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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 四々霧村怪異談(前編)
 
「平和だなぁ……」
 窓辺に佇み、煙草を口にしながら草間は言う。こういうときの平和という言葉は『ヒマ』というふうに訳することができる。つまり、仕事がないということだ。
「平和でもやることならいくらでもあるんだけど?」
 窓ガラスを拭く手を止め、シュラインはにこりと笑った。忙しいときはとことん忙しく、ヒマなときはもうどうしてくれようというくらいヒマになる。興信所という職業柄、仕事に安定を求めること事態が間違っているので、それに関しては文句はないが、平和だからといってやることがないわけではない。
「ああ、忙しい忙しい」
 草間は身体の向きを変え、わざとらしくそんなことを言う。
「所長だからといって、窓拭きをしてはいけないということはない……というわけで、はい、どうぞ」
 にこりと笑顔で窓用の洗剤と雑巾を草間に差し出すと、草間は渋々それを受け取った。煙草を口にしたまま、しゅっしゅっと洗剤を吹き掛け、窓ガラスを拭きはじめる。仕事がないこんなときこそ、いつにも増して掃除や興信所内の整頓に励むべきなのだ。室内が整頓されていることで客が減ることはないだろうが、だらしなくしておくことで客が減ることはあるはずだから。
「さて、と……」
 次はどこを片してしまおうかと室内を見回していると、扉がコンコンと軽く叩かれた。大抵の場合、依頼者は訪問に予約というわけではないが電話をかけてくる。簡単な相談内容を告げ、見込みがありそうならば実際に訪れて内に抱える問題を相談してくるというわけだが、本日の来客予定は今のところ、ない。
「おはようございまーす」
 明るい笑顔で現れたのは、すらりと背が高い少年だった。背の高さからいうならば、既に大人といった感じだが、顔にはまだ幼さが残っている。
「いらっしゃい。あなたは……?」
 おそらく、依頼者ではない。問題を抱える人間が、快活な笑顔で現れるわけがない。シュラインが少年に声をかけると草間が声をあげた。
「あ。俺が呼んだんだ」
 そう言って窓辺の草間が歩いてきた。そして、昔から興信所に置いてあるラジオを手に取り、少年へと渡す。
「こいつ、手先が器用で」
「修理のために呼びつけたの……?」
 草間はこくりと頷いた。
「……」
 それはそれで経済的でいいのかもしれないが、それでも少しばかりあきれてしまう。呼んだ方にも素直に呼ばれて来る方にも。
「そういうこと。よろしく……えーと、シュラインさん!」
「私のことを知っているの?」
「会うのは初めてだけど、話には聞いていたから。ここの事務員サンなんでしょ? ……あ、俺は、メイ・チェンゴン」
 漢字で書くと梅・成功と少年は快活な笑顔で続けた。そして、草間に渡されたラジオの修理を始める。思わず、見守りそうになるが、窓ガラスは草間、ラジオの修理は成功に任せ、新たに片づける場所を探す。と、溜まっていた新聞紙が目についた。それを片づけていると、再び、扉が叩かれた。
「どうぞ……あら、いらっしゃい」
 開かれた扉からは、もはや顔なじみ、セレスティ=カーニンガムが現れた。世界規模の企業の総帥という立場にありながら、時間があると興信所へ訪れて依頼解決を手伝ってくれる。しかも、本人にとって、それは趣味の一環、不可思議な事柄を知るための手段のひとつだからと仕事料を取らない。自分と同じくボランティアなのだ。……いや、自分はボランティアではなかった。ボランティア状態だった。ボランティアとボランティア状態、これは似て大きく異なる。シュラインは深いため息をついた。
「? どうしました?」
「いえ、なんでもないのよ……」
「……今日は大掃除か、何かですか?」
 室内を見回し、セレスティは言う。
「平和なうちに、やっておけることはやっておこうと思ってね」
「なるほど。時間があるということですね。私も何かお手伝いしましょうか?」
 セレスティは穏やかにそう言うが、だからといって素直にじゃあ床掃除よろしくと言ってしまうのはどうだろう。かといって、皆が何かをしているのに、ただ座っているというのもイヤかもしれない……などとシュラインが考えていると、扉が再び叩かれ、ゆっくりと開かれた。
「こんにちは。……あれ、今日は休業日でしたか?」
 そう言って興信所に訪れたのは、二十代前半の青年。とりあえず、ソファへと案内し、お茶を用意する。シュラインは大隈七瀬と名乗ったその青年をまるで知らないわけではなかった。とある豪華客船に乗船した際に関わった事件で顔をあわせている。
「探偵が探偵に依頼するって、どうよ?」
 七瀬と向かい合い、ソファに腰をおろした草間は開口一番にそう言った。互いに知らない仲というわけではないらしい。
「いえ、僕、学生なんで……っていうか、いきなりご挨拶ですね」
 七瀬は困ったような笑顔で答える。
「だが、兄貴の手伝いはしているんだろう?」
 草間は煙草を取り出し、底をとんとんと叩く。取り出した一本をくわえたところで七瀬の視線に気がつき、箱を差し向けた。しかし、七瀬は軽く手を横に振った。
「まあ、手が足りないときには。でも、あくまで本業は学生ですよ」
「……じゃあ、学生さんの悩みを聞こうか」
 草間は大きく息をつき、言った。しかし、探偵の弟が他の探偵に依頼。不思議な構図といえば、構図だ。シュラインは二人のやりとりを見守りながら思う。
「はい。兄は失踪事件の調査のために、とある村へと旅立ちました。三日たっても連絡がないときは、草間さんの力を借りてくれ、と」
「つまり……既に連絡が途絶えて三日ということだよな?」
 失踪事件を追っていた探偵が失踪。ミイラ取りがミイラな展開に、あきれたのか、草間は口にくわえていた煙草を落としそうになっている。おそらく、次にさらに驚くことがあったら、落としそうではすまさず、落とすだろう。
「ええ……」
「事件に巻き込まれたわけか……兄貴はどんな失踪事件を追っていたわけだ?」
「草間さん向けの事件ですよ」
 七瀬は苦笑いを浮かべ、それから戸惑うような表情を浮かべたまましばらく黙っていた。だが、気持ちを決めたのか、口を開く。
「遺体の失踪事件です」
「遺体が盗まれたのか……え、違う?」
 ふるふると七瀬は横に首を振った。
「いえ、盗難ではなくて、失踪なんです。聞いた話では、遺体が自ら歩いて去ったということなので……。ああ、そんな目で見ないでくださいよ……」
「あのな、死んで動かないから遺体っていうんだぞ。わかって言っているのか?」
 草間は言う。尤もだシュラインも思う。
「わかっていますとも。でも、そういう話なんです。兄も、友人の依頼でなければ断っていたと思いますよ……」
 七瀬自身もそんな話は信じられないらしく、戸惑う表情で返した。
「僕もあまり詳しいことは知らないんです。ただ、兄の友人が住むその村……シシギリ村には、死者が歩きださないように足を切り、死者が棺桶を開けないように腕を切り、死者が動きださないように胸に杭を打つという風習があったそうです」
 今では火葬なのでそういったことはやっていないそうですがと七瀬はつけたす。
「隣の家までの距離が100メートルとかありそうな場所だな。とりあえず、依頼内容は遺体を探す……でいいのか? それとも、兄か?」
「いえ、あの、兄です。兄を優先してください。遺体の方も解決できれば喜ばしいですけど、僕にとっては兄の方が大切なので」
 少し困ったような顔で七瀬は言う。その言葉に頷いたあと、草間は室内を見回した。
「探偵が失踪したようだ。彼は遺体が歩いて失踪した事件を追っていたというが……通常、遺体は歩かない。何か仕掛けがあるのか、怪奇な現象なのか……ともあれ、大隈の安否を確かめることができれば、依頼は果たされるとみていいだろう」
 消えた遺体を見つけだせば遺族から喜ばれるだろう……なにより盗まれたとしたら相当に罰当たりだからな、できるだけ見つけだしてやってくれと草間は付け足す。
「遺体は消えるわ、それを追っていた探偵は消えるわ、もしかしたら自分も消えちまうかもしれないが……ひとつ頼まれてやってくれないか?」
 
 七瀬の依頼を引き受けたのは、三人。
 成功、セレスティ、そして、自分。つまり、あのとき興信所にいた全員ということだ。それに村へ同行するという七瀬を加えた四人で問題の村へと向かうことになった。
 村への移動手段は、調べるに交通の便はあまり良くはないこと、同じ場所へ行くのだから個々に行く必要はないだろうという二点から、自然とセレスティの車に同乗というかたちで落ちつき、移動時間、依頼内容から当日中の解決は難しいだろうということで、泊まりとなることを考慮し、それなりの支度を整えることに決める。そのため、一度、解散したあとに時間を決めて集合、出発という運びとなった。
「さて……」
 とりあえず、用意しておくものは地図だろうか。現地で調達できるかもしれないが、できない可能性もある。四々霧村がどの程度のものかはわからないが、時折、妙に閉鎖的な村というものがある。余所者には非協力的、常識からはとても考えられないその土地だけに伝わる因習がある場所は現代でも珍しくはない。四々霧村の遺体の手を切り、足を切り、胸に杭を打つという風習がいつまで行われていたのかはわからないが、それはあまり一般的な埋葬とはいえないだろう。
 遺体の手や足を切り、胸に杭を打つ理由は、遺体が動かないようにするため。そして、今回の事件では遺体が歩いて失踪したと言っている。
 土地柄、遺体が動くことは珍しくはないというわけか……シュラインは地図を用意しながらふと思う。しかし、草間ではないが、動かないから遺体というわけで、遺体は動くわけはない。今回のことも、何らかの理由から誰かが遺体を隠し、歩いて去ったように見せかけたと考えられる。ただ、伝承としてそういうものが残っている土地だから、もしかしたら……ということも考えられる。
「手を切り、足を切り、胸には杭……」
 胸に杭という部分だけを聞くと吸血鬼が連想される。しかし、手や足を切るというのは吸血鬼伝承では聞いたことがない。吸血鬼といえば、やはりニンニク、十字架、聖水、陽光……とはいえ、これは小説のなかのこと。最近の小説や映画では吸血鬼も進化しているのか、従来の弱点をかなり克服しているように思える……と、話がそれたか。シュラインは思考を吸血鬼から四々霧村のかつての風習へと戻す。
 手や足を切る理由は、言ってみれば動きを止めるためのもの。そう考えると時間とともに変容していった姥捨て山の変種というような印象を受けなくもない。村では養いきれなくなった者を山に捨て、戻って来られないように手足を切断……山へ捨てられた者は、おそらくは死んだ者とされるのだろうから、伝承は現在のようなかたちとなった。あり得ない線ではない気がする。
 しかし、土地にそういった伝承があったとはいえ、風習をやめて火葬になってから遺体は動き出さなかったと思われる。それがどうして動いたのか。亡くなり方が不自然だったのか、友引等ですぐに火葬にできなかったのか……ともかく、あらゆる可能性を考慮し、調査に臨もう……そう、村ぐるみで何かを隠している可能性も考慮して。
 
 直接、電車で行くことはできず、近くの街で下車したあとにバスに揺られて数時間というような地図上では山に囲まれているような場所だから、過疎化が進んでいるような田畑ばかりの土地かと思えば、そうでもない。
 わりと開発が進んでいる土地で、町並みは山奥にしては整っていると思えた。人口のせいか、こぢんまりとした雰囲気は拭えないが、それでも街の施設は十分に整っている。
「村と聞くとどうしても田んぼや畑ばかりで日本家屋しかないような長閑な田園風景を思い浮かべてしまいますが、そうでもないようですね」
 街を観察するようにゆっくりと車を走らせるセレスティの言葉は、そのまま自分の感想でもある。シュラインは周囲を見回し、街の雰囲気を観察する。
「とりあえず、依頼者……兄に依頼をしてきた友人のところへ行ってみましょうか。この村にひとつだけある病院に勤めているという話です」
「場所はどこでしょうか?」
「場所は……ははは、ちょっと訊ねてきます」
「この通りを真っ直ぐ行って、最初の信号を左」
 シュラインは言った。現在の村の地図は既に用意してある。できれば、村の風習が残っていた頃の地図も用意したかったのだが、いつ頃まで風習が残っていたのかは地元の人間に訊ねるしかなかったので用意できなかった。いつ頃なのかが判明し次第、調達するつもりでいる。
「さすがです、姐さん」
 七瀬の感心する言葉を聞きながら、セレスティを誘導する。辿り着いた場所には坂崎医院という看板があった。自宅の一部を診療所として使っているらしく、全景はよくある一戸建てで、医院の入口だけがそれらしい造りとなっている。
「大勢で行くのもなんですから、とりあえず、僕だけ。少し待っていてください」
 七瀬は車をおりて医院の扉を開ける。それを見送ったあと、自分たちも車をおりた。どんなに車種がよくて運転が上手かろうが長時間、揺られると身体は痛くなるものである。外に出て思い切り身体を伸ばす。
「さすがに空気はいいみたいね。……なにやってんの?」
 ふと見ると、成功が医院の二階の窓を見つめ、にこやかに手を振っている。反射的に見つめる先を見やるが、そこには窓はあれど誰の姿もなく、カーテンだけがたった今、しめられたというように揺れている。
「あ……あーあ。目があったから手を振ったんだけど……」
 どうやら逃げられてしまったらしい。残念そうに笑う成功にくすりと笑っていると、七瀬が自分とさほど変わらないだろう年代の青年を連れてきた。色が白く、ほっそりとしていて中性的な顔だちをしている。
「七瀬くんから話を聞きました。宇佐美です。クマを……ああ、大隈を探しに来て下さったそうで……すみません、私がいらぬことをクマに頼んでしまったせいで。ああ、大隈に」
 青年はウサミと名乗り、何度となくクマを大隈に置き換える。どうやら、普段はクマと呼んでいたらしい。実家はクマのロゴマークだし、大隈だし、妥当な愛称か……などとシュラインはぼんやりと思う。
「七瀬くんにも悪いことを……」
「いえ、引き受けると判断したのは兄ですから。宇佐美さんのせいではないです」
 さらりと七瀬は返す。気を遣って口にしているのではなく、本当にそう思っているように見えた。
「逆に事件を解決するはずの兄が事件を大きくしてしまったようで。宇佐美さんの期待を裏切るわ、心配かけるわで。兄にかわって謝罪します。遺体の失踪および兄の失踪はこの方たちが引き継いでくれますので、経緯を話していただけますか?」
 七瀬が示したところで、軽く会釈をしておく。宇佐美の方も神妙な顔つきで会釈をし、それから周囲を見回した。
「ここではなんですので、とりあえず、ついて来てください」
 宇佐美は建物の裏側へと案内する。裏口から建物のなかへと入ると応接室とある扉を開けた。どうぞとソファを示したあと、ちょっと失礼と宇佐美は部屋を出て行った。とりあえず、言われたとおりにソファに腰をおろし、宇佐美が戻るのを待つ。
「クマ、ウサギ、他にキツネとかタヌキっていうのもいるんじゃないの?」
 成功が冗談まじりに言うと、七瀬はキリンならいたかも……と唸る。
「……いそうな雰囲気ね」
「地図を見せていただけますか?」
「ああ、ごめんなさい。コピーをとってきたから。はい、渡しておくわ」
 シュラインは地図をセレスティと成功に渡す。それを見た七瀬は、さすがです姐さんとまたも頷いていた。
 しばらくすると宇佐美が戻ってきた。べつにお茶を用意してきたわけではないらしく、手には何も持っていない。
「先生に許可をいただいてきました。……ああ、私は雇われている身ですので。それで、どこから話せばいいでしょうか」
 そう言いながら宇佐美はソファへと腰をおろした。
「まずは遺体がなくなったときの状況が知りたいな」
 成功が言うと、宇佐美はわかりましたと頷いた。それは自分としてもきちんと聞いておきたい話である。シュラインは注意深く話に耳を傾けた。
「彼女がここへ運ばれてきたときには、既に心臓は停止している状態でした。どうにか手を尽くそうとしましたが、その甲斐なく、彼女はほどなくして息を引き取りました。死亡を確認した先生は家族へ説明するために部屋を出たため、私はひとりで用具を片づけていました。すると、しばらくしてかたんと音がしました。驚き、音のした方向を見やると彼女の腕がストレッチャー……ああ、患者さんを運ぶ移動用の診療台のことです……あれから、ぶらんと投げ出されていました。もしや、彼女が息を吹きかえしたのでは……と思ったのですが、心臓に反応はありませんでした。実際のところ、人の身体というものは死んでからも反応を示すことがあるので、そう驚きはしませんが、それがわかっていても気分のいいものではありません。すぐに彼女の腕を戻しました」
 そのときのことを思い出しているのか、宇佐美はあまり明るくはない表情で語る。
「私は片付けに戻ろうと彼女に背を向けました。すると、またもかたんと音がしました。同じ音なので、何が起こったのかは振り向かなくてもわかります。しかし、振り向き、腕を直さなければなりません。私は小さくため息をついたあと、振り向きました。そして、どきりとしました」
 そう言った宇佐美の顔は泣きそうにも思えた。正確にはどきりとしたのではなく、泣きそうになったのかもしれない。
「やはり彼女の腕は投げ出されていました。それだけではありません。正面を、天井を向いていたはずの顔が私の方を向いています。一瞬、躊躇いましたがそのままにしておくことはできません。手を伸ばそうとすると、突然、閉じられていた瞼が開きました。瞳が動き、私を捉えます。その動きが……なんというか、無表情な青白い顔と重なって……情けないながら小さく悲鳴をあげ、硬直してしまいました。彼女はそのまま身体を起こし、私には目もくれず窓枠に飛びつきました。そのとき、我に返った私は彼女の名前を呼びました。彼女は一瞬、動きを止めて振り向いたあと、窓の外へ……それっきり、です」
 宇佐美は肩を落とし、大きく息をついた。
「遺体はここから消え、それを目撃したのはあなたというわけですか……」
 セレスティの言葉に宇佐美は頷いた。
「それで、家族や先生にはなんて告げたんだ?」
「ありのまま……。だって、そう言うしかないじゃないですか……私も当時はひどく混乱していて……」
「気持ちはわからなくはないけれど……その状況での失踪ということになると、息を吹きかえしたという考え方が一般的かしらね」
 もちろん、一般的な考え方をしなければ、遺体が動いて消えたということになる。なんらかのトリックを使ったか、怪しげな力を使ったか……しかし、死を確認し、すぐに動いているとなると息を吹きかえしたという方向で考えたくもなる。だが、そうすると窓から飛び出し、どこへ消えたというのか。
「ご家族や先生はそれで納得されたんですか?」
「ええ……それが、少し妙なんですよ。そのときは、ご家族の方も娘が息を吹きかえしたんだ、周辺を探そうと喜んでいたのですが……しばらくして娘は亡くなったんだと言いだしたんですよ。私が遺体を隠したという話まで出てくる始末で……このままでは私が遺体を隠した方向で進められそうな気がして、クマに相談したんですよ」
「なるほどな。第一発見者は疑われるものだし、犯人ってことも少なくないもんな!」
 成功が言うと宇佐美はやめてくださいよ……と苦笑いを浮かべ、返した。しかし、成功が言うとおり、第一発見者が犯人であるという展開は意外と多い。通常ならば疑ってかかるべきだし、警察ならばまず間違いなく状況から疑うことだろう。とはいえ、宇佐美に遺体を隠す動機と場所があるのかどうか……。
「まあ、俺はあんたが犯人だとは思ってないから安心していいぜ。結局のところ、あんたは遺体が目の前で去っていくところを目撃はしたが、そのあとの行動はしていない、実際の調査は大隈が行っていた……と、こういう流れでいい?」
 宇佐美はこくりと頷く。
「今も疑われているの?」
 それを問うと宇佐美は戸惑う表情を浮かべた。
「いえ、それが……それも最初だけで。彼女は息を吹きかえし、自らの意思で出ていったという方向です。ご家族の方からも気が昂っていて失礼なことを言ってしまったと謝罪を受けましたし。それでも彼女は見つかっていないわけですから、クマには調査を続けてもらいました。そうしたら、今度はそのクマが……。昔からふらりとどこかへ行ってしまうようなところがある奴でしたが、荷物は私の家に置いたままだし、この状況で黙って帰るとも思えない……どうしようかと思っていたところです」
 そんな宇佐美の話を補足するように、兄はふらりといなくなったかと思うと北海道に行ってきたと土産を手にして帰ってくるような人なんですと七瀬は苦笑いを浮かべる。どうやら大隈には事前告知なくどこかへでかけるくせがあるらしい。
「あなたが大隈探偵と最後に顔をあわせたのはいつなのですか?」
「一昨日の朝ですね。私は勤めがあるのでここへきましたが、クマは前日と同じように村で聞き込み調査を行っていたようです。その内容は私にはわかりません。訊ねなかったわけではないのですが、クマはまだ推測だからと話せない、はっきりしたら話す、と」
 その話を聞いていると、大隈はやはり調査の途中だったと思われる。荷物も置いたままということは、調査の過程で何かがあったということなのだろう。気になるところは、その何かが自分の不注意によるものなのか、それとも第三者によるものなのかというところだ。
「……すみません、時間的にそろそろ……」
「ああ、どうもありがとうございます」
「仕事を終えましたら、改めてお話を。今日は特に忙しいというわけではないので六時には戻れると思います。六時すぎならば問題はないので、うちの方へ来ていただけますか? 場所は……ああ、地図をお持ちのようですね。少しばかり拝借……ここです」
 宇佐美はシュラインが用意してきた地図を広げると、村の外れの方にある一角を指で示した。
「……とことん、外れだなぁ」
「祖父の代から移り住んでいますので、村としては比較的新しい住人なんですよ、私の家は」
 宇佐美は気を悪くした様子もなく、そう答えた。
「最後にひとついいですか?」
「彼女は見つかっていないとはいえ、あなたへの疑いは晴れました。何故、あなたは大隈探偵に調査の続行を依頼したのですか?」
 セレスティの言葉に、宇佐美は言うか言うまいかというような表情を見せたものの、やがて小さく息をつき、言った。
「村の人間が本気で彼女を探しているようには見えなかったからです」
 
 宇佐美と別れ、医院をあとにする頃には陽は少しだけ傾いていた。だが、まだ夕刻というほどでもない。陽が落ちる前にある程度の調査は行える。
「危険な場所での行動ということではないし、人数を生かしてそれぞれに情報を集めた方がいいわよね」
「じゃあ、六時過ぎに宇佐美の家に集合ということで」
 六時までは独自調査。シュラインは地図を確認したあと、村立図書館へと向かった。その道すがら、宇佐美の話を思い出してみる。
 宇佐美の状態を観察するに、嘘をついているようには思えない。その言動がおかしいということはないが、どうも一連の流れにしっくりこないものを覚えてしまう。一般的に親というものは最後まで娘が生きていることを信じるものではないだろうか。死者が動きだすという伝承がある村だから、一度、死を迎えた娘は既にあちらの領域にある者で、こちらの人間ではない、と?
 それに、最後に言っていた言葉も気になる。村の人間が本気で彼女を探しているように見えなかった……これはあくまで宇佐美の主観による意見であるから、実際には懸命に探していたということも考えられる。だが、宇佐美にはそう見えた。
 ふと脳裏に村ぐるみという言葉が過る。
 この村には触れてはいけない領域があり、遺体が動く現象はそれに抵触する。それを追っていた大隈は知ってはいけない何かを知り、行方を絶った……シュラインはそこまで考えたところで、小さく息をついた。この考え方をすると、大隈に、遺体に近づくということは、大隈と同じ状態になるということだ。……つまり、失踪ということだが。しかし、そうなるとこちらが派手に動けば動くほど、向こうから近づいて来てくれるということでもある。
 敢えて派手に動くというのも真実に近づくひとつの手段なのかしら……少々、荒っぽくはあるけれど……シュラインはそんなことを考えながら見えてきた村立図書館へと近づく。規模としてはかなり小さいものだが、建物自体はそれほどの古さは感じない。ただ、利用者は少ないらしく、周辺にも扉を開けた先にも人の姿はない。
 かつんと冷たい音をたてる床の上を歩き、誰もいない受付の横を通り抜け、本が並んでいる書庫へと向かう。
「誰かいませんか?」
 声をかけると、書庫の奥から返事が聞こえた。やがて、十代後半か二十代前半といった外見の眼鏡をかけた娘が現れる。
「あら、村の人ではないですね。宇佐美先生の知り合いの方ですか?」
 シュラインが軽く会釈をすると、娘はそう言った。
「やっぱり、そういうのってすぐにわかるのかしら」
「狭い村ですからね。ある程度、村の人の顔は把握していますよ。見たことある顔だな、ない顔だなというくらいですけど。……陽子ちゃんの件ですよね」
 娘は少しばかり緊張した面持ちでシュラインを見つめる。名前は聞いていないが、宇佐美が言っていた『彼女』のことなのだろう。シュラインはこくりと頷いておいた。
「やっぱり、そうですか……」
「お友達なの?」
「高校時代の後輩です。年齢の近い人はみんな先輩か後輩という関係なんですけどね。おとなしくて、付き合いのいい子でしたよ。ちょっと気弱なのかな、頼まれるとイヤと言えないタイプ」
 少し寂しそうにも見える苦笑いを浮かべながら、娘は言った。
「男の人にいろいろと訊ねられたと思うんだけど……どんなことを訊ねられ、答えたか覚えてない?」
 宇佐美先生の知り合いかと訊ねてきたということは、大隈と面識があるということだ。シュラインは大隈の足取りを追う手掛かりとしてそんなことを訊ねてみる。
「んー……陽子ちゃんについてと村の伝承について訊ねられたような気がします。陽子ちゃんについては交遊関係とか……でも、村を出ていってしまってから、あまりそういうのはわからなくて」
「え? 陽子ちゃんは村の人ではないの?」
「大学に行っているので、今は村に住んではいないんです。長い休みがあったり、週末なんかには戻ってきたりするみたいです。高校を卒業すると、だいたいみんなそんな感じです。大学を卒業して、また戻ってきたり、そのまま向こうに就職したり……私も大学を卒業するまでは東京の方にいました」
 そういうことかとシュラインは頷いた。
「先週だったかな、まとまった休みがあったらしくて友達を連れて戻ってきてたんですよ。それから、あんなことがあって……」
「友達はどうしたの?」
「え? さあ……あんなことがあったから帰ったんじゃないですか?」
「……。友達はひとりだった? どんな人だったのか覚えてないかしら?」
「あのとき……確か、陽子ちゃんは車の助手席にいて……後ろにふたりいたから……」
「三人ね。この村の人ではなくて、大学の友達ね」
 シュラインが言うと、娘はこくりと頷いた。
「そうですね、見たことはない顔でした。運転していたのは男の人で、後ろにいたのは女の人だったけど、もうひとりは男の人だったかな……」
「そう……この村には死者が動くという話が伝わっていたわよね。それで、今回の陽子ちゃんのことがあったわけだけど……どんな風に思ってる?」
「え、私がですが? ……正直、死者が歩くとは思えないんですけど……陽子ちゃん、駆け落ちしたんじゃないのかな……」
 村ではそう噂されていますよと娘は言った。なるほど、それらしい噂といえば噂なのかもしれない。そうであれば、わりと平和的に話は解決しそうな気がする。薬を飲んで、死を確認され、駆け落ち……ふとロミオとジュリエットを思い出すが、あれはふたりとも死んでしまうし、遺体が動いたという方向に話はいかない。だいたい、ただ駆け落ちするならば、病院に運ばれる必要はない。この噂からは少しばかり作為的なものを感じる。
「村の伝承についてはどんなことを訊ねられたの?」
「そういうことが詳しく載っている本はないかと訊ねられたので、そこの郷土歴史コーナーを案内しました」
「そう……ありがとう。調べてみるわ」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
 娘は軽く頭を下げてその場を去った。シュラインは早速、示された一角に並ぶ本を見やる。四々霧郷土歴史保存会という団体がまとめたらしい本がいくつか並んでいる。そのうちの一冊を手に取り、開いてみた。
 そこには四々霧村の歴史が書かれていたが、思ったよりも内容が薄い。時間をすべてここで費やす覚悟で並ぶ本を片っ端から広げてみたが、大したことは書かれていない。
 四々霧村と呼ばれる所以は山に囲まれた地形からか、周囲を霧に満たされることにあるというが、これもどうか。伝承では足や手を切っていたとあるから、四肢を切る村というところからきているのではないかと思ってしまう。
 ため息をつきながら本を戻し、書棚を見つめると、子供向けと思われる昔話の本があることに気がついた。絵本であるそれを手にとってみる。
 四々霧の昔話。
 むかし、むかしのこと。雨が少ない年がありました。水が少ないせいで稲の育ちは悪く、その年は不作となりました。それでも、例年どおり米を納めろとお殿様はいいます。村の代表が今年は勘弁してくださいとお殿様にお願いしましたが、願いは聞き届けられるどころか見せしめにはりつけされてしまいました。村人たちは泣く泣く少しばかり実った米を納めました。しかし、そうなると食べるものがありません。困っている村人たちのもとへ、山の神様に仕えるキツネが現れ、山で採れる実を置いていきました。村人たちは実をわけあって食べましたが、キツネが持ってきてくれる実だけでは足りません。自分たちで採りに行きたくても、神聖な山には入っていけないという決まりがあります。山にある食べ物は神様の食べ物なので勝手に食べてはいけないのです。最初はキツネがもたらす実で我慢していた村人たちでしたが、やがて我慢がならなくなりました。山に行けば、実がたくさんある。ついに村人たちは山へと入って行きました。キツネは必死で止めましたが、村人たちに叩き殺されてしまいました。村に残ることを決めた数人の村人はキツネをあわれに思い、手厚く葬りました。山へと入って行った村人たちは、たくさんの木の実を見つけ、おなかいっぱい食べて戻ってきました。しかし、神様の罰があたったのか、山で木の実を食べた村人たちはみんな死んでしまいました。残った村人たちは死んでしまった村人たちを手厚く葬りましたが、死んだ村人は夜な夜な歩き回り、山へと向かいます。困った村人はついに棺桶の蓋を開けないように手を切り、歩き回らないように足を切り、動きださないように胸に杭を打ちつけ、棺桶から出てこられないようにしました。そうすると、死んだ村人はさまよい歩かなくなりました。村人たちは絶対に山へは入らないことを決めたのでした。おしまい。
「……」
 シュラインはぱたんと絵本を閉じた。それから、書庫で整理をしている娘に声をかける。
「ちょっと訊ねたいことがあるんだけれど、いい?」
「はい、なんですか?」
「立入禁止の場所とかってあるのかしら?」
「ええ、ありますよ」
 その答えを聞き、シュラインは地図を広げる。
「どのあたり?」
「えーと……こことここです」
 娘が指さした位置は村の北東と北西の二箇所だった。北東は山が広がっているが、北西には平地があり、ミサキガハラと書かれている。
「四々霧の子供は、ミサキガハラには結核の病棟があったから近づくと病気になるとか、幽霊が出るとか言われ、山には大きな蛇が出るからと近づくなと言われて育ちます。べつにそれを信じているわけではありませんが、そういう場所には近づきたくないですからね。わざわざ行ったりする人はいませんよ。……そこに行こうとか考えていません?」
 シュラインを見つめ、娘は言う。実は、ほんの少し考えていたりもするが、敢えて横に首を振った。
「あれ、そうなんですか? あの人はそう訊ねたらにやりと笑ったから……」
 そう言って娘はくすりと笑った。
 
 図書館をあとにし、時間になるまで村で聞き込みをしてみる。
 ほとんどの村の人間は思ったよりも親切で、嫌な顔ひとつせずに応対してくれる。レポーターに取材を受けているような気分なのかもしれない。
 娘が言っていたとおり、陽子に関しては駆け落ち説が当たり前のように信じられていて、誰もそれを疑っていない。
 大隈に関しては陽子のことを調べていたこと、村の雑貨屋でいくつかの電池とキャラメルを買っていたこと、ミサキガハラについて特に訊ねていたことがわかった。話の方向をまとめていくと、どうやらミサキガハラに向かったようなのだが、図書館で見た絵本によると動く死者に関係する土地はミサキガハラではなく、山の方であるような気がする。確認のために、絵本にある昔話が舞台となった山はどこかと問うと、誰もがミサキガハラではなく、もうひとつの立入禁止区域である山を示す。
 伝承を考慮するならば、山へ向かうような気がするが……シュラインはミサキガハラがある北西と山裾が広がる北東を交互に見やる。
 夕陽に染まる山並みは何も語らない。

 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3507/梅・成功(めい・ちぇんごん)/男/15歳/中学生】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございます。
またも納品が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません……。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、エマさま。
納品が大幅に遅れてしまってすみません。
さらに途中、非常に読みにくい改行ナシ昔話がありまして……素直に改行すればよかったんですよね……。

前後編となりましたので、後編もお付き合いいただけたらと思います。当方の機械が壊れてしまいましたので、後編は早くて10月上旬頃となってしまいそうです。すみません。

願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。