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<東京怪談・PCゲームノベル>


琥珀の見る夢

 入荷した商品の一つ、琥珀と呼ばれる樹脂が固まった宝珠のうち虫を抱いた希有な宝珠を、蓮は眺めていた。
 光の加減だろうか、その動かないはずの虫の足が、動いたように見えた。
 宝石のことなら専門家に任せた方が良いだろうと呼んだ柘榴は、出たがっていると言う。
 問題は、出た後のことだ。
 どうして出たがっているのかも知りたい。
 柘榴と連れ立ってやってきた燐華は宝珠を割ってしまおうとまで考えているようだったが、そうなると宝珠としての価値が無くなる。
 しかし、こんなことは滅多にあることじゃあない。
 蓮だって割って出してみたい。
 ただ、アンティークショップ店主としての矜持がほんの少し、邪魔をしているだけ。

「あたしは出してみたい。この虫も出たがっている。
 さて、どうするべきだと思う?」

◆◇◆

 漆黒の光沢の上に真紅の彼岸花が映えるアオザイと、黒く艶やかな髪を風に風にそよがせながら歩いていた海原みそのは、アンティークショップの前で足を止めた。
 何だか面白そうなものが”見えた”ので、興味を覚えて店の中に入る。

「こんにちは、どうかなさいましたか?」

× × ×

 何か掘り出し物はあるだろうか。
 最早常連になりつつあるセレスティ・カーニンガムは、少しばかり騒がしくなった店内の様子に気付いた。
 手に取って眺めていた何やらよく判らない物を棚に戻し、ステッキを持って会話の出所へ向かう。


 行儀悪くカウンターの机に乗ったまま、柘榴は二つの知らない気配にきょとんと振り返った。
「あら……。ちょうど良かったですねえ。お二人にもご意見戴きましょう」
 セレスティとみそのに驚いた様子もなく、燐華は微笑みを浮かべる。
「多数決で決めようってのかい?」
 手の内にある宝珠を一握りし、蓮は苦笑した。
 結局どうして虫が出たがっているのか訊く間もなく、蓮はセレスティとみそのに簡略な説明をする。
 宝珠の出所は昔からの取引先であるとしか明かさなかった。
「出すことに異存はありません。動き出したのなら、虫にとって琥珀は檻でしかないのでしょうから」
「わたくしも異存ありません。虫様は”此処”の空気と風を羽で感じたいと思ったのではないでしょうか。わたくしは古代の風と空気を”見てみたい”と思いましたし、問題はないかと」
「皆さん好意的ですねえ」
 同じ意見を持つ者同士が都合良く集まったと、燐華は嬉しげに両手をぽんと合わせた。
「蓮嬢、宝珠を持ってみても良いでしょうか」
「何が起こっても知らないよ」
 言いながらセレスティに宝珠を渡す蓮自身、否という心積もりはない。
 しつこいくらいに釘を刺してしまうのは、この店に来る品物が『普通』のものではないことを充分熟知しているからに他ならない。
 心配の種の一因としては、一度動いて見えたはずの虫が、二度と動く様子が見えないのも気に掛かる。

 蓮に手渡された宝珠をセレスティは丁重に受け取り、何か読み取れることはあるだろうかと確かめてみた。
 セレスティが眺める前では、虫はぴくりとも動かない。
 拒絶しているような空気もちらちらと見え隠れしている。
 しかし蓮達は虫が出たがって動いた様子を見せていたのだから、琥珀の樹脂も何らかの変化を生じている可能性はあった。
 液状化すれば操ることは容易で、そうなれば宝珠を壊すことなく虫を外へ出すことが出来るだろう。
 掌を転がる宝珠を軽く握り直し、セレスティは樹脂の液状化を試みようとする。
「こら」
 突然割り込んできた声と同時に、宝珠を握るセレスティの指先に冷たい物が触れた。
 驚いて目をむくセレスティの眼前に、咎めるような表情を浮かべた柘榴が床から数センチの位置で浮いていた。
 小柄で背の低い柘榴がセレスティと目を合わせるには、こうするしかない。
 人ではないことは判っていたのに、こう目の前で空気のように浮いていられると妙な感じである。
「溶かすのはいいけど、元に戻せるのか?」
 不意を付かれて目を見開いたままのセレスティの心情に気付くこともなく、柘榴は言葉を続けた。
「──え」
「少々遅かったようです、柘榴様」
 柘榴の言葉の意味を理解するより早く、琥珀はセレスティの力を借りてその身を柔らかく変質させた。
 とろりとセレスティの指の合間からこぼれ落ちる琥珀を、視力の極端に低いみそのは知覚したのではない。
 変質した琥珀の流れを、感じ取ったのだ。
「うわわっ」
 慌てて柘榴は流れる樹脂を両手で受け止める。

── 誰じゃ、わらわの眠りを妨げるのは

 空気を震わす、何処か幼さの残った声が響いた。
 声の主を捜して見渡しても、五人の他に人影は見えない。
「……琥珀様、のようですね」
 みそのの声に答えるように、溶けた樹脂が独りでに浮き上がり、人のような輪郭を描き始めた。
 心臓に当たる部分にもがく虫を位置付けた、小学校低学年生の少女のような外見だ。
「あんたの眠りを妨げるつもりは毛頭なかったんだが、その虫がどうしても出たがっているように見えてたもんでね」
 煙管を手に、蓮がのんびりと答える。

── 駄目じゃ。これはわらわのじゃっ

 淡い光に包まれるようにして輪郭を作り上げた琥珀は、もがく虫を内に取り込んだまま胸を張ってきっぱりと言い放つ。

── この羽が綺麗であろ? 七色に輝かせて震えて飛ぶのが、また格別なのじゃっ

 鼻息荒く、琥珀はまるで自分事のように自慢する。
「琥珀様は、虫様の飛んでいる姿をお気に召されて、自らの中に閉じこめてしまったのでしょうか」
 小首を傾げて問い掛けるみそのに、琥珀は大きく頷いた。

── そうじゃっ。何時までも残しておくには、わらわの中に閉じこめておくのが一番であろ? 今一度外へ出てしまったら、それが最後じゃ。こやつは塵になってしまうじゃろうな

 現代ではもう、同じ種類の羽虫は現存していないだろう。
 琥珀に閉じこめられたまま空気に触れずにいたので今まで形を保っていられた。
 今の空気は古代の虫には刺激が強すぎる。
 出たら最後、風化してしまう。
 だから最後の一匹となった彼を自らの中に取り込んで守っているのだと、琥珀は豪語した。
 虫が望んで入ったわけではなく、その証拠に彼は今、外に出ようと必死にもがいている。
 今日を逃せばもう後が無いことを悟っているように。
「……けれど、キミが同じ立場であったら、どう感じますか? 自由を奪われて、閉じ込められて。
 最後まで外を自由に飛びたいと、その虫は考えているはずですよ」
 セレスティの言葉に虚を突かれ、琥珀は表情を落とす。
 もがく虫を見下ろし、困ったように眉を下げた。

── けれど、出てしまったら、こやつはもう……

「虫様の飛ぶ姿が、琥珀様もお好きなのでしょう?」
 この世のあらゆるものの流れを操作出来るみそのには、虫の零れ落ちる時の流れ止めることは出来る。
 人の運命を曲げる力を秘めたセレスティにも、虫の運命を変えることは可能だろうが、それを行おうとはしない。
 無粋であるし、それでは琥珀と同じ理由で虫の意志を無視していることと同じなのだ。
 みそののやんわりとした口調の中に、虫を解放することを促していることを示唆する響きを受け、琥珀は困ったように眉根を下げた。
 迷うように彷徨う視線は、静観していた蓮のそれとかち合う。
「もう一度その子の飛ぶ姿を見ることで満足するか、閉じ込めたままその子を監視し続けるか。自分で決めるこったね。誰かに説得されても、全部が全部、納得出来ないだろう?」
 突き放すでも養護してやるわけでもなく、蓮は紫煙を肺に一端溜め込んでから細く吐き出した。

── …………。致し方ない。そこまで言うのなら、見せてやろうぞ

 暫く逡巡した後琥珀は一つ嘆息し、両腕をそろそろと広げる。
 檻の扉は開かれ、束縛していた枷が外れた。

 虫は自由になった羽を七色に輝かせて、『琥珀』の内から宙へと飛び出した。

 少しも衰えていないその跳躍力と輝きに、琥珀は頬を紅潮させて見つめる。
 目を射ることのない、淡い輝きにセレスティは幽かな微笑みを湛えて目の細める。
 虫が羽を動かす度に、その細い手足がさらさらと空気に溶けていく度に、芳香がみそのの鼻を擽る。

 時間にすればたった数秒間の、最後の飛翔。
 けれどもそれが、虫にとっては今までで一番心地良かったことだろう。

「眼福でしたねぇ。琥珀さん、ありがとうございました」
 
── なんの。お安いご用じゃ

 すっきりしたのか吹っ切れたのか、琥珀はからから笑った。
「で、どうすんだ?」
 これから、という柘榴の言葉に琥珀ははっとした。
「凝固するにしても、急激に、は無理ですよね?」
 セレスティが思う以上の早さで液体化した琥珀は、揺らめきながら人の輪郭を形作っている。
 ゆっくりと時間を掛けて固まる樹液が元の固さになるまで、どれだけの年月を要するのか。
「ひとまず、これに入っておきます?」
 固体であれば持ち運びも楽だが液体ではそうはいかない。
 角度を変えれば七色に輝いて見えるプラスティックの小瓶を取り出し、燐華は蓋を開けた。

── おぉっ! なかなか良さげな寝床じゃのっ

 虫やガラスに比べれば安っぽい輝きだが、琥珀は気に入ったらしい。
 一瞬の迷いもなく、その開いた口から滑り込むように中へ落ちていった。

── 暫しの間、この中で休息を取ろうぞ

 それっきり。
 後は何度呼びかけようと、琥珀は沈黙しか返さなくなった。
「宝珠なら買いたいと言う奴は居ても、樹液が欲しいという奇特な奴は流石にいやしないね」
 しかも小瓶の中で固まってしまっては、妙な形で尚更買い手は付かないだろう。
 苦く笑って蓮は琥珀の入った瓶を振る。
「それでしたら、私が買い取っても良いでしょうか?」
「セレスティ様、宝石商でもやっていらっしゃるんでしょうか」
 例えしていたとしても、あまりに奇妙な形に固まってしまうだろう琥珀は、目玉にもならない。
 不思議そうに小首を傾げたみそのに、セレスティはいいえと首を横に振った。
「蒐集が趣味ですので。他に買い手が居ないのなら、で良いんですけど」
「あぁいいよ。売った」
 あっさりと蓮は売り飛ばす。
 本人の意見を聞こうにも、もう眠りに入ってしまっているのでは無理だ。
 それに、きっと反対もしないだろう。
「では、わたくしもそろそろお暇しようと思います」
 御方様への良い土産話を仕入れることが出来た、とみそのは微笑みを浮かべる。
 もう少し留まっておけば他の話も聞くことも出来るだろうが、感じ取った琥珀と虫の”流れ”を早く主に話し聞かせたい。
 会釈して、そのまま店を後にする。
 来たときと同じく軽やかな足取りは、風と共に去って行った。
「それでは、有り難うございました」
「琥珀がもし目覚めることがあったら、教えて」
「了解しました、柘榴嬢」
 友人と遊ぶ約束をした後別れてしまうような物悲しげな訴えをする柘榴に、セレスティは微苦笑を交えて承諾した。


 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)      ■
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【1883 /セレスティ・カーニンガム /男 /725歳 /財閥総帥・占い師・水霊使い 】

【1388 /海原・みその /女 /13歳 /深淵の巫女 】


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■         ライター通信              ■
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この度は「琥珀の見る夢」にご参加ありがとうございます。
初めまして、葵藤瑠です。
お二人とも虫を出すことに好意的でいらっしゃったので、こういう結果になったのですがどうでしょう?
お気に召されたのなら幸いなのですが……。

みそのさんは、以前異界でお世話になったみなもさんの姉妹さんですね♪
続いてのご参加、有難う御座います。
みそのさんのふんわりと纏う空気を巧く描写したかったのですが……空回ってしまっているようで、申し訳ないです。
けれど、アオザイや髪を風にそよがせて歩くみそのさんが直ぐに脳裏に浮かびました。
イラストレーターではないのでぼんやりとしたイメージが浮かんだだけなのですが(笑)

それでは、今回はみそのさんを書かせて戴いて有り難うございました。
また何処かの世界でお会いできましたら、どうぞ宜しくお願いします。