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<東京怪談・PCゲームノベル>


【狭間の幻夢】鳳凰堂の章―羽

●番−鳳●
高校生である羽角・悠宇は、同い年の初瀬・日和と下校している途中に自分を呼ぶ『声』が聞こえてこの店に訪れていた。

「なるほど…お二人は『呼ばれて』来た方なのですね?」

とりあえずはお茶でもいかがですか、と言う継彌に促されて生活スペースに入った二人と看視者…護羽。
そしてお茶を出されてのんびりとしかけたところで、継彌から説明を求められて当初の目的を思い出し。
日和と二人で代わる代わる説明と補足を繰り返しながら、なんとか説明し終わったところで、冒頭の継彌の台詞に辿り着く。

「呼ばれて…なぁ。
 ほな行き先は奥の部屋で決定やな」
「えぇ、そうですね」

こくりと頷いた二人を見て口を開く護羽に、継彌は笑顔でこくりと頷く。
継彌の声の中にどこか嬉しそうな響きを汲み取って、悠宇は日和と顔を見合わせた。
しかしそんな二人を知ってか知らずか、継彌は護羽と同時に立ち上がって、二人にも立つように促す。

「少し休んで理由がわかったことですし、早速あなた達を呼んだ子を探しましょう?
 きっと、その子達は早く貴方達と会いたくてうずうずしてる筈ですから」

ふふ、と笑いながら言う継彌に、二人は同時に首を傾げた。
まるで人間の子供のことのように話す。なんて不思議な人だろう。
そんなことを思いながら、悠宇は先に立ち上がって日和に手を貸す。
日和が有難うといいながら立ち上がるのを確認して前方の継彌達に視線を向けると、彼等は既に歩き出していて。

「こっちや。二人ともついて来ィ」

振り返ってくいっと親指を反らせて此処に入る前の簡素な扉と違ってやけに重厚な鋼鉄製の扉を指してにっと笑う護羽に、なんとなく不安な気持ちが湧き上がる。

「大丈夫ですよ。単に泥棒に入られない為の予防策ですから」
それにちゃんとすぐに出られるようにドアの鍵は開けておきますからね、とまるで二人の不安を汲み取ったかのように付け足しながら笑う継彌を見て、悠宇と日和は思わず顔を見合わせた。

普通ならば疑わないで欲しいと言う所を、疑っても別に構わないから大丈夫だとでも言いたげな態度は二人にとっては新鮮だったらしい。
単に自分に関することに無頓着なのか、それとも疑われるのに慣れているのか。
どちらにしても微妙なことに変わりはなかったが、二人は大人しくついていくことにした。

…ガチャリ。ギギ…ィ…。

南京錠の鍵を外した後に鉄製の蝶番が軋んで思い扉を動かす音が重苦しく響く。
中から香るどこか熱を孕んだ鉄の匂い。
その空気に思わず眉を顰めた悠宇だったが、次の瞬間には目を大きく見開いた。


…店舗以上に重厚な棚や留め具によって、所狭しと武器と道具が置かれていたからだ。


店舗よりもずっと内装に気を使っていない、無造作且つランダムに置かれた道具や武器達。
しかし、無造作に見えて、その並べられた道具や武器達は『何か』が同じような気がして、その並びが間違っていないと錯覚してしまう。

ふと横を見てみれば、どうやら日和も同じものを感じたらしく、自分の隣で驚いたように立ち止まっていた。
振り返ってそれに気づいたのか、継彌は小さく微笑むと先に入って二人に続いて入るよう促す。
護羽も早く来いと言いながら中に入る。
それに気づいた二人ははっとして慌てて早足で中に入っていく。

【―――こっち】

「!!!」
一歩足を踏み入れた途端、頭に直接響くような声が聞こえてきた。
自分を呼ぶ、声。
驚いて目を見開く悠宇にたたみかけるように、声は呼び続ける。

【――――こっちだよ】
【早く―――早く、見つけて】

見つけて欲しくてたまらないとでも言いたげな、まるで子供のような声。
驚いて辺りを見回すと、同じように顔を動かしている日和と目があった。

「お前も…?」
「悠宇君も…?」

どうやら相手も同じように呼ばれているらしい。
「…どうやら、早速呼ばれているようですね」
「みたいやな。後はキミら自身が頑張って見つけてやるだけや」
そんな二人の姿を見て微笑む継彌と護羽は、二人に探せと促すように声をかける。
恐らく自分達を呼んだ声はこの中にあるのだろう。
そしてその『声』は、見つけて欲しがっている。

自然と足が動き出す。
一歩踏み出せば―――すぐに二歩目を踏み出して。
悠宇と日和は、何時の間にか早足で進んでいた。

【――こっちだよ】

歩くごとに、段々と急かす声が大きくなっていく。

【そっちじゃない】

【こっちだよ】

【早く―――早く見つけて】

【ずっと―――――ずっと、待っていたんだよ】

どこだ。
どこにある。
どこに―――いる?

焦るように足を動かしていくと、声がはっきりと聞こえる場所が少しずつ理解できていく。
ここは右。こっちは左。
入り組んだ棚をまるで迷路を抜けるかのように進んでいくと、銀光が眩い棚へと辿り着いた。
丁度反対側の棚の陰から、日和が姿を現すのが見える。


――――――この棚の中だ。


この列を見た瞬間、不思議な確信が湧き上がった。
間違っているかもしれない、と言う思いは微塵も湧かない。
自分を呼ぶ声は、気づけばぴたりと止んでいた。
…後は自分で探せ、と言うことなのだろうか。

日和も同じことを思ったのか、棚を不思議そうに見ながら戸惑ったようにそこに並ぶ品を見渡している。
…おそらく、後は己の勘を信じるしかないのだろう。
そう決めた悠宇は、一歩踏み出した。
靴が硬質な床を叩く音。
それに気づいた日和も、覚悟を決めたのか歩き出す。
二人分だけの靴音。
向かい合った二人の間が、少しずつ縮まっていく。
視界の端を通り過ぎていく品物達は、どれ一つとして目に留まることはない。

そして――――丁度棚の中間に来たところで、二人の動きが止まった。

「「――――――これ…」」

二人の目に留まったのは――まるで寄り添うように並べられた、二つの…銀色の、ベル。
細かいながらもシンプルな彫刻の施されたそれは、掌に乗るくらいのサイズで。
悠宇の目を惹いた方のベルは、緑色の小さなリボンが装飾として結び付けられていた。

そっと手に取ると―――ちりん、と澄んだ美しい音色が耳に届く。
その音が聞こえると―――身体の奥底から、力が溢れてくるような気がした。
…実際、何時もより身体が軽いような気がしたから、あながち気のせいではなかっただろう。
重なるように聞こえた音に横を見てみると、日和の手には水色のリボンが結ばれた物が乗せられていた。


【――――やっと、会えた】


本当に心の底から喜んでいるような、嬉しそうな声。
その響きに思わず呆然としてベルを見ると、両サイドからぱちぱちと手を叩く音が聞こえてきた。

「―――無事、見つけることができたようですね」
「ちゃんと会えたんやな。よかったやん」

嬉しそうに微笑む継彌と、面白そうに笑う護羽。
何時の間に来ていたのだろうか。
驚く日和と悠宇を他所に、継彌は二人に近寄って口を開いた。

「…それは、『番』と言う、対になったベルです」
「「『番』?」」
継彌の告げた名に二人が不思議そうに声を上げると、継彌は楽しそうに笑う。

「えぇ。番です。
 悠宇さんが手に取ったのが番の『鳳』、日和さんが手に取ったのが番の『凰』です。
 鳳凰は元々雄の『鳳』と雌の『凰』が一緒にいるものの総称でしたから、それになぞらって僕がつけただけなんですけどね」

単なる通称ですから、名前はお二人がきちんとつけてあげてくださいね、と微笑む継彌に、二人は手の中にあるベルを見た。
軽く揺らすと、り…ん、と美しい音色が聞こえる。

「…なぁ、それってきちんと音出とるんか?」

ベルを揺らす二人を見て、護羽が唐突に変なことを聞いてきた。
「音出てるかって…さっきから出てるだろ?」
「そうですよ。さっきからとても綺麗な音が…」
「はぁ?俺には全然聞こえへんで?」
不思議そうに返す悠宇と日和に、護羽が不思議そうな声を重ねて出す。
聞こえない…何故?
顔を見合わせて首を傾げる二人を見て小さく噴出した継彌が、笑って震えた声で口を出した。

「…護羽さんには、聞こえませんよ」
「「え?」」
「はぁ?なんでや?」

三人のどこか抜けた声がツボにはまったのか、くつくつと笑いながら、継彌は更に言葉を重ねる。

「それは対になる者―――つまり、所持者本人と番を持っている人にしか聞こえない音色なんです」

まぁ、僕は製作者なので辛うじてかすれた音が聞き取れますけど、と苦笑するその姿を見て、二人は驚いた。
ただのベルだと思っていたのに、そんな不思議な性質を持っているとは―――。
そんな二人の心境を知ってか知らずか、継彌は微笑みながら更に言い募る。

「ちなみに。
 悠宇さんのベルは攻撃力を、日和さんのベルは防御力を高める効果があります」

「攻撃力を?」
「防御力?」
「RPGで言うところのサポート系の効果を持つ装備品、と言うヤツですね」
全く同じ見た目なのに能力は違うのか、と不思議そうにベルを見比べる悠宇と日和を見て、継彌はくつくつと笑いながら付け足した。

「このベルを、どのように使うかもあなた達次第です。
 どんな風に使われても、そのベルは貴方たちを絶対のものとして信じますから。
 …貴方方が最良と思うように、この子達を扱ってあげてください」

そう言ってそっと二つのベルに手を添えると、継彌はふわりと微笑んだ。
そんな継彌を見て―――二人は、しっかりと頷いた。


少なくとも――――相手が悲しむような使い方だけは、しないと心に誓って。


●強さ●
――――呼び声の主も見つかってひと段落と言うことで、四人はのんびりとすることにした。

…最初は生活スペースで茶を飲もうと言うことだったのだが…。
護羽が一人で茶を持って『店番しといたるわ』と言い残して店舗の方に行ってしまったのだ。
継彌は一瞬戸惑っていたが、それも本当に一瞬。
すぐに日和に茶を勧めているところを見る限り、大して気にしていないようだ。

悠宇はなんだか妙に心に引っかかりを覚えた。
護羽の素性を大まかに聞いた時から気になっていたこと。
日和に聞かせるにはしのびないそれを聞くチャンスだと―――なんとなく、思ったのだ。

「日和」
「え?」
お茶を美味しそうに飲んで談笑していた日和に声をかけると、悠宇は立ち上がる。
「どうしたの?悠宇君」
「ん…ちょっと、俺も向こうで店番してくる」
そう言うと、悠宇は返事も待たずに歩き出す。
後ろで「あ…うん…」と戸惑い気味の日和の声が聞こえたが、簡単な説明は後にしようと心の中で簡潔する。

「―――どうぞごゆっくり」

室内を出る瞬間。
ぽつりと後ろからどこか楽しそうな継彌の声が聞こえて、もしかしたらこの人は全部知ってるんじゃないか…と、思わず疑ってしまう悠宇だった。

***

扉を開いて店舗を見ると、ほぼ正面のカウンター部分に護羽が腰掛けて茶を飲んでいるのが目に入った。
―――まるで、たった一人でいることが自然だとでも言うかのように。

その違和感に思わず立ち竦んだ悠宇に気づいたのか、護羽はゆっくりと振り返る。
そして悠宇の姿に気づくと、にっ、と、何時ものひょうきんな笑みを浮かべてカウンターの上を滑って回転すると足を悠宇に向かってたらす。

「…どないしたん?嬢ちゃんと一緒に茶ァ飲んどらんでよかったんか?」
くすくすと笑いながらの言葉に、悠宇は無意識に眉を寄せ、口を開いた。

「いや…。あんたと、話してみたかったんだ」

護羽をしっかりと見据えて言うと、護羽は一瞬きょとんとした表情をしてから、面白そうに笑う。
「さよか。まぁ、僕に答えられる範囲なら幾らでも答えたるで?」
そう答えながら笑う護羽を見ながら、悠宇は護羽から少し隙間を空けた隣、カウンターの上に腰掛けた。
手に持っていた茶は何時の間にか温くなっている。
口に含めば、生暖かく渋い味が口の中に広がった。
「……なぁ」
「ん?」
深々と深呼吸をしてからそっと口を開くと、護羽が微笑みながら頷く。
それを見て覚悟を決めたのか、悠宇はしっかりと護羽を見据えて口を開いた。

「…看視者の務めは重いものだと思うけど…。
 ……たった一人でそれを続けるのって、辛くないのか?」

「…」
悠宇の問いかけに、護羽は驚いて目を見開く。
その姿を見ながら、悠宇は更に言葉を続けた。

「お互いに支えあう事でより困難な状況に立ち向かえたりする事だってあるだろうに…。
 …あんたは、たった一人でも平気なのか?」

護羽は何かを言うでもなく、静かに微笑んで話を聴いている。
それを見続けるのがなんとなく辛くて、悠宇は俯いて目をそらし、ぽつりと呟いた。

「孤独とともに歩んで行くのに迷いがないのだとしたら…恐ろしいまでの強さだな…。
 …そうでないと看視者にはなれないのか…?」

そこまで言い切って、悠宇は顔をあげて護羽を見る。
その真っ直ぐな眼差しは、護羽にどんな印象を与えたのだろうか。
護羽は困ったように笑うと、悠宇の頭をぽんぽんと叩いた。
驚いて顔を上げた悠宇を見て苦笑すると、護羽は前を向いて茶を一口飲むと、ゆっくりと喋り出す。

「…僕は、強くなんてあらへんよ。
 もしかしたら、世界中で一番臆病かもしれん」

微笑みすら浮かべて告げられた言葉は、悠宇にとってはある意味衝撃だった。
少なくとも彼は強い。精神的に。
そう思っていた相手からの『自分は臆病だ』と言う発言は、悠宇にとっては驚き以外の何物でもない
「……そんなことは…」
「僕なぁ」
ない、と悠宇が言い終わる前に、護羽がぽつりと呟いて言葉を遮った。
そして薄ら笑いを浮かべたまま、ぽつぽつと話を再開する。

「…昔は、ちゃんと相棒いてん」
「え?
 …じゃあ、なんで…」
悠宇の問いかけに護羽は顔を向けて苦笑すると、また前を向いて…ぽつりと、呟いた。

「……アイソ、尽かされたんや」

「…………え?」
悠宇がその言葉の意味を理解する前に、護羽は笑いながら言葉を続ける。

「僕、昔っからあちこち動き回るの大好きでなぁ。
 気になったトコに片っ端から行くクセあるもんやから、相棒振り回されっぱなしで」
そこで言葉を切ると、護羽は懐かしむような穏やかな微笑を浮かべ、続けた。

「…一回、僕が興味本位で飛び込んだ場所がなんと悪いあやかしの巣窟でなぁ。
 救援がくるのがあと一歩遅かったら、危うく二人ともお陀仏や、ってトコまでいってしもたことがあったんや」

その言葉に、悠宇が息を呑んだ。
二人でいることでお互いがお互いを助け合えることもあるが、時と場合によっては、それは致命的にもなる。
そう言われているような気がして、悠宇は無性に心苦しくなった。
そんな悠宇に気づいているのかいないのか、護羽は微笑を苦笑に変えて、悠宇を見る。

「……その一件で今まで溜まってた鬱憤が爆発したんか、相棒がマジギレしてもうてな。
 お前とは付き合っていけん、別の相棒と組むー、言うて。
 …そんで、コンビ解消や」

今となってはほとんど笑い話やけどな、と肩を竦める護羽に、悠宇は訝しげに眉を寄せた。
「…なんで、それから独りで…?」
予想していたのか、その問いに護羽は笑うと、手の平を天井にかざして手の甲を見つめながら、ぽつりと呟く。

「……また、自分のせいで相棒を危険な目にあわせてまうかもしれへんのが、イヤなんや」
「!」

そのどこか寂しそうな色を含むその声に、悠宇は息を呑む。
確かに…もし自分が日和をそんな目に合わせてしまったら、きっと彼女と会わないようにするだろう。

――――また、自分のせいで大事な人が傷つくかもしれないということは…とても、怖いことだから。

「性格変えようにも、固定されてもうてる性格は今更変えようもないし、僕自身はこの性格、嫌いやあらへんから。
 せやけど、人と組めばまたその相棒を危険な目ェに合わしとうないし、あちこち動き回るんもやめとうない。
 まぁ、一人の方が気楽な部分もぼつぼつあるしな。
 …やから、統治者サマに頼んで単独行動を許してもろたんや」

手を下ろしてこちらに顔を向け、わかった?と笑う護羽に、悠宇も苦笑気味に笑い返し、俯く。
色々と複雑な事情があると知って、聞かなければよかったと少しの後悔が胸をよぎったからだ。
「…悪い…」
その呟きに苦笑すると、護羽はこつん、と悠宇の頭を拳で軽く小突く。

「――――それに」

頭を小突かれて不思議そうに顔を上げる悠宇を見てにっと笑うと、護羽は掌でわしっと悠宇の頭を鷲掴みにする。
「なっ…!!」
驚いた悠宇がその手を振り払おうと手を上げる前に、護羽はにやりと笑ったまま、一言。


「―――こうやって、キミらみたいに出会った人とかと話しとるから、寂しくあらへんしな?」


…その言葉に悠宇は驚いて固まった。
悠宇の様子にけらけらと笑いながら、護羽は鷲掴みにしていた頭を離し、身体を扉に向けなおす。
足を組んで片手を後ろにつき、体重をかけて斜めに座りながら湯飲みを傾ける護羽。
まだ笑いがおさまっていないらしくけらけら笑い続ける護羽をじとりと睨みつけてから、悠宇はぶすくれたように前を向いた。

…ごくりと完全に温くなった茶を飲みながら、悠宇はぽつりと呟く。


「――――――――やっぱり、あんたは強いよ」


――――その呟きは、護羽の笑い声に掻き消されて、護羽の耳に届くことなく消え去った。


●現幻●
話終わった護羽と悠宇が一緒に生活スペースに戻ると、継彌と日和が微笑みで迎えてくれた。
長い付き合いから、どこかすっきりしたような表情の日和になにかあったのだろうと思ったが、今は聞くのはやめておこうと考え直す。
自分だってついさっきまで話していたことだし、言いたくないことだってあるかもしれないからだ。

――その後、四人でのんびりとしたお茶会を行った。

護羽の仕事の話はまるで御伽噺のようだったし、継彌の話はこちらの変わった食べ物の話だったから、興味をそそられたり思わず笑ったりする。
自分達に合わせてくれているのだろう。
そんな些細な気遣いが、二人にとってはむずがゆくもあり、嬉しくもあった。

時を忘れて話しに興じていた二人だったが、ふと継彌が壁を見て口を開く。

「―――そろそろ、お帰りになった方がよろしいかもしれませんね」

「「え?」」
その呟きに二人が継彌の視線を追って壁を見ると、そこには大きな振り子時計が立てかけられていた。
何時の間に、と思ったが、それよりも気になるのは、その時計の針が指している時間。

――――――夜、六時。

家族には「今日は早く帰る」と帰路の途中に連絡したっきりだ。
…つまり、今此処にいることは、家族には一切連絡していないということ。

「―――ヤバッ!」
「大変!早く帰らないと!!」

きっと家族は二人の帰りが遅いことを心配しているだろう。
早く帰って安心させてやらねば。

悠宇と日和は同時に立ち上がり、慌てて床に置いていた荷物を掴む。
ベルは傷つけないように気をつけながらも急いで鞄の中に仕舞い込んだ。

「それじゃあ!」
「私達、これで失礼しま―――」
「――嬢ちゃん」

頭を下げる二人の言葉を遮るように、護羽が日和を呼び止めた。
その静かな声音に驚いて顔を上げる悠宇。
その上げた顔が見たものは―――――。

…日和の視界を遮るように額に添えられた、護羽の大きな掌。

「……さよならや」


――――――パキィンッ。


どこか寂しそうな声と同時に、護羽の手の平から閃光が発生し、日和の額の前でガラスが割れるような音を伴って弾けた。
それと同時に、日和の身体が糸の切れたマリオネットのようにがくりと崩れ落ちる。

「日和!!」

このまま床に倒れこみかけたところで、悠宇が慌てて抱きとめる。
顔を覗き込んでみれば、日和の顔には傷一つなく―――ただ、眠っているかのようで。
護羽に気絶させられたのだと悟った悠宇は、日和を腕の中に収めながらぎっと護羽を睨みつけた。

「おい!お前一体日和に何をした!?」

敵意を含んだその視線に、護羽は困ったように笑う。
すると隣に微笑んだままの継彌が立ち、そっと口を開いた。

「…彼女の『記憶』を、少々弄らせていただきました」

「……記憶?」
奇妙な言葉に思わず眉を顰めた悠宇が問いかけ返せば、今度は護羽が肩を竦める。

「嬢ちゃんの記憶の中から、この『鳳凰堂』に関する記憶を、全部消したんや。
 …もちろん、僕の記憶もな」

その言葉に悠宇は目を見開き、からからに乾く口を唾で潤しながら、強張った口を動かす。
「…なん、で…」
一生懸命搾り出したのは、それだけ。
しかし感情は伝わったのか、護羽は困ったように笑った。

「…嬢ちゃんは優しいけど、『優しすぎる』。
 おそらく、ここの記憶を持っていることが後々悪いことに繋がる可能性もあるかもしれへん。
 その時…嬢ちゃんが、耐えられるかどうかと言うと…多分、相当辛いと思う」

―――――だから、消した。
途切れた言葉に続く内容を想像し、悠宇は顔を歪める。

何故、そんな悲しい選択をする?
自分を忘れられて――――悲しくない筈が、ないのに。
そんな戸惑いの感情が伝わったのか、護羽が苦笑して日和の額に触れた片手を上げた。

「―――坊主も、消すか?」

何を、とは言わなかったが、それだけで意味は伝わる。
問答無用で消さなかったのは、自分なら耐えられると思ったのか…それとも、別の理由か。
それは分からなかったが、今自分は記憶を残すかどうかの選択権を与えられているのだということだけは…わかった。
悠宇は自分の腕の中で眠る日和を見下ろした後、ゆっくりと顔を上げ――――首を、左右に振る。

「…俺は、いい」
「……さよか」

悠宇の返事に、護羽はどこか安心したような表情で、手を下ろした。
その表情をじっと見つめていた悠宇だったが、日和を背負い―――そっと、立ち上がる。
日和を無理に起こさないように気をつけながらも、継彌から手渡された荷物を受け取って、二人に背を向けた。

「―――――それじゃあ、今度こそさよならだな」

振り向かずにそう言うと、後ろで護羽と継彌の二人が苦笑したのが気配でわかった。
しかし振り返ることはせず、悠宇は扉に手をかける。
そしてかけた手に力を入れると、扉をゆっくりと引いて開き。
外から差し込む眩しい光りに目を細めながら、一歩踏み出し―――。

「それじゃあ、どうぞ、お元気で」
「嬢ちゃんには、秘密やで?」

――――――二人の声が聞こえると同時に、ぐにゃり、と…世界が歪んだ。

***

「…え?」

驚いて一瞬閉じた目を開いた悠宇の視界に入ってきたのは―――雑踏。
人が行きかい、ざわざわと話し声がざわめきを作り上げる。

「ここは…」

驚きに見開かれたその瞳に映るのは、自分と日和が鳳凰堂に訪れる少し前まで通っていた場所に相違ない。
本来ならば、自分が出た場所は開けた場所で、ざわめきなど全く聞こえない、真空のような空間だった筈だ。
振り返ってみれば、そこにあるのは人の波。
あのどこか古ぼけた引き戸どころか、店自体全く見当たらない。

「……幻、だったのか?」

あの店は、自分が見た幻だったのではないだろうか。
ふと、そんな不安に駆られる悠宇。
しかし、手に引っ掛けたの鞄の中で、り…ん、と、小さくベルが鳴る音がした。
開いて見ないでもわかる。
そこには―――きっと、あの店で見つけたベルが入っているのだろう。


――――――夢じゃなければ、幻でもない。…現実。


それを見て不安が吹き飛んだ悠宇は、思わず苦笑する。

「う…ん…」

苦笑したときの揺れで気づいたのか、背負われていた日和が身じろいだ。
「日和…起きたのか?」
護羽が言っていた『記憶を消した』と言う言葉。
半信半疑の悠宇は、目を擦って覚醒しようとする日和をそっとコンクリートの道路に降ろし、そっと声をかける。
ようやく目が覚めてきたのか、日和は「うん…」と頷いてから、照れくさそうに微笑んだ。

「ごめんね?重かったでしょ?」
「いや…別に」
お約束といえばお約束の会話に悠宇が苦笑しながら答えると、日和は笑ってそっか、と言ってから首を傾げた。
「日和?」
唐突の行動に不思議そうに悠宇が問いかけると、日和はあ…うん…と煮え切らない返事を返してから少し考え込み…恐る恐る、口を開く。

「ねぇ…私、どうして眠っていたんだっけ?」

「…え?」
日和の言葉に驚いて目を見開く悠宇。
「学校から帰ったところまでは覚えてるんだけど…私、何時眠ったの?」

何故…そんなことを聞く?
鳳凰堂に一緒に入ったし、ベルだって探した。
継彌や護羽とも、沢山話して――――。

混乱していた頭は、とりとめのないことを考えてから…一つの答えに、行き当たった。


―――――――忘れている。
           鳳凰堂のことも、ベルのことも…継彌と、護羽のことも。

すべて―――――学校が終わった所からの記憶が、消えているのだ。

そう悟った悠宇は、護羽の言っていたことが嘘でないことを知った。
日和は何も覚えていないから、首を傾げて不思議そうにしている。
彼女が知らないで、自分だけが知っている。
その違和感は―――妙に張り付いて、拭えそうになかった。

…けれど、このままでは日和の疑問が解けなくて、おかしなことに気づかれてしまうだろう。
なんにしても、誤魔化さなければいけない。
そう結論付けて、悠宇は引き攣りそうになる喉を叱咤して、苦笑しながら日和の額を小突いた。

「…なんだよ。もう忘れたのか?
 お前…学校出たときからずっと眠そうで…途中で神社に寄り道したら、そのまま寝ちまったんじゃねぇか」

…我ながら、稚拙な言い訳だと思う。
内心バレやしないかとひやひやしたが、日和は思い当たる節があったのか、困ったように笑った。

「そっか…昨日、提出の課題が難しくて寝るのが遅くなっちゃったから…そのせいかな?」

うん、きっとそうだ、と一人で納得している日和を見て、悠宇はほーっ、と深い溜息を吐いた。
彼女はきっと思い出すことはないだろう。
自分も…それに触れるような話題を出すことはないと思う。
それを、護羽が望んでいるのだと…わかっているから。

夏場とは言え六時を過ぎれば着実に暗くなっていく。
夕暮れの赤い空を見ながら、悠宇は日和に手を差し出した。

「―――ほら、帰るぞ」

その言葉に一瞬ぽかんとした日和だったが、すぐに顔を笑みの形に崩して、悠宇の手を掴む。

「――――――うん!」

―――その笑顔は、悠宇が知っている日和の笑顔だった。

二人は、夕暮れの中を歩いていく。
沈みかけた西日が長い影を生み、手を繋いだ影が長く伸びた。

そんな夕暮れを見ながら―――――悠宇は、思う。

この夕日を、護羽や継彌も見ているのだろか。
――――自分たちのことを忘れた日和のことでも、話しているかもしれない。
そんなことを思いながら―――悠宇は、少しだけ、悲しく思う。

どうか―――自分だけは、この出来事を絶対に忘れないようにしよう。


そう、この優しい音色を奏でるベルに―――――密やかに、誓った。


それ以降―――ベルは、彼に肌身離さず身につけてもらえることになる。


<結果>
記憶:残留。
入手:番−鳳(掌に乗るほどの細かい彫刻の施された銀色のベル。攻撃力を高める効果がある)


終。

●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●
【整理番号/名前/性別/年齢/職業/属性】

【3524/初瀬・日和/女/16歳/高校生/水】
【3525/羽角・悠宇/男/16歳/高校生/風】

【NPC/護羽/男/?/狭間の看視者/無】
【NPC/継彌/男/?/『鳳凰堂』店主兼鍛冶師/火&水】
■ライター通信■
大変お待たせいたしまして申し訳御座いませんでした(汗)
異界第二弾「鳳凰堂の章」をお届けします。 …いかがだったでしょうか?
今回は前作に比べて皆様の属性のバリエーションが広がっており、ひそかにほくそ笑みました(をい)
まぁ、残念ながら火・地属性の方にはお会い出来ませんでしたが…次回に期待?(笑)
また、今回は参加者様の性別は男の方のほうが多くなりました(笑)いやぁ、前作と比べると面白いですねぇ(をい)
ちなみに今回は残念ながら鎖々螺・鬼斬と話す方はいらっしゃいませんでした…結構好きなんですけどねぇ、私は(お前の好みは関係ない)
なにはともあれ、どうぞ、これからもNPC達のことをよろしくお願い致します(ぺこり)

NPCに出会って依頼をこなす度、NPCの信頼度(隠しパラメーターです(笑))は上昇します。ただし、場合によっては下降することもあるのでご注意を(ぇ)
同じNPCを選択し続ければ高い信頼度を得る事も可能です。
特にこれという利点はありませんが…上がれば上がるほど彼等から強い信頼を得る事ができるようです。
参加者様のプレイングによっては恋愛に発展する事もあるかも…?(ぇ)

・悠宇様・
ご参加どうも有難う御座いました。また、護羽をご指名下さって有難うございます。
日和様とのリンクノベルと言うことで、楽しく書かせていただきました。
護羽との絡みが大目ということで、一生懸命書かせていただきましたが…いかがでしょう?まぁ、ほとんど護羽の独白風になってしまいましたが(爆)
いつかは書きたいなぁ、と思ってた護羽単独行動の裏話でしたので、実は発注文章見て喜んでました(笑)
ちなみに一番最後の題名は「うつつまぼろし」と読んでくださいませ。全体的に不思議な店的な感じを出したかったので、幻的な終わり方にしてみました。
片方が覚えているのに片方が覚えていない、と言うのって…なんだか歯がゆいですよね。そんな感じが出ていれば嬉しいなと思います。
ベルは勝手に呼び名をつけていますが、ご自由に名づけてしまって結構です。…と言うか是非変えてください(をい)

色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。