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<東京怪談・PCゲームノベル>


『 姫君と忠実なる騎士たち 』


【オープニング】


 深夜の東京。
 本来の夜の光景とはどうあるべできあろうか?
 しかしこの街においてはその問いの答えは希薄だ。
 なぜならこの街には眠りが無い。
 眠らない街、不夜城と呼ばれる東京と言う名の街。それがこの街の姿なれば、本来の深い夜の闇の帳に包まれるはずの街に光が溢れているのも許容されるのであろうか?
 夜の街と言う名のゆりかごの中の者達は眠らない。
 悪と言う言葉が当てはまる者ならば尚更の事。
 そう、夜と言うのは悪しき者たちの時間であるのだから。
 光が溢れた眠らない街はそんな悪しき者たちの活動時間と場所を広げるモノで、故にこの街は犯罪都市と呼ばれるのであろう。
 そしてだからその光景もその街ならば日常の光景であるのだ。
 そう、今日も夜と言う時間、悪しき者たちに味方する光りの中でその悪は動いていた。
「ほらよ、今日の分はこれだけだ」
「ああ、んじゃ、検めさせてもらうぜ。ん、確かに」
 ビルとビルの隙間でその数人の男達は何かを交換し合っていた。
 男達は互いに交換し合ったモノを見て下卑た笑みを浮かべあう。
「にしてもあんた、本当に悪だよな」
「っるせーよ。てめえらに言われたらお終いだぜ」
「いひひひひひ。目くそ鼻くそを笑うって奴かい?」
 どろりとした都会特有の腐ったような匂いがする闇の中に響く笑い声。だがおもむろにその夜気を別の物が振るわせた。
「にゃぁー」
 それは野良猫の声。
 悪事を働く者は心にどこか後ろめたい気持ちがあるからだからびくついて、ちょっとした事にも過剰に反応してしまう。
 彼らはそちらにぎょっとしたような表情が浮かぶ顔を向けて、そして・・・


 ぱしゃり。
 ――――携帯電話の機能の一つであるカメラのフラッシュの光がその闇の中で咲き綻ぶ花のように瞬いた。


 自分たちがカメラに撮られたのだという事を瞬時に理解した男達はぎょっとした。
 だが六人中五人までの男達はそれでもすぐに立ち直ったようだ。別に構わないというような表情を浮かべて、そしてまだ愕然としたような表情を浮かべる男を見る。
 そうして彼らはくちゃくちゃとガムを噛みながらその男の肩を叩いてそのビルとビルの隙間にある道から出て行った。
「まあ、がんばってあの綺麗な嬢ちゃんを捕まえてくれや。じゃないとあんたは身の破滅だぜ」
 口々に彼らは似たような事を言って出て行って、そうしてひとり取り残された彼は片手で顔を鷲掴んで、ぐっと歯軋りした。
「ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるなぁー」
 そして彼は手身近にあったゴミ箱を蹴りつけた。ゴミ箱はその衝撃に中身をぶちまけて夜の道に転がった。
 それを周りにある闇よりも昏い目で眺めながら男は毒づいた。
「絶対にあの女を見つけ出して殺してやる」
 人の顔を覚えるのは男は商売柄得意であった。
 そう、アッシュグレイの髪に、黒に近い深い赤の瞳をしたあの小娘の顔は完全に彼は覚えていた。



 ――――――――――――――――――
【Begin tale】
 【T】


 そこは雨上がりの小さな公園。
 一雨降った後の夏の空気は灼熱の円盤かのような太陽の光に熱せられていた大地を雨が冷ましてくれたおかげか、肌に心地良いほどに冷やりとしていた。
 そして風が運ぶ空気の匂いはまだ雨の香りに満ちていた。
 その空気を胸いっぱいに吸い込んで縁樹はにこりと笑う。
「雨の匂いは虹の香りって言うけど、どうなんだろうね?」
 そう問いかけられたのは彼女の両肩に座る二人。左肩がしゃべる不思議な人形のノイ。
『さあ、ボクにはそれはわからないよ、縁樹。じゃあ、今度の旅の目的地はそこにする? 虹の橋の降りた地。そこに行ってみようよ』
 嬉しそうにそう言うノイに縁樹も頷く。
「そうだね。うん、そうしよう。今度の旅の目的地はそこ。虹の橋の降りた地」
 その二人の楽しげな会話に今度は縁樹の右肩に座る小さな妖精が声を出す。
「ふぅわぁーふぅー。いいでしね、虹の橋が降りた地。ものすごくロマンチックでしね♪ わたしも行ってみたいでし」
 顔をくしゃっとさせて両手を振り回しながらそう言う彼女にノイはぼそりと言う。
『おまえには白さんのお仕事のお手伝いと、あのあ…まあやさんのお店のお手伝いがあるだろう』
 縁樹はん? と小首を傾げる。相棒の毒舌はいつもの事。それはもう慣れっこ。時折は注意する事もあるけど、普段は彼の言いたい事を言わせている。強制はしない。それが彼女らのルールの一つだ。
 じゃあ、どうして彼女は小首を傾げたかと言うとそれはノイはちょっと前までは綾瀬まあやの事をあの悪魔女とかって呼んでいたのに、近頃は彼女の事をまあやさんと呼んでいる。一体どのような心境の変化なんだろう?
 それでも………
『ところでさ、どうしておまえがここにいるんだよ? ちゃっかりと縁樹の肩に乗っちゃってさ』
 と、他の人に対する彼の態度には変わりは無いんだけど。
 縁樹は苦笑しながらノイを嗜める。
「こぉーら、ノイ。スノードロップちゃんを苛めないの。今日は千早とスノードロップちゃんとを会わせてあげるって約束したんでしょう。だからこうして公園に来たんじゃない」
『あれ、そうだったけ?』
 そっぽを向いてそう言うノイに縁樹は吐いたため息で前髪を浮かせながら頷く。
「そうだよ、ノイ」
「そうでしよ、ノイさん」
『こら、うるさいぞ、虫』
 虫っていう言葉にスノードロップはパブロフの犬のようにだぁーっと涙を流した。
 縁樹はふぅーっとため息を吐いて、スノードロップのどんぐり眼から零れる涙を指先で拭うと、胸のポケットから出した口紅の蓋を開けた。
「出ておいで、千早」
 千早、そう言われたのは最近、縁樹とノイが飼い始めたイヅナだ。その外見は縁樹とノイのイヅナに相応しく影の中から生まれてきたように黒っぽい毛並みをしていて、その大きさは猫よりも少し大きいぐらい。黒い毛の中で一方だけ赤く光っている瞳がまた印象的だった。
「わぁー、かわいい狐さんでしねー」
『イ・ヅ・ナ! ほんと言うと想ったら本当に言ってくれて。期待を裏切らないんだから』
「ほぇ? 狐じゃなく?」
「そうだよ、スノードロップちゃん。狐とは違うかな?」
 小さく傾げた顔に優しい表情を浮かべて縁樹はそう言った。
「違うんでしか」
「そうだよ。違うんだよ」
 そして千早に手を差し出す縁樹。その手に甘えるように千早は体を擦りつけてくる。千早はノイ並に縁樹が好きなのだ。
「千早。今日はノイだけじゃなくってこの娘も乗せてくれないかな?」
 大好きな縁樹のお願いとあれば聞かないわけにはいかない。千早はこくりと頷いた。だけどそれに絶句したような表情を浮かべたのはノイだ。
『ちょっと待ってよ、縁樹。こいつも千早に乗せるの? 千早のボクのマイ・カーなのに! こいつは羽根があるんだから虫は虫らしく空を自分の羽根で飛んでればいいじゃないか!!!』
「もう、だからそういう事を言わないの、ノイ。いいでしょう、散々千早を今日まで乗り回してきたんだから少しぐらいスノードロップちゃんを乗せてあげても」
 ノイはぷぅーっと頬を膨らませる。
 それはどこかこの公園には相応しい日常茶飯事の光景のようで見ていて心が和むようだ。
「でしでし。乗せてくださいでし」
 顔をくしゃっとさせて千早に抱きつくスノードロップ。それを面白くなさそうに眺めながらもノイはスノードロップよりも先に千早に飛び乗って、スノードロップを見る。
『ほら、乗るんだったら乗れば。千早に乗るにはコツがいるんだからいきなりは無理。だから最初はボクが乗り方を教えてあげるよ』
「ありがとうございますでし♪」
 スノードロップはノイの後ろに乗って、それを合図にノイが千早に言う。
『千早、行けぇー♪』
 ひゅんと千早はさして強靭そうには見えない四肢で大地を蹴るのだがただそれだけでその生き物は風になったかのように空に舞う。
 雨が上がり、灰色の雨雲が消え去って抜けるような青空に駆け上がったイヅナと、それに乗るノイとスノードロップ。
 風が如くに空を飛び回る彼らを縁樹はどこか憧れにも似た瞳で見つめた。彼女が乗るには千早は小さすぎる。
「行け! 行け!! 行けでしぃ―――――――ぃぃぃぃ、千早さん♪」
『わぁ、こら、勝手に千早をけしかけるな』
 きゃっきゃっと騒ぐ彼らに縁樹が苦笑しながら肩を竦めていると、どこかで携帯電話のコール音がした。
 おや? と小首を傾げて縁樹は辺りを見回す。先ほどまでブランド物のスーツを着込んだ男が座っていたベンチに携帯電話が置かれていて、それが着信を報せているのだ。彼は確か誰かとさっきまであれで話しをしていた。そのまま会話をし終わって忘れていったのだろうか?
「出た方がいいかな?」
 そうすればあの携帯電話の持ち主に返せるかもしれない。
 携帯電話の液晶画面に表示されているのは公衆電話、という文字であった。
 縁樹はひょっとしたらこの携帯電話の持ち主がかけてきたのかもしれないと想いその電話に出た。昨日も同じような事があって、やっぱり持ち主は公衆電話からかけてきてそれで返せたのだ。



 その時の彼女の姿をちょうど高い場所からノイが見ていたが、勝手にスノードロップが千早にもっとスピードを早くしてくれるようにお願いをして、千早がそれを受諾してしまったためにノイは縁樹に声をかける事ができなくって、そして気づいたら彼女の姿は公園から消えていた。



 +


「やれやれ」
『縁樹ぅ〜』
 まあやは荒らされた部屋を鋭く細めた目で見据えながら鼻を鳴らし、ノイは両手で頭を抱えた。
『一体何がどうなってんだよぉ〜? 縁樹ぅ〜』
 ただただ取り乱すだけのノイをまあやはぴしゃりと嗜める。
「こら、ノイさん。嘆くのは後にしなさい。今はあたしたちにやれる事をやらなくっちゃ。ええ、それはもう今あたしたちにやれる事をやってそうしてあたしたちの可愛い縁樹さんを拉致った奴をいたぶってやりましょう」
『うぅ〜、まあやさ〜ん』
 敵に回せばものすごく怖い人だが逆にこうやって味方につければこれほどに頼もしい人もいないだろう。ノイは顔をくしゃっとさせてまあやに抱きついた。
『だけどでもどうやって縁樹を見つけるのさ? ボクは縁樹が呼んでくれないと瞬間移動はできないし、千早の能力を使っても縁樹を見つけられないんだよ? お手上げだよ』
 縁樹が消息不明になって一日が経った。その間に犯人からの身代金の請求も無く、またそれ以外の犯人からの要求も無かった。ただ・・・
「まあ、犯人が縁樹さんのストーカーではないとわかったのは進展ね。そして今もまだ縁樹さんの命が無事なのも。それと犯人はどうやら自分にとって何か決定的なモノを縁樹さんに握られているようね」
『え、それってどういう事?』
 ノイと彼が乗っている千早が目を丸くする。まあやはこの荒れた部屋を眺めただけでどうしてそれだけの事を言い切ってしまうのだろう?
 その彼らの視線に応えるようにまあやは軽く肩を竦めると、唇を動かした。
「縁樹さんが誘拐されたのは彼女の口からそれを聞き出そうとして。だけど彼女は口を割らなかった。当然ね。きっと犯人はまずは縁樹さんがそれを持っていないか調べ上げた上で彼女がそれを持っていない事を確認して彼女を拷問なりなんなりしているはずだから。そうならば…そう、縁樹さんがそれを持っていないというならばそれを持っているのはノイさん、それを持っているのはあなたでしょう? だったら尚の事彼女がそれを言うわけは無く、だからごうを煮やした犯人は更に行動に出て、ここを家捜しした。故に先ほどの推論が成り立つのだよ、ワトソン君。ストーカーならば縁樹さんを手に入れただけで充分なんだから家捜しをする必要は無いしね」
 ホームズを気取った彼女はさして得意がる様子も見せずにそう言うとおもむろにノイを両手で捕まえた。
『わ、わわ、いきなり何をするんだよ、まあやさん???』
 ノイは驚いた声を出して、千早は目を丸くする。
「だからさ、犯人がその何かを狙って縁樹さんを拉致したというのであれば、それが何であるかをわかればその後の対処の仕方も犯人もわかるってもんでしょうが」
『わ、わわ、そうだけど…うわぁ、そ、そんな、ら、乱暴に中に手を突っ込んでひかっきまわさないで…って、わ、くすぐったい、まあやさん』
 と、そんな具合にくすぐたがって暴れるノイを押さえつけて彼の後ろのチャックを開けて、その中に手を突っ込んで中身を探し回っても、すべてが縁樹やノイの持ち物やらお菓子や飴、旅の道具やらで何も怪しいモノは見つからなかった。
「ふぅー、おかしいな。何かがあると想ったのだけど。じゃあ、縁樹さんは勘違いで誘拐された? 最悪ね」
『最悪なのはボクの方だよ』
 ぼそりとノイ。フルマラソンを走った後かのようにぐったりとしている彼を千早がぺろりと舌で舐める。
 と、そんな時、突然玄関のチャイムが鳴った。
 その場にばしぃっと緊張が走る。
 ノイ、千早、まあやは視線を重ね合わせる。
『誰だろう、縁樹かな?』
「どうだろう」
 まあやはおどけたように肩を竦める。
 ノイは眉根を寄せて不愉快そうな表情をして千早に乗って玄関へと飛んでいく。そして覗き穴から向こう側にいる人物を見る。そこにいたのは小奇麗なスーツを着たどこか生活感の無い女だった。



 +


「つまり警察官の不正を取り締まる警察官ってわけよ」
 まあやはノイに小奇麗なスーツを着ているが生活感の無い女、柏木鈴の役職を実に簡単に説明した。鈴は苦笑いを浮かべながら警察手帳を懐にしまう。
「で、柏木さん。どうしてあなたがあたしたちのところに来るのかしら? あなたのような役職は隠密裏に行動するのがセオリーでしょう。一般市民に接触していいのかしら?」
 そう紫暗の瞳を鋭くして言う彼女に鈴は表情を硬くした。
「ええ、それがセオリーでしょうね。でも今回はしょうがないのよ。信じられるのが自分ひとりなのだから」
『ふん、人はいつもひとりなんじゃないの、信じられるモノはさ。ボクと縁樹は違うけどね』
 テーブルの上で腰に両手をあてて胸を偉そうに逸らす人形の額をまあやは指先で弾いた。人形は『うわぁぁぁぁ〜』と悲鳴をあげながら後ろに転がっていってテーブルから落ちたところを飛んできた千早に助けられた。
 それを無視してテーブルに頬杖つくまあやはもう片方の手で髪を弄りながら鈴を見据える。
「信じられるのは自分だけ、か。まさかあなたの敵が同じ部署にいるというの?」
「ええ、その可能性があるのよ。私が現在追いかけているのは麻薬課の刑事、嘉納章吾。どうやら彼は麻薬の売人に麻薬課の動きを流しているらしいの。ええ、まだ決定的な証拠は無くって、それでその証拠を掴むために私は私の相棒と彼を探っていたのだけど、私の相棒は殺されたわ。つまり私たちの同行も向こうに筒抜けだったっていうことよ。だから今の私は休暇中なの」
 悔しそうに歯軋りした彼女にまあやは頷いた。
「なるほど。で、あなたはここに何をしに?」
「ええ、だから如月縁樹さんに会いに来たのよ。嘉納は2週間前から誰かを探していて、それがようやく如月縁樹さんだという事がわかってね」
 それを聞いたノイは身を前に乗り出させて『おそぉ』とまで言いかけるが、そのノイの額を再びまあやが右の人差し指の先で弾いた。
「ああ、なるほど。でも生憎ね。縁樹さんは外出中よ。今いるのは渋谷だからまだ大丈夫でしょう」
「でも携帯電話が無いんじゃ、連絡のとりようがないでしょう。彼女、もう既に」
 握り締めた拳を噛む鈴をまあやは細めた目で見据えた。
「OK。事情はわかったわ。その嘉納という男の写真はある? 相手が近づいてきても向こうの顔を知らなければ何もできないでしょう?」
「ええ、そうね。じゃあ、これを」
「ええ。この男ね。わかった」
 鈴を見送って、先ほどまで彼女が座っていた席に座ったまあやはくすくすと笑った。その彼女の表情を見てノイと千早は薄ら寒そうな表情をする。まさしくそれは悪魔のような笑みであったからだ。
『あ、あの、まあやさん。それでこれからどうするんですか?』
 先ほどまで彼女に額を二回も指先で弾かれて、尚且つ話にまったくくわらせてもらえなかった文句を言ってやろうと想っていたノイであったが、その彼女の表情にいつか見たあの光景を思い出して、そんな丁寧な声を出す。
「そうね。この嘉納って男は麻薬課の動きを売人に報せていて、そういった男が2週間前から縁樹さんの事を探していたというから、とりあえずは3週間前のこの男の動向から探りましょうか? そこから縁樹さんがさらわれた理由がわかるわ。キーワードは素か罠か、携帯電話」
『どうやって?』
「警察のホストコンピューターにハッキングして♪」
 実に軽やかにしれっと彼女はそう答えた。



 ――――――――――――――――――
 【U】


 話は少し前に戻る。
 縁樹は携帯電話の通話ボタンを押し、その電話に出た。
 そしてやっぱり公衆電話からかけてきていたのはその携帯電話の持ち主であった。
「あ、はい、いいですよ。そこの場所ならわかりますから。では、今から渡しに行きますね」
 そう言って携帯電話を切ると、縁樹は空を見上げた。そこでは千早に乗るノイとスノードロップがぎゃーぎゃーと騒ぎながらも楽しそうにやっている。
 くすりと笑った縁樹はこのままこっそりと行く事にした。
 そして公園から出て、通りに向う。そこに立つ先ほどの男。縁樹は手をあげて、その彼女の横にいきなり黒塗りのワゴンが止まり、中から出てきた男達。風貌から見るとどこぞの暴走族だろうか?
 だが縁樹はできるのだ。彼女は体術もたけている。後ろから両手をあげて迫ってくる男めがけて回転回し蹴り。
 それを叩き込まれた男がくずおれる。しかし縁樹はその男を無視してさらに次に自分に襲い掛かってくる男を迎えうつべく構えて、だけどその彼女の瞳が大きく見開かれた。彼女の視線の先に居るのは携帯電話の持ち主で、その持ち主に暴走族のひとりが金属バットを振り上げていて、それに完全に気を奪われた縁樹の後頭部に衝撃が走った。そして視界は次の瞬間にブラックアウトした。



 +


 口の中に血の味が広がっている。血の混じった唾をぺっと吐いて、縁樹はため息を吐いた。
「心配してるかなぁ……困ったなぁ…うーん、どうしよう」
 周りにはいくつもの木箱の山。どうやらここは倉庫のようだ。
 縁樹は小首を傾げる。どうしてこうなったんだろうか?
 ――――その理由がわからない。
「くぅ」
 どうしようか? きっとノイは心配している。
 ノイをここに呼ぶ?
 瞬間移動でノイにここに来てもらって、腕を拘束しているロープを切ってもらって、それでノイと一緒にここにいる奴らを蹴散らして………
 そんな事を考えていると縁樹が閉じ込められている倉庫の扉の向こうで悲鳴のような声がした。
「そんなぁァ。お、俺を裏切ると言うのか? お、俺はあんたの命令でここまでやってきて…なのにぃ」
 そしてその後にしばしの沈黙。
 …………その後にがしゃん、と携帯電話を投げつける音。
「仲間割れ?」
 おそらくそうだろう。
 敵側は仲間割れをしているのだ。
 ならばその隙をついて。
 どうやらこの倉庫には今切り捨てられた男しかいないようだ。
「やれるかな?」
 いや、かな? じゃなくやらねばならないのだ。
 縁樹は立ち上がる。足を拘束していなかったのは敵側の失敗だった。これだけでも彼女はやれる。
 縁樹はひょい、ひょい、と軽やかな身のこなしだけで木箱の山を飛んでいき、そしてその頂上で息を潜めた。
 がちゃりと倉庫のドアが開き、手に拳銃を持った男が入ってくる。そいつはそこに居るはずの縁樹が居ないので絶句して、辺りを見回している。
「どこへ行った、あの女は?」
 にやりと笑う縁樹。唇を囁かせた。「ここだよ」
 そして彼女は足元の木箱を蹴りつけた。
「うわぁー」
 舞い上がった粉塵に混じって縁樹が舞い降りた。
 縁樹の瞳と男の瞳とがあう。
「貴様ぁ」
「ごきげんよう」
 そう言って縁樹は男の股を全力で蹴り上げた。
 その衝撃に男の体がくの字に歪んだところに腹に蹴り。
 そして軽やかに舞って、くずおれる最中の男の頭のてっぺんにカカト落しを叩き込んだ。携帯電話はどこだ、と乱暴に叫びながら縁樹の頬をぶん殴ったのはこの男だ。女の顔を殴るような男は許せはしない。
 そうして完全に気絶した男を放り捨てて縁樹は倉庫から逃げ出した。
 と、しかしその倉庫は二重扉になっていた。縁樹がいた場所から抜け出してもそこはちょうど小さな詰め所みたいになっていて、さらに外へと通じる廊下の向こうに扉がある。
「なによ、この倉庫」
 縁樹は悲鳴をあげた。
 扉は両方のノブに鍵穴があるタイプだ。要するに鍵が無ければ開けられない。
 後ろの男を振り返る。そうして彼が言っていた言葉をリプレイする。



『そんなぁァ。お、俺を裏切ると言うのか? お、俺はあんたの命令でここまでやってきて…なのにぃ』



 つまりこの男は仲間に裏切られて、それで縁樹の所に来た。
 その行動の答えは自棄になって自分を殺しに来た?
 もしくは人質にするために来たのか?
 おそらくは後者だ。前者の場合はそんな事をしている時間があるうちに逃げた方が得策だ。
 後者の場合は、牽制するための人質と言うよりも生き証人という意味合いの方が強いのか?
 彼らはどうやら縁樹の携帯電話に何か重要な失敗を撮られてしまったような事を言っていたのだから。
 つまりは人質と言うよりも自分を裏切った仲間を困らせるために逃がしに来たと想った方が良いか?
 そしてならばあの男は扉の鍵を持っているはずだ。
 それを素早く計算した縁樹は男の所に戻るが、ちょうどその時に扉の向こうでまた扉が開く重い音がし、縁樹は急いで木箱の山の陰に隠れた………。



 +


 そいつは倉庫の中に入ってきた。そして倉庫を見回す。そこには誰もいない。
 ―――――その結果にそいつは舌打ちして、足下に転がる男を蹴り飛ばした。
「起きなさい、嘉納」
 何度も何度も何度も蹴りつける音がする。
 縁樹はたまらずにそこから飛び出そうとした。するとその彼女の方を嘉納が見ていて唇を動かした。「来るんじゃない」
 もう縁樹は動けない。
 縁樹からそいつは見えない。
 彼女の位置から見えるのは嘉納の顔だけだ。
「如月縁樹はどこに行ったの? 答えなさい、嘉納」
 鋭い声。
「に、逃げられたよ。俺を蹴り飛ばして、俺から鍵を取り上げて逃げていった」
 嘘だ、縁樹はそこにいる。しかしそいつは嘉納の言う事を信じた。
「最後まで役立たずな男ね」
 そして銃声があがって、倉庫内に鉄錆にも似た臭いが一気に広まった。



 +


 まずい事になった。
 そいつは焦った。
 如月縁樹はおそらくはほかっておけばほかっておいたでそれでかまわなかったかもしれない。なのに・・・
「本当に面倒臭い事をしてくれるわね。こうなったら如月縁樹の仲間のところに先回りして彼女もろとも殺すしかないか。くそぉ、処理の方法を考えないとね」



 +


 縁樹が隠れている側で嘉納は殺された。
 おそらくは悪い事をたくさんしていた男なのだろうからそれは自業自得、因果応報なのかもしれない。しかしそれでも縁樹ならば嘉納を守れたかもしれないのだ。なのにそれをできなかったのは、血の臭いと冷酷に何の躊躇いも無く人をひとり殺すそいつに恐れ戦いてしまったからだ。
 そして縁樹はその場を動く事ができなくなってしまった。彼女の意識は強いショックに囚われてしまったのだ。
 彼女に声を届ける事ができるとすればそれは・・・。



 ――――――――――――――――――
 【V】


『それでこれからどうするのさ、まあやさん?』
「この嘉納って奴を見つけるわ」
 まあやはデスクトップパソコンの画面に映っている男をこんこんとノックをするように叩いた。
「それが一番の近道」
『だけどどうやって?』
「簡単よ。この男の客たちを捕まえればさ。そしてこの男に何でも言う事を聞いてくれるような友達がいるとは想わないから、だからその客たちが縁樹さんを拉致した可能性が強い」
『縁樹をさらったのは複数犯だと?』
「じゃないと納得できないじゃない。いかに警察官とはいえたったひとりの男に縁樹さんが簡単に捕まると想う? 複数犯でやり方さえ間違わなければあるいは縁樹さんを捕まえる事はできるわ」
『なるほど』
 ノイと千早はこくこくと頷いた。
『それでどうやってその縁樹をさらった奴らを特定するの?』
「それもこの何でも知ってる魔法の箱が教えてくれるわ」
 ウインクするまあやにノイと千早は瞳を大きく見開き、次に軽やかに鮮やかに動く指がキーを叩くとその瞳を丸くさせた。
 画面にはずらりと数十人の人相の悪い顔が映し出されている。
『これは?』
「警察の麻薬課がマークしているにもかかわらずに検挙できない麻薬の売人…暴力団事務所が子飼いにしている暴走族よ」
 そしてまあやは端末にそのデスクトップパソコンの情報をダウンロードすると、パソコンの電源を落とした。
「さあ、行ってくるわね。暴走族を狩りに」



 +


 そいつは仕掛けた盗聴器の電波を受信する機械の電源を落とすと大きくため息を吐いた。
 恐ろしい女だ。
 まさか自分が子飼いにしている暴走族チームにこうも簡単に辿り着くなんて。
「やはり嘉納を始末しておいて正解だったわね。だけどもうこのままにしておけはしないわね。やはり如月縁樹とまとめてこいつらを始末しないと私の経歴に傷がつくわ。ここは先にこの綾瀬まあやという少女に死んでもらいましょうか?」



 +


『う〜ぅ』
 千早は目をぱちくりさせながらノイを見ている。
 ノイはじれったさそうに足でばたばたとテーブルを踏みながら苦虫をまとめて5、6匹噛み潰したような顔をしていた。
 そしておもむろに、
『うあわぁー、やっぱダメだぁー』
 と、両手をあげて感情を爆発させた。
『やっぱりまあやさんにだけ任せて自宅待機なんてできるわけがないよ。こうしてる間にもボクの縁樹が危険な目に遭ってるかもしれないんだから!!!』
 両拳を握り締めて地団駄を踏んだノイは同じように四肢で地団駄を踏む千早を見る。
『だから行くぞ、千早』
 千早はこくこくと頷き、ノイを背に乗せると、ふわりと浮き上がった。
 そして風のスピードで空気に残るまあやの匂いを嗅ぎ取りながら彼女の後を追う。
 すぐにまあやが運転するZAR刀というバイクに追いついた。そのまま千早はまあやに気取られぬように上空から彼女を追った。
 と、しかしその時にノイはその異変に気づいた。
 まあやの乗るバイクの後方にやってきたダンプカーがおかしいのに。
 そのダンプカーはおもむろにまあやのバイクの真後ろにつけると、スピードをあげたのだ。間違いなくそのまま行けばそのダンプカーはまあやをひき殺す。
『まあやさん』
 ノイは悲鳴に近い声を出した。
 千早をまあやの刀目掛けて急降下させるがしかしダメだ。間にあわなかった。



 きゅぅー
 がしゃぁーーーーーーーん



 絶望的なまでの音と共にまあやの運転するバイクは呆気なく引かれて、そしてアスファルトの上に転がったまあやの体はぴくりとも動かなかった。
『まあやさん、まあやさん、まあやさん、まあやさぁーーーーーーん』
 千早は駆ける。
 ノイは叫ぶ。そのノイの耳にそれは聞こえた。



 あのダンプカーを追いなさい。
 あたしはもう死んだ。
 死んだ人間の所に駆けつけたって無駄でしょう。
 あなたはだからあのダンプカーの所に。
 あれが縁樹さんを誘拐した犯人の所まで連れて行ってくれるわ。



 ノイの頬を半透明のまあやの手が触れる。それはまあやの幽霊で、彼女はこくりと頷くと、空に消えた。
 その瞬間に綾瀬まあやは死んだのだった。
『まあやさぁーーーーーーーん』



 +


 ノイは千早をダンプカーの真上につかせた。
 そして港にある倉庫街へとやってきた。
 その倉庫のひとつにダンプカーの運転手は入っていく。
 ノイも千早と共にその倉庫に入っていった。
 倉庫に入れられているのは大量の小麦粉らしい。
「よくやったわね」
「はい。あの女は間違いなく即死です」
「そう。じゃあ、あとは如月縁樹を殺すだけね。自分の友人の死亡記事が出ればきっと出てくるでしょうし、それにまあそれで出てこなければ出てこないでいい脅しとなって彼女は一生私経ちの前に出てこないでしょうからいいでしょう。本当にたかが携帯のカメラぐらいで事を大きくしてくれて」
 ノイは握り締めた拳を口元にあてた。
 携帯のカメラ…それが縁樹がさらわれた理由?
 それでノイは理解する。彼は縁樹が呼んでくれさえすれば瞬間移動ができるのだ。それを彼女がしなかったのはひとえに携帯電話を…重大な秘密を持つ何かを撮ったのであろう携帯電話をこいつらに万が一にも渡さないためか。
 ノイは自分の後ろのチャックを無意識に触っている。
 それにしても…
『敵のボスは女?』
 そうだろう。この喋り方は女だ。
 そしてその声はどこかで聞いた事があったし、
 そう、それともう一つ気がついた事があった。
 携帯電話というのを聞いたのは今日で二回目だ。それを口にしたのは女性で、しかも自分からそれを口にして、尚且つ彼女は縁樹がそれを持って居ない事を知っていた。
『縁樹』
 ノイはぼそりと呟いた。
 だがそれはちょうど静まり返った倉庫内では運悪く充分に聞こえた。
「誰だぁ?」
 一斉にものすごい数の視線がこちらに向けられ、凄まじい殺気がノイと千早を襲った。千早の毛が逆立つ。
「ネズミの始末は任せるわ。私は如月縁樹を探してくる」
「はい」
『あ、待て』
 と、ノイは小麦粉が入った袋の山の陰からそいつを追おうと飛び出した。だがその瞬間に数十発の弾丸が飛んでくる。
『うわぁー』
 ノイはまるで変な生き物のように器用にそれをかわし、そこに飛んできた千早がノイの後ろの襟首を噛んで高速でそこから離脱した。
 だが倉庫の扉は閉められている。逃げ場は無い。ノイと千早を絶望が襲う。
 それにこれだけの数だ、今ここから逃げ出せたとしても正面きって戦うならば厄介だ。
『えーい、どうすれば』
 下唇を噛み締めるノイの視界に映ったのは銃弾で袋に穴が開き、空間に舞った小麦粉だ。
 そう、それを見た瞬間にノイの顔に希望の表情が浮かぶ。
『やるしかない。縁樹と、そして…』ノイは千早の頭を撫でる。『千早、おまえを信じて』
 千早はこくりと頷いた。
『良し、千早。ボクに構わず全速力でこの倉庫内を走り飛ぶんだ』
 ノイはそう命令した。
 そして千早は高速で倉庫内を走り回り、それの上に乗るノイはナイフで倉庫内に置かれたすべての小麦粉の袋を切り裂いた。
 倉庫内に悲鳴に近い誰かの声があがる。
「銃を撃つなー」
 しかし・・・
『ダメだよ、おまえらが撃たなくたって』
 ノイは自分の背中からライターを取り出し、
 そして彼がそれに火を点けるのが早いか…



『えんじゅぅーーーーーーーーーーーーーぅ』



 縁樹の名を呼んだ。



 +


 港にある倉庫街の倉庫が一つ爆発した。
 それは粉塵爆発であった。



 +


 どれぐらいそうしていただろうか?
 わからないし、わかりたくなかった。
 それでもその声は確かに縁樹の心に届いたんだ。



『えんじゅぅーーーーーーーーーーーーーぅ』
 ―――――そう、それはいつも一緒だった大切な相棒の声。だからそれは何よりも確かに鮮やかに…………



「ノイぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーぃ」



 縁樹の心に届いたのだ。
 そしてその瞬間に縁樹に呼ばれた事によって瞬間移動してきたノイと千早が現れた。
 二人は大好きな縁樹に抱きついた。
『縁樹。縁樹。縁樹。縁樹ぅ〜』
「ノイ、もういいよ。わかってる。ごめんね」
『うん、縁樹』
 縁樹はノイにこくりと頷き、そして黒い毛並みをした千早の背を優しく撫でた。
 だがそんな再会を邪魔する声が響いた。
「驚いたあなたたち。一体どうやってここまで来たの?」
 それは柏木鈴の声だ。
 ノイはナイフを構えた。
『縁樹、この人、悪い奴だよ』
「え、ええ」
 先ほどまで自分の心の殻に閉じこもっていた縁樹は、ノイが現れるよりも先に自分に声をかけていた鈴の事をしかし知らない。だから戸惑うばかりだ。
 彼女が自分を拘束していたロープを解いてくれていたにもかかわらず。
『とにかく縁樹、逃げるんだよ』
 千早に乗ったノイは叫んだ。縁樹はその声に引き摺られるように立ち上がる。そしてひとりと一体、一匹でその倉庫から逃げ出そうとして、その縁樹たちの前に今1人の人物が立った。小奇麗だが生活感の無いスーツを着込んだ女…いや、男?
『おかま?』
「こら、ノイ。ニューハーフさんって呼ばなきゃダメ」
 と、この縁樹とノイの会話にそいつはこめかみに血管を浮かせる。
「牧村健二」
 鈴が憎憎しげな声を出した。
 その彼女が呼んだ名前に縁樹とノイは顔を見合わせる。そして二人は女装をした牧村を睨んだ。
 牧村とは2週間前に縁樹が老婆からバッグを引っ手繰った男を捕らえて引き渡した刑事だ。
『そっか…。だから聞いた事があったんだ…』
 ノイが呟く。
 牧村は眉間に怪訝そうに皺を刻むがすぐにそれを弛緩させた。
「まったく如月縁樹、あなたにも困ったものよね。偶然麻薬課の捜査状況やスケジュールなどを記したMOを受け渡す現場をカメラに撮るわ、引っ手繰り犯を捕まえるわで。本当に私の仕事を増やしてくれる」
 スカートの下の太ももにくくりつけたホルスターから拳銃を抜き払い、その銃口を牧村は縁樹に照準した。
「そして柏木、あなたも優秀すぎ。たったひとりでここまで来るなんて。本当にご苦労な事だわ。貴重な休暇の間もこうやって捜査をしてるなんて。ああ、でもこのまま永遠の休暇、か」
「ふん、五月蝿いわよ。まさかあなたが黒幕だったなんてね。まったく」そこで彼女はにやりと笑った。「それにしてもあなたの趣味が女装だったなんてね。まったく笑っちゃうわ」
「うるせぇー、この雌ブタ。男を殺された恨みで動く自分はさぞかしいい女だとかって勘違いしてんじゃねーぞ。この俺だって、てめえよりもいい女なんだよ」
 ノイは下唇を噛み締めた。
『ごめんなさい、柏木さん、疑って』
「や、いいよ」
 鈴は小さく首を横に振った。
『うん、ありがとう』
 そう殊勝な声を出したノイを笑う声。
「あら、随分と殊勝だこと。うん、そういう方がかわいいわ、ノイさん」
 そう言った人物を見てノイと千早は大きく口を開けた。



 +


 そこに立っていたのは綾瀬まあやだった。彼女は右手に持つ銃の銃口を牧村健二の後頭部に押し付けている。
『ど、どどどどどどどどどどどうして?』
「確かに死んだのにって?」
 まあやはくすりと笑う。
「あのバイクを運転していたのはスノードロップだったのよ」
『はい?』
「あの娘は花の力を借りて変身できるのでね。それでライダーに変身してバイクを転がして、引かれる瞬間に元の花の妖精に戻って、無事に脱出したというわけ」
『え、あ、じゃあ、ボクがみみみみみみみみみ見た幽霊は?』
「あたしが音楽で見せた幻♪ 悪いわね。こうやって黒幕を引きずり出したかったからさ」
 とても嬉しそうににこりと笑ったまあやにノイは頭痛を堪えるような表情をした。つまりは自分が我慢しきれずに部屋から飛び出すのも彼女は計算づくだったという事だ。
 そしてその怒りはすべて事件の黒幕に行った。
『どれもこれもすべておまえのせいだ!!!!』
 ノイが叫ぶ。だが彼はその後に訝しむような表情をした。なぜなら牧村の表情がまるでゲームで自分の得意な場面が出た瞬間の表情にそっくりだからだ。
 この男、まさかまだ何かを隠し持っている?
 ノイがそう想った瞬間に牧村は自分の服の胸元から取り出した注射を右腕にぶっ刺した。




 ――――――――――――――――――
【W】


「なに、この音楽は?」
 まあやが悲鳴に近い声を出した。
 縁樹とノイは顔を見合わせる。あの悪魔娘にそこまでの声を出させるこいつには一体どのような力が!!!
 そう想った瞬間に、牧村の姿が縁樹とノイの視界から消えた。
 そして次に現れたのはまあやの後ろで、彼女の首に手刀を叩き込んでいて、
「まあやさん」
 縁樹は素早く銃口を筋骨隆々になった牧村に照準してトリガーを引くが、無駄であった。
 そのどれもが高スピードでかわされる。
『どうなってんの?』
「【天使の吐息】」
『はい?』
「あれは【天使の吐息】というドラッグで、使えば筋肉が強化され、パワー、スピード、スタミナが異常に増幅されるのよ。ただし使えば意識は消えるわ。まさに本能のままに暴れる動物以下のモノに成り下がる」
 鈴の説明にノイはものすごく嫌そうな顔をする。
「反則じゃん、そんなの」
 しかしそれが現実だ。
 縁樹が発砲し、ノイがナイフを投げるがダメだ。すべてかわされる。
 そして鈴がまあやに引き続き倒れた。
 縁樹の前に千早に乗ったノイが白馬に乗った騎士さながらに陣取る。だがどうしようが対処のしようがない。せいぜいできる事と言えば縁樹を逃がすための時間作りだ。
 だけど・・・
「OK。そいつの薬のせいで狂った音楽を調律するための音楽を作曲し終えたわ」
 誇るでもなくただ当然と言うものすごく不敵な響きを持つ声があがった。
「『まあやさん』」
 縁樹とノイが嬉しそうな声を出す。
 反則技は彼女の十八番だ。そしてまあやはリュートで奏でた。薬による生体異常を回復する音楽を。
 そうすれば・・・
「な、なな、私は・・・」
 牧村は元に戻り、
 そして逃げ出そうとする彼の足を縁樹の銃の銃口から飛び出した銃弾が傷つけて、彼はその場に転んだ。
 縁樹はすぐに床に転がっていたさっきまで自分を縛っていたロープを急いで手に取ったのだが、しかし彼女はそのまま固まった・・・。
 牧村はもはや恐怖に命乞いもできないようだ。
 その彼の脇腹に鋭い蹴りが入る。
『よくもボクの縁樹の顔を殴ってくれたなー』
 次は千早が思いっきり牧村の腹の上に猛スピードで落ちた。
 人間の言葉に翻訳すれば、縁樹さんに謝れ。
 そしてもがき苦しむ彼の首にまあやの足が乗せられる。
「このままぽきりといってみる? ぽきりと? 運がよければ全身麻痺で助かるかもよ?」
「や、やややややややめてください」
 と、涙声で言う牧村。
 そんな彼に、ノイ、千早、まあやは顔を見合わせあう。
「こんな事を言ってるけどどうする?」
『ふん、当然ダメだね。ボクの縁樹を傷つける奴は万死に値する』
 こくりと頷くノイら。
 そして倉庫に延々と悲鳴が上がり続け、
 縁樹は両手で両耳を押さえながらがくがくと倉庫の隅で震えていた。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


「また署の方にも来てもらう事になると思うけどいいかしら?」
「はい。わかりました」
 濡れた冷たいハンカチを殴られた頬に当てながら縁樹は頷き、そして携帯電話のメモリーを鈴に渡した。
「よろしくお願いします」
「ええ。これで我が部署も、そして麻薬課の悪も一掃されると思うわ」
「はい」
 嬉しそうに頷いた縁樹だが小首を傾げた。さらりと揺れたアッシュグレイの髪の奥にある真紅の瞳が瞬く。
「どうしたんです?」
「いえね、あんな優秀な騎士たちがたくさんいる縁樹さん(お姫様)はいいなって」
 そう言われた縁樹はくすりと笑うと腰の後ろで両手を結んでくるりとまわって小さく首を横に振った。
「彼らは騎士じゃありません。僕の大切な親友です」
 そして雨上がりの空に輝く美しい虹のように爽やかで綺麗でものすごく優しい満ち足りた笑みを浮かべるのであった。
 そんな縁樹の後ろでは千早に乗ったノイがまたまあやに毒舌を吐いていた。


 ― fin ―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【 1431 / 如月・縁樹(きさらぎ・えんじゅ) / 女性 / 19歳 / 旅人 】
                        &ノイ
                         千早


【 NPC / 綾瀬・まあや(あやせ・まあや) 】


【 NPC / スノードロップ 】




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■         ライター通信          ■
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こんにちは、如月縁樹さま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回のお話、ご希望に添えていますでしょうか?
イラストをもとにお話を、ということでしたので、
このような物語にさせていただきました。(^^

おお、いつのまにか縁樹さんのご家族が増えていたのですね。^^
イヅナの千早さん、ものすごくかわいいですね。書いていて楽しかったです、
特にノイさんとのコンビが書いているのが面白くって。
また縁樹さんを書かせてもらえる楽しみがひとつ増えました。(^^


そして今回のお話で縁樹さんとノイさん、そして千早さんの絆は深まったでしょうか。^^
印象深かったのは縁樹さんの最後の言葉でしょうか。
あの言葉は本当に良いなーと思います。
それと、ノイさんの縁樹さんを呼ぶ声が縁樹さんに届いて、
縁樹さんもノイさんの名前を呼ぶシーンがすごく好きです。
やはり二人の絆の深さがわかるシーンですものね。^^


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
今回も本当にありがとうございました。
それでは失礼します。