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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


納涼・化かし合い大会2004

*オープニング*

 毎年恒例、龍殻寺の境内肝試し大会。普段は寂れて訪れる者も殆ど居ないような潰れ掛け寸前の寺だが、この時ばかりは賑わうと言う。…尤も、その賑わいの半分ぐらいは、既にこの世の者ではなかったりするのだが。
 実は、龍殻寺の肝試し大会には隠された目的があった。龍殻寺の境内には大きな霊道が通過しており、普段は狭いそれが、ある一定期間だけ広く開かれるのだそうだ。それ故、現世を彷徨う浮かばれない魂を普段より速やかに多く成仏させる事が出来、なるべく沢山の魂を安らかに眠らせる為、こうしたイベントを開いて浮遊霊を集めるのだと言う。

 例年通り、募集掲示板に載った肝試し大会参加者募集の書き込み。が、一部の人間には、直接参加のオファーがあったらしい。
 ………あったのだが。

 龍殻寺住職の天鞘は、何を考えたのだろう、ボランティアの一部をおのが能力を用いて霊体に変えてしまったのだ。本人曰く、霊の立場になって…と言う事なのだが果たして……。


*Side:A 高台寺・孔志の場合*

 気が付くと既にその身体は半透明に、よくよく見ると、足元などは薄ぼんやりと立ち消え状態になっているではないか。
 「…幽霊は足がないって良く聞いたが、マジでそうだとはなぁ……」
 感慨深げに呟き、取り敢えず手足を勢いよく振り回してみる。見た目は頼りなさげだが、動きそのものは何も変わりはないようだ。
 納得した孔志は、そのまま龍殻寺の境内へと彷徨い出た。境内は一般の肝試し客で賑わっていたが、今は霊体もそうでないものも同じように見える為、霊と化した孔志がフラフラ歩き回っていても、なんら不審に思う者はいなかったが。
 …いや、そうでもなさそうだ。思い思いのオバケの扮装をした一般人に混じって、不安げに視線をうろつかせている者がいる。その表情は何故自分がそこにいるのか、この周りに居る珍妙な格好をした者達は何なのか、全く訳が分からない、と言った風に見える。それだけを見ても、その者が実は霊体(それも自覚のない者)である事は明白だが、そのうえ、今の孔志には『同類項』だとすぐに分かった。
 「どうして分かっちゃうか、俺にもイマイチ良く分かんねーんだけどさ」
 「……えっ……!?」
 首を傾げながら睫毛を瞬かせていた一人の女(勿論霊だが)が、不意にそう声を掛けられて驚き、目を丸くする。ハーイ♪と片手の平を彼女に向けてにこやかに挨拶をする孔志を、まるでアブない人でも見るかのような目で女は頭の先から爪先までまじまじと見た。
 「ナニ、そんなに見惚れるほど俺ってイイオトコ?」
 「…あなた、何者なんですか。何か御用ですか?」
 あからさまな不信感を露にして、彼女は一歩後退りする。ああっ、待ちな!と慌てて孔志が呼び止めた。
 「そんな恐がらなくてもいいじゃねぇか。べっつにワルイコトを企んでる訳じゃねーぞ。それよりもカノジョ、どうして自分がここに居るか分かってんのか?」
 孔志がそう言うと、彼女は不思議そうに首を傾げる。さらりと綺麗なストレートの黒髪が肩から胸元へと落ちた。改めて孔志が女性を見詰めると、ぱっちりとした瞳のなかなかの器量よしではないか。
 「…おお、ラッキー」
 「はい?」
 思わず呟いてしまった孔志の言葉に、彼女がまた首を傾げる。ナンデモナイヨと何故か片言の日本語で誤魔化しておいて、で?と孔志はさっきの続きを促した。
 「どうして、って…わたし、買い物に…明日のお出掛け用に新しい服が欲しくて…それでいつもの……あら?」
 ふと、彼女が細く整えられた眉を潜める。どうやら今までの自分の行動に、幾ばくかの矛盾を感じたらしい。それを見た孔志が、だろうなぁと笑顔で頷いた。
 「なぁ、どうやってここまで来たかとかも分かってねーだろ、おまえ。もう少しよく考えてみな。買い物を済ませた後、おまえがどうしたかを。出掛ける為だけに服を新調するってー事は、多分、初デートか何かだったんじゃねぇの?きっとおまえはうきうきした気分を抱えて足取りも軽かっただろう。…だからこそ、知らないうちに未練を溜め込んでしまったのかもな」
 まだ聞いてもいない、彼女の悲しいだろう運命の顛末に、釣られた孔志がぐすんと鼻を啜った。そうした孔志の言葉と態度から、彼女も自分の身の上に起こった事を少しずつ思い出してきたらしい、ああ、と小さな声で吐息を漏らした。
 「ようやく理解したか?だがな、これも悪い事ばっかじゃねぇぞ?なんてったって、こーんなイイオトコの俺サマに出会えたんだからな?」
 孔志が軽い口調でそう言うと、いきなり降って湧いた衝撃の事実に、悲観に暮れ掛けていた彼女の気持ちも少しは解れたようだった。くすりと小さく笑って、そうね、と同意をした。そんな彼女の笑みを見て、孔志も自らの笑みを深くする。
 「なぁ、そうだろう?どうだい、カノジョ。…これから俺と一緒にあの世を見に行かないかい」
 不意に真顔に戻って孔志が彼女の肩を抱き寄せる。あ…と彼女が小さな声を漏らし、その半透明の滑らかな頬を薔薇色に染めた。してやったり、と彼女には見えない側でニヤリと笑う孔志だったが、器用にも彼女に見える側ではホスト張りのにこやか笑顔を振り撒いていた。
 「な、いいだろ…?損はさせねぇって」
 「そ、そうね…それもいいかもしれないわね……」
 孔志の口説き?にその気になりつつある彼女。拳を口元に当てて恥らう様など、霊体とは思えない程に可憐だ。
 『…なんとなく成仏させちしまうのは惜しいと思うのは俺だけではないに違いない……』
 内心でぼやきつつ、孔志が後一押しをしようとした時だった。
 向こうから何者かがこちらに向かってやってくるようだ。孔志は、視線だけ上げ、そちらをこっそり伺った。


*Side:B 水上・操の場合*

 竜殻寺の境内は、肝試し大会の参加者で大いに賑わっている。祖母からこの寺の日常を聞いていた操は、普段は閑散としている様子を想像し、今の賑やかしい様子を比べては、小さな溜息を一つ漏らした。
 「こんなに騒がしくては、眠りについている霊まで目覚めてしまうのでは…どうも、ご住職のなさる事は詰めが甘いような気がしますね」
 操が小声で呟くと、ま、そんなもんやろ。とどこかで声が聞こえた。その声に合わせ、両腕のブレスレットが僅かに震える。
 「…さて、ここでは誰の目にも等しく人の姿は映ると言います…少々厄介な現象ですが、貴方達が居れば何の問題もないでしょう」
 操の静かな声が境内に響き渡る。その光景を見ている者が居れば、彼女がただ単に独り言を言ったようにしか見えなかっただろう。彼女の周りには誰一人として存在せず、また声を掛けられるような動物達とて居ない。だがそれなのに、彼女の声に答えてか、彼女のすぐ傍で小さな声が聞こえてきたのだ。ただひとつ変わった点と言えば、いつの間にか操の両手には、長短二本の刀が握られている事であろう。
 よっしゃ、まかせとき。オレがすぐにみつけたるさかいに。
 その声が、操の手にある長刀『前鬼』から聞こえてきているとは、誰も思いも寄らなかっただろう。

 みさお、あっちやで。あのかどをまがったところでけはいがする。
 短刀『後鬼』の指示に分かった、と頷いて操は歩みを速める。さっきから何体の霊を成仏させてきた事だろう。ただ迷っているだけ、或いは死した事にさえ気付いていない霊には干渉していない。操が接触を図っているのは、死してなお現世に強い未練を残す者や恨みつらみを持つ者達ばかりである。前記のような霊であれば、然程霊能力を持たぬ者にも導く事は容易である。が、意図してこの世にしがみ付いている霊達は、操のような力を持った者達でないと速やかに導けないだろう、との考えからだ。前もって住職から、今回参加しているボランティア達の概要は聞き及んでいる。中には特別な能力を持たない者も居た為、自らそう言う役割を買って出たのだ。
 時折、敷地内のどこかから、お化け役に驚かされたのであろう、黄色い悲鳴が聞こえてくる。それは悲鳴である事には違いはないのだが、操にはそれはどこか浮ついて楽しげにすら聞こえるのであった。
 そんな事を頭の端っこで思いながら、操は『後鬼』の言うとおり次の角を曲がる。するとそこには、ひとりの少女が膝を抱えて蹲っていたのだ。少女は抱え込んだ膝に顔を埋め、微かな声で泣いているようだ。だが、操には何故か少女のか細い声は、妙に気分を苛立たせるように聞こえた。
 「何をしているの?」
 落ち着いた操の声が響く。ビクッと驚いて少女が肩を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。涙で濡れた少女の顔は悲しみに歪み、自分の目の前に立つ自分より少し年嵩の少女の顔を見上げた。
 「…オカアサン、イナイノ……」
 少女の、震える細い声がそう告げる。聞く人の憐憫を思わず誘うような、如何にも頼りない声である。だが操は、変に同情を寄せる事はなく、普段と変わらぬ声で少女に問う。
 「…そう、でもオカアサンが居る場所はどこか、本当は分かっているのでしょう?だったら、迷う事無くそこに行った方が…」
 「ソンナコトナイ!ワカンナイ…」
 「嘘は駄目ですよ」
 ぴしゃり、と操が少女を諌める。端から見れば、操が可哀想な少女を苛めているようにも見えるかもしれない。が、操には確信と信念があったから、例えそこで誰かに責められようとも、今の態度を覆す事はなかっただろう。
 嘘、と言い切られた少女は、突然ピタリと泣くのを止める。じっと恨みがましそうな目で操を見詰めていたが、やがてすっくと立ち上がると、その愛らしい容姿が物凄い形相へと変わった。
 「ジャマヲスルキカ、キサマ!」
 「邪魔などと。人を惑わせ生気を奪って無益な殺生を行っているのは貴女の方でしょう」
 最初の問答で、還る場所へと素直に行く気配があれば、それを手伝ってやれたのに。 そう呟きながら、操は手にした『前鬼』を振り下ろす。刀の切っ先は少女の背中を皮一枚で削ぐ程の近い距離で上から下へと断ち切られる。すると、まるで風船の糸を切ってしまったかのよう、少女の魂は叫び声をあげながらも、繋がれるものを失って瞬く間に上昇し、還るべき場所へ向かうトンネルへ吸い込まれていった。
 一仕事終え、ひとつ溜息を零す操に、『後鬼』が声を掛けた。

 みさお、あっちにへんなけはいがするで。

 変な、とは如何なる事か。操は首を傾げながらも、『後鬼』の誘導に従って歩き出した。


*向かう場所とて無い魂*

 孔志が、女性の霊の肩を抱いたまま硬直しているところへやって来たのは勿論、操だ。まずは女性の顔を見て浅く頷き、次に孔志の顔を見ると、ほんの僅かだが、しまったと言うように眉を潜めた。
 「…なるべく遭遇しないように気をつけていたのに…何故にわざわざ案内するのですか」
 操が『後鬼』に文句を言うと、『後鬼』は、そんなん知らへん、とすっとぼけた。
 かたや孔志はと言うと、現われた少女が霊体でない事はすぐに分かった。ついで、その手に持つ只者ではない雰囲気を漂わせる二振りの刀に、恐らく住職が頼んだと言うボランティアなのだと予想がつく。途端、孔志は顔面蒼白になった。
 「待て!俺を成仏させるな!」
 「…え?」
 不意にそう孔志が叫ぶので、操は思わず目を丸くする。が、そんな操の様子には気付かず、孔志が片手で操を制しながら更に言葉を綴った。
 「俺はこう見えても、本当はまだ生きてる人間だっつーの!大体、こんなピチピチチャプチャプランランラン♪なイイ男が、死んでるなんて思わねぇだろ!?」
 「………」
 いや、だから私はまだ何も。と操も反論したかったが、孔志の勢いに圧されていた。けったいなやつやなぁ、と『前鬼』が呟くのが聞こえ、思わずそれに同意してこくりと小さく頷く。相変わらず、操の様子は一向に気に留める気配もなく、孔志は両の拳を腰に宛がって仁王立ちになった。
 「なんだよ、まだ信用できねぇってのか?だったら、ここに電話して聞いてみな?そちらに高台寺・孔志って言う超男前店長は居ますか、ってな。あ、電話持ってねぇんなら貸してやるぜ?短縮は87番な。それに第一、携帯持って歩いてるお化けが居るかってぇの」
 「…何故、自分の店に電話をする短縮番号が87番なのですか。普通は分かりやすい01とかにしませんか?」
 孔志から手渡された名刺を見ながら、操が冷静に突っ込む。お気に入りの番号なんだよ、と孔志が開き直った。
 「それはともかく…ご心配なさらなくても大丈夫です。私は貴方の事は知っていますから」
 「ええっ、参ったなぁ…俺ってばそんなに有名人?人気者?ご近所のアイドル??」
 「………」
 いやぁ、と何故か照れて後ろ髪を掻く孔志に、操は無言でさっき貰った花の香りのする名刺を突き返した。
 「ご住職に依頼されたボランティアの方でしょう?事前に聞いていますし、私には見分ける手段がありますから、本物の霊と間違える事はありません」
 「なーんだ。そう言う事かぁ」
 ザンネンザンネン。そう言って、なー?と操に同意を求める孔志に、操は思わず深い溜息を吐いた。

 「あの……」
 ふと、小さな声が二人の注意を引いた。すっかりその存在を忘れていたが、孔志がナンパ…もとい、成仏させようと努力していた女性の霊が、所在なさげに立ってこちらを見つめていた。
 「あの、一体どう言う事なんでしょう…?」
 「大した事ではありません。私も高台寺さんも、行き場が分からずに彷徨う魂を鎮める為、この肝試し大会に参加しているだけです」
 「…と言う事は、彼は本当はわたしと同じではないと言う事なんですね……?」
 そう言うと彼女は、今にも泣き出しそうな顔で孔志の方を見る。その潤んだ視線に、ウッと言葉を詰まらせ、孔志はゴメン!と彼女の前で両手の平を合わせた。
 「騙すつもりはなかったんだ!おまえに安らかに眠って欲しい一心で……」
 「でも、わたしと一緒にあの世には行ってくれないんですね…」
 ついに彼女は、しくしくと泣き始める。うわぁ、と焦る孔志を尻目に、操は相変わらず静かな声で言った。
 「例え高台寺さんが本当の霊であったとしても、同じ場所に行けるとは限りません。それよりは、今は静かにその魂を休ませ、次の世に思いを馳せた方が宜しいのではないですか?」
 「そうだよっ、俺だって満更嘘を言った訳じゃねぇんだぜ?…いつかは俺もおまえと同じ霊体になる。そうしたら、あの世で再会しようじゃないか、ハニー」
 「…本当、……?」
 彼女が泣き濡れた瞳で孔志を見上げた。ああ、と力強く孔志が頷くのを見て、ようやくその表情を笑みに変えた。
 「分かったわ…じゃあ一足先に行ってる…待ってるわ……」
 そして彼女は、足元から霧が晴れていくように、瞬く間にその姿を消してしまった。またひとつ、迷う魂が眠りにつき、操も孔志もほっとして深く息を吐いた。
 「や、しかし参るねぇ…モテる男は辛いっつうか」
 えへ。とまたも照れて後ろ髪を掻く孔志に、またも冷静に操が言った。
 「…でも宜しいのですか?さっきの霊体…元々は男性のようでしたが」
 「なにぃ!?」
 実はさっきの彼女…俗に言うニューハーフと言う存在だったらしい。ショックを受けてその場にへたり込む孔志に、さすがに同情を禁じ得ない操であった。

 「ああああ、しょっく〜…やっぱりオンナって魔物ねぇ……」
 「………」
 だから女性じゃなかったんですけど、と突っ込んでやろうと思ったが、操はその言葉を飲み込んだ。その気配に気付き、孔志も口を噤む。
 みさお、おるで。…やばいやつが。
 『前鬼』の声も、心なしか緊張しているようだ。
 「…高台寺さん、……」
 「ああ、俺でも分かる。尋常じゃねぇな、この霊気。…すげぇ禍々しい……」
 孔志の、搾り出すような低い声が、その場の雰囲気を物語っていた。
 『前鬼』の案内に従い、二人が向かったその先は、龍殻寺の中にある墓地だ。尤も、ここに葬られているのは身寄りのない死者ばかりで、それ故か墓参りに訪れる者もなく、雑然としていた。
 その真ん中、一本の卒塔婆をシャベル代わりにして、地面を掘り起こしている者が居る。…いや、厳密に言えば人ではない。霊体である事には間違いなく以前は人であった事も間違いではなかったが、今まで見たどの霊体よりも霊力は豊富で、ついで人としての善意も道徳も、全て消え失せてしまっているように見受けられた。
 その霊は、どうやら古い墓を掘り起こしては、そこに残る死者の気を吸い取っているらしい。吸った気を内で霊力へと変換し、その度に強大になっていく。操は思わず刀の柄を握り締めた。
 「…人気のない場所で幸いです。ここなら、思う存分祓う事が出来ます」
 「だが油断すんなよ。相手はタダモンじゃねぇからな」
 孔志がそう言うと、分かってますと操も頷いた。
 最早こうなってしまっては、説得も無理だと最初から承知している二人は、ともかくその霊の動きを止めようとする。残留の気を吸い取られても、誰か困る者が居る訳では無いが、これ以上霊力を蓄えられれば祓うこちらの危険が増すと言うもの。歩み寄る二人の気配に気付いて、既に人としての知恵を失った、ただの憤怒の固まりは、人間の可聴範囲を越えた嫌な叫び声をあげた。
 と、その時。孔志の額の一部が裂けた。それは比喩表現ではなく、本当に裂けたのだ。そこから現われたのは紅い紅い眼。そこに映った霊が、一瞬だけ生前の姿に戻る。遠い昔の哀しい想いや溢れんばかりの憎悪、それらがその人間を化物へと変える過程が見えた。
 「…哀しいですね」
 「……ああ、そうだな」
 だが、それを許す訳には行かない。今までこの霊がどれだけ現世の人間に迷惑を掛けてきたかは分からないが、少なくともここで見逃せば、更に強い霊力をつけ、脅威になる事は必須なのだから。
 霊も、自分の以前の姿を垣間見て、訳も分からず少し戸惑ったようだ。その隙に、操が力強く地面を蹴る。両腕を身体の前で交差させたまま突進し、それを一気に左右に開く。『前鬼』と『後鬼』に×の字に切り裂かれた霊体は、またも聞こえない叫びを喉奥から搾り出し、断末魔の雄叫びをあげた。
 やがて、既に本人も定かではなかった、現世への執着を断ち切られ、ついで孔志の紅眼にも導かれた霊は、静かに空へと昇っていく。七色の光を纏いながら成仏していくそれは、さっきまでの泥水のような醜い感情の塊だったとは到底思えなかった。


*肝試し大会・終了*

 そして夜が明ける。龍殻寺の肝試し大会も終了の時間だ。これでまた、この寺は来年のこの時まで、廃寺寸前の寂れた、だが静かな寺に戻るのだ。
 盛大な欠伸をして、孔志がひとつ伸びをする。それを見た操も、釣られたように小さな欠伸を噛み殺した。片手でちゃんと口元を押さえていたのに、はっと気が付くと孔志にしっかりと見られていたようだ。
 「…趣味が悪いですね、人の欠伸を覗き見するなんて」
 「いやぁ、覗きは男の甲斐性でしょ。…ってのは冗談だけど、可愛いもんなら誰だって見たいと思わないか?」
 しれっとそう言う孔志に、操は即座に横を向いた。
 「そう言う事をあっさり言う方は信用なりません。…ボランティアの時間は終わりましたね。それでは私は失礼致します」
 丁寧にお辞儀をすると、そのまま操は孔志に背を向けて歩き出す。素っ気無い操の態度にめげた様子もなく、孔志はにこやかに手を振ってお見送りをした。
 「…さて、俺も帰るかね。店が空くまでの間、ちっとでも仮眠を……って、あれ?」
 何かを忘れている気がする。
 「ああっ、俺、まだ霊体のまんまだった!!」
 どうすれば戻れるんだー!?孔志は慌てて帰り掛けた操の後を追う。何とかしてくれと追い縋られた操はほとほと困ってしまうのであったが。


おわり。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 2936 / 高台寺・孔志 / 男 / 27歳 / 花屋 】
【 3461 / 水上・操 / 女 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせ致しました、『納涼・化かし合い大会2004』をお届けします。この度はご参加誠にありがとうございます。へっぽこライター碧川桜でございます。
 水上・操様、はじめまして!お会いできて光栄です。ありがとうございました。
 『納涼・化かし合い大会』も数を数える事三回目…それだけ長くライターをさせて頂いていると言う事なんですが、その割には進歩が余り無いような気がするのは気のせいでしょうか(多分気のせいじゃない)
 今年の夏はまた以上に暑い日々が続いていますので、少しでも涼を…と思っての依頼でしたが、恐くもなんとも無い辺り、別に夏の企画じゃなくてもいいのかもとか思ったり…(汗) このノベルはへっぽこでも、皆様は夏バテなどなさらないよう、お気をつけ下さいね。
 ではでは、今回はこの辺で…またお会いできる事を心からお祈りしております。