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<東京怪談ノベル(シングル)>


パンダ子パンダ呪いのパンダ!?

ある日のことである。
海原・みなものもとに、とある友人から急に電話がかかってきた。
内容はたった一言。
『今すぐ来て』
…以前にもその友人の手によって頼まれた『あること』のせいで少々警戒していたみなもは、その電話の内容を聞いてなんとなく嫌な予感がよぎった。

――――あぁ、どうかまた大変な目にあいませんように。

そう思いながら胸の前で手を組んで祈ったみなもを…誰が責められようか。
そんな複雑な心境のまま、みなもは友人宅へと向かうのだった。

****

「――――悪いんだけど、またみなもにバイトをお願いしたいのよ〜」

――――――――ヤな予感、的中。

友人宅について彼女の部屋へ行ったところの開口一番がこれだ。
もうついた時からビシバシと嫌な予感が満ち溢れていたみなもにトドメを刺すようなその爽やかな笑顔。

「えーっと…ちなみに、理由は?」

どう見ても彼女は健康そのもの。風邪のかの字も見当たらない。
そんな彼女がみなもに代理を頼むのならば、それなりの理由はあるのだろう。
そう見当をつけたみなもが問いかけると、彼女はにっこりと微笑み――――こう言った。

「――――――急に彼氏の時間に余裕ができたのよ♪」

「……え?」
友人から言われた言葉にぽかんとしたみなもの声にくすくすと笑うと、彼女はうっすらと染めた頬に手を添え、言葉を続ける。

「何かと忙しい人だから、明日を逃したら今度はいつできるかわからないのよ〜。
 だから…ね?おねがいっ!!」

そういいながらパンッ!!と顔の前で手を叩いてみなもに頭を下げる友人。

―――もとより情に厚く色恋を応援することを好むみなものこと。
     そのお願いを断ることなど、できるわけもなく。

「…もちろんです!あたし、お二人のこと応援しますから」
「ホント!?ありがとー、みなも!!!」
がしっ!と手を掴んで微笑んでそう言うみなもに、友人は本当に嬉しそうに笑いかけるのだった。


―――――そんなわけで、みなものアルバイト代理は、幕を開けたのである。


***

「えーっと…海原みなもちゃん、ね。
 今日は本当は来る子の代理、ってことでいい?」
「はい」
資料を見ながら問いかける女性にみなもは頷いた。
今回も当然、高校生だと誤魔化してある。

今回はデパートでの仕事。
企画名は『デパートで着ぐるみを着て子供達と握手!』だそうだ。
どこかの戦隊モノのようだが、れっきとした動物の着ぐるみショーである。

大雑把に要約するとそんな感じ。
説明を受けたみなもは、着ぐるみに着替えるように支持されて控え室へと入っていった。

「…えっと…今回私が着るのは、と…」
控え室の中に入ると、沢山の動物の着ぐるみが衣装掛けにぶら下がっている。
それを一つ一つずらして行くと、『デパートで着ぐるみを着て子供達と握手!用』と書かれた紙が張られた着ぐるみを発見した。

それは――――肉付き着ぐるみのパンダ。
どうやらこの着ぐるみは新品らしく、毛には全く染みはない。

「うわぁ…。
 …これは、文字通り『客寄せパンダ』ですね…」

その衣装を見ながら思わず苦笑するみなも。
可愛らしい顔つきはやはり子供受けが良いのだろう。
パンダはやはりどの時代でも愛されるものなのだ。

ガチャ。

「え?」
いきなり開いた背後の扉に驚くが、そこに立っていたのは一人の女性。
どうやらスタッフの一人らしい。
女性は中に入ると、不思議そうな顔のみなもに向かって苦笑した。

「一人で着替えるのは難しいと思ったから手伝いにきたのよ」
「あぁ、そういうことですか」

女性の言葉に納得したみなも。
確かに着ぐるみは自分一人で着るのは難しい。人がいてくれるのはありがたいことだ。
そう考えたみなもは微笑むと頷いて、着ぐるみに手をかけた。

***

―――着替え終了。
     …所要時間、なんとたったの五分。

「驚いた…まさかこんなに早く切れるなんて…」
「あたしも驚いてます…」

女性とみなもは顔を見合わせてお互いの驚きを伝え合った。
みなもが着ぐるみを着るのはまだまだ時間がかかると思ったのだが、思いの他自然に着ることが出来たのだ。
むしろその自然さが不自然なくらいにあっさりと。

……というか、何故か先ほどからこの着ぐるみが肌の一部になってしまったような感覚があるのだ。
べったりと張り付いているとかではなく、完全に肌が露出しているような…。

―――――言ってしまえば、まるで裸になった気分。

実際は肌なんて一ミリも露出していないのだが、何故か風の感触さえリアルに感じて妙に恥ずかしい。
身体を隠してもじもじと動いたみなもに首を傾げた女性だったが、『な、なんでもないです!』とみなみの慌てた言い訳を受けて渋々ながらも納得してくれた。
こういう時はあえて何も触れてこない相手の方が安心できるものだ。

「(…いったいなんなんでしょう、この着ぐるみ…)」

困ったように眉を寄せて考え込むみなも。
…しかし考えたって分からないものは分からない。
ならば仕事に熱中するに限る。

「もうすぐ入ってくださーい!」
「あ、はい!」

連絡役なのか一人の男の人が入ってくると、みなもは頷いて控え室から出て行った。
―――ただし、裸の自分を見られているみたいで、物凄く恥ずかしかったけれど。

***

――――で、あっという間に時間は昼。

午前と午後の二回やる企画なので、とりあえず午前の部が終了した、と言う状態だが、みなもにとってはそれすらも有り難い。
…さっきから誰も彼もが裸の自分を凝視しているようで、恥ずかしくて仕方がなかったのだ。
しかも遊びに来た子供たちの中には当然の如くいたずらっ子も混ざっていて、着ぐるみの耳を引っ張るわ着ぐるみの毛を引っこ抜くわで大騒ぎ。
耳を引っ張られたら自分も耳のある辺りが痛いし、毛を引っこ抜かれれば自分の肌が引っかかれたかのような痛みがくる。
痛覚まで繋がっているようなその状態に、みなもは四苦八苦だ。

午前の部終了を告げると同時に、みなもは大急ぎで控え室に戻る。

優しいお姉さんに声をかけられ、一旦休憩と言うことで着ぐるみを脱ぐために戻ったのだ。
「じゃあ、チャックを下ろすわね」
「あ…はい、お願いします」
みなもが女性の言葉に頷くと、女性がチャックに手をかけて引き降ろそうとする。
……が。

「…あら?……あらら?」
殺気からチャックが下りる音すら聞こえてこない。
女性の戸惑った声と若干両手を上下させる気配だけしか感じない。
……嫌な予感、再来。

「…どうしたんですか…?」
その嫌な予感が的中しないことを心の底から祈りながら、みなもは恐る恐る声をかける。
その言葉に戸惑ったように顔を下げた女性は―――ゆっくりと口を開いた。

「それがね…チャックが全然降りないのよ、この着ぐるみ」

――――――嫌な予感、ど真ん中に的中。

「えぇっ!?」
「私にもわからないの。
 チャックに毛が噛んでるわけじゃないみたいなんだけど…どうしてか降りないのよ…」
困ったような女性の声に、みなもは呆然とした。
「うーん…なんとかしてやろうと頑張ってるん…だけ、どっ!!」
ぐっ、と女性が力を入れてチャックを握り締めると―――なんと、みなもの身体に激痛が走ったではないか。
「っ!?」
叫び声をあげかけて慌てて口を噤んだみなも。
女性は気づいていないようだが…どうやらこの着ぐるみ、本当に『身体』のようになってしまっているようなのだ。

なんてことでしょう―――また、終わるまで脱げないじゃないですか。

そこまで思ったところで、ふと、みなもの頭の中に何かの映像が流れ込んできた。


――
着ぐるみを作る男の人。
愛情を込めた瞳が、自分の作っている着ぐるみを見つめている。

いつか、この着ぐるみが子供達に愛されればいい。

子供が楽しむ姿を思って、嬉しそうに微笑む男の姿。
完成した着ぐるみを見る視線からも、彼の心が伝わってきた。

――――――そして死の間際、子供達に愛されるこの着ぐるみの姿を見ることが出来ないという深い、深い悲しみ。
        彼は自分の作品が使われる姿を見ることなく、その命を遂げたのだ。
―――

そして、彼のその悲しみの強い遺志が着ぐるみに込められた優しい思いを歪め、一種の呪いのようなものを作り出してしまった。
―――――頭の中に流れ込んできた作った男の怨念…いや、深い想いが伝わってきたみなもは、困ったように眉を歪める。


これでは無下に着ることも可哀想な気がしてならない。
言えに帰れば霊水がある。それを使えば脱ぐことなど容易い。
それに…これを他の人が着てしまったら危険だ。
…それならば…。

「…あの…」
「え?何?」

そこまで考えて、みなもは女性スタッフに声をかけた。
彼女が返事をしたのを見て、みなもは口を開く。

「……電話、貸していただいて結構ですか?」


―――――――お父さんに連絡をして、買い取って貰いましょう。


その結論に達したみなもは、父親に電話をして事情を話し、この着ぐるみを買い取って貰うことにしたのだ。
急にみなもがこの着ぐるみを買い取ると言い出して女性は驚いていたが、

「脱げないんだったら終わってから切るしかないので…製作費用とかもかかったでしょうし…その分だと思っていただければ。
 それにあたし、これ、気に入っちゃったんです」

とみなもが行き当たりばったりな理由を話すと、なんとか納得してくれたのだった。

***

…そして、引き続き休憩時間。

ぐ〜きゅるるるる〜…。
「あう…」
盛大に響き渡る腹の虫。
その見事な音色にぷっと女性が小さく吹き出すと、みなもは赤面した。
ただでさえ裸を見られているようで恥ずかしいのに、その上盛大なお腹の音まで聞かれてしまった…!!
みなもの恥ずかしさも最高潮である。

「ふふ…大丈夫、ご飯ならここにおにぎりとサンドイッチを用意してあるから」

そう言って女性が一旦外に出ると、おにぎりとサンドイッチが乗ったお皿を持って戻ってきた。
ことん、と皿をテーブルに置くと、女性は前に座って微笑む。
「どっちでも好きな方を食べるといいわ」
「えっと…それじゃあ、サンドイッチを…」
いただきます、と手を伸ばしかけて…みなもは固まった。

自分が伸ばした手は―――毛むくじゃらの、着ぐるみの手。

呪いのせいで完全にぴったりと皮膚の一部になっている着ぐるみとはいえ…パンダの着ぐるみでは、指をマトモに通せるスペースもないわけで。
前みたいに腕を引っこ抜いて口から手を出して食べる、と言う芸当はこのピッタリっぷりでは当然出来る筈もなく。
こんな状態では…たとえサンドイッチでもまともに食べられるわけがなくて…。

どうすればいいだろうと手を伸ばしたまま考え込むみなもを不思議に思ったのか、女性が声をかけてくれた。

「…どうしたの?」
「いえ…あの…その…。
 …この着ぐるみ、思った以上にぴったりで…上手く腕が抜けないんです…
 だから…」
「…あぁ、そういうことね」
みなもが硬直している理由がわかり、女性は苦笑した。
そしてそっとサンドイッチを手に取ると、みなもの着ている着ぐるみの口元にそれを寄せる。
「じゃあ、私が食べさせてあげるわ」
「え…?で、でも…」
「きちんと食べなきゃ午後まで持たないでしょ?」
そう言ってくすりと笑う女性。
戸惑った視線を向けるものの…腹が減っては戦が出来ぬと言うし、好意に甘えてしまった方がお互いにいいだろう。
そう結論をつけたみなもは、苦笑気味に口を開く。

「それじゃあ…お願いします…」
「えぇ、喜んで」

そうして、くすくすと笑う女性の手によって、みなもは無事に食事を終えることが出来たのであった。
…ちなみに。
それが世間で俗に言う「はい、あーんv」の状態であると言う事を仕事が終わった後に思い出し、顔を真っ赤にして悶えるみなもの姿が家族によって見られたそうだ。

―――そして食事の後。
     飲み物も飲ませてもらって満足したみなもは…やっぱり、ある壁に突き当たっていた。

「……あう…」
お腹の下の辺りが熱い。
っていうかこう…別の意味でお腹がキューッとなってしまうような…そんな感じ。
そして無理に我慢すればお腹が痛くて脂汗が吹き出、しまいには炎症を起こしてしまうその現象。

一言で説明してしまえば――――『トイレに行きたい欲求』。

今みなもは蹲って我慢している真っ最中だ。
幸い、女性は他のスタッフの手伝いのために席をはずしているので、心配をかけることもない。
「うぅ…ど、どうすれば…?」
残念ながら備え付けのトイレはこの控え室にはない。
行きたいのならば今すぐここから飛び出してトイレを目指すのみ。
あぁ、でも感覚的には裸状態だから、迂闊に走れば体中がスースーして恥ずかしいし…!!
悩むみなも、苦しむみなも、悶えるみなも。
どうするみなも!このままじゃ膀胱炎になってしまうぞ!!

頭の中でどこかの実況のような言葉がよぎった時――――みなもの頭の中で、結論は出た。

「―――もう、我慢できないですっ!!!」

がばっと立ち上がると、みなもは大急ぎで身を翻して走り出す。
目指すは―――――今現在のみなもの心のオアシス、トイレ。
水が使える彼女なら、怖いものなどなにもない!…ただし、おっきい方は無理ですよ。

…そして数分後。
やけに清清しい笑顔で女性スタッフを迎える、みなもの姿があったとか。

***

――――そして、午後の部の終了。

またもや子供にもみくちゃにされ、お尻を撫でられ腕に噛みつかれ小学生らしくないドロップキックを食らい、みなもは心身ともにボロボロだった。
裸でいるような感覚と痛覚が繋がったような現状では、どんなことでも辛いのだ。
ましてやデパートのイベント。
人が沢山集まるその場所で裸でいるようなものだ。
恥ずかしすぎて顔から火が出るかと思った。
と言うか、恥ずかしすぎて憤死するか、いっそのことこの場から逃げてしまいたいと思ったぐらいだ。

そして終わると同時に、みなもは「有難うございました!」と頭を下げると、荷物を引っつかんで大急ぎで家路を進んだ。
…もちろん、着ぐるみは着たままで。

人の多い道を爆走するパンダの着ぐるみ。
そりゃもう異様な光景だったに違いない。というかむしろ実際に道中の子供達が大泣きしていた。
あぁ、ごめんなさい―――と心の中で謝りながらも、今はこの裸のような恥ずかしさから早く解放されたい一心で。
わき目もふらず、みなもは大急ぎで家に戻ったのだった。

―――デパートが家の近くでよかったと、これほど切実に思ったことはない。

そして家に帰ってきたみなもは、大急ぎで霊水を使って着ぐるみを脱いだ。
これでようやく一安心だ、と深々と溜息を吐き、着ぐるみを部屋の隅に置いて洋服に着替える。

…今回一番世話になったスタッフの女性がわざわざバイト代を持って家に訪れてくれるまで、後五分。
ちなみにバイト代は、着ぐるみが脱げなかったということを女性が話してくれたらしく、少々上乗せされた額だった。

***

翌日。
心の底から幸せそうな友人にバイト代を渡したみなもは、友人に昨日のことを話してみた。

「あははははっ!
 それでまた大変な思いをしちゃったワケ?」
友人は話が終わるなり思いきり笑い出し、ひーひー言いながら目尻に浮かんだ涙を拭いながら言う。
「笑い話じゃないんですよ?もう…」
こっちは切実だったのに、とむぅ、と頬を膨らませるみなもにごめんごめんと謝りながら、友人は口を開く。

「にしてもアレよねー、みなもにバイトの代理を頼むと必ず面白い話が聞かせて貰えそうで、楽しいわー」
「あたしは楽しませる為に大変な思いをしてるんじゃないです!!」

もう…ひどい…とぐすんと涙を拭うみなもの頭をまぁまぁと撫で、友人は給料袋から幾らか出して手渡す。
「はい。また迷惑料ってことで、バイト代の横流しね?」
横流し、とはまた嫌な言い方だが、みなもは大人しく受け取っておいた。
今回は精神的被害も甚大だ。お金でも貰わなければやってられない。

ぐすぐすと鼻を啜るみなもを見ながら、友人はにっこりと…イヤになるくらい爽やかな笑顔で、みなもの肩をぽん、と叩いて口を開いた。


「――――また何か面白そうなバイトがあったら、是非私の代理、して頂戴ね!!」



――――――――実はこの人、最初から曰く付きのバイトしか選んでないんじゃなかろうか。



友人の輝かんばかりの笑顔を見ながら、みなもは遠い目をしてそう思うのだった。
…彼女の苦労は、まだまだ続きそうな予感。


終。

●ライターより●
こんにちは。暁久遠で御座います。またもやご発注いただき、まことに有難う御座いました。
遅くなりまして大変申しわけ御座いません…!!(土下座)
前回同様結構自由に作ってしまいましたが…よろしかったでしょうか? 上手くご希望に添えたかどうか心配です。
友達も前回と同じ人です(爆)いい性格してますよね、このお友達(笑)
こんな文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
それでは、また機会がありましたらお会いしてやって下さいませ。