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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


納涼・化かし合い大会2004

*オープニング*

 毎年恒例、龍殻寺の境内肝試し大会。普段は寂れて訪れる者も殆ど居ないような潰れ掛け寸前の寺だが、この時ばかりは賑わうと言う。…尤も、その賑わいの半分ぐらいは、既にこの世の者ではなかったりするのだが。
 実は、龍殻寺の肝試し大会には隠された目的があった。龍殻寺の境内には大きな霊道が通過しており、普段は狭いそれが、ある一定期間だけ広く開かれるのだそうだ。それ故、現世を彷徨う浮かばれない魂を普段より速やかに多く成仏させる事が出来、なるべく沢山の魂を安らかに眠らせる為、こうしたイベントを開いて浮遊霊を集めるのだと言う。

 例年通り、募集掲示板に載った肝試し大会参加者募集の書き込み。が、一部の人間には、直接参加のオファーがあったらしい。
 ………あったのだが。

 龍殻寺住職の天鞘は、何を考えたのだろう、ボランティアの一部をおのが能力を用いて霊体に変えてしまったのだ。本人曰く、霊の立場になって…と言う事なのだが果たして……。


*Side:A 白神・久遠の場合*

 「うふふっ、何事も経験なのだと思うのです、私は」
 だから止めちゃ駄目♪と、久遠は大慌ての側近達を軽くいなした。
 何故、側近達が顔面蒼白になっているかと言うと、退魔師の総本山、白神家の当主とあろうお方が、よりにもよってまだ生きているのに霊体となってしまったからである。
 「ですから、別にこの姿になっても何の支障もありませんよ?もとよりの能力も、そのまま残っているみたいですしね。心配ご無用です」
 「いえ、そんな事を言っているのではありません。お館様、ご自分がどのような立場にお見えになるか、ご存じない訳ではありませんよね。お館様は言うなれば退魔師の頂点に立たれるお方、つまりは、魔族から見れば憎い敵役の親玉と言う事にもなる訳です」
 「嫌だわ、親玉だなんて。どうせならリーダー♪とか偉い人♪とか呼んで頂きたいですわ」
 「………」
 思わず絶句する側近達をにこやかな笑顔で見渡し、久遠はひらりと半透明の袖を翻した。
 「大丈夫ですわ、久遠ちゃんは伊達に久遠ちゃんをやっておりませんのよ?そんな不埒な輩など、えいえい!でお仕置きするだけですわ♪」

 と、言う訳で物理的法則を無視できる霊体の利点を活かし、久遠は肝試し会場となる龍殻寺へとやって来た。一般の人間ならば、今は霊体もそうでない者も同じように見えるらしい。だが、今の久遠は霊体なので、一般人と霊体の区別は容易である。尤も、そうでなくても多大な霊能力を持つ久遠であれば、いつもより感覚が鈍くなるかもしれないが、それなりに見分けが付いたかもしれないが。
 「さて、と…私、一度こう言う形で霊の人たちとお話してみたかったんですよねぇ…滅多に無い事ですもの、とことん堪能させて頂きましょ♪」
 等と言っている間に、久遠の行く先にひとりの若い男性が立っている。これから肝試しに挑もうと経路を順に周ろうとしている少女達の群れを何とはなしに目で追っている。また、驚かす側として参加した、巧みなメーキャップや扮装を施した面々に対しては、これまた興味津々な様子で観察している。その様子は、単なる物見高い男と言うだけだが、久遠の目には確かに彼は自分と同じ側、つまりは霊体に見えたのだ。
 「こんばんは♪」
 「うわぁ!」
 背後から不意に声を掛けられれば、誰だって驚くと言うもの。しかもここは肝試し会場である。男は恐さ倍増で飛び上がって驚き、心臓をバクバクさせながら恐る恐る振り向く。するとそこには、さっきまでは誰も居なかった筈なのに、今はひとりの華奢な着物美人が立っていたのだ。
 「い、いつの間に…?」
 「そんなに驚かなくてもよろしいのに。いつの間に、ってこんな事簡単な事でしょう?」
 そう言って久遠は、フッと姿を消してしまう。男が驚いて目を瞬いていると、再び同じ位置にフッと現われた。霊体であれば誰でも簡単に出来る事なのだが、自分が霊である事を自覚していない男にとっては、驚いて当たり前の事だ。ぎゃー!と悲鳴をあげてその場から走り去ろうとした。
 「あっ、待ってくださいな!お話致しましょう!」
 「話す事なんかありませんー!」
 そう言って逃げ出す男の袖をはっしと掴み、久遠は見かけによらず物凄い力で男の走りを引き止めた。
 「酷いですわっ、まだ自己紹介もしておりませんのに!少しお話しするぐらい、よろしいじゃありませんか…」
 久遠は、男の袖を引っ掴んだまま、ウルウルと瞳を潤ませた。さすがに、得体の知れない相手とは言え、美人にここまでお願いされて聞かないとあっては男の名折れと言うもの。致し方なく男は逃げるのを止め、何を話すのですか、と久遠と向き直った。
 「嬉しいですわ♪まずは初対面同士、自己紹介からですわね。私、白神・久遠と申します。お気軽に久遠ちゃんとお呼びくださいね♪」
 「く、久遠ちゃん……?」
 一旦は気を取り直した男だったが、久遠のその申し出に再び及び腰になる。幾ら美しく清楚な女性であっても、ヒトケタの子供じゃあるまいし、自らちゃん付けで呼んでくれとは如何したものか。
 「あ、いえ…それはさすがに……」
 「どうしてですの?ちょっとちゃん付けで呼ぶだけですのに…簡単な事でしょう?」
 「そ、そりゃそうかもしれませんが…」
 尚も及び腰の男の煮え切らない態度に、久遠の綺麗な眉がきりっと釣り上がる。
 「あなたがそう言う態度でいらっしゃるのでしたら私にも覚悟がありますわ!久遠ちゃんって呼んでくださるまで、私、あなたの事を離しません!」
 「えええっ!?」
 驚いた男は、思わず助けを求めて、久遠から目を離して一番最初に目に入った人物に向かって手を振った。
 「おーいっ、助けてくれー!!」


*Side:B 無我・司録の場合*

 肝試し大会も佳境には入っているのだろう、龍殻寺敷地内のそこここから、きゃーとかわーとか、どこか芝居めいた悲鳴が飛び交っている。そんな中、まるで全くの部外者のように、いつもの黒尽くめの格好で司録がのんびりと歩いていた。
 そんな彼の横を通り過ぎる少年少女達が、追い抜きざまに司録を振り返り、その暗く奥深い帽子の下を垣間見ては悲鳴をあげ、速度を上げて勢いよく走り去っていく。作り物ではない、その恐怖の悲鳴に、司録は鍔の影からニヤリと口を笑みの形にした。
 「いきなりキャーとは失礼ですな…これが私のありのままだと言うのに」
 当然、言葉程にはそうとは思っていない口調で低く喉を鳴らした。
 霊体ではない司録には、今は龍殻寺の敷地内効果の為、霊もそうでない者も同じように見える。恐らく、肝試し大会に参加せず、所在なさげにうろついている者達が、死した自覚のない霊達なのだろうが、もしかしたら中には本当に知らぬうちに、ぼんやりしていてここに迷い込んできてしまった生者もいるかもしれない。司録は取り敢えず、目星を付けた相手と話をしてみようと思った。
 「記憶とはどのようなものであれ、生きている者にとっては次から次へと繋がっていくもの…その辺りが狙い目と言えるでしょうな」
 「…あの、何を仰ってますの……?」
 いつからそこに居たのだろう、ひとりの女性が胡乱げな視線で司録を見ていた。おや、と動じた様子もなく、司録は片手を鍔広帽に掛け、軽く持ち上げるようにして紳士的に挨拶をした。
 「これは失礼。いや、この辺りにはてっきり私ひとりしか居ないと思っておりましたので、遠慮なく独り言を呟いていたのですよ。他の場所は、どうも賑やか過ぎて私の雰囲気ではありませんもので…」
 「本当に、今夜は何故こんなに騒がしいのでしょう?いつもこのお寺は物静かですのに」
 そう答える所を見ると、この女性はこの周辺に暮らす者らしい。だが逆に言えば、今夜ここで肝試し大会が行われている事を知っていて当たり前だと言えよう。しかもこの女性は、一見すると、こう言うイベントに興味を示すだろう、小中学生の子供がいそうなぐらいの年頃に見える。彼女がエプロン姿であるところを見ても、家庭の主婦で間違いはないだろうし。
 「ええ、いつもはここは閑散としている場所ではありますが…今夜は、肝試し大会が行われているのですよ。ご存知ありませんでしたか?」
 司録が素知らぬ顔でそう言うと、え?と女性は目を丸くした。
 「あ、あら、そうでしたの?あの、いつも毎年恒例の…」
 「そうです。毎年恒例の、龍殻寺の肝試し大会。今年も盛況らしいですね。あなたのお子さん方も、興味がおありなのではないですか?」
 幾ら司録の事を怪しい人物だと思っていても、子供の話題を持ち出されると弱い辺りが母である。にっこりと頬を緩めて、女性はひとつ頷いた。
 「そうなんですよ。あれは最初の開催の時かしら。私は何が楽しいのかと不思議に思うのですが、子供達は行きたいって駄々を捏ねてしょうがないんですよ。宥めるのにも一苦労で」
 「行かせてあげたりはしないのですか?」
 「そりゃまだ無理ですよ。だってうちの子達はまだ幼稚園に通い始めたばかりですもの」
 そう言って女性はくすくすと幸せそうな笑みを浮かべる。今、彼女が感じている幸せと、これから知るだろう現実のギャップに戸惑い、落胆、或いは絶望を感じる様を思い浮かべると、思わず至福の笑みが浮かびそうになるのだが、今はさすがに不謹慎かと思い直し、司録はこほんと咳払いをひとつした。
 『不謹慎だと思う事自体、私にとってはただのポーズに過ぎないのですがね…』
 「…あの?」
 「いえいえ、なんでもありませんよ。ところで、先程、最初の開催の時…と仰いましたが、その頃、お子様は幼稚園に通ってらしたのですな?」
 「ええ、そうですよ」
 「では、今はかなり大きくなられたのでしょうな」
 「そうですね、あの年頃の子供は成長が早いですから…一年二年の違いで…」
 「そんな事はないでしょう。何故なら、この肝試し大会が開催されるようになって、既に十年近い年月が流れている筈ですからな」
 「………え?」
 司録の言葉に、女性が目をぱちくりとさせる。ニヤリ、と暗闇の中で白い歯の列だけが笑った。
 「あなたの記憶には、何故か途切れた部分がありますな。それが、何故だか分かりますか?」
 「…いえ…私には何の事だか……」
 何をこれから言われるのだろう、と女性は不安げな表情を浮かべている。とうとう切り札を切る時がやってきて、柄にもなく司録は浮き立つような気分を感じた。そんな司録が、口を開こうとした、まさにその時。
 「おーいっ、助けてくれー!!」
 不意に聞こえたその悲鳴に、思わず口を噤んで司録も女性も声のした方を見た。


*共に*

 「おーいっ、そこの人ー!助けてくれー!」
 「…そこの人、とは私達の事を指すのでしょうか」
 「そうでしょうな、恐らく。この周囲に私達以外には人の影は見えませんから。…行ってみますか」
 そう言って司録は、女性の了解も得ずにそのまますたすたと歩き出してしまう。女性は、救助を求める男性に何が起こったか、知りたいような知るのが恐いような、だが、ひとりその場に取り残される事だけは避けたかったか、恐る恐るだが、司録の後について声のした方へと歩いて行く。
 叫んだ男とは勿論、久遠に捕まった?あの男であり、久遠は相変わらず男の袖を両手でしかと掴んだまま、むっと眉を寄せて不機嫌そうな表情を浮かべていたが、新たにやって来た二人の姿を見て、取り敢えずにっこりと人好きのする笑顔を浮かべた。
 「あら、新しい方達ですのね?…と言っても、そちらのお帽子の男性だけ仲間外れかしら?こんばんは、はじめまして。白神・久遠と申します。どうか久遠ちゃんとお呼びになってくださいね♪」
 「く、久遠…ちゃん…ですか……?」
 不審に思う事はあっても、その辺り女性の方が考え方が柔軟なのだろうか。詰まりながらもちゃん付けで呼ぶ女性に、久遠はにっこりと笑ったかと思うと、キッと男に向けて厳しい視線を向けた。
 「ほら、御覧なさい!あの方はちゃんとちゃん付けで呼んでくださいましたわよ?何故、あなたは呼んでくださらないのですか!?」
 「…どうやら性質(たち)の悪い地縛霊のようですな…恨み辛みは感じませんが」
 「霊!?」
 男も女性も、驚いて声を上げる。司録は、さっき久遠が言った『司録だけ仲間外れ』の言葉でそれを察したのだが、二人とも元より自分が霊である事に気付いていないのであるから驚くのも致し方ないだろう。
 「しかし、絡み癖のある地縛霊と言うのも初めてお目に掛かりましたな…」
 「あ、違います。私は本物の幽霊じゃなくて、説得の為に霊体になっているだけのボランティアですのよ?地縛霊だなんて、酷いですわ」
 厭だわ、と片手を振って笑う久遠に、二人の視線は益々胡散臭いものを見る目になっていく。それに気付き、久遠がにっこりと女性の方に笑み掛ける。
 「ね、そうでしょう?あなたともゆっくりお話したいです、私。久遠ちゃんって呼んでくださいましたしね」
 「え、え…私は…その……」
 「久遠さん、この方は、ご自分の今の境遇が分かってないのですよ。恐らく、そちらの男性と一緒で」
 「…それは、どう言う事なのですか」
 女性が、また不安げな表情でそう尋ねると、司録に代わって久遠がにこやかな笑みを浮かべた。
 「簡単に申し上げますと、あなたはもうお亡くなりになっているのです。幽霊なんですよ、今♪」
 「さっき私が言いましたよね。あなたの記憶には途切れた部分がある、と。あなたは恐らく、死したその時からずっと彷徨い続けているのですよ。ですから、あなたの中では肝試し大会はまだ数回しか開催されていないが、実は既に十回近く開催されているのですよ」
 「……そんな、…」
 「あなたは何かが心残りだったのでしょうな。それが叶えられれば、きっと自分の立場も理解できるでしょうが」
 「あら、私には予想がつきますよ。母親でしたら、自分の子供の事が一番気懸かりですよねぇ?」
 私にも覚えがありますから、と微笑む久遠に女性は、ああ、と細く息を吐いた。その脇で、久遠に袖を掴まれたままの男が、母親?この人が?マジで?と呟くのが聞こえた。
 「…そう、…かもしれません……私、確かに…そう、あの時……原因は何だったかしら。それは忘れてしまったけど……」
 「自分が今はこの世に生きている者ではないと言う事は思い出しましたか?」
 司録がそう問うと、女性はこくりとひとつ頷いた。
 「それは良かったですわ。結局、お亡くなりになった原因自体はそんなには問題じゃありませんものね。問題は、あなたが心に何を残しているかって事ですけど…」
 「それでしたら、恐らく私がお手伝いできるでしょう」
 女性が、その声に応えて司録の方を見る。司録は、一番最初に女性に挨拶した時のように、鍔広帽子をちょっと持ち上げて見せる。
 「この奥に、何が見えますかね。最初はただの暗闇でしょう。ですが、じっと見詰めているとあなたはいつしか闇に吸い込まれる。そしてそこで、あなたが求めるものと出会える筈です」
 さぁ。誘うように、司録の手がもう少しだけ上にあがる。それでもそこにあるのは漆黒の闇のみだ。女性は、視線を逸らさず、じっと凝視している。
 「………ぁ、…」
 微かな声を上げ、女性の瞳が見る見るうちに涙で潤んだ。両手で口元を覆い、その表情はやがて晴れやかな笑顔になった。
 「そう、…そうです、私が求めていたのは……ありがとう…これで思い残す事は何も無いわ……」
 もう一度、女性はありがとうと二人に礼を告げると、そのまますぅっと瞬く間に消えてしまった。
 「あっ、消えた!?」
 「消えたと言うか…未練が無くなって彼女は無事に成仏したのですよ」
 驚く男に、司録が苦笑混じりにそう説明する。そして、次はあなただと言わんばかりに、帽子を持ち上げたままでずいと男に差し迫った。
 「ちょ、ちょっと待ってください!さっきの女性が霊であった事はともかくとして…何故僕まで!?」
 「何故って…だってあなたも同じ幽霊ですもの♪」
 そして今は私も♪と久遠が付け足す。
 「だ、だったら先にこの人から成仏を…」
 「駄目ですよ、私は本当はまだ生きているんですから。今はただ、あなたのような往生際の悪い幽霊さんを説得する為に、こういう格好をしているだけですから」
 「じゃあ、もしかして僕も…」
 「それはあり得ませんね。このボランティアをしているのであれば、己が霊体になっている事ははっきり認識しているでしょうから」
 あっさりとその可能性を否定され、男はがっくりと肩を落とす。そんな男の袖を、久遠がちょいちょいと引っ張った。
 「さ、さ、どうします?もう諦めて、私の事をちゃんと久遠ちゃんと呼んでくださいな♪」
 「そっちの話ですかッ!」
 ビシッと突っ込んだ男であったが、自分の袖に縋って期待に満ち満ちた瞳でこっちを見上げてくる久遠の視線に思わずたじろぐ。助けを求めて司録の方を見てみたが、帽子を被り直した司録は、既に傍観者の立場を取りつつある。進退窮まって切羽詰った男が取った行動はと言えば。
 「ぼっ、僕は…行くべきところへ還りますっ!」
 そう叫ぶと、さっきの女性と同じく、瞬く間に霧のようになってすぅっと消えてしまった。あっ!と叫んで、久遠が手応えのなくなった男の袖を捜すが、時既に遅し。
 「意地悪っ、久遠ちゃんって呼んでくださってもよろしいのに〜!」


*肝試し大会・終了*

 そうこうするうちに夜が明け始め、今年の龍殻寺・肝試し大会も無事に終わろうとしていた。この小さな寺の、どこにこんなに人が潜んでいたのかと驚くぐらいの大勢の人間がわらわらと現われ、入り口で景品を受け取り、それぞれ帰路に着き始める。
 「…どこにこんなに人が居たのかしら。全然気付きませんでしたわ」
 「中には、驚かせようと思ってどこかに隠れ、それっきり寝てしまったり或いは存在を忘れられてしまった人達も居るようですね」
 司録が喉で笑う。手を上げて帽子を深く被り直すと、ただでさえ深淵の暗闇が、益々深い底無し沼になった。
 「さて、我々の役割ももう終わりですな。ボランティアの時間はお終いです」
 「もうすぐ、この敷地内に広がる特殊効果も切れますね。そうすると、私はフツーの幽霊になってしまうのかしら」
 早く元に戻してもらわなきゃ、と久遠がくすくすと笑う。成仏させられる前に是非、と司録も掠れた声で笑った。
 「ではわたしはこれでお暇しましょう。爽やかな朝日は私のようなものには似合いませんからね。…では、またどこかでお会いできれば」
 失礼、久遠さん。そう呟くと、司録はそのまま踵を返してどこかへ消えようとする。その大きな背中を、久遠が呼び止めた。
 「何ですかな、久遠さん」
 「違います、司録さん」
 「は?」
 訝しげな司録に、久遠がにっこりと無邪気な笑みを向けた。
 「久遠さん、ではありません。久遠ちゃんとお呼びください♪」
 「…………」
 果たして、司録が『久遠ちゃん』と無事呼べたかどうか、その真実は夜明けと共に闇に融けてしまって定かではない。


おわり。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0441 / 無我・司録 / 男 / 50歳 / 自称・探偵 】
【 3634 / 白神・久遠 / 女 / 48歳 / 白神家現当主 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせ致しました、『納涼・化かし合い大会2004』をお届けします。この度はご参加誠にありがとうございます。へっぽこライター碧川桜でございます。
 さて、白神・久遠様、はじめまして、お会いできて光栄です!ご参加、ありがとうございました!納品がぎりぎりになってしまって申し訳ありません(汗)
 『納涼・化かし合い大会』も数を数える事三回目…それだけ長くライターをさせて頂いていると言う事なんですが、その割には進歩が余り無いような気がするのは気のせいでしょうか(多分気のせいじゃない)
 今年の夏はまた以上に暑い日々が続いていますので、少しでも涼を…と思っての依頼でしたが、恐くもなんとも無い辺り、別に夏の企画じゃなくてもいいのかもとか思ったり…(汗) このノベルはへっぽこでも、皆様は夏バテなどなさらないよう、お気をつけ下さいね。
 ではでは、今回はこの辺で…またお会いできる事を心からお祈りしております。