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自習時間
チャイムの音に席に着くがなかなか先生が来ない。
ざわつく教室内。
五分もたった頃だろうか、開いた扉から来たのは別のクラスの教員。
「おう、揃ってるかお前等」
「何かあったんですか?」
「腹痛で倒れたらしいんだ、だからこの3.4時間は自習な」
「自習……」
教室に入ってくるなり黒板に大きく書かれる自習という文字。
チョークを置いてから手を払う。
「まあ適当にやっててくれ、学校の外に出なかったらいいから」
手近にあったイスを引き、そこに腰掛ける。
つまりは監督役を言い渡されたが、あまりやる気はないらしい。
さて、開いた時間を何に使おうか?
自習と聞いてさっそくザワザワと騒がしくなる室内。
夏の暑い日で、監督する人間がいいと言ってしまっているのだからこうなるのは当然の流れだろう。
さっそく居眠りを始める生徒。
用事があったのか足早に飛び出していく生徒。
涼しそうな位置を見つけてそこにたむろしては昨日のテレビがどうだとかを談笑していたり、机を向かい合わせにくっつけてどこからかとりだしたトランプでジュースを賭けて遊んでいたりする。
どうしようかと羽澄が考えている間に、クラスの一人が既にやる事を見つけたとばかりに席を立つ。
教室を去る後ろ姿を眺めて、何をするのか予想は大体は付いていた。
きっと図書館にでも行って、前は借り損ねたと言っていた稀少言語の本でも借りに行くのだろう。
賑やかな教室。
騒がしいとも取れるが、羽澄はこの雰囲気が嫌いじゃなかった。
最も度が過ぎると言うべきか……騒がしすぎる箇所があったりするのも事実だが。
「……二時間か」
ずっとここでこうしているのも勿体ないような気がする。
折角なのだからどこかへ行こうと思い立ち、鞄の中からMDと新曲の楽譜を取りだし教室を後にした。
どこか良い空いてる教室はないかと階段を降り別の会の廊下を歩く。
廊下は最近の猛暑で暑くはあったが、窓が開けてあるお陰で少しは緩和されている。
廊下にはまだ温い熱気が残っていたが、大きく開かれた窓からは気持ちのいい風が流れ込んで居た。
窓の外や廊下付近で聞こえる楽しそうな声。
色々な感情が混ざり合った喧噪は好きな筈なのに、いまはどうしてだか不思議な気がする。
周り全ての空気。
包み込むような気配。
到底言葉にはなりえそうにない些細な事。
「………」
イメージするのならば、それは甘くて柔らかい。
まるで………。
「―――っ!」
息を飲む。
羽澄ではなく、近くを通りかかった別の人が。
「……?」
振り返ると青銀の髪が風に柔らかく広がり、太陽の光を浴びて鮮やかに輝く。
立っていたのは隻眼の先輩、背中で一つに編まれた三つ編みは重そうに揺れている。
目は何かの怪我の所為だったと言う事は知っていた。
別に先輩がここにいてもなにもおかしくはない、ここは三年のクラスのすぐ近くなのだから。
けれど唐突に息を飲まれるような事があっただろうか言うとそれも何か違う気がする。
「……えっと、どうかしたんですか?」
「いや、ええと……」
首を傾げる羽澄に僅かに視線を泳がせ口ごもるが、後に続く言葉を待つ。
時間はあまりかからなかった。
「今教室から出てきたばかりで、他のクラスも自習? なのか?」
「ああ……確かに」
言われて納得する。
確かに他の学年やクラスの教室からも生徒が出てきているようだから、間違いないのだろう。
「そうみたいですね」
何かあったのかも知れないが、今のところこれ以上騒ぎが大きくなるような気配もない。
ひう考えてから、今確かめるように話を聞かれたのは何かあるうちにはいるのではないかとと言う憶測にたどり着く。
「もしかして何かあったんですか」
「いや、俺も少し気になっただけなんだ気にしないでくれ」
「そうですか?」
「ああ、それじゃ」
「はい」
背を向けると目的があるらしく、足早にどこかへと走って行ってしまう。
「何事もないのが一番だけど……あっ」
羽澄もその場所から歩き出しながら、他のクラスでも同じような事が起きているとしたら、先輩のクラスも自習になっているかも知れないと考える。
羽澄の密やかな思い人。
考え始めたのは彼が今頃何をしているだろうかと言うこと。
先輩も同じように自習だったら、どこかで偶然出会う様な事もあるかも知れないなんて考えた後に……自然と赤面した両頬を手で隠す。
慌てて周りを見渡し、人気が少なかった事を確認してからホッと胸をなで下ろす。
もし誰かに見られていたらと思うと、それだけで顔から火が出そうだった。
「………ふう」
後ほんの少しだけ掌で頬を押さえてから、一度だけ深呼吸した後は何時も通りの羽澄に戻る。
今もまだ照れは残ってはいたが、見た目はなにも変わりない。
よしと自己確認してから空き教室探しを再開した。
それから数分。
すぐに空いている教室は見つかった。
人がばらけているからもう少し歩くかと思ったが、どうやら運が良かった様である。
熱気の残る部屋の窓全部を開き、風通しを良くしてから最初の目的、つまり暗譜をしようと席に着き、机の上に楽譜を取りだしMDのスイッチを入れた。
暗譜というのは人によっては難しいだとか、苦手だという人が多いけれど羽澄は新しい曲を覚えるのが好きだった。
無理矢理覚えるなんて人もいるけれど、羽澄にはその必要はない。
好きな曲なのだから、唄うのが好きだから。
自然と体に染み込んでくる。
MDから流れる音を聞きながら、押さえた音量で歌を紡ぎはじめた。
優しい歌声は、体の隅々にまで澄んだわき水の様に染み渡たるように馴染み、既に高まっている集中力が更にもっと上へと引き上げられていく。
澄み渡っていく意識に、心地よく歌えたら上手くいっている何よりの証拠。
何小節目かに差し掛かった所で、大きく開いた窓から一際強く流れ込んでくる風。
「きゃ!」
咄嗟に目を閉じ、楽譜が飛ばされないように抱き締めるように押さえて護る。
「……良かった」
すぐに風は収まり、乱れた髪を直して楽譜を揃え直す。
「今日、こんなに風が強かった……?」
さっきまでは何事もなかったはずだが、たまにはこんな事もあるだろう。
窓を閉めるべきかどうしようかを考えてから、また同じような事があった場合に備えて半分だけ開けていればいいだろうと言う結論に落ち着く。
MDを止め、窓に手をかける。
「………あ」
外から見える景色は、強い日差しでとても眩しく見えた。
僅かに目を細めるが、声を発したのはそのためではなく別の理由。
心地よさそうな木陰の、芝生上で楽しそうに話している二人の女生徒。
一年生だろうか。
見て解ったのが、彼女たち二人の目と髪の色の事。
教科書を手にしているのが赤い髪に金の瞳。その子の髪を嬉しそうにクシで梳かしている少女が金の髪に赤い瞳。
双子であるのに……もしかしたら双子であるからこその色彩なのかも知れない。
「……あれ?」
ふと気付く。
どうして二人が双子だと解ったのだろう。
なんとなく見かけただけの少女達に。
ついさっきも感じたような不思議な気配に思考を持っていかれそうになるが、すぐに別の事に気を取られる。
楽しそうな二人の笑い声。
会話の内容こそ聞き取れないが、それでも解る。
幸せそうな。
優しそうな。
幸福な時間。
まるで幼い頃に何度も繰り返し、繰り返し、ねだって聞かせてもらった御伽話のような光景。
髪を溶き終えた少女が、今度はどんなヘヤスタイルにセットしようかと悩み始めたのを見て、赤い髪の生徒が楽しそうに笑った。
それを見て大丈夫だとばかりに金の髪の少女がトンと胸を叩いてから、やっぱり同じように釣られて笑う。
ひとしきり笑いあってから、本を閉じ一緒にどんな髪型にするかを選び始めた。
これはどうと指さし、少し考え込んでからページをめくる。
見ているだけで幸せで優しくなれる光景。
「………っ」
なのに、思ってしまう。
知らないはずなのに、どうしてと。
何故、こんなにも暖かく感じるのだろう。
「……何で?」
窓から出来るだけ離れた所の席に座り、机の上に腕を組んでそこにもたれ掛かる。
思ってはいけないのだ。
「何でだろう?」
呟き、考えてしまう。
これはきっといけない事なのだと。
考えるだけで苦しくなる。
理由なんて解らなかったけれど、思ってはいけない事なのだ。
「解らない……でも」
答えは出ない。
胸が満たされるほどに幸せなのに、締め付けられる程に切なくなる。
「………っ」
何も考えられない。
羽澄はゆっくりと目を閉じた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1282/光月・羽澄/女性/2−A】
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■ ライター通信 ■
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何時もお世話になっております、
学園依頼へのご参加、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
また何かありましたら言って下さいませ。
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