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<東京怪談・PCゲームノベル>


デンジャラス・パークへようこそ 〜蒼焔と水龍のスターマイン〜

(あきらめるが良い、蛇神どの。あの巫女は還俗し、名主の息子に嫁ぐことが決まったそうじゃ。もう二度と、おぬしと逢うことはない)
(なぜ、あなたがそれを仰いますか――弁財天どの)
(巫女に伝言を頼まれての。……お節介なのは、承知のうえじゃ)
 ――それは、古い昔の話だ。
 蛇之助がまだ、まがりなりにも小さな社の祭神であり、井の頭の弁財天が、未だ眷属を持っていなかった頃の。

 あの年の夏も、ひどく暑かった。
 干上がった田畑を憂いた近隣の村人たちは、巫女を伴って蛇神の社に雨乞いにやってきた。
 うら若い巫女は、ほどなくして蛇神を慕うようになり、蛇神もまた、巫女のため村人のために雨を降らさんと尽力した。
 しかし村中の田畑を満たすほどの雨量を呼ぶことは、蛇神の手に余った。思い悩んだ蛇神は、知古であった弁財天に助力を乞うたのである。
「身の丈に合わぬ懇願をほいほい受け入れるから後々困ることになるのじゃ馬鹿者!」と、弁財天は苦い顔をしながらも力を貸してくれ――そして雨は降った。
 乾涸らびた田畑は潤い、秋の収穫を約束された村人たちは喜んで、蛇神と弁財天に感謝を捧げた。
 ――だが。
 雨乞いが終わった後も蛇神さまの御社にとどまって、一生お側でお仕えいたします。そう誓ったはずの愛しい巫女は、蛇神のもとから去ってしまった。
 悲痛な伝言だけを、弁財天に託して。
(わたくしは一介の人間。たとえあなたさまを慕う気持ちが変わらずとも、わたくしの容貌は年月とともに衰えてしまいます。とこしえに若く美しい神であられるあなたさまの前で、老い朽ちていくこの身を晒すことに耐えられませぬ――ですから)
 ですから、どうか、お許しください。

 *  *

 蛇神が弁財天の眷属として転身するまでには、さらに幾多もの紆余曲折があったのだが、ともあれ――
 かつての蛇神は今、『蛇之助』として、弁財天宮の1階で女神から言いつかった雑用をこなしていた。
 それは女神の唐突な思いつきにより行われる企画の、毎度おなじみの広報用ポスターで、今回は盆踊り大会に関係するものであった。蛇之助にとっては、もはや日常業務の一環である。
(それにしても)
 マジックを持つ手が、ふと止まる。
 急に蘇った追憶が、まだ生々しい。
(どうしてあんな昔のことを、いきなり思い出したんだろう?)
 蛇之助はしばし考え――いや。
 考えずとも、答はわかっているのだ。
 待ち望んでいた来訪者がやってくる予感に突き動かされ、蛇之助は弁財天宮を飛び出した。弁天橋から目を凝らせば、果たして。
 真夏の日射しをものともせず、涼しげに紺の浴衣を纏った、燭天使の姿が見える。
 彼女は蛇之助に気づくと、弾かれたように大きく手を振った。

「蛇之助ひとりで仕事? 弁天さまは留守なの?」
 嘉神しえるにとっては、勝手知ったる弁財天宮である。慣れた足取りで入るなり、桔梗柄の浴衣の裾さばきも鮮やかに、カウンターのスツールに腰掛けた。
「はあ。何でも、盆踊り大会用に新しい浴衣をご所望とかで、吉祥寺のデパートめぐりに旅立たれました」
「懲りないわねぇ。イベントがあるたびにそれじゃ、また財政難になっちゃうわよ」
「私も、そう申し上げたのですが」
「このカウンター、まだ撤去してないところを見ると、お金に困ったらいつでも人材バンクを復活させるつもりなのね」
「……ですね」
「ねえ、蛇之助」
「は、はい?」
 顔を近づけられ、ひたと目を見据えられて、思わず声がうわずる。先日、瓢箪から駒な出来事を経て、晴れて恋人に昇格したはずなのだが、まだ実感が湧かず、緊張が先立ってしまう。
「貴方、いったい何がきっかけで弁天さまの眷属になったわけ? 別にそれがどうと言ってるんじゃなくて、ただ単純に不思議なのよ」
「ううん……。難しいですねえ」
 探る記憶の先に見えるのは、武蔵野の空を雨雲で満たした、水の女神の姿。
「そう――あの方は昔っから、自分勝手で強引ではた迷惑で口が悪くて着道楽で面食いで――私も最初のうちは、眷属など御免こうむりたい、とても自分には務まらないと思っていたものでした。話せば長くなりますが……。」
 ――それでもあれは、人を裏切らぬ女神だ。力弱い蛇神と困窮した村人の懇願を結局は聞き入れ、みごと雨を降らせたさまを見て、誇らしくも慕わしくも思ったのではなかったか。
「それなら、移動しながら聞くことにするわ。花火、見に行きましょ」
「え?」
「立川の花火大会、今日でしょ? 一緒に行くつもりで、浴衣着て来たんだから」
 しかし……と、やりかけの仕事を一応は振り返ってみる。とはいえ、あらがい難い笑顔を向けられる度にあっさり降参する自分を、蛇之助はよく知っていた。
「では、私も着替えてきます。白衣じゃさまになりませんから」
「そうそ。明日出来る事は明日やればいいのよ」

 *  *
 
「ところで、井の頭公園では花火大会はしないの?」
「今のところ、その予定はないようです」
「そうなの? 幻獣さんたちとか、喜びそうなのに」
 そんな会話を交わしながらふたりが向かったのは、立川駅から徒歩圏にある、国営の公園であった。
 まだ明るいうちから場所取りを行ったため、『みんなの原っぱ』と呼称される観覧スポット内の、絶好のスペースを確保することができた。
 スターマインやワイドスターマインに定評のある、総数5000発以上の花火大会とあって人出は多かった。
 やがて芝生の上が見物客でいっぱいになり、緑に満ちた公園を夕闇が包む頃――最初の花火が上がった。
 菊先紅に銀波先に牡丹に金冠。次々に空中で開花した大輪の華は、残像を描きながら流れ落ちていく。
 その光跡を目で追いながら、しえるは微笑む。
「綺麗ね」
 空を見上げるしえるを、華の光彩が照らし出す。蛇之助は花火よりもむしろ、その横顔に見とれた。
「日本の花火ってどことなく情緒があって好きだわ。まるでこの国の武士みたいじゃない?」
「武士、ですか」
「ええ。華々しく咲いて散る……太く短く潔い生き様よね。でも私は太く長く生きるつもりだけど♪」
 大仕掛けの打ち上げが連続する。次の花火が上がるまでに、いささかの静寂がおとずれた。
「そういえば、蛇之助って寿命長いのよね?」
 ぽつりと、しえるが呟く。
 それは、蛇之助がひそかに恐れていた言葉だった。
「このまま行くと、私はどんどんおばあちゃんになっちゃうけど、蛇之助は若いままなのかしら」
 不意に、女神の勧告がよみがえる。
(巫女を、責めてはならぬぞ。人の娘とは、そうしたもの)
「――それに、私は普通の人間だもの、先に死ぬわ。貴方は、それでもいいの?」
 それでもいいのか、とは、変わることが出来ない側の問いかけでもある。そして、変わっていく人間たちは、軽やかに神の手をすり抜けるのだ。
(宜しいか、蛇神どの。幾度、人たる娘御に情を移しても、おぬしはいつか置き去りにされる。老いて死する運命にあるものの方が、常に強いのじゃ)
 取り残されたものは、去りゆくものを恋うことしかできぬ。そう言った女神自身、人間の男に去られたことがあったのか、どうか。それは未だに、謎のままなのだが。
「……なーんてね。そんな未来の話なんて、鬼が笑うどころか痙攣起こすわね」
 混迷の罠に囚われそうになった蛇之助を、しえるが明るい声で引き戻す。
 おりしも、最後を飾るスターマインが、人々の歓声と共に鮮やかに花開いた。星のかけらのような煌きが連続して降りこぼされる。
 やがて、光の名残が夜空の星と見分けがつかなくなり――しえるは蛇之助に微笑みかけた。
「帰りましょうか」
 ほっそりと白い手が差し伸べられる。一瞬の逡巡ののち、蛇之助はその手を強く握りしめた。

 *  *

「これっ、蛇之助! 仕事を放り出して外出するのも大概にせぬか!」
井の頭公園に戻ったふたりを待ち受けていたのは、怒りの青いオーラを立ち上らせた弁天であった。足元に、東急やら伊勢丹やら丸井やらの紙袋が並んでいるところを見ると、浴衣の買出しは上首尾であったらしい。
「何よ。弁天さまだって買い物に行ってたくせに」
「問答無用じゃ!」
 巨大な龍の形をした水撃が、恋人たちに向かって放たれる。
「危ない、蛇之助!」
 しえるの背に、燭天使の6枚の翼が現れた。蛇之助の腕を掴み、水撃を避けて空中に避難する。
「出おったな、堕天使」
「人を妖怪みたいに言わないで頂戴。私は普通の女の子なんだから」
(普通の女の子は、背中から翼を出したりはしないと思うんですが……)
 しえるにぶらさげられて、蛇之助は途方に暮れつつ、第二波を放とうとしている弁天に呼びかけた。昔から変わらぬ、女神に。
「……すみません、弁天さま。ご心配をおかけして」
「おぬしの心配などしておらぬっ! そもそもおぬしは、どうしてそう惚れっぽいのじゃ!」
 少し頬を紅潮させた弁天は、蛇之助の頬をかすめるように氷のつぶてを放つ。羽ばたいて避けながら、しえるは叫んだ。
「ちょっとお弁天さま! 私の蛇之助の顔に傷つけないでくれる?」
「誰がおぬしのじゃとぅ? 蛇之助はわらわの眷属ぞ」 
(あーあ)
 こうなるともう、蛇之助の出る幕はない。しえるが呼んだ『蒼凰』により、井の頭公園上空に雷鳴が走るのと、弁天の水撃が交差するのを見守るだけである。

 *  *

「あれぇ? 花火だ。きれーい。……て、おかしいなぁ。立川の花火はここからは見えないはず……ああっ!」
 動物園入口の門扉に腰掛けて夜空を見上げていたハナコは、何が起こったかに気づくなり、ひょいと飛び降りた。
 すぐさま園内にはいり、『への27番』ゲートをオープンする。
「みんなぁ。きてきて。花火っぽいものが見れるよ」
 呼びかけに答え、デュークを始めとした幻獣一同がぞろぞろと出てくる。
 ハナコが指さす先を見上げた幻獣たちは、光の帯びと、輝きながら散る水の飛沫に歓声を上げた。
「あれが花火ですか。日本の夏の風物詩という」
「んー。ちょっと違うんだけどねー。あれはねぇ、嫁姑戦争っていってねえ」
 まあ、日本の風物詩には違いないんだけど、と、ちょっと考え込むハナコであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。神無月です。
この度は、NPC付きシチュエーションノベル風ゲームノベルにご参加いただきまして、まことにありがとうございます。
今回は、少々シリアスな領域に踏み込んでみようかと思いまして、蛇之助の知られざる過去話などを引っ張ってきました。蛇神時代の蛇之助は、もっとクールな性格だったようなのに、何がどうしてこうなってしまったのでしょうか。弁天効果?(聞くな)