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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


裏祭り
 どんどん…ぴぃひゃらら…
 風に乗って流れてくるのは独特の拍子を持つ祭囃子の笛と太鼓の音。年季の入った者が演奏しているのではなさそうで、時折調子が外れるのはご愛嬌と言ったところか。
「夏祭りってやっぱりいいね」
「そうだね。こんな風景がずっと続けばいいと思うよ」
 丹の言葉に同意した零樹がすぅと切れ長の目を細め、朧に輝く赤い祭り提灯を眺める。
 地元の神社でのお祭りは小さいながらもそれなりに盛大で、浴衣姿の人影も多い。かく言う丹も浴衣にサンダルと言う今時の格好で楽しんでおり、浴衣に合わせてアップにした髪が良く似合っていた。
 対して零樹はと言うと、ぞろりとした着流しの下に渋い色合いの浴衣を着ており、日本人形のような容姿と相まって恐ろしい程似合っていた。
「あ、また…これで零樹さんのこと振り返ったの何人目?」
「さあね」
 隣り合って歩きながら、くすっと笑う丹。人目を引くのは姿かたちばかりではなく、その彼が持つ気配――と言うのか。独特の気が祭りの雰囲気に混じっているからだろうと想像出来たからだ。
「――ん?」
 夜店を冷やかしながら歩いていたその時に、ふと何か気になる物でも見つけたのか、零樹がふいに脇を向いた。見れば、夜目にも怪しい姿勢の不審人物が、その腕に何か丸い物を抱えてよたよたと歩いている。かすかな灯りに、眼鏡が反射してきらりと光り。
「草間さんじゃないか」
「ほんと…何してるのかな」
 見られている事には気付いていないらしい。気になるまま近寄ってみる…と、ぱきん、と言う小枝の折れる音ではっと顔を上げ、気付かれたと知った途端ばたばたと走り出した。数歩も行かないうちにぜいぜいと息を切らせながらよたっていたため、駆け出すと間もなく捕まえられてしまったのが情けなかったが。
「何をしているんだい?不審者の真似でもしていたいんなら警察を呼んで差し上げるけど」
「――な、なんだ。お前達か。…いや、それは勘弁してくれ。警察は面倒なんでな」
「零樹さんたら。――でも、本当、どうしたんですか?それに、その…石ですよね、それ」
「まあな」
 祭り客とは少し離れ、空いていたベンチに腰を下ろして、その隣にごろんとバスケットボール程の大きさの石を置く。
「これがな。事務所に送られて来た。悪戯らしいんだが…やれやれ」
「それでわざわざお返しに?大変でしたね」
「仕方ないだろう…あちらとこちらの境界線を引いた、結界石の1つなんだ。きちんと元の場所に戻さないと――もう、混ざってるようだがな…」
 ――確かに。
 武彦に言われ、あちこちを眺めると…ぱっと見には気付かないが、少し妙な『客』が混じっているのが分かる。
 まだ害を成す状態までは行っていないらしいが、境界線が崩れてしまっている事にもっと大勢の『それ』が気付けばタダでは済まないだろう。
 これは早々に帰ることにするかな…そう思った矢先。
「手伝います」
 2人がほぼ同時に丹の顔を見た。…真っ直ぐ、丹が武彦を見つめている。
「せっかくのお祭りなのに、めちゃくちゃにされたら大変じゃないですか。だから、きちんと結界を張りなおすのを手伝います」
「しかし、危険だぞ。特にお前は」
 それに、と続けようとする武彦の言葉は分かっている。
 丹には自らの危機に対し自衛する術が無い。能力を持つ者に対してのサポートとなると抜群の威力を発揮するのだが…正直危険は免れない。其れを思い、武彦は断わろうとしているようだが。
「いいんじゃないかな。何だったら僕も御手伝いするし。大体、草間さん1人で出来ると思っているの?」
 しれっとした顔で穏やかに丹の味方に付く零樹。
「それはそうだが、しかしだな」
「折も折、せっかく会えたんだからこういう時には利用しないと。それとも、どうしても手におえなくなってから他の助っ人を呼ぶ?手伝えないんだったら御邪魔でしょうから僕達は帰らせてもらうけどね?」
 にっこり、と。
 実に楽しげにそう言ってのけた零樹に、やや恨めしげな視線を向ける武彦。
「仕方ない――か」
 実を言えば、手助けしてくれる者が居れば良いと思っていたのだろう。こんな偶然でもなければ出会う事などなかっただろうが…どことなくほっとした様子なのは隠し様が無く。
 ――きゃぁっ。
「休ませてもくれそうにないんだな」
 ベンチのある箇所から斜め向こう――本殿の辺りを眺めながら小さく舌打ちし、よいせと声をかけながらごろりと石を抱え上げる。
「ああ、草間さん。その石は丹ちゃんに渡してくれないかな。草間さんには囮になってもらう予定なんでね」
「俺がかい」
 ええ、と零樹が薄く微笑む。
「それに、彼女の方が結界を張るにはうってつけだろうし。その石が『栓』なら、彼女は強力接着剤のようなものだし、ね」
 ほんの少し考えて、武彦がそうだなと呟いて丹に石を手渡す。…丹の手に乗ったその石は、イメージしていたよりも遥かに軽く、片手でも持てそうな程だった。武彦があれだけ重そうに持ち歩いていたと言うのに。
「ほらね。彼女の方が適任でしょ」
 その事は予想が付いていたか、零樹が武彦へにこりと笑いかけ。
「それじゃ、行こうか。っと、ところで結界石の置き場は?」
「本殿の真後ろだ。その奥に神木がある――見えるだろう?鎮守祭りだからな…主賓はあの木さ」
 闇に透けるような、社と。
 その奥にそびえ立つ黒々とした木。
 互いに頷いて目と目を見交わし、自然逆三角のフォーメーションを描きながら本殿へと静かに近づいて行く。丹は石を抱きかかえ、零樹は懐手にしたまま――そして武彦は、それが癖なのか火もつけないままに煙草を口の端に咥えた。

*****

 ざわ、ざわ。
 ざわ、――ざわ。
 本殿の内部は雰囲気を出す為か蝋燭以外の灯りは使用されていない。そのオレンジ色の揺らめきが本殿の中を照らし、中に蠢くモノ達を過剰なまでにおどろめかして見せている。
 きききききき。
 気付けば。
 本殿を取り巻く周囲に『人』の姿は無く、似通っているものの人ではあり得ない気配が――真っ直ぐ3人を射抜いていた。そう…気付いたのだ。本殿へ近づく3人が、何を意図しているのか。
「薊…今日は好きなだけ喰らっていいからね」
 かたかた、と歪な人形が小さく揺れ動く。零樹が歩くたび揺れているようにも見えるのだが、よくよく観察して居れば、零樹の動きとは全く別の――意思を感じさせる動きをしていると気付いただろう。
 目的は本殿の後ろ。…その前に通り抜けなければならない本殿前には、後数歩という距離まで近づいていた。
 ざわざわ――

 ――ジャマ

 モット

 アソブ――

 丹が持つ結界石目がけ、本殿の中に居た面々が文字通り飛び掛ってくる。
「…っ」
 ぎゅっと石を抱きしめ、離すまいと目を閉じる丹。その耳に、きぃぃぃ…と小さな悲鳴が届いた。はっと目を開けて見れば、零樹の相棒がかくんと首を傾げるようにしてしゅるんと何かを飲み込んでいくのが見え。
 その隣では背広を脱いだ武彦が、空飛ぶお玉杓子の集合体のようなものをばさばさと追い払っては薊の前へと追い込んでいる。それよりも力の弱いモノに関しては自分でも対処出来るようで、かなり慣れた手つきで道具を使い封じたり追い払ったりしていた。
「年季入ってるね。さすが怪奇探偵」
「――本気でその二つ名は遠慮させてもらう」
 武彦の嫌そうな声にくすくすと零樹の笑い声が重なった。

 踊るように

 薊が、浄瑠璃のように

 舞いながら、嬉しげに楽しげにそれらヒト成らざるモノを喰らっている。

 次々と喰らっては溜め込み――時折本殿の中で未だ蟠っている澱みへと、純粋なエネルギーに変換した『力』を吐き出しては霧散させ、かたかたと可愛らしく笑い。
「随分減ったな…それでも裏へ回らせるにはちょっと危険か」
「じゃあそろそろ草間さんの囮具合を拝見させてもらうとしようかな」
 零樹が行くよ――と声をかけ、武彦の持っている背広の中へ何かを落し入れる。其れを大事そうに背広で包んだ武彦が、
「任せろ」
 腕の中に抱えてその場からだっと走り出した。あからさまな陽動だったのだが――武彦と共に動く、武彦の持つ『力あるモノ』に惑わされたか道を塞いでいたもの達が武彦の後を追って一斉に近寄って行く。
「丹ちゃん、走るんだ。今なら押えていられるから――」
 幸い、何かを抱えて走り出した武彦の囮っぷりが見事だったせいか、丹はノーマークになっていた。零樹が相手しているモノも、実体化してしまったのが仇となったかあっさりと踏みつけられてしまっている。
「うんっ」
 浴衣の袖で抱きしめた其れを持って、裏へと急いだ。…戻れると分かったからだろうか、腕の中の石はほんのりと温かく感じられた。

*****

 ――威容を誇る神木は、神気を発するわけでもなくただその場にどっしりと根を下ろしているように見える。だが、本殿前で感じたものとはまるで違う清浄な空気に、やはりこの木が…と思わず見上げて納得する。
 これだけの年月を行きて、人が願うままに神木として――この社を、この地を守護するモノになっているのだろうと。
「――あれ?」
 その鼻先を掠めた『何か』の匂い…とでも言えばいいのか。混ざる事を拒否せざるを得ない異質な『気』に丹の顔が引き締まり、武彦が教えてくれた石の在り処――神木の裏へ回る。
「あ…」
 地面へ垂れ下がっている細い藁縄が、まず丹の目に付いた。それからようやくその他のものが目に入ってくる。
「これが…結界だったんだ」
 細い縄で四角く括ってあるその中に、数個の石が円を描くように置かれている。だがその縄の一端は切れ、その真下にある地面には丸い窪みがあるばかり。
 ――物足りない。
 何故だか、そう思う。此処を完成させなければ、と。
 儀式など知る筈も無いのに、丹の口からは静かに祝詞が流れていた。石を奉げ、秘呪にも似た仕草でうやうやしく窪みへと嵌めこみ…その上に手の平を置いたまま、何度も何度も繰り返し一定のリズムで言葉を紡ぐ。

 その都度。
 石の『強度』が、増していく。言葉に込められた想いと共に――丹の口を通して、丹の身体を通して、『結界』が完成されていく。

「御見事」

 ぱちぱちと拍手を送られてはっと気が付くと、何時の間に来ていたのか零樹と武彦の2人が――武彦は少し疲れたような顔をしていたが――丹を見守っていた。
「これは駄賃では済まなそうだな。こんなものまで使わせてもらっては」
 大事そうに抱えていた物を零樹に返すのを見て、丹が驚いたように目を見張った。
 結界石の代わりに武彦が抱いて走り出したもの。
 それは――薊の頚。
「石と同じくらい力を持ったモノが必要だったんだ。まあ彼女の首なら直ぐ直るから問題ないよ」
 だがきっとそれは、渡す相手が武彦だからであり――本体を持っていたのが丹だったからに違いない。薊自身は不満かもしれないが…。
「そうだね、報酬は…そうだ、いい事思いついた」
「あんまり高いのは無しだぞ」
「いいや?たいしたことじゃないさ――ねえ丹ちゃん、あっちの世界の祭りって見てみたくない?こっちとは違う裏側のお祭りだよ」
「…あるの?お祭り」
「あるみたいだね。…どうやら、今日のこの騒ぎは色々と重なったせいらしいよ」
 表と裏のように、同じ日同じ時に祭りが始まった事。此処とあちらとが同調し、螺旋を描いた力が溢れそうになっていた所に、偶然結界を張る縄が切れると言うアクシデントが起こったこと。
 ――後は、楔になっていた結界石を押し出せば良い。それだけで――此方の世界へやって来れる。
「簡単に行き来出来ないからね。丁度刻が混じる今なら、少しの間あちらへ遊びに行く事が出来そうだ」
「それなら行ってみたいな」
「よろしくね草間さん。『命綱』は預けておくから、見張っておいて…そうだね。30分したら石を持ち上げて僕達を連れ戻してくれればいい」
「あーはいはい。分かったよ。…で、命綱ってのは?」
「この子さ」
 何時の間に繋いだのか、しっかりと首の据わった状態に戻っている薊をそっと手渡し。
「頼んだよ、薊」
 草間に対するものとは随分違う口調で語りかけるのを聞き、武彦が苦笑いする。

*****

 ひいらひいひゃらてれつくてん…
 先程聞いた曲とは趣も大分違うが、腕も格段に違う。小太鼓でも使っているのか、滑らかで小さな音が絨毯を敷いたような赤い道に流れていた。
 色の付いた狐火が道案内するように両脇から照らしている、そんな道を2人で並んで歩く。道の両側に並んでいる夜店も古めかしいようでとても懐かしい雰囲気があった。
 からん、ころん。
 浴衣姿の2人を追い越していくモノや、すれ違うモノもヒトのようであったり、動物っぽかったり…はたまた靴や茶碗などの器物に手足が付いたものもありで見る度丹が目を丸くし、楽しそうににこにこと微笑み。のんびりと歩きながら、ふと疑問を思い出したようで零樹へと顔を向ける。
「そう言えば…命綱ってどう言うこと?零樹さんの体に紐が付いている訳でもないよね」
「帰るための目印みたいなものだよ。薊なら僕の事を良く分かるし、僕もあの子に通じる道は何処にいたって辿れるから」
「――赤い糸みたいね」
 ほんの少し考え込んだ丹の言葉に、くすと思わず笑い出してしまう零樹。
「笑わなくても…あっ、そうだ。ねえ零樹さん、聞いてもいい?」
 赤い糸から何か連想したのだろうか?声に出さず、首を傾げるだけで丹の言葉を促した零樹に、ほんの少しためらって見せると、
「あのね…あの子の秘密って何なのか、零樹さん知ってるのよね。教えてもらえないかな」
 いつもの調子よりは随分トーンを落として訊ねた。
「あの子、って」
「――さん。零樹さんと同じく、日本人形みたいな…」
「――」
 滅多に無い事なのだが、零樹が言葉に詰まって…そのまま、黙って歩き続けた。丹もそれ以上催促せずに、並んで歩いていく。
 ――祭りは此方でも好まれるらしく、通り過ぎる夜店には必ず何らかの『客』がいた。零樹が黙っている間、その客をちらちらと眺めながら、隣を歩く男からの言葉を待つ。
「ん…まあ…そうだな。彼女は……だから」
 ごにょごにょと中途を濁しながら、零樹が困った顔をする。
 そんな零樹の顔は見たことが無かった丹がこれまた驚いた顔をし、聞き返す事も出来ずに居たのをどう受け取ったか、零樹がぴたりと足を止めると丹へ近づく素振りを見せる。
「丹ちゃん――」
「な、なに?」
 どぎまぎしながら零樹に聞き返す丹。そんな彼女ににこりと笑いかけると、
「後ろ。見て御覧」
 そう悪戯っぽく目を細めた。
「からかったの?ひど――」
 怒って見せながらも言われたように振り返って、其処に並べられているモノに言葉を途切れさせた。
「…綺麗ね」
「綺麗だね。これなんかどうかな」
 真赤な珊瑚珠の付いた、蝶の図柄の透かし彫り。丹が一目見て目を奪われてしまったその精緻な作りの簪をひょいと取り上げ、飾り気の無いアップにした髪へと飾ってみる。
 簪は金属製らしく、ひやりとした冷たさが地肌へとかすかに当たった。
「うん。良く似合うよ――幾ら?」
「―――だよ」
 時代劇で見かけるような傘を被り、顔が見えない男がぼそぼそと呟き、聞き取ったらしい零樹が金を手渡して買い。改めてその簪を丹の髪へときちんと差し込んでやった。
「ありがとう、でもいいの?」
「飾りが無くて寂しそうだったからね。丁度良かったよ」
 すっかりはぐらかされてしまった事に少しして気付いたものの、手を髪へそっと当てる度に浮かんでくる唇の笑みにまあいいか、と内心で呟く。
 訊ねる機会はまたきっと来る。もっと自然な形で――零樹が答えるのに躊躇しないような時が。
 それまでは。
 ――簪にまたそっと触れ、実に嬉しそうに目をきらきらと輝かせる丹。そんな彼女を、零樹は他の夜店を冷やかすふりをしながら目を細めて窺っていた。
 口元に楽しげな笑みをゆるりと浮かべつつ。
 ひいひゃらひいひゃら……てれつくとんとん…
 祭囃子の音色は、そんな思惑など関係なく『祭り』を祝い、穏やかに滑らかに赤い通りを流れていた…。


-end-