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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 漆黒の翼で3 - 協奏曲 - 】


 静かに来訪者をつげるカウベルの音が、やけに耳についた。
 深夜だというのもかまわずに、眠ることなく起きていたせいもあるのだろうか。
 それとも――その来訪者を、本当は望んでいないからなのだろうか。
 否。
 自分は待っていた。
 遅かれ早かれ告げられる「真実」を。その答えを持って、帰ってきてくれた――律を。
「よぉ……一応、帰ってきたぜ」
「……ああ。待っていた」
 苦笑を浮かべながら、今までと何一つ変わりない態度で接してくれる律。
 けれどファーは感じた。どこかに、無理があることを。無理をして、平生を装っているだけなのだ。
 どんな真実を告げられたにしても、きっとそれは……。

「……律、教えてくれ。お前が手にしてきた真実を」

 律は何もかも覚悟をしているようなファーの表情を見て、思わず視線を反らしてしまった。
 もしかしたら、彼はわかっているのではないか。
 自分が――人間の害になる理由を。
 だからといって、この先のことを判断するのは彼自身だ。だから、自分には、真実を告げる仕事がある。
 彼に真実を告げて、それから話し合って、彼自身の生き方を判断させなければいけない。
「ファー。はっきり言うと、お前、かなり危ない存在だと思うぜ」
「そうか」
 包み隠すことのない言葉が、むしろすがすがしい。
「過去のお前は、殺戮を繰り返して、罪のない人間をたくさん殺した堕天使だ」
 それから律は、スノーから聞き出してきた真実を全て伝えた。
 時々ファーの顔色をうかがいながら、それでも、ファーが顔色一つ変えないでこの話を聞いてくれているから、迷うことなくまっすぐに。
 もっと、偽りを告げても良かったのかもしれないと、後から思った。しかし、そんなことをファーは望んでいない。
「――ってわけだ。だから、危険極まりないってわけ」
「なるほど……」
 話し終わったとき、ポツリとつぶやいたファーの声音は、どこか低くなっていた。ショックを受けているのだろうか。当然だ。自分が過去に犯した罪を叩きつけられたのだから。
 しかもその罪は、あまりに重い。
「でだ。俺が思うに――って、ファー?」
 話を切り出そうとしたとき、ファーがその手に持ったものは銃だった。
「お、おい! ファー! んなぶっそうなもんだして、何するつもりだよ!」
 答えは返って来ない。ただ、かぶりを振って小さく微笑んだだけ。
 律は半分諦めたように、髪に手を突っ込みかきむしりながら
「あのさ、お前まだ「自分がいると迷惑かける」とか、そんな風に思ってんだろ」
「……ああ」
 やっと返ってきた言葉は肯定。そしてそれは
「否定すんなよ! 自分をっ!」
 存在さえも、ないものにする肯定。
「り、つ……?」
 気がつけば、ファーの胸倉に掴みかかっていた。その勢いに負けて、彼が手にしていた銃を落とす。
「お前が自分自身を肯定しなかったら、俺だって肯定できねーよ!」
 肯定したい。
 記憶を失った意味。それは存在の否定のためではなく、肯定のためのはず。
 でなければ、神々が彼を早々に始末しているはずだ。こんな、記憶を消して生かしておくなんていう方法は取らない。
 だったら彼には何か、生きていなければいけない意味がある。
 そうじゃないのか?
「お前はお前が生まれた世界で、罪を犯して、記憶を失って、違う世界に送り込まれた。そんなことができる連中なら、お前が罪を犯した時点でお前を殺してるだろうが! 違うかっ!」
「………」
 ファーは呆然と律を見つめるだけで、何も言葉を返してこない。
 いや、返す言葉もないのだろう。
「違う世界で片方の羽根だけ取り返して、お前は過去と決別をした。それは、なんのためだよ! なんのために、過去と決別したんだよ!」
 スノーの話では、前にファーがいた世界で、彼は一枚、漆黒の羽根を消している。そのときに何かしら、決意があったはずだ。
「……罪を償うために……」
「だったら、今ここで死んでいいのか!」
「もっと、罪を重ねてしまうぐらいなら、いっそ死んだほうが……償いになるかと、思って」
「それは間違いだな。死んでしまったらそこで終わり。前に何もない。後ろに残る後悔だけだ。お前が今ここで死んだって、誰に対しても償いになりゃしない!」
 どうしてここにきて、その決意を鈍らせてしまうのか。一度心に決めたことなら、貫くべきだ。
 どんなに辛い現実であろうと、貫いて、貫き通して――
「な、まだフリーパスも一回しか使ってないし、妹に紅茶も紹介して貰ってない。お前の好きな紅茶の名前さえ聞いてないんだぜ」
 掴んだ手の力を緩めながら、しかしその強いエメラルドグリーンの眼差しで、ファーをしっかりと束縛しながら。
「俺は、そんな中途半端な状態でお前と別れるなんて、絶対ヤだ」
「……律」
「羽根は、消しても消しても、何回も出てくるらしい。でもな、そのたびに燃やせばいいだろ?」
 その刹那。

 背筋の凍るような気配に、ファーは落ちていた銃をすかさず手にし、律は振り返って身を構えた。

「……いけない。それでは、必ず人間の害になる」
 どこで二人の話を聞いていたのか。音もなく、影もなく。気配さえも寸前まで消していたのだろう。
 ダークハンターと自らを称した少女、スノーが静かな眼差しの中に冷たい炎を宿していた。
「羽根の誘惑に、必ず負ける」
「だったら、誘惑に負けないぐらい強ければいいんだろ? 証明してやるよ。ファーも、その気みたいだからな」
 言われて気がついた。
 思わず、自分が殺されるかもしれないという感覚に襲われて、銃を手にしていたが、死ぬつもりならそんなことはしなくても良かったはずだ。
 まだ――生きたいと願っているというのか。
 いや、願っているのだろう。 
 罪滅ぼしの一つもしていない。何をしたらいいのかわからないけれど、それは人々を少しでも幸せにすることだと、自分の中で決めていた。
 だからこの店で、少しでも多くの人に、笑ってもらいたいと。
「……悪いな……まだ、死ねないんだ」
 根本を絶やさなければ、意味がない。
 スノーの意見は最もだし、一番手っ取り早いし、今後の危険も一切ない。
 自分が死ぬのが一番いいことはわかっている。けれど今は――ベストではなく、ベターの方法を取りたい。よりよい方法を進めていくことで、少しずつ、変わった未来が見えてくるはず。初めから、ベストの方法に頼らないで、少しのチャンスがほしい。
「……戦って、証明すればいいんだな?」
「ってわけだから、スノー。お前の弱点はさっき聞いたし、勝ち目ないかもしれないけど、戦わせてもらうっ!」
 律が一歩踏み出して、間合いをつめようと思った瞬間。彼の視界から姿を消したスノー。
 気配も一切感じない。
 次に彼女の姿をその目に捉えることができたのは――
「ファー!」
 彼の真後ろに立ち、その鎌を大きく振りかぶっているとき。
 律の声に反応してファーが一歩右に飛ばなければ、彼は今頃、真っ二つになっていただろう。あくまで狙いはファー。
「……戦う必要などない」
「え……?」
「漆黒の羽根の誘惑に負けたときに、容赦なく殺す」
 言いながら、スノーがファーに押し付けたもの。
 それは――漆黒の羽根。ファーの過去の記憶と感覚がつまっている、触れてはいけないパンドラの箱。
「ファーっ! 離れろ!」
 律の声は遅かった。
 離れようと身を引いたファーだが、触れ合った羽根から放たれた漆黒の光に包み込まれてしまう。
「ファー! ファー!」
「……次に姿を現す彼は、違う人になっている……」
 頭に血が上っていた律を冷静にさせる冷めた少女の一言。
「そんなことはない。ファーはきっと、ファーのままで帰ってくる」
 必ず。帰ってくる。
 そう。信じている。

 ◇  ◇  ◇

 力がみなぎってくるような感覚。
 今まで知らなかった自分との対峙。
 手を招かれ、思わずそちらに歩き出しそうになって――かぶりを振った。
 その誘惑にはかからない。
 人を幸せにするための力ならともかく、人を殺し、不幸にする力や感情なんていらない。
「……力がほしくないのか?」
「そんなもの、今の俺には必要ない」
「最高の快楽が、待ってるぞ」
「それは、苦痛を伴うものだな。心が痛む」
「そんなことはない。殺して、殺して、殺しまくればいいんだ」
「死ねば誰かが悲しむ。それは胸が痛むことだ」
 ふと、真っ黒な感情が自分の中に流れ出した。
「なっ……」
「そのような甘い考え、とうの昔に捨てたはずだ」
「だが……いま、確かに俺が持っている」
 手足の自由が利かない。ゆっくりと近づいてくる人影。
「必要ない。封じてしまえばいい。あとは快楽に身を任せるだけだ。楽だぞ」
 甘美なまでの誘い。
 流れ込んでくる、快楽の感覚。
 流されそうになる心――
 しかし。
「ファーっ!」
 それを塞き止める、一つの存在。
 聞こえてきた声に、しっかりと目を見開き、手足を無理矢理にでも動かし、人影に対してかぶりを振った。
「……俺はお前の償いをして、生きていく。一人でも多くの人に、ささやかでいい、幸せを与えられるように」

 背後から――真っ白な光に包まれた。

 ◇  ◇  ◇

 一度は消えていた光が、また強くなって店の中を包み込む。
 思わず目を閉じた律。しかし、見つめなければいけない。見届けなければいけないと、胸に言い聞かせ、無理矢理に瞳を開いた。
 その先に――見える一つの影。
「……ファー?」
「……り、つ……」
「ファー! ファーだろう! そこにいるのは、ファーなんだろ!」
「……ああ……俺はこれから……罪を償いながら、生きて……いっても、いいだろうか……」
「当たり前だろ! 羽根が現れたら、全部俺が燃やす。ファーにも、他の誰にも近づけさせない。だからお前は生きて、お前が心に決めたこと、貫こうぜ!」
 光がどんどん失われていく。ファーがその身に漆黒を宿すように。自身に全てを封じ込むように、光を取り込んでいく。
「……一緒に……手伝って、くれるのか……?」
「ああ。手伝わせてくれよ。ここまで関わったんだから、最後までかかわってやるよ……って、最後がいつか、わからないか」
 苦笑を浮かべた律に、思わず笑みをこぼすファー。
「……自分たちの責任で、全て羽根を消すというの?」
 そこに降りかかる冷たい声。
「ああ。もちろん、俺たちだけでは無理もあるだろう。だからもし、お前が先に羽根を見つけたら、連絡くれないか? 自分で、何とかする。あつかましいとはわかっているが……」
「ミスしたら、容赦なく殺します。それを、忘れないで」
 スノーが表情を凍りつかせたまま言葉を残し、去っていってしまう。
 少しは認めてくれたということだろうか。
 ファーが、誘惑に打ち勝ったということを。
「律……迷惑をかけたな」
「迷惑じゃない。俺が好きでやったことだ。だから、気にするなって」
 人懐っこい笑顔を浮かべる律。
 この笑顔に、救われた。
 そしてこれからも、きっと救われていく。
 迷惑をかけてすまないという気持ちが大きいけれど。
 今はそれ以上に――
「……ありがとう……」
 感謝が込み上げてくる。

 ◇  ◇  ◇

 あの、事件からしばらくして。ファーが何の変哲もない毎日をすごしていたとき。
「――おい! ファー!」
「いらっしゃい……って、律か。どうした?」
「突然でめっちゃ悪い! でも頼む! 助けてくれ!」
「……どうしたんだ? 一体?」
「俺に仕事くれっ!」
 その申し出はあまりに唐突で。思いがけない言葉だったが。
「店で、働いてくれるのか?」
「働かせてくれるのか?」
 嬉しくて、仕方がなかった。
 親友と呼べるものと一緒に、この紅茶館「浅葱」ですごせるのだから。

「――もちろん。お前なら、大歓迎だ」

 これから、紅茶館「浅葱」のにぎやかな毎日が始まると思うと。
 嬉しくないはずがない。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖天慶・律‖整理番号:1380 │ 性別:男性 │ 年齢:18歳 │ 職業:天慶家当主護衛役
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、発注ありがとうございました!
そしてそして、漆黒の翼でシリーズ、最後までお付き合いいただけて光栄です!
うきうきしながら執筆させていただきました。律さんからいただける台詞の数々、
本当に暖かいものばかりで、胸打たれます。素敵なプレイングで、ノリに乗りな
がら作品を作り上げました。最後の場面はオマケです。

楽しんでいただけたら、大変光栄に思います。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!また、お目
にかかれることを願っております。
お気軽に、紅茶館「浅葱」へお越し下さい。

                         山崎あすな 拝