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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


かつて‥‥一緒に

 そこは何にもなかったが、二人にはそこしかなかった。
 トタン板で作られた壁と天井。それを支える錆の浮いた鉄骨の柱。コンクリート剥き出しの床。広さだけは十分にあるが、それは寂しさを感じさせる物でしかない。
 そんな場所に、何に使うのかもわからない錆び付いた機械が幾つも並んでいた。
 以前は、ここで何人もの人々が働き、機械の動く音が鳴り響いていた、活気ある場所だったのだろう。
 しかし今、この廃工場に居るのは、たった二人だけ。勝手に忍び込んだ二人。何処にも行けない二人‥‥
 錆びて穴の開いた天井から、光が柱になって工場の中に射し込んでいた。その光の柱の中を、今年初めての白い雪が落ちてくる。
 それは美しい光景だった。たとえ人の命を奪う物であったとしても。
 痩せ細った身体。伸び放題の髪。ただ、目だけが大きくギョロついている。そんな、未だ7歳の鬼丸・鵺。
 そして、角と翼を持った天馬‥‥顔右半分から全身に酷い火傷の痕を残し、折れてるらしい前足を腫らせたニィルラテプ。
 寒さを逃れようと二人は、工場内に捨て置かれていたボロ布‥‥もとはカーテンか何かだった物を持ってきて、それにくるまっていた。
 二人のいる場所は機械と機械の隙間で、風は吹き込まない。しかし、冷たく凍てついたコンクリートは、布越しにも体温を奪っていく。
 凍えかけていた二人だったが、互いの体温だけは暖かかった。
 別に‥‥何か特別な仲というわけじゃない。
 ただ、行く場を失った二人が逃げ込んだ場所が、偶然に同じこの廃工場だったと言うだけだ。
 それまでは知り合いでも何でもなかったし、この廃工場で出会ってからも、親睦を深めると言ったことはなかった。
 ただ二人で住んだだけ。
 ひもじくて眠れない夜。食事を分け合ったりしたこともあったが、そこにも親睦はなかった。
 二人、微妙な距離を保ちながら、ずっと暮らしてきた。互いに触れ得ない部分があり、それでも一緒にいた。そんな日々は不思議と居心地が良く、それが終わる日など想像もせずに過ごしていた。幸せな時と言うものが得てしてそうであるように。
「ニィルくん、もしゅこしよってもい?」
 寒さに震える鵺が呟く。
 ニィルラテプ‥‥馬は元々、冬に裸で外にいたって平気な生き物だ。しかし、人間は違う。
 ましてや幼い少女で栄養もとれてない。この寒さは、ニィルラテプ以上にこたえる事だろう。
「良いよ」
 ニィルラテプが答えるとすぐに、鵺はその身をニィルラテプに寄せて、抱きつくようにニィルラテプの身体に触れた。
 包帯は巻いてあったが、治りきっていない火傷を触られ、鋭く走った刺すような痛みにニィルラテプは身体を振るわせる。
「いちゃい?」
 鵺が身を離し、心配そうに聞いた。ニィルラテプは、少し考え‥‥それから、首を横に振る。
 鵺は少しの間、遠慮してか身を離していたが、やはり寒さには勝てなかったのか、おずおずとニィルラテプの身体に再び触れた。
 ニィルラテプの身体に、また刺すような痛みが走る。しかし今度は、ニィルラテプはそれを我慢した。
 鵺が身体を完全にニィルラテプに押しつけ、動きを止めると、痛みは徐々に薄まり、後には疼くような鈍い痛みだけが残る。ニィルラテプはそれを我慢して、鵺の為すがままに任せた。
 小刻みに震えていた鵺の身体が、やがてニィルラテプの体温で暖まったのか震えを止める。鵺は‥‥ニィルラテプの温もりの中で、睡魔に襲われていた。
「しゅこし‥‥ねゆ‥‥‥‥」
「うん、そうしろよ」
 この寒さだ。ニィルラテプの身体で少々暖まったからとて、眠ればきっと死んでしまうだろう。しかし、そんな事は鵺は知らなかった。
 また、ニィルラテプもそんな事は知らなかった。繰り返すが、馬は冬に裸で外にいても死なないから。
 このまま、鵺はニィルラテプに寄り添ったまま、死を迎える事になるだろう‥‥しかし、そうはならなかった。
「おい、こっちだって?」
「変な馬なんて、本当にいるのかよ?」
 いきなり騒々しい声が聞こえ、その方向にニィルラテプが顔を向けると、工場の割れた窓の向こうに懐中電灯の光が見えた。
 ニィルラテプの出入りが変な馬が廃工場にいると噂になり、肝試しがてら調べに来た若者達‥‥
 ニィルラテプにそれがなんなのかはわからなかったが、身を隠した方が良さそうなのは確かだと思えた。
 立ち上がり、ニィルラテプは一応、鵺に警告しようと声をかける。
「おい、人が来るぞ。おいってば‥‥」
 声をかけたが、眠る鵺は動かない。試しに軽くつつく程度に蹴ってみたが、それでも鵺は動かない‥‥
「‥‥‥‥」
 鵺は起きない。これは、どうしようもない。
 懐中電灯の光と、若者達の話し声は、廃工場のすぐ側まで迫っていた。
 ニィルラテプは、眠る鵺のあどけない顔をじっと見つめ‥‥それから、一人で宙に舞い上がった。
 目指すは天井に開いた穴。その穴をくぐり、ニィルラテプは屋根に上がる。若者達が廃工場のドアを開けたのは、ちょうどその時だった。
「あれ、今天井の方に‥‥」
「おい、こっちに子供が居るぞ?」
「うわ、冷たい‥‥死んでる?」
「息してる! けど‥‥病院だ。病院!」
 侵入者達が一通り中で騒いだあと、慌てて廃工場から駆け出ていく音が聞こえた。
 ニィルラテプはそれを聞き届けてから、天井の穴から廃工場を覗く。鵺の姿はもう、そこになかった。
 ニィルラテプは、空を見上げて再び翼を広げる。そして、雪の降る空の中、天高く飛びたっていった。
 ニィルラテプは‥‥そして鵺は、二度とこの廃工場には戻らなかった。二人が再会するまでには、やや時間を必要とする‥‥



 年月流れ‥‥東京。
 燃え上がるような日差しが全てを焼き尽くそうかという夏の日。草間武彦は、興信所の事務机にへばりついてその暑さを呪っていた。
 この世に神という者が居るならきっと、そいつはこのちっぽけな探偵を焼き殺そうと、躍起になって太陽に薪をくべているに違いない。
 そんなひねた考えが脳裏をよぎる。まあ、その程度には暑い。しかも、今日はこれから仕事だ‥‥愚痴りたくもなる。
 と‥‥来客を告げるブザーが、暑さにうだる草間を殺そうとでもするかのごとき勢いで鳴り響いた。恐らく、仕事の手伝いをしてくれる二人が来たのだろう。
「‥‥ああ、そう言えば今日の二人は初めての組み合わせだな」
 仲良くしてくれると良いんだが‥‥と、そんな事を考えながら草間は事務机から離れ、玄関までを歩いた。
 そして、軋む玄関のドアを押し開ける。
 そこに立っていたのは、銀髪赤目シャギーショートの13歳の美少女と顔右半分包帯で隠した外見19歳の若者の二人。
 互いに相手の今を知らないまま、二人は草間興信所で再会を果たした‥‥