コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


あちこちどーちゅうーき 〜真昼の花火〜


 すーっとトンボが空を飛んでいるのが見えた。
「あー、もう夏も終わりかぁ」
 それを見つけた桐苑敦己(きりその・あつき)は季節の移り変わりを感じそう呟いた。
 1枚のコインに導かれるようにして敦己がたどり着いたのは日本海側のある漁師町だった。
 1時間に1、2本しかない電車に乗って降りた駅は駅員もいない無人駅だった。
 降り立ったホームは少し小高い場所にあるらしく振り向くと眼下に日本海が広がっている。
 日本海というと荒波というイメージがあるがその日は風もなく、敦己を凪いだ海が迎えてくれた。
「よしっ」
 敦己はリュックを担ぎなおして無人の改札を抜けた。


■■■■


 駅を出るとすぐ昔懐かしい感じのする商店街に出た。
 出たというか、その小さな駅自体が商店街の中にあるといったほうが正しかったのだろう。
 日に焼けて色の褪せたビニールのアーケードの下を敦己はゆっくりと歩く。
 人通りは少なく、手押し車を押している老婆や孫らしき子供を連れた年配の女性、日に焼けて真っ黒の小学生がビニールバックを肩に掛けて走っている。
 いかにも田舎の商店街といった風景。
 都会生まれ都会育ちだからこそこんな風景に憧憬するのだろうか。
「さて、これからどうするかな……」
 商店街を抜けたところで敦己は行き場所を決めかねて足を止める。
 基本的に敦己は目的を決めて旅行しているわけではないのでこういうことはままある―――いや、正確には毎回こうだ。
 そして、こういうときは―――
 敦己はおもむろにポケットを探った。
 1枚のコインを掌に乗せて空高く投げる。
 くるくると回るコインが陽を浴びてキラリと光った。
 それを再度手の甲で受け止める。
 手の甲の上に乗せた右手をそっと持ち上げると項の上に載ったコインは裏。
「こっちか」
 そう呟いて敦己はT字路を左に曲がった。

 昔の長屋のような密集した家と家の間、人より寧ろ犬猫が抜けるような路地を通る。
 狭い壁と壁の隙間を抜けると、ぱっと視界が開けた。
 立ち並ぶ家の裏には堤防のコンクリートが並んでいる。
 壁のように視界をふさぐ堤防のてっぺんに両手を置いて足をかけて堤防によじ登ると、その向こう側にはテトラポットいくつもある。
 そして、堤防の上を海を眺めながら敦己はしばらく歩いてみることにした。
「あんた、何しとるんかね」
 声に振り向くとそこには1人の老人が立っていた。
「あんたどっか他所の人だろう。こんな田舎に何しに来たね」
 やけに人懐っこい老人に、敦己の顔がなんとなくほころぶ。
「あちこち旅行してるんですけど海が見たくなってなんとなく」
「そうかね」
 そこで敦己は老人から興味深い話を聞いた。


■■■■■


 昔、この町がまだ町という名ですらなかった頃。
 浜辺に1人のうら若い女性が1人で住んでいた。
 そんなある日、いつものように朝の浜辺を歩いていた彼女は波打ち際に1人の男が倒れているのに気付き、その男を自分の家に連れてかえって看病をした。
 献身的な看病で男はまもなく気が付いたが、過去の記憶を全て失っていたという。
 身寄りもなく1人暮らしていた彼女と過去を失った男はその後彼女の家で一緒に暮らし始めた。
 身を寄せ合うように生活していた二人が心も寄り添わせるのに、そう多くの時間は掛からなかった。
 部落の者でどこの馬の骨ともわからぬ男と暮らす彼女を心配する声もあったがそれでも2人は幸せそうに見えた。
 だが、その幸せは長くは続かなかったという。
 1年もたった頃だろうか、男はひどい高熱を出して寝込んでしまった。
 連日寝ずの看病をしていた女が目覚めた時、すでに男の姿はなかったという―――


「その男はどこへ消えたんですか?」
「さぁなぁ……ただ、その女はそれからすっかり心を病んでしまって昼といわず夜といわず男を捜して涙ながら浜をさまよい歩くようになったんじゃ」
 その話がこの町の浜が「啼き浜」と呼ばれるようになった由来だとその老人は敦己に話して聞かせてくれた。
「そこの砂浜を歩いてみるといい。裸足でな」
「裸足……ですか?」
 鷹揚に頷く老人に促されて、敦己はその場でスニーカーと靴下を脱ぎ浜辺に下りる。
 すると―――敦己が1歩1歩足を進め砂を踏みしめる度にその浜が、きゅぅっきゅぅっと小さな音をたてる。
 驚いて敦己が振り向くと、
「ほら、今でも泣いておるだろう」
と老人がそう言った。


■■■■■


 声を抑えて物悲しげに泣く女性の想いがこの浜には染み込んでいるのだろう。
 敦己はその想いをかみ締めるように何度も何度も砂を踏みしめた。


 ぱんぱんぱん―――


 どこか遠くで花火があがった音がした。
「おぉ、あんたついとるの」
 その音を聞いた老人に言われて敦己は目で問いかけた。
「ほら、海を見てみるといい」
 海上に何か揺らめく陽炎のような物が見える。
「なんですか?」
「あの花火はなぁ、蜃気楼が出たという合図だ」
「蜃気楼……ですか?」
「こんな時期にはあんまりでないのだがな……この『啼き浜』で蜃気楼を見ると蜃気楼の向こうに大切な何かが見えるというが……何か見えるかね?」
 そう言われて、敦己は目を細めて海の向こうを見る。

 陽炎の向こうに敦己が何を見たのか―――敦己は老人の言葉にただ微笑んだ。