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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:北へ 〜東京戦国伝〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

「‥‥北海道に飛ぶしかないな」
 草間武彦が呟いた。
「かの地に何があるって言うんですか?」
 義妹の零が問う。
「避暑だよ」
「‥‥ふざけないで。義兄さん」
 韜晦を許さぬ口調。
 黒髪の美女としては、もう仲間の足を引っ張るのは御免である。
 蘇った剣豪たちに人質として囚われたことは、彼女のプライドを大きく傷つけた。決して戦いを好まない零だが、戦闘力に自信がないわけではない。
 むしろ、草間興信所に集うメンバーの中ではトップクラスに強い部類だ。
 それが、佐々木小次郎を相手に手も足も出なかった。
「剣豪たちの一人、土方歳三の墓が函館にある」
「はい」
「あるいは、そこで何かがつかめるかもしれないしな」
「つかめなかったら?」
「それでも、あっちには援軍になってくれそうなヤツがいる。そいつらとあって話を通しておくのも悪くはないさ」
 珍しく真剣な表情の草間。
 探偵の勘だろうか。
 この件はについて、かつて七条の陰陽師軍団と戦ったとき以上の不安を感じる。
「とにかくだ。打てる手はすべて打っておきたいんでね」
「はい」
 こくりと、零が頷く。
 さすがは怪奇探偵の異名を取る男。
 決断も行動も早い。
 だがしかし、それでも彼は後手に回っていた。


 北海道らしからぬ猛暑にあえぐ札幌。
 本州に比較すれば涼しいのだが、だからといって住んでいる人が涼しい思いをするわけではない。
 もともとが暑さに弱いのだ。
「あぢー‥‥」
 都心からわずかに離れた場所にあるマンションの一室。
 新山綾が露出過剰な格好でだらだらしていた。
 勤務している大学が夏期休業中のため、どこまでもだらけきっている。
 不意に鳴るチャイム。
「んがー‥‥宅配便かしら‥‥」
 仕方なさそうに大きなTシャツを着て、玄関へと向かう。
 目前にあるのが、新たな戦いの扉だとも気づかずに。













※東京戦国伝、第3話です。
 草間がいくべきか、零がいくべきか。どちらかをお書きください。
 多数決で随行NPCが変わります。
※バトルシナリオです。推理の要素はありません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後9時30分からです。
 またまた受付開始時間が変わりましたので、ご注意ください。

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北へ 〜東京戦国伝〜

 羽田空港。
 ビッグバードの異称を持つだだっ広いロビーに、男女の一団がたむろしている。
「みんな、忘れ物ない?」
 黒髪碧眼の美女が声をかけた。
 まるでツアーコンダークターのようだが、むろん、そうではない。
 彼女の名はシュライン・エマ。
 新宿区の片隅に事務所をかまえる貧乏探偵の奥方である。
 そして周囲にいるのは、彼女の仲間たちだ。
 彼らはこれから、北海道へ旅立とうとしている。
 物見遊山ではない。
 目的はふたつ。
 函館にある土方歳三の墓所を調べること、それに、北の地にいる護り手たちと連携を取ること、である。
 とくに後者は大事だ。
 現在、怪奇探偵たちが関わっている事件‥‥つまり、蘇った剣豪たちとの戦いに、北の魔女たちの力は絶対的に必要になるから。
 と、草間武彦は読んでいる。
 ただ、必ずしも彼の読みに賛成なものばかりではない。
 たとえば巫灰慈などは、むしろ北海道に赴くことには反対である。
 理由はいくつかあるが、彼の恋人である新山綾を巻き込みたくないというのが一番の本音だ。
 しかし、すでに賽は投げられた。
 先日から、綾の携帯電話が繋がらないのだ。
 いやな予感が止まらない。
 他方、そのような予感とは無縁のものもいる。
 森崎北斗、冠城琉人の両名だ。
 元気いっぱいなニンジャボーイと、いつもにこにこ謎のプリーストは容儀が軽い。とくに冠城などは愛用のティーセットまで荷物に入れているほどだ。
 ちらりと大荷物に目をやる森崎啓斗。
 北斗の双子の兄である。
 口に出しては何も言わないが、遊びに行くんじゃないんだぞ、と、表情が語っている。
 一行の中では最年少の部類に入る啓斗だが、慎重で思慮深い性格だ。弟とは反対に。
 陽性の敵愾心というものに無縁な彼は、この時点から緊張感を高めつつある。
 その横で、桐崎明日が仏頂面をしていた。
 近未来に起こりうる戦闘を思い描いていたから、ではない。
 もっとずっと身近で、どうでもいい理由だ。
 つまり、今回の作戦行動における女性含有率の低さが、少年の不満の原因である。
 男が六人に女が一人。
 しかも紅一点のシュラインは人妻だ。
 健全な青少年としては、ため息のひとつもつきたくなってしまう。
 せめて草間の妹たる零が一緒であれば、彼の懊悩も少しは慰められるだろうが、多数決という最も民主的な方法で、彼女は残留することになった。
 ちなみに四対二だった。
 理由はいくつかある。単体としての戦闘力で零が勝るということ。洞察力に富んだ草間が現地へ赴いた方が効率が良いということ。そして、草間を事務所に残していった場合、帰ってくるまでにどれほど散らかされるか判らないということ。
 中にはこの上なく家庭的な事情もある。
「大丈夫。綾さんも奈菜絵ちやんも美人だから」
 ぽむぽむと桐崎の肩を叩くシュライン。
「‥‥俺をなんだとおもってるんですぁ?」
「ナンパ師」
「ぐっは‥‥」
 即答されてしまった。
 なんというか、間に髪の毛一本すら入ってない。
 うじうじと桐崎が落ち込む。
 普段であれば、
「俺の綾に手を出しやがったら殺すからな」
 くらいのことを巫が言いそうだが、いまはさすがにそんな余裕はないらしい。
 出発をうながすアナウンスが、ロビーに響く。


 北海道函館。
 古くは箱館と称した。
 まるで箱庭のように美しい町並みだったからだ。
 この地において、怪奇探偵一行は嘘八百屋の出迎えを受けた。
「残念ながら、新山さま槙野さま両名の消息はわかっておりません」
 開口一番の言葉。
 痛恨ではあっても、意外ではない。
「‥‥そうか」
 沈痛な面持ちで、巫が頷く。
 明るい北斗も、さすがに気の利いた慰撫の言葉も思い浮かばず、ただ年長の友人の肩に手を置くだけだ。
「そういえば、土方歳三の手紙にはなんと書いてあったんですか?」
 話題を変えるためか、冠城が尋ねた。
 もっとも、彼一人だけ所持情報が不足しているのは確かだ。
 冠城は、剣豪と戦ったことがまだない。
 したがって、その恐怖も、まだ知らない。
「一言だけだった。ただ、第六天魔王、とな」
「‥‥ふん」
 桐崎が鼻を鳴らし、
「‥‥‥‥」
 啓斗が無言で頭を振った。
 第六天魔王。
 それは、日本の歴史上に異彩を放つ、ある人物を彷彿させる。
「どういうことなのかしらね」
 呟くシュライン。
 事態の本質が、いっこうに見えてこない。
「いこう」
 感傷を振り切るように、巫が言った。
 彼らが向かう場所は弁天台場。
 明治二年五月一一日、現在の暦では六月二〇日。新政府軍との苛烈なる戦闘の末、土方歳三が闘死した場所である。
 彼は敵中に孤立しそうになっていた味方を救うために突撃し、銃弾を浴びて死んだ。
 鬼とまで怖れられた新撰組副長が最後に取った行動は、味方を救うことだった。
 北の地に夢を馳せた友たちを。
 蝦夷共和国という見果てぬ夢。
 その夢の残滓を守るため、土方歳三はこの地を守り続けていた。
 たとえばシュラインや巫は、そのことを知っている。
「問題は」
「誰が故人の眠りを妨げたのかってことだな」
 シュラインの台詞を、啓斗が引き継いだ。
 八月も半ばを過ぎると、函館には秋の気配が近づきつつある。
 吹き抜ける潮風が、東京などに比べるとずいぶんと涼しい。
「遅かったな」
 黒髪を風になぶらせながら、ひとり立つ男が言った。
 まるで旧友に語りかけるように。
「歳さん‥‥」
 呟く浄化屋。
 仲間たちが身構える。
 やはり先回りされていたのだ。
「この人は敵じゃないわよ」
 不意に女の声が響く。
 そして、土方歳三の背後から現れる女。
「綾っ!?」
「や、ハイジ」
「やじゃないわよ‥‥」
 思わず、シュラインの腰が砕けそうになる。
「説明してくれるんだろうな。事情」
 煙草をくわえる草間。
 紫煙が、強い風に吹き散らされてゆく。
「マルペルチュイって知ってる?」
 軽く頷いて、綾が切り出した。
 耳慣れない言葉。
 なにか本能的な恐怖が、探偵たちの背筋に氷塊を滑らせる。
 うそ寒そうな表情を、冠城と桐崎が互いの顔に見出した。


 マルペルチュイ。
 Malpertuis。日本語で表記すると悪夢館となる。
 ベルギーのジャン・レイが紹介した黒魔術の館だ。
 老カッサーブという魔術師が、そこに退化し衰退した異教の神々をコレクションしていた。
「それと同じ事をしようとしたヤツがいるのよ。ただし集めたのは神や怪物じゃなくて、かつて剣豪とか英雄とかとたたえられた人たち」
 綾の説明は続く。
 明治維新と邪神との戦い。二度の激戦を経験した弁天台場。
 一見すると男女が親しげに談笑しているように見えるだろう。
「目的は、急増する能力者の犯罪に対応するため」
「なめほど、な」
 啓斗が頷いた。
 能力者に対抗するには、能力者をぶつけるしかない。
 集団戦ならばともかく、単体で普通の人間が特殊能力者と事を構えるのは無理があるからだ。
 それに、公的機関に属する能力者は、ほぼ払底している。
 七条家との戦い、邪神との戦いやヴァンパイアロードとの戦いで、多くのものがこの世を去り、あるいは実戦復帰が困難な状態になってしまったからだ。
 その点、過去の英雄や剣豪ならば能力者に引けを取らない。
「くだらねーことを考えるもんだぜ」
 吐き捨てる北斗。
「苦肉の策なんだろうよ。その組織も」
「と、おっしゃるからには組織に心当たりがあるんですか? 啓斗くん」
 冠城の問いに軽く頷いた啓斗が、
「IO2。違うか? 綾さん」
 茶色い髪の大学助教授に質問のかたちで確認する。
「より正確には、IO2日本支部だけどね」
 International OccultCriminal Investigator Organization。
 略してIO2。
 この組織が秘かに進めていたのが、マルペルチュイプロジェクトだ。
 それは、当初はうまくいっていた。
 土方歳三をはじめ、幾人かの剣豪が復活し、IO2の指揮下に入った。
 しかし、一人の英雄を蘇らせたことにより事態は一変する。
 その英雄は魔術的な支配力を発揮し、蘇った剣豪たちのみならずIO2日本支部をも支配するに至った。
「それが第六天魔王ですか」
「つまり、織田信長ね」
 桐崎の言葉を、暗然とシュラインが捕捉した。
 日本史のなかで、唯一、天才という称号をほしいままにする男。
 それは狂気の天才。
 女子供まで虐殺するという残忍さと、民草の幸福に尽くす善良で有能な政治家の顔を持つ。
 多くの名将が彼の元に集った。
 現在でも、最も人気の高い戦国武将のひとりだ。
「で、アンタはどういうポジションなんだ?」
 北斗が土方歳三に訊ねる。
 第六天魔王という情報を与えてくれたのは彼である。ということは、土方歳三と織田信長は別の陣営ということになる。
 どんな組織でも団体でも、完全に一枚岩というのはありえない。
 あるとすれば、それは少なくとも人間の集団ではない。主流があれば非主流が生まれるものなのだ。
 これは常識なのだが、土方歳三の場合は明らかに織田信長の不利益になるような行動を取っている。
「俺は、あるお方の命で織田の陣営に潜入していた」
 幕末最強の剣士と呼ばれた男の短い返答。
「あるお方ってのはー」
「榎本武揚でしょうか」
 解説しようとする綾に先回りして、冠城が言った。
 土方歳三が忠誠を尽くすとしたら、その相手は一人しかいない。
 北の大地に夢を馳せ、身分差のない共和国というものを築こうとした男だ。
「なるほど、な」
 頷く巫。
 だからあのとき、土方歳三の剣には迷いがあったのだ。
 味方になってくれるかもしれない相手を殺さぬように。また、織田信長を利することがないように。
「だよな。じゃねーと俺が互角にやり合えるはずねぇもんな」
「気を悪くしたなら謝る」
「いいって。べつに俺は剣士じゃねえし」
 ちらりと恋人と土方歳三に視線を送り、ふたたび綾が説明を始める。
 織田信長に支配されたIO2が、一人の男を蘇らせた事によって状況が大きく変わる。
 すなわち、榎本武揚だ。
 軍師としても将軍としても政治家としても卓抜した才能を持つ彼を幕下に加えることで、たしかに織田信長の陣営は飛躍的に強化される。
 だが、榎本武揚が織田信長に従うはずがなかったのだ。
 このふたりの理想はまさに点対称だったから。
 理想のためにはどんな犠牲も殺戮も厭わなかった織田信長。
 友誼と信頼を重んじ、捕虜にした敵をも治療させ、民間人への被害を極端に嫌った榎本武揚。
 彼らはすぐに決裂し、榎本武揚は単身IO2を去る。
 その際に土方歳三を伴わなかったのは、織田信長がいずれ能力者たちと接触すると考えたからだ。
 仲間に引き入れようとするか、あるいは抹殺しようとするか。それは榎本武揚にも判らなかった。だからこそ不確定要素に備える必要があった。
「ちょっと待って綾さん。信長の野望って‥‥」
「判ってるでしょ。シュラインちゃん。日本征服よ」
「‥‥この国はもう立憲国家よ」
 げっそり呟く青眸の美女。
 どうしてこう次々と野心家が登場するのだろう。
 あるいはそれこそが歴史のあるべき姿なのだろうか。
「だとしても、この世のことは生きている人間に任せてほしいわよね」
「わたしにいっても仕方ないわ。頑張って信長を説得してちょうだい」
「じょーだん」
 シュラインが腰に手を当てる。
 べつに知己ではないが、織田信長が説得を受け入れる性格とは思えない。
「ある意味、バンパイアロードよりも厄介かもな」
 啓斗も肩をすくめる。
「それで、榎本さんは北海道に入ってるんですか?」
「よく判ったわね。ええと‥‥」
「冠城です。そのくらいはいくらなんでも判りますよ」
 苦笑い。
 軽く頷く綾。
 榎本武揚は因縁の地である函館に入り、あるホテルに滞在中だ。
「大丈夫なんですか? ホテルなんかで。あ、おれは桐崎です」
 首をかしげたのは桐崎だ。
「ハイジから話は聞いてるわ。うにくんね」
「うに‥‥」
「それはともかくとして」
「ともかく‥‥」
 いじいじといじける少年。キリちゃんと呼ばれたりうにと呼ばれたり、どうして誰も本名で呼んでくれないのだろう。
「わたしと奈菜絵ちゃんが連絡とれなくなってた。そしてここにはわたししかいない。これで判るでしょ」
「なるほど。あいつがガードに付いてるってわけか」
 納得する巫。
「では、こちらも戦力を分けて正解でしたね」
 唐突に。
 探偵たち以外の声が、会話に混じった。
 一度聞いた声。
 振り向く瞳に映るのは、人影。


「綾」
「武彦さん」
 巫とシュラインが、それぞれの相方に声をかける。
 無言のまま頷いたふたりが、すっと後退する。
 土方歳三も一緒に。
 現状では、榎本武揚に危害を加えられるのが最も困る。となれば、たとえこちら側の戦力を薄くしてもガードに向かわせるべきだ。
 このあたりの判断は、赤い瞳の浄化屋も蒼い瞳の美女もさすがである。
 六対三の状況。
「決断が早いな」
 笑顔で賞賛するのは真田昌幸。一度、手を合わせた相手だ。
 そのほかに佐々木小次郎と、顔の知らない剣士がいる。
「せっかくだから名乗ってやれ」
「‥‥服部半蔵」
「なっ!?」
 守崎兄弟が驚愕の声をあげた。
 彼らのような忍者のみならず、一般人でも服部半蔵の名は知っている。
 徳川家康に仕えた伊賀忍者の当主だ。
 活躍のほどは、現在も残る半蔵門の名が示している。
「兄貴‥‥」
「わかってる」
 油断なく身構える双子。
「俺は‥‥真田をやります」
 その横で、桐崎がシュラインに話しかけていた。
「じゃあ、俺と」
「私が佐々木小次郎ですね」
 巫と冠城が言った瞬間。
 両陣営が動く。
 晩夏の太陽に白刃が閃き、火花が散る。
 守崎兄弟が服部半蔵と、巫と冠城が佐々木小次郎と、そして桐崎が真田昌幸と。
 それぞれ激烈な戦闘に突入していた。
 シュラインだけが実践参加せず、じっと戦況を見つめている。
 数の上では二対一の優勢にある。
 心配するような状況ではない。
 ないはずだが、
「なに‥‥? この胸騒ぎは‥‥」
 内心で呟く。
「しっ!」
 ボクシングのようなファイティングポーズを取った冠城が、名刀物干し竿の剣戟をバックステップで回避する。
 が、
「なっ!?」
 大きく切り裂かれる神父の服。
 一瞬遅れて、血が噴き出す。
 回避したはずなのに。
「見切りが甘いですね」
 たたみかけようとする佐々木小次郎。
「なら‥‥これでどうだっ!!」
 振り下ろされる貞秀。巫の攻撃だ。
「踏み込みが甘い」
 がっ、と音を立てて絡みあう二本の刀。
「ご指導ありがとよっ! 冠城大丈夫かっ!!」
「‥‥なんとか」
 すぐさま起きあがった神父が、再び攻撃に加わる。
「そうでなくては」
 酷薄な微笑を、佐々木小次郎が浮かべた。
「今日は、殺しても良いとの指示ですからね」
 魂すら冷やすような。
 急激に速度を増す物干し竿。
 速い。
 これだけ近くにいて太刀筋がまったく見えない。
「がっ!?」
「ぐ‥‥っ!」
 左肩を割られた巫と、腹を大きく薙がれた冠城が地面に転がった。
 強さの、桁が違う。
 そしてそれは、その局面だけの専有物ではなかった。
「破っ!」
 連続して投げつけた北斗の炸裂弾が光と煙を撒き散らす。
 その中に突入する啓斗。
 雌雄一対の剣が、影を捉えた。
「伊賀忍法、空蝉」
 背後から聞こえる声。
「なっ!?」
 振り返る暇もあればこそ、
「ぐ‥ぅ‥‥」
 啓斗の腹を、灼熱感が突き抜けた。
 脇腹から生えた切っ先を、信じられないものを見るように見つめる。
 まったく動きが判らないまま、背後から腹部を貫かれたのだ。
 がくりと膝から崩れる少年。
「兄貴っ!?」
 煙が晴れ、その姿を見た北斗が駆け寄る。
「ばか‥‥くるな‥‥」
「まったくだ。戦場(いくさば)で他に注意を向けるとは‥‥」
 声が降りかかる。
「上っ!?」
 見上げた北斗の肩に、急角度から落ちてくる踵。
 ばきり、と、自分の右鎖骨が折れる音を、北斗は聞いた。
 手からこぼれ落ちる小太刀。
「ぁ‥が‥‥まだまだぁっ!!」
 左手で懐から手裏剣を引き出そうとする。
「良い闘志だ。だが、遅い」
 服部半蔵の、踏み込んでの肘打ちが少年の腹部に入る。
 肋骨の折れ砕ける嫌な音。
「ご‥‥ふ‥‥」
 啓斗の口から、鮮血が溢れる。
 ほとんど一瞬のうちに無力化される四人。
 そして、桐崎もまた状況として大差なかった。
「その糸は、手で操っている。鞭などと同じだ」
 ぐっと接近する真田昌幸。
 互いの息がかかるほどに。
「くっ」
 あわてて後退しようとする桐崎。
「間合いが開くほどに動きを読みにくくなるが、手元での動きは単純きわまる」
 閃く剣光。
 ことごとく断ち切られる鋼糸。
 もし少年が手を引くのが一瞬でも遅れていたら、手首ごと両断されていただろう。
「拙者が軍師だから接近格闘戦は苦手だと思ったか?」
 退がる桐崎。追う真田昌幸。
「く‥‥」
 とても反論する余裕はないが、じつのところそう思っていた。
 少年は知らなかったのだ。
 真田昌幸もまた有数の剣士だということを。
 遙かな昔、大阪夏の陣に先立って、徳川家康は真田家が大阪城に入った事を知った。そして、
「親の方か!? 子の方かっ!?」
 といって、がたがたと襖を震わせたという。
 親というのが、真田昌幸である。
 天下を取った徳川家康ですら、戦場においては一度も真田昌幸に勝てなかったのだ。
 ちなみに大阪夏の陣に参加したのは真田昌幸の息子、真田幸村である。
 このとき家康は、幸村の部隊に追われて三里逃げた。
 真田は日本一の兵(つわもの)。
 という名誉ある称号が与えられたのは、この戦いによってである。
 息子ですらそうだったのだ。それより強いといわれた父親が、並の強さであるはずがない。
「もう、種は終わりか?」
 桐崎を追いつめながら、真田昌幸が微笑する。
「くっ!」
 苦し紛れに針を繰り出す少年。
 ハワイで修行を積んできたのだ。こんなところで負けるわけにはいかない。
「あとは‥‥若さだけだっ!!」
「そうか。残念だ」
「ぐ‥‥は‥‥!?」
 危なげなく針をかわした真田昌幸。そのまま突き抜けるように桐崎の胴を薙ぐ。
 噴き出す鮮血。
 咄嗟に押さえた少年の腹部から、腸が顔を覗かせていた。
 ぐさり、と倒れる桐崎。
 仲間の最後の一人が地に伏すのを、シュラインは悪夢でも見るような面持ちで見つめる。
 瞳の青さが顔全体に広がったように、蒼白だった。
「みんな‥‥」
 近づいてくる真田昌幸。
「戦力を分けたと言ったのは嘘だ。ここにきたのは我ら三人だけでな」
「なっ‥‥!?」
「九対三では勝負にならぬゆえ、少し戦力を減らさせてもらった」
 微笑。
 シュラインが膝から崩れる。
 まんまと乗せられたのだ。
「一緒に来てもらうぞ。そこもとが、あきれす腱というものらしいのでな」
「だれが! く‥‥」
 反論しようとしたシュラインの腹に拳が入り、あえなく気絶してしまう。
「半蔵」
「承知」
 名指しされた男が、美女を肩に担ぐ。
 悠然とその場を後にする剣士たち。
「まて‥‥シュラ姉をかえせ‥‥」
 ずるずると、場面を這いつつ追いかける啓斗。
 背中に刀を生やしたまま。
 緑の瞳の中で、姉と慕う女性の姿が小さくなっていった。













                      つづく


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
2209/冠城・琉人     /男  / 84 / 神父
  (かぶらぎ・りゅうと)
3138/ 桐崎・明日    /男  / 17 / フリーター
  (きりさき・めいにち)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「北へ 〜東京戦国伝〜」お届けいたします。
大変なことになっています。
次回は、戻ってきた綾や草間にキャラクターが助けられるところから始まりますが、それでもみんな重傷です。
ひとりだけ怪我をしていないシュラインは、拉致されてしまいました。
で、次回なんですが、時間経過はしていないものとして始まります。
8月20日の午後、という設定です。
あるいは回復魔法とか使える人が入ると話が違うかもしれませんが、ほとんどの人は満身創痍のまま、奪還作戦ということになります。
頑張ってくださいね。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。