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<東京怪談ノベル(シングル)>


桜に宿りし鬼



 桜――薄い赤、透き通るようなその色はピンク色と形容されることが多い。この桜には多くの伝承が古くから伝えられている。
 死体が埋葬されている、鬼が宿っている、桜の花びらが赤いのは人間の血が集結した結果である、などなど――
 多くは国花であるところの桜を賛美してのいわくであり、讃え、妬み、憎しみ、というような移ろいも全ては『美しい』という絶対神的な意味合いがあるからなのだろう。生死に関わるのも、人の歪んだ愛情の所以かもしれない。
 人の名も大層な力を宿すと言うが、桜をその名に持つ者は特殊で特異な、常人が抱えきれないモノを自覚なしに秘めているのかもしれない。
 桜の木には鬼が宿っている――さて、この木に鬼が宿る意味とは何か?
 人外的な能力を有する鬼までもが、この木に魅了されてしまったのだろうか?
 それとも守護霊なのか、はたまた神様の類――まあ、これが妥当か。
 神威・飛鳥はとある依頼を受けて、ある町を訪れていた。
 ときは夏――
 時期はずれ――と言うにも無理がある。
 それなのに桜は満開で、加えて突如として発生した鬼。
「……やはり、暴走なのか?」
 遠目に見える巨大な桜の木は確かに花を咲かせていた。
 宿った鬼が何らかの異常をきたし、暴走するに至ったのかもしれない。近年の東京の瘴気に当てられたとも考えられる。飛鳥はそう結論付けることで、あらぬ雑念を払い落とした。あの暴走した鬼と一閃、交えることになったとしたら、このように悠長に考えている余裕はないだろう。
 ときは夜――
 田舎町だったこともあり、到着した時にはすでに日没になっていた。
 飛鳥は宿にも立ち寄らず、桜の木を一路目指していた。そもそも、暴れた鬼のせいで、町は大混乱に陥っている。のんびりと、休んでいる暇はない。
「急ぐか……」
 早足になる。
 闇夜を疾走し、ようやく見えてきた夜桜は見事なまでに幻想的な世界を作り出していた。街灯の光が花びらに反射して、月の灯りの如く、またそれとも違う不気味な発色を促しているようだった。
 目が合った。
 禍々しくも桜同様に赤く光る眼光、異常なまでに長い四肢と、鋭く伸びる爪。
「手遅れか……」
 飛鳥は考える。
 どうしてこれほどまでに悲しい感情が湧き上がってくるのかと。
 場の空気があまりに幻想的だから?
 夏だから?
 夜だから?
 ――グオオオォォォォ!!
 数瞬、飛鳥の思考は停止していた。
「――くっ!」
 飛び掛ってきた鬼の攻撃をすんでのところで避けた。
 鬼は塀を粉砕した。その威力は計り知れない。
 あれをまともに受け止められるほどの自信は飛鳥にもなかった。
 ならば――その前に消す。
 俊敏な動きで鬼を翻弄する。力もスピードも確かに並どころの話ではないが、スピードに関しては飛鳥が上回っていた。
「――たぁぁぁ!!」
 反撃とばかりに攻撃を仕掛ける。
 斜め上に振り上げた足が鬼の顎をかすめとった。
 鬼は怯むことなく腕を振り上げる、しかしながら顎を弾かれたことで動きが鈍い。
 今だ、そう思った飛鳥は鬼の呼び起こした能力を我がモノにせんと封印。
 ――グァァァァァ!!
 鬼が咆哮した。
 飛鳥は今し方、封印した力を「剛切断」と共にまもなく発動させる。だが――
 発動したのは右足だった。
「……チッ、あいつの仕業か」
 どうやら縛流に封印した妹が勝手にいじってくれたらしい。
 飛鳥は溜息を吐きつつも、迫り来る鬼に向かって渾身の一撃――ローリングソバットをお見舞いした。付加した力も重なり相当量の威力があったと見られ、鬼はその一撃によって完全に消滅してしまった。
 ――ジジジ、と街灯の電球が悲鳴を上げた。もう寿命が近いのか街灯は一定間隔で点滅を繰り返していた。
 飛鳥は振り返る。
 そこには、枯れた桜の木があった。
「……はぁ……はぁ」
 乱れきった呼吸を整えつつ、桜の木を見上げる。
 夜桜はもう見ることも叶わない。
 鬼の消滅と共に――
 どうして、こんなにも儚いのかと、飛鳥は自問する。
 答えはあるようで、ないような、そんなどっちつかずの曖昧な形でしか存在しなかった。ただ、美しい花が枯れ果ててしまったことは悲しい。
 飛鳥はその後しばらく、巨大な桜の木の下で感慨にひたっていた。



 −終−