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<東京怪談ノベル(シングル)>


修行だったらっ



 照りつける太陽。
 うだるような暑さ。
 そして潮騒。
 どこまでも続く砂浜。
「はっ! たっ!」
 ひゅんひゅんと風が鳴る。
 ぼとぼと落ちてくる椰子の実。
 ごす、と。
「‥‥‥‥」
 ひとつが、早朝特訓に励んでいた桐崎明日の頭を直撃する。
 ウニだとか、クリ坊主だとか、ヤマアラシのジレンマだとか呼ばれている彼の髪型でも、もちろん万有引力の法則と椰子の実の重さに勝てるはずがない。
「‥‥‥‥」
 無言のまま、頭を抱えてうずくまる。
 とっても痛そうだ。
 涙まで浮かべていたりして。
 滅多に見れない光景である。
 この桐崎という少年、なかなか困ったヤツで、常に格好良くありたいとかヨコシマなことを考えていたりするのだ。
 こんな間抜けな姿、他人に見せるわけにはいかない。
 特に女性陣には。
「ふー ふー」
 数分後。
 やっと息を整える。
 遠くニッポンを離れたハワイの地で、なにをバカなことをやっているのかといえば、べつに遊んでいるわけではない。
 探偵クラブの合宿自体は遊びの領域を出ないのだが、桐崎にはべつの目的があった。
「ナンパじゃありませんよ?」
 だれもそんなことはいっていない。
 目的は、修行である。
 数ヶ月前から起こっている剣豪たちとの暗闘。
 それに備えるためだ。
 といっても、たかが一日二日訓練したところで急に強くなるわけではない。彼が考えたのは、戦闘パターンの変更である。
 桐崎の使用する武器は飛針という。
 長さ三〇センチメートルほどの鋼鉄製の針だ。針といってもけっこうな太さがあり、形状としては棒手裏剣に近い。
 あくまで暗殺用のアイテムで、剣豪たちと戦うには貧弱な武器であることは否めない。
 そこで、
「極細のワイヤーと組み合わせてみました」
 針と糸が空間を縫う。
 先ほどから聞こえるひゅんひゅんという風音は、糸によって切り裂かれた空気があげる悲鳴のようなものだ。
 中国拳法で用いられるヒョウという武器がヒントになっている。
 これなら、飛針の弱点のひとつであるリーチの短さをカバーできる。
 しかも投げつけた後も回収できるから、武器を無駄にしなくてすむっ。
「‥‥俺はどこぞの貧乏探偵ですか‥‥」
 げっそりと呟く少年。
 まあ、使用武器の回収はじつはけっこう重要な問題だ。きちんとすべて回収しないと証拠を残すことになってしまうから。
 いまは戦国時代とは違うので、当然のように戦い自体が罪になってしまうのだ。
 決闘罪だって廃止されてはいない。
 桐崎は無能ではないので、国家というものの力を侮ったことはなく、正当に正常に認識している。
 不必要に国家を敵に回すと、その後の行動だって制限される。
 だからこそ、たとえば怪奇探偵などは警視庁や自衛隊の幹部連中とのパイプを大切にするのだ。
 非常に言葉は悪いが、国家権力とは無罪の者を処刑台に送ることのできる力である。
 侮るわけにはいかないのだ。
「そんなわけで、国内ではなかなかできないんですよ。訓練も」
 ハワイで修行というのも、ちょっと遊びっぽいが、じつはけっこう伝統もある。
 額に肉と書いたへんな生物もこの地で修行して必殺技を四八個も伝授されたわけだし、プロ野球のチームだってハワイでキャンプを張る。
 そういえばJリーグの二部リーグで最下位のチームはオーストラリアでキャンプしたらしい。そしてコアラを抱きにいった選手もいるというから、こちらは行楽キャンプだったのだろう。
 ちなみに札幌に本拠地を置く球団だ。
 ここの選手たちより、桐崎は一八九倍ほど真面目だし、真剣に物事を考えるので、修行に手を抜くつもりはない。
 ひとつの技を極めることは時間的に不可能だが、ある程度の型を身につけることができれば、あとはイメージトレーニングと実戦の場で鍛える。
「強くならないと、いけませんからね」
 ややほろ苦い表情。
 彼は、自分が他の仲間より劣っていることを知っている。
 能力が、ではない。
 単に戦闘力だけを比較するなら、桐崎は仲間内でもトップクラスだ。
 では、なにが劣っているのか。
 それは経験である。
 自分より圧倒的に強い者と戦った経験が、アサシンあがりの少年には決定的に不足していた。
 日本転覆をもくろむ陰陽師軍団との戦い。
 北辺の地でおこなわれた、クトゥルフやニャルラトテップという異界の邪神との激闘。異能者を狩るハンターたちとの勝負と共闘。
 そして、吸血鬼ドラキュラを相手取った、この国を終わらせないための死闘。
 どれも桐崎は経験しなかった。
 自分よりも圧倒的に強い相手。
 ゼロどころかマイナスに近い勝算。
 嘔吐感のように込みあげる恐怖。
 濃厚に感じる、自身の死の香り。
 そういう戦いだ。
 桐崎は、まだそれを体験していない。
 スピードとかテクニックとかパワーとか、そんな次元ではないのだ。
 神や、伝説の存在に挑むということは。
「‥‥わかってますよ」
 ぎりり、と奥歯をかみしめる。
 判っていることだ。少なくとも頭の中では。
 あのとき、彼は可児才蔵を倒した。仲間内で唯一、戦果らしい戦果をあげたことになる。
 しかし桐崎は知っていた。
 純粋な戦闘力を比較すれば、剣豪たちの足元にも及ばないのだ。
 奇襲と常軌を逸した戦い方で、なんとか隙をつけただけなのである。
 次も同じ手が通じると考えるほど、彼は愚かでも無能でもなかった。
 だから、
「強くならなくてはいけないんです。せめて、仲間の足を引っ張らない程度には」
 鋼鉄の糸が踊る。
 不規則な軌道を描いて。
 もっと速く。
 もっと強く。
 ひゅんひゅん、と哭く風。
 ぼとぼとと落ちる椰子の実。それすらも空中で分解される。
 あまりにも糸の動きが速いために、固い果実が切り裂かれたのだ。
 そして‥‥。
 沸きあがる拍手と歓声。
 驚いて振り返る少年。
 黒い瞳に映る数十人のギャラリー。
 いつの間にか現地の人や観光客が集まってきていた。
 どうしたら良いんだろう?
「‥‥‥‥」
 一瞬の沈黙の後。
「どもどもー☆」
 愛想良く観衆に手を振る。
 大道芸で押し通す事にしたらしい。
 楽園の太陽が照らす。
 東洋からやってきたワイヤーボーイの姿を。
 苦笑しながら。


  エピローグ

 ちなみに、桐崎が落とした椰子の実は全部で一六個。
 観客に配ったり、合宿所に持ち帰ったりした。
 もらえたオヒネリは総額は一二ドルちょっと。
「生活していくのは大変かもね」
 時ならぬ荷物を持って戻ってきた彼を、仲の良い少女がからかった。









                      おわり