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<東京怪談ノベル(シングル)>


竜の花嫁

 今でも時々手紙が届く。手紙の文面は、その人そのままの優美で整った清楚な文字で綴られている。書いているのは一人の人間だが、差出人の欄はいつも連名。…と言っても、その片方は読むことなど出来ない、文字であるかどうかも疑問な、何かの押し痕なのだが。
 みたまはその時の事を、然程昔でもないのに、懐かしく思い出した…。


 とある日、一人の青年がみたまに仕事の依頼をして来た。
 青年が名乗った国名は、日本でなら九割八分、全世界的にも八割の人は知らないと言うような、国連も何も関係のない、世知辛い世界情勢も小競り合いからも懸け離れた、南の小さな国であった。みたまは勿論、その職業柄、その小国の事は熟知している。どの他国にも干渉せず、また干渉される事も無い。あの、世界のリーダーを自称する経済大国でさえ、この国には全くのノータッチであった。最新科学技術等とは縁の無い、だがそれが単なる途上国とはなってない不思議な国である。遅れていると言うよりは、独自の進化を歩んだような国。だからこそ、そんな国の住人が、傭兵の己に何を頼って来たのか、不思議でもあったのだ。
 「……どらごん?」
 思わず平仮名で返してしまう程、さすがのみたまも驚いた。が、青年は至極真面目な顔でこくりと頷く。
 「我が国には、神獣としてドラゴンを崇める土着神的な風習がありました。今までは、ただ祭っていれば良かったのが、この数年は、ドラゴンの要求により、毎年若く美しい女性を生贄として差し出しているのです」
 「要求…って、そのドラゴンが自ら要求して来たって言うの?若いオネーサンを寄越せ、とかって」
 「いえ、ドラゴンと直接交流する権限があるのは、国の宰相のみです。彼が、ドラゴンの機嫌を損ねない為にも生贄が必要だ、でなければこの国は業火に焼かれる…と」
 「ふぅん」
 みたまは、肩から胸元に落ちていた、波打つ金髪の先を指先で弄る。…で?と青年に話の続きを促した。
 「それで、今年の生贄が神託に寄り決まったのですが…それが、私の姉なのです。最初は私も、国の為ならと諦め掛けました。ですが、どうしても納得が行かない。それにこのまま生贄を出し続けていれば、いつか若い女性が尽きてしまう可能性だってある。現に、最近では国を出て他国で暮らそうとする人達まで現われたのです。…ですから私は考えました。それもこれも、生贄などを求めるドラゴンがいるからいけないんだ、だからいっそ…」
 「退治してしまえばオールオッケー、万事解決って事ね」
 途中でみたまが言葉を引き継ぐと、青年はまた無言で頷く。分かったわ、とみたまが自宅のソファーから立ち上がった。
 「任せて頂戴。決して損はさせないから。依頼達成率百%が、私のモットーだからね?」


 「…とは言ってみたものの、さすがの私も、ドラゴンと対峙するのは初めてね」
 ここは自宅の地下倉庫。何やら物騒そうなものが所狭しと並んでいるその真ん中で、みたまが持参する武器の選定を行なっている。
 ガッシャンと物々しい音を立てて、機関銃を手に取る。ガトリング砲を構えてみて、手の馴染みを確認する。が、依頼人から聞いたドラゴンの詳細を鑑みれば、到底これで敵うような相手ではなさそうだ。
 「もう少し、大掛かりなモノが必要ね。…それは今はここにないから…ダンナさまに頼まなきゃ♪」
 旦那が出て来た瞬間、みたまは傭兵の顔から可愛い妻の顔になる。普段から、猛々しい獅子の顔と可憐で高貴な姫君の二つの顔を持つみたまだが、こう言う場合は確実に後者の方だろう。携帯電話を取り出すと、指が覚えている短縮ナンバーを呼び出し、コールする。電話の向こうの、愛しいアノヒトの事を想像するだけで、その表情は蕩けるようなものになった。
 「あっ、アナタ?私よ。あのね、お願いがあるんだけど……」


 最新鋭戦闘機は、音速で大気の壁を破り、一路、南の最果ての小国を目指していた。
 あの後、ダンナさまの助けも借りて事前準備を進めたみたまは、メインの武器を近中距離用ミサイルに決めた。あとは、場合によっての白兵戦用に貫通弾と、ついでに万が一の事を考えて都市戦略用戦術核も一発。でもこれは、なるべくなら使わない方がいいとダンナさまにも念を押されたので、恐らく使わずに済むのだろうが。
 依頼人の祖国上空に差し掛かった辺りから、何やら全てのものの空気が変わった。まるでその国の周りだけ、全く別の次元内に存在するような。ドラゴンが居ると言うこの国には、竜などの一般的には伝説上の生物とされるものの他に、ホビットやエルフ、ドワーフと言った、別の人種族まで住んでいても何ら可笑しくはないような気までしてきた。
 「…ミサイルが効けばいいんだけど…この領域内では何の効力も持たない、なーんて事になっちゃったらどうしよう?」
 と、言っているみたまの口調は至ってのんびりしているが。自ら操縦する戦闘機を旋回させ、前もって調べが付いていた生贄の儀式が行われる聖地の上空へとやってくる。そこは、低目の山に囲まれた盆地で、周囲は鬱蒼とした森に包まれているが、その中央だけ何かの舞台であるかのよう、ぽっかりと空いて濃い緑の芝が広がっている。そこに、石造りの祭壇が設えられ、周囲に大勢の人影が見えた。
 「……あれね」
 着陸した戦闘機を近くの森に隠し、無事に上陸を果たしたみたまは、森と芝生の境目でその身を隠し、様子を窺っている。人影の殆どは、妙な仮面を付けた、裾の長い法衣を纏った男達である。そんな彼らに輿を担がれ、依頼人の姉と思しき女性が居た。白く長いベールとシンプルなロングドレスは、ドラゴンの花嫁としての正装か。俯き、何か物思いに耽る風なその女性が、何かに気付いてハッとその面を空に向ける。釣られて、みたまもそちらを見上げると、思わずアッと驚きの声をあげてしまった。
 青い空の一ヶ所に、小さな黒い点が現われたかと思うと、それがみるみる大きくなり、やがてそれは一頭のドラゴンである事が分かった。ドラゴンは、大きな羽根をばたつかせながら、一直線に生贄である女性へと向かってくるではないか。恐らく、実際に見るのは初めてだったのだろう、法衣を着た役人と思しき者達は仰天し、我先にと逃げ出していく。この場に残ったのは、生贄の娘とみたま、そしてドラゴンだけになった。
 「…さ、本番開始!覚悟するのよ!!」
 みたまが叫び、バズーガ砲風に改造した、迫撃ミサイルの小型版を肩に担いで構える。ファインダーを覗き、照準を合わせる。レンズの十字とドラゴンの頭が重なった瞬間、ビンゴ!とトリガーを引こうとしたその時だった。
 「待ってー!撃たないでー!!」
 生贄の娘が、両手を広げて走ってくる。ドラゴンとみたまの間に割って入った。
 「何してるの!危ないじゃない!!」
 みたまも威勢よく怒鳴り返す。急降下して来たドラゴンの鋭い爪が、娘の背中に深々と食い込むかと思い、みたまは思わず小さく舌打ちをした。が。
 「………あら?」
 みたまの赤い瞳が驚きで瞬く。何故なら、てっきり生贄を攫ってそのまま飛び去って行くだろうと思っていたドラゴンは、何もせずに地上へと降り立ったばかりか、傍に居る
娘にその巨大な頭を擦り寄せ、慈しむように羽根が華奢な身体を抱いたのだから。


 「…申し訳ありません、弟が勝手な事を……」
 娘が深々と頭を下げる。黒い長い髪と銀色の瞳が印象的な、美しい娘である。そんな彼女が凭れているのは、例のドラゴンの尻尾の付け根。そしてドラゴンはと言えば、尻尾を丸めて娘の身体を巻き込むように、その顔は最大限の慈愛に満ちていた。その表情に、みたまは何故か見覚えがあった。
 「わたしは余計な事はしなくていいって言ったのですが…」
 「仕方がないわ、だって彼は知らなかったのでしょう?あなた達が、実は愛しあっていた…なんて事は」
 ね?と悪戯ッ気に笑うみたまの揶揄いに、娘が頬を薔薇色に染めた。
 娘の話はこうだ。実は、娘とドラゴンは前々から密かに愛し合う仲であった。そんな時、不意に生贄を捧げると言う話が持ち上がり、驚いた。何故って、そりゃあ当の本人(ドラゴン)が、そんなものを要求した覚えなど全く無かったからである。
 「ですから、これは何か事情があるに違いない…と。何とかしなければと思っているうちに、彼の評判はどんどん悪くなって今では国内随一の悪者になってしまいました。そして今年、とうとうわたしが生贄の番となって…わたしは、これで真実が掴めるからと言ったのですが、彼が、そんな危険な目には遭わせられない、と」
 そう言うと娘は、ドラゴンの方を見上げる。照れながらも、ね?と同意を求めて小首を傾げると、ドラゴンも照れ臭そうに、がぁっと小さな炎の玉を吐いた。
 「…分かったわ。ここからは私の仕事ね。乗り掛かった船だし、依頼人の目的はお姉さんの救出だから、方向が変わっても結果的に目的が達成されてれば問題ナシでしょ」
 みたまは衛星通信可能な携帯電話でダンナさまを呼び出す。自分よりも天文学的数字で遥かに巨大なネットワークを持つ彼なら、何らかの情報を持っているだろうと予想したのだ。そんな彼の、説明を終えたみたまに返した第一声はと言えば。
 うん。その通りだよ。
 何よ、それ。最初っから分かってたの?咎めるようにみたまが溜め息混じりにそう言うと、そんな事ないと、と受話器の向こうでダンナさまが笑った。
 彼曰く、鍵は全て、ドラゴンとの折衝役を担っている宰相ただひとりであったのだ。宰相はその立場と民衆の畏怖を利用して美しく若い娘達を集め、ドラゴンに捧げたと偽って誘拐していたのだ。娘達の身柄はそのままブラックマーケットへと流れ、その後の消息は杳として知れない。
 「…そんな、…酷い事……」
 「全くね。その宰相って全世界の女の敵よ、敵。…あ、ドラゴンの敵でもあるか」
 みたまがドラゴンの顔を見上げると、その通りだと言わんばかりにドラゴンが小さく吼えた。どうしよう、と不安げに恋仲のドラゴンを見上げる娘に、みたまが勇ましく笑った。
 「任せてって言ったでしょう?弟さんにも言ったけど、私は依頼達成率百%の女なんだからね?」
 ぐっと親指を立てて笑うみたまの、綺麗な金髪が草原の風に舞った。


 その数日後。ドラゴンに捧げられた筈の娘達がなんと、たったひとりを除いて全て生きて帰って来たのだ。もう会う事は叶わないと思い込んでいた家族や知人は、驚くやら嬉しいやら。だが、そんな娘達から真実を聞かされた時、人々の驚きはまさに頂点に達した。
 同時に、誰の仕業か判らないが、宰相の悪事の証拠となるあらゆる品々が、国内のそこら中にばら撒かれ、最早言い逃れのしようもなく、宰相はその地位を追われて国外に追放された。謂れ無き悪事を背負わされていた、ドラゴンの汚名も全面的に晴れたのであった。
 勿論、それらは全てみたまの所業である。そして今、みたまは再び、あの盆地の野原へとやって来ていた。
 そこにはみたまの他には依頼人の青年、そしてその姉。その脇には、大きな身体をちぢ込めるようにして娘に寄り添うドラゴンの姿があった。青年は、そんな二人の様子を、未だ信じられないと言うように首を左右に振りながら見ている。
 「…そんな、何故よりによって…姉さんなら、幾らでもいい男が…」
 「ごめんなさい、でももう決めたのよ。わたしは、彼と一緒に居るわ」
 「でも…!」
 青年が反論しようと大きな声を出す。それをみたまが片手で制した。
 「お姉さんは本気よ。それに素敵じゃない。お姉さんは、人が望んでも手に入ることは殆どない、真実の愛を手に入れたのよ?」
 「…理屈は、分かりますが……」
 「じゃあ感性でも分かってあげなさいな。どっちにしろ、あなたが反対しようがしよまいが、お姉さんの意思は変わらないわよ?だったら、気持ち良く送り出してあげた方がよっぽどいいじゃない。折角の二人きりの姉弟なんだからさ」
 「………」
 半ば脅迫のように、みたまが弟を説き伏せる。姉とドラゴンは、この地で共に暮らす事を決めたのだ。もともとここは、竜族の聖地として一般民衆の立ち入りが禁止されていた場所。それ故、他者がこの二人の生活に介入してくる事は、まず有り得ないのである。
 こうして、たったひとり戻って来なかった生贄の娘は、ここで世紀の恋に生きるのであった。


 時折届く、娘とドラゴンからの手紙。娘の名前の隣にあるのは、ドラゴンの鱗の押し印。羊皮紙で書かれたそれは、切手も貼ってないしまともに住所も書かれていない。それでもちゃんとみたまの元に届くのだが、誰がどのようにして届けてくれているのかは不明であった。
 調べようと思えば、みたまとダンナさまの情報を駆使すれば他愛もないこと。だがあえて、みたまはそれをしようとはしなかった。

 たまには、摩訶不思議なままでほったらかしておくのもいいんじゃない?全てが見えてしまったら、この世の中は全くつまんなくなってしまうしね。


おわり。