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<東京怪談ノベル(シングル)>


プールサイドの人魚


 夏休み後半。
 残暑はまだまだ厳しいが、煩かった蝉の声が少しおさまってきた様子に夏の終わりを感じながら海原みなも(うなばら・みなも)は学校へと向かっていた。
 学生とは因果な商売で夏休みとはいっても補習だのそれが終われば部活だので休みと言いつつも結局なんだかんだ学校に行かなくてはいけなくなる。
 人魚の末裔だけあってみなもは水泳部に所属している。
 とはいっても普段は幽霊部員でめったに顔を出さないのだが、先輩に呼び出されたとあってはそうも言っていられない。
 何せ、みなもは実は先輩から夏の大会に出るように要請されていたのだがそれを断っていた。
 だから余計、多少強引な呼び出しであっても行かないわけには行かないのだ。


■■■■■


「おはようございまーす」
 もう、太陽も高々と上がっている昼だったが、お決まりの台詞を言ってみなもは水泳部の部室へ入る。
「お、来たねサボリ魔」
 先輩がさっそくからかう様な表情でみなもを見て笑う。
「せんぱぁい、いきなりそれは酷いですよ」
 全く悪気のなさそうな先輩の顔にみなもも苦笑いするしかない。
「だって、みなも、あんたこの前の夏季大会だってなんだかんだ理由つけて来なかったでしょ」
「それは、どうしてもその日は家の事情で無理なんです」
 みなもは必死に弁解する。
 もちろん、みなもだって最初に先輩から大会に出ないかといわれた時は嬉しかった。
 だが、同時にほとんど幽霊部員である自分が、真面目に来ている他の部員を差し置いて出ること―――そしてなにより、本当は人魚である自分が公式の大会に出るというということ自体にひどく罪の意識を感じてしまうからだ。
―――いくら人間のあたしが泳ぎが上手い“だけ”でもね。
 自分が人魚の血を引いていることについて嫌悪を感じたり不安や不満を感じたりしたことはない。それは今までも、これからも変わらないとはっきりと断言できる。
 ただ、こういう時に周囲と少し違う自分を考えると、寂寥感と言う一滴が胸の中を少しだけざわつかせるのも確かだった。
 でも結局はいくら先輩であっても“本当の理由”を言えるはずもなく、
「家庭の事情でその日は都合が悪いんです」
と繰り返すしかないのだ。
 正直すぎるみなもの性格では上手く嘘などつけるはずもなく、それが本当の理由でないことはばればれなのだが、敢えて、誰も家庭の事情まで追求しなかったのはみなもの人徳ゆえのものだったのだろう。
 困ってしまってすっかり眉がハの字になってしまっているみなもを見て、
「まぁ、仕方ないわ。そのかわり、練習にはしっかり出てきなさいよ」
と先輩はみなもの肩を軽く叩く。
「はい」
「よーし、じゃ、さっさと着替えて練習入るわよー」
 その掛け声に、みなもたちのやり取りを見て笑っていたほかの部員達も「はーい」と良い子な返事を返した。
「あ、そうそう忘れるところだった……」
 そう言ってごそごそとロッカーを漁っていたかと思うと、着替えようとしていたみなもに先輩が何かが入った紙袋を渡す。
「みなも、あなたは今日はこれを着なさいね」
 そう言って彼女は先に着替える為にシャワーブースへと行ってしまった。
「……なんだろ?」
 とりあえず中身を確認する為にみなもは手渡された紙袋をゆっくりと開いた。


■■■■■


「先輩っ、ここここれ、何でアタシだけこんな格好なんですかぁ」
 先に着替えて準備体操をしていた先輩にみなもは半分泣きそうな顔でそう訴えた。
 水泳部員は当然、学校指定の競技用水着ににた独特の水着を着ている。
 当然みなももそれを着るつもりだったのだが、先輩が着てくるようにといって先ほど渡したそれはある意味コレも独特の―――所謂スクール水着と言われている物だった。
 しかも、ご丁寧に、水着の胸の辺りにはみなもの学年クラス名前の記されたゼッケンタイプの名札が縫い付けられている。
「先輩ぃ」
 涙目のみなもの声に、先輩は、
「知りたい?」
と首を傾げる。
「そんなに知りたい?」
 2度目の問いかけは満面の笑顔だ。
 だが、その笑顔は何か―――こうあまりよろしくない含みがあって……
「……っ」
 ぶんぶんと音が出るほどみなもは首を横に振った。
 世の中知らない方が幸せなこともある。
 多分、コレはソレなのだろう。


 結局その日みなもは最初から最後までその姿で部活動に励んだ。
 そして、それがその日だけだったのかといえば……