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<東京怪談・PCゲームノベル>


デンジャラス・パークへようこそ 〜女神の東京豪遊プラン〜

「暇じゃのう……。閑古鳥しかおらぬではないか」
 蝉時雨の降りしきる、夏の午後。
 誰もいないボート乗り場で、弁天は日の丸に『縁結び一筋!』と筆文字で書かれた扇子をぱたぱたさせていた。
 人っ子ひとり見あたらないのはいつものことであるにしても、今日はボート乗り場の係員たる鯉太郎までが留守にしているのだった。
 井の頭池の主である鯉太郎は、水棲生物のお嬢さんがたに大変人気がある。デート希望者が順番待ち状態なのだが、本日はミヤコタナゴのみやこ嬢と出かけているのである。
「鯉太郎はサンシャイン水族館に行くと言うておったな……。しかし、誰かがデートに出かけている時の留守番ほどつまらぬものはないのう」
 蛇之助も朝から外出している。こちらは今日のところはデートではなく、神聖都学園に出かけているのだ。
 時折、弁天も忘れがちになるけれど、蛇之助は一応、神聖都学園保健学研究科の院生なのである。
 暇じゃ、暇じゃと何回も弁天が繰り返したとき。
 しんと静まっていた井の頭池の水面が、涼やかなさざなみを立てた。
 ――それは、水の守護を持つ少女の、到来の合図であった。

「こんにちは、弁天さま」
 バスケットを抱え、白いつば広の帽子を被って、海原みなもは弁天に歩み寄る。
 水色のサマードレスが、微風を受けてふわりと揺らめいた。
「おお、みなも。よく来てくれたのう」
「弁天さまに、お会いしたくて」
「うむうむ。いつにも増してかわゆいのう。ちょうど暇を持て余しておったのじゃ。まずはお茶にしようかの」
 みなもの返事も聞かず、弁天はその手を取って、弁財天宮に戻ろうとした。だが、みなもは軽く手を振ってその場に止まろうとする。
「……ゆっくりしていけぬのか?」
 弁天は、がっかりした声を上げた。みなもはにっこり笑って、折りたたんだ地図のようなものを広げる。
「ん? 東京デートマップとな?」
「はい。妹から借りてきました」
「ほほう。なかなか詳細を極めたお役立ちマップじゃな。しかし、何ゆえにこれを?」
「いつも弁天さまにはお世話になってますので」
 サマードレスの裾を軽く持ち上げて、みなもは可愛らしく一礼する。
「今日これから、あたしとデートしていただけませんか」
「なんと」
「お弁当も作ってきました。お父さんからお小遣いもらってきましたから、デート代はあたしが持ちます」
 みなもから耳打ちされた『お父さんからのお小遣い』は、平均的サラリーマンの月給3ヶ月分に相当した。
 思わず弁天は、扇子を手から落とす。
「いや……。みなものお父上には先日も多大な報酬をいただいたことであるし。こちらの財政状態も好転しておるし、そこまでしてもらうのはちょっと」
「でも」
 みなもは水色の瞳を潤ませて、胸の前で手を組んだ。
「弁天様のお時間をお借りするのに、一日分のデート代しか出せないのが申し訳ないくらいなんです」
「そ、そうか?」
「デート代とは別に、あたしもお小遣い持ってきてます。この、アルバイトして貯めた3万円を!」
 みなもは真剣な顔で、バスケットから愛らしい花模様の財布を取り出した。
 迫力に押された弁天は、しばらく目を見開いていたが、やがて大きく頷く。
「わかった。おぬしの心意気、しかと受け止めた! どこか行きたいところはあるかの?」
「弁天さまにおまかせします」
「それでは、今日はわらわが全面的にエスコートしよう。殿方と一緒では行きにくいところも含め、ゴージャスな東京周遊デートを満喫するとしようぞ」

 *  *

 そうと決まったからには、弁天の行動力は凄まじかった。
 みなもから携帯を借りるなり、心当たりの施設を片っ端から予約し始めたのである。
「何? 今日はもう予約MAXとな? ――そこを何とか。ふむ、おぬしの一存では無理か。では支配人に代わってもらおうか」
「満員? ふたりくらいは何とかなるじゃろう? ……ええい、店長をお出し!」
「貸し切りで頼もう。……む? 個人客はNGじゃと? 団体客限定で最低でも20名以上? 馬鹿者! この不況時に、そんな型にはまった経営でどうするのじゃ。原則としてと言うからには、当然例外設定もあるのであろ? ないとは言わさぬぞ!」
 電話口の係員が目幅泣きになるような強引さで、弁天は全ての予約を取りつけた。

「まずは、女っぷりを磨くのじゃ!」
 みなも特製の彩り良いサンドイッチを弁財天宮で食べたのち、弁天が先導したのは、赤坂にある超高級エステサロンだった。
「いらっしゃいませ。海原さまに井の頭さま。お待ちしておりました」
 瀟洒なビルの、3階である。エレベーターの扉が開くなり、洗練された物腰のエステティシャンが両脇にふたりずつ控えていて、優雅に頭を下げた。
「わらわはこの美貌を気合いで保っておるし、みなももその若さではエステなぞ不用であろうが、要は気分の問題じゃからな……世話になるぞ。この子を徹底的に磨きぬいておくれ」
「かしこまりました。個室での施術となりますので、海原さまは『マーメイド・ルーム』へ、井の頭さまは『ヴィーナス・ルーム』へどうぞ」
「え? 弁天さまと一緒じゃないんですか……?」
 慣れぬ雰囲気に、みなもは心細げである。
「案ずるでない。2時間後に、また会おうぞ」

 マーメイド・ルームは、まるでみなものために設えたような部屋だった。壁や天井、施術用の台までが、淡い水色で統一されている。
「それでは、失礼いたします」
 一礼するなり、ふたりのエステティシャンは、両側からみなもの服を脱がしにかかった。
「えっ? えっ?」
 魔法のような手際の良さで一糸まとわぬ姿にされてしまったみなもは、そのまま施術台にうつぶせになるよう誘導される。
「あ、あの。あたし、どうすれば?」
「どうぞリラックスなさって、私どもに全てお任せくださいませ。これから、あなたさまの肌質に合わせてオイルを調合し、全身マッサージを行います」
 なんでも、アーユルヴェーダという、インド秘伝の伝承医学に基づいたマッサージなのだと、エステティシャンは言う。
「人の体質は、ヴァータ(風)、ピッタ(火)、カパ(水)の三つのドーシャに分けられます。海原さまはカパのエネルギーが強いかたですから、オイルの調合もそれを踏まえさせていただきます」
 流れるような説明はさらに続いたのだが、それからあとのことはよく覚えていない。
 背に肩に首すじに、腰にふくらはぎに足首に、リズミカルに触れては離れ、また触れてくる心地よい刺激に、ついうっとりと眠ってしまったからである。
 夢心地で目覚めたときには、アーユルヴェーダのコースは終了していて、いつの間にかフェイシャルトリートメントやネイルケアまでもが施されていた。
「ほう。肌が輝くばかりになったではないか」
 ウェイティングルームのソファに腰掛けていた弁天は、みなもよりも早めに施術を終わらせていた。深紅のマーメイドドレスに着替えていて、おろした髪は大きくカールしてある。
「弁天さまもアーユルヴェーダのコースだったんですか」
「あ……いや」
 ちょっと言いにくそうに、弁天は髪のカールを引っ張った。
「――ブライダルエステコースじゃ。わらわにも、見栄というものがあってのう」

 *  *

「さぁぁぁて。素材レベルがぐんと上がったところで」
 エステサロンを後にした弁天は、みなもの手を引いて次の目的地へと向かった。
「ここで勝負じゃ!」
 そこは、青山通りに面しているにも関わらず、ともすれば見逃しそうなコンクリート打ちっ放しの小さな建物だった。赤坂のエステが入っていたビルの華やかさに比べると、地味で殺風景な雰囲気である。
 看板一つ出ていないので、何を商っている店やら見当もつかない。が――中に入るなり、『違うあなたを見つけてみませんか? 当店スタッフのメイク技術はSFXも顔負け、ファッションのチョイスも民族衣装から着ぐるみまで!』という特大ポスターが目に入った。
「弁天さま……。 ここって」
「うむ。知る人ぞ知る変身メイクフォトスタジオじゃ。あそこが受付じゃな」
 弁天の声に反応した受付嬢は、ひくりと顔を強ばらせた。どうやら彼女は、弁天の予約電話を受けてごり押しされて泣かされた被害者であるらしい。
 しかしさすがにそこはプロ、瞬時にびしっと笑顔を作る。
「ご予約の、海原さまと井の頭さまですね。『メタモルフォーゼ』へようこそおいでくださいました。本日は――」
「『わがままスペシャルイベントセット』じゃ」
「かしこまりました。10種類以上のパターンで、バストアップ写真、全身写真、ピンナップ写真が撮り放題となっております。どうぞこちらへ」

 魔女っ子風、妖精風、女王様風、メイド風。天使と悪魔風、古代中国風、ギリシャ神話風、メン・イン・ブラック風。ふたり揃ってウエディングドレス、ふたり揃って十二単。某カード会社のキャラクターのようなカッパとタヌキの着ぐるみ等々、撮りも撮ったり数十枚。
……着ぐるみにいたっては、肌を磨く必要がどこにある! と、各所から突っ込みを入れられそうなチョイスではあったが。
 ふたりはくたくたになるまで、着替えに着替えたのだった。

 *  *

「弁天さま。今日は本当にありがとうごさいました」
『メタモルフォーゼ』から出てきたときは、既に夏の陽は落ちかけていた。
 みなもは深々と頭を下げる。
「これこれ。まだ帰るでない。今からがメインイベントなのじゃぞ」
「え?」
「さ、品川に移動するぞえ」
「……でも、あの。お預けしたお父さんのお小遣いはもう」
 薄々とではあるが、エステサロンのコースも変身メイクフォトスタジオの写真撮影もかなりの金額であろうことは、みなもにも見当がついていた。
 ちなみに、みなも自身が用意したなけなしの3万円は、カッパとタヌキに扮したときの追加アイテムオプション代に費やしてしまっている。
「可愛い娘御はデート予算の心配などするものではない! 差額はわらわが持つゆえ、ほれ早く」

 品川駅から、10分程度歩いたろうか。
 みなもの背を押すようにして弁天が案内したのは、乗船用の桟橋であった。
 目の前には、オープンデッキつきのクルーザーが泊まっている。
「素敵なクルーザーですね」
「今日は特別に、わらわとみなものために貸切りにしてもらった。さあ、東京湾ディナークルーズにまいろうぞ。おいで」
 弁天は先に乗り込んでから、マーメイドドレスのすそをひるがえし、みなもに手を差し伸べる。
「はい!」
 弁天の手につかまり、みなももクルーザーの中へ足を踏み入れた。
 ほどなくして、船は出航した。
 天王洲運河を通って、夕闇に染まるレインボーブリッジを眺めながらのディナーである。
 移り行く東京湾の夜景に目を輝かせているみなもを見て、弁天はほっと胸を撫で下ろす。
(満足してくれたようじゃな)
 みなもは、弁天を尊敬して慕っている貴重な存在である。デートを申し込んでくれたからには、幻滅されぬよう、いい格好をしたかったのであった。
 クルーザーはお台場で40分ほど停泊する。ちょうど今日は、関東最大級の花火大会『東京湾大華火祭』が行われる日だ。お台場の夜景をバックに東京湾を染め上げる花火を、オープンデッキで見ることができるのである。ゆえに、強引な貸し切り予約をしたのだ。
 まだそれは、みなもには内緒にしてある。花火が始まって驚いてくれれば、より一層いい格好ができるという姑息な作戦であったのだが――
 予定の打ち上げ時刻を過ぎても、花火が上がる気配がない。
(おかしいのう?)
 そわそわしはじめた弁天に、みなもが首を傾げる。
「どうしたんですか? 弁天さま」
「い、いや。そうじゃ、みなも。すまぬが、また携帯を貸してくれぬかの」
 
 とんでもないことに気づいて、弁天は青ざめていた。
 ディナーの席を立ってデッキに行き、こっそりと電話をする。
「もしもし。そちら、東京湾大華火祭実行委員会で宜しいか? 2004年度の花火大会は……ははあ。昨日、好評のうちに終了とな?」
 どうも弁天は、東京湾大華火祭の日にちを一日ずれて覚えていたらしい。

「――ものは相談じゃが、今日、もう一度、何とかならぬかのう?」
 弁天の声が、凄みを増す。
 うっかり電話に出てしまった、気の毒な中央区役所企画部広報課の職員が、おろおろする気配が伝わってきた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13/中学生】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月です。
この度は、NPC付きシチュエーションノベル風ゲームノベルにご参加いただきまして、まことにありがとうございます。
みなもさまからデートのお誘い! ふふふふ〜ん♪(浮かれている) 
なにぶんにも相手が弁天なので、いまひとつ、しっとり感に欠けるのが申し訳のうございます。お父様からのお小遣いを大幅に超過してしまいましたが、以前いただいたダイヤモンドで補填できますので、どうぞご心配なく♪