コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<幻影学園奇譚・学園ノベル>


退屈しのぎは怪談話

【オープニング】

 黒板にでかでかと書かれた『自習』のに文字。
 しかも、微妙に汚い。
 それはさておき。教室内の生徒達は静かに勉強できようはずも無く、ざわめき立っていた。
 と、一人、生徒が声をあげた。
「皆で怪談話やらない?」
 それは一人からその友人へ、そしてクラス全体へと広まり、あれよあれよと怪談話大会が開かれようとしていた。
 ノリのいい生徒が率先してムードを作る。シャッと音をたてて閉められるカーテン。ガタガタと机を移動して皆で向かい合う。
「叶。何か面白い話ないのかよ」
「僕は、話すよりも皆さんの話を聞きたいですね」
 にこやかに笑う男子生徒、叶の促しに、みなは面白い話はないかと探し出す。どこか企んだような顔が、チラチラと伺えた。
 ほんのりと暗い教室は、蒸し暑い。
 ぜひとも、身も凍るような話で涼しくしてもらわねば……。

【本文】
「俺の話は、これで終わりだ」
 意味深げににやりと笑って見せ、一人の男子生徒が話を終えた。
 当初のざわつきも程ほどに収まり、薄闇の中の怪談大会は、静かな盛り上がりを見せていた。
 怖くもあり、面白くもある怪談の数々を海原・みあおは時折びくっと肩を震わせたりしつつも、楽しそうに微笑みながら、聞いていた。
「みあおさん、何か面白い話はありませんか?」
 そんな彼女の様子を見とめたのか。さりげなく、叶は話を振る。
 すると、みあおは一瞬だけ考えるような仕草をして見せてから、机の上で手を組んだ。
「これは、ある少女のお話」
 ほんの少し首をかしげるようにして、みあおは語り始める。
「その少女はごく普通の女の子でした。ある事情で記憶喪失だし、霊感もあったけど、ごく普通だと思っていました。温かい家庭に育ち、親しい友達も出来、適度に刺激のあるアルバイトをしていました」
 少女はどこにでもいる女の子。語りながら、みあおは、つい、と視線を斜め下に落とす。
「ある時、少女は失われた記憶をふと思い出してしまいました」
 誰が用意したのか。懐中電灯がチラチラとその表情を照らし、陰りを作っているようだった。
 見知らぬ両親、見知らぬ親友、見知らぬ生活。
 一つ一つを強調するようにゆっくりと、けれど、静かに紡ぐみあお。
 それらが刻々と少女の記憶を侵していったのだと告げる表情は、どこか、冷めているようにも見えた。
「温かい家庭の記憶、親しい友人の記憶、刺激あるアルバイトの記憶。そんなものが亡くなっていきました。以前の居場所に戻った少女は疎外感と違和感の中、生活しました」

 心が壊れる寸前まで。

 顔を照らす灯りに、すぅ、と視線を向けた瞬間。凄惨な少女の物語に、肩を震わせるものも、いた。
「そして、少女はまた記憶喪失になりました。心が壊れないため、記憶を壊しました。その後、少女はリハビリで記憶を少しずつ取り戻しながら、普通の生活が出来るようになりました……」
 締め括ったみあおは、一拍の間を置いてから、微笑んだ。
「話はこれで終わり。怖いかどうかは、微妙だね」
 どこか寂しそうな笑顔。いつの間にか仕切り役を務めていた叶は、一瞬だけ黙してから、そんなみあおに微笑みかける。
「幸せになれると、良いですね」
 月並みですがと苦笑して見せて、叶はふと、視線を他へめぐらせた。
 そうして、見つけた。
 話が思い浮かんだのか。思案顔を浮かべながら、切り出す機会をうかがっている田中・緋玻の姿を。
 微笑で促せば、緋玻は回ってきた懐中電灯を弄りながら、話し始めた。
「あたしには兄がいるんだけど、免許を持っててね。その夜もコンビニに行こうと思ったら時間がちょっと遅くなってたから乗せていってもらったの」
 導入は、よくある光景だ。隣に座っていた女性とが興味津々と行った様子で身を乗り出してくるのに、一瞥だけくれると。
「その途中、信号が無い十字の交差点で道を横断してる人がいて、このまま行けばぶつかるタイミングだったから、その前で止まったのよ。…丁度、あの辺りかしら」
 懐中電灯を、車のヘッドライトに模して、正面を照らした。くるりと人型を作れば、そろそろとそちらへ視線をやる者や、変わらず緋玻を見つめる者など、様々に反応を返す。
「その人が渡りきって、さらに角の向こうに行っちゃってから、あたしたちもその人が行ったのと同じ方向に曲がったら……いなかったの、その人。不思議なことに、ね」
 ぱっと、一瞬だけ懐中電灯を消した。
 再び明りが灯すと、緋玻は顔の下からそれを当て、ほんの少しだけ、神妙な面持ちになる。
「後から、その夜その交差点の近所でお通夜をしていたって、兄から聞いたわ。その人の外見が、あたしたちが見た人とそっくりだって、こともね……」
 ざわめきが、生じる。ある者は不気味と呟き、ある者は興奮したように緋玻を見つめる。
 いまの話は、なかなかに涼を得るものだった。
 ちーん。またしても何処から取り出したのか、鈴のようなものを鳴らし、そのざわめきを押さえると。叶は手元に戻ってきた懐中電灯で、緋玻を照らした。
「すてきな体験ですね。羨ましい」
「そうかしら。実際あってみると、ぞっとするものよ?」
 肩を竦めて苦笑する緋玻。そうかもしれないと、納得するものも、数名。
「それでは、調子付いてまいりましたので次にいってみましょう。摩那さん、何かありますか?」
 懐中電灯の光が指し示したのは、葛生・摩耶。真向かいの彼女には、その光に一瞬だけきょとんとしてから、微笑んで見せた。
 投げて遣された懐中電灯を受け取ると、それを片手に持ったまま、机に肘をつく。
「んー、怪談話ってわけじゃないんだけど…」
 一言断ってから、語りだす。出だしは、「或る所にケチな母親が居ました」。
「金庫の中には、何十年も遊んで暮らせるほどのお金が詰まっていたにも関わらず、其れを使おうとせず、家族はいつも貧しい生活をしていました」
 米が尽きたときは、一人一日芋一つで過ごしたときがありました。
 次男の学費が足りなくなったときも金庫を開けなかったので、学校を辞めてしまいました。
 長女が足に大怪我をしても、治療費を出さなかったので、切断してしまいました。
 ケチの度合いも度合いでしょう? そう、問い掛けるような視線が、ほの暗い中に伺える。
 ところが、その視線を境に、摩那の口調はほんの少し、軽くなる。
「ある日、長男が交通事故に遭い、意識不明の重体に陥りました。…母親は金庫からお金を出してあげました。長男は最新医療の恩恵を受け、末永く生き続けました」
 区切る。だが、平和な最後だと、安堵と落胆とが交ざったような表情を浮かべた男子生徒にすかさずライトを当て、くすり、笑うと。
「植物人間として」
 本当の最後を、綴るのだった。
「まぁね、目を覚ましたら覚ましたでケチな母親に戻っちゃう。眠っている限りは金庫のお金を使い続けてくれるわけだから、一概にBADENDとは云えないのよねー」
 おどけたように肩を竦めて、再び懐中電灯を投げ遣すと。少しびくついた様子でいる先ほどの男子生徒に、微笑みかけてみた。
「物言わぬ生体など、死体と変わらぬ気もしますがね。その母親は、息子の『死体』を眺めながら何を思ったのでしょう、ねぇ…?」
 追い討ちをかけるように、叶も遊び心一杯でその男子生徒へ微笑みかけてみる。
 気が小さいのか、勘弁してくれと言うような表情の生徒を見て、ほんのりと笑う者も、ちらほら。
「さて。まだ、少し時間がありますね……ものはついで。僭越ながら、僕の話でも聞いていただきましょうか」
 パッと懐中電灯で照らした時計は、まだ授業の終わりを告げてはいない。あおる友人を宥めながら、叶は語りを始めた。
「昔々、とても邪悪な鬼がいました。鬼はあまりに強く、醜い意識を持ったため、人々に封印されました」
 昔話のような導入。叶は軽く瞳を伏せ、続ける。
「長い間封印されていた鬼は、けれど、ほんの僅かな力だけを取り戻し、悪意の無い存在として甦りました。そして、鬼はその力を持って、不思議な世界を作り上げたのです。とてもおぼろげで、儚くて、夢のような、ね……」
 鬼はある目的を持ってその世界に居続けました。
 しかし、時が経つにつれ、鬼はあることに悩まされました。
 そう、昔の、醜い心が疼くのです。全てを壊せと訴えるのです。
 鬼は抗いました。自分の作った世界で、仲良くなった者たちのために。
 いつか壊れてしまいそうな心の中、せめぎあう善悪の意識は、鬼を蝕み続けます。
 けれど、鬼を助ける者はいませんでした。なぜなら、彼が鬼だから。
 そうして、鬼は己を恨み、全てを恨みながら、永劫、苦しむのでした……。
「……たまたま、本で見つけた噂話です。そのままでは面白くないので、少々アレンジしましたが」
 にっこり。眼鏡の奥の瞳が、微笑んだ。
 同時に、終業のチャイムが鳴った。ざわつきが再び戻る。
「次の授業は?」
「国語だったかと」
 緋玻の問いに、時間割表を見ながら答える叶。
「国語じゃ、自習にはならないだろうねぇ……」
 急に暑さが戻ったというようにうだる摩那の隣でクスクスと笑っていたみあおも、涼を求めて窓を開ける。
 涼しくなったかは微妙だが、退屈しのぎにはなった。
 窓から吹き込んでくる風に気持ちよさそうに髪を揺らして。彼らはまた、平凡な授業に戻るのであった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】

【1415 / 海原・みあお / 女 / 2-C】
【1979 / 葛生・摩耶 / 女 / 2-B】
【2240 / 田中・緋玻 / 女 / 2-B】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 皆様初めまして。今回は幻影学園奇譚・学園ノベル【退屈しのぎは怪談話】にご参加くださり、ありがとうございました。
 まず、なにより。執筆速度遅くてすみません(汗
 折角素敵な怪談話を寄せていただいたのに、手早く纏められず、申し訳ないです……。

 一番、怪談らしいといえるのではなかろうかという緋玻さんの物語。本当に実話なんですか……素敵と言うか、凄いと言うかで演出心がゆらゆらと沸きました。
 学生証の可愛らしい姿に合うようになっていれば幸いです。
 またお会いできる機会を楽しみにしております。ありがとうございました。