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<幻影学園奇譚・学園ノベル>


放課後と幽霊




□■■■■■オープニング■■■■■□

 いつものように授業を終えた二年C組。
 生徒たちは各々鞄を持って教室を出て行く――掃除当番であるSHIZUKUたちを残して。

「つまんないなー。何かすっごいこととか起こらないかなぁ?」
 何の変哲もない日々が、SHIZUKUにとっては悩みの種だった。
 端に寄せた机の上に座りこみ、深ーいため息をつく。結果的に掃除をサボっていることになるのだが、そのことに気付く者はいない。

 ぼんやりと教室を眺めるSHIZUKU。怪奇事件とは何の関係もなさそうな、ごく普通の景色である。
(外まわってみようかなぁ)
 鞄には愛用のデジカメが入っている。あれを持ってあちこち撮影していれば、もしかしたら幽霊が映るかもしれない。
 そうと決まれば!
「きーめた! みんな早く掃除しよー☆」
 SHIZUKUはホウキを持つと、凄まじいスピードで教室中を掃いた。

 ………………数分後。
 息を切らしたSHIZUKUは床に座り込んでしまった。
 教室の床のゴミはちっとも無くなっていない。むしろ、汚くっているようである。
(なんで汚くなるの〜!?)
 項垂れるSHIZUKUの隣で、友人のユミが呟いた。
「もしかして幽霊の仕業かも……」
「それ本当っ?」
 幽霊という言葉にSHIZUKUは顔を輝かせた。幽霊……何て素敵な響き!
「実は昨日ミサキがさー、ここで幽霊見たって言ってたんだ。花瓶に花をいれようとしてるのに、幽霊が邪魔したんだって」
「悪戯好きの幽霊ってことね☆」
「っていうか、SHIZUKUがただ単にちょっかい出したくなるタイプだからじゃない? さっきまで何ともなかったし」
「そんなことないもん!」
 つい怒鳴ってしまったSHIZUKUだが、頭の中では逆のことを考えていた。そういえば、ミサキも元気でからかいたくなるタイプだったなぁ〜……。

 ま、とにかく。
「ね〜みんな、幽霊だって! 興味ない〜??」
 輝く笑顔で後ろを振り返るSHIZUKU。
 その隣で「いや、掃除進めようよ」というユミの声が聞こえたとか聞こえないとか。

□■■■■■■■■□■■■■■■■■□




□■■■■■

 おねえちゃんが言ったんだ。
「合図がある」って。
 おねえちゃんと、ぼくの。

 ……どこにいても、おねえちゃんは、ぼくを見つけてくれる。



□■■■■■1

 塵取を用具入れに仕舞い込む。
 これで掃除はお終い。シュラインは軽く制服を叩き、机に戻った。
 鞄が重い。
 図書室に返却する本を持ってきていたからである。
 一週間に一度、借りていた本を返して、別の本を借りる。語学系の本が殆どで、これはもうシュラインの習慣とも言えた。

 ――今日は特に日差しが強いわね。

 教室では感じられなかった暑さが、廊下にはあった。
 太陽の光が零れ、視界が時折歪む。
 砂時計の砂が落ちていくような、掴み辛い時間が流れていた。
 外から聞こえてくる筈の陸上部の声が遠のく。
 するりと飲み込まれるような、非現実的な感覚に身を置いているようだった。

 それを破る、声。
 それはシュラインにとって、聞き覚えのある人のものだった。

「ね〜みんな、幽霊だって! 興味ない〜??」

 ――相変わらず、元気なんだから。

 ドアを開けて、幾分悪戯っぽくSHIZUKUの問いかけに答える。
「あるわ」



□■■■■■

 <メンバー>
 海原みあお、光月羽澄、四宮灯火、シュライン・エマ。
 SHIZUKU、ユミ。



□■■■■■2

「……汚いわね」
「うん、汚い」
「ちょっとこれはひどいわね」

 羽澄とみあお、シュラインは頷きあった。
 普段気付かないだけで教室というのは、埃がたまっているものらしい。
「花の手入れを邪魔されることもあったのよね?」
「うん、ミサキがそう言ってたから……」
 羽澄の問いに、ユミが教壇の上の花瓶を指す。
 それは青い半透明のガラスから成り、陰の部分だけが藍色を呈している。ごく普通の花瓶だった。
「すすわたりではないみたいだけど」
「やっぱり幽霊なんじゃない!?」
 勢いづくSHIZUKU。
「いいタイミングだよねっ デジカメもあるし!」
「そうでしょうか……? 掃除中に幽霊が出るなんて……あまり……よくないのでは……?」
 細い声で灯火が突っ込みを入れるが、SHIZUKUには聞こえていない。
 それどころか、
「幽霊がそう簡単に写真に写ってくれるとも思えないわよねぇ……」
「そんなに聞き分けがいいなら、最初から悪戯しないよね」
 シュラインとみあおの声も聞こえていないようだ。
「とにかく撮ーる! 目に映らなくても写真に写ることはよくあるし、目指せ心霊写真!」
 SHIZUKUはデジカメを構えるが早いか、シャッターを切り始めた。

 どうしようもないな、と一同が思う。



□■■■■■3

 SHIZUKUのことは放っておいて。

「幽霊は……SHIZUKU様に……気付いて……欲しいのでしょうか」
 灯火が言う。
 みあおも同意見だ。
「だよね。かまって欲しいのか、何かを伝えたいのかはわからないけど」
「何かを伝えたいのなら……方法はありますが……。黒板に……チョークで書いてもらうとか……」
 黒の混じった深緑の黒板に、そっと指先を当てる灯火。
 透明な爪先を下へ降ろすと、チョークの粉が粉雪のように落ちていった。

「確かに向こうから話をしてくれるならいいんだろうけど」
 シュラインは少し考えて。
「素直に従ってくれるかしら?」
 少なくとも、SHIZUKUの言うことは聞かなそうだ。

「そもそも幽霊は物に触れるのかがわからないわ。どんな風に邪魔されるのかしら」
 と、羽澄。
「ゴミを集めても飛ばされちゃうの」
「風を使っているのかしら? 物に触れない可能性もあるわね。具現化する?」
 姿は見える方がいい。

 ――幽霊を挑発する方法なら、頭にあるもの。



□■■■■■4

 教室の窓からドアへ三歩進んだところで、風が重なり合う。
「あっ」
 風はSHIZUKUの掌をすり抜けてデジカメを奪う。
 機械独特の鋭い音――。
 デジカメは床に叩きつけられていた。
「写真にも写ってくれないくせに〜」
 SHIZUKUは愚痴を零したが、周りは聞き流す。壊れてはいないんだから、いいじゃないか。

 灯火の青い目が宙を捉える。
「あのあたり……でしょうか……」
「あたしにもそう見えた。でも、もう動いちゃった?」
 みあおは黒板周辺を見渡す。

 ――音も、もう聞こえないわ。

「もう少し長く暴れてもらうのが理想ね」
 羽澄は丁寧な動作で鈴を取り出した。
 半透明だが光の当り方によっては銀色にも見えるそれは、鳴らされるのを待っているかのようだ。
「SHIZUKUちゃん、試しに掃除してみてくれる?」
「オッケー!」
 ホウキを持って、挑むように床を掃く。
 右に掃いて、左に掃いて、風を切って、埃を飛ばす。
 掃除にはなっていないが、幽霊の挑発には成功しているようだ。
「あたしもやろっかなっ」
 みあおもホウキを手に取った。

「ええーーい!」

 木の葉を揺らすような音が教室に響く。
 掛け声とは裏腹に、みあおはSHIZUKUよりも優しく床を掃いているのだ。
 ここはみあおのクラス。
 乱暴に扱ってホウキを壊してしまうと、先生に怒られてしまう。先生に叱られるのは苦手なのだ。

 ――そろそろかしら?

「じゃあ、ここでもう一押し」
 シュラインは企みを持つ者が浮かべる、独特の微笑を見せた。
 ――幽霊をからかおうかしら。

「数人で掃除すればすぐ終わっちゃうわよね」
「これくらいの邪魔なら、何ともないもの」
「つまらないわ。もっと面白いことを期待していたのに」

 次々と言葉を浴びせるシュライン。
 わざと挑発して、幽霊を暴れさせるのだ。
「灯火ちゃんもどう?」
 言葉をふられて、灯火はしばし考える。
「そう……ですね……。言いたいことがあるなら……もっと堂々と……すればいいと思います……」

 窓が痛みを訴える。
 机の上に乗せられた椅子が床へ叩きつけられる。
 途切れ途切れの悲鳴と、耳に響く風の切れる音。
 風の渦が教室を覆った。

 鳴り響く鈴が、羽澄の能力発動の合図。
 それと同時に、みあおも霊羽を幽霊の霊力に変えていた。
 声を、出せるように。

 刹那、
「うわああああ!」

 音が止む。悲鳴も、風も。

 鈴の振動による捕縛。
 一瞬見えない鎖に絡まれ、幽霊は姿を現した。



□■■■■■5

 樹の葉のような色をした髪、緑色の目。
 昔の――記憶の下に眠る子供のみあおよりも小さい身体。
 頬の赤い少年だった。

「何すんだよぉっ びっくりするじゃん!」
「どちらかといえば、私たちの方が驚かされたわ」
 羽澄は鈴を鞄に戻した。
「あの風だもの。理由を聞きたいところだけど、その前に名前を教えてくれる? 呼び辛いものね」
「……ヴァンだよ。ヴァン・ベール」
「幽霊でいいのね?」
「人じゃなくて、元精霊だけどね。守ってた樹と一緒に死んだんだ」

 ――樹と一緒に、か。
 挑発しちゃって悪かったかしら。
 ――姿を現せたことが良い方向に行けばいいんだけど。

 灯火が尋ねる。
「SHIZUKU様に……御用ですか?」
「まさか! こんな人に用なんてないよ。頭ん中、花だらけじゃんか」
「ちょっと失礼だなぁ!」
 SHIZUKUが割って入る。
「あんたから邪魔してきたんでしょ!?」
「ぼくだってなー、邪魔したくて邪魔してるんじゃないんだぞ!」
「何よそれ!!」
「お二人とも落ち着いてください……」
「喧嘩しても仕方がないよー?」
 みあおも止めに入る。
 放っておいたら、いつまでも喧嘩していそうだ。
 ため息が出る。

 ――売り言葉に買い言葉ね……。
 私が進めた方が早そうだわ。

「じゃあ、ここで何をしているのかしら?」
 と、シュライン。
「……待ってるんだ」
 誰をとの問いに、ヴァンは小さな声で答えた。
 ……おねえちゃん。
「一緒に天に吸収される筈だったのに、はぐれちゃったんだ」
「それって、ただの迷子じゃん」
「SHIZUKUには関係ないだろぉ!」
「喧嘩はやめてね。でも、何かおかしいわね」
「ここは神聖都学園で……ただの学校ですが……」
 灯火が呟いた。

 天へ行くのに、何故ここへ迷い込むのだろう?



□■■■■■

 天へ行くには、異空間を通らなくちゃいけない。
 そうヴァンは説明した。
 ――細い、枝みたいな道をのぼるんだ。
 そこは現の向こう側で、精霊は夢の間を縫っていく。
「そしたら、ここに着いた」
 つまり、
 ここは普通の学校じゃない。
 ――現じゃない処に建っているんだ。

「具体的にはどういう意味なの」
 羽澄の言葉に、ヴァンは首を横に振った。
 ――説明のしようがないんだ。

 ぼくの話がわからなくても、今にわかるんじゃないの?



□■■■■■6

「何でSHIZUKUちゃんの邪魔をするの?」
「簡単な合図だよ。騒げば見つけてもらえる」
 ヴァンはSHIZUKUを軽く睨んで、
「騒がしい人の傍で騒ぎなさい、っておねえちゃんに言われたんだ。ぼくは物静かなヒトが好きなのになぁ」
「本当は一人で寂しかったからあたしのところに来たのが見え見えだよねぇ……。ほら、おねーさん来てるんじゃないかなぁ?」

 ドアのところに、小さな風のかたまりがあった。
 柔らかで、日差しの中でくるくると回っている。

「おねぇちゃん……」
 ヴァンはSHIZUKUと姉を交互に見て、俯いた。
「別に、ぼく一人でも、へいきだったんだ」

「無理することないよ?」
 ヴァンの背中を押すみあお。
「迎えに来てもらって良かったじゃん」
「わたくしも……そう思います。せっかく会えたのですから……」
 灯火はヴァンの腕を優しく掴み、ドアへと導いた。
「良かったですね……」
 ヴァンは教室をぐるりと見渡したあと、手を振って出て行った。



□■■■■■7

 ヴァンたちが帰ってすぐ、羽澄も用があると言って教室を出て行った。

 ――さて、どうしようかしら?

 改めて教室を見ると、その汚さに驚かされる。
 ゴミバコは当然倒れ、埃はあちこちに散らばり、机の椅子は落ち、その上から雑巾が掛かっている。

 ――視線……。
 左隣にいるみあおがこちらを見ている。
 そういえば、みあおのクラスはここだったのだ。
 みあおは無言だが――。

 ――何が言いたいのかよくわかるわ。

「あの、わたくしも手伝います……用事も……ありませんので……」
「ありがとうっ」
 灯火の言葉に、みあおの顔は向日葵のように明るくなる。
 ――そんな顔されたら、帰れないわね。
 シュラインもホウキを取って、みあおに笑いかけた。
「今日って暇なのよね」



□■■■■■

 気になっていることがある。
 ヴァンの言っていた、この学校が現にない、ということ。
 そんな感じはしていた。

 ――それなら、ここは何処なのかしら。



□■■■■■余談

 掃除も終わる頃になって、SHIZUKUがあることを思い出した。
「ヴァン君を具現化してもらったときに、写真撮れば良かったー!!!」

 この叫び声は、校内中に響き渡るのだった。

 ……ヴァンが風を使ってデジカメを取り上げた瞬間。
 そのときシャッターが切られていたことにSHIZUKUが気付くのは、もう少し先の話。


 終。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1415/海原・みあお(うなばら・みあお)/女性/2年C組

 1282/光月・羽澄(こうづき・はずみ)/女性/2年A組

 3041/四宮・灯火(しのみや・とうか)/女性/1年B組

 0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/2年A組


NPC
 SHIZUKU/女性/2年C組
 ユミ/女性/2年C組

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■         ライター通信          ■
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『放課後と幽霊』へのご参加、誠にありがとう御座います&遅いという突っ込みが聞こえてきそうです。佐野麻雪と申します。

 話の部分部分に数字が振ってありますが、それの「1」のところが個別になっています。
 それ以外は全体的にちらほらと、個別の文章を入れています。お読みいただければすぐわかるレベルですが……。

 シュライン・エマさま。
 写真撮影は上手くいったのか、いっていないのか(笑)
 とはいえ、ヴァンにとっては充分嬉しい日だったようです。
 優しいプレイングを、ありがとうございました。
 少しでも楽しんでいただける箇所がありましたら、幸いです。