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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


夏の雪

●プロローグ


 ――――夏の空に雪が降る。
 それは心を持った小さな人形によるものだった。


「この人形をぜひ手に入れてきてほしいんだけどねぇ。頼めるかい?」
 蓮の情報によると、雪の降っている一帯は方向感覚を狂わされる白い迷宮と化しているそうで、静かに降る雪の中を同じ場所をずっと歩かされる道もあれば、激しい雪嵐によって先へ進むことが困難な道もあるらしく、雪降る中心にある人形の安置された館にまで普通の人が辿り着くことは難しいらしい。

「わ、わ、私でお役に立てるなら‥‥」

 森泉 真琴(もりいずみ・まこと) は怯える小動物のように返事をした。
 店には、たまに行って品物を眺めるだけの常連だったが、ふと夏に降る雪の話を聞いて蓮の依頼を引き受けたのだ。
 ところで――。
「ねえ、何をそんなに怯えてるんだい? おどおどとしてさぁ」
「い、いえ、おどおどだなんて‥‥!」
 必死でふるふると顔を振る真琴。
 ちなみに蓮が笑顔で脅迫した――などというわけでは全然なく、真琴の内向的な性格が声を震えさせているだけなのだ。
 雪を降らせる人形か‥‥。
 蝉の鳴き声が聴こえる中、真琴は窓越しに広がる青空を見た。


 猛暑が続く真夏の東京で降りしきる白い雪。雪の迷宮。
 一体、どのような想いが込められているのだろう。


●白夏歌

 ――――真昼の雪はまるで幻想のよう。

 初瀬 日和(はつせ・ひより) は、ビル街の中、おもむろに顔を上げた。
 黒い空と青い空は自分たちの世界を主張することで、そのまま石と光と水晶で造られたこの猥雑な都市の上に、かみさまによって引かれたように明瞭な境界線を形作る。雪に一面をおおわれた白い世界と太陽の熱が陽炎で支配する世界は、くっきりとした境で区切られて、拒絶しあっていた。
 境界に立った日和は、夏の暑い日差しに吹き込んだ冷たい一陣の風を感じた。そのまま、舞い落ちる雪の結晶をそっと手のひらに受け止める。
「大丈夫か? こう温度差があると体にもキツいし」
 都内某有名進学校の男子生徒、 羽角 悠宇(はすみ・ゆう) にぶっきらぼうに声をかけられ、日和は意識を戻した。
「心配してくれてありがとう‥‥私のことなら平気よ」
「そっか。なら問題ないんだけど」
 と、雪の中を先に進んでいく日和を悠宇は追いかける。
 ここから先は雪の世界。
 雪を踏みしめる感触が頬に触れる冷気とともに季節の反転を実感させる。
「日和は何だと思う? これだけの雪を人形に降らせてる原因って」
 隣に並んだ悠宇は何気なく疑問を口にした。
 日和は考え込むように言葉をつむぐ。
「そうね‥‥作り手か、もともとの主か、とにかくかかわりのある人間に対する強い強い想いが、この消えることのない雪という現象を招いているのではないかしら?」
「想い――え、想いってその、まさか日和は人形が心を持つなんて考えてるのか?」
 こくんと彼女は頷いた。
「無理やり引き離された無念とか、もう一度その人に会いたい、という悲願とか‥‥」
 ‥‥そう、人形の抱える想い‥‥。
 それは溶ける事を拒むかのような雪に象徴されるような、譲れない、曲げることのできない決意や、成し遂げられなかった無念や、そういったことではないかと想う。
「人形の無念っていうのはよくわからないけど、日和を一人で行かせるわけにも行かないし‥‥」
「悠宇には余計な心配をさせてしまっているわね。ごめんなさい」
 謝られて逆にあわてた悠宇は言葉を打ち消すように手を振った。
「いや、俺のことはいいよ。それよりも多分その人形の境遇に同情してるんだと思うんだけど――」
 そこまで言って、言葉を飲み込むと頭をかきながら苦笑した。
 ‥‥他人の辛さ悲しさまで抱え込んじゃって、下手すると自分まで傷つけかねないからな、日和は。
「私はこう思うの。その想いを受け止めることが、解放する事ができたなら、この雪の迷宮をも何とか出来るのではないかしら」
 彼の気持ちを知ってか知らずか、日和は悠宇に微笑む。
 この永遠に続くような白い雪に象徴される深さと強さ‥‥。
 蓮の言っていた中心にいるという人形の秘めた想いは、そう、まるで‥‥。

                             ○

 紫色の翼を大きく羽ばたかせる竜族の少女、 ファルス・ティレイラ(ふぁるす・てぃれいら) はうれしそうに空へと腕を伸ばした。
「わぁ、ゆきだよ、本当のゆきっ」
 雪雲を背景に飛び回り、しんしんと降り続ける白い雪の中を高く飛翔して一転、今度は急降下するとぱふっと雪の中に着地する。雪を見慣れていないファルスはそのまま楽しそうにごろごろ新雪の中を転がりまわった。
 ふかふかのひんやりが気持ち良くてクセになっちゃいそうだ、と思いながらも、しかし何か忘れているような‥‥。
「――ハッ!?」
 はたとファルスは正気に返った。雪中で硬直すること約10秒間。
「はうー! 遊ばないようにってぐっと我慢してたのに、私のばかばかばかぁー」
 頭を抱えて再びごろごろと転がるファルス。責任感の強いファルスだけあって精神的なダメージも人一倍だ。
 ――――ゴン。
 何かにぶつかった。
「あれ? これって一体‥‥ゆきだるまさん!?」
 目を輝かせてファルスが見上げると、『それ』の雪が一部だけ崩れ落ちた。
 中から見えたのは厚手のコートで完全武装した三つ編の女の子――年令はファルスと同じ15才くらいだろうか‥‥。
 同時に、目を開けると雪だるま(?)の中から這い出す少女。
「は、はぅ〜‥‥ひ、ひ、ひどい目に遭っちゃいました‥‥」
 埋もれた雪の中から這い出してくるソレ。
 ソレの正体は、森泉真琴だった。
 雪だるま状態の中から生還した真琴は半泣きで雪の中から立ち上がる。と、勢いよくがばっとファルスに抱きついた。
「あ、ありがとうございます! 私、人形の館を目指していたんですけど、あいにくの雪で埋もれてしまうところで、甘く見てました‥‥このご恩は忘れません!」
「ぐ、ぐるぢいよぉ〜!!」
「ああっ、こ、これは失礼してしまいましたっ」
 ぺこぺこと繰り返し頭を下げる真琴だが、ふと、何かに気がついてファルスをジーっと見つめる。
 その見つめる先には、ファルスの背中でピコピコと動いてる紫の翼――。
「あ、あの! ‥‥もしよろしかったら、でいいのですけど‥‥私も連れて行ってもらえませんか!?」
「え〜、だって、重そうだし」
 即答。真琴はガーンと頭を抱える。重そうっていわれた‥‥。確かにコートやマフラーで着込んで雪用の大荷物を持った真琴の姿は重量感にあふれているし‥‥。体重の軽さには自信あったのに‥‥。胸が大きいのは関係ない、と思うし‥‥。
 でも真琴は自分を励ましながら粘った。
「わ、わ、私‥‥この雪の中心の場所を調べて、ありますから――」
「運んであげる! 助け合いは大切だもんね!」
 切り替えが早いというか、適当に飛び回って館を探そうと思っていたファルスなので、気持ちいいほどの即答だった。


●人形は幸せな木漏れ日を夢見る

 見てみたい。見てみたい。
 これだけの雪を降らせる人形を。
 好奇心でここまでやってきたファルスはようやく人形のある館に辿り着いた。さすがに中心地だけあって雪が深く、地面に立つと腰の辺りまで埋まってしまう。新雪であることが幸運なのか不幸なのか。
「あ、せ、先客がいるようです‥‥」
 真琴が言うように館の大きな扉の前には二つの影があった。
「こんにちは。あなた方も人形を訪ねていらっしゃったのね‥‥ご一緒します?」
 くるりと振り返った日和から声をかけられた。
「こんな雪の中、女の子二人して何やってるの?」
「お、お、男の人っ」
 お化けでも発見したようにのけぞる真琴。
「‥‥警戒しないでくれよな、おチビちゃん。何もしないから。それに、中には何があるかわからないから。人数は多い方がいいじゃないかな」
 悠宇のその一言にファルスと真琴はうんうんと同意する。この4人で夏に雪を降らせている不思議な人形と対面することになる。
「そ、そうだ。その前に――『読んでもいいですか?』」
 館に入ろうとしたところで、真琴は思い出したように館に小さな声で呼びかけた。
 静かに降る雪。
 雪を手の平に受けて、その想いを読み取ろうとする。
 真琴の力――記憶を読み取るサイコメトリー能力。
「どうしたの? 早く行きましょ」
「い、いえ‥‥今、行きますから」
 真琴の声は心なしか震えているように聴こえた。

 雪の包まれた館はかなりの大きさで、ビル街の中という浮いた雰囲気もこの夏の降る雪という異世界のような光景の中では自然な幻想のように思われた。
 館の中は冷気で満ちている。
 静止した時間の中を歩いているようだ。意味もなく不吉な予感を覚える。
 中央広間から大きな階段を上り、最上階である三階にその部屋はあった。
 大きな部屋の机の上、寂しそうに高級そうなフランス人形が座っていた。
 まるで生きている少女のようだ。小さくしてそこに座らせているかのように――。
「うわあっ!」
 突然に部屋の中を突風が吹き荒れた。冷気の風は吹雪となって襲い掛かった。
 日和を傷つけさせない。
 悠宇は前に出ると、腕を突き出して、闇の重力波を発生させた。海が裂けるように吹雪が割れて日和たちを避けていく。
「クッ、凄いパワーだ」
「私たちを拒絶しているみたい・・・・」
 日和には覚えがある。
 この雪から、冷たさから感じられるのは絶望という名の嘆きだ。想いが壊れたような音に似ている。
 想い、人形の想い・・・・それを「読んでいた」人がいる。
 ファルスは、真琴の横顔を見た。
 真琴は泣きそうな顔で、もうやめてください、と言った。

「あなたのご主人様は、もういないんですから」

 ――――雪が、冷たい。

 ずっと帰りを待っていた。
 今はいない、やさしい思い出をたくさんくれた彼女にとっての、大切な人。
 ご主人様は人間で、彼女だけが人形だった。
「し、しゃべれないあなたにとって、必死で雪を降らせることだけが、あなたの言葉だった。ここにいるよって。ずっと、ここにいるよっていってたんだね・・・・」
 吹雪の勢いがさらに強まる。
「そう、やっぱり」
 呟いて日和は吹雪の中を歩き出した。
「馬鹿! 何やってるんだ、日和!?」
「私、伝えなくてはいけないことがあるから」
 中心にあるこの館について事前に調べていた日和は、もうこの館の主人がこの世にはいないことを知っていた。人形の想いがこの雪だとしたら、この深くて激しい感情は、どれほどの例えを持って説明すればいいのだろう。
「あなたの持ち主さんはもういないけれど、それは満足して天寿をまっとうされたそうよ」
 人には寿命が存在する。だけれど、それは、幸せで安らかな死もあって、少なくとも人形さんの持ち主さんはそうだった。
「わ、わ、私も行かなくちゃ!」
 真琴も吹雪の中に飛び込んだ。理由はわからないけれど、今、自分がここにいる理由もあるはずだから。この館に辿りついて、こうして人形と会えた理由が。
 多分、この人形は誰にも会いたくないのかもしれない。でも、だったら雪を降らせる必要なんてない。人形は誰かを待ってるのかもしれない。それが叶わない願いだったとしても。きっと誰かを待っているんだ。本当に会いたいと思う誰かの代わりなんて、私がそれに価するかなんてわからないけど‥‥。
 でも、怖いけど人と関わりたいと思う気持ち、わかるから。
「こ、こ、こんにちは」
 ぎこちなく微笑み、荒れ狂う吹雪の中、真琴は優しく人形を抱き上げた。

                             ○

「二人とも無茶だよォ。あれで吹雪がやんでくれなかったら、今ごろ凍死なんてこともあったんだから」
 ファルスはあれからまだお説教を続けている。しかし、それは大切なことでもある。
 館を出た悠宇は背伸びをした。
「でも‥‥それだけの思いを残すほどなんだから、よほど大事にされてきたんだろうな、その人形。人もその位、自分に投げかけられた想いを大切に受けとめて、同じくらいの想いをひとに与える事ができたならどんなにいいだろうな‥‥」
「そうだね‥‥持ち主さんは、人形さんにとっては大切な存在。自分もそんな大切な人と引き離されたらどんな思いを残すかわからないから‥‥なんとかしてあげたかった」
 この雪はもうすぐやむだろう。人形さんが自分の心を眠らせたから。
 パシャッと日和の頬に当る冷たい感触。
「・・・・雪、だま?」
 雪玉をぶつけた悠宇がおかしそうにお腹を抱えて笑っていた。
「もう、なに笑っているのよ・・・・」
 頬を膨らませる日和にむけて、悠宇はやさしい表情を見せた。
「せっかくだろ、雪遊びして帰らないか、日和?」

「ね、あのさ・・・・私もその子、抱きしめさせて・・・・」
 は、はい。と最後まで口ごもる真琴から人形を受け取ったファルスは、やわらかく人形を抱きしめた。
 雪が止む。幻想が薄れるように白い世界が消えていく。
 空の雪雲も薄れ、消えはじめた黒い雲の隙間から、暑く、高い夏の空が見えた。
 ‥‥ありがとう。
 ファルスは抱きしめた人形の声を聞いたような気がした。その場にいた、みんなが聞いたかもしれない。

 ひとひらの雪が舞い落ちる。
 ファルスはそっと手を差し出すと、最後の雪の欠片を握りしめた。



●夏の終わり、雪の想い

「人形っていうのはねぇ、元々が想いを宿しやすい性質なんだよ」
 人形の鑑定を終えた蓮の一言目がこの言葉だった。
 持ち帰ってきた人形を蓮に渡し、報酬を受け取って、それでおしまい。もう、雪の欠片も人形のかなしみも終わってしまったこと。
 でも、この人形は結局なんだったのだろう。
「ただ、実物を手にしてようやく確信がもてたよ。これは幻の人形製作者といわれる名匠リュスタークの手による一品で、スノードール‥‥雪の魂を封じ込め、哀しみといつくしみを映し出すといわれたいわくつきの一品だね。リュスターク本人をして傑作と言わしめた人形たち、リュスターク・コレクションって呼ばれる人形のひとつでねぇ・・・・いや、実に良い品が手に入った。感謝するよ」
 そう言って、嬉しそうに蓮は人形棚に新しく手に入った人形をまたひとつ並べた。
 ‥‥哀しみといつくしみを映し出す人形。
 もしも、それが本当ならば――人形が映し出したあの夏に降る雪こそがこれまで自分を大切にしてくれた持ち主に対する愛情と、惜しみない感謝と、そして惜別の哀しみを形にした心の声だったのかもしれない。
 そんなことを口にしてみると、人形は人形だよ、と蓮は笑った。
 人形は、人の形をしているけれど、ヒトじゃない。
「この人形は、それでも人間になりたかったのかな‥‥」
 ただ、この夏。
 雪の降っていた街の少しだけ不思議で、どことなく悲しげだったあの光景はしばらく忘れられないな、と私は思った。


                             ○

 アンティークショップ・レンを訪れたのなら店の一角にある人形棚をそっと覗いてみてください。
 スノードール――雪の結晶の人形が、やさしくあなたを見つめ返してくれるかもしれません‥‥。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2959/森泉・真琴(もりいずみ・まこと)/女性/15歳/高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女性/16歳/チェリスト志望の高校生】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生】
【3733/ファルス・ティレイラ(ふぁるす・てぃれいら)/女性/15歳/フリーター(なんでも屋)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。
 それにしても今年の夏は暑かったですねぇ。猛暑という言葉も生ぬるいくらいに。その上、台風災害もひどいですし。雛川も色々とのろわれてます(洒落にならないって)

 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。


>真琴さん
 一時的にですが何故か雪だるまさんの刑です。いや、別に何も悪いことはしていないのですけど‥‥あえて言うなら眼鏡を外してた罪?(ちがいます)
>日和さん
 二人の微妙な関係が気になってしまう今日この頃ですね。日和さんが手綱を握っていそうな印象が拭えず――。
>悠宇さん
 今回は日和さんの引き立て役(?)のようなポジションになってしまったかもしれません。というより、応援してしまいたくなってしまうのは何故でしょう?
>ファルスさん
 ちょっと性格や口調が違ったかも‥‥。もうちょっと真面目さを強調したほうがよろしかったでしょうか。