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自習時間
チャイムの音に席に着くがなかなか先生が来ない。
ざわつく教室内。
五分もたった頃だろうか、開いた扉から来たのは別のクラスの教員。
「おう、揃ってるかお前等」
「何かあったんですか?」
「腹痛で倒れたらしいんだ、だからこの3.4時間は自習な」
「自習……」
教室に入ってくるなり黒板に大きく書かれる自習という文字。
チョークを置いてから手を払う。
「まあ適当にやっててくれ、学校の外に出なかったらいいから」
手近にあったイスを引き、そこに腰掛ける。
つまりは監督役を言い渡されたが、あまりやる気はないらしい。
さて、開いた時間を何に使おうか?
自習と聞いてさっそくザワザワと騒がしくなる室内。
夏の暑い日で、監督する人間がいいと言ってしまっているのだからこうなるのは当然の流れだろう。
さっそく居眠りを始める生徒。
用事があったのか足早に飛び出していく生徒。
涼しそうな位置を見つけてそこにたむろしては昨日のテレビがどうだとかを談笑していたり、机を向かい合わせにくっつけてどこからかとりだしたトランプでジュースを賭けて遊んでいたりする。
そんな中、一カ所だけ空気の違う場所が。
「涼しー」
「そうですかー」
前者が凜火。
机にグッタリと伸びては幸せを噛みしめ、全力でだらりと伸びきってい少年で、答えを返した声の主は日本人形の寒椿。
白髪に青い目がとても涼しそうな作りになっている。
その二人……正確に言うなら二人かどうかは聞かれれば判断に迷う物もいるかも知れないが、そんな事は今は無関係である。
とにかくここの周囲だけは涼しいのだ。
「自習ラッキー」
「涼しい中で昼寝しようって事ですね」
「そうそう」
なんともだらしのない事だと言われるかも知れないが、暑いのだから仕方がないのである。
怠いのもノートが真っ白なままなのも動く気力がないのも全部暑いのが悪い。
このままでは倒れかねないと凜火が取った作戦で……つまりは寒椿に頼ったのだ。
彼女の冷気を操る特殊能力。
お陰でこの付近だけ他とは違いヒンヤリとした空気で満たされている。
「本当に最高ー、これで冷えたアイスコーヒーとか出てきたらもっと良いな、なんて」
まあ暑い廊下に出なければならない事を考えると、流石にそれは断念した。
可能な限り動きたくない。
「最高って……」
「いやぁ、本当に寒椿がいてくれて良かったよ、ありがとうなー。この時期は本気でありがたいと思うよ」
「いやいや、そんなぁ」
よしよし寒椿の頭を撫でる凜火に寒椿も微笑み返し……。
「なんて言うと思ったかーー!!」
と、見せかけて跳び蹴り。
やけに良いキックは、何も知らない物が見たら日本人形が跳び蹴りすると言う、それはそれで涼しい光景になったかも知れないが……ここの学園ではもうその程度で驚くような者はいない。
常識的にこの辺がどうなのか疑問だが、暑さよりも涼しい方が優先されるのかも知れない。
「なにするんだ寒椿」
「それはこっちの台詞でしょ!」
コントになりつつある会話、二人の周囲にはジワジワと高くなりつつある人口密度。
彼や彼女たちも涼しさ優先で、見ている分には面白い会話となれば近寄ってこないはずがないのだ。
「人が……」
「今日こそは言わせて貰います、凜火様は私となんだと思ってるんですか?」
「なんだと思ってって……」
「クーラーじゃありませんからね、断じてっ!!」
ピシャリと言いきられてどうしたものかと思ったが、特に反応せず。
「名前で呼ぶなって。この暑ーい日に、元気だなぁ……お前は」
「そっちこそ学生の台詞じゃないわよ、もっとシャキッとしなさいよね」
「えー、無理」
「即答!? ちょ、ちよっとーー」
くいくいと制服を引っ張られつつ色々と言われるが、あまり痛くもないし本気ではないのだろう。
それほど対処すべき事ではないと耳にはいる事場を聞き流しつつ、ぼんやりと窓から外を眺める。
強い日差。
校庭か、教室内にまんべんなく降りそそいでいる太陽に、見なければよかったと後悔したが今さらだろう。
焼け付くような光量は窓越しとは言っても目には刺激が強すぎた。
何しろ凜火は暑いのがひたすらに苦手なのである。
インドア派のメーターを振り切って限界ギリギリまで達していると言っても良い。
それなのに教室の中や、外で元気よく遊んでいる生徒を見ては凄いな、とか良く何事もなく歩けるものだと思う。
「……」
テレビや何かで連続30度以上の最高記録を越えたと言われても全く喜ばしくなかったし。
天気予報お天気おねぇさんが『今日もまた記録更新した』事や『まだ暫く続く』と聞いても怠さが増しただけだった。
むしろ何故そんな事を言うのだろう。
熱射病対策だったとしてももっと涼しそうな映像を流して、温度だけを伝えればいいではないだろうか。
………暑いと言う事が伝わらないでもない気がしたが。
あれを聞いた時はかなり凹まされたのは確かだ。
「……ああ、夏はどうしてこんなに暑いんだろう」
「……凜火様っ!」
「いてっ」
今度は耳を引っ張られてぼそりと呟く。
「話し聞いてました?」
「……え、えっと?」
確か袖を引っ張られた辺りまでは覚えているのだが……。
「聞いてました?」
「えーっと……」
上見上げ頬を引っ掻くが、その程度の事で思い出せるはずもなかった。
「聞いてなかった」
更にもう一度跳び蹴りを食らったのは、そう答えたきっかり3秒後の事。
すっかり機嫌を損ねてしまった寒椿を何とか宥めようと試みるが。
「そう怒るなって」
「怒ってません」
「……怒ってるだろー」
弱々しく呟いたのは暑さの所為意外の何物でもない。
「寒椿ー」
伸ばした手をピシャリとはたかれる。
冷気を操る術を持ち得ているが、それは『自然に命を得た生物』つまり今現在の状態で言うなら凜火に触れていなければ効果は激減だ。
まだ時間は立っていないために、涼しげな冷気は残されてはいるがじわりじわりと暑さに戻り始めている。
完全に暑くなるまで残された時間は後どれほどだろうか。
「助けてー、寒椿ー」
「駄目です」
「そんな事言わずに……」
うう、と倒れ込む動作をしてみたが、元々グッタリと机に伸びていたお陰で効果は薄い。
「そんな事しても駄目ですよ、ずうっと寒かったら体に悪いんですから」
「うわー、やばいって。クーラー病で体こわす前に熱中症で倒れるって」
クイクイと袖を引っ張るがぺいっと払われる。
「だから、今の状態でも。ほんのちょっとだけでも涼しいでしょう」
「えええー?」
効果は十分の一なのだ。
まとわりつくような暑さでの呼吸よりも、もっと涼やかな呼吸がしたい。
「無理だって、なんだか肺が重くなってきた」
「気のせい……です」
「ほら、解ってるだろ、暑いんだって」
「涼しいのになれるよりも、季節になれるべき何ですよ」
あくまでも両者とも譲らず。
クーラー効果によって周りも大分ばらけてはいたが、中には凜火が説得する方にかけて効果範囲内でダラダラとしている者もいた。
「ほら、俺だけじゃなくて周りも期待してるし」
「人は人、凜火様は凜火様ですよ」
「だって……どうする」
意味無く助けを求めてみる。
そろそろ汗が額やらに滲んできた。
「頑張れ」
「応援してるからな」
「暑い」
「帰ってきたのはそんな声援」
違う意味で、暑い応援だった。
「ほら」
「何がほら!?」
かなり省略した言葉に、少しだけ付け足す。
「夏は暑いんだって」
「だったらもうちょっと忍耐を」
「暑いから、もう溶けた」
「溶けませんっ!」
「……はぁ」
そろそろ喋るのも辛くなってきた。
テンポ良く交わされる会話だが、そろそろ喋るのもなんだか思い空気のお陰で辛い……様な気がする。
実際の所どうかなんて解らないが、一度暑いと認識して仕舞えばあとはもうすり込みだ。
病は気からとよく言った物である。
少し温度が上がっただけでかなり暑くなってきた。
「寒椿っ、頼むよっ」
「………」
必死になって頼む凜火に、少し気持ちが通じたのか、少しだけどうしようかななんて言う表情になる。
「なぁ、今は自習なんだし……快適に過ごしたいんだ」
「うーん」
もう一押しだともう一度拝み倒す。
「さっきは本当にごめん。だからなっ」
「……しょうがないですね」
差し出される小さな手にパッと表情を輝かせ手を差し出す。
「ありがとうっ!」
手を握り返した瞬間。
「なんて言う訳ありませんからねっ!!」
握った手を軸にした回し蹴りが炸裂。
「お、鬼ーー!!!」
「クーラー代わりじゃないって言ってるじゃないっ」
「あついよー」
「だから我慢してっ!」
「……でいっ!」
隙ありとばかりに寒椿に抱きつく凜火。
「きゃーー」
「あー、涼しい」
「凜火様っ!」
「だから名前で呼ぶなって」
必死の訴えも虚しく更に寒椿を抱き締める腕に力を入れる凜火。
「やっぱ良いなぁ」
「はーなーしーてーーーっ」
傍目から見てかなり怪しまれそうな光景だった事は否定の使用もない。
このあと、四時間目のチャイムが鳴るまでこのやりとりは続いたそうだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2604/路森・凜火/男性/3−B】
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■ ライター通信 ■
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依頼への参加、ありがとうございました。
学園生活を楽しんでいただけたら幸いです。
また何か機会があればご依頼下さい。
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