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<東京怪談ノベル(シングル)>


『 囁かれる都市伝説 ― あなたの欠落を補います ― 』


 実しやかに囁かれる都市伝説。
 それは都市伝説が生まれて怪異現象が発生するのか、
 それとも怪異現象が発生して都市伝説が生まれるのか、
 それは誰にもわからない。
 私は、そういつか私も囁かれる都市伝説の一つになるのであろうか?


 曰く、遥か遠い昔に海から上がってきたひとりの絶世の美男子の人魚がいて、その人魚は長い時をかけてステッキを片手にした状態では歩けるようになって、水を操り、占いをするとかなんとか。


「それもまた面白いですかね?」
 私は苦笑しながら一つの回転扉の前に立っている。
 回転扉には一枚の紙が貼られていた。



 あなたの欠落を補います。



 欠落、果たしてそんな物がこの私に存在するのかそれはいささか疑問だ。しかしこの事象は大いに私の気を引いて、故に私は今、ここにいる。
 私はステッキを操りながら不自由な足を引き摺るように前に動かして、回転扉に軽く手を触れて、それを感知して動き出した回転扉をくぐった。
 ――――――――――――――。



 +



  人の欠落を補ってくれる場所 投稿者 ○○○○  投稿日2004年 8月9日(月) AM 00時 00分00秒


 どうも、こんにちは。^^
 今日はこんな噂を聞いたので書き込みに来ました、セレスティさん。(*^^*)
 セレスティさんは、あなたはご自分に何かが足りない、と感じた事はありませんか?
 ここはそういうモノを補ってくれる場所なんだそうなんです。
 ここ、といきなり書いてもダメですよね。(^^;)
 えっと、曰くそれは回転扉です。セレスティさんが関わりになられた門番がいるあの物語に支配された異界へと続く門と同様で、異界に続いている門です。
 それが回転扉。
 回転扉というのは誰にでも共通だそうですが、そこから中に入ってからが違うらしいです。
 もしもセレスティさんがその回転扉をくぐったのなら、その向こうにあるのはつまりセレスティさんの欠落に相応しい場所、という事らしいです。
 一体セレスティさんはどんな光景を見るのでしょうね?
 その回転扉をくぐった場所で。
 そこにはその異界の支配者というかその異界の元となる怪異がいるそうです。その怪異は金髪で、剃刀色の瞳を持つ美人な女性だそうですよ。
 って、セレスティさんは美人さんには興味は無いですかね? (^^;)
 ネットの噂ではセレスティさんは本当にあのリンスター財閥総帥のセレスティ・カーニンガムさんだって言うから。
 実はこのサイトの掲示板に載っている数多くの都市伝説などの書き込みよりもその噂の方が気になります。(>_<)
 どうなんですか? (^^
 と、余計な事を書きました。^^;
 ではでは、セレスティさん、今回はこの辺で失礼します。^^




 +


 気づくとそこは高層ビルの最上階辺りにあるレストランのようだった。
 円形のそれはゆっくりと時間をかけて時計回りに回っている。
 無数の白いテーブルクロスがかけられたテーブルが立ち並ぶそこで私は窓際の席に座ってワイングラスを傾けている。
「なるほど、これが私の魂に相応しい場所と言う事ですか」
「魂に相応しい場所、というか、これがあなたの欠落を補える場所と言う事かしら?」



 そこにはその異界の支配者というかその異界の元となる怪異がいるそうです。その怪異は金髪で、剃刀色の瞳を持つ美人な女性だそうですよ。



 なるほど書き込みにあった通りにそこに立っていたのはとても美しい金髪の美女であった。
「何を笑っているのかしら、セレスティ・カーニンガムさん」
「いえ、それよりもあなたがここのマスターですか?」
「ええ、そう。ここはあたしの異界。あたしが作り出した異界。人が気づかぬ…だけど無意識にその喪失に気づいていて、だけど意識的にはそれに気づけずにその人が苦しんでいるそれを補ってくれる場所」
「私にも欠落があった?」
「ええ。この世に欠落が無い人なんて居ないわ。人は誰もが報われぬ存在。生きていく事で歪みが生じていく。歪みはやがてねじ切れて消失する。その消失した部分は空虚な穴となって、その知らず知らずのうちに作っていた穴に人は無意識に苦しみ、それを何かで埋めようともがき苦しむ。だけどそれではどうしようもできないよの。だってその空虚な穴はその人が知らないうちに作り出したモノなのだから、だから知らないうちに作ったということは、つまりはその原因もわからぬということで、ならば原因がわからぬのなら、その空虚な穴がどのような穴で、そしてそれを何でなら埋める事も可能なのかわからぬくって、故に人はより歪みを生じさせてその穴を大きくしていき、やがて人は自らが作ったその穴に飲み込まれて自滅する。ならばその手助けをあたしがしましょうと言うのよ。ただしあたしがするのはその穴を埋めるための欠片を渡すことだけ」
 彼女は歌うようにそう言ってくすくすと花が咲いた様に笑った。
 私は軽く肩を竦めて、ワイングラスを傾ける。
「その欠落を埋める場所がこの場所。しかしはて、この場所より連想できるモノが私にはわからないのですが?」
「あら、そうかしら? もうだいぶあなたはあなたのその歪みから生じた虚無の穴を埋めていっているわ」
「ふむ」
 私は高層階ビルの最上階辺りにあると想われるこのレストランの窓から外の風景を見つめた。
 空には零れるような橙。
 そこから降りる世界を包み込むような橙色の光りのカーテンはしかし少しずつ闇色の帳にとその姿を変質させていく。
 暑い夏の日差しが闇へと世界を変えていく風景を見ていると暑さを忘れると言うか、少し余裕のある時間を過ごせるような………ああ、なるほど、そういう事か。
「わかったのかしら、セレスティさん、あなたの歪み…空虚な穴、欠落が?」
「ええ、私の歪み…空虚な穴、それを埋める欠片がこれだと言うのなら、ならば私は認めざるおえないのでしょうね、私の歪みとは忙しすぎるという事だと」
「ふむ、それはどういう事かしら?」
「私はこの場所に来て、ここから望める風景を見て、心が和んでいる。ここからの風景がそれをさせているのですね。私に余裕のある時間を過ごさせていると。ならばそれが欠片だと言うのなら、その穴は私が忙しすぎると言う事でしょう?」
 私がにやりと笑ってそう言うと、彼女もにこりと笑ってパチパチと手を叩いた。
「ここに来る人は大概はその欠片には気づけずに現実の世界へと帰っていくわ。だけどあなたはこんなにも早くその欠片に気づけた。で、これからあなたはどうしよう?」
「そうですね。私は忙しすぎるという事で自分の中に歪みを生じさせて、そしてそれによって空虚なる穴を開けたというのなら、それでその穴を埋める欠片がこれなら、だったらもう少しここに居てもいいのではないのでしょうか? もちろんそれはあなたさえよければの話ですがね」
「ええ、あたしはもちろんそれでかまわないわ。あたしが管理するこの異界はそういう場所で、あたしがそこの怪異ならば、ならばそのあたしにそれを拒む理由は無いでしょう」
「そうですね。ならば今しばらくこのゆったりとしたゆとりのある時間を楽しもうではありませんか」
「そうね。外が完全なる闇へとその姿を変えるまで」



 橙色に塗れた世界はゆっくりと降りてくる闇色の帳にその姿を変貌させていく。
 ――――その代わり行く時間が私が余裕のある時間を楽しむ時間。



 私はテーブルの上の氷水で冷やされているワインを手に取り、その中の赤い液体を彼女が手に持つ硝子のグラスに注ぐ。
 中の液体に映る自分の顔に微笑みかけた彼女は私の顔を見つめて、その剃刀色の瞳を柔らかに細めて笑う。
「乾杯をしましょうか?」
「何に?」
「あなたの余裕のある時間に」
「なるほど。では、私の余裕のある時間に乾杯」
「乾杯」
 奏でられたのは硝子と硝子とがぶつかり合った瞬間に響いたひどく透明で澄んだ無機質な音色。
 その音色を合図にそこにはゆったりとしたクラッシク音楽が流れる。夜の音楽家と云われる者の音楽だ。
 その静かな音楽を聴きながら私は彼女とワインの入ったグラスを傾けつつ、料理を口に運び、談笑する。
「ねえ、セレスティさん」
「はい?」
「あなたは不思議な事象を捜査しているのよね?」
「ええ」
「だったらこの謎をあなたは解けるかしら?」
 私は肩を竦める。
「ゆったりとした時間、その時間に頭を使うのもまた悪くはありませんか。で、どのような謎なんです?」
「かつてここに来た少女の歪みとなった事件よ。強いてそれにタイトルを付けるのなら『婚約者失踪事件』かしら」
「『婚約者失踪事件』ですか」
「ええ」
 そして彼女は私の前に一枚の紙を出した。私は素早くその紙に書かれた『婚約者失踪事件』についての簡単な概要と、その関係者の細やかなプロフィール、その当時の状態に目を通した。
「ひとりの少女が居たわ。
 その少女には当然のことながら両親が居た。
 でもその彼女の父親は亡くなってしまったの。
 そして少女はその父親の莫大な遺産の半分を手にした。
 だけど少女はそんなモノはいらないから父親に帰って来て欲しいと願っていた。
 それほどまでに娘は父を愛していた。
 しかし母親はそうではなかった。
 彼女は一回りも下の男性と恋仲になり、あっさりとその彼と再婚した。
 それに嫌悪をした彼女は母親を見限り、家を出ようとした。だけども運命は動いたわ。その彼女の前に運命の人とも言える恋人が現れたの。
 その人に彼女は本当に夢中になった。
 だってその彼は彼女の理想そのものだったのだから。
 それで彼女は彼に自分からプロポーズをした。
 彼女は彼と離れ離れになりたくなくって、それで家に留まった。嫌いな母親やその再婚相手がいる家に。
 だけども彼女はそこから運命の幸せから転げ落ちた。
 彼女の婚約者が消えたのよ。
 さあ、セレスティさん、あなたならこの謎はわかるかしら? どうして彼女の前から彼は消えたのかしら?」
 その彼女の問いに私はただ失笑するのみだ。なぜならその事件は謎でも何でも無いのだから。
「簡単ですね」
「あら、これを簡単だと言うの?」
「ええ。あなたはその彼が現れた理由も、消えた理由も言っている」
「理由?」
「そう、理由」
 私はワインで唇を濡らすと、
「少女は母親を嫌い、それでその下から逃げようとした。その彼女の前にまるで運命の相手としか思えないような男が現れる。それはまたなんとも都合のいい事柄ではありませんか。娘にではなく、母親にとって、その再婚相手にとって」
「あら、二人とも幸せになってます?」
「ええ。なっていますね。娘は恋人ができ、そして母親は娘が自分の手元に残ってくれた。ええ、それは二人にとって幸せでしょう。この紙には母親の再婚相手の男性の事にも書かれていますが、これによれば彼の会社の経営はその当時火の車であった。しかしなんとかこの母娘の相続した遺産でそれはなんとか穴埋めできたんです。でもそれにも関わらずに少女は母親の下を去ろうとしていた。男もそして母親もそれには慌てたはずです」
 彼女はふむと頷く。
「でも少女は男性と巡り合い婚約した。その当時の法律ではこの少女はしかし男性と婚約するためには保護者の了解を得ねばならなかった。故に少女は母親に了解を得ようとするのだが、その時に母親は結婚するならば向こうの家の印象をよくするためにも亡くなった父親の籍から自分と結婚した相手の男の籍に入った方がいいと少女を説得した。少女は男性と結婚するためならば、とそれを受け入れて…そして婚約者は消えた。だったら、もう答えは見えていますよね? 母親ならば娘の好みぐらい把握していて当然だ」
「つまり?」
「つまり母親が娘の相続した遺産を手に入れるために自分の娘を騙したという事です」
「ご名答」
 彼女はぱちぱちと手を叩いた。
「さすがはセレスティさんね」
「この紙にはいなくなった婚約者は少女よりも一回り上となっていますね。と、言う事は?」
「ええ、母親の再婚相手がそうだったのよ」
「それでその少女はどうなったの?」
「心の中に虚無の穴を作り、その穴に吸い込まれて、そして彼女は都市伝説となったわ。自分と同じような者を作らぬためにも。でも、その少女が触れられるのはその人の欠落のほんの一端。それにものすごく焦燥や苛だちを感じていたのだけど…」そこで彼女はとても満足げな表情を浮かべた。「…だけどセレスティさん、あなたはそんなあたしに大きな可能性を見せてくれたわ。あたしのこの異界がちゃんと人に通用すると。もしもこれからこの異界に触れる多くの人がその欠落に…欠片に気づく事が出来たのなら、その人はその自分の心の中にある歪みに気づき、それを矯正する事が出来るのだと」
「とても程遠い道ですがね。この異界はまだできたばかりだし、そして結局はそれはこの異界に触れる人の精神力の強さに頼らねばならない。それでもあなたがこれを諦めねば、いつかこの都市伝説は多くの人に知られ望まれるモノになるでしょう」
「ええ、そうね。がんばるわ」
「ええ、がんばってください」
 そして私は席から立ち上がる。気づけば窓の向こうの風景は夕暮れ時から夜へと変わっていた。
「やれやれ。この異界はこの異界を訪れた人の歪みを正し、虚無の穴を埋める事がその存在価値であるのに、逆にあなたにこの異界の歪みによって生まれた虚無の穴を埋められたわね」
「いえ、私はただその可能性の一つを見せたにすぎないですし、そして確かにあなたのこの異界も私の歪みが生み出した虚無の穴を埋めてくださりましたよ」
「ええ。ねえ、セレスティさん。あたしたち、また会えるかしら?」
 そして真っ暗闇な空間を回転扉に向けて歩く私はその足を止めて、彼女を振り返る。
「何か……そう、不可思議な事象等の調査にはお会いする事もあるでしょうね」



 ― fin ―
 

 ライターより


 こんにちは、セレスティ・カーニンガムさま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回の物語はプレイングに書かれていた文章からこのような物語にしてみました。
 いかがでしたですか?
 少しでも楽しんでいただけていたら作者冥利に尽きます。^^


 今回は都市伝説に焦点を合わせてみました。^^
 欠落、足りないモノ、それとプレイングに書かれていた余裕のある時間とが噛みあうかな? と想ったらこのようなお話が生まれて、それで書き綴ってみた次第で。^^
 ただ欠落を補うだけではなく、それを通してしっかりとこの異界の怪異を導いたセレスティさんはさすがだなーと想ってしまったりします。^^
 そしてちょっと最後の部分を変えてしまいましたが、久々にセレスティさんのキャッチフレーズを使えてよかったなーと。^^
 一番最初に任せていただけたゴーストネットの依頼の時にもものすごくいい感じでキャッチフレーズを書かせていただけて嬉しかった憶えがあるのですが、今回もまたいい感じで書く事ができて本当に嬉しかったです。
 なんか、よし、と思えるのですよね。終わりの形も、カッコ良さも。本当に感謝しております。^^

 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にありがとうございました。
 失礼します。