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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>




 一雨降れば良いものを、雨など降らせてたまるかとでも言うように太陽が燦々と輝いている。雨が続けばそれはそれで鬱陶しいが、今は照りつける太陽が憎らしい。
 草間は現像出来たばかりの写真を持って、汗を拭いながらどうにかこうにか帰社した。
 真夏の日中に外になど出るものではない。写真を受け取るくらいの用事は、他の誰かに押しつければ良かったのだ。無駄な体力を使ってしまったと思いつつ、部屋に入って引いて行く汗にホッと息を付く。
 照りつける太陽も多すぎる湿気も立ち上る熱気もない、快適な部屋。
 草間は机に写真を広げて煙草に火を付ける。ほんの一瞬、体が冷えるような気がした。
「さて、どうしたもんかな……」
 広げた写真に写っているのは、30代の男。ネクタイを緩め、手を宙に差し出してだらしなく笑っている。
 写真を撮ったのは草間本人なので、男がその時どんな状況にいたのかよく覚えている。
 男は、取り壊しが決まって住人のいなくなった古いアパートの一室で、嬉しそうに口を開いていた。
 草間の見た限りでは、男の前にも後ろにも左右にも人の姿はなく、時折口元に運んだ手を傾けたりしているが、その手には何もない。
 男はとてもくつろいだ様子なのだが、どう見ても荒れ果てたアパートの一室で、一人だった。
「こりゃあ随分な浮気相手だ」
 草間の予想する所では、男には誰か……多分、意中の女性の姿が見えているのだろう。
 女性の酌で酒を楽しんでいるに違いない。
 話は、半月ほど前に遡る。
 草間は行き着けの飲み屋のサエコちゃんに恋人の浮気調査を頼まれた。
 どうも自分は二股を掛けられているらしい。優しかった恋人が最近妙によそよそしくなったし、以前はふっくら太っていたのに、突然ダイエットまで始めた。怪しいと言えば浮気など絶対にしないと言うが、どうも信用ならない。
 知人のよしみで調査を引き受けてくれないか。ツケにしてある支払い分を半分負担するから、と言うのだ。
 浮気調査程度で支払いが半分消えるのならば、美味しい話しだ。草間は二つ返事で引き受けた。
 そして調査をしてみると。
 男はどうやら相手が幽霊と気付かず浮気をしているらしい。
 痩せてきたのはダイエットしたからではなく、相手に精気を吸い取られているからと想像するのだが……、これをサエコちゃんに報告して信じて貰えるかどうがが問題だ。
 下手に報告して腕の程を疑われ、働き損になったのではたまらない。かと言って、嘘の報告をするのもどうかと思う。
 草間は写真を前に暫し考えて、煙草を灰皿に押しつける。
「もう一働きしておくか……」
 男には、相手の霊と別れて貰おう。或いは、相手の霊の方に死んだ事を理解して貰い、身を引いて頂こう。
 男は健康になる、サエコちゃんは喜ぶ、ツケが半分消える。良いことづくしではないか。
 何人かに協力して貰って、それなりのアルバイト料を支払ってもツケ半分を支払うよりは安上がりだ。
 うんうん、と一人頷いて草間は電話に手を伸ばした。

 炎天下、草間から呼び出された綾和泉汐耶、菱賢と、例の如く涼みに来ていた真名神慶悟、散歩ついでに立ち寄った観巫和あげはと、夏休み中のアルバイトを求めてやって来た海原みなもは、依頼の内容を聞いて口を閉ざし、ソファに腰掛けたまま目でシュライン・エマの動きを追った。
「毎日毎日、いやになるほど暑いわね」
 と、一同ににこやかにアイスコーヒーを振る舞うシュライン。
 皆それぞれに礼を言って受け取るのだが、どうしても渡されたグラスよりもシュラインの持つ盆から目が離せない。
「――何で俺だけホットなんだ」
 このクソ暑い日に、人口密度で体感温度が2,3度上昇しているであろう応接室で、他の5人は氷たっぷりのキーンと冷えたアイスコーヒーなのに、何故自分だけゆらゆらと湯気の上るホットコーヒーなのだと眉を寄せて問う草間。
 皆、堅く口を閉ざし手にグラスを持ったままにこにこと笑みを絶やさぬシュラインを見る。
「自分の胸に手を当てて聞いてみると良いわね、武彦さん」
「……目が笑ってないですよ、シュラインさん……」
 と、思わず口を開くみなも。
 慌てて隣に座っていた汐耶がみなもの口を閉ざすが、言葉はしっかりシュラインの耳に届いている。
「そうかしら?私も修業が足りないわね」
 今度は目元までしっかり笑ってシュラインは自分の席に着く。
 しかし、何となく場が冷え切っている。
「……あー……、そうそう、依頼の件ですが……」
 一生懸命言葉を探した末にあげはが口を開き、慶悟が咳払いをしてから漸くコーヒーに口を付ける。
「牡丹灯篭状態ですか、久しぶりに読み返そうかしら?」
 汐耶が言うと、「へ?」と賢が首を傾げた。
 若干16歳の高校生でありながら武力と法力で仏敵を調伏する僧侶でもある賢は、本を開くと寝てしまうと言う、汐耶とは正反対の男だ。牡丹燈篭と言われてもパッと頭に浮かぶものがないらしい。汐耶が簡単に内容を説明すると、「ああナルホド、確かにその通り……」と相槌を打つ。
「これと決めた相手がいるなら又に掛けるのはあまり宜しいとは言えないか。アルバイト料が出るなら喜んで引き受けよう」
「浮気は……ちょっと……許せませんね」
 慶悟とあげはが言うと、みなもが暫し考えてから口を開いた。
「幽霊さんを相手に浮気ですか……。でもその人って“浮気”している自覚あるんでしょうか?」
 するとシュラインも頷く。
「そうねぇ、本当に浮気なのかしら……。妙齢の女性でなく、おばあちゃんだったり……可能性としては薄いけれど母親とか、そういう方向で寛いでたり世話をしに行ってたりはしないかしら。浮気が一番ありえそうだけれど、一応その方面も念頭に調査をした方が良いと思うわ」
「それもあるが、目に見えぬ酒を振舞われてどうこう……と言うのは霊に憑かれているというよりも狸等の類に化かされている様にも見えなくはない。だが痩せて来ているという事は憑かれているともとれるし何かを食べた気になっているから他には口にしない、ともとれる」
 慶悟が言うと、あげはも頷いて言った。
「草間さんの写真に相手の方が写っていないという事が少し気になりますね。相手の方は女性なんでしょうか。もしかしたら男性とか……子供とか……飛躍しているかもしれませんが、女の子のおままごとに付き合ってあげているとか……サエコさんの彼氏さんはどんな方なんでしょう?子供が好きとか……それとも本当に女性が好き、とか……」
 「まずは、その幽霊の身元と、アパートでの事件関係調べましょうか。それと幽霊として存在するなら、前から目撃情報とかあってもいいと思うんですけど。……普通に女性の幽霊か、それともそのアパート自体のれいた言っても考えられるかしら?その辺の噂関係も必要ですね。取り壊しの理由も、調べる事がかなりありますね」
 言って、汐耶は草間の撮った写真とアパート周辺の地図を改めて見直す。
「ま、相手がどんなヤツにしろ早いとこ別れさせないとな。男の命にかかわるし相手の方も成仏した方が良いだろうし」
 コーヒーを飲み終えて、賢は持参したポラロイドカメラを取り出した。
「相手が女なら写真撮って男にてめぇが付き合ってる女は幽霊だって分からせないとな」
「私も彼氏さんがアパートにいる所を私もデジカメで撮ってみたいのですけど……。思い込みは真実を歪めてしまいますからね」
 言って、あげはも愛用のデジカメを取り出す。
「あたしはとりあえず、男の方に会いたいです。依頼人さんのことは伏せておいて、探偵お手伝いということを言って、最近会っているアパートの人についてお聞きしたい事があるって。その上で、おふたりの関係や出会いなんかを聞いて見ますね」
「そうね。彼氏の経歴や家族構成が分かっていた方が良いだろうし……。今日、彼氏はアパートに行くかしら?」
 みなもに頷きつつシュラインはカレンダーを見る。
 金曜日。
 飲み屋のサエコちゃんを選ぶか、アパートの幽霊を選ぶか……。

 飲み屋のサエコちゃんを選ぶか、アパートの幽霊を選ぶか……。
 その疑問に草間は何でもないと言う風にこう言った。
 ――サエコちゃんは今晩仕事だからデートは出来ないだろう。アパートの女の方に行くさ。
 とても冷たい微笑を浮かべたシュラインを、みなもは引きずるように興信所を後にした。
「えーっと、訪ねてくるって言うことは、相手の彼氏にはこのアパートは普通のアパートに見えている訳ですよね」
「そうでしょうね。私達の目には、どう見ても崩れかけたアパートだけど……」
 深々と溜息を付いてシュラインは答える。
 2人は有刺鉄線を張り巡らせたアパートの前に立ち、男が来るのを待っているところだ。
 撮影の為にあげはと賢が先に中に入り、隠れている。
 シュラインとみなもはまだ内部を見ていないが、外観を見ただけで中の様子は想像出来る。普通に入ってくつろげる状態ではないはずだ。
 そんな中に、男は何を思ってやって来るのか。
「相手の女性はこのアパートで亡くなったんでしょうか?」
「どうかしらね。後の2人が管理会社に連絡してくれてる筈だけど……、この古さじゃ、随分前に亡くなった方よね。ここ、築何年くらいかしら……、昭和中期って感じよね」
「木造2階建てのアパートなんて最近あまり見ませんよね。取り壊しが決まってるそうですけど……、後に別のマンションとがが建っちゃったら、男の人はどうするんでしょう……?」
「そこで霊と会っていたんだって気付くのかしらねぇ。それとも、部屋のあった場所を探して会いに行くのかしら……」
「流石に気付きますよねー……」
 等と雑談をしていると、道の向こうから一人の男がやって来た。
 草間の写真に写っていた問題の依頼人の彼氏だ。
 シュラインとみなもは何喰わぬ顔で男に近付き、アパートを指差して訊ねた。
「失礼ですが、103号室の方のお知り合いですか?」
 突然の質問に、男は少々驚いたようだが頷いた。
「草間興信所の者ですが、103号室の方についてちょっとお尋ねしたいのですが、宜しいですか?」
 興信所と彼女と、一体どんな関係があるのだろうかと男が2人を訝しむ素振りを見せたので、シュラインはすかさずさる人物からの依頼で、詳しい事情は説明出来ないが103号室の女性について調査をしている事、決して彼女が危険な事に関わっている訳ではない事などを説明する。
「103号室の方とはどんなご関係ですか?」
 みなもが問うと、男は彼女だと答えた。続けて、シュラインの2人の出逢いに関する質問には、ある晩会社の帰り道に出逢ったのだと答え、年齢は自分が31、彼女が27の4歳差だと言った。
 付き合いを始めた時期や、期間、現在の二人の状況や結婚意識の有無などに付いて訊ねていると、男の方は2人を興信所ではなく新手のセールスか何かと思ったらしい。彼女との約束があるからと言って、慌てて2人の前を去った。
 2人が見る前で、男は難なくするりと有刺鉄線をくぐり、アパートの玄関や窓に明かりが灯っている訳でもないのに、迷わず所々屋根の崩れたアパートへと入っていった。
「普通のアパートに、見えてるんですよね……?」
「有刺鉄線や回りの草はどんな風に見えてるのかしらねぇ……、不思議……」

 9時を過ぎて、興信所に再度集まった6人は夕食に出前のラーメンを食べながらそれぞれの調査結果を報告することにした。
「管理会社に問い合わせてみたが、あのアパートで自殺者が出たと言う話しはなかった。まあ、都合の悪い事をそう簡単に話すとも思えないが、俺が見た限りでは相手の女は自殺者ではないみたいだ」
「ご近所を3件ほど回ってみましたが、これまでに幽霊の目撃証言はないようですよ。時折若い子達が忍び込んで悪戯をしている事はあるそうですが……。多分、依頼人の彼氏が中に入っていても子供の悪戯か何かと思われているでしょうね」
 慶悟に続けて、汐耶が言う。
 慶悟がアパートの中に入って見たところでは、相手は狐狸妖怪の類ではなくそこそこの年齢の女性で、悪意を持った霊ではない。
「建物の取り壊しも妙な事件や噂の所為ではなく、老朽化だそうです。単身者向けのワンルームマンションにするそうですよ」
「2階は確認しなかったが、1階の他の部屋にも問題はなさそうだったな。どちらかと言うと、霊よりも男の方に原因がありそうだ」
 慶悟の言葉に、あげはと賢が顔を見合わせてテーブルに数枚の写真を並べた。
 賢が撮ったポラロイド写真と、あげはが撮ったデジカメの画像をプリントアウトしたものだ。
「んまぁ、俺が撮ったのは草間さんが撮ったのと同じ、男だけしか映ってない写真だけど、相手を説得する材料にはなるだろ」
 と、賢が指す写真は確かに草間の物と同様に、男が宙に向かって笑い、何か持っている様子だ。周囲の荒れた部屋の様子や、壊れた壁や埃だらけの様子もハッキリと映っている。この写真を見ても自分が幽霊を相手にしていると理解出来ない等と言うことはないだろう。
 続けて、賢はあげはの撮った写真を指す。
「こっちが問題なんだ」
「さっき真名神さんが仰いましたけれど、彼氏さんの方に問題があると言っても不思議ではないと思います……、まさかこんな写真が撮れるなんて思いませんでしたけれど……」
 あげはが言う写真には、20代後半程度の女の姿が映っている。大人しそうな顔立ちの普通の女だ。男の目にはこの女が見えているのだろう。
 問題は、その女の手を堅く握ったもう2本の手だ。
「こっちはもっと分かりやすい」
 と、賢が2枚目の写真を指す。
 映っているのは女と、その女の手を引く男。
「賢さんが仰ったのですが、もしかしたら彼氏さんの恋心が幽霊を縛り付けているんじゃないでしょうか……」
 男と離れる為に精気を吸い取って遠ざけようとしているのではないかと言う賢とあげは。
 そんな可能性がない訳ではないと頷く慶悟。
「あたし達、少しだけ男に話しを聞く事が出来たんですが……、凄いですよ、本当にアパートがちゃんとした建物に見えてるみたいなんです。幽霊の彼女がそう言う風に見せていないのだとしたら、アレは思い込み?相手が幽霊だなんて全然気付いてない感じです」
 みなもが言うと、シュラインも同意する。
「何かのセールスと思われたみたいであまり詳しく聞けなかったけれど、103号室の人は自分の彼女だってハッキリ言ったわ」
 男は31歳、女は27歳。ある晩に、会社の帰り道で会ったのだと言う。どんな経緯があって出逢ったのかは分からないが、それ以降ずっと付き合いが続いている。元々はふっくらしていた男が痩せ始めたと言う依頼人の言葉から察するに、2ヶ月程の付き合いだろう。
「幽霊の方とお話が出来るものならした方が良いかも知れないわね。あなたを縛り付けている男から解放してあげるとでも言えばすぐに身を引いてくれるでしょうし」
 シュラインの横で頷いてからみなもは溜息を付く。
「問題は、男の方ですよね。簡単に理解して納得して貰えるかどうか……」
 目の前には、相手が幽霊だと言う立派な証拠があるのだが、幽霊を縛り付けるほど思い込みの激しい相手が納得するかどうか……、ラーメンをずるずると啜りながら6人は少々頭を抱えた。

 翌日の午後6時30分。
 男がやってくるより少し早く6人はアパートに到着し、103号室を訪ねた。
 一応扉をノックしてみると、中から小さな声で返事があった。
「こんばんは、お邪魔します……」
 みなもが声を掛けて扉を開けると、そこにはあげはの写真に写っていた通りの女の姿があり、驚いたような顔で6人を見ていた。
「突然申し訳ない。実はあんたが付き合ってる男の事でちょっと話があるんだが……」
 慶悟が言うと、女は頷き6人を中に招いた。
 女の目に部屋がどのように見えているのかは謎だが、6人の目に映るのはやはり荒れた埃だらけの部屋だ。
「あの人に悪い事をするつもりじゃないんです、信じて頂けますか?」
 招かれても腰を下ろせるほど綺麗な場所のない部屋で立ったままの6人に女は言った。
「私は昔、交通事故で死にましたが、どう言う訳か心がこの部屋に残されて成仏出来ずにいました。ある程度の移動は出来るのですが、どうしても成仏が出来ません。2ヶ月ほど前になりますが、私がアパートの前に立っていましたら、彼が声を掛けて来ました……」
 話しを促すと、女は一人で過ごす時間が長かった為に、男との会話が楽しかったのだと言った。仕事の帰り道であるこのアパートの前で何度か会話を交わす内に、男を部屋に招くようになってしまった。いけないと思いながらも、男が喜ぶので手料理などでもてなした。そんな日が続く内にもっと親しくなり、男に交際を申し込まれた。悪い気はしないが、やはり自分は死んだ身。生きた男と付き合える訳がなく、そうする事で成仏出来る訳でもない。別れなければ、とそう思った時には男の想いが強すぎて別れられなくなっていた。精々もてなし、物を食べた気にさせておけば次第に体の異変に気付き離れて行くかと思ったのだが、体力のある男なのか、変わらず訪ねて来る。
「これ以上彼を苦しめたくないんです、でも、私ではどうする事も出来なくて……、本当に悪気はないんです。助けて下さい……」
 女に深々と頭を下げられて、6人は溜息を付く。
 やはり、問題は男なのだ。
「相手の方をこれ以上苦しめたくないと言う気持ち、分かります。どうにか相手の方に理解して頂ければ良いのですが……。辛い別れはいやですものね」
 あげはが言うと、女は少し涙ぐんで頷く。
「ったく、思い込みの激しい野郎ってのは困ったもんだ。どう説得したもんかね」
 賢が言うと、慶悟が懐から1枚の符を取り出して言った。
「正気鎮心符で正気に戻してから草間やあんた達が撮った写真を見せて状況を理解させるしかないだろうな。憑かれている訳ではないから簡単に正気に戻るだろうが……、頭が固いと理解出来るかどうかが問題だ」
「タチの悪い男に好かれたものねぇ……、あんたが男に憑いたんじゃなくて、男があんたに憑いたみたい」
 シュラインは思わず苦笑する。
 その横で汐耶も頷いた。
「無理矢理な牡丹燈篭ですね……、迷惑なお話です」
 と、その時小さく扉をノックする音が聞こえた。
「彼です……、開けても構いませんか?」
 女に聞かれて、6人は頷き、男が入って来られるように少し奧に移動した。
 女が扉を開けると、男は挨拶をしてから部屋に入り、そこに6人の男女を見付けて目を丸くした。特に、昨日声を掛けて来たシュラインとみなもの姿には。
「大事なお話があるんです。落ち着いて、聞いて下さいね」
 みなもが言い、肩に掛けたトートバッグから数枚の写真と懐中電灯を取り出した。
 周囲は暗くなっている。電気の通っていない部屋は男の目には普通に見えてもみなも達には暗い。
「まずは、写真をよく見て下さい。それは草間興信所の所長とここにいる2人が撮ったものですが、インチキや作り物ではなく、真実です」
 汐耶に言われて男は写真をまじまじと見つめた。
 自分一人が荒れ果てた部屋の中でくつろいでいる写真だ。自分の彼女が映っているのはほんの数枚で、それも奇妙に自分が強く彼女の手を引いている写真だ。男は6人と今自分の隣に立っている彼女を見比べた。
「……これって、一般人を相手にしたどっきりか何か?」
 シュラインは首を振って答えた。
「もう一人の彼女の『サエコちゃん』の依頼なの。あなたが浮気をしているらしいから調べて欲しいと言う」
 すると男は首を傾げ、サエコちゃんと言う女性など知らないと言った。彼女の前でしらばっくれている訳ではなく、本当に記憶にないと言った感じだ。
「え……?」
 あげはは疑問に思ったが、取り敢えず今はこの部屋の女性の話しだ。
「その写真は、本当に本当なんです。どっきりなんかじゃありません」
 そう言われてもまだ不思議そうな顔をする男に、慶悟は正気鎮心符を貼り付けた。
 暫しの間を置いて、夢から覚めたような顔をして男は周囲と6人と自分の彼女を見る。
「な、何だここっ!?」
 呟いて、写真と部屋の様子が同じである事を確認する。
「ごめんなさい、騙すつもりはなかったの……、」
 女が言い、慶悟が補足する。
「あんたはずっと彼女を生きた人間だと思ってここにやって来てたんだ。彼女があんたを騙した訳じゃなくて、あんたが彼女を生きた人間と思い込んでいただけの話しだが……」
 信じられないと言った顔で、それで愛おしそうに女を見る男。
「てめぇが勝手に思い込んでる所為で彼女はずっとここに縛り付けられてんだ。成仏出来ないでずっとだ」
 ここで女と過ごした時間は本物でもここで飲み食いしたものは全て男の見た幻だと聞かされ、男の身を案じた女が別れたがっていると聞かされても、男は不可解そうな顔で見るばかり。
「なあ、正気鎮心符って本当に効いてるのか?」
 と、思わず賢が訊ねる程の不理解振りだ。予想はしていたが、説得して理解させるには時間がかかるだろう。
 それでも、女が別れたがっているのだと言う内容は理解出来たらしい。しょんぼりと項垂れてそれは仕方がない、と答える。
「あなたの事を愛していない訳じゃないの。でも、ごめんなさいね……」
 言って、女は7人の前からするりと消えた。

 日曜日、再び興信所に集まった6人は昨日の状況を草間に報告した。
 草間の指示通り、男を浮気相手と別れさせた。
「でも、変なんです。彼氏さん、『サエコちゃん』なんて女性は知らないって言うんです……」
 昨夜男と別れる前に他に付き合っている女がいないかと訊ねると、何とあの男は他にも3人の彼女がいた。どんな漢字で書くのかは分からないが、「ミエコ」「シオリ」「アヤコ」と言う名で、「サエコ」ではなかった。
「3人も4人もいるから、間違えてる、なんて事はないですよね?流石に……」
 みなもが首を傾げながら言うのを聞いて、慶悟は少しいやな予感がした。
「そうそう。変と言えば、ね、武彦さん。何で今回依頼料入ってないのかしら……?依頼料+ツケ半分、とかじゃないのね?ツケ半分を肩代わりって言うのも考えてみれば妙な話だわねぇ……」
「草間さん、本当にツケ半分肩代わりして貰えるんですか?ツケ半分って、依頼料金相当以上なんですか?」
 そう言われると、草間は何だか少し心配になってくる。
 サエコちゃんが嘘を吐くとも思えないが、しかし自分はそんなに働いていないとは言え、ツケ半額の肩代わりがなくなるのも厳しい。
「そんなら、今から結果報告がてら電話して聞いてみりゃ良いんじゃないか?」
「そうだな。ミエコ、シオリ、アヤコと言う名に聞き覚えがないか……」
 6人が揃いも揃って頷くので、草間は仕方なく携帯を取り出し、サエコちゃんの携帯番号を呼び出した。と言うのもまだ店の開店時間にはほど遠く、開店していたとしても、今日はサエコちゃんはお休みだからだ。
 軽く自分を睨んでいるシュラインには気付かず、草間はサエコちゃんを相手に話しを始めた。
 6人はそれぞれソファに腰掛けて様子を聞いていたのだが、暫くすると顔を見合わせて溜息を付いた。
「……はぁ……。なんか、こう…事務所の私物の整理、しとこう……」
 溜息混じりに呟いて自分の机に向かうシュライン。
 呆れ果てて誰も止める事が出来ない。
 10分程話して漸く電話を切った草間を、5人は冷たい目で見る。
「な、何だ?俺が悪いのか?」
「てめぇが悪くなくて一体誰が悪いってんだっ!」
「本当に、草間さん……、程々にした方が良いと思いますよ。色々と……」
 頭を抱える賢と汐耶。
「私もそう思います……」
「あと、シュラインさんの御機嫌を取った方が良いと思います、あたし……」
 あげはとみなもも頷く。
「しかし、あの男は相当惚れやすいんだな……」
 慶悟がコーヒーに手を伸ばしながら言った。
 草間とサエコちゃんの会話を聞いたところに寄ると、サエコちゃんは草間に依頼などしていないと言った。今付き合っている男もいないし、親しくしている異性の友人はいるが、浮気調査などするつもりもない。
 「ミエコ」「シオリ」「アヤコ」と言う名に聞き覚えがないかと訊ねると、「ミエコ」は昨年亡くなった双子の姉だと言った。
 サエコは草間に依頼した事も覚えていなければ、草間が依頼を受けた日に、自分が何をしていたのか飲み過ぎていたのかハッキリ思い出せないと言った。
 つまり想像するところでは、亡くなったと言う双子の姉のミエコがサエコに取り憑いて草間に彼の浮気調査を頼んだと言うことになる。
 男は霊であるミエコとも付き合っている訳で……。
「惚れやすいとか言う以前の問題じゃないか……、普通、同時進行で2人の霊と付き合うかな……」
 理解不能とばかりに首を振る賢。
「もしかして、残りの2人も幽霊、なんて事はありませんよね……?」
 恐る恐る尋ねるあげは。
「例え残りの2人も幽霊で、それで精気を吸い取られて死んだとしても、何だか自業自得のような気がして来ました……」
 みなもが呟くその後ろでは、シュラインの私物整理が着々と進んでいた。


end
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0389 / 真名神・慶悟   / 男 / 20 /陰陽師
2129 / 観巫和・あげは  / 女 / 19 /甘味処【和】の店主
3070 / 菱・賢      / 男 / 16 /高校生兼僧兵
1252 / 海原・みなも   / 女 / 13 /中学生
1449 / 綾和泉・汐耶   / 女 / 23 /都立図書館司書

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、何時もご利用有り難う御座います。
 実は豪華9連休だったのですが、結局海にも山にも行かず、夏らしい事は何一つしないままに終わってしまいました。
 オノレ台風15号っ!!と言った感じです……。
 納品もかなり遅くなりまして、締切ギリギリ……。この頃本当に遅くて申し訳ないです(汗)9月からは更にのんびりペースになるかと思うのですが、また何かでお目にかかれたら幸いです。