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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


もうひとつの声
 
 
「よくある話だよねぇ」
 事情を聞いた雫がそう漏らすと、
「よくあるんですか?」
 夏目浅海の表情が曇った。浅海は、雫を訪ねてインターネットカフェにまで足を運んできたのだ。メールや掲示板を通しての相談は多いが、直接雫を訪ねてくるのは珍しい。
「怪奇現象ってのは、電気や電波が多いところに集中したりするからねえ。だから、浅海ちゃんみたいなケースもよくあることなんだ」
 浅海の相談はこうである。
 駆けだしのネット声優である浅海は、先日納品した音声ファイルに、リテイクを要求された。理由は、奇妙なノイズ──浅海以外の誰かの声が入っているからだった。浅海も極力ノイズが入らないよう心がけてはおり、納品する前も、自分でノイズを取りのぞいているのだが、相手から送られてきたファイルには、確かに浅海には心当たりのない声が入っていた。
 奇妙な出来事が始まったのは、それからだ。
 録音した覚えのない、浅海の音声ファイルがある。彼女のサイトデータが書き換えられてある。人前では晒せない声もネットに出回っている。それを聞いたひとからの悪戯メールやストーカーまがいの者も現れるようになった。
「どうにかできませんか? このままじゃあたし、仕事どころか普通に生活もできなくて……」
「うーん。現実的に考えると、浅海ちゃんが二重人格ってセンもあるんだろうけどね。せっかくきてくれたんだし、調べてあげるよ」
 と、雫が言ったそのとき。
「雫、久しぶり〜」
 インターネットカフェに少女の声が響いた。銀髪で小柄な少女がこちらに駆けてくる。海原みあおである。
「夏休みだからってネットばかりじゃダメだよう。たまには外で遊ばなきゃ」
「それは、みあおちゃんもでしょ?」
「あれ? そういえば、そうだね〜」
 おかしそうに笑ったあと、
「またなにか事件? みあおも手伝うよー」
「ありがと。でも、もうひとり手伝ってもらいたい子がいるから、詳しい話は、その子が来てからするね」
 
 
 呼ばれたのは、湊・リドハーストだった。事情を聞き、意見を求められた湊は、
「普通に考えれば、恨みとか嫌がらせとか。熱烈なファンやストーカーのいきすぎた好意とかじゃないんですか? 単なる愉快犯かもしれませんけど」
「だよね? みあおもそう思う! だってネット声優ってすごそうだもん」
「……どうなの?」
 雫が聞くと、浅海は首を振った。
「熱烈なファンというのは、たぶんいません。あたし、まだ駆けだしですし。恨みとかストーカーは、もしかしたらあるかもしれませんけど」
「ふむ」
「それにね、みあおちゃん。ネット声優って、全然すごくないのよ。マイクとパソコンがあれば、明日からみあおちゃんにもなれるのよ」
「そなの?」
「自称の世界だからね。ネットにサンプルボイスをアップして、『お仕事募集中』って言えば、それでもうネット声優だもの」
「はわっ。そんなんでいいんですかっ?」
 驚いたふうに湊が言うと、困ったように浅海は笑った。
「色々なひとがいる世界だから。あたしは、『お仕事募集中』に、ほんのちょっと毛が生えたくらい。仕事だって、今はまだ報酬がもらえるほどじゃないし──って、話がズレてる気がするんですけど」
「だね。話、戻そっか」
「あの、一つ質問していいですか?」と湊。
「なに?」
「事件のきっかけになった仕事は、どうして引き受けたんですか?」
「以前にも仕事させてもらってるから。何度も言ってるけど、あたし駆けだしだし、声をかけてもらったら基本的に引き受けることにしてるの」
「仕事先の人間関係でトラブルみたいなことは?」
「ない、と思います」
「ね、みあおも訊いていい? 『もうひとつの声』って、本当に浅海の声なの? 双子のお姉さんだったり、しんせさいざーで合成した声だったりしない?」
「あたし、一人っ子だから。合成かどうかは、実際に聴いてみたほうがいいかもしれませんね。あたしの家に移動しましょうか」
 
 
 普通の部屋だなあ、と湊は思った。
 アマチュアとはいえ声優として活動しているのだから録音機材などあると想像していたのだが、八帖ほどの部屋には机、パソコン、本棚、コンポ、それにベッドがあるくらいだった。録音器具らしきものがあるとすれば、パソコンの脇に置かれてあるマイクだけである。
「これ使ってるの? カラオケとかにあるマイクだよね?」
 みあおが訊ねる。
「うん。本当はコンデンサーマイク──スタジオとかで使ってるのがいいんだけど、あれは高いし壊れやすいから」
 返事をしながら、浅海はパソコンを起動させた。なにかのソフトを操作し、しばらくすると、
「問題の声を再生しますね」
 スピーカーから聴こえてきたのは、やわらかい口調の浅海の声。恋愛小説から切り取ってきたようなセリフを、浅海がいっている。「大好きだよ」の言葉のあと、ボリュームをあげた。
 聞き取りにくいが、浅海の声の背後で誰かの声がする。しだいにその声は大きくなり、低い女性の声で、
『死ね死ね死ね死ね──』
「ったく、死ね死ね団じゃあるまいし」
「はわわ。なんですか、それ?」
「……そこは適当にスルーしてよ」
 小声で雫がつぶやくのを聞いて、もしかしたら突っ込むところだったのかも、などと湊は思ってしまった。ハリセンは常備しているのに……。
「違うファイルも再生しますね」
 と浅海がまた音声を流した。聞いた感じでは、合成したようには思えない。むしろ、口調こそ違っているものの、浅海本人の声のような気がする。
 しかし、浅海本人だとしたら内容が酷すぎた。彼女の品位を落とすことばかり口走っていて、よくこんなものを他人に聞かせたものだと驚いてしまう。本人じゃない湊のほうが怒りで震えていた。
「あのさ、雫。みあお、思うんだけど犯人が幽霊系なら、パソを調べたほうがいいんじゃない?」
「うん。でも、その前に試したいことがあるんだ。湊ちゃん、お願い」
「了解です!」
 絶対犯人を蹴り飛ばしてやる。──湊は強く心に誓った。
 
 
 まずは部屋の中央にマイクスタンドを立てた。蛍光灯と冷房を切り、窓とカーテンも閉める。
「はわっ。録音するのに、ここまでするんですか?」
「できるだけノイズが入らないようにね──じゃ、あたしたちは外にでてるから」
 浅海がそう告げてから、湊以外の三人は部屋からでていった。
 マイクのスイッチを入れる。「あーあーただいまマイクのテスト中」と適当に言ってから、一度目を瞑り、息を呑んだ。
 数秒後に目を開け、
「こちら本物の夏目浅海です。偽者のあたし、聴こえますか?」
 発せられたのは、浅海の声だった。これが湊の能力のひとつだった。一度聞いた声や音を、ほぼ完璧に再現できるのである。
 つまり、オトリ捜査だった。
 浅海に似せた音声ファイルをネット上で聴けるようにし、犯人がどう反応するか試そうというのだ。
「あたしに用があるなら、こそこそ隠れてないで、直接あたしに言ってください。いい加減こっちもキレそうです。でてこないなら、あたしにも考えがあります。覚悟しておいてください」
 ──スイッチを切る。
 部屋に入ってきた雫が手をたたきながら言う。
「上出来上出来。さすが天才モノマネ師」
「ひとを芸人みたいに言わないでくださいよー」
「似たようなもんだって。──あとはこれをネットにアップして、様子みるだけだね」
 
 
 しばらくして反応があった。
「くるよ!」
 みあおが言うと同時に、蛍光灯がチカチカと点滅しだした。部屋が一度ぐらりと揺れ、傾いた本棚から勢いよく本がこぼれ落ちた。パソコンやコンポが宙に浮く。
「てやっ」
 跳ね上がった湊が、なにもない空を蹴り飛ばした。
 鈍い音がして、瞬間そこに実体が現れた。倒れた犯人に馬乗りになった湊は、攻撃の手を休めずに──
「──はわっ?」
 一瞬、湊の動きが止まった。
 そこにいたのは浅海そっくりの少女だった。振り返ると、そこにも浅海はいる。
「……お姉ちゃん?」
 驚いたように浅海がつぶやく。
「お姉ちゃん? さっき浅海は一人っ子って言ってなかった?」
 みあおの言葉にうなずき、
「従姉なの。──あたしが小学生のときに死んじゃったけど」
 もう一度、湊はふたりを見比べてみたが、本人と見間違うほどそっくりだった。彼女から浅海の声が発せられたのなら納得はいく。
「湊、とりあえず、そこどこうよ。このひとにも、なにか理由があるんだよ」
「でも」
「幸せ運ぶおきらくな鳥娘のみあおのモットーは、『みんな幸せ、それが一番』なんだ。このひとの不幸の種を取りのぞいてあげれば、このひとだって嫌がらせはもうしないと思うよ」
「そ、だね。でも、それは浅海ちゃんが従姉のお姉さんを許せれば、の話かな」と雫。
「浅海、どうなの?」
「許すもなにも──」
 それまで強張っていた浅海の表情が柔らかくなり、
「あたしが声の仕事をしているのは、お姉ちゃんの影響だから」
 瞬間、ポルターガイストがやみ、宙に浮いていたものが床に落ちた。どすんと大きな音とともに埃が舞い散る。それに構わず浅海は続けた。
「お姉ちゃんは、ずっと演劇をやっていたんです。お姉ちゃんになついていたあたしは、部活の練習にもくっついていったくらいで。大学に入って、小さな劇団にも入って、でも大きな病気を患ってしまって、そのまま──」
「妬み、かな」
 雫は言った。
「まがりなりにも浅海ちゃんは演技で仕事をしてる。それが羨ましいと同時に妬ましかったんだよ。死んでいるから、なおさらに」
「そうなの、お姉ちゃん?」
 訊かれて従姉の少女(背中にはまだ湊が乗っている)は浅海をじっとみつめ、やがて小さくうなずいた。
『ええ。私は浅海が羨ましかった。私にはなかった未来が、浅海の前には無限に広がっているようで』
「だったら、話は早いんじゃない?」
 思いついたように、みあおが言う。
「ネットには姿が見えないメリットがあるわけだし。浅海ちゃんと一緒にネット声優やっちゃえばいいんだよ。うん、我ながら名案!」
「あ、それいいかも。どう浅海ちゃん?」
「あたしは構いません。お姉ちゃんは?」
 彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 
 
 それから数日後。
 ひとりのネット声優が誕生したのを、雫はいつものインターネットカフェで見つけた。彼女のサイトのリンクに、浅海が紹介されていて、ひとりほくそ笑む。
「みんな幸せ、それが一番──か」
 確かにそうかもしれないな。ディスプレイを眺めながら、雫はそんなことを思っていた。
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
【1415 / 海原みあお / 女性 / 13 / 小学生】
【2332 / 湊・リドハースト / 女性 / 17 / 高校生兼牧師助手(今のとこバイト)】
 
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、みあおさん。ライターのひじりあやです。
お届けするのが大変遅くなってしまって申し訳ありません。しかも、夏休みの話なのに夏休みが終わってしまいましたし(涙) せめて八月中にお届けするつもりだったんですが、個人的な事情でギリギリに・・・。
さて、今回はネット声優の話だったのですが、作劇上、触れていないことがいくつかあります。書きすぎると、なんだかネット声優の説明だけで終わってしまいそうだったので(苦笑) ですので、現実のネット声優とは少し違っていたりします。まぁ、幽霊がネット声優デビューしている時点で全然違うんですが(笑)
 
今回、久しぶりにみあおさんが書けて楽しかったです。これに懲りず、また参加してくださると嬉しいです。
それでは、またいつかどこかでお会いしましょう。