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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


伝わるモノ 〜キミの熱〜

 何度足を止めたか。もう覚えてない。
 季節の花々がところ狭しと並べられ、夏風が店外へまで甘い香りを届けている。看板には『アーネンエルベ』の文字。店名の意味は知らない――けど。知っているものがひとつだけある。
「ここに彼女がいる……」
 呟いて、僕は現実感を取り戻した。照りつける陽射し。すっかり短くなった影が体にへばりついて、杭の如く地面を貫いている。困惑の挙句ぼんやりと立ちつくし耳に残った彼女の声が蘇った。未だ答えを出していない問い。
 『――私の精気をあげられたらと思うんです』
 響いて。胸が疼く。渇望するのは人のそれ。花で補えるはずもない。しかし、得た代償は僕自身が「人」を失うことかもしれないのだ。まだ経験はないが、人から精気を吸えばそれを与えたものが弱るのは必死のはず。それなのに、彼女の味を一度でも知ってしまったら、永遠に堪えられなくなる気がした。
 屠り。
 貪る。
 恐ろしい感覚に冷たい汗が背を伝った。人ならざるモノになるのが恐ろしいのではない。

 キミを――知ってしまったから。

 彼女を壊すのが恐かった。淫魔(インキュバス)となるよりも、凍土を溶かす暖かな双眸を曇らせることがひどく恐ろしかったのだ。
「……あら? 都昏君じゃないですか?」
 視線を落し、往復する店の前。気づかれぬはずもなかった。涼やかな美声に慌てて顔を上げると、自己紹介しあったばかりの須藤明日奈が微笑んでいた。
「あ…は、はい」
 返事はしたものの、次の台詞は出て来ない。僅かに身を引いて視線を泳がせた。言葉に詰まる。用意してきたはずの答えはどこかへ飛び去ってしまった。花束を手に小首を傾げる様は、明日奈自身が花のよう。僕は言うべき言葉を完全に失った。
「? どうされたのですか? また、花束がいるのですか?」
「いっ、いや…そう、じゃなく……。あの、この間の――」
 言い渋る。本当は答えなんて出ていないんじゃないのか?
 自問してみても、言葉は綴れない。人としてなら拒否すべき。本能を選ぶなら受理すべき。僕は本当はどう思っているんだろう――。
「あっ! 都昏君。今晩、お暇ですか?」
 柔らかな瞳で僕を見つめていた明日奈が急にポンと手を叩いて、店側の電柱を指を差した。突然の切り返しに驚いて指先を追うと、そこにあったのはポスターだった。華やかな色彩。花火のイラストが中央にあり、『納涼夏祭り!』の文字が踊っている。
「私、夏祭りに行きたいなぁって思っていたんですよ。でね、一緒に行きませんか?」
「……へ? ぼ、僕と?」
 あまりの展開に目を見開いた。花のように笑うキミは何を思って僕を誘うのか?
 困惑の嵐。
「そう。行けませんか?」
 やんわりと、僅かに寂しそうに首を傾げた明日奈。僕の思考はますます迷走していく。断るのならば、行ってはいけない。そんなこと知ってる。けれど。
 けれど――。
 胸が痺れていく感覚に戸惑う。経験したことのない疼き。精気を欲しがる血のそれでなく、男としての甘い疼き。
「どこで……待ち合わせ?」
 涸れた喉から出たのは了解の言葉だった。明日奈の感謝の声を背に僕は「アーネンエルベ」を後にした。

 感謝なんて。
 言うべきは――僕の方。
 焦がれるのは誰?
 焦がれるのは何?
 罪という深淵の縁に座って体を揺らす草のように、キミという風に酔う。

                               +

「やっぱり、夏祭りはゆかたですよね。……ねっ」
 私の問いに、店中の花達が声を返す。「似合ってるよ」「楽しんできて」「水忘れないで」どれも優しくて、私を癒すもの。姉のようにはなれなくても、私には私の道があって、続けていきたいと思うものがある。それを知ることができたことを嬉しく思い出した。
 時計の針が約束の7時を刺す。
 
 ――都昏君。待っているかしら?

 彼に出会った時、目を離してはいけない気がした。何故かは分からない。夏祭りに誘った本当の理由ですら、自分自身明確ではないのに。
 どこか大人びた瞳をしたヒト。自分の血を呪うヒト。
 彼の手の中で枯れていった花束を思い出す。
 けれど、それのどこが人間と違うのでしょうか?
 金の瞳。赤い髪。どれをとっても鮮烈な印象が残る。なのに、その輪郭は朧げで儚い。彼は淫魔だと言ったけれど、必要なのは心だけ。血脈も種族も「生きる」という流れのなかでは、どんなものも区別されないのではないのですか。
 彼の纏っているオーラに惹かれているのかもしれない。そんなことを言ったら都昏君は困るでしょうか――頬を赤くし困惑顔で俯いている彼を想像して、少し笑った。
「まぁ、こんな時間ですわ。行かないと……いってきます〜♪」
 水仙と格子デザインがされた上品な浴衣。草履は買ったばかり。足元にまで伸びた長い髪は結い上げ、同じく水仙を象った簪で留めている。カラコロと小気味いい音を響かせて、夜の街を急いだ。

 角から現われたのは初めての浴衣姿の明日奈。胸を激しく鷲づかみにされた。いつもとは違う雰囲気。走ってきたのだろう僅かに上気した頬。吐息が掛かりそうなほど近い。
「待ちましたでしょうか? 遅れてしまって……」
「――――き…」
 零れ落ちる。
「き? 都昏君……?」
「…あ…いや。 ま、待ってない。僕も今来たところだから……」
 我に返り、辛うじて飲み込む。綺麗――と呟きそうになった。なんで、こうもキミの前では調子が狂う。悟られたくなくて目を逸らした。早鐘を打つ鼓動を隠そうとしている僕を知らずに、明日奈が神社へと続く石畳へと誘った。

 予想した以上に人の往来が多い。風が吹いて涼しいからかもしれない。大体にして、僕は人が多いと分かっているイベント事に好んで参加する性質ではない。驚くと同時に溜息をついた。
「……すごいな…」
「みなさん、楽しそうですね。私たちも出店を見て歩きましょう。……そうですわ、まずお参りしなくちゃいけませんね」
「あ…はい」
 狭い路地に密集する出店。人々。社まではまだまだ距離があるというのに、僕は身動きが取れなくなった。14歳、中学2年の平均的身長。視線が往来する人のちょうど頭の位置だ。
 並んで歩き出したものの、強引に押しのける人に弾かれて明日奈が遅れ始めた。
「――数藤さん!」
 僕の手は無意識に彼女の手首を掴んでいた。社になら、出店の裏を通っても行けるはず。押されて苦しそうな表情の明日奈の手を引いた。脇へと避ける。出店の裏手は石灯篭が立ち並び、人の姿もまばら。
 ホッと息をつく。混雑から逃れることに夢中で、彼女の手首を掴んだままだったことに気づいた。白く細い手首。絹の触りこごち。一瞬捕らわれて、慌てて現実に戻った。手を離す。
「ご、ごめん……。お参りに行こう」
 照れくさい。明日奈の草履しか見ることができない。背を向け歩きだそうとした僕の右手が引っ張られた。
「す、数藤さん…? あの……」
 繋がれていたのは明日奈のしなやかな手だった。浴衣の袖がはだけ、やけに色が香る。
「繋いでいて下さい。私、歩くのゆっくりだから、また遅れてしまいます。……都昏君は嫌?」
「い、い…嫌ッていうか……その別に」
「だったら。こうしていて下さいね」
 根負け。何故だろう、彼女に対して拒絶の反応を返すことができない。僕は仕方なく、といった仕草をして手を繋いだまま歩き出した。本心は隠して――。
 嬉しいと思うのは罪。
 まだ、僕は答えを出していないんだから……。

 ――風鈴。綿飴。たこ焼き。くじ引き屋。参拝の後、ゆっくりと店を覗いていった。
 明日奈が金魚すくいをしたいと言った。僕はまた花束の時のよに精気を無意識に屠ってしまうのではないかと、勧める彼女の手を止め遠慮した。僕の思考に気づいたふうもなく、「結構、上手なんですよ」と明日奈が笑う。
 和紙のすくいを手にして、金魚を追う手。僕は横に立って見つめた。細い身体。手折れそうなほどの輪郭。そう言えば、しっかりと彼女の姿を見たことがないんだと気づいた。見入る。まさに魅入ってしまう。視線を移動して、僕の目は一点に固定された。
 それは首筋。
 甘く香る禁断の。
 結い上げたうなじが放つ色。眩しいほどに白い。
 手に入れたくて、血が焦がれるモノ。拒絶したいのに魅了される。
 ――今は、出てくるな。訊きたくないんだ!
 囁く声を振り払う。

 すくい上げた金魚2匹を手にした明日奈が振り向いた。顔を振り、僕は裏手へと移動した。相変わらず、参道には人がひしめき合っている。
「そろそろ花火が上がりますね。見に行きませんか?」
「でも、混むから……えと、数藤さんがまた潰される」
 明日奈が目を細めた。僕に近づこうと足を出した瞬間、松の根が邪魔をした。彼女の足元ばかり見ていた僕は、瞬間的に動いていた。
「きゃっ……ご、ごめんなさい…」
 受けとめた体は成熟した大人のモノ。浴衣を通してさえ、伝わってくるモノ。ざわりと胸に込み上げる痛み。僕は抱きとめたまま、背に回した手を離すことができなかった。喉元に熱い吐息。間近にはあの魅惑の首筋。
 このままいたら抱き締めてしまいそうだ。眩暈がする。僕は急いで彼女の肩を押し戻した。急な僕の行動に戸惑った顔の明日奈。
「都昏君」
 声が僕を呼ぶ。視線がぶつかった。澄んだ清流を思わせる瞳の青。唇が動いた。
「…私のことは明日奈――と呼んで下さい。私では……あなたの糧になれませんか?」
 その時の僕は青ざめていたかもしれない。
 まだ選んでいない答え。求められる。
「僕は……」
「あなたが幸せであって欲しいと思うのです。いけませんか?」
「じ、時間が欲しい……答えを…出す時間――」
 明日奈が再び近づいて、そっと僕の頬を撫ぜた。驚いて上げた手が捕らわれ、指先に触れてくる唇の形。
「あ…」
 カーッと頬が熱くなる。さっきまで青くなっていたのが嘘。全身に広がっていく熱。
「また、会いましょう♪ 都昏君……」
 両手を握り締められた。僕がその戒めから放たれたのは、月が雲に隠れてずいぶん経ってから。彼女の真意を探す余裕など、僕にはなかった。
 暖かな彼女の手。伝わってくるのは体温。それ以上に、僕を取巻く柔らかな空気。

 僕の欲しているものは――何?

 月が再び顔を出し、花火が盛大に空を飾った。


□END□

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 こんにちは。ライターの杜野天音です。
 もしや――いや、もしくかしなくても以前素敵な恋物語を書かせて頂いた方でしょうか? 妹さんですものね。
 こういった障害のある恋っていいですよね。萌えるものが……。
 前作を読ませてもらって、イメージが違っていなければいいのですが。イマイチ不安ではあります。
 都昏くんは中学生なのに、色々背負ってますね。背負わねばならないのは、自分のせいではないのに苦悩して、渇望している。やはり、そんな彼を支えるのは、明日奈さんのようなほんわかした女性ですよね。
 血が彼女を求めるのか。
 異性として彼女を求めているのか。
 まだ、判断できる段階ではないようです。ふふふ、今後の展開が楽しみですね。
 今回は都昏くんの気持ちを中心に書きました。なぜなら、明日奈さんの気持ち読めません〜。どう思っているんでしょうか?
 気に入っていることは確かでしょうけれど(*^-^*)

 それでは素敵な物語を書かせて頂けて嬉しかったです。
 喜んでもらえれば幸いです。ありがとうございました!