きな武器になる。特に今回は八雲を誘拐すれば彼らの勝ちなのであって、例え雑魚一人といえど八雲への接近を許せばその時点でアウトだ。

「俺のことも忘れてもらっては困るロボロボロボロボロボロボ!!!」

 異世界からやってきた機械生命体―― オットー・ストーム(おっとー・すとーむ) が登場した。空中戦のみを目的に作られたので足が無いフォルムをしているロボットであり、言わば空中戦のエキスパートだ。
 決して空中戦しかできないというわけではない(と思う)
 だが、その様子はどこかおかしい‥‥能力者・魔術師の区別なく凶暴な力で攻撃するオットー。
「君のハートにブレストファイヤー!!!!!! ロボォ!!!」
 『拡散魔弾砲』9門に『大型ミサイルランチャー』4門、『小型ミサイルランチャー』24問が一斉に火を噴いた。ミサイル以外の武装は全て火属性の魔力が込められている。
「うわ、こいつギャグキャラのくせになんて火力だよ!」
 しかも火力が得体の知れない謎薬『バーサークポーション』を服用してパワーアップしている。そのための暴走状態なのだ! 薬で火力が上がるとかもうなんだかすごい。というかそんなナゾ薬を服用しないでください!
「ロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボォ!!!!!!!!」
 オットーから強大な魔力集中を感知する。
 『メガ魔弾砲』――強力な魔砲は暴走状態でさらに波動を膨張させると破壊の閃光となって夜空を薙いだ。奔流する光の魔弾はその軌道上にいくつもの小爆発を発生させながら白銀の巨龍に直撃した。
「これは、決まったか――」
 だが、爆煙が晴れたそこには傷ひとつ負っていない機械の龍の姿が。完全にあの膨大な火力を中和している。
「おほほほ、これが我らの科学力を結晶させた機械龍『D−オメガ』! 百八十五層に及ぶ超純度の魔力結界、そして伝説のレニウム魔鉱石と神鉄鉱ミスリルを配合させたスーパー・ミスリル装甲――人の手によって造り出された地上最高最強空前絶後の生物、それが『D−オメガ』ですのよ!」
 そして‥‥。ニヤリ、と女魔導師が笑うと同時に、メガ魔弾砲の全エネルギーがそのまま反射されてオットーを直撃した。丁度薬の効果時間の5分間が時間切れとなって爆発しながら夜空の星となるオットー。
「そして戦いはクライマックスへ、か。シャレにならないよ」
 能力者の防御陣を突破して飛行船に取り付いた魔術師の一人を炎の剣で斬りおとすケンジ。
「もう、数が違いすぎて手が回らないですっ」
 理沙が叫んだ時、取り付いた別の魔術師が悲鳴を上げて飛行船を離れた。
「なに!? このたくさんの魔力は――」

 遠目に見て、空に黒い点が無数に見える。
 一つ一つの黒点が強い魔力を帯びている。
 それは数え切れないくらいの悪魔の軍勢。
 悪魔の軍勢を率いて悪魔と融合し醜悪とも美麗ともいえるニンゲンがやってくる。
「――――社会に害をなす人たちには制裁をくわえないといけませんね(僕の大事な贄たちに手を出すやつには死を与えてやら無いといけないね)」
 悪魔憑き、 神無月 慎(かんなづき・しん) は空中で翼を羽ばたかせながら静かに微笑んだ。
「な、なんだかあの人、語り口と雰囲気のオーラが違うんですけど‥‥!」


●甦る赤龍の胎動

「はい、お疲れ様です」
 天羽八雲は元気良く挨拶をすると、控え室を出て大きく背伸びをした。心地いい疲れが体に満たされていく。
 ついさっきライブコンサートのアンコールを終えてステージを降りてきたばかりだ。
 本来ならこれでコンサートは終了だが、プログラムとして遊覧を兼ねてもう少し東京上空を巡回することになっている――真実を伏せられたまま。
 八雲は窓を覗き見て、ふぅっと深呼吸をひとつすると、視線に意識を集中させた。
「‥‥‥始まってる」
 結界を超えて見えてくる大勢の能力者と魔術師と悪魔と、そして――巨大な白銀の龍の戦い。
 恐怖からか驚きからか、感覚が麻痺しているのかもしれない。八雲には、不謹慎だが、戦いの光景が美しく見えてしまった。


 真下から天頂方面へ、ビル街の光の海を背景に急上昇すると、魔術師の放つ魔導力のレーザー光を回避する。
「うわあ!」
 魔導装置により瞬時に空中に青色光の魔法陣が描かれ雨のように放たれる魔光攻撃。能力者たちは障壁を張って応戦する。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥まずい、か」
 時雨は攻撃をまともに受けてしまった。箒のようなこの謎の乗り物、遅い上に壊れ易いのだ。
 だが、信じられないような軽業で時雨は跳躍した。
 下に広がるのは東京の光の海。広く深く幻想的なまでの光景。
 他の能力者の乗り物から乗り物へと八艘飛びで移動していくと、黒猫ヂヂを頭に乗せながら理沙の魔法のじゅうたんへと飛び移る。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥頼むよ、足場‥‥」
「え、あ、はい! うわわあぁぁっ!?」
 ゆれる足場を気にせず剣を振り上げ、時雨は連続で真空波を放った。
「ゆれ、揺れるって! もうちょっと抑えて‥‥!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥堪えて」
 びぇー!? 慌てふためく理沙。彼女を励ましながら、音速のカマイタチが魔術師たちを直撃し、撃ち落していく。
「え、まさか、――なんで!?」
 飛行船の空中ステージの連結部分を重点的に守っていたケンジは信じられない。
 ステージの天井部にあたるドーム状の屋根に、一人の少女が立っていたのだ。
「何やってんすか、八雲――天羽さん!?」
「八雲、でいいわよ?」
 強風にあおられる黒髪を押さえて床に手をつきつつ微笑する。ケンジが叫ぶのと一人の魔術師が防御陣を突破し襲い掛かるのは同時だった。
 きわどいタイミングで割って入り、炎の剣で魔術師の伸ばした鉄の腕――背中から生えた機械仕掛けのマニュピレーター・アームを防ぐ。そのまま、アームと機械の翼の片翼を切り落とした。
「早く中に戻ってくださいよ! 見ての通り危険なんだから――」
「私が中にいたままじゃ、ほら、今日来てくださったお客様にまで危険が及ぶじゃない、ね?」
 この人は自分の立場をわかっているのだろうか、とケンジは思う。
「だからって自分が連れ去れてたら本末転倒じゃないかよ!」
「信じてるもの。あなた達を」
 その笑顔は、反則だ。
 前回の事でショックを受けたりしてないか心配していたのだが、こうなると少し怯えていてくれてほしいものだ。
 ザン。すぐ横で何かが斬られる音。別方向から襲いかかろうとした魔術師を時雨が斬り捨てたのだ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥油断は、駄目だよ」
「それはわかって‥‥ってエエ!? あ、あそこから飛んできたのか!? 何十メートルも距離あると思うんだけど――!」
 ケンジは驚きの表情で、遠くに見える理沙のじゅうたんと目の前の時雨を何回も見比べた。信じられない‥‥。
「まぁ、前回の戦いで大体何があるか分かったし、今回は手加減する必要もなさそうね」
 天馬から見下ろした殺が、胸に抱く骸骨を模った不気味な人形――蝕に囁きかけた。
「蝕、あなたには火の神迦具土をおろしてあげる、存分に暴れなさい」
 火焔の神を人形に憑依させて解き放つ。
 殺の天馬の隣に、悪魔と融合した慎が舞い降りた。
「今のところ、こちらが優勢なようですね (この僕が参戦しているのですから当然のことですが)」
「『アレ』が動いてないもの、クスクス‥‥」
 慎と殺は、目の前の、巨大な白銀龍を見上げた。
 その頭に立った女魔導師を。
 ついに、機械の龍が動く。
「さて、蝕が遊んでいる間、私も少し遊ぼうかしら。あなたたち、古代ギリシャの歌劇は見たことあるかしら? 劇中何か謎があると、神様が降りてきて謎を解決してくれるの」
 大気が渦まき、嵐が吸い上げるように暗黒の闇雲が立ち込める。
「その神様は機械仕掛けの人形、『Deus ex Machina(機械仕掛けの神)』っていうの‥‥クスッ、機械仕掛けの術を使うあなたたちの相手にはピッタリでしょ?」
 闇の雲から現れるのは羽を持った白銀の龍に負けないほどの巨大な人形――
「今回はこれで遊んであげるわ‥‥きなさい坊やたち」
 同時に、慎も秀麗な美貌に背筋を凍らせるくらい邪悪な嘲笑を浮かべた。
「僕もお相手をさせてもらいましょうか (貴方など片手で十分なのですよ!)」
 腕を前に突き出し魔力を集中させる。
 圧倒的な量の『力』として、巨龍の数百という多重魔力結界と衝突する強大なエネルギー。
 慎の魔力と龍の決壊がお互いにぶつかり、
 喰らいあい、
 呪いあい、
 拒絶しあう。
 衝突の波動が凄まじい紫電を放つ。
「ふふ、これほどまでの出力を持つ魔力とは、素晴らしいの一言ですね (僕の魔力障壁に比べれば薄っぺらな紙も同然ですが、ふふ)」
 ――――巨大な龍と、巨大な機械人形と、巨大な魔障壁の衝突――――。

 大気が荒れ狂い、魔術師や能力者も何人かが巻き込みながら勢いを増していく。
「機械仕掛けの龍なら私のものにしてあげてもいいかもね、クスクス‥‥」
「ほざきなさい? わたくし達の魔導科学にひざまずかせてあげますわ」
 大気を踏みしめて、ケンジは女魔導師に呼びかけた。
「なあ、何で八雲さんや和泉さんを連れ去ろうとするんだ? 一体何が目的なんだよ」
「何をわかりきったことを。龍使いの巫女は、龍の力を発動させるための鍵でしょう? 巫女を得て、巫女の力を引き出すことでわたくしの龍の力はもっともっと上がっていく‥‥うふふ、この時代に双子の龍使いが現れたのは、彼女たちにとっては不幸で、わたくし達にとっては僥倖ということね」
「――あれは、姉さん‥‥」
 飛行船の上から巨大な龍を見上げた八雲は、額に埋め込まれた和泉を見た。
 二人の間でだけ空気が止まる。
 静止した時間。閉じられた和泉の瞳が開き始める。双子の眼と眼が合った。
 輝く黄金色の和泉の瞳。
 叫び声をあげて八雲は弾けるようにのけぞると、膝をついて倒れた。
 ‥‥感じる‥‥。
 和泉の唇がかすかに動く。同時に誰もが感じ取っていた。もう一つの巨大な力の覚醒――。
「緊急連絡です! 東京タワー方面に、巨大な龍が、紅い龍が出現したそうです‥‥!」

「面白いわ。予測より早いけれどいいでしょう。そちらを優先して確保をします」

 機械の龍からけん引の魔力が放たれ、飛行船ごと掴まえて移動を始める。
「わたくしはネオ・ソサエティ四大魔術師の一人、五大元素の魔術師―― 歌美咲 霊樹(かみさき・れいじゅ)です。奪い返したいのでしたらご自由に」
 白銀の龍は、低い響きを上げて東京タワーへと向かい始めた。

 新たの戦いの場所は、東京タワー上空。
 その空間には紅い龍が待つ。


●決戦前


「自由意志というものについて、あなたはどう思う?」
 鏡の中の私が尋ねた。
 瓜二つの姿を持った全く別の、もう1人の私。
「自由であることは素晴らしいわ」
「そう? ‥‥そうかしら」
 もう1人の私は疑問を呈する。
「だって、自由であると心が広がるし、思い通りに動けるし――自分らしくいられるのよ?」
「でも、力あるものの自由は、人を潰せるし、夢を喰らえるし――自分だけを愛せるのよ?」
 彼女と私は、どこまで行っても平行線。
「あなたが言うのは自由じゃない。力に自由を見失い奪われているだけ」
「あなたが言うのは現実じゃない。力の正体を知らないで踊らされているだけ」
 二つに引き裂かれた同じ魂。
 力こそが自由で束縛は足枷で、だからこの螺旋をうたいながらも無限に続く命題は‥‥決して交わる事はないのかもしれない。
 そして、金属の鎖で縛られながら、鏡の中の私は笑っている。

 龍の魂を宿した私たち――――。




【to be continued [The chain of Closed Dragons]Part3】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3227/ハンス・ザッパー(はんす・ざっぱー)/男性/5歳/異世界の戦士】

【1564/五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ)/男性/25歳/殺し屋(?)】
【3275/オットー・ストーム (おっとー・すとーむ)/男性/5歳/異世界の戦士】
【3278/咎狩 殺(とがり・あや)/女性/752歳/人形繰り】
【3340/神無月 慎(かんなづき・しん)/男性/17歳/高校生:風紀委員長】
【3462/火宮 ケンジ(ひのみや・けんじ)/男性/20歳/大学生】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。
 またもやノベル作成が大幅に遅れてしまい申し訳ありません‥‥草間のほうともずれてしまい。大変ご迷惑をおかけしています‥‥。9月中を目処にシリーズを完結させられたらと思います。
 【龍の縛鎖】第3回の募集は、8月30日を予定しています。

 それでは、あなたに剣と翼と龍の導きがあらんことを祈りつつ。



>ハンスさん
 主役のような活躍ができるチャンスなのにキャラの方向性が主役向きでない‥‥う〜ん、悩み所ですね。お嬢様を守る騎士を目指してみたりなどいかがですか?
>時雨さん
 懐かしいですね、魔女●宅急便(だと思うのですが)。そのうち巨大な動く家のネタも出てきたりするかも、と戦々恐々。
>オットーさん
 ポ●モンのロケット団を彷彿とさせますね‥‥合掌。(※生きてます)
>殺さん
 素敵なセリフが多いのでつい丸々使ってしまいます‥‥ごめんなさい。『Deus ex Machina(機械仕掛けの神)』は力強いイメージですか? それとも天使みたいな?
>慎さん
 悪魔の軍団vs魔術師の軍団――すごい光景になりました。まさかこんな展開になるとは。
>ケンジさん
 というわけで『天羽八雲サイン入りTシャツ&抱き枕』を入手してしまいました。大切な何かと引き換えに――ある意味呪いのアイテムかも。