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<東京怪談ノベル(シングル)>


響きあう心
 時音があやかし荘に来てから、数日が過ぎた。
 傷も今ではだいぶ癒え、すでに日常生活には何の支障もなくなっている。
 彼にとって、このあやかし荘は大変都合のいい場所だった。
 ここには不思議な住人が多すぎるため、別に今さら素性の知れない人物が一人増えたところで、ほとんど誰も気にしないのである。
 さすがに未来からきたとは言えず、一応記憶喪失ということにしておいた時音だったが、その程度なら、ここではむしろ目立たない方だったらしく、時折「記憶を取り戻す手伝いを」とお節介な輩がやってくることを除けば、おおむね平穏な日々を過ごしていた。





 そんな、ある日のことだった。
 時音が何気なく裏庭の方を見ていると、人形で遊んでいる一人の少女の姿が目に入った。
 おそらく、それもこの世界ではありふれた日常の一コマなのだろう。
 けれども、これまで戦いに明け暮れる世界で生きてきた時音には、その光景はたまらなくまぶしく感じられた。
「平和だな……ここは」
 そう呟いてから、僕のいた世界とは大違いだ、と心の中でつけ加える。
 しかし、この世界が「時音がいた世界」の過去の姿である以上、やがては「時音がいた世界」のようになってしまう可能性は決して低くない。
(それだけは、防がなければならない)
 そんなことを考えながら、少女の方に視線を戻す。
 目を疑うような出来事が起こったのは、ちょうどその時だった。
 なんと、人形がひとりでに動き出し、少女の向かい側にちょこんと腰を下ろしたのである。
 ぱっと見た限りでは、何か細工があるようには思えない。
(あの子は、まさか?)
 あることに思い至った時音は、その真偽を確認すべく、少女の方へ歩み寄った。

「ちょっといいかな?」
 時音が声をかけると、少女はきょとんとした顔で時音を見返した。
 今のところ、警戒されている様子や、何かを隠している様子はない。
 そのことを確認すると、時音は少女を驚かせたり怖がらせたりしないように気をつけつつ、単刀直入に質問した。
「今、その人形が動いたように見えたんだけど、どうやったんだい?」
「わかんない。でも、わたしのお人形さんは、みんなこうやって遊んでくれるよ?」
 少女がそう答えるのを聞いて、時音は自分の予感が正しかったことを確信した。
 彼女は、無意識のうちに、念動力で人形を操っていたのである。
(やはり、この子は異能者だったのか)
 そのことに複雑な感情を抱きながら、時音は重ねて尋ねる。
「じゃあ、他のお友達と一緒に遊ぶ時は?」
 すると、少女は悲しそうに顔を伏せ、やがて小声でこう呟いた。
「……いないもん」
 その言葉に、時音の胸は痛んだ。
(悪いことを聞いてしまった)
 能力を持たぬ人間は異能者を恐れ、遠ざけ、時には憎みさえする。
 その基本的な部分は、一見平和に見えるこの世界でも同じだったのだ。

「僕じゃダメか?」
 そう言って、時音はうつむいたままの少女の肩に手を置いた。
「おにいちゃん、わたしのお友達になってくれるの?」
 少女がはっと顔を上げ、驚いたような顔で時音を見つめる。
「ああ。それに、もっといっぱい友達ができるようにしてあげるよ。約束する」
 そう返事をすると、少女は嬉しそうに瞳を輝かせた。
「ほんと? 約束だよ、おにいちゃん!」
 その笑顔を見ながら、時音はこんなことを考えた。
(僕のいた未来では、人間と異能者はついにわかりあえなかった。
 けれど、この世界なら……あるいは、ともに手を取り合っていけるかもしれない)

 その日から、少女はほぼ毎日のように時音のところへ遊びにくるようになった。
 時音は少女の遊び相手をしながら、少しずつ、彼女に能力を制御する術を教えていく。
 彼の教え方がよかったのか、それとも、少女に才能があったのか。
 彼女は時音の予想よりもはるかに早く能力の使い方を覚え、一週間後にはほとんど自在に能力を制御できるようになっていた。
「すごいな。こんなに早くできるようになるなんて思わなかったよ」
 時音が感心してそうほめると、少女は少し照れたように笑った。
「今までは、お人形さんたちしか遊んでくれなかったから。
 でも、今は時音おにいちゃんがいるから寂しくないよ」

 少女から「お友達ができた」という報告を受けたのは、そのわずか二日後のことだった。





 それから、どれくらい経っただろうか。
 同年代の友達が増えてくるにつれて、少女が時音のところへ遊びにくる頻度はいつしか二日に一度になり、ついには三日に一度ほどになっていた。
 そして、時音はそのことを喜んでいた。
 彼女が時音のところへあまり顔を出さないということは、それだけ他の友達と遊ぶのに忙しいということであり、他の友達とうまくいっている証拠でもあるからだ。
 だから、三日続けて少女が顔を見せなかった時も、時音は特にそのことを怪しみはしなかった。

 事態が急変したのは、四日目の夕方のことだった。
「時音さん!」
 突然、住人の一人が慌てた様子で彼のところに駆け込んできたのである。
 特に親しくつきあっている相手ではなく、現に時音の方は彼の名前すら知らない。
 そんな相手が何の用で来たのか訝しんでいると、男は開口一番こんなことを口にした。
「時音さんは、IO2ってご存じですか?」

 IO2。
 その名前を聞いて、時音は危うく感情を爆発させそうになった。
 IO2は、彼のもといた世界において、人間と異能者との終わりなき戦いの原因を作った組織だったのである。

 とはいえ、ここでそのことについて憤ってもどうしようもない。
「ええ、聞いたことはありますが」
 つとめて冷静を装ってそう答える時音。
 だが、男の次の言葉が、今度こそ完全に時音の冷静さを奪い去った。
「時音さんがいつも遊んでやっていた子が、IO2に保護されたとか……」
 それを聞くや否や、時音は物も言わずに立ち上がった。
「あ、あの、ちょっと!?」
 男の声は、もう時音の耳に届いてはいなかった。

 IO2が、彼女を「保護」したという。
 だが、それが本当は「保護」などではないことを、時音はよく知っていた。
 IO2が「保護」したはずの異能者に対して行った人体実験――それこそが、未来における「終わりなき戦い」の元凶なのだから。





 黙って行こう。
 そう、時音の心は決まっていた。
 少なくとも、彼が玄関にたどり着くまでは。

 玄関で彼を待っていたのは、歌姫だった。
 その表情を見る限り、すでに大方の事情は察しているのだろう。
(さっきの男が、歌姫さんに話したのだろうか?)
 あり得ない話ではない。
 時音自身はまっすぐ玄関まで来たつもりだが、この入り組んだあやかし荘のことだから、彼の知らない近道があることは十分に考えられる。

「あの子を取り戻しにいく」
 時音がはっきりとそう口にすると、歌姫は心配そうな表情のまま小さく頷いた。
 その顔を見ているうちに、ふと、時音は何もかも話してしまいたい気持ちになった。
「時間がないんだ。あとは、歩きながら話そう」

 山道を下りながら、時音は全てを話した。

 自分のこと。
 IO2のこと。
 自分の見てきた未来のこと。

 その間中ずっと、歌姫は真剣な表情で彼の話を聞いていた。

 ちょうど一番下まで下り終えた時、時音の話もちょうどいい区切りを迎えた。
「なんだか、全部話せてすっきりしたよ」
 自然と、そんな言葉が口をついて出る。
 時音の、偽らざる気持ちだった。
 それを聞いて、歌姫の表情が微かに緩む。
 そんな彼女に軽く微笑み返してから、時音は静かに背を向けた。
「必ず戻ってくる……あの子を連れて」

 しかし、その約束はついに果たされなかった。
 時音がIO2の支部を壊滅させ、少女のところにたどり着いた時、彼女はすでに人体実験の犠牲となって命を落としていたのだった。





 その数日後。
 時音は、一人で裏庭にたたずんでいた。
 彼が初めて少女と出会った、あの場所である。
 視線の先には、彼がIO2の支部から持ち帰った人形があった。
 時音が彼女に声をかけるきっかけとなった、あの人形だった。
(また、間に合えなかった……守れなかった!)
 悔恨の念が、心の中を埋め尽くしていく。
 その闇に、時音が飲み込まれてしまいそうになったとき。

 不意に、誰かが彼の背中を叩いた。
 その感触が、彼を現実に引き戻す。

 振り返ると、そこには歌姫の姿があった。
「歌姫さん」
 時音のことを心配して来てくれたのだろうか。
 うつむいたままの姿からは、その真意は見えない。
「歌姫さん?」
 時音がもう一度彼女の名を呼ぶと、それに答えるかのように、彼女は顔を上げた。
 そして、目と目が合った時、時音は全てを悟った。

 彼女も、自分と同じなのだ。
 自分と同じように、過去を、そして過去の傷を背負って生きているのだ。

 自分でも気づかないうちに、時音は歌姫を抱きしめていた。
 同じ傷を持つものが二人いても、それで傷が癒えることはない。
 けれど、傷の痛みをわかってくれる相手がいることが、どれほど嬉しく、また心強いことか。

 今なら、言葉も、歌もなくても、お互いの気持ちがわかる。
 歌姫の温もりを心と身体の両方で感じながら、時音はそんな確信にも似た想いを抱いたのだった。

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<<ライターより>>

 撓場秀武です。
 まずは、今回も遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
 書くべきことと書きたいことが多過ぎたせいで、少々長くなってしまいましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。