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■序章:よんばんめのありす。
起こして、ワタシ、を。
眠ったままでは、いられない。
アレはワタシ――――私はアレ。
単は単でなく、複は複でなく。
全ては混沌の海に眠り、またワタシもそこに在り、今はまだ夢幻に四肢を戒められたまま。
今、この時――私が目覚める、唯一の………
*
「これ、本当に貴方が何かしでかしてる訳じゃないんですね?」
久し振りの連絡。何やら困った様子だったから、わざわざ足を運んだのに。
「えー、幾ら職業『暇人(←強調)』な僕でも自分の得には一銭もならないような事で、わーざわざこんなに手の込んだ事はしないよ」
と言ってる割には。
現状を明らかに楽しんでいる――としか思えない笑顔を満面に張り付かせた京師・紫(けいし・ゆかり)に、鶴来・那王(つるぎ・なお)は思いっきり疑いの眼差しを向けた。
って言うか、どこをどう善意に解釈しても、この現実はおかし過ぎる。何が楽しくて、都内某所に建つマンションの敷地内に足を踏み入れた瞬間に、着ていた服が学生服――しかも漆黒のガクラン――に変化しないといけないのか。さらに言うなら、年齢まで16歳時分になってしまっているのか。
「それはアレじゃない? ご近所でイベントやってるから。なんだっけ? げんえーがくえんなんとか……」
「ってそういう問題じゃないでしょう」
きつい喉元を寛げながらピシャリと言い放った那王に、紫は「えへへ」と曖昧な笑みを返す。かく言う紫も那王と同じく、いつもの彼ではなく10歳は幼い姿&ガクラン姿という有様だ。
「で、原因は何なんです?」
「うーん……事の起こりは一ヶ月前くらいなんだけどさぁ……」
『ドリームハイツ・松竹梅(まつたけうめ)』
何がなんだか分からない名前だが、とりあえずそう呼ばれる地上4階建ての高級マンションが都心の真ん中にある住宅街にあった。
なんでも『夢のある人応援します』ということらしく、入居時に『自分の夢』というテーマで400字詰め原稿用紙五枚分ほどの作文を書かされる。その結果、オーナーに気に入られれば格安で部屋を貸して貰えるという――とまぁ、その辺の事情は今回の事件にはあんまし関係ないから置いといて。
取り敢えず、そーゆー風変わりなマンションのオーナーはというと、話の流れからして分かりきっているかと思いますが、今現在その辺でガクラン着ている京師・紫【職業『暇人(←しつこい)』】なわけでして。
「は? 自分の部屋に辿りつけない?」
「へ? 変なバケモノが出る?」
住人からオーナーへの苦情が出始めたのは、何の前触れもなく本当に突然の事だった。しかもその苦情の内容がタダゴトではない。
ちゃんと自分の部屋に向った筈が他人の部屋に辿り着いたり、外出しようと一階に向って階段を下りたのに、屋上に着いていた、とか。さらには昼夜を問わず奇妙な生物(?)の目撃談が相次ぐようになった。
しかし、マンション名からしてタダゴトではない建物である。住人の皆さまも、最初は気味悪がりつつも不可思議な日常を楽しんでいた節もあったようなのだが、徐々に激しくなっていく怪異を前に、一人、また一人とマンションを去って行ってしまった。
「で、面白がってるうちにこんなとこまで来てしまった、と――そういう訳ですか?」
「そーそー。こんな事って早々あることじゃないじゃない」
早々あってたまるか、とツッコミを入れようとした那王は、マンションのエントランスから姿を現した、セーラー服姿の少女に気付く。ちなみにセーラー服のスカート丈は膝下15cm程度。イマドキの女子高生では――明らかにない。
「(こほんと咳払い一つ。ついでに地の文書いてる人を睨みつけ)お待たせしました、調査は一通り完了しましたが……」
「お疲れ様。で、どうだった?」
「その前に敷地内から出ませんか? この姿はどうにも落ち着かなく……」
「あ、そうだね。僕らもガクランなんて暑苦しいし。なおちゃんもいい? ガクラン堪能した?」
「誰が堪能するんですか、こんなもの! ところで彼女は?」
お約束的会話が進行した後、3人は揃ってマンションの敷地内を後にする。その途端に紫、那王の姿は普段の物に戻り、セーラー服姿だった少女は、20代後半のカッチリとしたスーツを身につけた女へと姿を変えた。
「初めまして。私は天城・緑子(あまぎ・みどりこ)と申します」
「この手の調査ごとのスペシャリストでね。昨日駅前でポケットティッシュ配ってるとこ捕まえたんだ」
「……配ってませんし」
この場合、紫の足先を緑子のヒールが踏みつけていても誰も文句は言うまい。というか、なんでティッシュ配りだ?
「僕の行動に基本的に意味はない」
「(もう一度咳払い)此方をご覧の皆様もそろそろお困りだと思いますので、勝手ながらさくさく状況を説明させて頂きますね」
はい、宜しくお願い致します。
【状況解説by天城・緑子】
現在、此方のマンション『ドリームハイツ・松竹梅』は敷地ごと空間が歪んでおります。
またその歪みゆえ、ありとあらゆる世界に通じている状態にあります。それゆえ、このマンションにはあらゆる世界の住人が出入り可能な状況です。
例えば……そうですね、今この瞬間に20年後の世界から私自身が迷い込んでくる可能性もあるわけです。
さらに各階の狭間に空間の変換ポイントがあるらしく、階を移動する度に世界が変動し、年齢・外見も変化するようです。残念なことにその法則性は今回の調査では解明できませんでした。
そして、これが一番厄介なことなのですが。上層階へ移動しようとすると必ず邪魔が入るのです。恐らくこれは自分が深層心理で一番恐れる物が空間の歪みを利用して実体化していると思われるのですが。とにかく、これらを退けない限り上層階への移動は叶わないようです。
そして問題が、鍵と思われるアフロの兎―――
「アフロの兎?」
それまで黙って説明を聞いていた那王が、有り得ないモノへの疑問符に思わず口を開いた。
「そ、アフロの兎。ふわふわのもこもこで可愛いよ〜。僕自身が調査した時に目撃したんだけどね」
「残念ながら、私は最上階まで調査してもそのような物に遭遇することは出来ませんでした。おそらくその兎が鍵になると思うのですが……」
「何故、アフロな兎?」
「あれ? 言ってなかったっけ? このマンションの最後の住人、相模原・たえこ(仮)さんが通称『魅惑のアフラー・たっこ』って名前でウチに居住希望申請出して来てねぇ。その作文がこれまた秀逸で……」
「(話の流れ無視)なんで名前の後ろに『(仮)』が?」
「なんか恥ずかしそうだから?」
「でも本名まるっと出してますよね?」
「気分だけでもv」
人生とは、一寸先は闇。何が貴方を待ち受けるのかは―――貴方次第。いや、マジで。しかもかなり色んな意味で。
「……締めに入ってますね。あ、因みに今の発言は緑子です」
「天城さん、次元(?)を超えて冷静につっこまないで下さい!」
全ては最上階の角部屋(月家賃、さんまんにせんはっぴゃくえん。当然管理費、税込み)から出てこない、相模原・たえこ(仮)と出会わなければ始まらない。
「あ〜! そうそう魅惑のアフラー・たっこちゃんの別称はもう一つ、夢見る乙女ってのもあるんだよ♪」
「もういいです、ってば」
遅い来る――違った、襲い来る深層心理で最も恐怖する物を退け、貴方は何を見るのか。そしてどのような世界を旅して、何処へと辿り付くのか。
「ところで、なんで天城さんはその兎を見なかったのでしょう?」
「うーん……事態を楽しんでないから?」
「なんでそーゆー理由! ってか、どうしてそんな事知ってるんですか!?」
「ご都合主義だから?」
「あぁあぁあぁあぁあぁ………」
何がなんだか本当に良くわからないが、物珍しさついでにこの世界に迷い込んで、このマンションを救って頂けませんか?
宜しくお願いします(ぺこり)。
*
「それじゃ、後は皆さんで頑張って下さいね」
「おー! なおちゃんも元気で!!」
「……貴方も。また、いつか」
出くわしたのは別れの現場だった――って、こんな風に書くとカップルの別れの現場のようでどうにも微妙だ。
とにかく彼女がその場に辿りついたのは、鶴来・那王がその場を後にするところ。偶然のタイミングですれ違った友人へヒラリと手を振り、その段になって彼女は気付いた。自分が今着用しているのがお約束的なセーラー服であることに。
一瞬、空間が歪んだ気がしたのだ。そういう能力があるわけではないが、今や怪奇探偵事務所として名高い――幸か不幸かは謎だが――草間興信所の台所の番人……違った、古株である彼女は「その手」の現象に対し随分と敏感になっていたから。
この手の類に絡んでくるのは……
「………」
暫しの絶句。それはおおよその目星をつけた人物が案の定にっこり笑っていたせいでもあり、その人物――京師・紫だが――が自分と同じく学生服に身を包んだ少年の姿になっていたせいでもあり、そして……
「うわー、シュラインさんもぴっちぴっちだねぇ。ねぇこの際だからおさげとかしない? 僕そーゆーの結構苦手v」
「苦手っていうなら申し出ないでしょ、普通」
イマイチ何が起こっているかはよく分からないが、既にその場に居合わせている三者三様の制服姿の青年二人&少女の姿からも、ここで普通じゃないことが起こっていることは百も承知。
けれど、いつものように軽口を叩くその男の姿に、シュラインは変に騒ぐ鼓動を止める事が出来なかった。
数年ぶりに履いた濃紺のプリーツスカート(膝下Xcmタイプ)が、膝頭を擽るように風に揺れる。
「さーって、メンツも揃ったみたいだし、そろそろ行きますか。じゃ、ちゃっちゃか状況説明するよ〜」
普段と変わらない紫。
その様子に奇妙な胸騒ぎに彼女は蓋をした――したつもり、だった。
■一笑…もとい、一章:薄茶色した憎いヤツ
『アフラーたっこ♪ の大冒険
作:アフラーたっこ♪
私は、なぜこの世界にはこんなにもアフロが少ないのか悩んでいました。
いえ、世界をまわればアフロだらけの国だってあります。けれど、今の私が住まう日本ではほとんどアフロは存在しません。
有名なスポーツ選手、アーティストがやっている分には好印象で迎えられるであろうアフロ――けれど現実は……
なぜ、皆さんアフロの素晴らしさに気付かないのでしょう?
だってアフロって凄いんですよ!
筆箱要らずなんですよ!
筆記用具とか、簡単な小物とかを挿して持ち歩くことが出来るんですよ? 競馬や競輪なんかに行くおじさん達真っ青です。八百屋のおばちゃんだってびっくりです。耳にひっかけるのと違ってバツグンの安定感!!!
アフロは装飾であり、実用性バツグンなのです。
そんな夢のアフロなのに……
だから、私は旅立つことを決めました。
題して『アフラーたっこ♪ の大冒険』です。
世の人々にアフロの素晴らしさを説いて周り、そしてアフロを広める。そしてこの世界を素晴らしいアフロのお花畑にするんです。
赤や青、緑や黄色、紫……あぁ、夢見るだけで心臓がドキドキしてきました。
木陰から顔を出す野兎もアフロ、澄んだ水の中を泳ぐ小魚だってアフロ、土の中でせっせと穴を掘るモグラだってアフロ!!(←グラサンにアフロだなんて、似合いすぎると思いませんか!?)
私は世界を変える魔法少女「アフラーたっこ♪」として覚醒しアフロを全世界に広めるの。それ行けたっこ♪ アフロの未来は明るい♪ いざテーマソングは……』
*
「……わかったわ、だからもういいわ」
こめかみのあたりがズキズキと痛みを訴えているのはきっと気のせいではないはずだ。
ついでにお腹の辺りがすーすーするのも決して気のせいではない。
「…………」
とりあえず無言のままシュライン・エマは「えー、どうせなら最後まで語らせてよ〜」とぶつぶつ口の中で『アフラーたっこ♪ の大冒険』を諳んじていた京師・紫の後頭部をぽくりとどついた。
ちなみにこの「ぽくり」は軽く、の意味である。間違っても「ポックリ逝かせる」程度という意味ではない。
「いたっ、いきなり酷いなぁ。当たり所が悪くてあの世送りになったらどうするんだよ!」
「いや、私としてはこのままお見送りしたい気分といえば気分なんですが(爽笑)」
語尾の「(爽笑)」がなんだかとっても怖い気がするのは、ラスイル・ライトウェイ。現在の彼の姿を目にすれば、彼がそんな気持ちなのもとっても素直に頷ける。
というわけで、詳しい解説をしよう――とすると、非常に長くなってしまうので割愛することにして。現在の彼らの現状をまずはご説明いたします。
第一のコース→→シュライン・エマ。外見年齢21歳。普段よりちょっと若いぞ、お肌の艶もぴっちぴっちだ。着こなす衣装はアラビアンナイトの踊り子風。目にも鮮やかなショッキングピンクのセパレートタイプのトップとパンツ。長い髪を頭のてっぺんで結い上げ、顔を隠す薄でのヴェールがどことなく神秘的。手首足首首元を飾る金色の装飾品は、ぱっと見時価ん千万の輝きを放っている(勝手な憶測)。
第二のコース→→ラスイル・ライトウェイ。外見年齢ちょっぴり渋めに30歳前。でもまだまだぜんぜん若いよ、西洋人って東洋人から見れば年齢不詳だから。だけどもっと不詳なのはその衣装。銀の髪と青い瞳に合わせて、青の布地に銀の装飾――デザインはどうしてだかシュラインさんとご一緒だ。つ・ま・り・は……踊り子v
第三のコース→→さっきからラスイルの恰好を見て吹き出すのを必死に堪えてる様子の花房・翠。外見年齢、普段よりちょっぴり大人な感じの25歳。シャープな感じに磨きがかかってイイ男。衣装は運良くアラブの富豪風。頭に巻いたターバンについた飾りはシンプルに美しく。白地に緑の上衣を被せたしっとり感が品がいい。腰に挿したサーベルもなかなかの雰囲気をかもし出している。
第四のコース→→ひとりしつこく紫の話に目を輝かせてくれている神薙・冴夜。只今の外見年齢はお年頃な16歳。だけどどうして衣装は翠とお揃い。おまけについたちょび髭が、何故か似合うのがとっても不思議。いやそれより、彼女自身、ターバンの中身がアフロになっていやしないかと、そっちの方に心ときめき中。
「なんだか余分な説明でえらい文字数取るわね……」
「うん、今回はそれが宿命みたいなもんだから気にしないで♪」
シュラインのドツキに耐え、鋭い指摘も笑顔でかわした紫の現在衣装はシュラインとほぼ同じの踊り子衣装。しかも紫。しかしセパレートタイプでないのは、職権を乱用した結果――としか思えない。
ちなみに外見年齢はいつもよりちょっと若目の21歳。
「まったく、毎度というか……京師さんが絡むとなんでもあり、ね」
ドリームハイツ・松竹梅(まつたけうめ)に到着した四人がまず確認したがったのは、アフラーたっこ♪ こと相模原・たえこが管理人である紫に提出した作文内容の確認だった。
咄嗟の事なので、そんな都合よく出てくる物だろうか……と危惧していた者もいたりはしたのだが、そんな心配事は綺麗に杞憂で終わった。
何せ紫が完璧にその作文を暗記していたのだから――途中、紫の改竄が入っていないかは微妙に保障の限りではないけれど。
「で、何か参考になることあった? いやぁ、まずタイトルからして『大冒険』ときたもんで、僕のハートは揺さぶられまくったんだけどさ」
「っつか、ゆかりん。そこは別に揺さぶられるとこじゃねぇから」
今日だけ限定年長さんの余裕(?)で翠が紫の肩をぽむぽむと叩く。彼は先ほどまで珍しげに土レンガで造られた壁を眺めたり、触っていたりしたのだが、これという収穫は得られなかったらしい。
「……たっこさんの思考というか、アフロに対する情熱はよく分かりましたね。しかし、これは本当に先ほどのマンションの中ですか?」
お腹の辺りの頼りなさは、とりあえず忘れることにして。鏡がなくて本当に良かった、そして近しい者――特に弟子とか弟子とか弟子とか――と一緒でなくて良かった、と思ったかどうかは定かではないが、ラスイルは自分の現在おかれている状況を噛み締める。租借する、飲み下す、消化する。
「それじゃ、さくさく兎探しをするとしましょう」
「って、もう割り切ったのかよ!」
「消化し終えましたから」
「なんだよ、それ!」
煌くスパンコールを縫い付けられたコバルトブルーの衣装を翻し、スタスタと歩き始めるラスイル。すかさずツッコンだ翠の言葉は、あえなく石畳の床に墜落。
「まぁ、こうなったからには楽しんだが勝ちよね」
人間は学習する葦である、と言ったのは誰だったか。とにかくそんな至言を胸に、シュラインも開き直る。
いや、折角の若返り――この世代の女性にとって5歳とは思っている以上に重要だ――さらには普段着れないような服を着て――恥ずかしい、と思いつつも本音はけっこう楽しん……(電波状況の乱れにより一部割愛)――いつまでも首を傾げたり、渋っていては人生何かを損している気分になる。
「さ、ウサギさんはどこかしらね〜♪」
顔の下半分を隠す薄いヴェールの下で、きっちりと真紅のルージュをひかれたシュラインの唇が、実に楽しげな笑みを形作る。さもありなん、こんな世界にちょっぴり憧れを抱いていたのは彼女自身なのだから。
本物の踊り子のように軽やかな足取りで、目にも眩しい衣装を舞い躍らせて駆け出すシュライン。
「なぁ……女って強い生き物だよな」
「うん、否定しない」
防犯用に、と設置されたエントランスから一階の部屋へと続く細長い廊下のはずの空間を歩きながら、翠は最後の理性でそうポツリと口にした。
そんな彼を、一団の最後尾からひっそりこっそり冴夜は見守り、ぎゅっと小さくガッツポーズ。
「……頑張って。人生、八転び七起き」
――少しだけ、転ぶ回数の方が多かった。
「って、なんでなんでなんでっっっ!!!!!」
「アレはチャバネゴキブリと申しまして。ビルやレストラン・住宅など人間の住む暖房の整った場所に出現するイカしたヤツです。名前の通り、色は薄い茶色系。飛行能力はないので、カサカサ動き回って移動。サイズは程よく小さく最大で13cmくらいまで……って、うっへぇかなり大きいな。で、余談だけど関東から西に生息するクロゴキブリは、それより体長が大きく、更には飛行能力があり、窓から侵入するとも言われてるんだ。昔聞いた話だけど、乗ってたバスの窓に突然張り付いた物体が『アレ? クワガタ?』とか思わせといて、実はゴキブ――」
「なんでそんなこと説明するのよっ!」
シュラインの華麗な右ストレートが紫の頬にクリーンヒットして、紫色の踊り子は壁に飾られた見事なレリーフと成り果てる。
事態の変化は突然だった。
永遠に続くように思われた窓も扉もない密閉空間のような土レンガ造りの長い長い廊下。翠が壁に触れ、何らかの残留思念が残されていないかと幾度となく確認したのだが、自分達の感情以外は欠片さえも拾うことは出来なかった。
そこへ、ぽつり、と。
本当にぽつり、と。
いかにも怪しい『魔法のランプ』と丁寧に朱書きされた金色のランプが一つ。
拾い上げたのは先頭を歩いていたラスイルだった。上から下、左右から眺めて、ふいっと一撫で。するとポンっと煙が噴き出しひらりと一枚の絨毯が飛び出した。
赤や青、様々な糸でかがられた美しい絨毯は、飛び出した勢いそのまま廊下の彼方へ姿を消す。
「……魔法のランプ?」
差し出された腕は冴夜のもの。ラスイルから彼女の手に移ったランプが次に吐き出したのは――
「ウサギ!! アフロのウサギっ!」
ほわわ、と少女の頬が薄紅に染まる。真っ白なふわふわの毛で覆われた蝶ネクタイに燕尾服を着たウサギ、しかも頭だけ何故かアフロ(てっぺんに小さなシルクハットのオマケあり)が飛び出してきたのだからさもありなん。
しかしそのウサギは、あっという間に壁の中へと姿を消してしまった。それこそ、手を差し伸べる隙さえなく。
当然慌てるご一行――若干一名、このマンションのオーナーだけはのほほんとしていたのだが。ラスイルは壁を蹴破らんと試みるが、空しく音が響くだけ。
「ごめんなさい、ちょっと貸してね」
そうしてシュラインの手へと移った魔法のランプ。
必死の思いでそのつるりとした表面を彼女の手が撫でる。幾重もの細い金の輪を連ねて作った腕輪がシャランと涼しげな音色を奏で、同時にシュラインの衣装と同じ色の煙が舞い上がる。
そして現れ出でたのが――
「確か、深層心理で一番苦手とするもの、とかいう話でしたね。ということは、コレはシュラインさんの苦手な物と言ったところでしょうか」
茶色くててかてか光る――そして通常の10倍はあろうかというサッカーボール大の、それでもカサカサ動くゴの付くステキなヤツを眼前に、ラスイルが静かに結論付けた。
「そうよっ……って、お願いだからこっちにこないで」
踊り子の目から涙――という諺はなかったか。とにかく、シュラインは必死にソレから目を逸らし、レリーフ踊り子の衣装の裾で顔を覆う。
時折チラリと、ソレに向けて視線を馳せるのだが、ラスイルとじっと睨みあって動かない茶色い憎いヤツの触覚がチロリと動く様を見るだけで、ばっと元の姿勢に戻ってしまう。
ちなみに、花房・翠氏は既に逃亡済みである(物凄いダッシュだった。一瞬で視界の端まで消える勢いで)。
シュラインも本当はそうしたかったに違いない。が、彼女はそれが出来なかった。足が竦んで動けなかったのだ――まぁ、世の女性として当然の反応だとは思うが。小さなアレでも効果絶大だというのに、このサイズでは……合掌。
そうこうしている内にも、カサコソ動くヤツはラスイルの隙を伺い、忙しなく触覚・手足(どれが手でどれが足かは不明)を動かし続ける。
その無条件で背筋が寒くなる音に、シュラインの瞳に涙が浮かぶ。
「ということは、これを倒せば先に進む道が開けるんですね」
男は冷静だった。自分が踊り子衣装を身に纏わされているということも、綺麗さっぱり消化済みであるのと同じように。
そして心が弾んでいた。
眼前にいるソレは獲物。
「それでは、さようなら」
ふわりと天使のように微笑み、ラスイルの華麗な一撃が炸裂した。拳ではなく、足技だったのは、おそらく彼のヴァイオリニストとしての魂がそうさせたのだろう。まかり間違ってもサッカーボール大のソレに、血を揺さぶられたわけではない……ハズ。
すらりと長い足が、ゆるやかな放物線を描きながら元の位置に戻る頃、巨大なゴのつくイカシタ奴は、土レンガの壁をぶち抜き遠い空で輝く星となっていた。
「命名……ゴキブリ座。発見者、ラスイル・ライトウェイ――見事な蹴りだったわ」
神薙・冴夜。チョビひげが似合う渋めの小学生。喧騒からやや離れた所で全てをこっそり見守り、そして彼女はラスイルのナイスガッツに心の中で拍手を送ったのだった。
一方その頃、魔法のランプの中。
「………すこし間違ってしまいましたかしら?」
西斎院・美和が小首を傾げながら鞠をついていた。
■二章:平安時代の綺麗なお姉さんは好きですか?
「いい、絶対に私の半径3m以内には近寄らないでねっ」
シュライン、目がマジである。
そのマジな視線はラスイルへ――正確にはラスイルの足元へ。
「だって、信じられる? あのゴを、ゴを! 足蹴にしたのよ?」
ゴ=茶色くってテカってかさかさ動くヤツのことらしい。人間、本当に苦手な物は名称さえ口には上らせたくないものだ。
「しかし、私はゴキブリを退治したんですよ? 結果として私達は一階に進むことができたのですが」
「それは結果論でしょ? 私にとっては過程が大事なの。いい? 絶対に近寄らないでね」
微妙に理屈が通っているようで通っていないような。
まぁ、そんなこんなでご一行様は無事に(?)一階フロアーへと辿り着いていた。
今度の世界はどうやら平安時代をモチーフにしているらしい。各部屋へと続くのでは? と思われる部分は壁代で仕切られている。
「なんかこうしてみると、確かにマンション的だよな」
言い争いつつ先を歩くずるずる着物を引き摺りながら二人を眺め、翠が冷たい木製の薄い壁に触れる。瞳を伏せた脳裏に浮かぶのは、この世界には不釣合いな燕尾服姿のアフロなウサギが何処かへ向ってぴょんぴょんっと跳ねる姿。
「だねー。ていってもこのフロアーは無人なんだけどさ。あ、そうそう忘れるところだった。冴夜ちゃん、皆の外見年齢及び衣装解説お願いしてもいいかな?」
っていうか、何を任せる管理人。
「了解しました」
……了解してくれるんだ……ありがとう。
というわけで、只今ご紹介に預かりました神薙・冴夜が皆さんの衣装説明に当たらせて頂きます。決してこっそり見守ってばかりで出番がない……という理由ではありません。
まずはこの世界を御所望されたらしい、ラスイル・ライトウェイさん。名前からして思いっきり外国の方なのに、平安時代をお好みとは、良い趣味をしてらっしゃいますね(微笑)。どうせなら、アフロで平安という組み合わせも面白かったと思うのですが?
少し話がそれてしまいました。
ラスイルさんは青の単と指貫に白の狩衣を重ねた狩衣姿でお出ましです。銀の髪に立烏帽子が似合うのがなんとも不思議な気分。外見年齢は……あら、ぎりぎり十代のようです。……ますますパワーがでそうですね。
次にラスイルさんと並んで歩いてらっしゃるシュラインさん。こちらは烏帽子と太刀をつけた白拍子のお姿です。
白の水干と紅の袴のコントラストが、10歳になったばかり……という幼い面立ちだけど、はっきりとした目鼻立ちの彼女に大変似合っていると思います。あ、でも今気が付いたんですが。20歳直前のラスイルさんと、10歳になったばかり的なシュラインさんが並んで歩く姿は……いえ、ここは多くを語るのを止めておきます。人を勝手に犯罪者にしちゃいけませんよね(にこ)。
そして微妙な少年お年頃の花房さんは……重くないですか? あ、感想求めてる場合じゃないですね。はい、というわけで俗に言う十二単なお姫様姿です。十二単って色々種類というか、パターンがあるみたいですが、今回は分かりやすくお雛様と同じ格好、というのをご想像下さい。
綺麗に結い上げた髪とか、とっても綺麗です。
出来ればそのまま口は開かないで上げた方が、乙女の夢を壊さないかもしれないですよね♪
最後が私ですけど……流石に小学生になるかならないかっていう小さな体に大きな衣装は邪魔だろう、ということで童子水干姿を選ばせて貰いました。分かりにくいかもしれませんが、牛若丸のような格好と言えば皆さん思い出されるんじゃないでしょうか?
でも色は黒を基本にしてもらったんです。被いた布も黒なんですよ。
「はい、ありがとうございました」
ふにふにと、まだ丸みの残る冴夜の小さい手を握り感謝の意を表わす紫は、浄衣姿。
「でもさ、なんで翠くんは十二単なの?」
「って、俺がそんな事知るかよ! いつの間にか変わってたんだから、仕方ないだろ!」
一応ちょっぴり恥ずかしいらしいです、十二単。さっきラスイルの踊り子姿を笑ったのを悔やんでみてもそれは後の祭り。ちゃんちゃかちゃん。
「………」
ラスイルの額に無言の怒りが浮かんでいた。
さて、突然ですが皆さん『貝覆い』という遊びをご存知だろうか?
まずは蛤の貝殻の左右を、『地貝』と『出貝』とに分ける。次に地貝を並べる。そして箱の中に入れた出貝をひとつずつ出し、地貝と合っているものを取る。結果、より多く取った方を勝ちとする――という遊びである。
この蛤、対になるものには同じ源氏物語絵巻などの場面が描かれたりして、現代のトランプでの神経衰弱と同様の遊ばれ方をしたりしたようなのだが。
で、だ。
何が言いたいかというと。
ドリームハイツ・松竹梅(しつこいようだが、『まつたけうめ』)探索中のご一行様は、現在それに立ち向かっていた。
対戦相手は、何処からともなく現れた平安美女軍団。勿論十二単姿である。
貝覆いの道具を持った対戦一団が現れた辺りから、どうにもラスイルの雲行きが怪しい。つまりは、微妙に嫌がる素振りが見られるのだ。
ほほほ、と口元を隠し微笑みながら平安美女が一組、また一組と貝を揃えていく度に、彼の眉間に刻まれた皺が深くなっていく。
貝覆いが苦手なのだろうか?
ラスイルとは対面に――もっとはっきり言えば、彼から最も遠い場所――座したシュラインは、そんなことを考えながら、音を聞き分け貝を選ぶ。
「あら、正解」
手に取った貝がぴったり組み合う。その瞬間、ポンっと軽く弾む音を立てて白い煙が上がる。
「今度は……朝顔の花ですね」
こそりとラスイルの背後で彼らの奮闘を応援していた冴夜が、シュラインの手元で弾けた煙から飛び出してきた可憐な朝顔の花に、幼い顔をくしゃりと綻ばせた。
そう、この貝覆いは普通の貝覆いではない。揃いの蛤を自分たちが当てると、描かれた絵が現実となって出現するのだ。
なんとも夢のある話ではないか。まさに『乙女の夢』に相応しい。
しかし、当然のことながらラスイルは『乙女』ではない――いや、実はそういう問題ではないのだが。
「……我慢の限界です!」
それは突然訪れた。
彼の手元で揃ったのは、源氏物語に出てくる一人の姫君が描かれた物だった。無論、その姫君も実体化してぽわりとラスイルの前に出現する。
刹那、姫君は宙に舞った。
華麗に舞ったのではない、強制的に舞わされたのだ――ラスイルに放り投げられて。
「って、貴方何してるの!?」
優雅に狩衣を着こなす青年の暴挙に、慌ててシュラインが立ち上がった。そして対戦相手である女性に掴みかかろうとしているラスイルを制そうとして――足が止まる。
そう、彼はアレを蹴飛ばした男。
「ちょっと、止めなさ――」
「お断りします! だって貴方は許せますか? あの下膨れを。点眉に扇の向こうにチラリと見えるお歯黒。なぜ、なにがどうしてアレが『美女』なのですか? どうして『美』と言えるのですか!?」
「………は?」
制止の声を遮られ、返された言葉にシュラインの頭が暫し真っ白なキャンパスと化す。
論点は、ソコ……ですか?
「しもぶくれ……お福さん。縁起は良さそう……」
ぽつり、と呟いたのは応援団長冴夜嬢。その言葉にシュラインのキャンパスに絵が描かれ始める。
「点眉……なんかのコント思い出す」
さらに冴夜。でもってシュラインのキャンパスにまた一つ筆が落ちる。なんだか気分は福笑い。さぁさ、笑う門には福来る。
「にこっとお歯黒。虫歯が目立たないっていいですよね」
呟く→描く。
結論↓
「私は醜いものが大嫌いなんです!(きぱっ)」
「それは日本の歴史の冒涜よ!!!」
すかさず反論。しかし微妙に語気が弱いのは気のせい……だ、きっと。うん。
「……異文化コミュニケーション?」
確かに、千年以上昔の文化は現代にとって異文化だ。
そうこうしている間にも、ラスイルは次から次へと眼前の女性達を放り投げ続ける。勿論手加減なし。容赦なくぽいぽいぽいっと。
「あ!」
そしてその危機も突然だった。
散乱した蛤。
「ちょっと、待って!!」
冴夜が必死に駆け寄る。異変に気付いたシュラインも、我を忘れて――ゴのつくアレの事を忘れて――ラスイルを止めんと走り出す。
しかし、慣れぬ衣装に足が縺れ、思うように進めない。ついでに心なしか爽やか笑顔でお福さん達を投げるラスイルも急には止まらない。
油断一瞬、怪我一生。
皆さん、スピードの出し過ぎには注意しましょう。車は急に止まりません。
「あぁぁ!!!」
挿し伸ばされる冴夜の小さな手。
普段なら届くはずの距離――それが縮まらない。足りない身長。
パリン。
はい、割れました。
なんだかとってもあっさりしてますが。
ラスイルさんが踏みました。
何をって……燕尾服姿のアフロウサギが描かれた蛤を♪
「え?」
最後のしもぶくれさんを投げ捨て終えたラスイルが、爽やかに額の汗を拭いながら、ようやく自分の足元の違和感に気付く。
ついでに自分に突き刺さる、非難の色たーーっぷりの女性陣の視線にも。
「おや……でもいいじゃないですか、ほら、彼女たちがいなくなったことで3階への扉が開きましたよ」
開いた、というか『開けた』じゃないだろうか?
壁一面にぼこりぼこりと人型の穴。しかもかなりお約束的に綺麗に。その向こうには、確かに上の階へと続く階段が姿を見せていた。
「ま、なるようになりますよ。ほら、明日は明日の風が吹くっていうじゃないですか」
「って、ウサギはどうするのよ! 鍵なのよ!! 鍵!!!」
「アフロ……」
一方その頃。
「あ、やっと一枚めっけ」
十二単姿の翠は、せっせと貝覆いで紫と対戦していた。本当は応援にまわるはずだったのだが、立っているには十二単が重すぎたのだ。しもぶくれさん達は大変だったんです、色々と。
「あー、ちくしょう。僕なんてまだ一枚も!!」
悔しがる紫を他所に、翠の前でぼわんと浮かんだ煙。
「………差し上げます」
現れたのは美和。手にしていたのは一組の蛤。
「へ?」
描かれていたのは、燕尾服のアフロウサギ。翠の手に渡った瞬間、ぽこんっと現実空間に出現して跳ねて行った。
「あと……これも」
去り際、手渡されたのは何故か虫取り用の網。
まぁ、なんというか。
なるように風が吹きましたとさ。
(いいのか、それでっ!!!?)
■三章:荒野だ、馬だ、サボテンだ。ついでに綺麗な(以下略)
人間には誰しも苦手なものがある。それは架空の存在だったり、虫だったり、食べ物だったり、気候だったり。とにかく千差万別。生命の存在の数だけ、その対象はあると言っても過言ではない。
そして中には、より自分に近いものに苦手を感じるものもいる。生まれた時からずーーーっと傍にいるからこそ、どうしようもなく頭が上がらなくなるから、とかとかとか。
とりあえず、そんなこんなで第三章はそんな男のご指名舞台。
「……既にマンションの中じゃないだろ……コレは」
お決まりのテンガローハットに濃紺のウェスタンシャツとジーンズ。その上に茶色い革のフリンジつきジャケットを羽織り、首元には真紅のスカーフ。
当然! とばかりに足元もウェスタンブーツでばしっと決めているのは、十二単から解放された二十台半ばほどの翠。腰に吊るされた拳銃用のホルスターには、どうしてだか虫取り網。
ちなみに、多少誇張&こってこてで衣装を選んでいる気がするが、そこはそれ。あくまで『〜風』という世界観だからして、ご勘弁願いたい(脱兎←逃げてる場合ではないので、即座に捕獲)。
「そうね……ここは明らかに屋外だわ。誰が何と言おうとも」
空から降り注ぐ日差しは、肌を刺すかのような痛みを伴っている――ように感じられる。
花柄の白のシャツにゆったりとしたクリーム色のフレアースカート。それにフリルつきのカントリーテイストなエプロンドレスを身に纏った――勿論下着はズロースで――ぴちぴち20代前半・花も恥らう素朴さ大全開なシュラインは、煌々と自分たちを照りつける太陽(らしきもの)を、額にじんわりと浮かんだ汗を拭いながら見上げた。
そしてチラリ、と視線を横にめぐらせる。
そこには木製の壁と、いかにもウェスタンな感じの出入り口。時々砂を孕んだ風が、その扉をぎしぎしと揺らす。
つまり、ご指摘の通り。どこからどう見ても、屋外なのだ。と言っても、ここで物事の真理というものを説くのは激しく間違っているのも事実だが。
「まぁ、ここはそーゆー世界だし」
相変わらずへろ〜んっとしているのは管理人氏。格好・年齢はシュラインと大差ない。つまりは、女物な格好なのだが本人一切気にした様子はない。いや、むしろくるくる回ってフレアースカートの広がり具合を楽しんでいた――ら、目が回って転がった。
「ところで……なぜ、私はこんな格好なんでしょうか?」
かっぽかっぽかっぽ。
二足歩行の馬が一頭。色は元の本人に合わせて白銀色。なんだかとっても優雅そうな感じに一瞬感じたが、それでもやっぱり不自然極まりない二足歩行。
「やっぱ西部劇つったら馬は必需品だもんな♪」
「……さっき投げまくってた女性陣の怨念なんじゃない?」
かぽかぽかっぽ。
そういうわけで、ラスイルは何故か『馬』だった。もっと詳細に書くなら、午の着ぐるみを着込まされていた。しかも背中にチャックはない。脱ぎたくても脱げない。
頭の上ににょろりと伸びた首の先にくっついた顔は、小憎らしいくらいに美男子――もとい、美馬面。あまりその辺に深い意味はないが。
「なぁなぁ、せっかくだから俺乗っても良いか?」
乗る、というよりおんぶをせがんで、翠はラスイルに装着された手綱をくいっと引っ張る。
「………乗りますか? 本当に?(爽笑)」
「いえ、遠慮します」
「そうよ、やめといた方が良いわよ。その馬、さっきアレを蹴飛ばしたんだから」
「……シュラインさん、大概しつこいですね?(爽笑)」
「あら、忘れるわけないじゃない(にーっこり)」
砂塵舞い散る中、不釣合いな爽やか微笑を振りまきつつ――今にも泣き出しそうなのも半数だが――進む一行の背後に怪しい影が一つ。
「砂漠では、水分補給にサボテンを食べるトカゲもいるんです……」
一定の距離を保ち、付かず離れずひっそりと。
冴夜、なぜかサボテンの着ぐるみを着せられていた。既に外見年齢は、かなり関係ない……あはははは。
「つまり、ウサギは常に移動しているわけでぇー(なんか少し鼻にかかったような不思議な声。とっても特徴的)」
たーらーらるらりらーらー♪
「まぁ、ウサギが家の鍵と同じ役割を果たしていると思うわけで(先ほどとおんなじ声。なんかほっこり北の方の国を思い出す)」
るらーらりらりらー♪
「だから、ウサギを捕まえないことには、4階に進んでもあんまり意味はないと思うわけで(以下同文)」
るーるーらりるりらーら♪
「結局、最後はウサギだと思うわけで……」
「っていつまで現実逃避してるのよ! シャキっとなさい! ここにはキタキツネはいないし、ドラム缶ちっくなお風呂もないし。ましてやあんたには息子も娘もいないでしょう!」
ツッコミなのか励ましなのか微妙な飛行ラインを辿り、スナップの効いたシュラインの右平手が翠の背中に、ペッシっと快音を立てて着地した。
翠が見上げている空は、果てしなくどこまでも澄んだ青。舞い落ちる雪なんぞ見えはしないし、もっと言えば雪雲さえ存在しない。
照りつける太陽は、正午を回ったばかりの頃のように空高くにあり、その烈光を遮る雲さえ疎ら。はっきり言ってマンションの中で見られる光景ではないのだが、今論点とすべきところはそこではなかった。
「一瞬でしたね。さて、いよいよ最後の階なわけですが」
「って、あんた人の姉貴をきもちよーーーーっくふっ飛ばした割に爽やかサクサクだなぁ」
「爽やかサクサクというのは少々疑問ですが。現実論、ここに現れたのは実際の貴方のお姉さんではないわけですし、そもそも上層階へ進む邪魔をする存在なのですから、排除するのに躊躇いを感じる必要はどこにもないと思いますが」
少々疑問、といいつつ、顔はどことなしにすっきりしているラスイル――ちゃんと続・馬の着ぐるみ状態――は、ようやく此方の世界に戻ってきた翠に向けて、その端整な顔をほっこりと綻ばせる。
まさに事態は一瞬の攻防だった。
どこまでも続く荒野を、翠を先頭にシュライン、ラスイル(馬)と続き――冴夜はサボテンなのでかなり激しく遅れていた……というか、動く方が不自然だ――ウサギないし4階へ続くヒントを捜し歩いていた時。不意に『彼女』は一行の前に姿を現した。それはまるで蜃気楼のように。
その『彼女』に見覚えがあったのは、翠ただ一人。
しかし、だ。
彼女を目にした瞬間、ものの見事に永久凍土のようにかっちんこっちんに固まりきった翠。それに気付いた直後のラスイルの素早さと言ったら、まさに夢の超特急レベル。
「あ…――」
『あねき』と続く筈だった言葉は、平仮名五十音順最初の文字を発した刹那に空の彼方へと消え失せた。
擬音をつけることを許されるなら、まさに「きらーーーん」という感じ。
何が起こったか……は、敢えて語る必要はあるまい。とにかく、馬の後ろ足の蹴りの威力は絶大だった。
あまりと言えばあまりの出来事に、翠のホルスターに収まっていた虫取り網がぽとりと砂の大地に落ち、そのままひゅるる〜っと風に攫われ流されて行ったのだが、誰一人それに気付く者はいなかった。
「……まぁ、確かにおかげで4階への道が開いたっていえば、確かにそうだけど」
「そうね……応援する暇もなかったけど」
一人余裕の微笑を絶やさぬラスイルに、翠とシュラインは溜息を零しつつ前方を見遣る。そこには確かに、何もないはずの空間にぽっかりと人型の穴が開いていた。
っていうか、さっきから人型の穴ばっかな気がするんですけど。道徳的にちょっぴり心が痛んだりするんですけど……まぁ、常識がない世界だからいいか(結論)。
あ、そういえば。さっき『一瞬の攻防』って書いたけど、それ嘘ですね。だってお姉さん、『防』する暇さえなかったもの。
「なんていうか……詐欺よね、色々」
「っつか、ゆかりんだし。どっち転んでもゆかりんはゆかりんだし。そもそもゆかりんのマンションってだけで、絶対常識通用しないし」
「そうよね。なんだか開き直って楽しむのも忘れそうなくらい疲れてきたけど……京師さんだから仕方ないのよね」
「そうそう。仕方ないものは仕方ない」
「お二人とも、何をそんなところでこそこそしてらっしゃるんですか? ほら、サクサク次に行きますよ」
ラスイル、心の底から楽しんでいた――暴れることを。だって容赦なく暴れる選択3連発。いないよ他にそんな人。
「……ウサギ、4階で捕まえられるといいわね」
「あ! そういえば虫取り網がないっ!!!」
気付くの、遅いし。
一方その頃。
黄昏たりなんだったりしている前方を遠目に見つめていたサボテンの瞳が、キラリと星いっぱいに輝いていた。
「漁夫の利=二者が争っているうちに、第三者がうっかり得をすること。英語で言うと『Fishing in troubled waters』……いえ、それともやっぱり棚からぼた餅?」
はい、突然ですがミニ豆知識。
「ぼた餅」=「おはぎ」ですが。その差は何処にあるかご存知でしょうか?
なんと、萩の春に食べるのを「おはぎ」と言い、牡丹の秋に食べるのを「ぼた餅(牡丹餅)」と言うそうです。
なんだか風流ですね。
「あまり関係ないし」
地の文にさっくりツッコミくれつつ、冴夜(さくまでサボテン着ぐるみ)が拾い上げたのは風に飛ばされてきた虫取り網。
さらにその目の前には、翠の姉の姿をしたものに押し潰されかけたアフロでシルクハットを被った燕尾服なウサギ。
美味し過ぎるぞ、このシチュエーション(何が)。
「ウサギ……捕獲」
ふふふ、と冴夜の顔に満面の笑みが浮かぶ。
ばっさり振りかぶった網に、ウサギはものの簡単に捕獲されてた。
そうして嬉々と抱き上げようとして、ハタっと気付く。
「――サボテン」
そう、彼女は只今絶賛サボテン中。当然針ちくちく状態だ。そんな状態で抱き上げられたらウサギだってたまったもんじゃない。
「仕方ないね。はい、これどうぞ」
どこからともなく現れたのは紫。手には――毛抜き。
「頑張って棘を抜こうね」
「何かが違うと思うけれど……ウサギのためね」
その後暫く、冴夜サボテンは毛抜き……もとい、刺抜きに精を出したのだった。
さらに一方その頃。
上空数千mの積乱雲の上。
「……この高さから狙いを定めるのは、やはり難しいですね」
どうやらウサギめがけて翠の姉の姿をした物を投げ落としたらしい美和が、雲で出来た鞠をふわふわと抱えてポツリと呟いていた。
■四章:霧の都ロンドンと和風の出会い、コンニチハ。
少女たちには夢があった。
それは本当に些細で可愛らしい夢。
地球上――いや、銀河系……いいえ、命ある全てのものの中、アフロの似合うもの全てを総アフロに……(ドリーム中)
別に、似合わない人まで、とは言いません。
世界に様々なアフロの花が咲く。銀河を駆ける天空の星々もアフロを思い、永久の輝きを振り躍らせる。
それはまさに、夢の世界――
(個人的に、夢のままで終わって欲しい……)
*
見渡す限り濃い霧。
ひんやりと冷たい石畳は、暗い夜道にカツカツと甲高い靴音を響き渡らせる。
周囲を仄かに照らし出すのは、アンティークなガス灯。しかしその光も、深い霧の中に緩慢に散っていく。
どこからともなく、巨大なハサミを手にした怪人が現れそうな、そんな底知れぬ雰囲気の中。
「……俺は問う、この世界の年齢設定はなんだかおかしくないか?」
「その前に、自分の格好を問うた方がいいと思うわよ?」
「いや、実に目の保養の世界ですね。二名除いては」
「………ウサギ(うっとり)」
「えー! 二名を除くって、僕も除くの!?」
「ある意味、似合う方がおかしいと思わない?」
「ってか、本当に年齢変だろ! なんかバグか!??!?」
「花房さん、ひょっとして現実逃避ですか?」
「……アフロ……やっぱりこっちの方が似合うわ」
という感じで、状況はそれなりにそれなりで。
見た目は非常にその場に則したご一行だが、中身はどうにもこうにもズレたままである。いや、ぴったりマッチしちゃったりしたら、ある意味この依頼では困るんだけど。
そんなわけで、ドリームハイツ・松竹梅(何度『松茸梅』と書きそうになったことか)探索者達は、実にご都合主義的現象を乗り越え、伝説のアフラー・たっこ♪――何時の間に伝説に?――の眠る4階へとやって来ていた。勿論当然、ちょっぴりイメチェンしたアフロなウサギもセットで。
それでは恒例になって参りましたが、惜しまれつつもこれで最後になっちゃう衣装紹介を僕、紫から。はっきり言って、着替えてる意味ないでしょ! ってツッコミは僕自身重々承知してるから、受け付けません(にゃぱ)。
一団の先陣を歩くのはラスイルさん。年齢はどうしてか渋々ちっくに50代……くらいかな? 髪と同じ銀の口ひげをたくわえ、身にまとうのはシングルのブラックスーツ。ダービー・タイも黒で決め、一分の隙も見せないその姿は、英国執事。手にした銀食器の輝きが、執事としての有能さの現われ――って、冗談抜きで板についてるねぇ。
でもって、その執事に守られるよう、一団の中心にいるのが冴夜ちゃん。腕には燕尾服から革ジャン(グラサン付き)に着替えたアフロウサギが鎮座ましまし。やっぱりアフロにはコレだろう、とご自宅からの持参だそうです。
そして期待の彼女のお姿は、というと。
眼福です、至福です。できればウチの娘もこんな愛らしく育ってほしいなぁと、ちょっぴり夢見る紫ん(読み:ゆかりん)降臨な11歳のお嬢様。
首元はファーマーズ・カラーの明るい色のワンピース。肩口には袖山が作られ、肘の辺りから手首にかけてゆるやかなラインを描いて広がっていく袖口。腰部分にサッシュを撒いてきゅっと絞り、優雅に広がるスカートはフープド・ペチコートでボリューム増。袖口や襟口、スカート裾はトーションレースで作られたフリルにラッフルで飾り、胸元には大きなリボン。まさに夢のお情様。あ、あ! ヘッドドレスも忘れちゃダメだよ。
……っは、思わず熱く語ってしまった(汗) 念の為注意しておきますが、僕にはそういう趣味はありません。可愛い娘に着せたいな〜という大いなる野望があるだけさ(きらん)。
そんでもって残る三人→翠くんに、シュラインさんに、僕はここまで来たら当然のお約束のメイド服!!(←強調)
やっぱりメイド服と言ったら基本は清楚に黒のワンピースだよね。それに白のエプロンドレス。頭にはシンプルなカチューシャ。襟周りは個人的な趣味により白のケープ・カラー。細いリボンのオマケ付き。袖のデザインはもちのろんろん(死語)パフ・スリーブっ。
スカート丈が短いのは僕的に却下なので、容赦なく踝付近まであるロング決定。
ん? さっきから僕の趣味趣味言ってないかって?
そりゃまー、職権乱用です(きぱすぱ)。
で、特筆すべきは年齢でしょう。
シュラインさんはメイド頭設定ということで、現実年齢の26歳。それでも充分若い感じだけど、女性を高齢にするのは気が引けます。
で僕はお嬢様のお喋り相手ということで11歳。ふふふ、かわいいだろう(えばり)。
そして翠くんは――間をとって20歳v これも実年齢だね(くっくっく)。いやぁ、十二単よりメイド服のほうがやっぱ男として(ごにょごにょごにょ)。
「なぁ、ゆかりん! なんでここだけ年齢の上下がまちまちなんだ!?」
花房氏、徹底的に自分の衣装から逃亡中のようです。
「あー……趣味?」
はい、趣味でした。この世界ご指名なのは冴夜嬢。お嬢様スタイルっていったら、絶対12歳以下熱望だし(ぉ)執事と言ったら、やっぱりある程度年齢は欲しいし。指定『お任せ』だったから何でもありかなぁ……―――(ごすっと何かに殴られた音)
「……とりあえず少しだけすっきりした」
手にしたモップを翻し、翠は邪悪に微笑んだ。あいたたた(涙)
人間には誰にだって苦手な物がある。
シュラインにとっては、ゴの付く薄茶色したステキなヤツ。ラスイルにとっては『醜いもの(きぱ)』とか言いつつ……実はこっそり愛弟子の泣き顔(暴露)。そして翠にとっては姉。
その理由は千差万別だろう――思うところは様々なのだから。
そして様々な理由の一つがまた、ここに。
「なんて言えばいいのかしら? そうね……『死』というものを彷彿させるものが苦手なのよ」
冴夜、眼前に聳え立つ(?)高さ3m、横幅2m程度の何かから視線を逸らしつt、腕に抱いた革ジャンウサギに語りかけていた。
節目がちの視線は、けぶる睫毛に隠される。
「だからね、夏休みによくやるじゃない。戦争特番とか。あぁいうの、本当に苦手なの。死んだらどうなってしまうんだろう……そう考え出すと止まらなくなるわ」
ぐるぐると頭の中に思い描かれるのは自分の死、だけではない。学校の友人だとか、より近しい存在であるならば――いつだって追いかけている姉、だとか。
不意に過ぎった不吉な予感に、冴夜は華奢な体を震わせ、ウサギを抱いた腕にきゅっと力を込める。
「まー、そういう理由でコレが出たってわけかー」
冴夜が決して目を合わせないソレに、ペタペタと触りながら検証中なのは翠。
「しっかし、日本で見れば当たり前っつーか、別段変わったもんでもねぇのに。こんな背景で見ると異様な雰囲気だよな」
「翠くん翠くん、ココ一応日本だって」
「認めねぇ。っつかぜってーマンションの中でもねぇ!」
「認めたくなくてもマンションはマンション♪」
「……大人になると生きて行く方が難しいとか言うけれど……当てはまらない人たちもいるのね」
と、そんな和やかな会話が繰り広げられている途中ですが、いい加減全長3mの物体の正体を明らかにしておきましょう。
それは漆黒の物体だった。金箔細工が美しく施された総漆塗りの重厚な一品。ご先祖様を祭るには欠かせない、じゃっぱにーーーっず文化の結晶――仏壇……しかも巨大版。
ちなみに観音扉は閉まっております。だから見た目はなんとなく箱。
「で、翠くん。何かわかった?」
「ん〜……なんとなくな中の様子と……っと、ちょい失礼」
青年顔のメイドさん、冴夜に歩み寄り彼女の腕の中のウサギの頭をちょいっと撫でる。なんとなくふわふわでもこもこな感じが気持ちいい。うーん、アフロってやっぱりちょっとはイイカモ――とまで思ったかは翠の胸の内のみぞ知るだが。
「あー、多分。多分、だけどな。この仏壇の扉をもう一度開くことが出来れば、相模原って女の部屋に繋がると思う」
ウサギの記憶を辿って、翠はそう結論付けた。
そしてもう一度、仏壇の表面を撫でる。漆の下に眠る温かな木の温もりから伝わってくるのは――喧騒……っていうか、喧嘩。
本来、サイコメトリーという能力で読み取る範囲外だが、今回はメイドさん特別仕様につき特別大出血御奉仕(←メイドだけに奉仕の精神……寒゛っ)。
「まぁ……多分、この扉は放っておいても、あと数分の命だと思う」
メイド翠(しつこい)には見えていた。
つい先ほど不慮の事故が起こり、その事故からお嬢さまの命を守らんと、必死に戦いこの場から姿を消した二人の英雄の姿が。
「何? そんなに激しい?」
まぁ、端的に言うと。突然天から降ってきた巨大仏壇に真っ先に戦いを挑んだラスイルとシュラインが、二人仲良く仏壇の内部に閉じ込められた――ってワケなんですけど。
「うーん……激しいって言うか、むしろ壮絶?」
「……見えなくて良かった」
「大人の事情って複雑よね」
複雑、というか単純というか、取り合わせが悪かった、というべきか。
それではほんの少しだけ、翠の脳内映像を拝見。
「って、近寄らないで頂戴!」
「近寄るな、と言われてもこの狭い空間内じゃ仕方ないと思いませんか?」
「仕方なくないわよ! だって貴方、アレ蹴飛ばしたんですから!!」
「いえ、だからその論理はどうかと。そもそも時間は相当経過してますし。それにアレをどうにかしなくては先には進めなかったのですよ?」
「でも、蹴ることないでしょ? 足で!! せめて殺虫剤とかで――って、近寄らないでって言ってるでしょ!!」
ほんの僅かな隙間を巡り、決死の攻防。
縦には結構長いが、横には思いの他狭い空間――ちゃんと各種仏具込み――で、シュラインはラスイルとほんの少し足先が触れることも厭うて四苦八苦していた。
苦手な人は苦手だからねぇ、アレ。
だから手近にあったものを、掴んでは投げ、掴んでは投げしてもきっと誰も文句は言うまい。ラスイルだって、さっきまで投げるは蹴るはしていたのだから。
かくして数分後。
翠の予言通り、シュラインの頑張りと、ラスイルの状況打開の為の努力の成果、観音扉は内側からぎぎぎーーーっと開いた。
そしてその瞬間、世界は音を立て崩れ落ち――現実が姿を現す。
広がったのは素晴らしく少女趣味は女性の寝室。そしてその室内を埋め尽くさんとしているのは、言わずもがなアフロ。
「……アフロ畑!」
冴夜の瞳が、この日最も美しく輝いた瞬間だった。
一方その頃(ちょっと前)。
ロンドンの街には不釣合いな和服的衣装に身を包んだ少女が一人、地上から数十メートルの高さにある時計台の上で鞠をついていた。
「……仏壇を投げ落とすのは、少々難有、ですね」
西斎院・美和。
上空から物を投げ落とす技レベル上昇(ぴろりろりん)。
■終章:覚醒、そして夢の終わり。そして始まる現実は…?
アフロ畑――冴夜命名――の中心に、その女性は静かに眠っていた。
どうやらベッドに横たわっているようなのだが、あたり一面を埋め尽くしたアフロに埋もれてしまって、何がなんだかサッパリ分からない。
「さて、目的地まで辿りついたのはいいけれど。後はどうやって彼女を起こすか、ですよね」
「そうだな……ちょっと待てよ」
このマンションの敷地に入ったときの最初の年齢に戻ったラスイルと翠が、足の長さを活かしてアフロを掻き分け、アフラーたっこ♪――なんかこの表記恥ずかしくなってきたので、以後は『たえこ』でお送りします――の元へたどり着く。
そのすぐ後を追いかけるシュラインは、もちろん翠が掻き分けた後を進む。間違ってもラスイルが歩いた後ろは歩かない。
「……あー……なんつーか、ステキな夢しか見えねぇなぁ……」
たえこを始め、周囲のものに触れてその記憶を辿った翠が、がっくりと力なく肩を落す。そういえば、先ほどから一人で凄い光景を目撃し続けている気がする。ご愁傷様。でも分かち合う優しさは持ち合わせてません、ごめんなさい。
「眠り姫は王子さまの口付けで目覚める、というのがお約束ではないですか?」
ふっと思い至り、ラスイルは眠るたえこに視線を落とした。
「…………」
「何よ、その無言」
「美的センスに反する容姿ではないですが、やはりレインボーカラーのアフロの女性に口付けるのは、個人的に躊躇われます」
ゴのつくアレは容赦なく蹴飛ばせる男にも、躊躇うものがある。男心とは、案外女性以上に繊細なものだ。
というか、はい。
想像してみてください。
乙女ちっくなレースで彩られたピンク主体のお部屋。そこは色とりどりのアフロヅラで埋め尽くされている。
そしてその中央、まるでアフロに埋もれるように眠る、レインボーカラー(推定:直径80cm)のアフロヅラを被り眠る女性を。
「ステキだわ……」
趣味は人それぞれ――ですね、はい。あ、念の為。今の呟きは冴夜嬢です。いやはや将来が楽しみだ。
「冴夜ちゃん、そのウサギをちょっと借りてもいいかしら?」
うっとりと周囲に溢れるアフロヅラの試し被りをしていた冴夜に手を伸ばし、シュラインはアフロウサギを受け取る。
鍵はこのウサギ。
けれどこのウサギを使用(?)することなく、この部屋までは入ることが出来た。
ならば、つまり。
たえこを起こす鍵が、このウサギ。
そっとウサギをたえこに近づける。そして一人と一匹のアフロが触れ合った瞬間、視界を灼く白光が一行を襲う。
ほわわわわぁぁぁ〜〜〜ん(←アフロ同士が触れ合った効果音)
「キスじゃなくって、どうしてアフロの接触!」
「だってアフラーだから♪」
「っつか、なんでもありだろ。しらねぇよっ!!」
「……この光により視力を失った場合、特別手当は頂けるのでしょうか? 依頼主さん」
「アフロ……」
永遠にも似た一瞬。
光が収まった後、一行の目の前には……
「おや……通常の年齢に戻ったようですね」
「え? あホントだ。っても、俺あんま大差なかったか(笑)」
「そこ二人、無視しないであげてよ!」
「あ、いえ……私は別に……」
目の前にいたのは、未だ眠り続けるたえこと、銀髪紫瞳をした冴夜よりほんの少しだけ年上に見える遠慮深げな少女だった――というか、いきなり無視されたら、普通は遠慮の一つもしたくなるか。
「私は……そうですね、アッシュとでも呼んでください。黒でもなく、白でもない……曖昧な存在」
遠慮深そうに見えたが、少女、いきなり語り出した。
かなり脈略がなく物語が進行していることを、ここでお詫びしておきます(平謝)。
「私は……気が付いたら、彼女の夢に取り込まれていました。取り込まれ、先ほどまでウサギの姿になり、この世界を彷徨っていたんです」
アッシュと名乗った少女の言葉に、冴夜がバっと顔を上げた。どうやらウサギがいなくなったことに気付いたらしい。
あんなにアフロで可愛らしい(?)姿をしたウサギが消えたことへの落胆の色は隠せないようだった。きゅっと握り締められた拳に、青い筋が浮かぶ。
「……いや、そこまで悔しがらなくても」
「私は、陽に属する存在。だから私を『視る』ためには、陽の意識が必要でした。そして、ここにたどり着くだけの力量が――」
話も長くなってきたので、この辺でサクっと彼女の話を要約しておこう。
アッシュ、と名乗った彼女。どうやら普通の人間ではないらしい。その証拠に彼女は『全てを元の状態に戻す』という特殊能力を有していた。
その結果、その能力を嫌悪した何者かの手により、強烈な勢いを持つたえこの夢の世界に封じ込められてしまっていたのだ。
……はい?
一部、今まで全然語られてなかったことが要約の中に出てきたって?
ん〜…そんな細かいことを気にしていたら、立派な大人になれないぞvv(逃亡。多分今度はちょっと成功)
「まぁ、とりあえずそういう理由だったのね」
「つまりは何だ、彼女が目覚めたから俺らも実際年齢に戻ったってことだよな」
「ご都合主義本気でてんこもりですが、そのようですね」
「……アフロのほうが良かった(ぼそり)」
「まーまー、これで無事に一件落着♪ 皆さんお疲れ様でした〜!」
一方その頃。
「緑子……何時の間に戻ってきてたんだよ?」
「だってお助けキャラとしていつ呼ばれるかわからなかったでしょ……」
「……呼ばれなかったけどな」
「そうね……」
「………美和さま、大人気だったな」
「そうね……」
「……俺たち、不憫だな(ほろり)」
「………(認めたくないらしい)」
*
「はーい、昔話はそれまでな」
空間の歪を感じたのは突然だった。何かが出現する予感、それを肌で感じたシュラインを悪い予感が襲う。
「……大丈夫。君には害はないから」
「その通り。俺が封じてしまいたいのはお前だけだからな」
ドリームハイツ・松竹梅のエントランスでシュラインは一人の男を待っていた。相手の名は、京師・紫。先に翠と連れ立って出たのは分かっていたが、こういう時あの男は必ず戻ってくることをシュラインは知っている。
そして案の定――
「お待たせ、シュラインさん。聞きたいこと、ありそうだよね?」
どことなく、いつもより晴れ晴れとした顔をしている事に胸が騒いだ。でも、聞かずにはいられない――決定打を見せ付けられたからこそ。
「そうね。単刀直入に聞くわ。ゲートキーパーと名乗る少年、あれは……京師さん、過去の貴方自身、もしくは、別次元の貴方ね?」
それは確信。今日最初に出会ったとき、16歳の姿をした紫を見た瞬間に分かってしまった。
似すぎている、何もかも。
いいえ、二人は同じもの。
「分かりやすかったね。うん、その通り――彼は数年前の僕自身、だよ。そして……」
紫が言葉を続けようとした瞬間、手を伸ばせば届く距離の空中がぐにゃりと揺れた。
「俺はね、コイツが許せないわけ。たった一人の女に心を奪われた挙句に、今まで人間が自分にやってきた仕打ちを忘れてのうのうと過ごしてるコイツが。俺は間違っても、こんなのにだけはなりたくねーんだよ」
空を渡り現れたゲートキーパーは、既に紫の立つ空間だけを切り取っていた。
蜃気楼のように歪む薄い膜の向こう、紫がシュラインに向けるのは穏やかな微笑。
「本当はもう少しこのままにしといても良かったんだけど――正直、喋られると困ること多いから。だからコイツは異空に封じる。今はほっとんど使ってなかったみてぇだけど、コイツも俺と能力は同等。殺すことは出来ねぇから」
「……今回の件も貴方の仕業?」
この少年は、どれほど自分が残忍な笑みを浮かべているのか分かっているのだろうか?
じんわりと冷たい汗が滲み出した手の平を、シュラインは固く握り締めて言葉を紡ぐ。
「ご名答。アッシュは俺とある人物の能力がぶつかったが為に生まれた偶然の産物。もう一方の方は歓迎だったんだけど、こっちのアッシュは正直邪魔でね。だから眠らせてた」
ある人物……もう一方……こっちのアッシュ。
ちりちりとシュラインの額を小刻みな痛みが襲う。何かが通じる、一つの道に。
けれど、その思考は結論にたどり着く前に中断させられた。
「じゃ、まぁそういうことで。またの機会がありましたら是非に、お姉さん」
ゲートキーパー……いや、もう一人の紫が屈託なく笑う。恐ろしいほどの邪気を含んだ気を撒き散らしながら。
そうして再び空間が捩れ始めた。
邪悪な紫は、この場から離脱するために。もう一人の――シュラインが馴染んできた紫は、その存在を封じられるために。
「だめ、消えないで!」
『ゲートキーパー……いや、僕をよろしく』
歪んだ空間の向こう、口を動かすだけでそう伝えた。
そしてそれが最後の言葉。
「なぜ……どうして……?」
シュラインは眼前で起こった出来事に、ただ立ち竦むしかなかった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名】
≫≫性別 / 年齢 / 職業
≫≫≫【関係者相関度 / 構成レベル】
【0086 / シュライン・エマ】
≫≫女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
≫≫≫【GK+2 紫胤+2 アッシュ+1/ D】
【0523 / 花房・翠 (はなぶさ・すい)】
≫≫男 / 20 / フリージャーナリスト
≫≫≫【紫胤+2 鉄太+1 アッシュ+2/ C】
【2070 / ラスイル・ライトウェイ】
≫≫男 / 34 / 放浪人
≫≫≫【アッシュ+3 / D】
【3400 / 神薙・冴夜 (かんなぎ・さや)】
≫≫女 / 11 / 小学生
≫≫≫【アッシュ+3 / D】
※GK……ゲートキーパー略
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。ライターの観空ハツキです。
この度は観空初のギャグ依頼をお受け頂きありがとうございました(ギャグか!? 本当にギャグかっ!? そうなのかっ!??!?)。そしてこちらは既に恒例と化しておりますが(汗)ギリギリの納品になってしまい申し訳ありません(謝)
えーっと……今回はここであまり多くは語らない方向で(何)
なんというか……フォローのしようがありません……本当に。壊れる時は壊れるものだなぁ、と。色々と。
今回ご参加下さった方々は、ほんっとーにチャレンジャーだったなぁ……ということで(あうあうっ)
ほんの少しでも笑って頂ければ幸いです。
というわりに……微妙に重い終わり方をしたPCさんもいるような(?)一応「お笑い」がコンセプトだったので、重い部分は駆け足で逃げてしまいましたが……。
シュライン・エマ様
毎度ありがとうございます。
そして……えへ(何)とりあえず、今後とも宜しくお願いしますって言えたらいいなぁ……ということで。
ビンゴありがとうございました。
ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
それでは今回は本当にありがとうございました。
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