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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


夏の静寂 風の声

 蝉時雨が鳴り止まぬ、とある陽射しの強い日であったように思う。
 真夏特有の容赦なく照りつける強い日差しに、打ち水でもしましょうか、と家人が彼女に話しかけていた。
 その頃はまだとても幼かった彼女の二人の子供達は、その提案に喜んで早速お手伝いを始めた。彼らにとっては打ち水も水遊びの一種でしか無いのだろう。
「ちゃんとお手伝いするのですよ?」
 白神・久遠(しらがみ・くおん)は、銀糸のような柔らかな長い髪をそっと揺らし、白い着物姿で縁側から、はしゃぐ子供達の方へと注意した。
 とても子持ちとは思えないほどの清楚な美人である。
 戻ってくる明るい返事を聞いて、久遠はそっと微笑みを浮かべた。
 ……けれど。
 その表情が一瞬ふと緊張に変わる。

 (……何?)

 何か、強いエネルギーを抱えたものが、彼女の住む屋敷に近づいてきている。
 打ち水に歓声を上げる子供達をちらりと一瞥すると、彼女は足早に縁側を去っていった。

 ◆

「ここ……」
 地図を片手に、白神家の門を見上げる一人の幼い少女がいた。
 よく日焼した健康的な肌をした青い髪のかわいらしい少女だ。けれどその外見の雰囲気とは別に、その瞳は何か強い光を放っているかのようにも思えた。
 白神家。
 友峨谷・涼香(ともがや・すずか)は、あどけない声で口に出して呼んでみた。
 全国に散らばる退魔師の総本家。それがここか。
 彼女は思わず身体に力が入るのを感じた。右手にずっと握っていた細長い袋を、ぎゅっと無意識に力をこめて握りなおす。
 ツヨクナリタイ……。
 全身の血が叫ぶように、彼女に告げている。
 涼香は大きく深呼吸をすると、その大きな門を叩こうとした。
 ……その時。
「どなた?」
 門の横にある通行門からひょいと細身の女性が顔を出した。
「!」
 微かに涼香の表情が変わる。まだ門も叩いてないのに。
「……あら、可愛らしいお客様ね」
 久遠は自らの子供ともさほど年齢の変わらなさそうな涼香を見て、人なつこいような笑みを見せた。
「何の御用かしら?」

 無邪気な表情で声をかけながら、久遠は涼香の手に握られていた包みの存在に気づかない筈もなかった。
 そこにあるのが刀であるのはその外見でも見分けがつく。しかし、それだけではない。
 それがただの刀ではない……恐ろしい力を秘めたものであることを久遠はすぐに見抜いていた。そして、この幼い10歳にも満たないであろう少女が何をしに現れたのか、屋敷の外で見極めようとも思っていた。

「……白神……久遠に会いたい」
 少女は関西風のイントネーションの混ざった声で、小さく呟いた。
 久遠の子供達と比べても表情は少ないほうだろう。しかしその瞳の力は強かった。
「久遠に……何の御用かしら?」
 白い着物の女性は、やはり柔らかく微笑んで尋ねた。
 涼香はさらに緊張したように身を少し硬くし、それから言った。
「弟子に……して欲しいんや」

「弟子?」
 久遠はいささか驚いた。
 しかし、涼香が嘘や冗談でそういったわけでないことはすぐに分かった。
 真剣な眼差し。
 子供ながらの純粋な、というのとも違う。彼女は本気で、そして何か鬼気迫るような決意を秘めてここへやってきたのだ。
「……奥で聞きましょうか? 私の後についてらっしゃい」
 ふわりと髪をなびかせ、久遠は優しく微笑み、門に手を添えた。彼女が触れると、大きな門がゆっくりと開いた。
「あなたは……?」
 涼香が呟く。
「今日は暑いわね。冷たいジュースでも入れましょう」
 久遠は目を細め、涼香をつれて、門の奥にある広い庭の砂利を歩き始めた。
 涼香は少し戸惑いを浮かべたような表情を一瞬見せたが、すぐに彼女のあとを追って歩き出した。



 長く続く古い廊下を歩みゆく。
 その清楚な美しい女性の、品のよい歩みの後を、慎重に涼香は歩いていた。
 この人はこの屋敷のどんな人物なのか。
 ふと疑問が脳裏を掠めたが、口には出さなかった。この屋敷の奥にいるはずの白神久遠の元へと案内してくれているに違いない、と信じていた。
「お舘様、そのお子は?」
 廊下をすれ違った初老の男が、ふとその女性に声をかけた。
(おやかたさま?)
 時代劇で聞いたことのあるフレーズ。
 女性はふわりと微笑んだ。
「お客様です」
 そしてなおも歩き出す。
 涼香は慌てて、女性に追いついた。
「お舘様って?」
「……私が、白神 久遠です」
「!」
 涼香は目を見張った。
 久遠は柔らかい笑みを浮かべたままで、すぐ先の部屋を指差した。
「お話を聞かせてくださるわね」
 蝉時雨と共に、屋敷の奥で、幼い子供達のたてる歓声が聞こえた気がした。


 やつらを根絶やしにしたい。

 涼香は強い光を放つ瞳で、久遠にそう告げた。
 通された広間で、二人は真向かいに正座をして座っていた。久遠がジュースを入れようと中座するのを断り、涼香は彼女に頭を下げた。
「……妖を殺す術を教えてほしいんや……」
「……」
 どうして?
 理由を問うような声はない。
 けれど黙って見つめるその青い瞳に、涼香は自身の視線をまっすぐに向けた。
 先ほどまでのただ暗い無表情には、強い憎しみの色が浮かんでいた。
 母を殺されたのだ。
 愛する母を。
 涼香にはどうすることも出来なかった。そして、失われたものは戻らない。
 冷たくなっていく血に塗れた死骸。
 もう抱きしめてはくれない。微笑んでもくれない。
 叫んでも、泣いても、……もう二度と。
 もっと自分に力があれば。こんなことさせなかったのに。

「……」
 暫くの間があった。
「……いいでしょう」
 久遠はそっと口を開いた。
「えっ」
 涼香は顔を上げた。
「ただ……一つだけ、質問していいかしら?」
「……?」
 真剣な眼差し。けれどどこか哀愁を秘めた色をしていたように思った。
 見つめる涼香に、久遠はゆっくりと尋ねた。

「……もし、全てを滅ぼすことが出来たら、それから……どうするつもりかしら?」
「それは……」

 涼香は少し言いよどみ、けれど、久遠を見つめはっきりと答えた。
 ただ一つの答えを。




「そうね……18年も経つのですね」
 毎年変わらぬ蝉時雨。
 暑い日差しを白い腕でさえぎるようにして、白神久遠は屋敷の縁側に腰掛けている。
「そうやな……」
 今はもう立派な大人の女性として成長した友峨谷・涼香も、少しも変わらぬ庭を見つめ、のんびりと微笑んだ。
 久遠を師とし、彼女は力を手に入れていた。
 そして戦う力を持った彼女は、今も妖との戦いの日々に身を費やしている。
 
 あの時の答えが正しかったかどうか……、それはまだ分からないけれど……。


                                                了