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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


■紅茶と小鳥■

 神聖都学園には、どの学校にもそんな話があるように、使われていない教室があった。
 それは、曰くつき、とかではなく。
 ただ、工事の途中で放り出されて忘れられた、元美術室。

 時折、そこで「彼女」は埃だらけで曇った窓ガラスの向こうの、遠い遠い───グラウンドを見た。
 放課後。昼休み。または授業中に。
 楽しそうに、または嫌々と、ドッジボールやバスケットボールやダンスをしている生徒達の姿を、微笑ましく。
 そして、いつも発作は来るのだ───。
 いつものように、血を吐いても。
 「彼女」は誰も求めなかった。「彼女」のことは名簿に載っていても、誰も「彼女」に気にもとめないほど。
 「彼女」は人を避けた。
 人は、人を傷つけるだけ。自分の病気を医者だって保険医だって治すことも出来ない。小さな頃無責任極まりない医者に告知された時から、そんなこと分かっていた。
「───いいの」
 ふわりと茶色の軽い天然パーマを金朱色のリボンで二つにまとめた、彼女の声はいつもかすれていた。
「病気には、注射も点滴も何もいらないの。薬だっていらないの。───わたしには、あなたさえいればいいんだから───」
 そっ、と手をのばした先に、チチチ、とどこから入ってきたのか、見たこともない種類の虹色の小鳥。
 「彼女」の指にとまろうとして、その指がふと重心を失ったのを知ってばたばたと羽を羽ばたかせる。
 ぱたり、という音を立てることもなく、「彼女」の指は床に落ち───その瞬間、

  「彼女」の姿は消え失せた。

 残されたのは、一羽の小鳥と───「彼女」が淹れたのか、一杯の暖かな、紅茶───。



■鳥の羽───1枚■

 ドサッと書棚からものが落ち、男子生徒は慌てて口元に人差し指をやった。
「頼むぜ、先生に知られたらヤバいんだからさ」
「お、わりぃ」
 と、言いつつも落ちたそのノートや名簿にもすかさず目を通し始めたのは、羽角・悠宇(はすみ・ゆう)である。この男子生徒は悠宇の知り合いだったが、今回の噂を彼から聞いて調査しに来たのだった。
「でも仮に見つかっても、事件が解決できんならいいんじゃねえのか?」
「いや」
 と、沖・空也(おき・くうや)というその男子生徒はかぶりを振る。
「学校側はさ、あんな奇ッ怪な事件からは目を背けたいんだよ。先生らは俺らに噂の口止めもしてるくらいだし。まあ、噂なんかもう誰でも知ってるけどな」
 ヘンだな、と悠宇は思う。
 仮にもその女生徒がこの学校の生徒なら、身寄りがいるはずだし、その身寄りから「事件の真相を」と迫られないはずがない。なのに、なかったようにしようとしている───?
(もし該当者がいなければ、「彼女」はこの世ならざる存在って可能性のがやっぱ大きいんかな)
 そう思いつつも調べていくと、ふと顔写真と共に載っている古い名簿の一覧を横から見ていた空也が「あっこれ」と、指差した。
「髪型も顔立ちも、噂と同じ子だ……綺麗な子だなあ」
「実在してた、か……名前は」
 悠宇は、指で辿って名前を見る。
 ───水城・殊里(みずき・ことり)。
「ことり……」
 反復し、思わず笑う。
 小鳥に「殊里」か。こりゃ俺が思ってるもうひとつの、あの「ホラーっぽい推測」にも近いかもな。
 そして彼は、元美術室のある場所を聞き、足を運んだ。
 ギシッと元美術室の床を踏んだところで悠宇は、教室にいる人物を同時に発見していた。


■鳥の羽───2枚■

 互いに自己紹介しあい、ここに来たいきさつなどを其々言うと、二人は隣り合わせに椅子に座った。
「臨時講師か……あんたはこの事件、どう思う?」
 悠宇の単刀直入な問いに、祷は改めて紅茶を淹れながら答える。
「ああ。お前から『確かに存在していた』って証拠を聞くまでは、もしかすると、その『彼女』というのは『人』ではなく、その場所に存在した『記憶』あるいは『絵』なのかもしれないのではないか、とかね」
「ああ……そういう線もあるよな。つかさ」
 そこで祷から紅茶の入ったティーカップを受け取り、「どうも」と言いながら続ける。
「名簿はあった、何年度のかは所々破れちまっててわかんなかったけど、噂になってたってことは実在してはいたんだ。なのになんで学校側が騒がなかったかっつと、身寄りが騒いでいない、イコール身寄りはいなかったってことになんじゃねえか?」
「彼女が不可思議な存在であるって線が強いか……」
 ともかく紅茶を飲んで「時」を待つつもりの祷だったが、悠宇は紅茶を飲むその間にも教室のあちこちを観察している。ふと、窓を見る。埃で外のグラウンドの景色も、澱んで見える。
 その時、祷の半分以上減った紅茶の中に、ひらりと一枚の鳥の羽が舞い降りてきた。
「……鳥……?」
 祷のその呟きに、「ん?」と悠宇が振り向く。だが、仰向いた祷の頭上に鳥はどこにもいない。
「鳥の羽だ」
 自分の足元にも、ひらりと舞い落ちたのを見て悠宇も上を見る。やはり、鳥はいない。
「……祷さん」
 そろそろと慎重に自分に近寄り、身構える悠宇に、祷もティーカップを机の上に置いて、
「……ああ」
 と、椅子から用心深く立ち上がった。
 しん、と不気味なほど静まり返っている。
 校内にまだ人は居ように。
 それとも……自分達は既に「別の空間」に嵌められてしまったのだろうか?

 ゴォーン……

「「!」」
 明らかに学園のものでない鐘の音に、二人は同時に唾を呑み込む。

 ゴォーン……ゴォーン……

 気のせいか、音が近づいてくる気がする。
(どこからだ)
 悠宇は身体を動かさず、視線だけをうろつかせる。
(どこから……?)
 祷は瞳を閉じ、耳を澄ませている。
 そして、

 ゴォーン……ゴォーン……

 ゴォーン!!

 三つ、鐘が鳴った。
 途端、悠宇の手が祷の腕を僅かに叩き、祷は目を開いた───そこには、夥しい数の……半透明の少女達が真っ暗な空間の中、立って虚ろな瞳で自分達を見つめていた。


■鳥の羽───3枚■

 しばらく、二人とも口を利けないでいた。
 どちらの背にも、冷や汗が滑り落ちる。
 そこへ、パタタタ、と音をさせて小鳥がやってきて、空間の上のほう、まるで止まり木でもあるかのように止まった。
「虹色……」
「これが例の、か」
 悠宇と祷はそう言った後、視線を合わせる。
「小鳥が元凶って線だったワケか」
「だけどこれだけじゃわからん」
 ああ、と答える悠宇に、祷は左端から右端まで順々に少女達を見ていく。皆同年齢ほどの少女で、様々な髪型や顔立ちをしていた。
「なるほど、俺が教室に入った時感じた不思議な違和感はこれだったのか。今はその大元、霊の匂いがぷんぷんする」
 祷の言葉に、悠宇は少女達に少しずつ間合いを詰めていきながら、尋ねる。
「やっぱ皆、霊か?」
「ああ」
 霊的なものを敏感に感じ取ることのできる彼は、自信を持ってそう答える。
「けどな、邪念とかは感じない。これだけ不気味な場面にはつきものだってのに」
「邪念がない?」
 悠宇は声を上げる。
「『彼女』───水城・殊里が『消えた』のは明らかに邪念と関連があるってワケでもないのか」
 しかし、じっと瞬きもせず虹色の小鳥に見下ろされているままというのは気味が悪い。
「よぉ、小鳥さん。俺の飲みかけでよけりゃ、紅茶でも飲むか?」
 悠宇がこの場面に来ても不適にそう笑みを浮かべると、初めて二人の脳に声が響き渡った。
<紅茶……そう、わたしの紅茶>
「……どの女の子だ?」
 悠宇が少女達に変化はないかと見ながら探すが、祷も、
「……分からない」
 と、少し眉をしかめる。
<そう わたしはそれは綺麗な女の子だったのに>
 その言葉で、この声が虹色の小鳥から発せられていることが判明し、二人の視線は再び小鳥に行く。
「……のに?」
 祷が、続きを促す。
<……とても我侭で、神様のこともいつも悪口を言っていた……いつかそして、わたしの周りから人々が去っていった。ひとりだけ傍に残ってくれた優しい親友を───事故で殺してしまった───わたしは、罰として真っ黒な小鳥になった>
「事故で殺したってどういうことだ?」
 悠宇が尋ねると、映像(ビジョン)が突然頭の中に入り込んできた。
 祷のほうも、同じく頭を抑える。

 小川───戦後貧しい時代の中でも裕福な家柄の娘───それに付き従う、汚い格好はしていても美しい茶色の髪の少女───我侭娘のただひとつの特技、おいしいお茶───父親と喧嘩し、自棄を起こして酒を飲み、酔っ払って車道へ転んだ、それを抱き起こした茶色い髪の少女を無下にふりほどいた美しい娘───ふりほどかれた茶色髪の娘が、車に轢かれ───。

「……!」
 悠宇はたまらずに目をつぶった。同時に、二人の頭から映像(ビジョン)は消える。祷は唇を噛み締め、小鳥を睨みつける。
「それで? お前は何故今虹色なんだ」
<たくさんの、心の綺麗な娘の魂を食べたから>
「……てめえ!」
 悠宇が唸るような声を出すと、小鳥はパタタタ、とまた移動し、違う「見えない止まり木」に止まる。
<虹色になれば、殊里を甦らせることができたのだもの>
「……お前、それじゃ」
 目を見開く悠宇の隣で、祷はふうっと息を吐く。
「『純粋に』、自分が殺してしまった少女……殊里を取り戻したかったのか」
 純粋な想いだから、邪念を感じなかったのだ。
「でも!」
 悠宇は遣る瀬無かった。
「お前の気持ちは分かるけど、でも! でもさ、じゃあそのために魂喰われて死んじまったこの女の子達はどうなるんだよ! そうまでして甦らせたって、殊里は満足しねぇだろうがよ! 本望じゃねぇだろうがよ!」
<そう、だから『甦らせた殊里』はとても病弱になってしまった───不完全のまま、消えてしまった。せっかくこの学校の生徒にもしてあげられたのに>
 だから、と小鳥の「声色」、そのトーンが下がる。
<今度は殊里のために来てくれた人の魂を捧げるの。そうすれば、また甦る───>
「……いくら『邪念』でも純粋な想いなら『邪念』と霊界だかなんだかに感知・認識されないのはひでえな」
 魂まで食べられるつもりで来たのではない。祷は呟きながら、そう身構える。
「甦らせる甦らせるって、人の命なんだと思ってんだよ」
 悠宇は持ったままだったティーカップを突き出す。
「甦らせることが全てじゃないだろ。悔いてるなら、哀しいなら、紅茶、彼女のために淹れてやれよ! 得意だったんだろ!」
 小鳥の瞳が、ティーカップを映す。同時に、祷は感じ取っていた───新たな霊が増えたことに。
 振り向き───少し微笑んでその霊を迎えた。
「やあ……この展開ならきっと来ると思ってたよ、水城・殊里さん」
 悠宇が驚いたように振り向く。
 そこには、名簿で見たそのままの綺麗な少女が立っていた───半透明の姿で。
「琴美(ことみ)……わたしは甦りたかったんじゃない」
 静かな、小さな耳に心地よい美しい声。そう、小鳥の鳴き声のように。
 身を震わせる虹色の小鳥に、両手を広げて近づいてゆく。
「だから……いつも……誰もこない教室にいたの。琴美の気持ちは嬉しかった……でも、あんなことしなくても、わたしずっと、あなたの傍にいたのよ」
 ずっと───いたのよ───。
 空間から少女達の姿が消え、悠宇と祷、小鳥と殊里だけになる。二人は息を呑んで、彼女達を見つめていた。
「紅茶を、また淹れてちょうだい。あの教室でもいつも淹れてくれた……あなたの美味しい紅茶を───」
 殊里の指先が小鳥のくちばしに触れる寸前、保たなかったのか、消えてゆく。
<殊里───>
 彼女の姿がすっかり消滅し、小鳥の瞳から涙が落ちたのは、悠宇と祷の錯覚だろうか。


■ことりの紅茶■

「なー、結局彼女の話はどうなったんだよ?」
「あーお前もしつけぇヤツだな」
 校門に向かう悠宇に、くっついてくる空也は、だが目を輝かせる。
「元美術室にいて会えたのか? しかも一晩中いたんだろ? 朝あそこから出てきたお前見て俺ビビッたよ」
 テキトーに噂流しとけ、と言うつれない悠宇に、空也は諦めたようにため息をつく。だが、思い出したように、校門に手をかけた悠宇をまた呼び止めた。
「そうだ、そういやあの元美術室で新しい噂流れ始めてんだよ」
「……どんな?」
 振り向いた悠宇に、空也はワクワクしたように言う。
「それがさ、時々あそこで紅茶を淹れる小鳥を目撃したって教師や生徒がけっこういるんだよ。悠宇、お前信じるか?」
 悠宇は、胸に暖かいものが流れたような気がして、ふと微笑まずにはいられないのだった。



《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2303/綾辻・祷 (あやつじ・いのり)/男性/25歳/チェリスト
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生





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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、三時のおやつ、三時の紅茶……と考えていたところへ、外国の昔話を思い出したこともあり、「ひとつの魂を人はどう『扱うか』」というものを書いてみました。もし、自分が事故とはいえ「殺した」形になってしまったら───それが、唯一の理解者、親友だったら───。また、最後の章のタイトルをわざと「ことり」と平仮名にしたことにも意味があるのですが、懸命な参加者様にはお分かりかと思います(笑)。
因みに、今回は一番最初と最後の章だけ個別となっております。お互いのノベルを見てみないと分からない部分もあると思いますので、是非お相手のもご覧くださいませ☆

■綾辻・祷様:初のご参加、有難うございますv 初めてのPCさんをどう動かさせて頂こうかと考えながら悩みながら書いたのですが、予想と大幅に違っていたらすみません; 能力は、今回は使わせて頂こうかなと思いつつ、やはり自分から無理にという形で能力を使わない方だと判断し、このようになりましたが、如何でしょうか。
■羽角・悠宇様:連続のご参加、有難うございますv 今回はバトルもあるかなと少し思ったのですが、荒っぽくしたくないとのお言葉と、この物語自体も能力をバシバシ使うようなものではありませんでしたので、悠宇さんには元気よい少年という感じで書かせていただきましたが、如何でしたでしょうか。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。紅茶にも色々種類があり、少し勉強したいなと最近思い始めています(笑)。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆