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<東京怪談ノベル(シングル)>


あちこちどーちゅーき 〜深い森〜


 旅をすると言う事は、それだけ出会いや、様々な出来事に遭遇する可能性が高くなると言う事。
 桐苑敦己。
 職業旅人。
 そんな事を言ってしまえるほどには日本全国を回り、数え切れないほどの人とも出会ってきている。
 だから、たまには……こういう事があるのだ。


 どこへ向かうとも決めないままに乗り込んだバスは、あっという間に緑の多い……つまりはどこへとも知らない山奥へと運んでくれる。
 幾つめかの停留所。
 どうしてだかその幾つかの間に降りる気にはなれず、どこかへと向かうバスに外の景色を眺めつつ揺られていた。
 そんな時だ。
 バスの進路方向に立っている一人の子供。
 近くに誰も居ない。
 何一つ手に持たず、靴すら履いていないような気がした。
 どうだったのかは、バスが動いていた為にはっきり解らない。
 解らない所か、考えれば輪郭さえあやふやだった気がした。
 何か、ある。
「すいません!」
 ジッと敦己を見ていたような目が気になって、バスの運転手に声をかけておろして貰う。
 急ぐ旅では元々無いのだし、今見たのが勘違いで近くに居た親が出てくるのならそれでも良い。
 鞄一つを手に、一言礼を告げてから敦己は子供が立っていた場所へと引き返す。
「確か、この辺り」
 距離は走っていない、ほんの数十秒しかたっていないのだから間違えようもない。
「居た……」
 一人でポツリと立っている子供。
 目で見て解る距離に来ても、うっすらした影しか見えずに人ではないのだとはっきりと解った。
 同時に曖昧な存在は何か霞みがかったように曖昧な不安を呼び起こし、戻ってきたのは間違いではなかったと確信する。
 子供の姿をした、幽霊のような存在。
 敦己と目が合い脅えたように後ずさったのを見て、目線を合わせ、ゆっくりとした口調で声をかけた。
「初めまして、俺は桐苑敦己っていいます」
「………」
 不安げに泳ぐ視線。
 ややあった勇気を振り絞るように口を開きかけたがそこで止まる。
 話せないか、思い出せない可能性に気付いたのはすぐ後の事だ。
「無理しなくてもいいんだよ」
「………うん」
 ホッとしたように、小さくだが頷く子供。
 会話は可能なようだが、どう会話を続けたらいいか解らないらしい。
 子供の緊張を解きほぐすように話を続ける。
「俺、今色々な所を旅して沢山の人と会ったりしてるんです」
 怖くないように言葉を選びつつ……最も性格的にほとんど何時も通りの口調だが、それが子供にも伝わったのだろう。
「……えっと、あの」
「うん」
 怖々とだが、声をかけてくれた。
「あっち……」
 クイと袖を引っ張り、指さしたのはガードレールの外側。
「何か……あるんですか?」
 ガードレールに手を付き見えたのは、大人でも降りるのには苦労しそうな程度の崖。
 振り返ると帰ってきたのはたった一言。
「さがして、ほしい…の」
「……なにを」
 口ごもった事で、理解する。
 曖昧にしか記憶を留めていられないのだろう。
「覚えてる事があったらでいいよ」
「う……落ち、ちゃったの」
「うん?」
 些細な言い回し。
 落としたではなく、落ちた。
 だとしたら考えられるのはこの子供が落ちたと言う事になる。
 幽霊であるのだからと言ってしまえばそれで終わってしまうのだが、それにしては胸に残る違和感。
「上がって、これなくて……」
「落ちちゃったの?」
「うん……」
 うつむきながら続けられた言葉。
「きのうの、お昼に」
 それは、敦己を驚かせるには十分すぎるほどの物だった。



 今まで感じていた違和感の正体。
 もしこの子供が亡くなっていたのだとすれば、それを弔う花があってもおかしくないはずなのだ。
 騒ぎにすらなっていないと言う事は、まだ見つかっていないと言う事。
 極めつけが落ちたのが昨日だというのなら、まだ生きていいて少し体から離れてしまった可能性も十分に残っている筈だ。
 望み薄であったとしても、生きていると信じたい。
「どっち?」
 子供を連れて転がるように崖下へと降りる。
「えっと……」
 指さしたのは急斜面の下にあるうっそうとした森の中。
「あっちだね」
 迷わずにそこに飛び込み、背負ったまま片手で草木を掻き分けて森の中を進んでいく。
 当然のように足場が悪い。
 急ぎすぎると転けてしまいそうだったが、慣れているだけはあって上手くバランスを取りながら進んでいく。
「次は?」
「……むこう」
「右? 左?」
「左……次は真っ直ぐ」
 そんな事を何度か繰り返す。
 子供の足では遠くまで進めないだろうと思っていたのだが、予想外に奥まで来て居る。
 急がなければ日が暮れてしまう。
 完全に暗くなってしまえば寄り見つけず楽なるだろうし、夜の気温が体温もを奪ってしまうはずだ。
 目の前に流れる細い川。
 ここを渡ったのか、渡らなかったのか。
「次、は?」
「……」
 返事がない。
「どうし……」
 左右に振られる首。
 ここからは曖昧らしい、頼りにして急いでいただけにどうしたものかと思いはしたがこうして止まっている時間すら勿体ない。
「……そうだ!」
 ポケットを探って取りだしたのは一つのコイン。
 迷った時に敦己が使うものだ。
 不謹慎と思われるかも知れないが、今は幸運にすらすがりたい。
「……よし」
 どうか、当たっていますように。
 ピンッと澄んだ音を立てて、コインは手から放れていった。




 静かさとは無縁の喧噪の中、敦己は何故か渡されたコーヒーを手に持ったままぼんやりと上を見上げる。
 既に空は闇夜に染まり、無数の星が瞬いていた。
 周りでは警察官や救急隊員。
 家族や親戚と思える人から知り合いやギャラリー。
 鳴り止まないサイレン。
 指示を出す声や囁き声。
 色々な人達がが会話を交わし、忙しそうに動いている。
 周りは、そんな喧噪で満ちていた。
「………ふう」
「お話よろしいですか?」
「はい」
 あの後。
 森の奥で木の根に寄りかかっていた子供……正確に言うなら少年を発見。
 手の中のコインを撫でながら、詳しく説明してほしいと言ってきた警官の質問に答える。
 全国を旅している事。
 ここに来たのは偶然である事。
 ここまでは許されたとしても、本人に案内して貰ったとは言えないから説明に苦労したが何とか納得して貰う事が出来た。
「ご協力ありがとうございます」
「いいえ」
 なにも追求されずに済んだの最も大きな理由は、別の事だという事は解っている。
「本当にありがとうございました」
「俺は……大したことはしてませんから」
 深々と頭を下げる母親。
「そんな事ありません、見つけてくださらなかったらどうなっていた事か……」
「……はい」
 本当に見つける事が出来たのは少年の指示あっての事で、敦己はただそれを手助けしただけだ。
「ほら、あなたも」
「う、うん……」
 母親の後ろから顔を出す少年。
 元々照れ屋なのかも知れない。
「よく頑張ったね」
「……うん」
 頬や手に大きな絆創膏が貼られていたが、崖から落ちたにしては怪我は些細な物だった。
 何はともあれ元気そうな少年の姿に、敦己も優しく笑いかける。

 ちゃんと、間に合ったのだ。
 怪我の具合を確かめ。
 上着を掛け。
 大急ぎで警察や救急車に連絡した。

 迷子として他で捜索されていたらしくここまで大きな事になってしまったが……こうして無事だったからこそ、全てが丸く収まったのだろう。
 どうやって見つけたかは少年が無事なのだから少し不思議で、些細な疑問としてしか残る事はなさそうだった。
「お兄ちゃん、ありがとうございました」
 ペコリとお辞儀をして、お礼を言う少年。
 もしかしたらここに来た事すら本人に呼ばれたのかも知れないなんて言うのは……考えすぎだろうか。
 本当の事は幽体離脱していた間の事は覚えていないらしく誰にも解らない事。
「本当に良かった」
 だから、敦己は旅が好きなのだ。