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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 06 featuring セレスティ・カーニンガム


 薄いカーテンが下ろされたその書斎で、主人は静かに溜息を吐いている。
 その重みを理解している手に持たれ、ゆっくりとページが捲られているのは古めかしい本。
 確りとしたデスクの上には紅茶一式が置かれている。
 時折、そのページを繰る手を止め、その紅茶のカップを取り口を付けるが、どうも何処か、気がそぞろ、何かが気になっている様子は否めない。
 主人は紅茶のカップを置くと、またも溜息を吐く。
 ふと、薄いカーテンの方へ――窓の方に目をやった。
 外の陽射しは、強そうである。
 …かなり。
 …とても。
 …すごく。
 攻撃的とさえ思える陽射しが降り注いで地表に照り返している。
 その上、幾ら室内は空調を効かせていると言っても、じわじわとそこはかとない熱気が窓一枚隔てた向こう側から漂って来るように思えるのは気のせいか。少し空調の温度を下げてくれと部下に何度か頼み、実行された後なのに――まだ。
 この様子では、日が落ちてもまだ暑そうだ。


 ………………噂には聞いていましたが、これ程とは。


 書斎の主人――セレスティ・カーニンガムは気温の高い場所に弱い。
 ついでに強い光にも弱い。
 本性は人魚であるが故か、そんな弱点が存在する。
 つまりは。
 …強い光と高温、その両方が当然のように揃う夏と言うこの季節は、天敵であるとも言い換えられる。
 更に言うならここは日本。
 もひとつおまけに気象庁の出す最高気温がアテにならない、本来の気温はそれより絶対高い、かのヒートアイランド現象ばりばりな東京都心。
 その上に。
 日本で出来た友人、知人に伺った話では、今年の暑さはちょっと異常だと。
 ある日など、天気予報を確認していた時に40℃を超えた場所もあったとさえ伝えられていて。


 ………………しみじみ、聞いただけで頭が痛くなるような話です。


 元々温帯湿潤な気候、夏は湿気て暑いところだと以前から聞いていたのに、その中でも更に暑いと言う今年の夏に居合わせる自分。アイルランドに避暑に帰ろうかと何度思ったか知れない。
 が。
 そうも行かない。
 ここは色々と面白い場所でもあるから。セレスティにとって珍しいものもそれなりに多い。見逃すのが勿体無いと思える不可思議な事象も近頃多くなっている。
 更に言うならちょうど今夜、夜祭にでも行かないかと誘われてもいたりする。初めは少し違った…とは言え他愛も無い事は同様な誘いだったのだが、今の時期外出するなら真っ昼間じゃ無い方が良いですとセレスティがきっぱり先回りした結果、だったら…とついでに提案され急遽変更された次第。
 セレスティは夜祭などに行った事はない。
 …また、ひとつ興味の対象が増えた。
 そんな調子なので、何か具体的な用が出来なければ――アイルランドに帰ろうとは結論が出ない。
 けれど勿論、暑い事は変わらず。
 どうやら彼が静かに過ごす為には、空調は必需品になってしまっているようで。
 ………………今の季節、この国では。


■■■


 試しに、と言う話ではあった。
 夜とは言え湿気が無くなる訳ではない。日が落ちた分確かに過ごし易くはなっているが、それでも涼しい――とは言い切れないだけの時もある。
 そしてその日は。
 …夜になっても暑かった。
 風はあまり無く、蒸していた。
 屋敷を出る前に水鏡で先――今日の夜に夜祭に繰り出すのは善い卦が出るかどうか――を占い、少し不安には感じていたのだが、日本には暑い中にも『気持ちから』涼しく過ごす方法ってのもあるんですよ♪ …と、信じて良いのか悪いのか良くわからない説得をされ、だったらと――殆ど言い包められて――出て来ていた。
 ちなみに、誘った相手は真咲誠名。
 まだ屋敷に居る内に、彼がセレスティに渡していたのは紗で作られた涼しげな扇子。
 予めそれを見せられたから、余計に信じてしまったのかもしれない。
 …信用に足るくらいの小道具ではあったから。


「…やはり来ない方が良かったんでしょうかね」
 何処かぐったりした様子のセレスティがぼやいている。
 まぁまぁ、と宥めつつ誠名がセレスティに渡していたのはいきなりかき氷。
「こんな時期なので取り敢えず。一気に食べると頭がきーんと痛くなるので御注意下さい♪」
 忠告しつつ、しゃくしゃくと自分の割り当てを食べている誠名。
 何だかひとりで楽しんでいる…気がする。
 セレスティは少々釈然としないものを感じつつも、そこに居並ぶ見た事も無い――簡素だが活気のある店には感心していた。取り扱っている品も見た事が無い物が殆ど。確かに面白そうではある。
 来ない方が良かった――とまでは言う必要も無いらしい。
 …後は、この湿気さえ無ければ言う事は無いのだが。


 暫し歩いて色々見。
 とある店の前で。
「…金魚すくいとかやってみます?」
 そんな声と共にちゃき、と簡単な作りの網を見せる誠名。
 面白そうですね、とセレスティも興味を示して網を見る。簡単な作りと言うよりわざと壊れ易いように作ってあるような感じである。ちょっとした衝撃ですぐ破ける網。これでこの簡易ビニールプールの中に泳いでいる金魚を獲れと言うのか。
 セレスティが思ったところで、取り敢えず実践、と誠名が水面近くに来ていた一匹を手早くすくって水を張ったお椀に入れていた。
「…こんな感じで、破けるまですくって良い訳で。色々コツもあるんですよね、コレ」
 取れた数で競争したりする事もあります。
「ふむ」
 頷いてセレスティは挑戦してみる。
 が。
 水の中に入れて早々、すぐ破れた。
「………………難しいですね?」
「なるべく、水面に直角じゃなくて水平になるように入れた方がある程度破け難くはありますね。後、手早く、なるべく水の中に入れている時間が短くなるようにした方が」
「…能力を使えば簡単だとは思いますが」
「それはズルです」
「…ですよねぇ。…ああ、君たちもやってみませんか?」
 と、セレスティは自分の護衛に来ている黒服の部下のひとりに網とお椀を差し出す。黒服は無言のまま受け取るが、どうしたら良いかわからない様子で止まっている。が、促され渋々と言った様子で水の中に網を入れた。と、ちょうどそこに金魚が入ってくる。反射的に網で送るようにしてお椀に放り込んだ。それを見て、む、生意気ですよと笑いを含めた声で言いつつ、セレスティも再び挑戦。今度は二匹すくえて、おおおと感嘆の声が上がったりしていた。
 …結果、車椅子に乗った銀髪の美丈夫に、年齢不詳性別不明なストライプ柄のスーツの人物、そしていかにもな黒服集団が金魚すくい屋さんの前に暫くたむろっている事になる。
 ………………ちょっと怖い。


 ふと辺りを見回すと何やら妙な事になっていた。
 それは視線を集めている事は同じでも、いつの間にか――黒服の集団が怖いと言う意味で視線を集めている訳では無くなっていた。ぼぉっとセレスティの姿に見惚れている人がたくさん居る。それも女性とは限らず男性の場合もある。更には一組のカップル両方がセレスティに見惚れていたりする辺りは苦笑するしかない。
 そんな中でも知らぬ様子でセレスティは何処か難しい顔をして、金魚の皆さんに挑んでいたりする。
 ただ――セレスティのこめかみ辺りから、つぅ、と細く一筋だけだが汗が流れるのを見、誠名もさすがに肩を竦めた。
 この人が汗をかいているところなど、見た事が無いから。
「…申し訳無い。やっぱり総帥様にはこういう場所、似合わないかもしれませんね」
「そうですか? やっと面白くなって来た気もするんですが」
「ついでに言うと視線が痛いんですよ。…何やら敵意まで感じますし」
 苦笑しながら誠名が背後を指す。
 …セレスティに見惚れている連中は、ほぼ例外なく――一緒に居る誠名に敵意を向けている。部下の黒服は彼らのような輩に取っては空気で通るかもしれない。けれど、そう言う訳でもなさそうな、ただの連れ――である風の相手には、嫉妬も向くと言う事か。
 …絶世の美を生まれ持つのも大変である。
「あー、俺の場合は…ま、どうでも良いっちゃ良いんですが、件のお嬢さんを連れて歩く時にゃ、気を付けてやって下さいね」
「無論ですよ。…不用意に人目に触れさせる気はありませんから」
 セレスティはにっこり微笑んで答える。
 …幸せそうである。
「と、言う訳で…帰りませんか?」
「いえ。もう暫く回ってみたくなりました。かき氷で幾らか身体も冷えましたし」
 帰ろうという誠名に対し、数匹取れたらしい金魚を見せながら、悪戯っぽくセレスティが言う。
 …どうやら、自分とは逆に今になって困り始めたらしい誠名への仕返しのつもり、らしい。


■■■


 …そんな夜祭の後。
 彼らは漸く帰還していた。
 あれだけじゃさすがにあんまりかなと思ったんで、と誠名は帰還する途中でとある店に寄ってもらい、ワインクーラーを運び入れていた。こんな季節に良いかなと思ってさっぱりしたものを考えてたんですよ、と車に乗ったままのセレスティに告げている。
 …一応、こんな落とし前も予め考えていた模様。


 そんなこんなで当然の如く空調の効いた屋敷にて。
「結局、余計な事をしてしまったようで」
 とくとくとセレスティのグラスにワインを注ぎつつ、誠名は謝罪の意をこめてみる。
 が、一方のセレスティは、さぁ、と悪戯っぽく小首を傾げていた。
 …初めは乗り気では無かったが、面白い事は面白かった。セレスティにすれば帳尻は合っている。それだけは確かなので。
 けれど、今のこの誠名にそれを素直に言っては、折角の『面白さ』が半減してしまう。
「そうでもありませんでしたが? 楽しかったですよ。色々と」
 含みを持たせたまま、そう告げる。
 わかっているのかいないのか、誠名も小さく笑いつつグラスを上げていた。


 乾杯。


 取り敢えず。
 明日は涼しくなぁれ。


【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

■NPC
 ■真咲・誠名/画廊経営

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております深海です。
 このたびはこんな実験的な代物にお付き合い下さり有難う御座いました。
 目一杯上乗せした期間まで使っての(汗)漸くのお届けで御座います。
 長らくお待たせ致しました。

 まず、夏が過ぎました…(遠い目)
 残暑は残暑ですが…と言うかむしろ残暑と言うより最近はやっと「普通に暑い」程度に漸く戻って来たような…。そんな感じではありますが。
 それでも季節としてはもう胸張って夏とは言えないような…。
 と、そんな感じで少し迷いはしたんですが(汗)、完全お任せ、の他に夏で夜?で外出…ともちらりと書いてあったので、夜祭にしてみました。
 そしてそんな庶民的なところにいきなり財閥総帥様を連れ出しそうな奴と言うとやっぱり真咲誠名かと思いましてこうなりました。
 …と言うか全般通して妙に行動が子供っぽくなってます…すみません…。

 如何だったでしょうか?
 結果はこんな風になりましたが、少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。06とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 それからNPCへの相関は歓迎で御座います☆ …ただ、こちらからは遅くなるかもしれませんが(汗)
 名前の呼び方の方も承知致しました。この件も、わざわざ有難う御座いました。

 深海残月 拝