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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


■この世で一番素敵な魔法■

 目の前に座っているこの女性が、最近忙しすぎて手が回らなくなった草間・武彦からこちらに回されてきたこともあり、何よりもこのアトラスの雑誌をよく読んでいるファンでもあるということで、碇麗香はいつもより機嫌をよくしていた。
 その、話を聴くまでは。

 カチャン、と麗香の持っている紅茶が力ない音を立ててテーブルに腰を落とす。
 上品な顔立ちにショートカットの黒髪には、幾分白いものも混じっている。夫を先日亡くしたばかりだというので家事手伝いばかりだけではなく急に仕事をし始めたため、過労も祟ったのだろう。
「ええ───私には少しばかり先視の超能力があります。それも、家族……身内に関してだけコントロールもなしに。あと三日後に、私は死んでしまうんです」
 もう一度、その女性───藤田・早季子(ふじた・さきこ)は言った。
「それで……あなたは死神の存在を信じてるんですか? 魔法使いとかも?」
 麗香は話の内容を確かめるように、ゆっくり尋ねる。はい、と早季子は頷く。
「私にはひとりだけ娘がいます。夫との大事な娘です。息子もいましたが、早くに行方不明になり、後に死んだと聞きましたので、本当にその娘ひとりなんです。名は、愛花(あいか)といいます」
 早季子は、どうにかして死神でも魔法使いでもどちらでもいい、呼び出して自分の願い事をかわりに叶えて欲しいのだと言う。
 麗香は思わず「そんなこと出来るわけがないでしょう」と言いそうになったが、早季子の静かでコワいほど真摯な瞳に気圧されて出来なかった。
「早季子さんの願い事というのはどんなものなの?」
 かわりに尋ねると、早季子はどこか遠い目をして、唇に笑みを浮かべた。
「娘の───愛花との約束のひとつを。ひとつだけでいいんです。私の縫った最期の浴衣を着て、……あの子は内気で友達もいませんから……ですから、誰かと夏祭りへ。近くの川の傍に神社があって、大きな夏祭りが行われるんです、ですから……」
 そこに連れて行ってやってほしい、と。
 自分がいなくなった後にも、あなたの人生には喜びも幸せもあるのだと報せたいのだ、と。
「───分かりました。どれだけ人が集まるか分からないけれど……出来る限りやってみます」
 お願いします、と早季子は報酬を置いて去って行った。いらないというのに、いつの間にか大金が入っていた。

 その三日後、藤田・早季子が死んだという情報が入った。死因は、やはり過労だったという。
 なんとはなしに早季子が置いていった金の入った包みを物悲しげに見ていた麗香は、ふと眉根に皺を寄せた。
「……? メモ……?」
 金と一緒に、いつの間にか一枚の真っ白なメモが入っていた。そこには、

『愛花の弟である隼斗とも会わせてあげたい』

 と、流麗な文字で書かれてあった。
 これが……否、こちらも早季子の遺した願い事なのだろうか?
 ともあれ麗香は、少しだけ瞼の辺りをハンカチで抑えてから、キリッとした顔つきで「願い事」に協力してくれる人間徴収に取り掛かり始めた。



■魔法使い4人の集結■

 麗香は集まった「魔法使い」の面々を見て、満足そうに、そして少し安堵したようにため息をついた。
「これであとは愛花ちゃんのところに言って、早季子さんの願い事を叶えてあげればいいわけだけれど」
 丁度、今日は早季子の言っていた神社の夏祭りの最終日。
 間に合ってよかった、と4人を見つめて思う。
「皆、準備はいいかしら? 持っていくものとか、その他」
 麗香の言葉に右から、
「はい!私は準備万端です」
 と、ファルス・ティレイラ。その隣で、
「俺も準備は出来ています」
 と、不動・修羅(ふどう・しゅら)。
「私も大丈夫です」
 更にその左隣から、初瀬・日和(はつせ・ひより)。最後に一番左から、
「俺は少し準備が足りないから、していいか? ああ、先行っててくれていいから」
 と、羽角・悠宇(はすみ・ゆう)。
 花火か何かの準備なのだろう。
 麗香は頷き、
「じゃ、愛花ちゃんは三下くんが連れてきてくれてるはずだから、呼びましょう。三下くーん、愛花ちゃん連れてきて!」
 編集部の奥のほうへ向かって声をかける、麗香。しーんとなった後、三下が青い顔をして飛んできた。
「へっ編集長! 愛花さんがいなくなりました!」
「何ですって!?」
 目を吊り上げる麗香。その後ろでは、4人もそれぞれに戸惑って顔を見合わせている。
 三下に向かって一頻り「管理不行き届き」だの「あれほど目を離しちゃだめって言ったでしょう」とガミガミ怒鳴りつけた後、麗香はため息をついた。
「探すしかないわね……」
 まず魔法使い4人のすることは、愛花探しからになるのだった。



■悠宇の魔法■

「一体どこいったんだ?」
 分担して探そうということで他の3人と分かれ、夕暮れの街をきょろきょろしながら歩く悠宇。
 葬式の三日後が、夏祭りの最終日───つまり、今日である。それまで、どの親戚に預けられるだのまだ決まっていないらしく、麗香と三下が面倒を見ていたらしいのだが、いなくなったのは初めてだという。
「まさか一人で夏祭りに行っちゃったとか……は、流石にないか」
 考えて、それはないなと思う。
 自分に置き換えてみれば、たった一人残った母親が死んですぐに、そんな賑やかな場所に行く気持ちにはなれないだろう。
「あ」
 ふと、思い当たる。麗香の情報の中に、愛花の誕生日があった、それを思い出したのだ。
「8月11日に早季子さんが亡くなって、その一週間後だから……明日か……」
 愛花の誕生日、8月18日は明日。
 14になる、そんな状況の女の子が行きそうな場所───一つしか、悠宇には思いつかなかった。



 早季子と愛花の家。
 田舎のほうにあり、質素で小さな家だったが、どこか暖かな感じがした。
 門は開け放されており、悠宇はインターホンを押した。ノブを回すが、鍵がかかっているようで入れない。いや、入ったら入ったで不法侵入なのだが……。
 そうしているうち、自分と同じ考えでここに辿り着いたのだろう、日和が来た。
「悠宇」
 小さく声をかけられ、「駄目だ、鍵閉まってる」とノブを回すのを諦めて、悠宇はため息をつく。
 すると突然ドアの向こうから、
「誰も入らないで!」
 泣いているような声が聴こえた。泣いてはいないだろうが、そんな風に聴こえた。───愛花だ。
(どうすっかな……)
 悠宇は日和の考えを知っている。日和としては夏祭りの前に仲良くなっていきたかった、そのはずなのだが……それも駄目になりそうだ。そんな時、
「……皆、同じ考えだったのか」
 修羅のその声に、彼より少し前方にいるファルスとの二人に気付いた悠宇は、手招きした。
「えと……どうかしたんですか?」
 少しばかり警戒心がありそうなファルスが、おずおずといった感じで尋ねてくる。そんな彼女と修羅とを見比べつつ、悠宇が説明する。
「俺達がここに来た時、玄関のこの電気に灯りがついてたから、やっぱ愛花ちゃんはここだと思ってインターホン鳴らしたらさ、愛花ちゃんがドアの向こうから『誰も入らないで!』ってさ……」
 その隣では、日和がなんとも言い難い哀しい表情になった。
(また何か気に病んでるな)
 悠宇が、この優しい日和をちらりと見遣る。だが彼女はすぐ気を取り直したように、ファルスと修羅とを見る。
「このままじゃ、夏祭りに行けなくなっちゃうし、でも荒っぽく連れ出したりはできないし……夏祭りに行く前に、仲良くなってみたらどうかな、って思うんです」
「あ……それ、いいかもしれません」
 あっさり同意したファルスに、日和はホッとしたようだった。警戒心は強そうだけど、根は悪いやつじゃない、そんな印象を持った悠宇の耳に、天を仰いでいた修羅の声が耳に入ってきた。
「多分今日の夏祭りは中止だろうしな。見なよ、雨雲だ」
 彼の声に見上げて見ると、確かにいつの間にか、黒い雲が夕焼け雲を取り込もうとしていた。



 ひさしの下にいても、土砂降りになった雨が吹き込んでくる。
「台風の小型版だな」
 と、悠宇が日和を後ろにかばいながら呟いた。その右半分から容赦なく豪雨が叩きつけて来る。
「夏祭り、中止になったのかな……」
 そちらも自然知らずと小声になる日和に、「大丈夫さ、きっと」と、悠宇は微笑む。
「照る照る坊主さえ飾ればな。どうせなら千個作ろうぜ、千羽鶴の応用」
 思わず笑ってしまいかけた日和だったが、幸い他の二人には聴こえていないようだった。こんな場面で笑うなど明らかに不謹慎だと思ったが、悠宇には日和の気苦労が少しでもなくなればと思った。
(こんな中、愛花ちゃんも日和も頑張ってんだ。新しい仲間二人も。俺もしっかりしなくてどうするよ)
 そんなことを思っていると、ドアが不意に開き、当の愛花がそっと顔を出した。
「……寒いでしょう。……雨、当たると風邪引くから……入ってください……」
 胸のどこかが、ズキンと痛んだ。
 なんて、哀しく優しい子なんだろう……。



 家に入ると、夕方も過ぎ、雨で暗いというのに電気をひとつもつけていなかった。
 親戚が作ってくれた仏壇、そこに座している両親並んだ遺影と、愛花はしゃがみこんで向き合っていた。
(……ずっと、ああしてたのか? あの子は)
 三下の手から逃れ、自分の家に帰り、こうして誰もいなくなったのを実感したのだろう。けれど、愛花は虚ろな瞳というだけで何も語ろうとしない。遺影をその瞳で見つめたまま、
「シャワー……使ってください」
 と、悠宇達に言った。
「日和、皆も先入ってろよ。俺ちょっと出かけてくるから」
 と言ったのは悠宇である。日和はいつものことだろうと頷いてくれ、再び玄関に向かう悠宇を見送る。
「羽角さん、傘借りていきなよ。……愛花ちゃん、いいか?」
 修羅が尋ねると、愛花はこくりと頷いた。
「サンキュ、愛花ちゃん」
 悠宇が明るく言い、玄関の扉を傘を片手に開く。雨が叩きつけて来るが、先程より心なしか弱いようだ。
 さて、悠宇は近くのコンビニに寄ろうとでもするかのように歩道を歩いていたが、そのコンビニを通り越し、幸いそれほど離れていないところにあった草間興信所に乗り込んだ。
 夏祭りが中止になったらそれはそれで困るが、今は中止になってくれて却って悠宇には助かった。
 草間・武彦に話を持ちかけると、あっさり彼は調査に協力してくれた。そう───行方不明になり、死亡扱いされている隼斗の調査に。
(もし……この世の人でなかったとしても、なにも判らないまま宙ぶらりんよりは、自分で歩いていく決心ができた方がいい気がするし……勿論、自分達にできる手助けはしたいし、な)
 それが悠宇の考え方である。
 もしこれで隼斗がこの世に「ちゃんと」存在していると分かれば、あとは───。
 その時、草間が、
「おい、これじゃないか?」
 と、パソコンの画面を悠宇に見せたのだった。

 帰りにコンビニに寄り、適当に食べ物を見繕って買う。そして家に戻ると、何故か全員が浴衣を着ていた。事情を聴くと、乾燥機で濡れた服を乾かす間、愛花の母が愛花に縫った浴衣を日和とファルスが、父親の浴衣を修羅が着ることになったらしい。
 事情を話してから思い出したように、ファルスが、
「お帰りなさい」
 と言うと、
「何やってきたんだ?」
 と、続いて修羅。
 悠宇は、コンビニの袋を掲げて見せる。
「ちょっとな。夕食も、買出しに行っちゃいないと思ったから適当に買ってきたから、味気ないけど喰おうぜ」
 走って行き帰りしたのだろう、さっきよりも悠宇の服が濡れている。
「悠宇さんも、浴衣借りて着付けてもらってきてください」
 思わずといった感じで笑う、ファルス。悠宇はそんな彼女に「だな、わり」と笑いかけ、コンビニの袋を渡すと、きっと心配しすぎているだろう日和の肩をひとつぽんと叩き、修羅と別室に入って行った。



 軽い夕食を食べ───愛花は驚くべきことに早季子の葬式以来何も食べていなかった事実が判明したのだが───早々に寝ることにした。
 日和やファルス達とは別の部屋で寝ていた悠宇だが、喉が渇いて客用の布団から起き上がった。
 台所に行くと、月明かりが丁度入る場所で、見えないことはない。
 誰も起こさないよう物音を立てずに気をつけて冷蔵庫を開け、麦茶を注いで飲む。
 そしてふと、冷蔵庫の中の「あるもの」に気付いた。
「これ……」
 食べかけの、ケーキ。何故だろう、愛花の誕生日はまだなのに。季節柄、カビもちらほらと見えている。
 ふと、その隣にあるメモのような可愛い用紙に目が行った。
『愛しい娘・愛花へ。今日お仕事が早く終わるから、少し早めだけど二人で愛花のお誕生日の前夜祭パーティーを開きましょうね。とても大きなケーキをお母さんは焼きますからね』
 日付は、2004年8月10日である。早季子が亡くなる前日だった。
 ズキリと胸にくる、淋しいケーキ。家族ひとりを、人一人の命を喪うということは、どんなに大きいことか悠宇には分かる気がした。



 カラッと晴れた青空に、魔法使い4人は満足げだった。
 昨夜そのまま寝た浴衣は皺がよっていて、乾燥機で既に自分達の服も乾いてはいたのだが、愛花が「せっかくだから浴衣、着て行こう」と子供らしいことを言ったので、4人は快く、彼女がまた新しく出してきてくれた浴衣に着替えたのだ。
「日和、愛花ちゃんと仲良くなれたか?」
 茶の間でうちわを仰ぎながら、悠宇。日和は、愛花と一緒に皆分の麦茶を注ぎながら、こくりと少し微笑んで頷く。敬遠されるかと思いきや、今朝から愛花はしきりと日和に視線を送ってくるようになっていたのだった。それだけのことで日和が喜んでいるのを見て、悠宇も自然嬉しく思えた。
「でも、私だけじゃなくて……皆とも少し打ち解けてる感じする」
 日和の言葉に、愛花は否定しない。だが瞳は確かに、昨日より虚ろではなかった。ファルスも少し嬉しそうに微笑んだ。
「近所の人に聞いてきた。夏祭り、やっぱ今夜やるってよ」
 修羅が玄関から茶の間へ歩きながら言うと、三人は一斉にわあっと嬉々と声を上げる。
「そうだ、今日は愛花ちゃんの14歳のお誕生日だよね?」
 ファルスが、自分のことのように胸を躍らせる。日和と悠宇、そして修羅も思い出していたらしく、微笑んだ。
「そうだったね、愛花ちゃん。今夜夏祭りに行く前、お誕生パーティーしようか」
 日和が言うと、愛花はびっくりしたように目を丸くしている。自分の誕生日など、すっかり忘れていたのだろう。そして、こくんと恥ずかしそうに頷いた。
 そこでファルスは「あ」と口にしていた。
「ん?」
「どうした?」
「ファルスさん?」
 修羅と悠宇、日和の視線に、ファルスは慌てて、
「なんでもない、なんでもないです」
 あはは、と作り笑いをして、「ちょっとお祭りの下見してきまーす!」と急いで家の外に出た。
「? どうしたんだ、ファルスさん」
 修羅が小首を傾げると、日和と悠宇は同時に気がついた。
「プレ───」
 ゼント、と言い掛け、愛花がいることに気付いて互いに口をつぐむ。修羅は分かったらしく、「なるほど」と、呟いた。
「悠宇と私は、麗香さんのところに行く前にもう一緒に選んで買って来てあるけど───修羅さんは?」
 小声で尋ねる、日和。修羅もどうやら、先程外に出た時買ってきたらしい。
「ファルスさん、気にしていなければいいけど……」
「大丈夫だろ、でも俺達もそれぞれ言い合って用意すればよかったな……悪いことしたな」
 日和と悠宇の間で、修羅は麦茶をすすり、愛花におかわりを頼んだ。



「お誕生日おめでとーっ!」
 ファルスが乾杯の音頭を取ると、他の三人も「おめでとう!」と一斉にジュースの入ったコップを挙げた。
 流石に、未成年でこの状況では、酒を飲める者がいたとしても避けるだろう。
 飾りつけは修羅と悠宇が、料理は昼間のうちに悠宇と買出しに行った食材で日和が、ファルスはその間、愛花と遊んだ。
 遊んだといっても、部屋を見せてもらったくらいのものだったが、実に感慨深いものだったらしい。上機嫌で日和の料理を口に入れた彼女は、
「美味しい!」
 と、叫んだ。修羅も「美味いな」と、感心している。悠宇などは自分のことのように「今日の日和の料理は絶品だな」と、頬を緩ませている。日和は鼻にかけることもせず「ありがとう」と小さく微笑み、愛花の頭を、昨日ファルスがやったように撫でてやっていた。
「そうしてると日和さんと愛花ちゃん、姉妹(きょうだい)みたいですね」
 ただファルスはそう言っただけなのだろう。だが、日和の手を一瞬止まらせるには充分な言葉だった。その彼女の言葉が、この哀しく優しい少女と仲良くなりたいと思っている日和にはどれほど有難かったことか。 今さっきとは違う感慨深げな「ありがとう」という言葉を返し、また、ファルスが戸惑った素振りを見せたので、悠宇もまた彼女に「ありがとう」と心の中で言った。たった一言で、人は人にこんなにも救われるのだ。
 悠宇はそして、ファルスと日和のどちらの気持ちも分かったので、ただ微笑んでいたが、修羅はどう思っているのか、料理を食べることが礼儀とでもいうふうに、丁寧に且つ上品に素早く食べていた。
 さて、プレゼントをという時、一斉にそれぞれのものを出した4人は、同時に笑わずにいられなかった。
「なんだ、皆考えること同じかよ」
「そうね、だって花を愛する子だもの」
「俺らって単純?」
「悩んだんだけどなー」
 修羅に日和、悠宇とファルスが出したもの、それは種こそ違えど花だったのだ。
 ファルスはフリージアを。
 修羅はグリーンネックレスを。
 日和は福寿草を。
 悠宇はトルコキキョウを。……トルコキキョウの花言葉は、「明るい希望」。
 愛花は少しだけ、微笑んで、小さく小さく、「ありがとう」と言ったのだった。
 頬が染まっているのと4種類の花とを見て、悠宇は飾りつけをした時のことを思い出していた。

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 悠宇の提案で、飾りつけは家の中でも一番大きな部屋、食堂(サンルーム)にすることに決めた。
 そこなら直接食事も運べるし、便利だと思ったからである。
 修羅には色つきチリ紙で花を作るよう頼んだのだが、中々うまくいかないらしく、「はさみの切れ味が悪い」と、はさみを取り替えに行った。
 悠宇は、日和とパーティー料理の買出しの時ついでに買った飾り付けの元のひとつ、普通の折り紙や和風折り紙でわっかや鶴などを折っていたのだが、梯子がズレてどこかに掴まろうとした途端、書棚の扉を開けてしまった。
 入っていたのは、童話や折り紙、編み物、洋裁和裁などの本。その中に、作文が挟まれていて、ちらりと見えたが「母親について」学校から書かされたもののようだった。
(はん、作文に点数つけるなんて馬鹿な教師がまだいんのか)
 作文はテストとは違う。自分の気持ちを書くものだ。文章力や表現力を試したいのなら、それ相応のテストを作ればいい。
 紙も黄ばんでおり、ちらりと見ただけなのに字は見えた───愛花が書いたものなのだろう、幼児の字。そんな小さなものまで、早季子も父親もとっておいてあったのだ。
「……今度、童話かなんか、本でも愛花ちゃんに読んでやるか」
 勢いづけて予定より数十分も早めに飾り付けを終えてしまった悠宇だった。

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 夕方を過ぎる頃、4人は浴衣を自分で着付けた愛花を連れ、神社の夏祭りへと赴いた。道中、家族連れや恋人達も浴衣や普段着や少しよそ行きの服やそれぞれを身に着けて同じ場所へ行くのを見たが、愛花は気にしていないようだった。
 愛花は、白地に大小のしゃぼん玉を飛ばした中に、小さなチューリップがあちこちに散らしてある浴衣で、帯は真っ赤である。
 ファルスは、紺地に白のぱちっとした大きな向日葵の模様の浴衣で、こちらも帯は真っ赤だった。
 日和はくすんだ濃いピンク地に団扇があり、そこに撫子が鮮やかに咲いている模様の浴衣で、帯は白いものに薄紫の二色使いのものだ。
 男性陣のほう、修羅は白地に紺の幾何学模様、普通の浴衣である。
 悠宇のほうも白地に同じ幾何学模様だったが線も入っており、それを繰り返した感じの紺の模様の浴衣だった。
 下駄もちゃんと人数分あってよかったのだが、成長期の悠宇と修羅に、愛花の父親の下駄は少しばかり大きめだったらしく、ほんの少しだけずるっという音が歩くたび聞こえ、それがなんだか可笑しくてファルスと日和は笑った。
「……楽しかった思い出は、どんな時でも必ず助けてくれるから、一緒に思い切り楽しみましょうね、愛花ちゃん」
 日和の言葉に、愛花はカランカランと下駄の音をさせながら、僅かに頷いたように見えた。
 川の傍の神社というのが、これまた想像していたより大きい。道路は渋滞しており、人も渋滞している。はぐれないように気をつけながら、4人は愛花を連れて夜店を歩いた。
 食べ物屋台では、たこ焼きやイカ焼き、もろこし焼きにチョコバナナ、フランクフルトにわたあめ、リンゴ飴。
 そのほかは、金魚すくいやヨーヨー釣り、射撃にオバケ屋敷。
 食べ物屋台は主に悠宇が選んだのだが、おかげで愛花が一度おなかが痛くなったと言い、据えてあったベンチに横になってついでに涼んだ。
「もう、悠宇と違って女の子なんだから、胃が小さいのよ?」
 日和に宥められたが、悠宇は「分かった、悪かったよ。しっかし、同じもん喰っても何で俺はまだ序の口なんだ?」と真面目に疑問を持ったのに、思わずといった感じで日和とファリスに笑われ、狐につままれたような感じを覚える悠宇である。
 金魚すくいは日和の手さばきのよさに愛花も感心していて、でも「うちで買っちゃ可哀想だから、金魚って育てるの大変って聴いてるから、私はこれから忙しくなるから多分駄目です」との愛花の言葉に日和は気分を害した風もなく、そっと微笑んで、
「大丈夫、私がちゃんと責任持って育てるから。そのうちこの金魚たちに子供が生まれたら、愛花ちゃんを呼ぶわね」
 と、言うと愛花はまた微笑んだ。
「まだ哀しそうな微笑みだな」
 修羅がぽつりと愛花に聴こえぬよう口にしたのが、悠宇には聴こえた。「うん。でもきっと本物の笑顔がくる」何故か、彼はそう確信を持って答えた。
 射撃では、修羅が大活躍し、見事、愛花が気遣いながらも「あれが欲しい」と言っていた真っ白なテディベアをゲットした。
「お前、射撃うまいなあ」
 悠宇が感心したように言うと、
「まあ……な」
 と、謙遜した言い方でもなく自分でも不思議そうに、修羅は答えたものだ。
「愛花ちゃん、よかったね」
 ファルスが頭を撫でると、
「はい、この子の名前は決まってます、幸運のテディーベアさんだから」
 と、また哀しい微笑みを見せながら、愛花。
「なんて名前なの?」
 日和が微笑みながら尋ねたが、次の愛花の言葉に絶句せずにいられなかった。
「隼斗。ちっちゃいのに誘拐されて、死んじゃったって言われてる可哀想なわたしの弟の名前なんです」
 急に祭りの音や人声が遠のいたように、4人は感じた。
 そんな中、愛花は淋しそうな笑顔でテディーベアの頭を撫でる。
「でも、テディーベアになったから、隼斗にももう幸運はくるんです」
「……そう、ね」
 日和は涙ぐんだ声で言ったが、ファルスにはその彼女の肩に悠宇が慰めるように手をかけたのも視界に入らないほど、また胸が痛んでいた。
 修羅もまた、黙っていた。
 オバケ屋敷では、日和と愛花がコワがり続け、ファルスもコワがりながらも逆にオバケ達を驚かそうとしたりして、結局三人はそのおかげで笑いながら出てきた。先に出てきていた悠宇と修羅は、呆気に取られていたが、気にしない。
 祭りも最後に近づいたが、残念な報せを一同は耳にした。
 用意していた打ち上げ花火が、昨日の土砂降りで湿気てしまって駄目になったのだという。
「花火のない夏祭りは牛肉のない牛丼と同じだぜ」
 と毒づいた悠宇だったが、ファルスが、誕生日プレゼントを買った時ついでに買ってきたのだろう、花火を取り出し、にっこり笑った。
「一緒に花火、しましょ」
 4人はそれぞれ花火を持ち、花火と共にぬかりなくファルスが買ってきていた蝋燭とマッチと花火を入れる小さなバケツの中に川の水を汲み、ひと時花火を楽しんだ。小さめの打ち上げ花火を4人それぞれファルスが渡してそれぞれが順番に打ち上げた後、ファルスは、
「いっくよー」
 と、なにやら身構えた。
「ん?」
「お、何だ何だ?」
「分からないけど、ファルスさん頑張れっ」
 修羅と悠宇、日和の応援(?)のもと、ファルスは得意の火の魔法を使用した、その魔法を空に向かって放ち爆発させて飛び散る火花を、風の魔法で花火のように四散させるような形で大きな花火に似せたものを愛花に見せた。
「すごい」
 との悠宇の言葉に、目を細め微笑みながら、
「本物の魔法だね」
 と、日和。
 だが、ファルスの計画していた愛花へ贈るものは、これからすることが本番のようだった。
「少し愛花ちゃん借りていいでしょうか」
 尋ねられたので、悠宇は他二人と共にきょとんとしたが、何かきっと考えがあるのだろうと思い、これまた他二人と同じく頷いた。
 すると、ファルスの姿が見る間に、人の姿に翼と角の生えたものになった。
 愛花だけでなく、悠宇は勿論他二人も目を丸くしている。
「愛花ちゃん、コワくなかったら……もしコワくなかったら、一緒に夜の散歩しよ?」
 そうファルスがおずおずと言うと、愛花は少しだけ間を置き、こくんと頷いた。そして愛花の手を取り、ファルスは空へと舞い上がった。
「あ……」
 日和が空の遠くへと行く二人を心配そうに見たが、悠宇が「大丈夫さ」と微笑むと、頷いた。
 ファルスも自分にできることを精一杯考えたんだな、と、先程の花火といい、そう思う。しかし夜の散歩なんて乙なこと考えたなあと悠宇は感嘆する。空を飛ぶのは子供が一度は誰もが持つ夢なのだろうから。
 二人が降りてくると、待っていましたという風に悠宇は日和と修羅と共に、二人の元へ駆けていく。
「どうだった?」
「そりゃ夜の、しかも空の特等席だろ、一生に一度あるかないかだろうな」
「愛花ちゃん、お散歩どうだった?」
 修羅と悠宇、日和がそれぞれ尋ねると、愛花は、さっきよりは楽しそうに、こくんと高揚して赤くなった顔に笑みを浮かべてみせた。
 悠宇が、そんな愛花の肩にぽん、と手を乗せて言う。
「なぁ、愛花ちゃん。花火も、今夜のお祭りも、一夜限りのものかもしれないけれど、誰かと一緒に祭りを楽しんだ、花火を見た、っていう思い出は決して消えないって思うんだよ、俺。何かあったらいつでも力になるからさ、連絡くれよな」
 うん、と小さく返事が返ってきたようで、悠宇ならず4人ともが名残惜しい気持ちだった。
「お」
 悠宇が声を上げたのは、その時である。実は飾り付けの間、修羅がまだ戻ってこないときに、携帯に草間から連絡が入っていたのだった。そう───悠宇だけしか今は知らない、数分後には全員に分かる事実の連絡が。
「そろそろ待ち合わせの時間だな」
 腕時計を見て、彼はワクワクしながら言う。こういう人の驚かせ方は大好きだ。
「何の?」
 日和にも報せていない彼女にも喜んで欲しかったからだ。その時、修羅ががくんと膝をつき、彼の中から半透明のタキシードにシルクハット姿の美しい青年が出てきた。出てきたと同時に、みるみるうちに半透明から普通の人間のものへと変わっていく。日和が悲鳴を上げかけた時、悠宇が前に出た。
「誰だ」
 日和を後ろにかばいつつ、悠宇。ファルスも急いで愛花を後ろにかばう。
 だが、青年は無表情のまま上品に会釈をした。
「私は高級な死神です。こちらのお方が藤田早季子さまの降霊をなさろうとしていたので、今まで代わりにバレないようにしつつ、私が『入って』いました」
「それで……早季子さんの霊を降ろしたにしちゃおかしいと思ってた……返事もないし、射撃はうまいし……しかし、何故隼斗くんの霊を降ろそうとした途端に出てきた?」
 修羅の問いに、そこで初めて、「死神」と称する青年は微笑む。
「早季子さんの魂は我々死神が保護する大切なもの。そして、彼女の願い事もまた神聖且つ『ほんもの』でなければならない。ですから、降霊を赦すことは我々はできませんでした。お許しを」
 そういう事情なら仕方がないだろうな、と呟く修羅だったが、遠くから「おねえちゃん!」と駆けてくる12歳ほどの少年の声に一同は振り向いた。悠宇が「時間ピッタリだ」と、パチンと指を鳴らす。
「まさか」
 ファルスが驚き、「悠宇……」と、分かったように日和。修羅も分かったようだった。
「道理で……霊が降りてこないわけだ」
 そう、悠宇だけが、隼斗が「実は生きていた」ことを知っていたのだ。
 少年は一同の元辿り着き、息を弾ませながら愛花を見つけ、ゆっくり歩み寄っていく。
「愛花……さん? お姉ちゃん……だよね? ぼく……隼斗。隼斗……覚えて、くれてた……?」
 ぽとり、愛花の手からリンゴ飴やヨーヨー、テディーベアのぬいぐるみが落ちる。
「はや……と……? でも、行方不明って……死んだって……」
「うんまあ、一応調べといて損はないと思ってさ。ほら昨日のコンビニの買出しのついでに興信所借りて調べたんだよ」
 悠宇が言うと、道理でコンビニだけでは時間がかかっていると思った、という風な視線を皆から受けて、思わず内心ニヤッと意地の悪い笑みを浮かべてしまう彼だった。
「行方不明は巧妙な手口の誘拐犯。でも誘拐したのが、赤ん坊を亡くしたばかりで少し動転してた若い女の人。事実、誘拐された時隼斗はまだ1歳にもなってなかった。大丈夫、大事に育てられてたみたいで、事情を麗香さんに話してもらったら、こうして夏祭りの場に『返して』くれるって泣きながら頷いてたってさ」
 その時だった。
 愛花が、泣いた。
 初めて、声を上げて泣いた。
 母親が死んでも、葬式でも、その後もずっと泣かなかった彼女が、泣いている。
「抱きしめてやれよ。血の繋がった姉ちゃんが泣いてるぜ」
 修羅が言うと、戸惑っていた隼斗は、そっと愛花を抱きしめた。そしてまた、彼も泣いた。
「……このテディーベアには、新しい名前を考えてあげないといけませんね」
 落ちた白いテディーベアを拾いながら、微笑して日和が言う。
「さて……私も見届けましたから役目は終わりです。皆様、お元気で。御機嫌よう」
 死神の美青年はそう言うと丁寧に会釈し、悠宇は「ああ、いつでも元気でいるよ!」と笑い、とファルスは晴れやかな気持ちで手を振り見送る。
 夏祭りの騒がしい音が、何故かとても優しく、聴こえた。



 あの後、愛花は隼斗と共に帰り、何日か経ってようやく決まった引き取り先に行くことになった。
 悠宇やファルス、修羅と同じく引越しの手伝いをしながら、悠宇は思う。
 あの時、自分は確かに魔法を見たのだ。
 それは、この世にしかない魔法。
 愛に気付くという気持ち───誰が死んでも誰もが独りではないと嬉し泣きするほどの気持ち。
 人の心こそが、魔法だったのだ。
 そしてその魔法を気付かせるきっかけを作った4人のひとりである悠宇は、自分がそんな大仕事をしたなどとは微塵も気付かず、晴れやかな気持ちで荷物を持ち上げるのだった。



 ───わたしのかわいいこどもたち
       のぞめば、
          ひとはどこにいても、どんな世をへだてても、いつでもいっしょなのよ───




《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3733/ファルス・ティレイラ (ふぁるす・てぃれいら)/女性/15歳/フリーター(なんでも屋)
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
2592/不動・修羅 (ふどう・しゅら)/男性/17歳/神聖都学園高等部2年生 降霊師






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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、少しだけ自分の経験を元に思いついたものをサンプルとしてあげてみました。とても思いいれのあるものになりそうでしたので、無事に書き上げられてとても嬉しいです。
因みに今回は一部個別&全体的に少しずつ視点を変えるということをしてみましたので、他の参加者様のもご覧になられると楽しいかもしれません。しかし、わたしのノベルの中では一番長い作品となりました。読み辛かったりしましたらすみません; 色々な意味で、「初体験」なノベルになりました。

■ファルス・ティレイラ様:初のご参加、有難うございますv 初めてのキャラでしたので、喋り方とかどう表現しようかかなり悩みました。もしご期待と違っていましたら、すみません; 夜の散歩の時、愛花が口にした言葉は、何を隠そう、わたし自身が初めて家族でディズニーランドに連れられてピーターパンの乗り物か何かに乗ったとき言った恥ずかしいとも言える台詞だったりします(笑)。
■初瀬・日和様:連続のご参加、有難うございますv 浴衣の着付けの場面はどうしようかと悩んだのですが、やはりこの場合なら日和さんの性格であれば、こうするかなと思ったので、このようになりました。お気に召されませんでしたら、すみません; 確かに、女の子の胃は小さいですよね……(笑)。
■羽角・悠宇様:連続のご参加、有難うございますv 少しばかり、こちらのほうで予定していた(というより頭で考えていた)日和さんとのエピソードが書けませんでしたが、書かないほうが、より早季子が娘の愛花に対する想いが強調されるしいいかなとも思ったのですが、如何でしたでしょうか。でも、実際「隼斗」のことを調査して頂けたのは本当に助かりました。ひとりもいらっしゃらなかったらどういうラストに変更しようか悩んでいたものですから(笑)。
■不動・修羅様:初のご参加、有難うございますv 初めてのキャラですので、色々と悩み、考えつつ書かせて頂きましたが、ご期待に背いておりましたら、すみません; 「願い事をかなえてあげる」プレイングを書かれておりませんでしたので、「死神」が代理となり、このような出来上がりになりましたが、如何でしたでしょうか?

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。愛花と隼斗、という名前は、実は、今年の1月頃に、父が、わたしにもし子供ができたらなんて名前をつける?と聴いてみたところ、真剣にそう答えが返ってきた名前をそのまま使いました。天国の父にも、この作品が届くことを祈りつつ……。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆