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二人一緒に…?
本日なんの予定も無し。仕事はきっぱりお休みで、誰かと出掛けるような約束もなし。
思いっきり暇だということだが、言い替えれば好きに気ままに遊べる日、ということだ。
たまにはこういうのも良いだろう。
どこに行こうかも決めず、なんとなく気が向いた場所へ遊びに行こう。
もともといろいろな世界に行ってみたいと思って渡ってきた場所のひとつがこの世界。せっかくだから、知らないもの、面白い場所をたくさん見たいと思うのだ。
そんなファルス・ティレイラ――ティレの様子の見つめ、少々離れた場所にこっそりと立っているのはルイセ・メフィート。
月齢に合わせて変化する外見を持っている彼女、現在の外見年齢は幼い少女であるものの、その実年齢は余裕で百を越えている。
「ふむ……」
鼻歌混じりに楽しげな様子で出掛けて行くティレの後ろ姿を見送って、ルイセはふいと思いついた。
「私も出掛けるか」
言いつつ。何故かルイセは出掛ける準備をするわけでもなく、ふっと静かな笑みを零した。
◆ ◆ ◆
日曜日の今日、街はファルスと同じく遊びに出てきた人が多く、人通りも多かった。
左右に並ぶショウウィンドウを冷やかして眺めながら、ファルスはゆっくり歩いて行く。
「うわあっ、これも可愛い。でもたかーい」
可愛らしい洋服に、綺麗な装飾品。動く仕掛けや綺麗なライトで工夫されたショーケース。興味を惹かれるものは多けれど、お金にそんなに余裕があるわけでもない。
「残念。これはまた今度ね」
今度の機会がいつになるかは知らないが、値札を確認してそう呟いた。
と。
「……あれ?」
何か、違和感を感じた気がする。
ふいと足が動き出す。
「え、ええっ!?」
動こうとした覚えはないのに、自分の意思に反して身体が動いた。
どうなっているのかと慌てたのは一瞬。ファルスにはこういう能力の持ち主に心当たりがあった。
途中目に飛び込んできた、自分の姿が映る鏡を見て確信する。
本来両目とも赤であるはずの瞳は、片方だけ、鮮やかな金の色へと変わっていた。
――ルイセだっ!
「ちょっと、勝手に人の身体使わないでよっ!」
ぐぐっと足を引き戻すが、敵もそう易々と諦めるつもりはないらしい。
店内に入ろうとする足に全身全霊の力を向けて、外に留まろうとする。
「ルーイーセーーーっ!!」
叫んだ声に、どこからか答えが返ってくる。憑依中だからか、ファルスの目にルイセの姿は見つけられなかった。
『そう騒ぐな』
騒ぎを起こしている張本人のくせに、しれっと言われてファルスはむっと眉を上げた。
「だったら騒ぎになるようなことしないでよ」
『ティレが大人しくしていれば良い』
「なんでよっ!」
思わず叫び返した途端、周囲にざわりと戸惑いの空気が広がった。
「……え」
そうだ。
すっかり忘れていたけれど、ここは街中。
端から見ていたらいまのファレスは一人で叫ぶ変な人。
『大人しくするほうが利口だと思うが?』
普段から無表情ではあるが、こう言うときまで感情が見えにくいのはどうかと思う。遊んでいる時くらい、もうちょっと感情を表に出しても良いのではないだろうか。
遊ばれている方としては打開策が見つけにくくて困る。
「ルイセがこれをやめればいいでしょう!」
一瞬、この事態をどうしようかと憂えてみたが、聞こえたルイセの声にぱっと理性を吹き飛ばし、勢いのままに怒鳴りつけた。
『たまには遊ぶのも良いとおもってな』
ひたすら偉そうに言うが、こういうのって子供の悪戯と言わないだろうか?
真正面からそれを告げたら不機嫌になって余計始末に負えなくなるのはわかっているので口にはしないが。
「遊ぶなら他でやってちょうだいっ」
『ティレが一番使い勝手が良い』
「だーーーかーーーらーーーっ!」
『いいのか?』
「なにが」
『周りを見てみたらどうだ』
「あ」
さっき思ったばかりなのに、もう忘れていた。
周囲には野次馬の人だかり。こう言うときは、とっととこの場を離れるに限る……ルイセがそれを許してくれるかどうかが大問題だが。
「えーっと……」
幸いなことに、すぐ近くに細い裏道へと続く曲がり角があった。大通りから行くのはこの人だかりを見る限り難しそうだし、多少遠回りでも裏道に入るのが正解だろう。
とりあえず。
普通に一歩足を踏み出す。
妨害はなかった。
「よしっ」
と、思った瞬間。
「きゃああっ!?」
足がもつれて思いっきりコケた。
『運動不足か?』
「…………」
原因はルイセでしょうっ、いい加減にしなさいっ!!
と言いたいところだが、ここで言ってもまた更に周囲の視線が痛くなるだけ。しかもルイセはこの程度の言葉に堪える人間じゃない。
「とにかく、離れるわよ」
今度は調子に乗ることなく、一歩一歩を慎重に、ゆっくりと歩く。
ルイセが手加減してくれたのか――手加減したなら多分それはティレとのやり取りを楽しむためだろう――動けないことはない。
「くうううっ」
しかし歩む足の早さは亀の如き。
周囲からは不思議そうな視線やら哀れむような視線やらが突き刺さる。
「帰ったら覚えてなさいよ……」
『覚えておこう』
やり返してやると誓ったが、やり返せるかどうかはまた別のお話。
結局その日はまるまる一日、ルイセとの行動権の奪い合いで終わったのだった。
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