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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ハナ ハ ドコヘイッタ

■オープニング

『ハナが居なくなったダ…』
 里山の情緒を残す榛名瀬村には、太鼓を叩いて春先の山を舞い、そうして山の桜に花を招く「桜鬼」が住むそうである。
 ただの伝承だろうと、当初は鬼の実在を信じなかった草間だが……
「ハナというのは一体誰だね?」
『オラの妹ダ。隣の山に住んでたノニ、昨日から居なくなっテ…』
 ――この日依頼人として興信所を訪れた少年が、「榛名瀬村の桜鬼」などと名乗ってくれたものだから、彼のその主張は一瞬で瓦解してしまった。
「行き先に心当たりは?」
『無いダ。山の鳥達モ、見かけて無いっテ…』
 名乗るだけならともかく、薄紅色のずんぐり三頭身ではあるものの、頭にしっかり角を生やした鬼の外見をしているのだから、もはや疑う事など出来なくなる。
(実在するのは仕方ないとして、何で俺の所に来るんだよ…)
 ――やはり自分は「怪奇探偵」なのかと、草間の目が三秒だけ遠くなった。
 そんな彼の心を知らぬまま、腰に提げた小さな太鼓をそっと撫でながら、桜鬼は深い溜息をつく。
「最近何か変わった事は? その…妹さん…とか、山の近辺で」
『近くの遺跡ニ、東京から「ハックツタイ」って人達が来たダ。ハナは珍しがっテ、その様子を見たがってたケド…』
「発掘隊? それはまだ遺跡に居るのかね?」
『昨日帰っタ。ハナが居なくなったのハ、その後ダ』
 そしておずおずと向けられたのは、上目遣いに泣きそうな点点の目…。
『母チャンも心配してル…だからオラ、お願いに来たダ』
 ――鬼の迷子探しかよ。
 仕事と割り切り、聞き取った内容を淡々とメモにまとめながらも、草間もまた泣きたい心境だった。


■ミチ トノ ソウグウ

「妹さんの失踪ですか…それは心配でしょうね」
 草間の話を聞き終えると、綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)はソファの上の桜鬼へと目を向けた。
 こっくりと、栗きんとん色の髪を乗せた桜鬼の頭が揺れる。
 妹が心配だからという事情もあるだろうが、そもそもが内気な性格なのか、さっきから俯いたまま滅多に顔を上げようとしない。
『ハナが帰って来なかったラ…オラ、どうしよウ…』
(――随分変わった鬼よね)
 職業柄、鬼に関する文献は大量に知っているし、一口に「鬼」と云ってもその外見や性質が様々だという事は、汐耶もよく知っている。
 しかし、今目の前で途方に暮れているこの鬼は、彼女のその豊富な知識の中に存在する鬼と比較すれば、かなりパターン破りな方に分類された。
(鬼って云うより……桜餅?)
 まず、薄紅色の丸顔三頭身というあたりからして異色だ。
 しかもその丸顔の中にあるのは、点点の小さな目と大きな一本線の口――シンプルすぎる。
 丸描いてチョン――と絵描き唄気分で、子供でも簡単にそっくりな似顔絵が描けそうだ。
(まぁ、ちょっとどころじゃなく変わってると思うけど…でもこうしてここに居るっていう事は、そういう鬼も存在したっていう事なんでしょうね)
 カルチャーショックにも似た軽い驚きは、初対面から五分以上が経過した今でも残っている。
 だが、現実主義な一方で、どんな怪異な事象でも、目の前で発生する限りは信じるという柔軟性も、汐耶は持ち合わせているのだった。
 ――故に、この珍妙な鬼の存在も外見も、とりあえず受け入れる事にする。
「居なくなったタイミングを考えると、遺跡や発掘隊の周辺から探してみるのがいいでしょうね……もう少し、詳しいお話聞かせてもらえるかしら?」
『うン…』
 こうして、彼女も鬼の迷子探しに関わる事になるのであった。


■ハルナセ ノ イセキ

 まずは遺跡周辺から探すべきかと榛名瀬の村役場に向かったところ、応対に出た職員が案内してくれたのは、林の中にぽっかりとひらけた平地だった。
「ここがその遺跡ですか?」
 伊達眼鏡の奥から一瞥した瞬間、汐耶の青い瞳が意外そうに軽く見開かれる。
「何も無い…ねぇ」
 後に続いた相生・葵(そうじょう・あおい)の呟きは、拍子抜けと云わんばかりだ。
 しかし彼らのそんな反応当然だろう。何しろ一見する限りでは、特にそれらしき景色ではない。五十メートル四方の地面が一メートル程度の深さで掘り下げられ、その上に青のビニールシートが被せられているだけだ。
「遺跡と云っても古墳や洞窟の類じゃなく、縄文時代の小さな集落跡ですからねぇ」
 すらりと並び立つ汐耶と葵のそんな表情に、案内の職員の顔には苦笑が浮かぶ。
「それでも、ここでこんな物が見付かるなんて思いませんでしたから、村としては調査の結果に期待してるんですよ」
「観光資源――ですか?」
 シート越しにその下にある物を見極めるかのように地面へと向けられていた汐耶の目が、すいと職員の方へ流れた。
 東京でもかなり郊外にある過疎の村。村中を埋めるかの如き大量の桜以外には、取り立てて目立つ物も無い――ならばこの遺跡を観光にと、そんな考えが村にはあるのではないだろうか。
 しかし職員の答えは、彼女の予想とは外れたものだった。
「こんな交通機関に見放された陸の孤島じゃ、わざわざ遺跡見物に来る人も少ないでしょう。ですから、観光とかは考えてません。ただ、保護費用という事で、国や都から少しでも予算が下りないかな…と」
 笑いながらのその答えは、しかし観光地化よりもしたたかで抜け目無い。
「成る程ねぇ」
 夏の陽光を蓬色の髪に受け、心地良さそうに目を細めながら、葵が妙に納得する。汐耶も小さく頷いていた。
「文化財に対する地方予算は、何処も充分とは云えないみたいだものね」
 そんなオトナの事情を語り合う三人の横には、ちょこんと地面にしゃがみこみ、物珍しげに周囲を見回し続けている少女が居た。海原・みあお(うなばら・みあお)だ。
 くるりと首をめぐらせ、大きな銀色の瞳で三人を見上げる。
「見付かったのはお家の跡だけ? 貝塚とかは無いの?」
 皆が当初考えていたのは、ハナが遺跡の内部に入り込んで出られなくなっているのではないかという事だ。しかし住居跡では入り込めるような場所は限られている。可能性としてみあおの脳裏をよぎったのが、貝塚だったのだ。
「海にも川にも遠い場所だからね。ここの人達には貝を食べる習慣は無かったみたいだよ、お嬢ちゃん」
 実際の年齢はともかく、みあおの外見は小学校の、それも低学年のものである。汐耶や葵に対しては改まった口調だった職員も、彼女に対してだけは朗らかで親しげな言葉遣いになった。
「じゃあ、貝塚無いんだね。他に穴は無かったのかなぁ?」
「お家の柱を立てた跡と、それから――ホラ、あっちの隅の方――あそこにお墓の跡が見付かったみたいだよ」
 職員の示した方へと、みあおの視線が動く。何かを探るように。
「――どうだい?」
 長身を屈ませて葵がその顔を覗き込むと、ややあってみあおから戻ってきたのは、「居ないみたい」という一言だった。
「それっぽい霊気は全然感じないから、ハナはこの遺跡には居ないと思うよぉ」
 そうなると、手掛かりは発掘隊の方だろうか。
「ひとまず役場に戻りましょうか」
 これ以上ここで調べる事は無いと判断したのか、汐耶がふたりに視線を投げる。
「そーだね。行こっ」
 ぱたぱたと、みあおが役場への道を駆け出した。それに続いて葵達が歩き出そうとすると、物凄く怪訝そうな職員の目が、少女と大人達の間を往復する。
「白王社の取材と伺っていますが、あの女の子は…?」
 まさか鬼の迷子探しと云ってもまともには取りあってもらえないだろうから、そのため一行は雑誌の取材という名目で来たのだが、そこに小学生が同行している事が、職員にとってはやはり不思議なのだろう。
 苦笑を含んだ汐耶と葵の視線が、一瞬見交わされた。
「あの子は我が社で売り出し中の霊感少女なんですよ。最近話題になり始めてるんですけど…ご存知ありません?」
 理知的なキャリアウーマンそのものといった汐耶に云われると、口から出任せでも説得力を伴うあたりが見事だ。
「いえ…こんな田舎じゃ情報には疎いですから。云われてみれば、確かに感受性が豊かそうな子ですねぇ」
 すっかり信じきった表情の職員を横目に、葵の苦笑が更に色濃くなる。
「何してんのぉ〜? 早く行こーよぉ」
 自分が話題の中心になっている事に気付いていないみあおの無邪気な声が、遠くから聞こえた。


■ハルナセ ノ ヤクバ

 村を訪れた調査員は、もう一組。
 シュライン・エマとシオン・レ・ハイのふたりは、遺跡には向かわず役場での調査を続けていた。
「これが先方への紹介状です。それから、私の方で電話もしておきました」
「電話までして頂けるなんて、これで話が早いですね。ありがとうございます」
 観光課の課長だという男が差し出した封筒を、ほわりと嬉しげな笑みを浮かべてシオンが受け取る。遺跡の調査だけでは解決しない可能性も考えて、発掘隊への紹介状を書いて貰ったのだ。
 ちなみに村を訪れた発掘隊は、都内でも割と有名な大学の研究室に所属するものらしい。
「このままそちらへ向かう予定ですか?」
「ええ。あの大学のキャンパスなら、ここから都心へ戻る途中ですし。出土品に関する事は、やはり実際に発掘を担当した方に伺うべきでしょうから」
 シオンと共に受け取った紹介状の文面を確認しながら、シュラインが課長の問いかけに頷く。白王社の取材という口上を疑ってもいない彼が、「記者というのも忙しいのですなぁ」と笑うのに対して、ちょーっとだけ罪悪感を感じながら……
(名前使わせてもらったなんて知ったら、あっちも怒るかしらね?)
 某編集長の不機嫌顔が脳裏に浮かぶ。
 まぁその時はその時だ。
 桜鬼の事は抜きにして、遺跡の事だけでも記事のネタに提供して勘弁してもらう事にしよう。
 あっさりそう結論を出すと、シュラインはひとつ質問を切り出した。
「この村の桜鬼の伝承についてですけど…発掘隊の方はご存知なんでしょうか?」
「ええ。私の方から説明させて頂きましたし、全員ご存知の筈ですよ」
「それについて、皆さん何か仰ってましたか?」
「興味はお持ちのようでしたが、民間伝承は専門外という事で、そっちの調査は行わなかったようです」
 そこまでを聞いて、今度はシオンが口を開く。
「すると、発掘隊の皆さんは遺跡以外の場所へは行ってない…という事ですかね」
「恐らく。そうだと思います」
「成る程…」
 短いが綺麗に整えられた髭の生えた顎をさすりながら、シオンはそっと横目にシュラインと顔を見合わせた。
(発掘隊が遺跡から動いていない状態でハナちゃんとの間に接点を持たせるとなると、彼女の方から遺跡まで出向くしかありませんよね…)
 言葉には出さなかったが、シュラインの方でも同じ可能性を考えているようである。
 この仮説が正しいかどうか、そしてそれからハナはどうなったのか――その判断は、遺跡を調査している三人の報告を待つべきだろう。
「そろそろあちらの三人も戻る頃でしょうし、私達はこれで失礼しますね」
「ご協力ありがとうございました」
 幾つかの仮説を脳裏で組み立てながら、ふたりは役場を後にした。


 役場の前には、七人乗りのワンボックスが止まっている。
 運転席側の窓を叩くと、そこに座っていた草間の仏頂面がシュラインへと向けられた。
「何で俺まで駆り出されにゃならんのだ…」
 怪奇探偵の称号を全力で否定している彼にとって、怪奇調査に同行(それも「足担当」として)させられるのは、物凄く不本意らしい。
「元々は武彦さんが受けた依頼でしょ? だったらちゃんと仕事しなくちゃ」
 ささやかな抗議を、シュラインはさらりと一蹴する。
 実は草間の仏頂面には、もうひとつ理由があった。
 後席のドアを開けたシオンが、その「理由」に向けて微笑みかける。
「お待たせしましたね。退屈してませんでしたか?」
 中列のシートでは、ちょこんと膝を揃えて座った桜鬼が、みあおにもらったジュースを飲んでいた。シオンの問いにこっくりと頷く。
 狭い車内に怪奇現象とふたり(?)きり――草間にすれば不本意極まりないのだが、誰も彼のそんな心理を気遣っちゃくれなかった。
「こいつにとってここは地元なんだろ? だったら案内させれば良かったじゃないか」
「彼は人見知りなんですよ? 村の皆さんの目に付く場所に出られるわけが無いじゃないですか」
 のほんと笑顔で桜鬼の頭を撫でながら、シオンはさも当然と云わんばかりだし、薄紅色の三頭身を微笑ましげに見詰めるシュラインも、その意見に同調する。
「桜鬼の伝承が実話だなんて知ったら、村の人の方でも驚くでしょうしね」
「……それで俺が子守り担当か」
 盛大に溜息をついたその時、遺跡の方からみあおを先頭にした一団が戻ってくるのが草間の目に入った。


■ハナ ハ ドンナ?

 のどかな田園風景の中を、ぽこぽことワンボックスが走り往く。
「そぉ云えば、ハナの特徴教えてもらわないと」
 最後尾のシートに葵と並んで座っていたみあおが、不意に中列へと身を乗り出してきた。
「それもそうね。特徴がわからないと探しにくいし…似顔絵でも描いて貰う?」
 持参のバッグから手帳とペンを取り出すと、汐耶は隣席の桜鬼へとそれを手渡す。
『オラ、絵はあんまり上手じゃないケド…』
 気後れしつつもペンを握った桜鬼は、妹の顔を思い浮かべるように一瞬考え込んでから、くきくきと手帳の上でペンを走らせ始めた。
 かきかきかき。
『こんな感じダ』
 ややあって、恥ずかしそうに返された手帳。
 どれどれと皆が覗き込んでみると、そこにはこんな感じの絵が描かれていた。

 ・真ん丸の顔
 ・点点の小さな目
 ・まっすぐ一本線の大きな口

「………」
 何とも微妙な沈黙を伴いながら、運転中の草間を除く全員の目が、似顔絵を桜鬼との間を往復した。
「似顔絵の必要、無かったみたいですね…」
 シオンの口元がわずかに引きつって見えるのは、「微笑んでいる」と善意の解釈をするべきだろうか…
 助手席から振り返るシュラインは、苦笑を浮かべている。
「ハナちゃんの方が髪が少し長いけど、あなた達そっくりなのね。これなら見かければすぐわかりそうだわ」
 とりあえずこう云っておくのが一番無難かもしれない。
 血筋とは云えあまりにシンプルすぎるハナの似顔絵に、しかし素直に喜んでいるツワモノも居た。
「うわーっ、そっくりだぁ♪」
「可愛いねぇ…うん、素朴で優しそうだ。きっと凄くいい子なんだろうねぇ」
 三列目に陣取ったみあおと葵である。
「都会の女性も洗練されてて素敵だけど、こういう飾り気の無い女の子も、実は凄く素敵なんだよね。ああ…早く会いたいなぁ」
 葵に至っては、半ば陶酔モードだ。
 汐耶とシュラインとシオンの視線が、物凄く何かを云いたげな含みを持って交わされる。
「……」
 ――しかし、何を思えど口に出しては突っ込まないのがオトナの礼儀。
「ま、こういう人だからね」
 苦笑と共に肩をすくめ、それ以上は云わない事にする。
 ぽこぽこと、車は走り続けた。


『コレ、やる。持ってくトいいカモ…』
 発掘隊の居る大学に辿り着き、五人が車を降りようとしたその時、桜鬼が不意にある物を差し出してきた。
 透き通った薄紅色の、ビー玉ぐらいの大きさの珠だ。ひとりにひとつずつという事なのか、その数は六つ――つまり草間の分もある。そして、午後の光を透かして光る珠からは、微かに桜鬼と同じ花の香りがした。
「綺麗な珠だね――これは?」
『桜珠ダ。オラの力が込められてるから、ハナが近くに居たラ、気付いてくれるカモ』
 人見知りの桜鬼にはここでも車内に居てもらった方がいいだろうから、こうした品があるのはありがたい。
 差し出された桜珠を、五人はそれぞれ手に取った。苦い顔で受け取ろうとしなかった草間の分は、とりあえずシュラインが預かっておく。
「それじゃあ、行ってきますね」
「くっさまー、留守番ヨロシク〜っ☆」
「また鬼とふたりきりにさせる気か…」
 ただでさえ苦かった草間の顔が更に苦くなるが、ここでもやはり、誰もそんな事に配慮しちゃくれない。
「夏の車内に小さな子ひとりきりじゃ、脱水症状の心配があるでしょ?」
「だから武彦さん、宜しくね?」
 ブツブツと繰り返されるぼやきを封じると、五人はキャンパスへと足を踏み入れた。


■ハナ ハ ドコニ?

 まだ夏休み中という事もあって、キャンパス内に人の姿はあまり無い。
 発掘隊の話を聞きに研究室に向かったシュラインや葵、それからシオンとは別行動で、みあおと汐耶は建物の周辺でハナの姿を探していた。
「もしもハナちゃんが好奇心で発掘隊について来てしまったのなら、この周辺に居ると考えるのが自然よね」
「うんっ。桜鬼の妹だったら、きっとやっぱり恥ずかしがりだろーし、どっかに隠れてるんじゃないかなぁ?」
 木や植え込みの陰、それから自販機の裏など、身を隠せそうな場所を中心に、ふたりは捜索を進めてゆく。
 何しろ広い敷地のため、まともに探せばふたり程度ではとても手が足りる場所ではない。だが、全く目安が無いわけではないのが救いだった。
「花の匂い…このあたりではしないわね。ここより風上は探す必要無いかしら」
 桜鬼と同様に、ハナからも桜珠と同じ匂いがするのではないかと、汐耶はそれを元に捜索範囲を絞り込んでゆく。みあおの方は、霊気を探っていた。
「あ――このあたり何か感じるかも…。『みんな』に訊いてみるから、ちょっと待っててくれる?」
 みあおが足を止めたのは、建物の裏手に回った時だった。きょろきょろと周囲を見回すと、目を閉じ精神を集中する。
 直後、小さな少女の輪郭がぼやけ揺らぎ、彼女の姿は青い小鳥へと変化した。周辺の鳥から情報を集めようというのだろう、汐耶の周囲をくるりと一回りすると、フェンスに沿って並ぶ銀杏の木へと飛んでゆく。
 それを見送った汐耶は、ポケットから桜珠を取り出した。
「ハナちゃん、気付いてくれないかしら…」
 手の上の薄紅色の球体と、周囲の光景とを見比べてみるが、これといった気配は感じない。
 そこにみあおが戻ってきた。何か手掛かりがあったのだろうか、人の姿に戻ったその顔は、歓喜と興奮で上気している。
「見たって子が居たよっ! あっちだって!」
 小さな指が示した方角は更に奥――建物の真裏あたりだ。
「ついさっきだから、まだ居ると思う」
「じゃあ、急いだ方がいいわね」
 とは云っても、あまり騒げば警戒されかねない。
 逸る気持ちを抑えつつ、静かに、でも出来る限りの早足で、ふたりはそちらへと近付いていった。
 五メートル。
 十メートル。
 十五メートル…
 そこまで進んで、一度足を止める。
 さてどのあたりまで進むべきかと顔を見合わせたその時、更に十メートルほど前方で、ガサリと沈丁花の植え込みが揺れた。
「ハナちゃん!?」
 とっさにふたりの視線が動く。
 青く細かな葉を茂らせた植え込みの間で、栗きんとん色の何かがふわふわ動いているのを、みあおは見逃しはしなかった。
「ハナだぁっ!」
『――!?』
 一瞬びくりと飛び上がりはしたものの、名指しで呼ばれて相手が誰だか気になったのか、栗きんとん色は逃げるような素振りを見せない。
「ハナちゃんよね?」
 更に名を呼びながら駆け寄ってみると――間違い無い――栗きんとん色の髪の下には、薄紅色の丸顔があった。


■ハナ ハ ココニ

 ――本当に、似顔絵の必要が無いぐらいよく似ていた。
 わずかに髪が長い事と、虎縞の腰布の代わりに、赤いつんつるてんの着物を纏っている事以外は、何から何まで桜鬼にそっくりである。
 窓越しに姿を見かけ駆けつけた三人を加えた五人の男女は、あまりのそっくり加減に言葉を失い、暫しぽかんとハナの顔を見詰め続けた。ハナの方でも彼らの顔を無言で見上げ、そうして沈黙がその場へと舞い降りる。
 先に口を開いたのは、ハナの方だった。
『兄ちゃノ「気」がすル……。何でダ?』
「ああ、これの事だね? キミを探すのに役立つかもって、お兄さんから貰ったんだよ」
 姿が無いのに感じられる兄の気を不思議がるハナの目の前に、葵が桜珠を差し出してみせる。
『兄ちゃノ、桜珠…?』
 そうですよとシオンが頷いた。ハナの方に向けて一歩踏み出すと、自身の大柄な体格で怯えさせないようにという配慮か、そっと膝を突き目の高さを合わす。
「あなたが帰ってこないから探してほしいと、私達の所へ依頼に来たんですよ。お母さんも、心配しているそうです」
「まさか発掘隊について来ちゃったの?」
 間を置かず、汐耶の問い。
 こっくりと、薄紅色の頭が縦に揺れる。
「お母さんやお兄さんにも黙って来るなんて…どうして?」
 すぐには、答えは無かった。
『それハ…あの……』
 ややあって答えようと口を開きかけ、しかしハナはすぐに口篭ってしまう。云いにくそうに俯いたその顔が、直後、薄紅色からじわじわと、衣と同じ朱の色へ……
「あーっ、わかったぁ!」
 突然大きな声を上げたのはみあおだった。
「ハナ、発掘隊の中に好きな人出来ちゃったんでしょぉ〜? それで追いかけて来たんだねっ?」

 ええええええええ!?

 ――瞬間、四人の大人達の目が、桜鬼のような点点になってしまったとしても、それはある意味当然の反応だろう。子供らしい発送の飛躍……出来ればそう思いたかったのだが、その後のハナのリアクションの前に、彼らのその願望はあっさりと打ち砕かれてしまった。
『そんな大声デ云われたラ、オラ…恥ずかしいダ……』
 小さいぽよぽよの手で、もはや真っ赤になっている顔を覆ったのだ!
 これはもう間違い無い!
「あらあら…そう云う事だったのね」
 予想外の事実から、最初に立ち直ったのはシュラインだった。照れ続けるハナと研究室の方角とを見比べ小さく笑うと、シオンと同じくハナの前にしゃがみこむ。
「さっき発掘隊の人に話を聞いてきたんだけど、あの遺跡、これからも調査を続けるそうよ。だから、わざわざここまで来なくても、山に居たままでもまた会えるわ」
『本当ニ…?』
 もう会えぬのではと思いつめてここまで来たのだろう。そんなハナにはこの話は思いがけない朗報で、ようやく本来の薄紅へと色を戻した丸顔が、ほわっと仄かな喜びを浮かべた。
「良かったねーっ。また村に来るんなら、そのうち告白するチャンスがあるかもよぉ〜?」
『そんナ…オラ、恥ずかしくテ出来ないダ…』
 ……横からうりうりとみあおが肘で突き、すぐに真っ赤に戻してしまったが。
「安心したところで…外でお兄さんも待ってるし、そろそろ山に帰りましょ」
 そんな様子に苦笑する汐耶に促され、五人の男女と一匹の鬼は、並んでキャンパスを後にした。


■エンディング

 夕暮れ迫る道を走る車内には、鬼が二匹。
「来れた以上は、自力で帰れる筈だろこいつら…」
 榛名瀬村への帰り道。運転席の草間の苦々しい呟きは、しかし誰にもまともに聞いてもらえなかった。
「せっかくデートに誘いたかったのに…もう好きな人が居るなんて残念だなぁ。でも、ハナちゃんがこんなに可愛いのは、やっぱり『恋する乙女』だからなんだろうね」
 ハナを膝に座らせた葵は、歯ぐきごと歯が浮いてしまいそうな台詞を並べるのに忙しいし、他の者の関心も、完全にそちらに向いてしまっている。
(あれってやっぱり口説いてるのかしら?)
 ちらりと後席のやりとりを振り返ってから、汐耶がシュラインに耳打ちした。
(まぁ、彼の場合はあれが本能みたいなものだしねぇ…)
(彼女も嫌がってるわけではなさそうですし、いいんじゃないんですか?)
 ひそひそ話が耳に届いたシオンも、頷きながら話に加わってくる。
(ところで…ハナちゃんの好きな人って誰かしらね?)
(私達の応対をしてくれた助手の人が、なかなかいい感じの青年でしたね――もしかしたら彼かな?)
(ああ、彼ならありえるわね)
 しかし真相は曖昧の闇の中。
 依頼も無事に果たせた事だし、乙女の心にあまり立ち入る事も無いだろう。
「――で、結局俺達はタダ働きなのか?」
 和やかムードの一同の中で、しかめっ面の草間だけが現実を見詰めていた。
 云われてみれば、確かに依頼料を貰っていない。
 だが、それすらも気にかけているのは草間だけのようであった。
「鬼がお金なんて持ってるワケ無いでしょぉ〜? 代わりに桜珠貰ってるんだし、それでいいじゃん」
 だからボランティアになるのが当然と、みあおに気にした風は無い。
「草間ってば、がめつ〜いっ」
『オカネって、何ダ?』
 桜鬼もきょとんと目を丸くしているだけで、これは只働き確定のようである。
「……結局こうなるのか」
 うっすらと花の香りが漂う車内に、深々と溜息が吐き出された。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1072 / 相生・葵 / 男 / 22 / ホスト】
【1415 / 海原・みあお / 女 / 13 / 小学生】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23 / 都立図書館司書】
【3356 / シオン・レ・ハイ / 男 / 42 / びんぼーにん】

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■         ライター通信          ■
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「ハナ ハ ドコヘイッタ」へのご参加ありがとうございました(礼)。
ゲル状に溶けそうな酷暑も落ち着いて、ほっとしている朝倉経也です。こんにちは。

こんな夏場に「桜」の鬼…相当に季節感がおかしい依頼でありましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
皆さんのプレイングとキャラクターを、きちんと描写しきれたでしょうか?
拙い筆ゆえ、至らぬ部分も多々あるかと思われます。
ご意見やご感想などありましたら、是非ともお聞かせ下さいませ。

ところで。
今回は依頼料が桜珠ひとつだけという事になり、本当に本当に申し訳ありませんでした…。
でも桜鬼の気がこめられた珠ですので、持っていれば何かいい事があるかもしれませんし、無いかもしれません(どっちだよ)。
ご利益の有無は、今度桜鬼に聞いておきます。

綾和泉・汐耶様
初めまして。クールで知的な女性は大好きなため、キャラデータを拝見した瞬間、思わず小躍りしてしまいました。バストアップの眼差しが、かなり強く印象に残っております。
能力や設定をもっと活用できたらと思ったのですが、筆力が及ばず……うう、悔しいです(涙)。

またお会いできる機会がある事を、心より願っております。