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自習時間
チャイムの音に席に着くがなかなか先生が来ない。
ざわつく教室内。
五分もたった頃だろうか、開いた扉から来たのは別のクラスの教員。
「おう、揃ってるかお前等」
「何かあったんですか？」
「腹痛で倒れたらしいんだ、だからこの３．４時間は自習な」
「自習……」
教室に入ってくるなり黒板に大きく書かれる自習という文字。
チョークを置いてから手を払う。
「まあ適当にやっててくれ、学校の外に出なかったらいいから」
手近にあったイスを引き、そこに腰掛ける。
つまりは監督役を言い渡されたが、あまりやる気はないらしい。
さて、開いた時間を何に使おうか？
自習と聞いてさっそくザワザワと騒がしくなる室内。
夏の暑い日で、監督する人間がいいと言ってしまっているのだからこうなるのは当然の流れだろう。
さっそく居眠りを始める生徒。
用事があったのか足早に飛び出していく生徒。
涼しそうな位置を見つけてそこにたむろしては昨日のテレビがどうだとかを談笑していたり、机を向かい合わせにくっつけてどこからかとりだしたトランプでジュースを賭けて遊んでいたりもする。
当然その中には真面目に勉強しようと教科書やノートも開いている生徒もいるのだが……騒がしい所為か数は少ない。
啓斗の場合は勉強をしようとしている数少ない生徒の一人だった。
これまで学校に来なかった分、きちんと勉強しようと教科書を取り出す。
長く使っているはずの物は、他と比べてしまえば綺麗な方だったかも知れない。
これでも家で勉強はしていたつもりだが……やっぱり違いが出るものなのだろう。
考えていた事を振り切るようにノートに癖のある字で数式を書き始めるが、本当の所は他の人より綺麗に使っているからだと言う事は思いも寄らなかったりする。
一問目を解き始めようとしたその時。
何かの気配を察したようにペンを止める
「兄貴ー！」
何てタイミングだろう。
「なーなー！」
「弁当はまだだ」
ピシャリと一言。
「なにも言ってねぇだろ！？」
「じゃあ他の用事だったのか？」
「うっ……そりゃ……違わないけど、腹減ったんだってっ」
言葉に詰まる北斗に溜め息を付いてから、もう繰り返す。
「まだだ」
「えー、ほんとに腹減ったんだって」
「渡したらすぐになくなるだろ」
「そりゃ……」
「渡してなくて良かったよ、本当に」
何しろ手に持ったら、例えそこが玄関でも食べてしまいかねない勢いなのだ。
「何だよ兄貴のけちー」
「ケチって……」
背後に漂い始めたオーラに、沈黙するがそれも一瞬の事。
「……なー」
「まだだ」
これは怒られる前に退散した方が良いと普通なら学習するはずだろう表情。
だが……。
「駄目なのかよー、腹減ったーー！」
「………北斗」
低い声。
今度こそ気配に押され後ずさる北斗。
「しかたねぇな、じゃあ自分で何とかする」
むうと唸ってからあっさりと背を向けた北斗に、ずいぶん聞き分けがいいと瞬きする。
「どこ行くんだ？」
向かう先が自分の机ではない事ぐらいにはすぐに気付いた。
「食堂」
元気のいい答えと共に扉から飛び出して言ってしまう。
「あっ！ 駄目だって、北斗っ！」
ガタリと音を立てて椅子から立ち上がり声をかけるが時既に遅し、声は引き留めるのにはほんの少しだけ遅かったようだ。
念のため教室から外を覗いてみたが背中すら見えない。
「……はあ、まったく」
溜め息を付いてから、せっかく出した教科書とノートを机の中に片づける。
考えたのは購買部のパンがお昼になる前に全部無くなってしまうのではないかという事。
多分そんな事はないと思いつつも……そんな光景が浮かんでしまうのはいつものやりとりの結果だろう。
だから多分大丈夫、の筈だ。
「………」
少しだけ天井を見上げてから、啓斗が向かったのは図書室。
ちゃんと追いかけようと思ったのだが、どうしても立ち寄りたかったのだ。
何か起きたなら啓斗の所に人も来るだろうし大丈夫だろう。
こうして廊下を歩いていると結構他のクラスも出歩いているのが解る。
その中には時折見知った顔も見かけたりした。
そのままの人もいれば、ほんの少し若返ったり成長している人もいるが……それ以外は元々学生だったし、周りも普通なので特に混乱したりする事はない。
これが夢だと言うことは気付いても痛し、周りの何人かも気付いていて現状を維持しているようだから啓斗も同じくこのままで居ようと思っていた。
ここは……少しだけ違う。
知らないはずだけど、知っている場所。
ここは、まるで……起きている時に良く行くあの場所のようだ。
誰に強制される訳でもなく、自分で考え行動する。
ただしその責任はいつだって自分がとるのだ、それは孤独ではなく自らが負うべき責任。
誰かに手を差し伸べる事も、その逆もいつだって許されている。
向こうの学校もここのようだったら……もっと何も考えずに通えるのかも知れない。
この感情すら、ここの何かに仕組まれた事なのか、それとも元々考えた考えた事なのかの判断は付かなかった。
解る事は少ないが、今やる事だけははっきりしている。
図書館に行って、本を借りるのだ。
ここの図書室には他では見られないような物も混ざっているようで啓斗の他にも結構な人が通っているからと少しだけ足を速める。
走る事も頭を過ぎったが、そうまでする理由も無いしなんとなく気が咎めただけの事だ。
じわりと汗ばむ廊下はきっと止まっている方が暑いだろう。
動いていればそれだけで少し楽になる。
「……ああ」
なにもこんな事せずとも、廊下が暑いのは風がないからだと気づき窓を開くと案の定外からは気持ちのいい風がながれてくる。
初めからこうすれば良かったのだ。
同じように他の窓も幾つか開けると大分楽になる。
「………」
一息つきかけた啓斗が何かの気配に反応したように顔を上げ、あたりを見渡す。
直感とでも言うべきだろう、何か予感がしたのだ、背中側からピリピリと張り詰めていくような感覚。
この気配は、知っている。
「………あ」
「やっぱりっ！！」
声を出してしまってからしまったと思ったが、向こうも気付いてしまっているのだからこれで良かったのかも知れないが……。
どうするべきかとジッと見て……それから気付く。
「縮んでる！？」
「若返ったと言って下さい」
即座に切り替えされたが、むうと唸りつつ見下ろす。
大体普段と変わりないのは気配だけで、後は背も低いしいつもより若い。
意外な物を見たと思いはしたが……用があった事を思い出し歩き始めると同じく聞こえてくる足音。
「……なん」
問いかけて、気にしない方が良いと口を閉じるが言いたい事の予想でもしたのかあっさりと返される答え。
「方向が同じなだけですよ」
「……違うかも知れないじゃないか」
「だったらいいんですけど……俺は図書館に用があるだけですよ」
「なっ」
本当に同じだったらしい。
それ以上に先に言われたらなにも言い返せない。
「……」
「同じだったようですね、なに借りるんですか」
違うとでも言いたかったがそれも無意味だ。
「なんでも良いだろ」
「それにしても、本当に学生だったんですね」
「……なにが？」
「別になにも、そう思っただけですよ」
含みがあるのを嫌でも想像させられる口調とは大概の人が思う事だろうが……啓斗の場合はきっと試しているに違いないだとか、からかわれているのだとか考えてしまう。
「……なんだと思ってたんだ」
「あんまりにも縁側が似合いそうなので、てっきり隠居でもしていたのかと」
「………意地が悪いとか言われるだろ」
「日常的に」
簡単に返され、続けて何かを言い返そうとしたが、相手にしたらきっと負けなのだと言い聞かせながら沈黙する。
もう図書館に着いたのだからちょうどいい。
「ここからは別だろっ！」
きっと強めの口調で言ってから、目的の本棚へと向かう。
夜倉木は図書委員の生徒と何かを話しているようだった。
もう大丈夫だと涼しい図書室の中でホッと息を付く、端から本棚を眺めながら歩いていると借りようと思っていた本以外にも面白そうな物を見つけてそれも借りておく。
「あの、通っても……」
「あ、はい」
本に集中するあまり進路の邪魔になっていたらしい。
道をあけると小さく礼をしてカウンターへと向かっていった。
啓斗も目的の本を借りようと前に確認した場所を見るが……無い。
「あれ？」
下の段や隣の本棚も見てみたがやっぱり見あたら無かった。
もしかして誰かに借りられてしまったのかも知れないが、念のためにと図書委員に聞いてみる。
「すいません、この辺りの歴史が詳しく載ってる図解付きの本を借りたかったんですが……タイトルは」
「あっ、その本なら知ってますよ」
「本当ですか」
まだタイトルも言っていないのにと驚いたのもつかの間。
「その本ならついさっき貸し出ししたばかりですから」
本を置きながら口を挟んだのは……やっぱり夜倉木だった。
「………借りられた？」
「たった今」
もしやとは思う。
「ああ、ちょうど出ていった所ですよ」
反射的に振り返り見たのは、やはりさっき道を譲った相手だった。
ほんの紙一重の差だったと言う事である。
「………」
「そんな残念そうにされても、俺は悪くないですよ」
「わかってる、そんな事」
全部が全部だとは言わないが……この男が一緒だとどうにも付いて無い気がするのは考えすぎだろうか。
溜め息を付いた啓斗に追い打ちのようにかけられる声。
「よかった啓斗君、ここにいたのね。北斗君が……」
「……今度は何を？」
「さっきの事だけどね、食堂で…」
また何かやったのかと……啓斗は深々と溜め息を付く。
この学園生活も、こういう意味では気が抜けないようだった。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【０５５４／守崎・啓斗／男性／２−Ａ】
【０５６８／守崎・北斗／男性／２−Ａ】
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
学園生活、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
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