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<東京怪談・PCゲームノベル>


デンジャラス・パークへようこそ 〜完全無欠の秘書〜

 猛暑真っ盛りの、夏の午後。
 息も絶え絶えだった草間興信所のエアコンが、とうとうお亡くなりになった。
 享年何歳かは不明だが、電気製品の平均的耐用年数を思い切り超過していたことは確かである。
 事務全般を管理するシュライン・エマの調べによれば、もともと中古品を購入したため、とうに減価償却は終えていて資産価値はゼロであった。
 しかし、財務上の処理より何より、エアコンがないと、困る。
「……新しいエアコンが、欲しいわね」
 机に突っ伏して半分溶けかけている草間武彦に、シュラインはとうとう声を掛けた。草間興信所の清貧きわまりない財政状態をわかりすぎるほどわかっているシュラインにしては、珍しいことではある。
「わかっちゃいるが、先立つものがない」
「言ってみただけ。武彦さんがそう答えることは、わかってたわ」
 それでも、と、シュラインは考える。
 何か、打開策はないだろうか。
(そうね……。たとえば、どこかで効率の良いアルバイトをするとか。そういえば先日、財政難に陥った弁天さんに仕事を紹介したり原因を調べたりしたけど)
 鼻っ柱が強く強引で自分勝手なくせに、どこかしら抜けていて詰めの甘い女神を、シュラインは苦笑と共に思い出す。
(弁天さんには会うたびに、秘書になれって言われているのよね)
 弁天をはじめとした『武蔵野異鏡人材バンク』登録者一同があちこちに出稼ぎに行ったおかげで、弁財天宮の台所事情はそれなりに持ち直しているようだ。
 はたと、シュラインは思いつく。
(今度は私が、働かせてもらおうかしら。……一日だけの、暫定秘書として)

 *  *

(あら……?)
 その日の井の頭公園は、いつもとは雰囲気が違っていた。
 空気が異質と言おうか――いや、異質で異様なだけならいつものことなのだが、例えるならば、ひとりの神が守っている結界に、別の神が力まかせにぶつかってきたような――そんな振動を、シュラインの鋭敏な聴覚は感じ取ったのである。
 ボート乗り場に鯉太郎の姿はなく、動物園の入口に、ハナコが座っている様子もない。
「みんな、弁財天宮に集まっているのかしらね」
 呟いて歩を進めたシュラインは、ほどなく、弁財天宮方向から走ってきた蛇之助とハナコとデュークに出くわした。
「シュラインさん! 良くいらしてくださいました。お願いです、助けてください!」
「ああ良かったー。シュラインちゃんが来てくれたからには、もう安心だね」
「弁天どのが苦境に陥ってらっしゃいます。どうぞ、ご助力を」
 3人は口々に訴えながら、シュラインを取り囲んだ。
「いったい何事? まさかまた、弁天さんがさらわれたの?」
「いいえ、そういうわけでは。……実は、厄介なお客さまがいらっしゃっておりまして……」
「……その、別の地域にお住まいの女神さまなのですが……弁天どのに無理難題を仰っていて……」
 なぜか言いにくそうに口を濁した蛇之助とデュークのあとを、ハナコが引き継ぐ。
「あのねー。超強引な女神が来てるのー。すごいんだよ。弁天ちゃんが押されてるくらいなんだから」
「……よくわからないけど、非常事態のようね」
「弁天ちゃんのことが気に入らなくて、文句言いに来たみたいなの。そんで、蛇之助ちゃんとデュークのことは気に入ったから、来たついでに連れ帰るとか言ってんのー」
 ハナコはぷうと頬をふくらます。シュラインはちょっと考え込んだ。
「その女神さま、只者じゃないわね? 弁天さんの眷属の蛇之助さんと、異世界から亡命してきた公爵さんは、そう簡単には口説けないし、弁天さんだって手放さないでしょう? それを、気軽にお持ち帰りしようなんて」
 何かに気づいたシュラインは、じっと蛇之助を見る。
「――もしかしたら蛇之助さんは、その女神さまの眷属になることが可能なの?」
「はあ。私が納得すれば、の話ですが」
 ついで、デュークを見る。
「その女神さまは、弁天さんみたいに、公爵さんやエル・ヴァイセの幻獣さんたちをまとめて匿うくらいの力はあるのね?」
「それは――はい。お持ちだと思います」
「……何となく、わかったわ」
 額に手を置いて、ため息をひとつ。
「当ててみましょうか。地域は特定できないけど、その女神さまも――弁財天なのね?」
「よく、おわかりで」
 蛇之助は目を伏せて、その女神の素性を述べた。

「今、弁財天宮の地下1階にいらしてるのは、江ノ島の弁財天さまです」

 *  *
 
「井の頭弁財天 VS 江ノ島弁財天。大怪獣対決、みたいな感じねえ……」
 状況把握のため、女神たちが相対している『サラスバティーの部屋』の隣で、4人はしばらく様子をうかがうことにした。
「向こうからはわかんないように、壁を透かすね」
 ハナコは手のひらを壁に向け、両手を揃えて伸ばす。
 部屋の壁がすうと半透明に透けていき、隣の様子が手に取るように見えてきた。

 白いテーブルを挟んで、ふたりの弁財天が向かい合っている。
 おなじみの弁天の方は、苦り切った顔で自分の髪飾りなどをもてあそんでいて、形勢不利な様子がよくわかった。
 テーブルに両肘を突いて顎を乗せ、長い脚を組んでいるのが、江ノ島の弁財天のようである。
 シャギーの入ったショートカットに、焼けた小麦色の肌。はち切れんばかりに盛り上がった胸は、薄いタンクトップを突き破らんばかり。
 そして、厚めの妖艶な唇から漏れるのは、井の頭弁財天に対する機関銃のような苦情の数々だった。どうも弁財天というものは、みな口が達者であるらしい。
「何度も言うようだけど、私はすごく迷惑してるの。いい? 江ノ島の弁財天は縁結びに御利益があるって有名なのよ。願掛けのお客さんたちでいっぱいなんだから!」
「……縁結びなら、わらわとて……」
「ボートに乗ったカップルたちを別れさせてる黒幕のくせに、何言ってるのよ。あなたのせいで、全国の弁財天全員が『嫉妬深くてヤキモチを焼く』ってレッテルが貼られちゃったんじゃないの」
「あーと、それは誤解が誤解を呼んだ都市伝説で、それを払拭するために、わらわも日夜努力を」
「と・に・か・く! 私はあなたとは違って、万人が認める縁結びの神なわけ。なのにあなたと同じ弁財天っていうだけで、ヤキモチ焼きの属性で見られてしまうの! 最近は、『江ノ島の弁天さまは、ひとりで願掛けする分にはいいけど、カップルで参拝すると嫉妬されて別れさせられるらしいぜ』とか言う噂まで流れてるのよ。全部あなたのせいなんだから」
「そう言われても……。わらわにどうせよと?」
「だから、責任感じてるんなら誠意を見せろって言ってるんじゃないの。あなたの眷属と、あなたが匿ってる闇のドラゴンを私が面倒見るってことで、今日のところは納得してあげるわ」
「どうしてそうなるのじゃ!」
「あら。彼らだってその方が幸せなんじゃないの? 私はあなたみたいに、虐げたりこき使ったりしないもの」
 江ノ島の弁財天は、勝ち誇った笑みを浮かべた。

「蛇之助ちゃんとデュークがいなくなったら寂しくなるなぁ……。たまに逢いに行くにしたって、江ノ島は遠いよね」
「そんな! ハナコさん。私はどこにも行きませんよ」
「私とて、恩義ある弁天どのの側を離れ、別の女神のもとに身を寄せるなど、考えたとこともありません」
 ハナコと蛇之助とデュークの表情が、だんだん悲壮なものになっていく。
「どうしよう、シュラインちゃん」
「どうすればいいんでしょうか」
「お願いです。妙案がございましたら」
 図らずも3人にすがられて、シュラインが乗り出す形となった。
「要は、江ノ島の弁天さんに発生したヤキモチ焼きの噂が、井の頭の弁天さんとは無関係だってことを証明すればいいんじゃないかしらね」

 *  *

『サラスバティーの部屋』がノックされる。
 ふたりの弁財天が誰何する間を待たずして扉が開けられ、数冊のファイルを抱えたひとりの女性が現れた。
「お話中、失礼いたします。初めまして、江ノ島の弁財天さま。私、井の頭弁財天の秘書を務めておりますシュライン・エマと申します」
「……秘書なんていたの? そんなの初耳だけど」
 江ノ島弁財天の態度が警戒モードになる。今まで優勢だった状況が覆る何かを、 本能的に感じ取ったらしい。
「しゅ〜ら〜い〜ん〜〜〜〜」
 弁天はシュラインを見るなり、迷子のこどもがやっと母親に会えたような顔になった。
「わらわの秘書になる決心がついたのじゃな? 感謝するぞえ。江ノ島の弁財天がわらわをいぢめるのじゃ〜」
「あーはいはい。情けない声ださないの。いっとくけど、一日秘書ですからね。私は高額商品だから、そのつもりで」
 小声で釘を刺したあと、シュラインはテーブルの上にファイルを置き、江ノ島弁財天の隣の椅子に腰掛ける。
「江ノ島の弁財天さまは、こちらの弁天に苦情がおありとか」
「そうよ。あなたも秘書なら、良く言い聞かせて頂戴。この方のせいで、私までが濡れ衣を着せられているんだから」
「カップル別離伝説というのは、成立するまでに何らかの具体的事例が積み重なっています。一概に、井の頭弁財天の影響だけとは言えませんでしょう?」
「何ですって」
 ファイルを開き、話し始めたシュラインに、江ノ島弁財天は眉を吊り上げる。
「私に原因があるって言いたいの?」
「弁財天さまご自身ではなく、周囲の環境とか、参拝する男女に起因するのではないでしょうか。井の頭弁財天のボート乗り場に関する伝説については複合要素が多く、原因は特定しきれないのですが、江ノ島――江島神社については」
 シュラインは、さらにファイルをめくる。
「江ノ島は華やかな海岸のイメージが強いため、初めて参拝するカップルは、弁財天がおわす江島神社というのは、海岸線に、つまり平地に位置していると誤解しがちです」
「……まあね。本当はかなりの山道なんだけどね」
 不承不承、江ノ島弁財天は、江島神社の難儀な立地を認めた。
「カップルで出かけるわけですから、当然、女の子はおしゃれして行きますよね。この季節ですと、高いヒールのサンダルとかを履くんじゃないでしょうか。山道を登る羽目になるとは思わずに」
「そう……でしょうね」
「気軽に海岸を散歩しながら参拝できると思っていたのに当てが外れた。足が痛いのに、なかなか目的地にはつかない。こんなはずじゃなかった。何で前もって調べてくれなかったの? そうしたらもっと動きやすい靴で来たのに。だいたいあなたはいつもデート前のリサーチがなってないのよ。私のこと、本当に好きなの? ――というような典型が想像できます」
 シュラインはきっぱり言い切る。江ノ島弁財天に狼狽の色が見えた。
「そ――れは、そんなこともあるかも知れないけど、でもただの想像でしょ?」
「それを仰るなら、あなたが井の頭弁財天と関連づけているのにも、なんの根拠もありません」
「おおー。えらいぞシュライン。そうじゃ、そのとおりじゃ!」
 何となく旗色が変わったのを見て、弁天は現金にぱちぱちと拍手をする。
「弁天さんはちょっと黙っててくれる? さて、神奈川県江ノ島の弁財天さまは、滋賀県竹生島の弁財天、広島県安芸の弁財天と共に、日本三大弁財天のおひとりでいらっしゃいますね」
「そうよ。よく知ってるじゃないの」
 何を言われるのかと、江ノ島弁財天は身構える。井の頭弁財天の方は、はーいと挙手した。
「シュラインシュライン。わらわは?」
「弁天さんは圏外」
「……どーせ、わらわはマイナーな存在じゃ」
 いじけた弁天は無視して、シュラインはたたみかけた。
「そんなご立派な弁財天さまが、取るに足らぬ弁天の影響を云々すること自体、おかしいではありませんか。眷属と闇のドラゴンを連れて行きたいがための言いがかりと、私は判断しました」
 ぱたんとファイルを閉じ、シュラインは軽く頭を下げた。
「どうぞ、お引き取りを」

 *  *

「ちょっと待てぃ、シュライン。何じゃこの莫大な請求は! プラズマ除菌空気清浄機能搭載の最新型エアコンが購入できるではないか!」
「安いものでしょ? もう少しで、蛇之助さんと公爵さんを取られるところだったのよ」
「シュラインさん。助かりました〜。本当にありがとうございます」
「恩に着ます、シュラインどの。新しいエアコンをお取り付けのさいには、草間興信所にお手伝いに伺いますので」
「やったね、シュラインちゃん!」
 江ノ島の弁財天は、すっかり打ちひしがれて帰っていった。
 弁天のぼやきと、蛇之助とデュークとハナコからの感謝の言葉を浴びながら、シュラインはふと思う。

(またそのうち、リベンジに来るかもしれないわね。何しろあの女神さまだって『弁天さま』なんだから)
 ――その時に臨時秘書を頼まれたら、今度は最新型ノートパソコンを買えるかしら?
 出稼ぎモードのシュラインは、なかなかにシビアであった。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月です。
この度は、NPC付きシチュエーションノベル風ゲームノベルにご参加いただきまして、まことにありがとうございます。
おおっ! とうとう念願叶って、臨時とはいえシュラインさまが弁天の秘書に! 口説き続けた甲斐があったわ(笑)。今回は、秘書というよりはネゴシエーターな感じとなりました。シュラインさまなら三大弁財天が束になってやってきても大丈夫ですね。うん。