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<東京怪談ノベル(シングル)>


『 哀しき写真に込められた殺意 』


 8月の終わり、夏休みも終わり、明日から二学期が始まる日、僕は彼女の額に手をかざした。
 彼女は泣いていた。ぼろぼろに泣いていた。
 涙を流して、
 鼻水を流して、
 幼い女の子のように泣いていた。
 僕はそんな彼女の顔を見ながら、自分の無力さを痛いほどに感じながら能力を発動させるんだ。
 死神の囁きを消すために。



 ――――――――――――――――――
【Begin tale】

【ファーストステージ】

 4月、桜の花びらがひらひらと舞う時期に僕は今年もこうして三年生の教室に居る。
 然して広くは無い教室。その教室に机はいくつも並べられ、窓際の席から苗字であいうえお順に生徒が席に着いていく。
 僕は司城奏人。だから男子21人中ほぼ真ん中の僕は天皇席という教卓の前の席になって、そんな位置取りにげんなりとしていた僕は、だけど三年生最初のホームルームで入ってきた副担任教師の顔を見て驚いた。
 そう、その男は………
「こんにちは。はじめまして」
 他のクラスメイトたちは若く、まだ学生っぽさが抜けない彼の事を見て喜んでいる。
 当然だ。彼らは彼の正体を知らない。だけど僕は………
 ――――――彼の正体を知っている。
 再び彼が戻ってきたのだ、この学校に………。
 僕は睨んだ、彼を。
 それは敵意を通り越して殺意すらも孕んでいた。
 しかし彼はそれを平然と受け止めて、そして知らぬふりをした。
 それはある意味当然なのかもしれない。僕の能力は周囲の記憶や印象に干渉する能力。完璧に消去する事はまず無理だが、曖昧にしたり記憶の底に封じる事はできる。
 僕は能力を発動させる。卒業式の日に。
 ならばこの学校の校門を卒業証書を持ってくぐった生徒たちは僕の事を忘れてしまう。
 しかし彼は………どちらなのだろう?
 この僕と同じ能力を持った彼は?



 +


 事件はそれからすぐに起こった。
 とある男子生徒が学校内で以前から根に持っていた教師を階段から突き落とすという殺人未遂を行ったのだ。
 だがスキャンダルを怖れた学校側はそれを単なる教師の過労による事故とし、生徒は自主退学をさせてもみ消した。
 そして夕暮れの中で親に付き添われて自分の荷物を持ちながら学校から出て行く彼を見送る僕がいる教室の黒板には僕と僕と同じ能力を扱うモノにしか見えない文字が書かれていた。



 さあ、司城奏人、ゲームの始まりだ。



 と。



 +


 そこは屋上。
 夜の帳が降り、強い風が吹く中で彼は僕に向ってにやりと笑う。
「言霊使いとしての能力はどうやらまだ俺の方が弱いらしい」
「まだ? 勘違いしないでもらいたい。あなたにこれからがあると思うか?」
 彼は肩を竦める。
「駆逐するか、俺を?」
「当然だ。その能力は多くの人を不幸にする。僕は5年前、あなたがこの学校を卒業するまであなたの正体に気づけなかった。僕がああ、あの事件の数々を起こしていたのはあなただったのかと見抜いた時にはもう遅かった。だけど今回は違う。僕はあなたの正体を知り、そしてファーストゲーム以外はすべて勝ってきた。だから…」
「だからこのラスボス戦にも勝つと?」
「そうだ。僕はあなたの能力を封じる」
 押し殺した声でそう言う僕にしかし彼はくっくっくっくと笑った。
「司城奏人。君は何もわかっていないのだな。君が俺に勝てたのは、君が自由だからだ。何の法則にも囚われぬ君は故に強い。弱点があるとすればその甘さぐらいか。だから俺は君を越えれる」
「なに?」
 眉根を寄せて怪訝そうにする僕に彼は大仰に肩を竦めると、
 唇を動かした。
「さあ、第二ステージの始まりだよ、司城奏人。君は僕を見つけられるかな?」
 くすくすと笑いながら彼は、屋上から飛び降りた。



 ――――――――――――――――――
【セカンドステージ】


 蝉がひどく五月蝿い。
 アブラゼミ、
 ツクツクボウシ、
 ヒグラシ、
 その他よくわからない蝉がたくさんこの学校の校庭の木にとまって鳴いていた。
 体育館から聞こえてくるのは校長の一昨日の夜に起こった教師の自殺事件に関しての説明をする声。
 それをどこか遠くの世界の物音のように聞きながら僕は部活棟の裏にある木陰に使い古されて廃棄もされぬまま放置してある机を並べてその上で寝転がっていた。
 見つめる先にあるのは大きなヤマモモの木のさわさわと風に揺れる葉だ。
 木漏れ日の下でその風に揺れる葉を見ながら僕は彼が残した言葉を考えていた。
「見つけられるかな? とは、要するにあなたはこの学校のどこかにいるということなのか?」
 ぐっと歯を噛み締めて僕は机を叩いた。
 鳴り響いたがん、という音。
 その音に驚いたように、
「きゃぁっ」
 女性の悲鳴があがった。
「あ!」
 僕は慌てて立ち上がろうとして、だけどバランスを崩して、机の上から固い地面の上に落ちた。
「痛ぁ」
「わぁー、あー、ごめん。大丈夫だった?」
 彼女は両手を合わせて僕に謝る。
 僕は苦笑を浮かべながら手を振った。
「大丈夫。こんな事じゃあ怪我はしないから」
 そう、なんと言っても僕は幽霊なんだし。
「だから大丈夫だよ」
「そう?」
 彼女は上目遣いで僕を見つめ、そしてくすっと笑った。
「そうよね、大丈夫よね、司城君は。結構タフだものね」
「んー、なんだかなー」
 やっぱり僕は苦笑してしまう。
 彼女は僕と同じクラスの女生徒で、成績優秀、眉目秀麗、おまけに家も裕福で明るくってよく笑って、彼女を慕う男子生徒も多かったし、女子にもすこぶる人気はあった。
 おそらくこうやって彼女と二人きりで話している所を見られれば、夜道には背後に気をつけねばならないだろう。
「どうしてなんだろうね?」
 彼女はおもむろにそう言った。
「何が?」
 だいたいの予想はついたがあえてそう言っておく。
「だからさ………」
 口ごもる彼女。
 体育館の方からは校長から生活指導教諭に代わってやはり同じような命を大事にするように、という話が繰り返しされている。
「哀しい?」
「そりゃあ哀しいよ。あたしたちのクラスの副担任の先生だもん。本当にどうして自殺なんか…」
「わからないよ」
 そう、わからない。僕にはきっと永遠に彼が何を考えているのかなんてわからない。彼は狂っていたのだろうか?
 もしも彼が狂っているというのならそれならばきっとそれは僕も………



 ・・・同じだ―――――――



「あのそれでさ、何か用?」
「あら、サボりに用事なんているの? じゃあ、司城君は?」
「僕は・・・・」
「僕は?」
 にこりと悪戯っぽく笑う彼女に僕は肩を竦めてため息混じりに言う。
「ごめん。見つけられなかった、なんか面白い理由」
 そう言うと彼女はくすくすと笑った。
「ねえ、司城君」
「ん?」
「ちょっとボディーガードをしてくれない?」
「はい?」
「いえね、悪戯だと想うんだけどこういうのが来ちゃってさ」
「手紙?」
 そうして僕は彼女が受け取った封筒を受け取った。


 絶対に殺してやる。


 封筒の中に入った写真の裏にそう血文字で書かれていた。
「これは?」
「あたしの小さい頃の写真。一緒に写ってるのはその友達。だけど彼女の父親はあたしの父親に酷い取立てをされていて、彼女の父親は自殺しちゃったの。それで彼女は母親と一緒にその実家に帰った、って。それが10年前の話」
「なるほど」
 とても嫌な予感がした。
 手紙の日付は彼が自殺した日だ。
 つまりはこれがセカンドステージのファーストゲームだとでも言うのであろうか、彼は?
 ―――――――――洒落になっていなかった。
「わかった。付き合うよ」
「ありがとう、司城君」



 結果を言おう。
 僕は彼とのこのファーストゲームに負けた。
 いや、僕は彼女は守った。
 だけど彼女以外の女子生徒が視聴覚室で死んだのだ。
 そう、その死んだ女子生徒は彼女と後ろ姿がそっくりだった。
 ―――――彼女に間違われたのだ。


 彼女の死亡推定時刻はPM3時半。
 その時間、彼女は学校の音楽室でピアノを弾いていた。僕はその彼女のピアノの音色を音楽室の外(出入り口の前)で聞いていた。音楽室は北館の2階。
 そして死体が見つかった視聴覚室は南館の4階。
 この時間、北館と南館の間では学園祭の準備で大勢の生徒がいた。
 つまり・・・
 ―――――――移動は無理だ。
 それで彼女のアリバイは完全になった。



 +


 8月31日。
 昨日起こった殺人事件のためにまたもや緊急の夏季登校があり、そして夏休みが少し延長される事が決まった。
 生徒たちはとても複雑そうな顔で、午前中を学校で過ごし、午後には学校から去っていった。
 僕は幽霊だから、帰る場所は無い。
 ここ(学校)が家だ。
 それで僕は警察関係者が多く行き来している学校内を誰も見えないようにして歩いていた。
「すごいものだな、本当に」
 彼女の下に来た脅迫状は警察には黙っているように僕が命じた。
 今度の事件がその脅迫状を出した人物が起こした事件なのかどうかはまだ判断しかねたし(いかに後ろ姿が同じでも)、それにその脅迫状のせいで逆に彼女が警察に疑われる可能性もあったのだ。
 彼女と殺された女子生徒とは仲があまりよくなかったから(一方的に殺された女子生徒が彼女を嫌っていたのだが…)。
 とにかく僕は殺人現場となった視聴覚室を見て回った。
 現場百回、というのはどれだけ科学が進んでも捜査の鉄則だ。
 警察関係者は一応は現場での捜査を終えたらしく、視聴覚室の扉の前に二人の警官が立ってるだけで、中には誰もいなかった。
「血の跡が残る床がものすごく痛ましいな」
 本当に痛ましい。
 血の跡に、
 白チョーク。
 僕はその床板パネルをじっと見つめる。
 ――――――見つめる。
「あれ?」
 僕は小首を傾げた。
 何かがおかしいと想った。
 一体何が?
 僕は見ていた床板の所に跪いた。そしてそこをじっと見る。
 見る。
 見る。
 ―――――――――――――――――――違和感の正体に気づいてしまった。
 そう、この床板パネルを使ったトリックに。
 彼女ならばこの殺人と、その殺人現場の偽装ができるのだ。
 そう、僕はこの学校にもう10年もいるのだ。だから把握している。この学校において……。



 +


「何かしら、司城君? こんな時間にこんな場所に呼び出して」
 8月31日 PM9時半。音楽室。
「いや、あなたと会って話がしたくってね」
「話を、ね。それならうちに来ればよかったのに。今夜は実は両親がいなくってね。だからできるのは話だけじゃなくって、さ…。ねえ、ここまで女に言わせたんだから、責任取ってよね、司城君」
 背後の窓の向こうに血のように赤い満月を背負って立つ彼女は卑猥な微笑を浮かべながら着ていた白のセーターを脱いで……
 僕はそれを嘲笑うように鼻を鳴らす。
「色仕掛けかい?」
 彼女はどこかむっとしたような表情を浮かべた。
 僕は肩を竦める。
 そうして口を開くんだ。紡ぐ言葉に自嘲の響きと彼女への哀れみを込めて。
「悪いね。僕は幽霊なんだ。だからいかに君が服を脱いでくれても、こっちはただ単に君のストリップを目で楽しむしかないんだよ。なんせ感じる体が無いんでね」
「ゆ、幽霊って、でもあなたはあたしたちのクラスメイトで…」
 そこまで言った彼女はだけど睨んだ僕の顔から何かを感じ取ったようで、僕から顔を逸らした。
「何なのよ、あなたは司城奏人。あなたは何のためにあたしをここに呼んだの?」
 僕は肩を竦める。
「あなたのアリバイトリックを見破った事を告げ、あなたに自首を勧めるために」
「はっ、アリバイトリックって、何がよ? あたしに何ができると言うの? あたしのアリバイはあなたが証明してくれたんじゃない。あたしは彼女が視聴覚室で殺された時にここにいた。それを証明するのはあなたでしょうが」
「そう、僕だ。だから僕は気がついた。重大なこの殺人トリックに。そう、彼女は視聴覚室で殺されたんじゃない。彼女はここで殺されたんだ」
「はぁ?」
「君はこの音楽室の掃除等具入れに彼女を隠し、そしてMDコンポでピアノの音色を流し、それで彼女の口をハンカチでおおって声を出させないようにして、凶器のナイフで彼女を殺した」
「彼女の死体が見つかったのは視聴覚室でしょうが」
「視聴覚室とこことの共通点、それは床がパネルになっていることだ。つまりここで彼女を殺し、血が渇ききった時にパネルごと彼女の死体を動かせば、それでトリックの完成だ」
「あははははははは。それをやったという証拠は? 現時点ではそれはただの机上の推論でしかないわ」
「そうだね。確かにこのままではそうだ。でもこのMDには決定的なモノが録音されているんだ」
「はぁ?」
「あなたは知っていたかい? この音楽室で、君がMDコンポに電源を入れてMDをセットして、プレイボタンを押した時にはもう動いていた録音機能の事を」
「はい?」
「このMDには君があの日、あの時にMDコンポに電源を入れて、切るまでの音が入っている。そう、オーディションに出すための歌をこのMDコンポでとって、そのまま大切なMDを忘れたどこかの慌てん坊さんのおかげでね」
 僕は静かにMDコンポに電源を入れて、そしてMDをセットしてプレイボタンを押す。
 そうしてスピーカーから流れたのは・・・
「やめてー」
 彼女は両耳を押さえてその場に蹲り、泣き叫んだ。
「やめて。やめて、やめてよぉー。そんな証拠があるなら充分でしょう。そうよ、あたしが彼女を殺したのよ。トリックもあなたが言った通りよ」
「やっぱり、そうなのか」
 僕がそう言った瞬間に彼女は涙と鼻水でぐずぐずに汚れた顔をあげた。
「すべては言霊による幻聴。このMDには何も録音されていない」
 そう言った瞬間に、彼女は狐につつまれたような顔をして、それで大声で泣き出した。



 +


「どうして彼女を殺した?」
「司城君に写真を見せたでしょう」
「ああ」
「彼女の父親が正確的には父に借金をしたのではないの。あたしが殺した彼女の父親が友達の父親を保証人にして父に借金をし、そして事業が潰れると同時にその友人の父親にすべてを押し付けて夜逃げをしたのよ。だけどそれからその人は成功して、その娘もあーして普通の女子高生をやっていたのよ。普通に学校に通って、恋をして、彼氏を作って、デートして、笑って、泣いて、怒って、本当に楽しそうに暮していた。父親の友人の娘は結局は母親に殺されたというのに!」
 彼女は泣き叫んで癇癪を起こしたように何度も何度も何度も拳を床に叩き付けた。皮が破れて肉が裂けて血が溢れ出してもまだまだまだ何度も何度も何度も・・・。
「それで彼女を殺した?」
「そうよ。ずっとずっとずっと、あたしはそう想っていた。だけどそれでもそれはとても怖い事でそれができなかった。だけど、だけどね、司城君。先生が、先生が自殺する前に言ってくれたの。あたしが彼女を殺せば、それが何よりもの供養になるって!!!」
 そう言った彼女はとても無邪気な笑みを浮かべていた・・・。
 本当に報われない・・・。
 僕は自分の無力感を噛み締めながらズボンをぎゅっと握り締めた。



【ラスト】

 僕は彼女の額に手をかざす。
「あなたは僕に言われたから自首するんじゃない。自分から罪を悔やみ、自首をするんだ。そして彼の記憶は消すよ」
 僕は囁く。
 言霊を。
 そうして彼女は涙を流しながら頷き、
 自首をした。
 彼の事をすべて忘れて。



 そして屋上。


 夜の帳の中で、血のように赤い月を背負う彼は、まるでその夜と言う世界の支配者かのようにそこにいた。
「この勝負は司城奏人。君の負けだ」
「そうかもしれない。僕は彼女に罪を犯させた。だけどもう彼女の中にあなたはいない。そしてもうこれ以上、あなたの好きにはさせない。あなたがこの学校に残した花は咲かせはしない」
「ああ、良いよ。ゲームはまだ始まったばかりなのだからね。司城奏人」
 そうして僕と彼のゲームは続くのだ。この学校というゲーム盤で。



 ― fin ―



 ++ ライターより ++


 こんにちは、司城奏人さま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 プレイングでは嬉しいお言葉ありがとうございました。
 あのように言ってもらえて本当に光栄です。^^


 そしてダークで切ないお話でお任せ、ということでこのようにさせていただきました。
 ものすごく僕の好きなノリまっしぐらで書かせていただいたのですが、PL様にも気に入ってもらえると嬉しい限りでございます。


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にありがとうございました。
 失礼します。