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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 通販限定安眠枕
 
 その日、そこへ訪れたのは、まったく知らない相手ではないし、近くを通りかかったから、挨拶でも……という軽い気持ちだった。
「こんにちは」
 マンションの三階にその事務所はある。特別に商業用ということはなく、一般向け、つまり家族向けのマンションの一室にちょこっと手を加えているだけ。人材派遣会社とは名乗っていても、あまりそれらしさがない。自分が登録している人材派遣会社とはえらく雰囲気が違う。
「ああ、こんにちは。いらっしゃい」
 二十代半ばくらいだろう外見の青年、名は東海堂。見た目としては身なりもきちんとしているし、仕事もそれなりにこなしそう。青年実業家と名乗られたら、ちょっと信じてしまいそうなのだが……実際のところ、あまり経営手腕はないらしい。今日もなんとも緊迫感のない温和な笑顔で出迎えてくれたが、暇そうなのは問題があると思われる。何か自分でできることがあれば手伝おうとも思うのだが、だいたいからして、手伝う仕事がない。……かなり、問題だ。
 応接室として使っているリビングには事務員である狗神と他に中年の男と少女がいる。お茶を出してもてなしているらしい。軽く会釈をしてそこを通り抜け、その奥にある東海堂の事務机に向かう。すると、そこには見慣れない十代後半と思われる娘がいた。新入社員かと思ったが、そういう雰囲気でもない。第一、新入社員を雇っている余裕はない……はず。
「ああ、こちらは海原みなもさん。仕事の関係で知り合ったんだ。で、こちらはティナ・リーさん。和哉くんの友達らしい」
「こんにちは。らしいって……曖昧ですね」
 和哉とは狗神のことだったっけ……みなもはとりあえずティナに軽く頭を下げておく。それから、東海堂を見つめた。
「うん。実は、今日、初対面なんだ。和哉くんとの出会いを訊ねたところ」
 ティナはこくんと頷く。そして、コンビニの話を始めた。どうやら、アルバイトをしているコンビニで狗神と出会ったらしい。コンビニやスーパーで売っているお菓子のオマケの玩具がついているのではなく、お菓子コーナーで取り扱うがために、玩具のオマケにお菓子がついている最近流行りの食玩と呼ばれるそれを集める共通した趣味によって、会話をするようになった。
「……と、まあ、そういう出会いをしたわけよ」
 ティナはそう言って話を締めくくる。
「へぇ、じゃあ、和哉くんがインターネットオークションをやるようになった理由は、君にあるのかな?」
 そう言った東海堂の顔の笑みは何故かやや引きつっていた。
「さあ? 食玩を集めるには便利だよとは教えてあげたけど」
 ティナのその返答に、東海堂は確かにため息をついた。
「確かに、便利ですよね。食玩とかもそうですけど、トレーディングカードとか呼ばれているものを集めるときも便利だと聞いています」
 食玩と呼ばれるものの他に、トレーディングカードなるものも最近流行っていると聞く。いろいろと種類があるが、レアとかシークレットとかウルトアレアとか……もう、いったいどれが珍しいんですか?と問いかけたくなるほどにいろいろと名称がついている。集めている人間にはわかるのだろうが、外から見ている人間にはまるでわからない。それを集めるときも交換したり、売買したり何かと便利だと聞いたことがある。
「そっか。交換には便利そうだよな、確かに。和哉くんは会社のパソコンをフル活用しているみたいだね。……毎日、郵便物が届くし、梱包に忙しそうだよ……」
 東海堂は苦笑いを浮かべつつ、ちらりと狗神の机に視線をやった。そこには発送するときに品物を包む、透明のぷちぷちしたビニールシートが大量に置いてある。
「昨日も大きな箱が届いていたなぁ……ああ、こんな時間か。ごめん、夜に向けて少し寝ておかないといけないから。ゆっくりしていってね」
 そう言って東海堂は椅子を立つ。そして、近くにあった『仮眠室』と書かれた扉を開ける。そのまま扉は閉まるかと思ったが、閉まらない。代わりに声が聞こえてきた。
「……? 和哉くーん、ちょっと」
 東海堂は応接室にいる狗神を呼びつける。と、すぐに、はいはいなんですかと狗神が現れた。何事だろうと狗神の後ろから仮眠室を覗いてみた。
「これ、なに?」
 そこには三つの枕がある。それを指さし、東海堂は問う。
「あ、これ。通販限定の枕なんですよ」
 狗神はなんてことはないというふうに答えた。よく見ると、枕の周囲には箱がある。その近くには包装紙と新聞紙の折り込み広告、所謂、チラシが落ちている。何が書かれているのだろうと思っていると、東海堂がチラシへと手を伸ばした。
「睡眠から快眠へ、あなたを心地よい睡眠へといざなう安眠枕、限定生産、通信販売でしか手に入りません……?」
 東海堂はチラシの文面を読みあげる。そのあと、はっとして狗神を見つめた。
「まさか、買ったの?」
 狗神は満面の笑みを浮かべてこくりと頷く。それに反して東海堂は泣きそうな表情を浮かべ、がくりと首を折った。
「なんで、そんな怪しげなものを買うのかな、君は。まさか、この、今なら一個のお値段でさらにもう一個、ちょっと待って、今ならさらに携帯に便利なミニ枕もおつけして9980円という文面に惹かれて買ったわけではないだろうね?」
「もう一個つけるならば、値段を半分にしてほしいですよね」
 狗神はにこやかに答えながら、枕を手に取った。
「これにはちょっとした面白い話があるんですよ」
 にこやかに言葉を続けた狗神を東海堂はなんとも言えない表情で見つめる。
「この枕のなかにはマイナスイオンを発生させる鉱石が入っているそうです。それによって、すやすやと心地よい眠りにつくことができるというわけなんですが……」
「わかった」
 狗神の言葉が終わる前に、東海堂はうんと頷く。そして、続けた。
「うたい文句に反して、安眠できないんだろう?」
 それでもって、悪夢にうなされちゃったり、枕元に知らない誰かが立っちゃったりして……と付け足す。冗談で言っているらしいことは、その表情から伝わった。
「あれ、知っていましたか」
 意外に情報通ですねと狗神は笑顔で頷く。
「いくつかの噂があるのですが、面白いことに両極端な噂なんですよ。悪夢にうなされてとても眠れたものではないというものと、あまりの眠り心地に眠ったものは二度と目を覚まさない安眠枕ならぬ永眠枕だというもの……」
 どちらにしてもイヤだよ……東海堂の顔はそう言っているような気がした。だが、狗神は気にせずに言葉を続ける。
「まあ、そういうわけで買ってみたんですよ。実は、さらにその半額で送料込み5000円だったもので。この二つは使用していないんですが、これは一回だけ使用したということです」
「……オークション?」
 複雑な表情で東海堂は訊ねる。
「はい。いいですね、オークション。手に入りそうにないものが、手に入って僕は嬉しいですよ」
 この会社は既に倒産しているから通販でも買えなかったしと狗神は笑う。
「俺はあまり嬉しくないよ……っていうか、買わないでくれよ、そんなもの……」
 東海堂はこめかみに手をあて、首を横に振る。それはあからさま嘆く仕種。だが、わからなくもない。
「それで、早速、使ってみたんですよ」
「え、もう使ったの?!」
 はやっ。東海堂は驚くが、狗神は気にせずに言葉を続けた。
「とりあえず、永眠はしなかったみたいですね。ただ、悪夢というか……妙な夢を見ました」
「夢……?」
「はい。二人で山へ行き……そこで価値のある何かを見つけるんです。二人で山分けしようということにするんですが、喜びすぎていたのか、崖のようなところから足を踏み外してしまうんです。なんとか崖の縁にしがみついて、もうひとりに助けてくれと呼びかけるんですが……助けてもらえず、落下する……」
 そんなところで目が覚めましたと狗神は言う。
「……確かに、悪夢だね」
 ぽつりと東海堂は呟いた。
「ええ。永眠やら悪夢やらと噂はいろいろありますが、実際のところはどうなのか、そこに興味があってこれを購入したんですよ。僕は悪夢を見ましたが、僕個人だけではどうとも判断がつきにくいですからね」
「え……この話の流れは……もしかして……」
 東海堂は心の底からイヤそうな顔をする。
「この枕で寝てみろ……とか、言う……?」
「はい、言います」
 にこやかに狗神は答えた。
 
「今日、頼みたいと言っていたことは、これなんでしょう? 協力するわよ」
 ティナは狗神の手から枕を受け取った。
「寝てみてどんな悪夢か体験してみればいいのね」
 そして、ぽんぽんと枕を叩く。枕は三つ、ティナがひとつを引き受けたことにより、残りはふたつ。そして、この場にはティナの他に、五人の人間がいる。そのうちのひとりは狗神であり、枕は使ったことがあるわけだから、残り四人のうちのふたりが使うということになる。
「勇猛果敢だね……」
 ティナを見つめ、東海堂は呟く。
「枕で眠るくらいなんてことはないわよ。うなされるほどの悪夢だったら、即、八つ裂きにして捨ててやるから」
 さらりと言ったティナを東海堂はやや引きつった笑みで見つめている。そして、頼もしいですねと呟いた。
「枕……ですか」
 応接室にいた着物を着た少女が進み出て、小さな枕を手に取った。牡丹をあしらった紅い振り袖とそれとは対照的な青の瞳、そしてその二つを際立たせ、映えさせるような黒い髪がとても印象的に思えた。
「なかは……鉱石なのですね……。この鉱石……ただの石なのでしょうか……」
 少女の言葉は静かでありながら、不思議とよく通る。小さな声だと思うのだが、何を言っているのかは、よくわかる。
「マイナスイオンを発生させる鉱石……最近、流行りのトルマリンでしょうか」
 鉱石といえば、それが流行りだったような気がする。みなもは唇に指を添え、考えながら言葉を口にした。
「トルマリン……何故かリンゴの形をしたものを想像してしまいます」
 顎に手を添えながら感慨深くそう言ったのは応接室にいた中年の男だった。身なりが良く、紳士といった雰囲気を漂わせている。その向こうで、そういえばそういうリンゴの置物があったかもしれないねと東海堂が頷いていた。
「まあ、それはさておき、トルマリンであれなんであれ、枕のなかに入っているというその鉱石が怪しいですね」
 中年の男はそう続けた。
「使う方によって、効果が違うのですね……。気になります……」
 少女は枕を見つめ、そう呟いたあと、狗神を見つめた。
「少し……触らせていただいても宜しいでしょうか……?」
「鉱石?」
 狗神が問うと少女はこくりと頷く。両手で小さな枕を持った仕種が妙に可愛らしく見える。手にしたものが小さな枕ではなく、手鞠であったら、まさにという構図だったかもしれない。
「じゃあ、とりあえず寝てみてから開けてみようか。……開けるところがないみたいだから。悪夢を見たらティナさんが裂いてくれるらしいし」
 ティナは失礼なことを口にする狗神を肘でつんとつつく。
「悪夢……そう、三人が同時に使ったら、悪夢が繋がるということはないでしょうか」
 中年の男はふと思いついたという顔で言う。表情からして真剣に意見していることは間違いない。
「つまり、同じ時間帯でその枕を使っている人達が同じ夢を見るとか……夢のなかで価値のある何かを見つけたものだけが安眠を手にするとか……」
 そして、中年の男ははっとした表情で、夢のなかで壮絶なバトルが……?!と呟いていたが、狗神はにこやかにさらりとそれを聞き流す。
「枕は、あとふたつ。誰が使ってくれますか?」
 狗神は東海堂、みなも、少女、中年の男を順に見回す。お互いに顔を見あわせたが、とりあえず名乗り出る者はいない。
「……あたし、使います」
 みなもは遠慮気味に手をあげた。
「少し気になることがあるんです」
 気になるのは、さらりと狗神が口にしていた、会社が倒産しているということ。それから、悪夢を見る噂と永眠の噂。そして、枕を使った狗神が実際に見た夢。
 悪夢なのは『いいもの』をみつけて落ちた相方を見捨てた人。
 永眠なのは『いいもの』をみつけて落ちた相方……つまりは、『死んだ』人。
 実際に自分が夢を見たわけではないから、はっきりしたことわからないし、言えない。しかし、そう考えてみると、枕のなかに入っているという鉱石には怨念や残留思念といったものがこもっているのでは……そう思えてならない。
 もし、その夢のなかで、落ちた人を助けたら……もしくは落ちても自分から這いあがってみたら……お互いの禍根は消えてなくなり……何かが変わるかもしれない。試してみる価値は十分にあると思う。
「じゃあ、残りはひとつ」
 残された三人が顔を見あわせる。すると、不意に東海堂ははっとした。
「シオンさん、さり気なくその手に握られているマジックはなんですか……?!」
 東海堂の視線は中年の男の手にあった。そこには所謂、黒のマジックペンがさり気なく握られている。さらに、洗濯ばさみもさり気なく用意されていた。
「え? これは、」
 言いかける中年の男の言葉を遮り、東海堂は最後の枕を掴むと強引に押しつけた。
「どうぞ、シオンさん! 枕があなたに使ってほしいと叫んでいます! 俺には枕の声が聞こえたような気がします、あなたに是非、使ってほしい、と!」
「わたくしには……聞こえませんが……」
 少女は枕を見つめ、ぽつりと呟く。だが、東海堂にはそれが聞こえなかったのか、敢えて聞き流したのか、仮眠室のベッドを整え、ソファを整え、床に布団を敷き、三人分の寝床を用意する。
「さあ、どうぞ! ごゆっくりおやすみください!」
 そして、輝かしい笑顔でそう言った。
 
 ともに枕を使うことになった中年の男の名はシオン・レ・ハイ。眠っている状態に変化はあるのかと観察していることになった着物の少女の名は四宮灯火。眠る場所はなんとなく決まり、みなもはベッド、シオンは床の敷布団、そして、ティナはソファとなった。待遇は、いってみれば、年齢順だろうか。
 みなもは念のため霊水を用意してから横になった。
 もし、自分が落ちる方であったら、自力で這い上がる。逆であったら、手を差し延べ、引き上げる。
 うん……みなもは強く頷き、瞼を閉じた。
 すぐに眠れるかと思ったが、案外とすぐに睡魔は襲ってきた。部屋が暗いだけではなく、心地よい眠りに落ちていけそうな音楽が静かに流されているせいもあるかもしれない。快適な温度、湿度であるせいもあるかもしれない。いや、一番の理由はこれが安眠枕だから……?
 這い上がる、引き上げる……そんなことを考えているうちに完全に眠りに落ちた。
 
 気がつくと、そこは山だった。
 一生懸命、山道を歩いている。目の前を歩く背中を見つめ、言葉もなく、ひたすらに山道を行く。
 知らない背中。だが、不思議とそれに関する疑問は覚えない。
 そのうちに霧が発生し、道に迷った。
 こっちへ行ってみようか?
 自分が意見をする。それは自分の視点ではあるものの、どこか自分とは違う。自分ともうひとりは霧のなかをさらに進んだ。
 不意に霧が晴れた。
 ああ、これで迷わないで済む……そう思ったところで、目の前にある少し変わった岩肌に気がついた。
 これ、なんだろう?
 もうひとりに声をかける。すると、もうひとりは驚きの声をあげた。
 良質の鉱石だ、これを利用すれば一儲けできるぞ!
 そうなんだ……やったねと自分ももうひとりも喜んでいる。そのとき、ふと強い風が吹き抜けた。ぐらりと態勢を崩してしまう。
 落ちる。
 そこは足場の悪い崖でもある。だが、どうにか縁へとしがみついた。
 もうひとりは咄嗟に動き、手を差し出した。が、届く位置ではない。もう少し伸ばしてくれないと届かない。だが、手はそれ以上、差し延べられなかった。
 助けて……助けてくれ……!
 呼びかける。
 だが、自分を見おろすだけで、手は差し延べられない。
 わかっている。
 そうなることは、すでにわかっている。
 助けてくれないなら、自力で這い上がるまで……!
 凄まじい負荷がかかる。
 まるで、身体に鉄の塊でもつけられたように、重い。誰かが身体にしがみついて、下へ落とそうとしているように感じられる。
 妙に身体を包む空気が冷たい。
 ここで落ちたら……助からない。
 ふとそんな気がした。
 
 どうにか自力で這い上がった瞬間、不意に目が覚めた。
 ゆっくりと身体を起こし、周囲を確認する。
「大丈夫?」
 最初に目に入ったのは、狗神。
「はい……」
 答え、さらに他のふたりはどうだったのかと視線をやる。灯火はティナのそばにいて、ふたりは何かを話していた。同じような夢を見たらしいことは、ティナの戸惑うような表情を見れば問わずともわかる。
 では、もうひとり、シオンは?
「……」
 シオンの額には黒いマジックで『肉』と書かれていた。そして、鼻の下から頬にかけて、くるりんとしたちょび髭、頬にはぐるぐるうずまき。
「〜♪」
 そんなシオンの背後には満足そうな表情でぱちんとマジックのふたをしめる東海堂の姿があった。
 
 どんな夢を見たのかと話し合ってみると、どうやらまったく同じものであったらしい。夢に登場したもうひとりについての外見を話してみると、やはり、同じ。ただ、展開については、少々、違っていた。ふたりは崖から転落する場面で、そのまま流されるように落下してしまったらしい。そこで、手を掴まれ、夢から覚めた……。しかし、自分は違う。これは霊水のおかげか、それとも、心構えなのか……まさか、怪力のせい……?
「手を掴まなかったら……大変なことになっていたかもしれませんね」
 神妙な顔でみなもは言う。あのまま落下していたら、もしかしたら目が覚めないことになっていたかもしれない。
「落下し、助からず、永眠……ですかね? しかし、同じ夢を見たことは不思議です。やはり……」
 シオンの視線は枕にそそがれる。同じように誰もが枕を見つめた。
「楽しい八つ裂きタイムの始まりね」
「ティナさん、言い方が怖いですよ……とりあえず、なかを開けてみましょうか」
 ハサミを用意し、八つ裂きではなく、普通になかを開けてみる。なかに入っていたものは、やはり鉱石で(もちろん、鉱石だけではないが)形は違えど、だいたいの分量は同じだと思われた。
「これが、トルマリン……?」
 炭のようにも見える色をした鉱石が入っている。
「もっと綺麗なイメージがありましたが……原石はこういうものかもしれませんね」
 みなもは石を見つめ、言った。
「触っても……宜しいでしょうか……?」
「うん、どうぞ」
 狗神はにこやかに言った。灯火は三つの鉱石をひとつずつ手に取り、何かを確かめるように頷いた。
「みつけて……みつけて……」
 灯火は静かに呟く。
「どの石も……何度も……そう繰り返します……」
 そして、鉱石をそっと置く。
「みつけて……?」
 東海堂がそう問いかけると、灯火はこくりと頷いた。
「みつけて……」
 腕を組み、狗神が繰り返す。
「みつけて……」
 ティナも同じように言葉を繰り返し、考える。
「遺体を……」
 この場合で考えられること、みなもはそれを呟く。
「みつけて……?」
 その呟きを聞き、シオンは目を細めた。
 
 今は倒産しているその会社についてや、自分たちが夢で見た光景を探していくうちに、ここが怪しいという場所を見つけだした。
「枕で寝るだけの予定がハイキングになっているし……」
 吹き抜ける涼やかな風を受け、ティナはため息をついている。
「まあ、いいではないですか。思いのたけを精一杯山で叫べばすかっとしますよ」
 ぽんぽんとシオンに肩を叩かれ、ティナはそれもそうかと頷く。
「そうですよ。ハイキングにはいい季節です」
 みなもは眩しそうに山の緑を見つめた。夢で見た場所を探し、それらしい山を見つけだしたところでハイキングが急遽、決定した。……夢で見た場所を探す(遺体があるかも?)ために。
「灯火さん、大丈夫? 疲れてない?」
 いつもの着物姿である灯火を狗神は気にしている。山歩き、その体力と服装が気になる。だが、灯火は淡々とした表情で狗神を見つめ返す。疲れている様子はまるでない。
「……大丈夫です……」
 東海堂は仕事があるため、山登りには参加しなかった。五人でそれほど急ではない山道を歩いていくうちに、夢で見たあの場所へと辿り着く。
「夢で見た場所……本当にあったんですね。……ああっ?!」
 不意にシオンの声が響いた。驚き、見てみれば、足を踏み外したのか崖の縁にぷらんとぶらさがっている状態のシオンがいる。
「シオンさん?!」
「夢で見た場所に来たからって、夢と同じことをしなくていいのよ?」
 なんてサービス精神旺盛な男なんだろうとティナは肩を竦めている。が、それどころではない。
「っていうか、助けましょうよ!」
 狗神は慌ててシオンの手を掴む。だが、狗神よりもシオンの方が体格がいい。引き上げられる力などなかった。それを見て、みなもはすぐに動き、シオンの片方の腕を掴む。そして、ふたりで(みなもの活躍の方が大きいのだが)シオンを引き上げた。
「夢と違う展開で助かりました……」
 シオンは胸に手を添え、大きく息をついている。
「夢と同じ展開なんて冗談じゃないですよ……」
 狗神は肩で大きく息をついている。かなり力を消耗したらしい。
「何事もなくて……よかったです……気をつけてください……」
「足を引っ張られたのです」
 自らの足を示し、シオンは難しい顔をする。
「……」
 夢で見たことがことだけに顔を見あわせてしまう。それから、こわごわと崖の下を覗き込んだ。
「この下……なのかしら?」
 底が見えないほど深い……ということはなかった。シオンが落下しそうになった場所は切り立った崖だが、少し進めば、急ではあるが斜面になっている場所がある。
「おりられそうですね。ロープ、持ってきました」
 みなもはてきぱきとロープを取り出し、崖の下へとおりる準備をする。みながロープを伝っておりることに耐えられそうな木を探し、そこにロープをくくりつける。
「採掘場のようですね」
 崖の下に広がる光景は、少し人の手が入っているように感じられた。おりたった場所は手をつけられている感じはしないのだが、少し離れた場所には地面を掘り出すのに使いそうな工具が放置してある。人の気配は、ない。
「シオンさんが落ちそうになった場所は……ああ、ここの上ですね」
 下から見あげてみると、結構な高さがある。落下したとしたら……助からないかもしれない。地面はごつごつとした岩肌。柔らかそうな土や緑ならば助かりそうなのだが。
「……ここ……この隙間が……気になります……」
 灯火がすっと手を伸ばし、示した場所には見落としてしまいそうな隙間があった。洞窟とはとても呼べない穴だが、子供ならば入り込めそうで、大人でも入り込めないことはなさそうだが、かなり苦しそうに思えた。地面すれすれ、服が汚れることは必至である。
「私には難しいですね」
「シオンさんに行けとは言いませんよ。とはいえ、僕も難しいな……」
「とりあえず、覗いてみれば?」
 ティナは用意してきた懐中電灯でなかを照らしだし、なかを覗いている。入口は狭いが、なかはそこそこ広そうに見えた。
「……何かあるかな……んー、靴……? 靴があるみたい」
「靴?!」
「他には……あ」
 ティナの言葉が途切れる。靴があったということは……その先の言葉は聞かなくても予想がつくというものだ。それでも、一応、ティナの隣に屈み、穴を覗いてみた。思ったとおり、ぼろ布のようなものがそこにある。そこから見えている白いもの、それは……。
 
 本当に遺体をみつけてしまった。
 どうしよう?
 とりあえず、警察に通報する前に東海堂に相談してみた。第一発見者というのは面倒だよ……という言葉を聞き、そういえば、世の中には第一発見者が最も疑われる法則というものがあることを思い出した。
 枕を使うと、決まって見る夢の場所へ行ったら、遺体がありました。
 ……警察でコレが通用するとは思えない。本当のことなのだが、かえって、疑わしい。幸いなことに、東海堂の先輩に刑事という職業の女性がいたので、そちらからの助言に従い、良識ある市民からの匿名の通報ということで処理してもらうことにした。テレビのニュースでも遺体発見のことは伝えられたが、発見者については触れられていなかった。
「枕で寝るだけだったのに、遺体発見になってるし……」
 ティナはため息をつき、事務所にあるテレビを消す。
「まあ、いいではないですか、良いことをしたのですから」
 ……たぶんとシオンは付け足す。
「そうですよ。でも、これで枕はただの枕になってしまいましたね」
 枕を見つめ、みなもは言う。悪夢や永眠の原因を断ってしまえば、その効果は普通の通販の枕並みになるとは思っていた。やはりそのとおりで、遺体を発見したとき以来、きちんと鉱石を戻し、縫い合わせた枕を使ったところであの夢を見なければ、特別に眠れるということもなくなった。
「もう……みつけてという声はしません……」
 灯火の呟きを聞き、狗神はうんと頷いた。
「悪夢という結果に対する原因はそこなのかな、やっぱり。原因があるから、結果があるわけで……やはり、呪いという結果に対し、原因を探れば、どうにか回避することはできるだろうか……」
 狗神は腕をくみ、難しい表情で呟いていたが、ふと顔をあげる。
「あ、そうだ。協力してくれてありがとうございます。お礼は……その枕で」
 にこりと狗神は笑った。
 
 後日、あの遺体を発見した事件の経過が気になり、東海堂を訊ねた。
「こんにちは」
「あ、いらっしゃい」
 やはりいつもの調子で仕事に忙しそうな気配は見られない。ここが問題だと思いながら事件の経過について訊ねてみる。
「あの、この間のことなんですけど……」
「ああ、枕のことだね。行方不明になっていたところを家族のもとへと返されたそうだよ。転落事故という扱いになったって」
「……」
 確かに、転落事故……そうではあるのだが、胸のあたりがもやもやするのはどうしてだろう。
「当時、一緒に山に登ったと思われる友人は、その後、会社が倒産し、現在は行方不明だそうだ。……なんともいえないね」
 その言葉のとおり、なんともいえない表情で東海堂は言う。
「和哉くんも妙なものを買ってくれるよ……」
 ため息をつく東海堂のことなど気にせず、狗神は真剣な表情で端末に向かっている。その後ろにはシオンの姿があった。
「でも、行方不明事件がひとつ解決しましたよ」
 みなもは苦笑いを浮かべ、小首を傾げながら言った。対処方法を間違えたら危なかったかもということは、ここでは伏せておく。
「まあ、そうなんだけどさ……そうだよね、そう考えれば、少しは……」
「やったー! テレカ、落札ーっ!」
 ばんざーい、不意に狗神の声が室内に響きわたる。
「テレカ? それはまた、最近、廃れつつあるものを……」
「一昔前のアイドルのテレカです。このテレカで電話をかけると、恨めしげなアイドルの声が聞こえてくるという噂です」
「は、はははは……ははははは……」
 東海堂はもう笑うしかないらしい。言葉が出てこない。
「あ、あー……」
 気持ちは同じ。
 みなもは少し困ったような笑顔で小首を傾げた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3041/四宮・灯火(しのみや・とうか)/女/1歳/人形】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13歳/中学生】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男/42歳/びんぼーにん +α】
【3358/ティナ・リー(てぃな・りー)/女/118歳/コンビニ店員(アルバイト)】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございます。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、海原さま。
みなもさまは初めましてですね。つい、みあおさんと書きそうになる自分がいたりして(おい)イメージを壊していないと良いのですが……。

願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。