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<東京怪談ノベル(シングル)>


感謝の気持ちは何で示す? −The Secret Garden Side story− 

 花は四季折々咲き乱れる。
 枯れる時期など一つも無く、寂しいと言われる冬でさえ僅かながらに色づき行く。

 花は何の為に咲く?

 ――花は全ての季節に色を添える為に。

 そして、更には。
 人の目を和ませる為に――、祝う、為に。




 秘密の花園を、庭師が作ってから数日……セレスティ・カーニンガムは、自室にていつもと変わる事のない外の風景を眺めていた。

 机には、今日は向かわない。

 仕事は有能な部下に任せればいいし、たまには部屋の中でぼんやりと時を過ごすのもいい。
 寛ぐ事自体、恋人と一緒に居る時以外では珍しい事なのだから。

(……今日は花園には入れませんしね)

 あの場所に入るのは、恋人が此処に来た時だけと決めている。
 二人で寛ぐ、二人だけの場所。

 ――その為だけに作ったと言ってもいい。

 とは言え。
 庭師が丹精こめて作ってくれた花園だけに、本来ならば「三人の」花園と言えるのだが……セレスティが、彼に向かい、こう言ったとしても庭師は決して首を縦に振らないだろう。
 寧ろ、この言葉を言えば苦笑を返してくるのは目に見えて解っているだけに、笑いを禁じ得ない。

「本当に……何故ああも庭師は、幾分捻くれさんで、尚且つ頑なさん、なのでしょうか……」

 そっと呟き、窓枠に手を伸ばす。

 窓から外の景色を眺めているものの、此処からは決して秘密の花園を見つけることは出来ない。
 見えないところに、解り難い所にあるからこそ、秘密なのだと、"幾分捻くれで、頑な"だとセレスティに表現された庭師は、微笑う。

 咲き乱れた様々な世界の花々。
 緑と言うのは、絵の具のように一色化された物ではないと教える様々な色合いの「みどり」
 青を含むみどりもあれば純粋なまでに濃く、深い、みどりもあり、花と緑の中楽しそうに歩く恋人を眺めては微笑む至福の一時。
 鮮やかな花は多々あれど、彼女が最後に花園の風景に加わってこそ完成する風景。

 要望以上の物を作ってくれた庭師。
 その職人の技に感謝を捧げたい物だが――、感謝の言葉さえ、先ほど呟いた「三人の」花園と言う言葉さえ、彼は必要とはしないだろう。

(…彼が一番に、望む物はなんでしょうか……?)

 窓枠に触れていた手を放し、セレスティは漸く、室内へと瞳を向け、腕を軽く組む。


 花の種?

 ――花が見れるまでに時間がかかるし、世話は庭師に任せることになってしまう。
 これは違う、とセレスティは組んだ腕を外し、自らの思考を遮るように手を振る。

 本?

 ――欲しい本は彼自らが買えてしまうし……それだけの給料も、伝手も彼にはあるのだから余計なお世話とも言えるかも知れない……。

 珍しい樹も――、花の種と同じように世話は結局彼だ。
 感謝の気持ちを捧げたくとも、どうも負担になるような物、余計なお世話になるような物しか思いつかず、溜息をつく。

 庭師の欲しい物は、セレスティの考えが及ばない様な所があるのではないかと言う気がして、お手上げです……――と、心の中で降参の意を示そうとした、その時。


『太い枝でも、らーくらく! 高枝切りばさみのご案内です!』

 いつもなら、つけてはいない筈のテレビから、奇妙に明るい男性の声が響いた。
 ……と言うより、耳に入ってきた。
 ラジオ代わりにつけていた物の、興味ある番組はなく、聞き流していたのだが……。
 にっこり、楽しそうに微笑みながらセレスティは、高枝切りばさみの紹介を見始めた。

 キィ………

 微かに車椅子の車輪が軽く音を立てる。





『太い枝は切るのが面倒臭い……高い枝は、切るのが怖い……そんな方はいらっしゃいませんか? この高枝切りばさみなら大丈夫! 高さもあり、とても軽く、持ち手も安定していて、こんなに高いところの太い枝でさえ……』

 この商品を紹介している人物は、余程手馴れているのだろう。
 本当に楽々と手軽そうに高い場所の太い枝を、どんどん切り落としていく。

 更には傍らに居た女性に。
『この商品の特徴は、女性にも扱いやすいと言うことです。さ、良ければ試してみてください』
 と、言いながら鋏を渡そうとし、女性もあまりにも元気の良すぎる声で
『え? 良いんですか? じゃあ……』
 明るい笑顔を浮かべ、受け取ると同じように高い場所で、はさみを動かしてゆき……
『わあ、本当! 凄く軽くて楽ですね!』
 ――想像できる言葉を言うと、にっこり。

 セレスティは、先ほどから笑っていいものか、どうしていいものか悩みつつも、商品をじっと見続けた。
 この後も延々と商品の説明が続くのだが、高さ調節もレバー一つで楽に出来ること。
 先端の刃先を変えれば、この切りばさみは小枝を切るはさみとしても使えるということ。

 …無駄に付く、沢山の特典はどうかと思ったが、こう言うのをワザと贈るのもいいかも知れない。

(何を贈って良いか解らない時は、困った顔を見せてもらいたい物ですしね♪)

 それが、自分にとって何よりの物になる――自分ばかり趣味等を解っていて貰うと言うのも何か違うのだから。

 番組の「お電話は今すぐ!」と言う声に押されるように、セレスティは携帯電話を取り出すと画面に出されたフリーダイヤルの番号を押していく。

「もしもし? 先ほど、高枝切りばさみを番組で見たのですが――」





 後日。
 庭師宛に届いた高枝切りばさみを見て、庭師は。

「主人の心遣いは、凄く、凄く嬉しいんですがね……」

 と、何処か遠い目になっていたと言う。


 ――感謝の気持ちは何で示す?

  ――まずは、花を。

   ――解らなければ、悪戯心に込めた、感謝の気持ちを。



・End・


+ライター通信+

こんにちは、いつもお世話になっております。
ライターの秋月 奏です。

久しぶりにセレスティさんにお逢い出来て凄く嬉しかったです。
今回は以前の話の後日談と言う事で、この様な感じになりましたが如何でしたでしょうか……。
花園の中ではなく、室内で寛ぎながら、テレフォンショッピングを見ながら、と言う
セレスティさんのいつもとは違う雰囲気に私自身、とても楽しみながら書かせて頂きました。
僅かながらでも、セレスティPL様にも楽しんでいただけたなら、とても幸せなのですが(^^)

それでは、今回はこの辺にて。
また何処か出逢えることを、祈りつつ……。