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<東京怪談・PCゲームノベル>


【夢紡樹】−ユメウタツムギ−


------<朝の風景>------------------------

 ある晴れた朝。
 空は高く、澄んだ青色を見せている。そよいでくる風も心地よかった。
 窓辺でそれを眺めていた橘百華の元に、いつもの様に挨拶をしにきた仔猫が一匹。
 にゃーぉ、と鳴いてすり寄ってきた仔猫の頭を撫でてやりながら百華は呟く。
「おはよう…」
 仔猫もそれに答える様にもう一度一声鳴く。
「…これからごはんなの?……モモはもう食べたの……ん、それじゃまた…」
 百華の仔猫との挨拶はここ最近日課になっていた。
 百華と毎朝挨拶を交わし、そして仔猫はにこやかに去っていく。
 百華と話をするのが楽しみで仕方がないと言う様に、またね、と可愛らしく鳴いて長い尻尾を揺らし機嫌良く去っていく姿を眺め百華も悪い気はしない。無表情の顔がほんの少しだけ和らぐ。
 そんないつも通りの朝を迎えていた百華だったが、叔母である祇堂朔耶がやってきて告げた。

「今日はお店休みにして出かけようか」

 本来7歳の少女なら、ここで表情をくるりと変えどんな楽しい場所に出かけるのかと瞳を輝かせることだろう。
 しかし百華の表情にそれはない。
 心を傷つけられ全ての感情を心の奥底にしまい込んでしまった百華には、それを楽しみにすることすらなかった。
「……どこに?」
 百華は表情を変えることなくぼんやりとした表情で朔耶に尋ねる。
「のんびり散歩しながらお茶でも飲みに行こうと思ってね。いいお店見つけたから。きっとモモも気に入ると思う」
「お散歩……好き」
「知ってるよ。だから一緒に行こう」
 ほら、と朔耶は百華に手を差し出す。
 そしてその手を百華はきゅっと掴み立ち上がる。
 朔耶はニッコリと微笑んで小さな手を握り返すと、百華の手を引いて歩き出した。

 朔耶と百華は手を繋いでゆっくりと歩いていく。
 百華の速度に合わせてゆっくりと。
 それでも朔耶の歩幅は大きい。小さな百華は遅れない様にと足を少しだけ大きく開き歩いた。
 道行く猫が百華に向かって声を上げる。
 その度に百華はぴたりと足を止め、何かしら声をかけている。
 朔耶も動物と会話が出来るのを知っているためその度に足を止め、言葉は分からなかったが一緒にその猫と視線を合わせてみたりしていた。
 そんな中ちらりと朔耶は百華の顔を伺う。
 やはり表情がないといっても動物と会話している時の百華はどこかしら嬉しそうなのだ。
 アニマルセラピーの効果もあるのだろうか。
 やはりこうして外を一緒に歩くのは悪くないと朔耶は思う。
 バイバイ、と猫に手を振る百華と再び歩き出す。
 朔耶は少しずつでも良いから百華が感情を取り戻していってくれればと願う。
 そして今日百華を連れ出したのはそんな思惑もあってだった。

「あ、モモ。こっち」
 綺麗な澄んだ水を湛えた湖の脇を通り抜け、百華と朔耶はその先に見える大きな木へと向かう。
 しかしそこはただの木ではなかった。木の洞の中には喫茶店が存在しており、それなりに賑わっている様だった。
「……大きな木」
 木を見上げる百華の隣で朔耶も目を細めてその木を見上げる。
 零れてくる柔らかな日差しが二人を照らしていた。
「さ、入るよ」
 百華の手を取り、朔耶はその大きな木の洞の中にある喫茶店『夢紡樹』の扉を開けたのだった。


------<夢の卵をプレゼント>------------------------

「いらっしゃいませ」
 明るい声と笑顔が二人を迎える。
 すぐに二人の元へピンクのツインテールを揺らした少女、リリィが現れ席へと案内する。
 店の奥の方にある席へと案内された二人は椅子に腰掛ける。
「こちらがメニューです。…っと、コンニチハ朔耶!また来てくれてアリガトv」
「エドガーさんのデザート制作技術盗みにね」
 くすり、と二人は顔を見合わせて笑う。
「で、そっちがこの間言ってた娘さん?コンニチハ〜!リリィだよっ」
 可愛い〜、とリリィは百華に挨拶をする。
「……リリィちゃん?…こんにちは…ももかなの」
「うんうん、ちゃん付けで呼ばれるのも新鮮。ももかね…それじゃ、リリィもモモちゃんって呼ぼう!」
 嬉しそうにそう言うとリリィは、決まったら呼んでね、とパタパタと走っていく。

「さてと、色々あるけど何食べる?」
 メニューを広げて朔耶は百華と一緒にそれを眺める。
 上から下までずらーっと並んだ名前。かなりの量がある。
 それから朔耶はケーキセットを選ぶ。こういったシンプルなものの方がその店の独自の味が出ていることが多い。
 百華に尋ねると同じモノでよいと言う。
 リリィを呼んでケーキセットを二つ頼むと朔耶は百華に告げる。
「ここの雰囲気好き?」
 辺りを見渡した百華は部屋のあちこちに人形やぬいぐるみなどを見つけ、こくん、と小さく頷く。
「良かった。俺が好きでもモモが嫌いだったら一緒に来る意味無いからね」
 にこりと微笑み朔耶は百華の頭をくしゃりと撫でる。
「ここの面白いのは木の洞の中にあるからだけじゃないんだよ。もっと面白いのがあってね……」
「いらっしゃいませ。朔耶さん、こんにちは」
 すっと気配なく二人の隣へとやってきた貘が声をかける。
「おっと。突然出てこられると吃驚するんだけど。でも丁度良かった。モモ、この人が面白いんだ」
「おや、丁度お話しに出ていましたか。初めまして、店主の貘です。貴方が百華さんですね」
 目を黒い布で覆った貘を恐がりもせず、じっと見つめた百華は頷いた。
「…こんにちは……目いたいの?ばくちゃん」
「いいえ、痛くはありません。大丈夫ですよ。百華さんは何処か痛いところがありますか?」
「モモ…いたくないから、平気」
 痛くないと痛いところがないは意味合いが違う。
 百華の場合は痛いところがあっても痛みを感じないだけなのだろう。
 それでも確実に傷は広がっているというのに。
「そうですか。では、そんな百華さんにちょっとしたものをプレゼント致しましょう」
 そう言って貘が手に提げた籐の籠から取り出したのは卵だった。
「…たまご?」
「普通の卵に見えますが、ちょっと違います。これは夢の卵。これを持って眠ると素敵な夢が見れるんですよ」
「すてき…な夢?」
 どうやら『素敵』という意味が分かりかねているらしい。
「百華さんは何が好きですか?」
「……動物さんたちとか…」
「好きな方たちがたくさん出てくるかもしれません」
「それが…すてき?」
「簡単に言えば…そうですね」
 口元に笑みを浮かべて貘が言う。
「見てみたら?」
 朔耶が百華に勧める。
 朔耶が勧めるのだから難しいことではないのだと百華は思う。
 貘が百華に差しだした一つの卵を手にとってテーブルの上でころころと転がしてみる。
「失礼します」
 穏やかな笑みを浮かべた貘はそっと百華の額に手を触れる。
 そしてすぐに手を離すと恭しく一礼した。
「それではどうぞ良い夢を。その夢が貴方に幸せをもたらすよう」
 貘はそのまま二人に背を向け歩いていってしまう。
 百華は首を傾げ朔耶を見上げる。
 そこには笑顔を浮かべた朔耶が居た。
 その時、ぱちん、と指を鳴らす音が聞こえた。
 そう思った瞬間、百華は強烈な睡魔に襲われ瞳を閉じる。
 手には夢の卵を持ったまま、机の上にぽてっと身を委ね安らかな寝息を立て始める。
「眠っちゃった。凄いね、今の」
「いえ、これくらいは出来ませんと夢など売ったり買ったり出来ませんから」
 何時の間にか戻ってきた貘がにこり、と微笑み朔耶に告げた。


------<夢の中で>------------------------

 はっ、と目が覚めた時百華は懐かしい家にいた。
 朔耶の姿を探したが何処にも見あたらない。
 どうして自分はこの場所にいるのだろうと百華は考える。
 百華が立っていたのは両親と共に三年前まで過ごしていた大好きな家だった。
 今、その家がどうなっているのか百華にも分からなかった。
 それなのに昔と変わらぬ姿で目の前に存在していた。
 これはきっと夢なのだろう、と百華は気づく。
 キッチンではことことと何かを煮込んでいる様な音がして、本当に以前と変わらない。
 百華は3年前の事を思い出そうとした。

 キッチンでいつも楽しそうに料理をしていた母親の姿。
 部屋の中に漂うとってもいい香り。
 洗面所は洗剤の匂いで溢れ、洗われて真っ白になっていく服たち。
 母親に強請って昼寝の時に読んで貰った絵本。
 温かい日だまりの中で母親も一緒に寝てしまい、夕方慌てて二人で夕飯の支度をしたこともあった。
 夜には父親が帰ってきて、三人で仲良く夕飯を食べる。
 そして休日には一緒にドライブに出かけて、たくさんのものを見た。

 そんな懐かしい想い出。
 今までずっと心の中にしまい込んでいたものが溢れてくる。
 しかし百華の心は壊れたままだ。
 その位、三年の月日は長くそして百華の中で大きなものとなっていた。

 目の前の景色が変わる。
 百華の目の前に母親が歩いてきたのだ。
 三年前、トラックと両親の乗る自家用車の衝突による事故で亡くなったはずの母親がそこにはいた。
「おかあ…さん」
 しかし百華の声は母親には届かない様で、キッチンで煮込んでいた鍋を覗き込んでいる。
 鼻歌を歌いながらゆっくりと掻き回す手。
 ずっと見ていたその仕草を百華は今でも覚えている。
 そしてそこに父親もやってきて横からつまみ食いをして、母親に怒られていた。
「……おとうさん」
 百華はそんな二人に近づいて、手を伸ばした。
 自分が此処にいると気づいて欲しかった。
 もう居ない二人だからそれは幻影なのかもしれないとも思った。
 それでも夢の中なのだから触れられるだろうと。
「……ぁ……」
 それなのに百華の声は届かず、そして手が触れることもない。
 まるで百華は夢の中で空気の様な存在だった。
 伸ばした手をそのままに百華が二人を見上げていると、なんなくその二人の手を取った人物が居た。
 それは小さい百華だった。
 ニッコリと笑って二人を見上げて今日の夕食の献立を聞いている。
 今の百華とは180度も違う小さい百華の姿。
「モモ……笑ってる…」
 そっと自分の頬に触れる。
 顔の筋肉が強ばっているかの様に表情を変えない現在の百華。
 撫でてみてもそれは変わらなかった。

 父親に抱き上げられ、嬉しそうな表情を浮かべている小さな百華。
 あの時、とても温かかったのを覚えている。
 母親に抱きしめられた時も温かくてとても心地よかったのを覚えている。
 今、百華はその温もりに触れることが出来ない。
 もう二人には夢の中でしか逢えないのだから。
 夢の中では小さな百華が二人を独占していて触れることすら叶わない。

 もう一度触れてみようとして、その手は宙を掴む。
 その瞬間、きゅっ、と胸が苦しくなった様な気がした。
 つーっと頬を流れる雫に気がついて百華は手でそれを拭う。
「なみ…だ?……モモ…泣いてるの?」
 目の前では対照的に小さな百華が声を上げて笑っていた。
 とても懐かしい風景。
 昔はこうやっていつも家族三人で笑っていたのだ。
「小さなモモ……良かったね」
 その光景を見ながら百華は、今は触れられない温もりにたくさん、たくさん触れることが出来ればいいと思う。
 今の自分の分もあの日だまりの中で笑っていればいいと思う。
 その感情は百華の心の奥底に仕舞われてしまっているから。
 いつか百華も笑える日が来るのかもしれない。
 今はまだ開けることが出来なくてもゆっくりと少しずつその扉を開いていけば良いのだから。
「また…ね」
 ポロポロと涙を流しながら百華は懐かしい光景に手を振った。


------<夢から覚めて>------------------------

 心配そうに見つめる朔耶。
 先ほどから百華がずっと泣き続けているのだ。
 夢の中でどんな夢を見ているのだろう。

 その時、百華の涙に濡れた瞳が開けられた。
「モモっ!」
 朔耶はそんな百華をぎゅっと抱きしめる。
「側にいるからね…」
「うん」
 百華の欲しかった温もりはそこにあった。
 夢の中では叶わなかった温かな温もり。
 両親二人のものではなかったが確かな愛情という名の温もりがそこにはあった。
 可笑しい位に涙は流れて止まらない。
 先ほどとは違ったじんわりとしたものが心の中に広がっていくような感覚。
 それがなんなのかよく分からなかったが、朔耶の温かな胸の中で百華は涙を流し続けた。
 多分、これは嬉しいという気持ちなのかもしれない。夢の中で拾った夢の欠片がほんの少しだけ百華の固く閉ざされた扉を開いたのかもしれなかった。
 完全に取り戻せていなかったが、心をくすぐっていく何かが涙を流させるのを百華は思い出していた。
 夢の中の小さな百華が、よかったね、と手を振り替えしているイメージが浮かぶ。
 しかしそれはすぐに消え、百華は朔耶の温もりをただそっと感じていた。



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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●3489/橘・百華/女性/7歳/小学生
●3404/祇堂・朔耶/女性/24歳/グランパティシエ兼坊守


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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。

この度は夢紡樹へお越し頂きアリガトウございました。
百華さんを泣かせるのに、楽しい夢をと思っていたのにあのような形になってしまいましたが少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
一緒にお申し込み頂いた朔耶さんの方も読んで頂きますと、より一層話が分かると思いますのでそちらもどうぞご覧下さいませ。

また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!