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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


自縛暴走霊

 銃撃。
 止むことのない音。
 壊れていく事務所。
 かさんでいく経費。
 隣からは呆れた溜息。
 口元からは煙草の煙。
 それと、あとは……。

 扉には自縛霊。

「……お兄さん、彼、どうします?」
 不安気に訊ねる零に、武彦はどうしたもんかねと気のない返事を返した。
 幸い室内には身を隠すものが沢山ある。が、どれもこれも耐久性が最悪なために既に蜂の巣に近く、ただの塵屑と化していた。残る唯一の机を盾にし、三人はただただ敵の銃弾が尽きるのを待ってい
た。
 いつもの如く興信所にいる零を右隣に。
 その日御土産と言って果実酒と果実ジュースを持ってきた海原みたまを左隣に。
「これはもう持久戦だな」
 ぼそりと武彦が果実酒を手に言う。
「と言っても、相手の銃は霊力を主体にしてるので、尽きるってことは殆ど絶望的なんですけどね」
「……言うな」
「しかも扉からは動いちゃくれませんので、逃げようにもありませんし」
「ついでに言えば、少しでも顔を出した瞬間にアウトね」
 絶望的な単語をみたまが付け加え、零が深く嘆息する。
「お兄さん、何とかなりません?」
 無理と一蹴されて、零は再び肩を下す。その頭をみたまが武彦越しに優しく撫でる。
 そもそもの発端は元依頼者の逆恨みなのだが、如何せんこれはタチが悪すぎる。要求した報酬を全額支払わないだけでなく、呪(まじな)いまで残していくとは……。被害総額を考えただけでも頭痛が増していく。
「……あの報酬、妥当だったよな」
「多分」
 武彦は携帯電話を懐から取り出し、躊躇いながらも電話帳から一つの番号を探る。
「――あ、ども。草間です」
 ワンコールで出た相手に武彦は開口一番捲くし立てる。
「今日晩飯奢る。それで手を打ってほしい」
『ちょっと待って、一体何の話?』
 電話越しに艶めかしい声が聞こえる。対してこちらの音は物が粉砕される派手な音。そこで恐らく事態を把握出来たのだろう。
『そうそう、駅前に新しい仏蘭西料理店が出来たのよね』
 相手は愉しそうに言葉を紡いだ。
「足元見てないか?」
 答えはアンティークとは呼べないただ古いだけの椅子が、銃弾の餌食になる音で遮られる。再度答えを訊こうとし、それがあまりにも無益なことに気付く。
 ……ここはシュラインに借りるかな、また。
「兎に角、来てもらえば分かるから」
『了解。では有澤貴美子、十分後にお伺い致します』
 愉しそうな声と無機質な電子音の音、横には不安そうな顔と少し違うような顔。今にも零自身が被害を食い止めようと前線に出かねないのも武彦の不安の一つであり、今は手段を選んではいられないといったのが本音だろう。絶対に言いたくはないが。
「何か面白いことになっているようだな」
 落ち着いたトーンの女の声に、
「面白い……? 冥月、一体どこに目ぇ付けてんだ?」
 黒冥月は草間達の隠れる机の前の影から音もなく現れていた。机越しに覗き込み、三人の姿を見て再び笑う。
「しかし、あれだけ攻撃的な霊も珍しい。何をやらかした」
 ふふっと微笑む冥月の姿に、疲れた表情を見せながらも、武彦は依頼を踏み倒されてついでに呪われたことを掻い摘んで話す。時折入る零の補足の方が話としてはメインのようでもあったが、構わず続ける。
「ところで、よくこの銃撃の中無事だな」
 後方で顔だけちょいと出した零が、椅子の足が一本折れました、と報告した。冥月が苦笑した。
「私の能力は実体の無い霊は倒せないがな、霊力が主体でもエネルギーなら私の影は吸収できるんだ」
 今冥月の背後には板状の影が直立しており、実際机にも冥月のいる部分だけ銃弾が届いてない。
「それでどうするつもりだ? 草間興信所は今日をもって廃業か?」
 冥月の問いに、みたまはジュースを彼女に手渡しながら答える。
「私は玄関ごとぶっ壊した方が手っ取り早いってさっきから言ってるんだけど、中々取り合ってくれなくてさ。それくらいの火薬とか銃器はあるでしょ?」
 武彦の両の手で大きなバツの字が作られる。
「問題外だ。玄関壊したらその修繕に幾らかかるのか……」
「このままでも高くつくわよ?」
「……兎に角、だ」
 二人の絶え間ない会話に冥月が終止符を打つ。
「零なら霊には強いんじゃないのか?」
 ふと冥月が口を開く。覚悟していたように零は頷く。
「それともやはり銃撃はきついか? 私が協力しても構わないが――」

「そういうこと、か」
 草間興信所を中に構えるビルの前、シュライン・エマは一通りの事情を聞いて大きく嘆息した。事情一切の書かれた武彦からのメールを見せられ、外回りの疲労感が一層増したような気がしてならない。
「自縛霊とは、うちの興信所もぶっそうになったわね」
「だって草間君だから」
「……何故か納得出来るから哀しいわ」
 眼前の有澤貴美子と共にシュラインは上空を見上げる。時折窓硝子に何かが激しく叩きつけられる音はするものの、中の様子は遠くてさっぱり窺うことは出来ない。
 貴美子はほうっと溜息をつく。
「じゃあそろそろ電話してみようかしら」
「あ、私がするわ。ついでに言いたいこともあるしね」
「愚痴? 文句? 今回の手口?」
「両・方」
 リダイヤルに登録されたボタンを押し、怪しく微笑むシュラインを、やはり愉しそうに貴美子が見ていた。

「悪い、携帯だ」
 冥月の言葉を遮って、武彦は先ほど仕舞ったばかりの携帯電話を取り出す。
「女の話を遮ってまで出るなんて、どこの誰からの電話?」
 みたまの顔が横からひょいと携帯を覗き込む。
「『シュライン・エマ』……ってシュラインからか。今回のこと連絡してたの?」
 一瞬凍りついた後、武彦の首がぎこちなく振られる。貴美子達に仏蘭西料理を奢る代金を立て替えてもらおうとしてたことがばれたのか、或いは冷蔵庫に入れていた客用のお菓子を一つ摘んだことがばれたのか。はたまた買い物の荷物持ちか。次々に思い付く悪い想像に、電子音がただ響き続ける。
「もしもし、武彦代理の海原みたまです」
 気付けば携帯はみたまの手に握られている。
『現在状況の報告お願い』
 どう言おうかみたまは迷い、覗き込む冥月に手渡す。
「冥月だ。私が説明する。――現在状況は自縛霊が未だ変わらず玄関にて霊銃を発砲して、全く身動きが取れないものだ。突破する方法はなくはないんだが、草間が一向に承諾してくれなくてな」
 冥月が言葉を止め、武彦を見るとやはり大きくバツを作っている。
 困惑した表情で携帯はみたまに渡る。
「私達二人の案は全て却下。そっちに名案はない?」
 携帯を受け取ったみたまが電話越しに訊く。と、漸く二人の手から武彦が携帯を奪い返す。
『今ここに一つ案があるんだけど、それは結局元依頼人をぶちのめすことは出来ないと思うの。それでもいい? それか面倒だけど、法的手段か非合法的手段もあるけどどうする?』
 あー、と上ずった声のあと、武彦は髪を掻きながら申し訳なさそうに言った。
「……実は、さ。俺の方もまあ微妙にこんなことになる心当たりがなくもないんで。仕事を果たせりゃいいや、ってことで依頼人の家を半壊させちまった、ってそういう事実もある訳で。本音を言うと、アレだけ退治出来ればいいかな、なんて。つまりは、だ。――任せる」
『了解』
 ほうと深い息をついて通話を切ろうとし、
『詳細はまた後でね』
 冷たい声は何故だか、五月蝿い銃声の中で一際よく聞こえた。

 指が通話を切ると同時にシュラインは貴美子に向けて笑みを浮かべる。
「OKよ」
「分かったわ」
 詠唱を既に完了していたのか、貴美子の周囲は光に満ちている。召霊された数十匹の精霊の群れは、召喚者の命を待つかのように漂っている。
「          」
 エマには全く聞き取れない言語に、光は一瞬自身の体を一段強く光らせ上空へ向けて飛んでいく。カーテンが開け放たれたままの窓に向けて一直線にその身を進めていき、窓に吸い込まれるように消えていった。
 あっという間の出来事に、手際がいいわねと一言。
「このあとが一番大変なのよ」
 貴美子が少し疲れたように言う。その肩をシュラインが軽く叩いて、静かに微笑む。
「依頼人をぶちのめさなくてOKなら簡単よ。武彦さんの娯楽を一切断てば生活出来るだろうしね。ちょっと気になることが一つあるのは気がかりだけど」
 言葉に貴美子は小さく首を捻る。
「気になること?」
「どうして零ちゃんを使わなかった、ってこと」
 くすくすと貴美子が笑って、指を一本立てる。
「それは多分ね――」
 きょとんとしていたシュラインが貴美子の言葉のあと、信じられないと言った面持ちで笑った。

 光は霊の体に瞬く間に取り付き、一瞬の後には全てが浄化されていた。自縛霊の姿は既に微塵も見ることも感じることも出来ない。あまりの手際の良さに、武彦は不貞腐れる以外何もしなかった。
「流石は有澤探偵事務所」
 みたまが小さく拍手する。
「結局は封術で護られていなかった大事な資料以外、皆駄目になったみたいね」
 崩壊に近くなった所内をぐるりと見渡し、肩を竦める。
 しんと静まり返ったそこで、四人は惨状をただ無言で眺めている。ふと、冥月が思い出したように手を打つ。
「そういえば忘れていた」
 武彦の顔が厭そうに彼女に向く。
「……謝礼は貰えるんだろうな?」
「違うでしょ? 冥月」
 手の甲がぴしゃりと冥月の胸に向けて、所謂ツッコミのように放たれる。
「そうだったな、失礼」
 悪戯めいた笑みで、にやりと冥月の顔が歪む。
「何故零を使わなかった、だ。その問いに答えてもらうのがまだだった」
 気付けば零の視線も注がれていることに気付くと、武彦は言い辛そうに顔を背けた。女達の視線にさらされ、思わずひびの入りかけた窓の方に視線をやるも、質量のないそれはそれでも冷たく痛い。裾を引っ張る零の目も不思議そうに武彦を見つめている。
 沈黙に耐えかねたのか、武彦は少し照れたように一言だけぶっきらぼうに言った。
 長い長い溜息のあとの、短い一言だった。
「……零を危険な目に合わせられる訳ないじゃないか」





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1319/有澤貴美子/女性/31歳/探偵・光のウィッチ】
【1685/海原みたま/女性/22歳/奥さん兼主婦兼傭兵】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、或いは御久し振りです。
千秋志庵と申します。
依頼、有難う御座います。

今回は、武彦は絶対零想いだなという想像の元に書き上げました。
元依頼人はそのあとどうなったかは想像にお任せするとして、武彦のその後が私としてもとても気になるところです。
毎回毎回彼には受難続きな話を与えてしまっているのですが、毎回毎回魅力的な登場人物に囲まれているのは幸いなことではないのでしょうか?
そして重要なのは、非日常こそが日常である。
そう思うことが多々あります。
本人にしてみれば迷惑極まりないのでしょうけど(笑)。
恐らく次回もトラブルに巻き込まれること必須ですね。
勝手ながら、兄妹二人で頑張ってほしいな、と思います。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝