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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 夏風邪は… - 馬鹿仲間 - 】


 開店準備は全て終えてあった店内を見渡して、大きくため息をつく永久。自分一人で何とかすると大きく出たのはいいが、本当にどうにかできるだろうか心配で仕方がない。
 普段だったら、開店してすぐの時間は、ファーにいろいろなことを教えてもらえる時間なのだが、今日はそんなことできるはずもなく、ただぼーっと、窓を拭いたり、キッチンを拭いたり、クリーンアップを心がけていた。
 幸い、この時間は客が少ない。
 とは言っても、夏休みの今。買い物帰りの子供づれ奥様や、部活帰りの中高生でにぎわうのは目に見えている。本当に、一人で大丈夫だろうか。それに、兄の看病にもいかなきゃならないし……。
 そんなとき。
 からん、からん。
 今日一人目の客が店を訪れる。
「いらっしゃいま――って、先生!」
「よっ」
 いつもの挨拶で迎え入れようと思ったが、見知った顔が入ってきて、つい彼を呼んでしまう。
「どうした、永久? 一人か?」
 この店をよく訪れる常連客の一人で、何よりダウンしている兄の大親友と、永久が勝手に理解している相手。
 自分にとっては学校の先生という存在――嘉神真輝。
「先生! ちょっと、手を貸してもらってもいいですか!」
「ど、どうした? 面倒なことじゃなかったら、別にかまわないが……」
 面倒なことじゃなかったら。
 店を手伝ってほしいというのは、やはり面倒なことになるのだろう。
 だとしたら、少しでも自分の不安を取り除くために――

「兄さんが、奥で倒れてるんです!」

 ◇  ◇  ◇

「……いやぁ、本当に、見事に倒れてやがる」
 ベッドで苦しそうな呼吸をしながら倒れているファーの姿を見て、どこか噴出しそうになりながらも、心配する気持ちが込み上げてくる。
「さて、一回起こすか。いつから寝てるかわからないが、薬、薬……」
 軽く身体を揺さぶってみるが、反応がない。
「ファー、おい、ファー」
 声をかけると、少々身を動かすファー。目は開かれていないが、「……真輝?」と消え入りそうな声が返ってくる。
「永久から聞いたぞ。風邪だって?」
「そうらしい……」
 苦笑を浮かべながら、ファーが身を起こそうとするが、その行動はさすがに制した。そのまま眠っていても話はできるから、起きる必要はない。
「病院連行してもいいんだがちょっと今は俺だけじゃ無理っぽいから、飯食って薬飲んでとにかく寝てろ」
「……ああ」
 迷惑をかけてすまない。つぶやいたファーの頭をぐしゃぐしゃにして、「気にするなよ」といたずらな笑みを浮かべる真輝。
「熱、結構高いな?」
 触れて気がついたのだが、ずいぶん体温が高い。いつもは綺麗な広がりを見せて、生き生きとしているように感じる漆黒の翼も、どこか元気がないようだ。
「そう、なのか?」
「だいぶ。体温計とか、そう言った代物はないんだよね? この部屋じゃ」
 ファーの部屋を見渡す。もともとは休憩室か何かとして使用されていたのだろう。自宅として使用するにしては、広さに問題はないが、機能性にかける。
 トイレも風呂もキッチンもない。キッチンとトイレは店のほうにあったが、風呂は一体どこに?
「ファー、風呂は?」
「店のトイレの隣、シャワールームになってる」
「ああ、あの、関係者以外立ち入り禁止のあれな」
「必要なら、使っていいぞ……」
「いやいやいや、ただ、疑問に思っただけ」
 なるほど。それで納得がいった。この部屋にあるものはベッドに、テレビに、ガラスのローテーブルとタンス。
 店のものと併用すれば、確かに十分に家として使えないこともない。
「ファーはさ、養子に迎えられたときに、そっちの家で暮らすことは考えなかったのか?」
「……まさか、そんなに世話になるわけにも、行かないだろう」
「そうかぁ? 別に、甘えてもよかったんじゃねぇか? だって、二十歳すぎてる男を養子にもらうぐらいなんだからよ」
 真輝の言うとおりだ。遠藤という姓をもらったとき、一緒に暮らすことを強く誘われたのだが、ファーはことごとく断った。
「……ここにいれば……会えるかも、しれないんだ……」
「は?」
「……だから、離れる……わけには……」
 ゴホ、ゴホ。
 むせながら続けようとする言葉が、一体なんなのか。いまいち理解できぬままに、真輝は苦しそうに話すファーを止めて、
「すぐ飯の準備するから、寝てろ。いいな?」
 ファーの隣を一度離れることにした。
 このままあの場にいたら、ファーに苦しい思いをさせながら話させることになってしまう。
 彼のことを聞きたいという気持ちもあるが、そんなの後でもかまわない。
「……会える? 誰に……?」
 疑問を胸に抱えながら、店に戻ってみると、永久が孤軍奮闘していた。
「あ、先生。兄さんの様子、どうですか?」
「思ったよりも熱が高いな。でも、食うもん食って、薬飲んでしっかり休めば、大丈夫だろ」
「すいません。看病押し付けちゃって」
 丁寧に頭を下げる永久の姿を見ると、育ちのよさがひしひしと感じられる。
 確か、社長令嬢だとか言っていたか。普段、ファーと絡んでいる様子を見ても、そんな風には感じられないが、こういう場面に、ふと現れるものだ。
「いいってこと。店は大丈夫か?」
「はい! いつも、兄の動きを見ていたので、なんとかなりそうです。それに、お客様が心優しくて」
 やわらかい笑みを見せながら、永久が仕事に戻る。心底楽しそうだ。そう言えばファーも、この店で働いているとき、よく微笑みを見せる。さすがは兄妹。とはいっても、血はつながっていないが。
「あ、それより、先生」
「ん? なんだ?」
「顔、赤くないですか?」
「俺が?」
「はい。熱っぽいっていうか、なんていうか……」
 首をかしげながら投げかけられた言葉に、しまった、と心のどこかで叫ぶ自分がいた。
「暑いからかもな」
 適当な言葉で誤魔化して、真輝は永久の前を立ち去ることにした。キッチンに立って、ファーに食べさせるためのお粥を作る。
「ふー、あぶねぇ、あぶねぇ。まさか、病院行く前によったとは、言えないからな」

 ◇  ◇  ◇

「おーい、ファー。中華粥作ってきたから、食え」
 彼の寝室に戻ると、言いつけどおりしっかり眠っていたようだ。開ききらない瞳のまま、テーブルの上に乗せられた中華粥を見て、思わず動きが止まる。
「……さすがだな。よく、材料が……」
「帆立と青梗菜。冷蔵庫のそこのほうに眠ってたから、使わせてもらったぜ。腐ってなかったから、大丈夫だろうが、とりあえず食材無駄にするなよ?」
 そういえば、いつだか中華に挑戦してみようと思って買っておいた青梗菜。使わずにずっと奥そこに眠られていたような……。
 作るものが作ると、こんなにも食欲をそそる食事になるのか。
「胃に優しくて栄養のあるモンならこれだな」
 いつの間にかベッドの隣まで持ってきてあったガラスのローテーブル。向かい側に腰をおろして、一息ついている真輝を見ながら、ファーは器に手を伸ばした。
「俺、教師になるまではずっと横浜に住んでたんだよね。だから中華街食べ歩いたりしてさ、結構中華得意なの」
「……よこはま?」
「ああ。港町だな。もっと南のほうの、神奈川県っつーところにあるんだけど、いい町だぞ。活気はあるし、人はそこそこ多いし。何より潮風が気持ちいい」
 海に行った経験は数えるほどしかない。港町と言われても中々想像がつきにくいが、とにかく栄えているのだろう。と、理解をすることにした。
「まー、とにかく、粥食べろよ。……さすがに食わせてやるまでは甘やかさんので、自力食え。火傷に気をつけろよ?」
「わかっている」
 冗談めいた、いつもの真輝の言葉が、風邪を引いて少々気弱になっているファーを安心させる。
「それから、残したら絶交」
「……わかった……」
 そんなに量があるわけではないが、さすがに食欲がない。けれど、残すわけにはいかなくなったこの状況。
 一口、レンゲを使って口に粥を運んでみると、すっと喉に入ってきた。抵抗がない。これなら、食べるのもおっくうではなさそうだ。
 ぱくぱく口に運んでいるファーの様子を見て真輝は少々驚きを覚えながらも、胸をなでおろした。熱がでて、手で触ってもわかるぐらいに高い状態なんのだから、中々食べものを喉に通すのが嫌かと思ったが、問題なさそうだ。絶交というのは、あくまで食べさせるための口実でしかなかったが、必要なかった。
「ところでファー。さっき、お前が言いかけてたことなんだが……」
 気になっていた。
 養子に入ってから、永久とも仲良くやっているようだし、どうして永久の家で一緒に暮らさないのかということ。
「ん?」
「誰かに会えるから、この場所を動かない……と」
「ああ……そのことか」
 口に運んでいた手が、突然止まる。
「……言いたくないことなら、まぁ、聞かな――」
「ここに来る前にいた世界で、世話になった人がいる」
 真輝の言葉を遮るように、ファーはそっと語りだす。
「その人は、俺にこっちの世界に来て、この店を任されてくれないかと言った。それが、俺のためになると。だが、俺はいやだった」
「……なぜ?」
「なんの恩返しもできないまま、その人と別れなければいけなかったからだ」
「……なるほど」
「けれど、その人は言った。自分のことを一番の考えて行動できないようじゃ、思い出など作っていけないと」
「思い出?」
「ああ……記憶を失って、過去と決別をしてから、俺には思い出というものがなくなった。それを、これから作っていけばいいと教えてくれたのはその人だ。だから、俺は、その人との思い出を作っていければいいと思っていた。しかし……彼女は……」
 彼女。
 どうやら、女のようだ。
「俺が新世界で、新たに感じること、新たに出会う人との思い出のほうがいいと、俺をこっちの世界へ送った」
「……すごいな、その人。どんな人だったんだよ」
「不思議な人だった……そうだな。雰囲気は永久に似ているかもしれない」
「永久に?」
「ああ。明るいんだ。無駄に……」
 でも、その明るさに救われる場面が、何度あっただろうか。
「……また、俺の話ばかりしてしまったな。真輝の話も、聞かせてもらいたいと、この間言ったのに……」
「いや、俺について話すことなんてないから、ファーの話聞いてるほうが楽しいし」
 止めていた手が動き出す。少々冷めてしまった粥を口に運びながら、ファーは複雑な表情を見せた。
「……俺の最初の思い出は多分、あの人と過ごしたことなんだろうな……」
 垣間見た、ファーの想い。彼自身は気づいていないのかもしれないが、間違いなくこれは恋心。初めて感じた、ファーの強い感情というものが、真輝の胸にはずいぶん印象的に思えた。
「――そうだファー、良い事教えてやろうか?」
「いいこと?」
 ちょうどファーが食事を終えたころを見計らって、器と交換で薬と水を手渡しながら真輝が切り出した。
「夏風邪って馬鹿しかひかないんだぞ」
「……は?」
 受け取った薬を素直に飲むと、ファーが目を点にする。別に、薬が思ったよりまずかったからとかではなく、真輝の言葉に驚いて。
「良かったなぁ馬鹿で。人間味あって面白いじゃん。どっかぽんっと抜けてるくらいが一番良いってね」
「……はぁ」
「その、人間らしいところがありゃ、思い出なんてたくさん作っていけるってことだよ。どこにいたって、誰といたって……な」
 気を、使ってくれたのだろうか。
 真輝がどこか楽しそうに、けれど、自分をからかうときの笑みじゃなくて、安心させるようなやわらか微笑みを浮かべている。
「最初に思い出を作ってくれたそいつが、今、お前が思い出を重ねてるこの場所をくれた。ここには、その人のお前に対する想いが、たくさんつまってるじゃないか」
「……そう、なのかもしれない……」
 目を閉じると今でも思い出す。
 どんなに否定しても、ここに送ると言って聞いてくれなかった彼女のことを。
 どんなに礼を言っても言葉では足りない、それほど大きな感謝を抱えている相手のことを。
 この店にいると――忘れることは許されない。
 でも、それでいい。
 忘れたくないのだから。あの人のことを。

 ◇  ◇  ◇

 閉店時間近くなってから。
「お?」
 薬を飲んだら眠気を振り切れなくて、ぐっすり眠ってしまったようだ。
 まだ、いまいちはっきりしない頭で身を起こすと、身体がずいぶん軽くなっていた。
「起きたか。どれどれ、熱は……」
 真輝が額と、首筋に触れてくる。どちらを触れられても、冷たいとは感じなかった。むしろ、真輝の手を熱いと感じる。
「良し、大分下がったな」
「ああ。すまなかった。ついていてもらって」
「ま、これでお役御免……」
 刹那。
「真輝っ!」
 手を差し伸べたが遅かった。真輝はそのままファーが座っているベッドに突っ伏すように、倒れる。
「おい! 真輝!」
「ははは……言ったろ? 「病院連行、今は俺だけじゃ無理」って」
「まさかお前……」
「そ、俺も風邪ひいてたんだわ」
「そんなに軽く言うな」
 すぐにベッドから下りると、ファーは突っ伏したままの真輝を抱えてしっかりベッドに寝かせる。
「馬鹿仲間だね〜」
「……ああ。そうだな。馬鹿仲間同士、看病しあうか」
 立場逆転。すっかりよくなったファーは店のほうに歩き出そうとしてしまう。粥でも作ってきてくれるのだろうか。
「ファー」
「なんだ?」
 呼び止めると振り返る。
「たまご粥」
「……ああ。わかった」
 店に顔を出したファーに対して、永久から罵声が飛んだようだが、真輝にはその内容までは聞き取ることができなかった。
 その目を閉じて、ゆっくり眠りに落ちたからだ。

 その途中。

 どこか、やわらかい光に包まれ、優しい感覚を覚えた――気がした。
 それは多分、ファーをどこかから見守っている、「彼女」の想い、なのだろう。
 真輝はそんなことを考えながら、眠りの世界に引きずり込まれていくのだった。




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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖嘉神・真輝‖整理番号:2227 │ 性別:男性 │ 年齢:24歳 │ 職業:神聖都学園高等部教師(家庭科)
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、夏季限定ゲームノベル「夏風邪は…」に参加してくださって、ありが
とうございます! 真輝さん。残暑お見舞い申しあげます。いつもうちのファー
&永久がお世話になってます。
今回は風邪で弱気になっているファーということで、少々昔のお話を出させてい
ただきました。女の影がちらつきましたが(笑)
それから、真輝さんも実は風邪!というシチュエーションがすごく面白くて、最
後はお礼返しといわんばかりに、しっかりファーに看病させていただきました!
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
また、お目にかかれることを願っております。
お気軽に、紅茶館「浅葱」へいらっしゃってください♪

                         山崎あすな 拝