コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


甦る紅「東京夜街」

●夜街に還りしモノ
 東京‥‥夜闇の中にのみ、その姿を垣間見る事の出来る裏社会。
 “夜街”
 悪徳と闇の秩序‥‥そして暴力が支配するこの夜街は、10年ほど前の抗争を最後に、安定した平穏な時を過ごしていた。
 夜街を支配をするのは、長い歴史をもつ最大組織、任侠道に生き仁義を守る、古い気質のヤクザ達で構成された『神代組』。
 しかし‥‥その平穏を突き崩す者達が現れる。
 任侠道も仁義も捨てた、いわゆる暴力団としての成長を続けてきた『極道会』。
 夜街を支配し日本の裏社会を牛耳るという野望を果たすため、綿密な準備の上に彼らはついに立ち上がったのだ。
 米軍横流しの大量の銃器の確保に成功した極道会が、夜街‥‥夜の東京で一斉に抗争の火蓋を切った。
 神代組の事務所、幹部宅などに対する銃撃。これにより神代組の幹部含む構成員に多数の死者が出る。
 この先制攻撃を受け、神代組の支配の構図は、大きく傾ぎ始めていた‥‥

「極道会め‥‥ここまで築き上げた夜街の平穏を、一夜で崩すつもりか」
 黒塗りリムジンがネオン瞬く夜の街路を走る。その後部座席、恰幅の良い体に着物姿の白髪の老人が、不満げに言葉を漏らしていた。
 神代組組長‥‥神代元徳。戦後の混乱期に神代組を引き継ぎ、その歴史を汚す事無く今に至るまで夜街を支配し続けた男だ。
 彼はこれから、神代組傘下の組の組長を全て集めた議事の場へと赴き、この変事をおさめるべく指揮を執る‥‥
 この程度の事件ならば、彼の下に集まった神代組一門の力で組み伏せることが出来る。彼はそう信じていたし、事実でもあった‥‥が、状況はここに来て急変する。
 走行中のリムジンが激しく揺れた。
 直後、前輪を炎に包んでスピンしたリムジンは、歩道に乗り上げて雑居ビルの壁に突っ込んでその動きを止める‥‥
「ぐ‥‥何だ‥‥‥‥どうした‥‥」
 車内で身体をあちこちにぶつけた神代は、苦痛の声を漏らしながら車内を見回す。
 ‥‥フロントの窓がひび割れて白く濁っていた。そして、穿たれた小さな穴が、運転席と助手席の前に一つずつ。その穴の下、護衛と運転手は身体から血を流して死んでいた。
「襲撃‥‥ガンマンか?」
 逃げなければと‥‥神代は、横のドアに手を伸ばす。しかしその時、ドアの前に一人の男が立った。
 コートを着、サングラスに顔を隠し、手に一丁の拳銃を持った男‥‥
 神代は、その拳銃を知っていた。
「‥‥紅。馬鹿な‥‥帰ってきて」
 伝説がそこにあった。夜街の者ならば、誰一人として知らぬ者の居ない伝説が。
「く‥‥この戦、貴様が呼んだか紅!」
 神代が叫ぶ。だが、その問いに答えることなく、紅は銃を向ける。神代の眉間へと。
「あんたに恨みはないが‥‥これも浮き世の義理だ。悪く思うなよ」
 草間の呟き。銃声。そのあっけなく軽い音の後に、車内は血煙に曇る。
 紅は表情を変えることなくそれを見届け‥‥背を向けた。と、その時。
「暁の朱、炎の赤、血の紅‥‥」
 街路‥‥いつからか、紅から少し離れたそこにコート姿の男が、白木の鞘の長ドスを片手に立っていた。彼は薄笑いと共に呟く。
「聞いた事がある。夜街に生きる奴らのお伽噺だ」
「そうか、だが俺も似たような話を聞いたことがあるぜ‥‥」
 紅は、男に向き合って小さく笑う。
「鬼鮫‥‥夜街の血の臭いを嗅ぎ付けたか?」

●桜塚金蝉の見た話
 ラジオから掠れた演歌の流れる狭い店内。炭火を前に、じっと押し黙ったまま焼き鳥を焼く親父。
 紅と鬼鮫は店の奥で、一つしかない小上がりを占拠していた。
 二人の間には、焼き鳥の載った皿と、猪口と徳利が何本か。小上がりの天井に置かれた古いテレビは、野球中継を映しだしている。
「おい、その臭ぇもんに火を付けやがったら、この場でお前の首が落ちるぞ」
 灰皿に手を伸ばしながら、片手で器用にタバコの箱から一本取り出した紅に、鬼鮫は苦々しい表情で言った。
「へぇ、最近はヤクザも嫌煙権を振り回すのか?」
 言いながら、くわえた煙草に躊躇無く火をつける紅‥‥と、空気が動いた。
 そして紅は、吸おうとした煙が吸えないことに気付く。火のついた部分は、消えていた。
 鬼鮫は、静かに白木の鞘に長ドスをしまう。
「居合い‥‥か」
 くわえた煙草を灰皿に投げ捨て、紅が聞く。
 狭い小上がりの中で、他の何も傷つけずに煙草の火のみを消す‥‥しかも、抜く手を見せることはなかった。
「油断したな。今なら、首を切られてもわからなかった」
「ここは馴染みの店でな。血塗れにして、出入りを止められたかぁねぇ」
 鬼鮫は薄く笑いながら言い、自分の猪口を手に取ると中身をあおった。
 紅も、猪口を手にとって言う。
「タバコのみには厳しい御時世だなまったく」
 言い終えるや中身を干す紅‥‥それから、紅は鬼鮫に聞いた。
「で‥‥何の用だ?」
「用? 用なんざ無いね。ただ、伝説って奴を見てみたかっただけさ」
 鬼鮫は、徳利から自分の猪口に酒を注ぎ、それから紅の猪口にも酒を注ぐ。
「伝説の紅‥‥殺し合って面白いかどうか確かめるためにもなぁ」
 サングラス越しに見えた鬼鮫の目‥‥そこには、血への渇望と言う名の狂気が渦巻いていた。

 ‥‥緊迫した空気の流れる小上がり。
 しかし、店の親父は全く気にもせずに焼き鳥を焼いていた。
 そして、できあがった焼き鳥を皿に載せ、カウンターに座った客に「どうぞ」の一言もなく差し出す。
 桜塚・金蝉は、それを黙って受け取った。
 桜塚は偶然、この場に相席していた。していたのだが‥‥紅、つまりは桜塚の知る草間が、何やら剣呑な話をしているのには気付いていたが、桜塚は止める気もなければ関わる気もなかったので放置していた。
 草間の方も、誰かを関わらせるつもりはないため、桜塚を見る事はない。ひょっとすると、本気で顔を忘れてるのかもしれないが。
「で‥‥どうするんだ? 血塗れにして、店を追い出されてみるか?」
「はっはっは、違いねぇ。ここじゃ、手は出せねぇな」
 小上がりで草間の声。すぐに鬼鮫の笑い声が響いた。何にせよ、ここで血の雨が降る事はないらしい。
 巻き込まれたくないと思っていた桜塚にしてみれば、これは非常に幸いだった。少なくとも、安酒と焼き鳥を楽しむことは出来るのだから。
 結局、鬼鮫と草間の話は、昨今の夜街情勢に移り、血は見ないままに終わった。
 故に、桜塚は全く巻き込まれる事無く、そのまま店を出ていく。桜塚は、後に起こる事件とは無関係で終わった‥‥

●南国の島で
 南国の島‥‥そこに位置する米軍基地の司令であり、武器の密売人であるアンダーソン基地司令。
 基地の地下室‥‥いや拷問部屋と言って良い、基地司令の趣味の部屋に引き出されたレミントン・ジェルニールの前に立ち、基地司令は話を続けていた。
「私は、あくまでも商人でしかない。極道会は商売の取引の相手であり、仲間ではない。この事はわかってもらえていると思う」
 彼の前、折り畳みのパイプ椅子に座るレミントン。彼女は、拷問前に奪われた衣服を返してもらい、それを身につけていた。
 米軍士官の制服。それを着て、査察と称して基地に侵入しようとしたのだが‥‥実際にはそんな命令が出ていないことが確認され、行動を起こす前にレミントンは捕まった。
「故に‥‥極道会に協力する必要はない。しかし、私の商売の邪魔をした者達は許す事が出来ない。彼らには、後悔をして貰わなければな」
 その‥‥基地司令の言う、商売の邪魔とやらの為、捨て石に使われたのがレミントンだった。
 同じ様な事を、レミントンを雇った何者かは幾つも仕掛けたらしい。それに従って行動し、痛い目にあった者がレミントンの他にも出たという話だ。
「そこで、君を正式に雇おうと思う。仕事の内容は、現在、極道会と敵対しており、私の商売にいらぬ邪魔をした神代組に、容赦のない一撃を加える事だ。この依頼は君自身にも有利に働くと思うがね?」
 基地司令は、レミントンを探るような目で見る。
 言われるまでもなく、レミントンは自分を裏切った依頼主に制裁を行うつもりで居た。
 傭兵は、裏切った雇い主を許すことはない。報復出来る出来ないに関わらず‥‥だ。
 基地司令は、裏の世界に力を及ぼせる。依頼主に復讐するには何かと都合が良い。
「‥‥わかった。受けよう」
 頷くレミントンに、基地司令は満足げな笑みを浮かべて手を差し出した。銃を握る右ではなく、左の手を。
「感謝する。さあ、改めて手を握ろうじゃないか。我々の新しい関係を祝してね」

●ターゲット
 神代元徳が死んでから、既に一週間が過ぎている。しかし、その一週間、夜街で神代組の人間が死なない日はなかったと言われるほど、多くの血が流された。
 それに伴い、事情も変わってきているし、多くの新たな問題も発生している。
 今の夜街でもっとも重要とされている問題。それは、神代組の跡目問題だった。

 ガタゴトと、電車が頭上を駆け抜けていく音が響く。
 線路下に置かれたラーメン屋台。横並びの丸椅子に座って、紅と極道会の村井金雄はラーメンと冷や酒を腹に入れながら“仕事”の話をしていた。
「神代組も一枚岩じゃありやせん。本来なら、幹部連中の中から力のある奴が組を継ぐんでしょうが‥‥今はゴタゴタとやってる場合じゃないんでさ」
「なるほど、だから血縁か‥‥」
 チャーシューをつまみに冷や酒を舐めて、紅は呟く。
 有力だった幹部が極道会の襲撃で死んでしまい、残った連中は実力伯仲、ドングリの背比べ。誰が後を継いでも問題になるといった状況に陥ったのだろう。
 諍い‥‥そして内部抗争。そんな問題を抱えたまま、極道会との戦争が出来るはずもない。
 だから、実力は無くとも、上に置いて誰もが納得できる者を‥‥
「先代の血を引くもんが上に立てば、形だけはおさまるって事でしょうがね」
 言ってから村井は、ドンブリを持ち上げスープを一口啜る。
 含みを持った嘲笑を口端に浮かべた紅は、村井がその動作を終えるのを待って聞いた。
「しかし、血縁も大方掃除したんだろう?」
 村井はニヤリと笑った。
「後一人‥‥でさ」
 極道会の攻撃は、組の中にいた神代の血族にも及んだ。その結果がどうなったのかは、村井の言葉が示す通りなのだろう。
「次の組長候補ってのは、妾の子でしてね。その子が生まれて神代元徳は、妾に暇を出した。その子を堅気として育てたかったんでしょうなぁ‥‥その結果として、極道会の襲撃リストには上らなかった訳ですが」
 言いながら村井は背広のポケットを探り、一枚の写真を引っぱり出す。
 それを見て、紅の眉が僅かに動いた。
「で‥‥しばらく経って母親は病没。子供はその後、ある宗教関連の施設に預けられて成長‥‥今に至ると」
 写真には、修道服に身を包んだ若い娘が写っている。そして、その胸には小さな十字架が下がっていた。
 清楚かつ柔和な表情‥‥この写真が望遠レンズによる盗撮だと考えると、この表情は意識してのものではないだろう。
 紅は、笑うような響きで呟く。
「シスター‥‥か。罰当たりだな」

●標的
 与えられた標的のことを、レミントン・ジェルニールは独自に情報屋を雇って調べて貰っていた。
 場所は、線路をまたぐ陸橋の上。
 通る人はほとんどいない。話し声は電車の音が消してくれる。
「堅気か‥‥」
 手すりに背を預けるレミントンの前、電車の写真を撮るのに夢中と言った感じの若い男が言葉を返す。
「確かな情報ですがね。でも、血筋だ。狙う理由としては立つ」
 情報屋に太鼓判を押され、レミントンは不快げに呟く。
「そうか‥‥助かった」
 そしてレミントンは背を向けて歩き出す。
 神代組と違って、アンダーソン基地司令も、極道会も、レミントン裏切っては居ない。
 雇い主の裏切りを許さないのと同様に、雇い主への裏切りも許されない。契約が有効な内は、仕事を選り好みできる筈もないのだ。
 堅気の女子供だろうと、かつての仲間だろうと、殺せと言われれば殺さなければならない。
 傭兵である自分の業を噛み締めながら、レミントンはそのまま歩み去っていった。

●依頼
「こんな事は、本来ならば堅気の衆に頼めはしねえんですが‥‥東京を守ると思って力を貸していただきたい!」
 応接セットに座った黒スーツ姿の如何にも筋者といった男が、深々と頭を下げる。それを、草間・零は困惑気味に聞いていた。
「でも、ここはそういった依頼を受けてはいませんし‥‥その‥‥用心棒だなんて」
 神代組から来たその男、太田安治は、来た理由を用心棒を求めての事と言った。無論、普通ならば、こんな依頼を受ける事はない。
 しかし、太田の次の言葉が零の心を揺らした。
「紅‥‥その名に心当たりがあるんじゃねぇですか?」
 零は、その名に黙り込む。
 太田は黙る零の反応を見‥‥ややあって小さく溜め息をつくと、一枚、名詞を置いた。
 連絡先の電話番号と神代組の名、太田の名が書かれた名刺。
「連絡は‥‥そこに。では、あっしはこの辺で失礼いたしやす」
 立ち上がり、丁寧な礼をして去る太田。見送ることもなく思いに沈む零は、しばらくの沈黙の後に応接机の上の名刺を手に取った。
「兄さん‥‥」
 更なる沈黙‥‥そして零は、同室して依頼の話を聞いていた皆に言った。
「私は‥‥会いに‥‥でも‥‥本当はこんな‥‥」
 口ごもり、何度も言うのを躊躇し‥‥そして、聞き取りがたい程の小さな声で言う。
「皆さん、お願いします。私は‥‥行けません。兄さんに会うのが‥‥怖いんです」
 会いたい。でも、兄‥‥草間武彦‥‥紅は、零を拒絶するだろう。零は‥‥それが怖くてたまらなかった。

●囚われのシスター
 夜街の一角、高層ホテルの一室。
 シスターである神代マリアは、神代組の者達によって軟禁されていた。
「お願いしやす!!」
 太田をはじめとして、神代組の幹部一同が土下座し、絨毯に頭をすりつけるようにして頼み込む。これは、事有る毎に繰り返されていた。
 絨毯に跪き、神代マリアは困り果てた様子で、何度も繰り返した言葉を口にする。
「組長だなんて‥‥出来るわけが無いじゃありませんか。神に仕える身の私が、人を傷つける人達の手助けだなんて‥‥」
 シスターとして生きてきたのに、いきなりヤクザになってくれと言われても困る。それは当然の反応だったろう。
「お願いします。私を帰して下さい」
「そ‥‥それだけは、できやせん。今、極道会の外道共が、組長を狙ってるんでさ」
 太田は、神代マリアの願いに慌てて言う。
 極道会の事だ‥‥今更、神代マリアは神代組と無関係だと言っても、念のためにと殺害を謀るだろう。
「今、用心棒を頼んでます。せめて、彼らが来るまでお待ちを‥‥そうしたら、このホテルを出る事もできやすんで‥‥」
「‥‥‥‥」
 神代マリアは、眉根を寄せて天を仰ぎ、胸の十字架を手に祈りを捧げた。
 これから、どうしたら良いのか‥‥その答は、祈っても与えられないだろう事は、ここに連れてこられてからずっと祈っても答が未だ得られていない事からも確かだった。

●碇麗香の話
「ま‥‥良いけどね。捕まって吊し上げられた時とかに情報ソースを吐いたら殺すわよ。死ぬ時は一人で死になさいね」
 都内の喫茶店。夜街の情報を求めた綾和泉・匡乃に、碇麗香はそう前置きして話を始めた。
「今、長い間、夜街を平和に納めてきた神代組が、極道会の前に滅びようとしてるわ。神代組も色々やってたみたいだけど、極道会の急成長の前には追いつかなかったみたいね」
「色々‥‥神代組には、こっちもやられましたよ。無駄足を踏まされたものです」
 綾和泉は苦笑して言葉を挟む。
 結局、何日か前の南の島行きの依頼は、神代組の妨害工作の一環だった。
 結局、その策略は失敗に終わったわけで‥‥その結果、神代組は滅びる直前まで追いつめられている。もっとも、その事を綾和泉は自業自得だとしか思わなかったが。
「話に聞く限りは、同情は出来ないわね。貴方にも、神代組にも」
「厳しいですね」
「そう言うものでしょ? ドジ踏んだのはどっちも一緒。話を続けるわ」
 素っ気なく言って、麗香は話を続ける。
「夜街の秩序は完全に崩れようとしている。そしてこの機に、幾つもの組織が夜街を手に入れようと蜂起の準備を‥‥あるいは既に」
「夜街を‥‥何の意味があって」
 聞く綾和泉に、麗香は冷たく笑んで見せた。
「夜街は日本の裏社会の中枢よ。そこを支配すれば、日本を裏から支配できる。犯罪を司る者としてね」
「‥‥‥‥そんな話は」
 聞いたことがない。言おうとした綾和泉に先んじて、麗香は言う。
「オカルト関係じゃないもの。政財界絡みでも、企業関係でも、テロ関連でもない。純粋な犯罪世界の話。そんな所の話、知ってる人の方が少ないわよ」
「言う割には、ご存じのようで」
 麗香が妙に詳しいことを不思議に思い、綾和泉は混ぜ返すように聞いてみる。麗香は‥‥少し笑みを自嘲気味に歪めた。
「昔‥‥夜街に報道の光を当てるんだって粋がった小娘が居たのよ。色々あって懲りちゃったけどね。草間と初めて会った頃の話‥‥」
 少し懐かしげな響きが声に混じる。しかし、麗香はすぐに口調を元に戻した。
「で、他に何か聞きたいことは?」
「え‥‥ええ、では今、極道会と神代組を除いて、夜街で一番力があるのは何処の組織です? 出来れば、あまり悪辣なところではなく」
 深く追求しても話を聞かせてはもらえそうにもなかったので、綾和泉は話を切り替えて聞いた。それに麗香は、少し考え込むような仕草をしながら答える。
「今‥‥聖母マリアと機関銃教会かしら。元々、夜街の組織じゃないんだけど、騒乱を嗅ぎ付けて夜街に入ったわ。でも、どうして?」
「夜街の組織から狙われてそうで。色々と、力を使ってきましたから」
 神代組はまあ、綾和泉の力を知っているかもしれない。歴史のある組だ‥‥オカルト業界の事にも通じているだろう。
 一方、極道会周辺の組織とからんだ事はあるが、そのものとぶつかった事はない。故に極道会に知られている可能性はないだろう。
 まあ、手を貸す気にはなれないわけだが。
「だからいっそ、どこかの勢力と協力しあおううかと思いましてね」
 綾和泉がそう言うと、麗香は皮肉げに微笑みを返した。
「‥‥そう。ならうってつけね。聖母マリアと機関銃教会のマシンガン・マザーは悪い人じゃないわ。最悪な善人だけど」

●流血を呼んだ者
 鬼鮫が馴染みの焼鳥屋の暖簾をくぐると、店の親父はいつも通りの不機嫌そうな顔で「いらっしゃい」と無愛想に言った。
 いつもならそこまでなのだが、今日の親父はそのまま言葉を続ける。
「客が来てるよ旦那」
「へぇ‥‥何処の命知らずだ?」
 名を上げようと命を狙ってチンピラでも来たのかと、そんな期待を胸に問い返す鬼鮫に、親父は店の奥の小上がりを顎で指し示した。
 小上がり‥‥そこに、シュライン・エマはいた。親父の台詞から、店に入ってきた男が鬼鮫と呼ばれる一匹狼のヤクザだと悟った彼女は、小上がりの上で一礼する。
 見ず知らずの女‥‥珍しい訪問者の出現に鬼鮫は少し眉をひそめた。
「親父。冷やと枝豆。あと、適当に何本か焼いてくれ」
 言って鬼鮫は、親父の返事を待たずに数歩あるき、小上がりに入り込む。そして、どっかと腰を下ろして、開口一番、シュラインに聞いた。
「さて、お嬢さん。俺に用ってなぁ何だい?」
「え‥‥と、私はシュライン・エマと申します。鬼鮫さんには、一つ助力を請いに参りました」
 噂からだと、話も聞かずにバッサリというのも有り得そうだったので、シュラインは緊張しながらも丁寧に頭を下げる。
「へぇ、助力ねぇ」
 興味なさげに鬼鮫は返した。
「代償は何を積んでくれるんだ? 金で動く気はねぇぜ? お嬢ちゃんがと言われりゃあ、ちょっとは心も動くが‥‥」
 あくまでも軽口である。実際にその身体を供されても、鬼鮫は乗り気にはならなかったろう。鬼鮫の心を動かす物はただ一つでしかないのだから。
 ただ、身売りの話をされただけで怒ったり怖じ気づいたりするようなら、この話を断る口実が出来る。夜街に、その程度の女はいらない。
 シュラインは顔を上げると、怖じける事無く鬼鮫に淡々と言葉を投げ掛けた。
「‥‥こう言っては失礼かと思いますが、鬼鮫さんは、血を見るのが好きな方だと聞きました。存分に血を浴びる事が出来る場所へご案内する‥‥それでどうでしょう?」
 その申し出に、鬼鮫は片頬を笑みに歪める。
「‥‥そりゃ、悪くない話だ。言ってみな。俺に何をやらせたい」
 殺しのネタ振りをしに来るとは‥‥この女は、俺のことを良くわかっている。鬼鮫はそんな事を考えて心中で笑った。
 後は‥‥敵が誰になるのか。弱い相手を殺しても面白くはない。派手に抵抗してくれる相手が望ましい。
 そんな期待に心を躍らせる鬼鮫。
 と‥‥テーブルの上に、焼き鳥が10本ばかり入った皿と枝豆の皿、そしてコップ二つと一升瓶が無造作に置かれた。
 テーブルの脇にいつの間にか来ていた店の親父は、殺しの話をしているのを聞いていた筈だのに何も言わず、またもとの炭火の前に戻っていく。
「‥‥良い店だろ」
「あ、え‥‥ええ‥‥」
 親父の出現に気を取られていたシュラインにかけられる鬼鮫の声。鬼鮫は薄く笑いながら、一升瓶を手に取って二つのコップにその中身をつぎ、片方のコップをシュラインの前に置いた。
「続きは、飲みながら、食いながらで良いぜ。心躍る話を急いて聞くのも無粋ってもんだ」
「ありがとうございます‥‥」
 礼は言ったが、さすがに遠慮と言う物があるので、シュラインはまずは鬼鮫に会いに来た経緯から話を始めた。
 草間興信所に持ち込まれた依頼‥‥しかし、用心棒などして欲しくはないし、かといって下手に断ってヤクザに恨まれても困る。
 だから、他の用心棒を探す事で、依頼を果たす代わりにしようとした‥‥のだが、実際には用心棒として神代組に行ってしまった者が居たので、その辺りのシュラインの努力は報われなかったと言える。
 ともあれ、興信所の代わりの用心棒としてシュラインが選んだのが噂に聞いていた鬼鮫であり、故にここ何日か、鬼鮫の馴染みの店だというここで鬼鮫を待っていたと‥‥
 ややあって、少しずつ飲んでいたコップが空になる頃、シュラインの話は終わった。
「神代組と極道会の戦争‥‥か、話には聞いちゃいたがね。参加して思う存分に食い散らかしたいとは思っちゃいたが、誰かを守るってなぁ柄じゃねぇな」
 話を聞いて鬼鮫は、そんな言葉を返しながら苦そうにコップ酒を啜った。
 シュライン密やかな決意を固めて鬼鮫に言う。
「何がどうとか、気にせず結構です。ただ、襲ってくる敵を倒してくれればそれで」
 巻き添えくらいはあるかも知れないが、それは自分が守ればいい。最も恐ろしいのは、敵そのものに違いないのだから。
「そう‥‥敵の中には、紅の拳銃を持つ男が居ます」
「紅‥‥か」
 その名を呟く鬼鮫は、その名を思い起こさせる獰猛な笑みを浮かべた。
「わかった。受けようじゃないか」

●極道会の本拠地にて
 本拠地‥‥と言っても、歴史のない組のこと。
 神代組の様な門構えも立派な邸宅があるわけではなく、高層ビルの最上層の数フロアがそのまま極道会会長の住居兼、極道会の事務所として使われているだけだ。
 中は非常に豪華‥‥と言うよりも、金にあかせたようで些か趣味が悪い。中にいる連中も似たり寄ったりで品が無く、神代組の組員のような質実さは感じられなかった。
 ファルナ・新宮と、そのお供のファルファは、案内の若い衆に導かれながら、そんな中を歩いていた。
 ファルナの父親‥‥ある大富豪なのであるが、彼は夜街にからんでの仕事も手がけていた。今までは神代組と懇意にしていたのだが、今度の件で今までの関係をあっさりと切り、極道会に自分を売り込んだのだった。
 ファルナは、いわば手土産である。好きにして良いと放り出された格好ではあるのだが‥‥
 極道会にしてみれば、好きにして良いと言われても始末に困る。組長のお手つきに‥‥というのがありがちだが、そうもいかない理由があるのだ。
「つきやした。どうぞ、この部屋の中でお待ちを‥‥」
 若い衆は、不意に立ち止まると頭を下げ、ドアの一つを指し示した。
 一応、客人という事になっているらしい。
 まあ、手土産だから好きにして良いと言われたって、普通はこれから懇意にしようかと考えている人物の娘を手荒に扱ったりは出来まい。
 何にせよ、どうするかが決まるまでは客人扱いにしておいても罰は当たらない‥‥そう言うところか。
「ありがとうございます」
 ファルナは丁重に礼を言ってから、ドアをくぐった。そこは、廊下の外と違って品の良い、明らかに女性用の部屋であった。
「いらっしゃい。貴方達がお客様?」
 と‥‥部屋の中を眺め回していたファルナに声がかけられる。
 声をかけたのは葛生・摩耶。彼女は、幹部の愛人の座に転がり込んでいたのだが、その幹部から客人の世話を頼まれたのだった。
「葛生・摩耶よ。好きに呼んで良いわ」
 特に丁寧に遇する必要はないと言われているので、口調を改めることはない。
 また、葛生の格好も、露出の大きい薄物一枚と、礼儀はあまり考えていない格好だった。まあ、この格好の方が、男は喜ぶのだろうが。
「あ、はい、ファルナ・新宮。そして、この子が、私のファルファです」
 ファルナは、礼をしながら自分とファルファを紹介した。そんなファルナに笑顔を見せながら、葛生は部屋の奥へとファルナを誘う。
「こっちよ。貴方は、しばらくここで暮らす事になると思うわ。で、私は貴方のお世話をする事になってるの。何でも言って? 必要なら夜のお世話もするけど‥‥って、冗談よ?」
「え、ええ‥‥もちろんですよね」
 冗談を言ったつもりだが、ファルナが本気にしているような気がしたので葛生は途中で話を切った。
 ファルナの慌てっぷりも怪しいが‥‥ともかく、ファルナはリビングに置かれたソファの一つに座った。その横にファルナが。そして、向かい合わせに葛生が座る。
 と‥‥ファルナは、葛生に聞いた。
「あの‥‥しばらく暮らすって、その間は何をすればよろしいのでしょう?」
「さあ? そこまで聞かされてないわ。まあ、誰かの愛人にでもなるか‥‥お店かビデオに出されるか。ああ、でも戦えるなら用心棒って道もあるわね」
 葛生はサラリと、普通の女なら引くような今後の運命を並べ立てる。しかし、ファルナは元からそんな物と思っていたようで、小さく溜め息をつくだけであった。
 ただ、一つだけ思っても見なかった未来があることに気付き、そのことを葛生に聞く。
「用心棒ですか?」
「神代組と極道会の抗争‥‥聞いてない?」
「聞いています‥‥」
 葛生の言葉には、少し影があった。何か、重苦しい物を隠して居るかのような。
 一方、ファルナの方も、この事には辛い思いを抱え込んでいた。
 神代組とファルナの父親が懇意にしていたのは、前に記したとおり。そして、ファルナは神代組の組長の元に送られてもいた。全ては幼い頃の話である。
 その際、故神代元徳はファルナを随分と可愛がってくれた。その時の思い出があるのだ。
 そんなファルナの前、葛生は淡々と話を続ける。感情を押し殺しているかのように。
「極道会は、神代組の掃討を始めたわ。だから、兵隊がいるのよ」
「掃討?」
 不吉な思いを抱きながら、ファルナは重ねて問う。事態が最悪に転ばないことを祈りながら。
「皆殺しよ。組長、神代元徳の血筋を初めとして、杯を受けた人を一人も逃さないつもりみたいね」
 神代組の掃討‥‥神代元徳の血縁や、神代組有力幹部達の多くが殺されている。葛生と情をかわしていた男も又、そんな中の一人だった。
 男の復讐に‥‥
 元の職業のツテを辿り、情婦として極道会の幹部の懐に潜り込んだ葛生は、更に上の幹部に繋ぎを着けて奥へ奥へと潜り込み、最終的には単身で極道会の中枢を叩くつもりでいる。
 その為なら葛生は、何でもする気でいた。
 無論、滾る復讐心を隠し、敵である男達に媚びを売り、偽りの忠誠を誓うくらいはしてみせるのだ。故に、今はその感情を隠して、ファルナには心の内を見せぬように言葉を並べている。
「そんな‥‥酷い」
 ファルナが、口元を手で押さえて呻いた。
 あの優しかった人々が‥‥任侠道に篤い人々が、無慈悲にも殺されているとは‥‥
 その事実は、ファルナを打ちのめした。
「そうね。そして極道会は今、最後の血筋‥‥堅気になった妾腹の娘を狙っている。貴方の腕が立つなら、襲撃に連れ出されるかも知れないけど、その反応じゃ無理そう‥‥」
「お世話になった元徳さんの娘さんを‥‥死なせる訳にはいきませんっ!」
 葛生の言葉を切って怒りの声を上げるファルナ。その時‥‥部屋のドアが開けられる。
「おい、虚色の姐さんが女に会いたいと‥‥」
 言いながら部屋に首を突っ込んだ男は不運だった。

 先程の男が倒れている。ファルナの怒りの命令に従ったファルファに殴り倒されたのだ。
 そして、部屋前の廊下には同じようにヤクザ者の身体が累々と倒れていた。
「許しません‥‥貴方達を! 元徳さんの娘さんを殺そうだなんて!」
 開け放たれたドアの前に立ち、怒りの声を上げるファルナ。
 極道会の組員達は、彼女とファルファを遠巻きにするだけで攻撃は仕掛けない。
 攻撃を仕掛けた連中の末路が、目の前に転がっているからと言う事もあろうが、何より、拳銃で射殺して良い相手でも無いというのが彼らに二の足を踏ませていた。
 何せ、贈り物なのだ。暴れました、殺しましたでは、送った方と送られた方、双方にとって気まずい事になる。
 しかし、どうにもファルナは止まりそうにもない。そろそろ、銃を使おうか‥‥と思案に暮れる組員達。
 だがその時、その思考を破って銃声が響いた。
 直後、ファルナは前のめりに倒れる。背から血をしぶかせて。
 そして、開け放たれていたドアから、硝煙からむ小さな拳銃‥‥ニューナンブM60を手に持って出てきたのは葛生だった。
「う‥‥」
 倒れたファルナの小さな呻き。
 警察装備で知られる葛生の拳銃は、非殺傷という銃本来の目的から外れた方針で作られている。それが幸いしたか、ファルナはまだ生きていた。
「マスター!」
「動かないで!」
 声を上げてファルナに駆け寄ろうとするファルファ。しかし、その動きを牽制して、葛生が拳銃をファルナに向けた。
「動いたら、貴方の主人の頭に穴が開くわよ」
「‥‥‥‥」
 さすがに‥‥動きを止めるファルファ。第二の膠着状態が築かれようとした。
 と‥‥組員達の背後から声があがる。
「何を騒いでいるの?」
「虚色の姐さん!?」
 組員達はバネ仕掛けの人形のように一斉に壁際に身を寄せ、背後にいた者の為に道をあけた。
 そこに立っていたのは、喪服のような黒い着物を着た、日本髪の女。
「何を騒いでいるのか聞いたのよ?」
 虚色の姐さんと呼ばれたその女性は、子供の微笑ましい悪戯を見とがめた母親のような、優しげな口調で問いを投げる。
 しかし、極道会の男達は、その言葉の前に震え上がっている様子だった。
「こ‥‥この女が突然、あの女に命じて暴れさせはじめやして」
 ファルナを指し、そして次にファルファを指し、皆を代表して説明する男。
「そう‥‥で、お手柄はあの子の様ね?」
 そう言って女は葛生を一瞥する。ただそれだけなのに、葛生は背筋が凍り付くような感覚を覚えた。
 女はそんな葛生を気にも止めず、倒れているファルナを指して男達に命ずる。
「彼女を運んで。使い道は後で考えましょう。それと、元の飼い主には躾がなってないって苦情をいれておいてね。後はまあ、懇意にって事で。それから‥‥貴方」
 次に女が見たのはファルファだった。
「貴方は極道会のために働いて貰うわ。貴方の主人の為にもね」
「私は‥‥」
「拒否すれば、貴方の主人は永遠に貴方の元へは帰らない」
 言いかけたファルファの言葉を遮る女。
 ファルファは、その言葉が紛れもない真実なのだと感じて口を閉ざす。選択の余地はない。
「わかりました」
「ありがとう」
 苦渋の答えを返すファルファに、女は微笑みを向けた。そして、手近にいた男にそのまま命じる。
「じゃあ、彼女は彼らの元へと送って上げて」
「へい‥‥おい、こっちだ」
 話を振られた男は丁寧な礼をし、それからファルファに言って先を歩き出した。その後に従い、ファルファも歩き出す。最後に、男達の持ってきた担架で運ばれていくファルナを見送りながら。
「この人が‥‥」
 葛生は、一連の流れを見て呟く。
 彼女が、極道会に深く根ざす者。まだ見ぬ、極道会の首領に関わりのある‥‥あるいは、首領そのもの。葛生は直感的にそう感じた。
 復讐の心が首をもたげ、構えたニューナンブをその女に向けようと考えた‥‥が。
 次の瞬間、葛生は、女が何処からか抜く手も見せずに抜いた拳銃が、自分に向けられている事に気付いた。
「‥‥あら、ごめんなさい。こちらに向けられたような気がして。もう、しまっても大丈夫よ。銃は素人が振り回す玩具じゃないわ」
 女の笑みは変わらない。しかし葛生は、もし今、銃を動かせば、自分の命はないと悟る。
「は、はい‥‥もうしわけありません」
 言いながら葛生は、銃を床に落とす。
 殺せない‥‥少なくとも今は。葛生はそう思い知らされていた。

●神代組にて
 高層ホテルの最上階1フロアが、神代組の最後の砦であった。
 ホテルの中でも最も豪華な部屋‥‥そこに、神代マリアは軟禁されている。
 草間興信所からやってきた者達もまた、全員がそこに集まっていた。
「本当に、私なんかの為にご迷惑をおかけしてしまって‥‥」
 神代マリアが、申し訳なさげに頭を下げる。
「いや、君のせいじゃないさ」
 恐縮しながら言い返し、田中・裕介はマリアの傍らに立つ太田安治を睨む。彼が全ての元凶だと思ったからだ。
 色々と調べたところ、神代マリアが所属しているのは本当に普通の教会である事がわかった。
 彼女を堅気として育てたいと考えた先代の願いは、確かに叶えられていたのだ‥‥極道会の手によって、先代が殺されたその時までは。そして、太田の手によってマリアが拉致された時までは。
 太田は、自分が良く思われていないことを察しているらしく、田中の視線に怖じることもなく、ただマリアの傍らにいた。それが、彼の仕事であるかのように。
 そんな太田を見もせず、CASLL・TOは田中の言葉を継いでマリアに言った。
「綺麗なお嬢さんを血に染めることはできません。命に代えても守ります」
 そしてCASLL・TOは、どこからともなく大きな花束を取り出し、膝をついてマリアに渡す。
 が、守るとか言ってる割に顔の表情が怖い。その上、花束持ってない手にはチェーンソーだ。
 マリアはCASLL・TOに少し怯えながらも、笑顔を浮かべて花束を受け取り、会釈した。
「ありがとうございます‥‥」
「全力でお守りしますよ。一日も早く事が終わって、貴方が安全で自由になれるように」
 田中はそう言って話を切る。これは挑発でもあった。
 神代組の組長になる‥‥つまり、マリアには今後もずっとこういった危険な状況に身を置いて欲しい太田に対する挑発だ。
 しかし、太田は無反応。代わりに、素直に言葉を受け止めたマリアが言った。
「本当です。こんな事、早く終わってしまえばいいのに。人が傷つけあうだけなんて‥‥」
 手に十字架を握り、目を伏せて祈るマリア。
 そんな彼女を見ながら、ササキビ・クミノは呟くように言葉を並べる。
「そうだな。夜街がどうなろうと『外』にとっては接続の一部が変更されるに過ぎないのだから。なるべく早く、外へ迷惑をかけずに終わらせて欲しいものだ」
「その程度で済むものか」
 吐き出すように言ったのは太田だった。
「夜街は、日本の裏の側面だ。夜街が乱れれば日本も乱れる。夜街を支配した者が、表の日本を支配する‥‥そんな事だって‥‥ある」
 太田の言う意味‥‥それは現状に照らし合わせると、恐るべき背景を浮かび上がらせる。
「神代組は長い年月、夜街を守ってきた。それは、日本を守ってきたとも言える。だが‥‥全ては壊された。極道会の手によって‥‥」
 太田の話す言葉に、明らかな憎悪が混じる。
 だが、その口で彼は、次の台詞を言った。
「ただの抗争だと思っていたのなら考えを改めてくれ。神代組が倒れても良い‥‥極道会のような悪辣な連中にだけは、この夜街を渡してはならないんだ」
「じゃあ、どうしてマリアさんを巻き込んだの? 神代組が倒れても良いのだったら‥‥」
 神代組の後継者を捜すなどせず、他の手を打てばいい。シュラインがそんな疑問を口にする。
 太田は首を横に振りながら答えた。
「自分に出来る事をしてるだけだ。俺達にしてみれば、神代組を再度まとめて極道会に対抗する以外になかった。でなければ、先代の願いを踏みにじったりするものか」
 太田に執れる手段はそう多くはなかった。効果的な手と言えるのは皆無だったろう。それでも‥‥何かをしなければならなかったのだ。
 極道会に‥‥いや、夜街を狙う他勢力の手から夜街を守る為に。
「なるほど、大変な事態らしい。しかし、どうでも良い事だな」
 ササキビは、この場の皆に背を向けて言う。
「私は、依頼を利用してここに来ただけだ。あの男を殺す‥‥それだけのために」
「気が合いそうだな‥‥嬢ちゃん」
 その声をかけたのは、言うままで無言だった男‥‥壁に背を預けて立つ、鬼鮫だった。
「だが‥‥嬢ちゃんにはまだ、ガンマンは殺せねぇ。諦めるこった」
「何がわかる?」
 冷たく聞き返すササキビ。鬼鮫はその問いに答えず、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「嬢ちゃんの銃には何が乗っている?」
 不意に投げられた問い。その答が思い当たらず、惑うササキビに鬼鮫はクツクツと喉の奥で笑ってから言った。
「答が出ねぇ内は無理さ。ガンマンは銃で戦うだけじゃねえからよ」

●The church of Virgin Mary and machine guns
「聖チャールトンは言いました。『銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ』と。その通り、人に下す裁きは人の手で成さなければなりません。神は人の心を支え、銃は相手をエメンタールチーズみたいに穴だらけにする力を貸してくれるのです」
 聖堂。老齢の修道女が、祭壇で語る。
 如何にも慈悲深げな笑顔ではあったが、皺に覆われた顔にはよく見れば無数の傷があった。
「今、神の下僕が一人、救いを求めています」
 聞くのは同じく修道女達。ただし、彼女達は、神代マリアとは全く関係がない。
 いや‥‥正確には、神代マリアを山車にして蜂起しようとしているのだから、全く関係がないと言う事はないだろう。
「この、ソドムの街‥‥夜街に、今こそ神の御心を示す時です。祈りましょう‥‥夜街の罪深き者達のために」
 老修道女は、祭壇の裏に立てかけてあったM60GPMG軽機関銃を捧げ持ち、高らかに祈りの声を上げる。
「アーメン!」
「「「「「「アーメン!!」」」」」」
 修道女達は一斉に機関銃を捧げ持ち、祈りに唱和する。彼女達を見下ろす、祭壇の聖母マリア像。その手には神の御子ではなく、無骨な機関銃が抱かれていた。

 修道女達の唱和が収まる。と、老修道女は祭壇の端をその手で示した。
「今日は、私達に力を貸してくれる方々をご紹介します。綾和泉・匡乃さんと流飛・霧葉さんです。お二人は異教徒ですが、神の正義のために共に戦って下さいます」
 そこに二人、手持ちぶさたに男が立つ。
 綾和泉と流飛・霧葉。二人は、この聖母マリアと機関銃教会に傭兵として雇われていた。
 その経緯を語る必要はないだろう。
「真の信仰を知らない事は罪です。異教徒は、7.62mm弾の洗礼を浴びるべき悪しき者達です。ですが、彼らは異教徒ですが神の正義の為に戦ってくれます。その行いは、信仰の心なくとも尊い事には違い在りません」
 老修道女は、優しく修道女達に説く。
「真の信仰に目覚めるに遅いという事はありません。神は寛容です。真の信仰に目覚めるその日まで、彼らが神の正義の為に戦い続ける限り、その罪を許して下さいますでしょう」
 なるほど、この老修道女‥‥マシンガン・マザーは、大変お優しい事に、協力を申し出たこの異教徒達を7.62mm弾でエメンタールチーズみたいに穴だらけにはしないらしい。
 綾和泉は、麗香が「最悪の善人」と言った理由を何となく理解してきた。
 要するに狂信者であり、神の正義とやらを至上としている。よって、悪人や異教徒は皆殺し。
 しかし、慈悲の心はあるらしく、異教徒だろうと悪人だろうと、目の前でひれ伏す者には優しい。神に抗う者を殺し、神の前に膝をつく者には寛容な心を持って当たる。そんな所か。
 概ね、社会的に「善」とされる行動をとるが、その原動力は危険きわまりない狂信である。
「‥‥まあ、夜街なんて所に乗り込もうとする人達ですからね。これくらいは」
 聖女達の祈りと説教とはまだ続いている。
 これから始まる殺戮の為、神の正義の怒りを心身に染み入らせる儀式が‥‥

●襲撃
 夜闇が夜街を包む。夜街は眠らない。いや‥‥夜こそが、夜街の本当の時間。
 神代マリアのいる高層ホテルの前‥‥トレーラーが一台、止まっていた。その貨物室の中には、極道会に所属する組員達が、手に手に自動小銃を持ってのりこんで居る。
「良し‥‥行くぞ」
 最も偉そうなスーツ姿の若い男が、これから始まる戦いの興奮に浮かされるかのように声を出す。と‥‥配下の年かさの男が聞いた。
「ヒットマンを待たないんですかい?」
「馬鹿、手柄を横取りされるだろうに。紅だか何だか知らないが、後から来た奴にでかい顔されてたまるかよ」
 若い男の返した言葉に、年かさの男は小さな溜め息をついて黙った。
 紅の不在はそう長い時間でもないのだが、それでも侮る者が出てくる‥‥そして、それが自分のボスだ。泣きたくもなる。
「ホテルの中の連中は皆殺しだ。一匹だって逃すんじゃねぇぞ!」
 若い男は、嬉しげに貨物室の扉を開き、先陣を切って飛び出した。残りの組員達も後に続く。
 彼らは一団となって、鬨の声を上げながらトレーラーからホテルの入口までを走る。
 彼らの手の銃が、偶々ホテルの前を歩いていた通行人や、ホテル入口のドアマンに向けられた‥‥だが。
「!? 何だ!」
 組員達を横合いから襲う、激しいエンジン音。そして眩いヘッドライトが組員達を捉える。
 横合いから突っ込んできた車。それは洋式霊柩車だった。それに気付く時間もなく、次々に跳ね飛ばされ、路上に叩き付けられる極道会の組員達。
 残されたのは十数人にまで数を減らした組員と、路上で呻く‥‥あるいはピクリとも動かない大多数の組員達。
 彼らの前に、洋式霊柩車は止まった。そして、本来棺を納めるスペースのドアが開き、中から修道女達が飛び出してくる。彼女達の手には、極道会組員達の持つ自動小銃などよりも遙かに無骨な、軽機関銃M249SAWが抱えられていた。
「アーメン」
 祈りの言葉と共に引き金が引かれる。
 撃ち出された無数の銃弾が、洋式霊柩車による突撃を免れた組員達を襲った。
「う‥‥撃ち返せ!」
 リーダーの若い男が叫ぶ。しかし、その声は激しい銃声に掻き消されて音にすらならない。
 そして、若い男にも平等に銃弾は浴びせられた。修道女達の持つ機関銃が弾を吐き出すのを止めた時、残されたのは物言わぬ骸となった組員達と、原形を止めぬ程に穴だらけにされた極道会のトレーラー。
 トレーラーが爆発を起こし、爆炎が夜を赤く染める。その赤い光の中、洋式霊柩車の助手席から、一人の老修道女が下りた。
 修道女達は彼女‥‥マシンガン・マザーの前に並び、機関銃を捧げ持つ。そして、その内の一人が一歩前に進み、老修道女に報告する。
「マザー。到着しました。正面及び背面の敵の排除に成功です」
「ありがとう。では、皆さん参りましょう。哀れな子羊達の元へ」
 マシンガン・マザーは歩き出す。手に、己の武器であり聖印であるM60軽機関銃抱えて。
 ホテルの従業員や、たまたまこのホテルを利用していた客達は、目を丸くしながらホテルに入り込んでくる修道女達を見る。
 それはそうだろう。銃火器で武装した修道女など、驚きなくして見れようか。
 と‥‥ロビーで敵襲を警戒していた神代組の組員が反応した。
「てめぇ! いったい‥‥」
 銃を取り出そうと懐に手を入れる。しかし、その動作の途中で、組員は無数の銃弾に身体を引き裂かれて倒れた。
「失礼」
 マシンガン・マザーは穏やかな笑みを浮かべて、従業員達に軽く会釈する。
 手に硝煙をたなびかせる機関銃を抱えて、彼女は聞いた。
「エレベーターはどちらかしら?」

●ヒットマン
 移動の車中は沈黙に満ちていた。
「全滅‥‥か。馬鹿が、功を焦って先走るからだ」
 年代物のロールスロイスを運転しながら、村井は車内電話を切る。
 同乗者は、後部席のレミントンとファルファ。そして助手席の紅。
 漏れ聞く電話の声から話の内容を察して、レミントンは少し考え深げに呟く。
「こちらの戦力はどれくらいだったんだ? それを全滅させれるとなると、神代組も相当の戦力を‥‥」
「いえ、それが神代組の兵隊じゃないんでさ」
 村井は、レミントンの言葉を遮って言った。
「何でも、マシンガンを持ったシスター共だと‥‥」
「‥‥聖母マリアと機関銃教会。信心深き者に慈愛を、不信心者には銃弾をって奴らだ」
 紅の説明に、村井は何やら思い当たったのか、ああと小さく呟いて黙り込む。レミントンは、質問先を紅に変えて聞いた。
「厄介な奴らなのか?」
「狂信者って奴だ」
「‥‥それは厄介だな」
 紅の素早い答えに、レミントンも鬱陶しげに呟いて黙り込む。
 世に狂信ほど厄介なものはない。
 信じるものの為に命をも投げ出す。その時には、大概が周囲に大きな被害を与えてから死ぬのだ。何せ、自分の命すら軽いと考える人間が、他の人間の命を重いと考えるはずがない。
「ついでに‥‥リーダーのマシンガン・マザー。こいつがまた厄介でね。M60軽機関銃を拳銃みたいに軽く振り回す」
 紅は冗談めかしていったが、それは全て本当の事だった。
 M60は重量11kgにもなる。もちろん、拳銃などとは比べ物にならない重さだ。
 それを軽々と扱う。威力の方は、拳銃などと比べるまでもない。
「ガンマン‥‥か」
 レミントンはその名を呟く。
 ガンマン。夜街でその名は特別な意味を持つ。
 信じられるだろうか? 銃一丁で、超常能力者と渡り合う‥‥しかも、魔力も霊力も妖力も無しに。それがガンマンなのだ。
 特殊な力があるわけではない。普通なら、絶対勝てない戦い方をする。それでも勝って生き残る‥‥ガンマン。
 同じく銃を扱う者であるレミントンだが、ガンマンではない。この差は何から来るのか‥‥
 レミントンは、以前は草間と呼ばれた普通の男‥‥今や紅と呼ばれるガンマンとなった男を見た。そして問う。
「何が違うのだろうな。私と‥‥ガンマンと」
「“何か”が違うのさ」
 紅が返す。そして、車内には再び沈黙が満ちた。
 車は、ホテルへと‥‥戦場へと向かって走り続けていた。

●聖歌を歌いながら
 エレベーターホール。見張りにつくヤクザ者の男が二人。禿頭にスーツ姿の男と、パンチパーマに口髭、アロハシャツ姿の男。
“Christ the Lord is risen today, Alleluia!”
 手持ちぶさたに煙草を吹かす二人‥‥と、アロハの男が不意に中に視線を泳がせた。
「何か聞こえるな」
 そして、エレベーターに目をとめる。
“Sons of men and angels say: Alleluia!”
 エレベーターは上ってきていた。現在の階数を示す表示は、確実にこの階へと迫ってきている。
 アロハの男はタバコを床に捨てて踏み消し、懐から拳銃を抜き出す。傍らの禿頭の男もそれに倣い、抜いた銃をエレベーターの扉に向ける。
“Raise your joys and triumphs high, Alleluia!”
 その間にもエレベータは上がってくる。この階にエレベーターが近寄れば近寄るほど、何かの声‥‥歌は、はっきりと聞こえるようになっていた。
“Sing, ye heavens, and earth, reply. Alleluia!”
「何だ‥‥歌ってやがる?」
 禿頭の男が緊張に唾を飲みながら呟く。
 その時、エレベーターはこの階に到着し、チンという澄んだ音の後に扉を開いた。
“Lives again our glorious King: Alleluia!”
 溢れ出す澄んだ歌声。そして、銃口。
“Where, O death, is now thy sting? Alleluia!”
 男達が誰何の声を上げる間もなく、銃口から無数の銃弾が吐き出され、男達の身体を千々に引き裂いた。
“Dying once, He all doth save: Alleluia!”
 倒れた男達の前、開ききったエレベーターのドアをくぐり、修道女達が6人、その姿を現す。
“Where thy victory, O grave? Alleluia!”
 賛美歌を歌いながら。硝煙上がる機関銃を手にして。
“Love's redeeming work is done, Alleluia!
 と‥‥銃声に気付いた神代組の組員達が、身を潜めていたホテルの部屋から次々に飛び出してきた。
“Fought the fight, the battle is won; Alleluia!”
 彼らは、機関銃を手にした修道女達の姿に驚いた様子だったが、そこで躊躇することはなく、手に持った拳銃を修道女達に向けて撃ち放つ。
“Death is vain forbids Him rise; Alleluia!”
 猛然と吠える銃声。
“Christ has opened Paradise. Alleluia!”
 しかし、修道女達は倒れない。銃火に身を晒しながら、平然と立ち、賛美歌を歌い続けている。
“Soar we now, where Christ has led, Alleluia!”
 やがて、弾を撃ち尽くして、ヤクザ達の銃撃は終わった。
“Following our exalted Head; Alleluia!”
「‥‥防弾の修道衣だと?」
 ヤクザ達の中からそんな声が挙がる。銃弾は、修道衣に受け止められて止まり、一部は床に落ちていた。それをヤクザ達は見たのだろう。
“Made like Him, like Him we rise; Alleluia!”
 困惑‥‥そして絶望がヤクザ達を襲った。慌てて背を向け、逃げようとするヤクザ達。
“Ours the cross, the grave, the skies. Alleluia!”
 しかし、遅い。修道女達は再び機関銃を構える。機関銃から放たれる銃弾の洗礼がヤクザ達に賜れた‥‥

●辿り着いた者達
 車はホテルの前に止まった。
 未だ燃えさかるトレーラー。そして転がったままの極道会組員の死体。そんなホテルの前へ。
 巻き込まれることを恐れてか、周囲に野次馬などの姿はない。
 無論、警察の姿もない。警察は明日の朝にでもゆっくりやってきて、適当な報告書を書いて帰っていく事だろう。それが夜街だ。
 車のドアを開け、紅、レミントン、ファルファの三人が下りた。
「紅、私は隣のビルに狙撃点を探しに行く。ここは任せた」
 レミントンは言い残して、ホテルの向かいのビルへと走っていく。
 彼女の姿を見送ることもなく、紅とファルファはホテルのへ向かって歩いた。と‥‥
「良く来たな‥‥だが、残念なことに、あんたを通さないように言われている」
 玄関の前に立った男。流飛・霧葉がそう言って、腰の刀に手をかけた。
 彼から少し離れた場所で、壁に背を預けて綾和泉が呑気な声で流飛に忠告する。
「甘く見ない方が良いですよ。彼は‥‥ガンマンですから」
 まあ、実際、銃如きとなめてかかって‥‥あるいは全力でかかったのにも関わらず、血だるまになって担ぎ込まれてきた者達を治療してきた綾和泉だ。銃という物の威力は承知の通り。そして‥‥ガンマンという者の恐ろしさも。
「用心棒‥‥か」
 紅は流飛を見て、面白くもなさそうに呟いた。
「マシンガン・マザーが人を雇うとはな。お前達もクリスチャンか?」
「はは、違いますよ。ただのアルバイト。実にビジネスライクなお付き合いです」
 話すのが苦手らしい流飛に代わり、綾和泉が軽口を叩く。
「それなりに僕らを信用してくれたようでしてね。背後を守らせてくれている。マシンガン・マザーが話の分かる人物で良かったですよ」
「世間話はそこまでにしろ。戦いに来たのだろう?」
 いい加減、綾和泉の回る口にウンザリした様子で、流飛が前に進み出た。
 綾和泉は軽く肩をすくめて黙り込む。
 流飛の前に立つ男‥‥紅は、流飛に向かい微かな笑みを浮かべて、口を開いた。
「先に抜きな」
 答えるかのように流飛は刀を抜く。直後、紅までの距離を一足に駆け抜け、斬り掛かった。
 全ては一瞬‥‥しかし、その一瞬さえ、遅い。
 紅の手には、既に抜かれた拳銃。そして、鳴り響く銃声‥‥直後、腹を撃ち抜かれてバランスを崩し、倒れる流飛の姿があった。
 速度がついていたため、流派の体はそのまま路上を激しく転がった。
 紅は、倒れて動かない流飛から、綾和泉へと視線を向ける。綾和泉は、ヒラヒラと手を振って紅に答えた。
「どうぞ通って下さい。僕は戦わないですよ。いつも通りの救急箱ですから」
「‥‥じゃあ、こいつでも治しておけ」
 流飛の体を跨ぎ越し、紅は先に進む。その傍らを、ファルファも共に歩いた。
 ホテルの中に入っていく二人を見送り、綾和泉は壁から離れて流飛の元へと行く。
「救急箱は救急箱として‥‥と」

●追いつめられた者
 今や銃声は、神代マリアの匿われる部屋にまで届いていた。そしてそれは、時間をかけながらも着実にこちらに近づいてきている。
「銃声と賛美歌。極道会じゃないみたいだが」
 田中が首を傾げる。それに続き、ササキビも首を横に振った。
「紅でもない‥‥別勢力か」
 しかし、襲撃には変わりないだろう。
「敵は軽機関銃で武装した修道女達。2列から3列横隊で前進。機関銃の飽和射撃で立ちふさがる敵を一掃。防弾の修道服で銃弾を受け止める。前列倒しても、後列がすかさずバックアップ。洒落にならないぞ全く」
 部屋の中を無駄に歩き回りつつ、携帯電話を切って太田が吐き捨てるように言った。
「エレベーターホールの戦いは終わった。こちらの‥‥全滅だ」
「では、ここまで来るのは時間の問題だな。機関銃の銃声が近寄ってきている」
「じゃ、俺は行くぜ」
 ササキビの言葉の後に、鬼鮫はふらりと部屋の外へと歩き出す。
「俺は護衛に来た訳じゃねぇ。後は、お前らで好きにやりな。俺は勝手にやらせて貰う」
「おい、勝手に‥‥」
 非難の声を上げかけた田中に、シュラインの冷静な言葉が投げられた
「仕方ないわ。誰が止めても彼は行く。それこそ、ここにいる全員を殺してでもね。止めることは無意味よ」
「さすが、わかっているな、嬢ちゃんはよ」
 鬼鮫は笑いながらシュラインに言い、そしてそのまま部屋のドアから出ていった。
 その後に続き、ササキビも部屋から出ていく。
「私も行く。私はただ、紅を殺すためだけにここにいるのだから」
「‥‥それも、仕方ない事なんですか?」
 CASLL・TOがササキビに聞いたが、ササキビはそれを無視してドアの向こうに消えていった。
「これで、守り手は二人ね」
 ソファに座したシュラインが言う。戦闘は出来ないが、さすがに幾多の事件を体験してきただけあって、彼女は落ち着いていた。
 一方、彼女の傍らに座り、俯いたきりのマリアはただただ震えるだけ‥‥食い込んだ掌に血が滲むほどに強く十字架を握りしめているが、神へ祈っているかはわからない。
 そんなマリアを、シュラインは肩を抱くようにして抱きしめてやった。
「安心して。まだ、本当の危険は来て居ない。大丈夫、私達が守るわ」
「す‥‥すいません‥‥こ‥‥こんな‥‥」
「良いから。何も言わないでも」
 震えながら、シュラインと他の皆に詫びようとするマリアを押さえ、シュラインは田中とCASLL・TOを見た。
 それは、何か手があるなら出せという、無言の催促。ややあって、田中が少し困った様子で申し訳なさそうに口を開いた。
「ここに残って君を守る‥‥と、思わなくもないけど、正直、誰かを背後において戦う事は出来ない。相手の武器が問題でね」
 その辺り、田中は今までに嫌と言うほど思い知ったし、似たようなことを考えていたCASLL・TOにもその事は教えている。
 銃弾を弾き返せるくらいの防御力があり、盾になれるならともかく‥‥だ。
 素早く動いて銃弾を何とかするしかない田中とCASLL・TOにとって、護衛対象の側にいることには何の意味もなかった。
 銃弾より速く動き、武器か何かで銃弾を叩き落とす? 出来たとして、結果はより凄惨なものになる。確かに銃弾では死なないかも知れないが、物体が高速移動をする時に発生する衝撃波で、付近の者はみな粉微塵だ。もちろん、護衛対象も例外ではない。
「かといって、彼女を残したまま戦いに行けはしないですから‥‥答は一つですね。部屋を出ましょう。遠くない時間に敵はここに来ます。その前に、このホテルを脱出すれば‥‥」
 CASLL・TOが、最良かと思える打開策を提示する。と言うより、他に方法がない。
 それに、シュラインも頷いた。
「賛成するわ。籠城しても味方は来ないなら、逃げるか降伏する事を考えるべきよ」
「そうだな‥‥CASLL・TOさん、貴方は避難経路の確保を。俺は後方の安全を確保する。太田さんは‥‥」
 田中は、窓際で話を聞き続けていた太田に視線を向けた。太田は、脱出には賛同するようで頷き、そして懐から携帯電話を取り出す。
「では、とりあえず隠れ先を手配しよう。神代組の息が掛かった店やホテルがまだ何軒か‥‥」
 太田が携帯電話のボタンを押す。と‥‥その時だった。
 窓ガラスが澄んだ音ともに砕け散る。直後、太田の頭が血煙に化けて消えた。
 そして、元は太田の頭だった肉片が、部屋中に鮮烈な赤をペイントする。
「狙撃!?」
 CASLL・TOが驚愕の声を上げた。
 とっさに、シュラインがマリアをソファに押し倒す。狙撃から守るためと言うより、太田の血から反射的にマリアを守ったに過ぎないが。
 田中は走り、シュラインとマリアを二人同時に担ぎ上げ、窓からの死角へと走る。
 CASLL・TOはその後に続いて走った。最後に、頭部を失った太田の体が倒れるのを目に焼き付けて。
「本物‥‥は、洒落になりませんね」
 言いながらCASLL・TOは途中で田中を追い越し、部屋のドアに手をかけ開け放った。攻撃はない。敵はまだ遠いようだ。
 そう判断するや、CASLL・TOは田中を呼ぶ。
「いっそ、出てしまいましょう!」
「わかった!」
 CASLL・TOと田中。そして、田中に担がれたシュラインとマリアは部屋を出た。
 それを見送り‥‥隣のビルの屋上に身を伏せたレミントンは、銃口から硝煙を立ち上らせるレミントンM24SWSを目から離す。
「幹部を倒した。後は、突入した紅がやってくれるだろう」
 撃つ前に、シュラインとターゲットのマリアが見えてはいたが、自分の手を彼女らの血で汚したくはなかった。
 甘い、独りよがりな考えではあり、ある意味では依頼主を裏切った事にもなる。それでも‥‥撃たなかった。
「‥‥基地司令にお仕置きをされるかもな」
 ふと思いついたその想像は、レミントンの心を酷く寒がらせた‥‥

●鬼鮫
 エレベーターが最上階に上がってきた。
 いつも通りに澄んだ音を立てて到着を報せ、そして静かにドアの開くエレベーター。
 しかし、エレベーターホールは血の海と言った有様だった。
 ほとんどはヤクザ。一部、修道女の死体も混じってはいる。もっとも、それら修道女の死体の全てには、斬撃の痕が残っていたが。
「全く‥‥一張羅に穴があいちまった。最近は、安いスーツが出てるが‥‥それでも、諭吉の一人か二人は飛んでいこうってもんだ」
 声があがる。
 エレベーターホール。穴だらけの壁に背を預け、鬼鮫は立っていた。
「よぉ、ここでなら思い切りやれるな」
「‥‥しょうがないな」
 旧来の友のように声をかけてくる鬼鮫。それに答えながら前に出ようとする紅。
「待ってください。ここは、私が戦います」
 しかし、紅よりも速く、ファルファは紅の前に歩み出て、鬼鮫と対峙した。
「どういうつもりだ?」
 聞き返す紅に、ファルファは答える。
「貴方が、この襲撃の主力と判断しました。主力を敵中枢に送り込むのが私の任務です」
「‥‥だとさ」
 紅はファルファから視線を動かし、鬼鮫を見た。鬼鮫はファルファと紅を見比べ‥‥ニヤリと笑う。
「残念だったな紅。ま、今度にしようや」
「残念なのはお前だろうが。何にしても‥‥また会えるだろう」
 紅は鬼鮫に軽口を返した。一方でその台詞は、ファルファが鬼鮫に勝てない事を想定している。
 ファルファに背を向け、紅は言った。
「冷静になれ。焦ってる奴が生き残った試しはない」
「‥‥冷静?」
 ファルファは首を傾げた。冷静ではないというのだろうか? 今の自分が‥‥
 紅は歩き去っていく。銃声鳴り響く方へ。
 ファルファは紅に投げられた言葉が心に広げた波紋を振り払い、鬼鮫へと意識を集中させる。
 敵は鬼鮫であり、他ではない。
「さて‥‥楽しませてくれよ」
 言いながら無造作に立つ鬼鮫。その手の長ドスが、白木の鞘からスラリと抜かれる。
「‥‥美学や嗜好等、私には理解出来ません‥‥任務を‥‥邪魔をするのなら、排除‥‥しますっ!」
 日本刀を抜くファルファ。しかし、鬼鮫は些かも動じない。
「面白くない人生を送ってやがるな。それじゃ、何の為に生きているのかもわからねぇ」
「私は‥‥ご主人様のために!」
 ファルファは床を蹴って飛び出し、鬼鮫に斬り掛かった。その一撃を、鬼鮫の長ドスが火花を上げて受け止める。
「どうした! その程度か!」
 罵声と同時に、鬼鮫の長ドスが強い力で振り切られた。その力にファルファは押し戻される。
「凄い力。それに‥‥速い」
 数歩たたらを踏み、姿勢を立て直してファルファが呟く。
「でも‥‥私は貴方を倒さなければならない」
 ファルファはリミッターを外した。制限から解き放たれた体は、常時を遙かに超える速度と力を与える。
 再び斬り掛かるファルファ。その手の刀が、鬼鮫が対応する前に、鬼鮫の体を薙ぐ。
「!」
 続けて振られる刀。鬼鮫の腕を、足を、体を、刀は切り裂いていく。飛び散る血‥‥
 しかし、ファルファは気付いていなかった。鬼鮫の口には笑みが浮かんでいた事に。
「とどめ!」
 リミッター解除の限界。その直前にファルファは、刀を全力でもって突き出し、鬼鮫の胸を貫いた。確かに‥‥心臓を貫いた感触を覚える。
 だが、その後、鬼鮫に密着した状態で動けないファルファを、鬼鮫は左腕で抱きしめた。
「!? 心臓を‥‥」
「悪いなぁ‥‥死なねぇんだ。それくらいじゃよぉ」
 ファルファの目の前、歪んだ笑みを浮かべる鬼鮫の体から、見る間に傷が消えていく。
「俺は化け物だからな」
 笑う鬼鮫は、右腕に持った長ドスをファルファの首の背に当て‥‥勢い良く引いた。ファルファの首はあっけなく落ち、床に転がる。
「ご主人様‥‥」
 地に落ちたファルファの首が残した最後の言葉。とは言え、人とは違うのだから死んだ訳ではない。機能停止と言ったところか。
 鬼鮫は踏み砕こうと、ファルファの首に足をかける。しかし、それはすぐに取りやめた。
「ま‥‥止しとこう」
 鬼鮫は髪を掴んでファルファの首を拾い、もう一方の手でファルファの体を抱え上げる。
「あーあ、スーツがボロ雑巾じゃねぇか。全く‥‥懐がお寂しい限りだ」
 歩き出した鬼鮫は、一応は紅の後を追っていた‥‥しかし、本気で追い付こうとはしていない様子だった。

●神の殺し屋達
 ササキビは、M249軽機関銃を手に廊下を前進していた。
 先ほどからずっと修道女達から銃撃を受けているが、障壁が全て防いでくれている。
 報復に放つ銃弾が、確実に修道女達の命を奪っていた。如何に防弾といえども、機関銃の弾を防ぎきるほどの防御力はない。
「これでは、オーバーキルかな」
 一人呟いたその時‥‥前からの銃撃が突然に止んだ。
 気付けば、修道女達は姿を消している。死体がない所を見ると一斉に退いたのだろう。そして、その命令を出したと思しき人物は、ササキビから見て廊下の突き当たりに佇んでいた。
 柔和な笑みの老修道女。その手にM60軽機関銃を持っていなければ‥‥だが。
「お前が、この修道女達の主か」
「主は天におられます。私はただ長く生き、長く神にお仕えしたのみに過ぎません」
 老修道女は笑みを浮かべながら歩みを進めてくる。その足運びに殺気も隙もない。故にササキビが撃つタイミングを計りかねていると、老修道女は不意に足を止めて言った。
「‥‥お嬢さん、良い目をしてますね」
 老修道女の顔‥‥皺に隠れた傷が確認できる。そんな、機関銃で撃ち合うには短すぎる距離。
 老女の笑顔が歪んで見えた。
「立派な、殺し屋の目です」
「違う。私は殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない!」
 反発から、思わず大きな声が出る。しかし、そんなササキビの前で、老修道女はにこやかに話を続けた。
「じゃあ、何だと言うんです? 貴方が手に持っているのは、武器ではないのですか? 貴方が行っている事は、殺人ではないのですか?」
「違う‥‥」
 かたくなに否定するササキビの前で、老修道女は穏やかに話を続ける。
「責めては居ないのですよ。神は、人に銃をお与えになりました。正義を為す力とする為にです。貴方はまさしく、神の愛を握っている。それ以上に素晴らしいことがありましょうか?」
 老修道女は、恍惚とした表情で言った。
「神は罪人を救い、銃弾は罪を払います。貴方は、人を救うという、素晴らしい事をしているのです」
「黙れ」
 ポツリと呟き、そしてササキビの引き金を引く指に力が掛かる。
 放たれた銃弾は、老修道女を貫かんと飛んだ。だが‥‥
 老修道女はすぐそこに立っている。しかし、銃弾は一つたりと、当たりはしない。
 いや、かすめてはいる。銃弾の擦過によって修道服が、そして露出した肌が裂け、血を流させる。しかし、命中はしない。
「何を恐れるのです! 神は貴方も愛しているのですよ!」
 老修道女の一喝。同時に、ササキビの機関銃の弾丸がつきた。
「銃身が歪んだか‥‥」
 当たらない理由は他に思いつかない。考えれば、先程からずっと撃ち続けている。そろそろ銃身交換しないとならない筈だ。
 ササキビはすぐに手の中の機関銃を捨て、新しい機関銃を出す。
 しかし、敵の眼前で行うにはその行為は不用意に過ぎた。障壁の防御効果を知っているが故だったのだが‥‥
 老修道女がM60軽機関銃を構える。
「ならば良いでしょう。このマシンガン・マザーが貴方に祝福を与えます!」
 引かれる引き金‥‥分間200発の銃弾がササキビを襲った。そして、その銃弾は‥‥
「障壁を貫く!?」
 物理攻撃無効なはずの‥‥そして、先の修道女達の攻撃は確かに防いでいたはずの障壁は、マシンガン・マザーの放った銃弾を素通ししていた。
 障壁の背後にあるはずの床が、壁が爆ぜる。
 何故なのか‥‥
 疑念を感じる前に、ササキビの身体にも銃弾は撃ち込まれていた。
 銃弾に身体を砕かれ、衝撃に倒れるササキビ。それを見届け、マシンガン・マザーの銃撃は止んだ。
 マシンガン・マザーは、流血に身を染めるササキビにそっと歩み寄る。
 そして、ササキビの身体に穿たれた銃創にそっと手を振れて血を指先に取ると、自分の軽機関銃から取り出した7.62mm弾に十字を描き、それをササキビの手に握らせた。
「貴方が救われますように」
「‥‥ふざけるな‥‥こんな‥‥もの‥‥」
 投げるように銃弾を放り‥‥ササキビは力尽きる。マシンガン・マザーはそんなササキビを慈母の笑みで見ていた。
 そしてマシンガン・マザーは、配下の修道女を呼んでササキビを抱え上げさせる。
「この子を下に運んでお上げなさい。そして、ミスター綾和泉の治療を受けさせるように」
「‥‥敵です。よろしいのですか?」
 当然の事を問い返す修道女。
 仲間を殺された憎しみはない。
 銃弾で死んだものは神の下でその罪を許される。いわば救いであり、それを与えてくれたササキビを憎もう筈はない。
 ただ、異教徒である敵を救う理由はあるのか‥‥修道女はそれを聞いていた。
 マシンガン・マザーは答える。
「この子はとても良い子です。生き続ければきっと、多くの時と場所で神の正義を示し、多くの人に救いを与えてくれるでしょう」

●そして紅
 神代マリアを護衛する者達は、非常階段へと向かった。
 もちろん、そこにも敵はいるだろう。しかし、正面よりは手薄であるはず‥‥
 そして、その読みは当たった。
「‥‥‥‥」
「ひっ!?」
 夜景を見下ろすガラス張りの壁の廊下‥‥そのガラスの壁に背を預け、修道女が一人震えている。
 その前に無言で仁王立つCASLL・TO。その手には、軽妙なエンジン音を響かせるチェーンソー。
 そして、CASLL・TOのチェーンソーが振り下ろされ‥‥寸止めされる。しかし、その圧倒的な迫力の前に、修道女は敢えなく気絶していた。
 一方で、田中も修道女の一人を捕まえ、その首に手を回していた。やがて、苦しみに悶えていた修道女は“落ちた”。
 意識を失った身体を腕から解放して、ガラス壁の前で気絶しているもう一人の所に並べて置き、田中は溜め息をつく。
「敵が二人で良かった。奇襲が効いたものな」
 三人目が居たら、二人を倒している間に反撃を受けただろう。そう言うことだ。
「冷や汗ものですよ」
 CASLL・TOが言う。しかし、それは敵側の台詞じゃないかと思わないでもない。CASLL・TOの殺人鬼の様な姿を見れば。
「ともかく‥‥良かったな」
 田中は、少し後ろで身を縮めていたシュラインとマリアを呼びながら言う。
「何がです?」
「ガンマンを相手にしないですんでる」
 聞き返したCASLL・TOに、田中は素直に言った。ガンマンの相手‥‥それだけは避けたい。
「ガンマンはこんな物じゃ‥‥」
 言いかけた田中はその時、足音を聞いた気がした。まさかと思い、振り返る田中。廊下の曲がり角の先、歩み出て姿を現す男‥‥
「紅‥‥」
「‥‥映画の演出みたいですね」
 ふと、何気なくCASLL・TOは思う。そう思わずに入られないほど、紅の出現は完璧だった。
「武彦さん‥‥」
 紅の姿を見たシュラインがその名を呟く。そして、それから悲しげに言い直した。
「いえ、紅の拳銃を持つ男‥‥」
 壁際で倒れている二人の修道女を心配そうに見ていたマリアも、紅に向き直り、その表情を強張らせた。
 紅は足を止める。
「悪いな。恨みっこ無しだ」
「逃げろ!」
 田中は、紅から強い殺気が走ったのを感じた。無論、標的はマリア‥‥
 瞬時の遅れもなく、田中は床を蹴って紅に襲いかかる。マリアが逃げる時間を稼ぐために。
 同時に、CASLL・TOもチェーンソーを手に襲いかかった。
 銃声は一発しか鳴り響かなかった。
 直後、田中とCASLL・TOは、太股を撃ち抜かれて廊下を転がっていた。
 紅の拳銃からは立ち上る硝煙が一筋。そして、失われた弾丸は二つ。
「ナイトは倒れた。騎兵隊は来ない」
 言いながら紅は、シュラインに抱えられて震えるマリアを見た。
 そして、紅は口端に笑みを浮かべる。
「‥‥抵抗してみるか?」
 言って、拳銃を投げた。
 倒れた神代組組員が持っていた物だろう。それは、マリアの足下に落ちる。
「俺を殺さなければ‥‥お前は死ぬ」
 紅はマリアに言った。
「どうする?」
 場を、痛い程の沈黙が支配する。そして‥‥マリアはその場に跪いた。
 拳銃を拾うのかと思ったその時、彼女は懐から出した十字架を握りしめる。そして、一心に祈りを始めた。『罪人を許したまえ』と。
 紅は確かに、小さく苦笑した。
「‥‥銃は取らない。無意味だから。でも、マリアさんは撃たせないわ」
 シュラインは、マリアの前に立ち、腕を大きく広げる。マリアを庇って。
 紅は、無造作に引き金を引いた。
 放たれた銃弾はシュライン耳の側をかすめ、その衝撃波で脳震盪のようなものを起こさせ、一瞬で気絶させた。そしてさらに、マリアの後ろのガラス壁を打ち砕く。
 直後、室内から室外へと流れた空気に押されてマリアは姿勢を崩す。そして、マリアはビルの外へとその身体を投げ出された。
「マリア!」
 田中の声。
 そして田中は、マリアを追って壁から外に飛び出した。
 無理に動かされた事によって、太股の傷は破裂したように裂けて血を吐き出す。
 しかし、田中は敢えて落ちる最中に両足で壁を蹴り、加速をつけた。先に落ちたマリアに追いつくために。
 宙を舞うかのように落ちるマリア。
 田中は、弾丸の様にそこに突っ込んだ。彼女の身体を抱き留めると、間際にあるホテルの壁面に手をかける。血飛沫が上がった。
 ビルの壁面に血の痕が五本の線を描く。田中の手は、爪がはがれ、皮膚と肉が擦り切れ、酷い有様になっていたが‥‥二人はビルの中程の高さで止まっていた。
 マリアは気絶している。それは仕方がないだろう。田中は次に上を見上げた。
 壁に開いた穴から下を見下ろし、田中に拳銃を向ける紅。
 撃たれれば、田中とマリアは地上にそのまま落下し、潰れた肉塊へと変わるだろう。
 何とかマリアだけでも守れないかと、田中はマリアを強く抱き締めながら、遙か頭上の紅を睨みすえる。
 と‥‥紅の姿がビルの中に消えた。

 紅は、廊下の中に銃口を向けていた。
 一瞬前、背後から確かに銃を向けられていた。そう感じたのだ。
 シュライン‥‥いや、シュラインは、目を覚ましてはいない。投げた拳銃も、まだ床に落ちている。
 では‥‥紅は、CASLL・TOを見た。
「ハハ‥‥名演技だったでしょう?」
 床に倒れたままの、CASLL・TOが笑う。
 CASLL・TOは、人差し指と親指を立てて、銃に見せかけたものを構えていた。それで、紅を背後から撃つ演技をして見せたのだ。
「バン」
 口で言いながら、銃を撃ったときのように手を動かす。その向こう、紅は僅かに笑う。
「良いものを見せて貰った。じゃあな‥‥」
 背を向けて歩み去ろうとする紅。その背に、CASLL・TOは問いを投げる。
「とどめは‥‥良いんですか?」
「タイミングを逸した。落ちた奴なら既に逃げただろう。この場はお前達の勝ちだ」
 紅は足を止めて言い捨て、再び歩き出した。
「敗者のする事は一つだ。帰って寝る」
「勝ち‥‥ですか」
 その言葉を聞き、CASLL・TOはようやく身体から力を抜いた。そしてそのまま、意識を失っていった‥‥

●綾和泉の活躍
「全く‥‥人使いが荒い」
 綾和泉は、戦場となったフロアを、負傷者を捜して歩いていた。
 修道女達はもちろん、ヤクザ連中も助かりそうなら助けておく。まあ、機関銃で撃たれたヤクザの中に助かる者などそう居ないのだが。
「おや‥‥」
 と、綾和泉は、廊下に倒れる修道女二人に、シュラインとCASLL・TOを見つけた。
「お仲間二人とシュラインさんは気絶‥‥こちらは、酷い。でも、治療の余地有り‥‥と」
 すかさず、綾和泉はCASLL・TOに治療の術を使い始めた。足の傷が見る間に癒えていく。
 そうやって綾和泉は、救急箱としての自分の仕事を果たしていた‥‥

●終わり
 結局、あの夜の事件は、ホテル火災と言う事で落ちが付いていた。
 全てが終わった後、誰かが火を放ったのだ。
 誰もが、その方が都合が良かったのだろう。
 夜街の事は表沙汰にはならない。
 あの夜、田中は何とか壁を伝って地上に下り、そこで力尽きた。
 翌日になって、病院で田中とマリアは目を覚ました。誰か通りすがりの男達が二人を拾い、運び込んだらしい。
 そして、何日かが過ぎ‥‥駅から発つ電車の前、ホームに神代マリアはいた。
 その見送りにCASLL・TOが‥‥そして、足に痛々しく包帯を巻いた田中が、松葉杖を支えにしながらも来ていた。
「とりあえず、鎌倉の義母に連絡しておいたから、保護はしてもらえる。君がもといた修道院にも連絡はいってる筈だし‥‥少し身を隠していれば、騒ぎも収まるさ」
「はい‥‥今度のことは、何てお礼を言えばいいのか‥‥」
 目を潤ませ、ただひたすらに頭を下げるマリア。田中はにこやかに口を開いた。
「お礼なんて‥‥そうだ、よろしければちょっとメイド服を‥‥」
「気にしないでください。マリアさんが元気で帰れる事が、私達の何よりの喜びですから」
 田中が何やら言い出したのだが、CASLL・TOが割り込んだ事でそれは無かった事になった。
 そして、電車の発進を報せる音楽が鳴り響く。
「さあ、行って下さい。お元気で。また何かありましたら、すぐに駆けつけますから‥‥」
「あ‥‥は、はい。では、これで失礼します」
 CASLL・TOに怖い顔で迫られ、マリアは困惑と恐怖の入り交じった顔をしてまた頭を下げた。
 礼をしたと言うより、怖がっている表情を見られたくなかっただけかも知れない。
 ともかくマリアは、また笑顔で顔を上げ、それから電車の中に駆け込んだ。直後、電車のドアが閉まる。
 扉の向こう、手を振るマリア。電車は動きだし、その笑顔が遠ざかる。
 田中とCASLL・TOは、その笑顔が見えなくなるまで手を振り続けていた。

●残される少女
 夕暮れの草間興信所。薄暗いその部屋の中で、少女は呟くように聞いた。
「兄さんは‥‥」
「‥‥元気そうだったわ。でも、まだ、帰らない」
 シュラインは、ただ素直にそう答える。他に、答えようがなかったから。
「そうですか‥‥元気なら‥‥良かったです」
 少女‥‥草間・零はただ俯いてそれだけを言った。それ以外の心も言葉も全て押し殺して。

●贈り物
 南の島の米軍基地。その基地司令室。
 極道会から、今後の有効な関係を頼んでの贈り物‥‥そう称して送られてきた木箱が、アンダーソン基地司令の前で開かれていた。
 柔らかく暖かそうな内張りがしてある木箱。ひょっとすると、冷暖房がついているのかも知れない。
 大きさは、人が一人やっと入るくらいの大きさ‥‥中に人が入ると、さぞかし窮屈だろう。それに、運ばれる間はずっと、同じ姿勢で居なければならない。
 人が同じ姿勢を長時間とり続けていると、酷い苦痛を感じる。拷問の一分野としてあるくらい、生命に危険を及ぼさず苦痛を与えるに有効な方法だ。
 中に入っていたのは、ファルナ・新宮だった。
 ギャグを噛まされ、着衣の上に縄を打たれた彼女は、狭い木箱に収まるように、臑と太股をまとめて縛り、更に体の前で手首と足首が縛り上げられている。
 空路、直行便で送られてきたので、箱詰めされてからそう時間が経っている訳ではないが、既に体の方は苦痛に苛まれていた。
「ふむ‥‥どれ」
 アンダーソンは木箱に歩み寄り、ファルナの体に指を這わせる。
 全身を苦痛に軋ませているファルナは、ただそれだけの刺激で苦痛にのたうつ。その動きがまた新たな苦痛を呼び、ファルナは涙を落としながらもだえ続けた。
「はは‥‥これは良い」
 欲情に歪む笑みを浮かべ、アンダーソンは立ち上がると、執務机の中からビデオカメラをとりだした。そして、ビデオカメラをファルナの前にセットし、録画を開始する。
 そして次にアンダーソン基地司令が取り出したのは乗馬鞭だった。無論、それで‥‥ファルナを打つ。
 鞭の激しい痛みにファルナの体は跳ね上がる。
 その動きは、体に走る痛みを更に激しくする。 痛みが消える前に、更に鞭が振り下ろされる。
 しばらく、ファルナの声にならない悲鳴と、木箱が激しく揺れる音、肉を打つ鞭の音だけが部屋の中に満ちた。
 やがて‥‥ファルナの動きが、大きな痙攣の後に無くなる。苦痛の中で気絶したのだ。
「おっと、気絶したか‥‥もう少し、楽しませてくれると思ったが、残念だ」
 アンダーソンは肩をすくめると、さも残念そうに呟いた。そして、ビデオカメラを止め、それから机の上の内線電話の受話器を取る。
「まあ、有り難くいただいておこう」
 呟いて短縮ボタンを押す。そして、短く命令を伝えるとすぐに切る。
 ややあって、基地指令室に兵士が数名駆けつけてきた。全て‥‥アンダーソンの武器密売人としての裏の顔を知る者達だ。
 アンダーソンは顎で木箱を指し示し、彼らに命令を下す。
「この木箱を地下に運んでおけ。それから、非番の者は箱の中のものを自由に使用して良い。ただし、大事に使えよ。私の玩具でもあるのだからな」

●始まった戦乱
 神代の血を引く者を失った神代組では後継者争いが発生。団結力を失った神代組とその傘下の組は、極道会の攻勢に抗う事が出来ず、ある組は抗争の中で全滅し、ある組は生き残りを謀って極道会の傘下に入った。
 結局、地下に潜ったほんの一部を除き、神代組傘下の組は夜街から消し去られてしまったと言える。
 支配者たる神代組の崩壊は、そのまま夜街に群雄割拠の時代をもたらすものとなった。大小さまざまな組織が、己の利益と信念を掲げて夜街の支配権を奪い合う時代に。
 この事は一般社会に“麻薬、密輸、強盗などの組織犯罪の増加”という形で影響を及ぼした。
 平和は崩壊したのである。
 溢れ出した混沌を呑み込み、夜街は渦を巻く。

●東京夜街の舞台裏
 演歌の流れる店の中、鬼鮫と紅は小上がりを占領していた。場所は何の事はない、いつもの鬼鮫の馴染みの店である。
「てめえ、手を抜いただろ」
 焼き鳥を食いちぎりながら、因縁を付けるかのような口調で聞いてきた鬼鮫を、紅は全く気にも止めず、コップ酒片手に聞き返す。
「何がだ?」
「女だ。何故殺さない」
 鬼鮫の返答は早かった。紅は、首を軽く横に振ってから、肩をすくめて答える。
「死の間際だってのに、銃を手に取らず、十字架を握る事を選ぶような女だ。夜街に生きるには優しすぎる」
「御神輿にしようって奴が居ない限りは、ただの小娘ってか」
 それなら納得がいくとでも言うような口調で鬼鮫が答えた。見た目よりこの男、堅気には優しいのかも知れない。
「まあな。それに、お節介な奴らが出てきていた。放って置いても、彼女がまた夜街に戻ることはないだろう」
 紅は付け加えるように言って、冷えて固くなった砂肝串を口に運ぶ。
 草間興信所の連中‥‥お節介な連中が揃ってるから、多分、悪いようにはしないだろう。後は、彼らの問題だ。
 カリカリと肉片を噛み砕きながらそんな事を考えている紅に、鬼鮫が猪口を一息にあおってからその猪口を振りつつ言った。
「そりゃ、てめぇの都合だろに。極道会の方はどうするんだ?」
「失った信用は他で稼ぐさ。当面、連中は戦力が必要なんだ。切り捨てられはしないだろう」
 極道会からの信用‥‥仕事をしくじったという結果はついて回る。
 とは言え、今回は事前に極道会の本隊とも言える連中が全滅している事もある。しかも、馬鹿な先走りでだ‥‥
 紅のミスだけが槍玉に挙がる事もあるまい。
 これから挽回していけば良いだけとは言えた。
「なるほどな。ところで‥‥だ。紅、俺も今日から極道会だ。よろしくな」
「何の話だ」
 突然の話の切り替わり。そして、意外な話の方向に、紅は飲もうと持っていたコップ酒をテーブルに置いた。
 一方、鬼鮫の方は、何故か得意げな笑みを口端に乗せて、徳利から猪口に酒を注ぎつつ言う。
「お前と一緒に来た刺客な‥‥返り討ちにして、極道会に放り込んで、そのまんま売り込んだ。お前と組ませろってな」
「組むだって? 俺を殺せなくなるぞ?」
 紅はそれだけ返して、思い出したかのようにコップ酒を一口啜る。鬼鮫は、また猪口を干して言葉を返した。
「ふん‥‥いやさ、随分と命を狙われてるじゃねぇか紅」
 鬼鮫は実に楽しそうな‥‥そして獰猛な笑みを浮かべた。
「お前を殺すなぁ俺だ。他のもんに譲る気はねぇ。それに、お前と一緒にいれば少なくとも戦場には困らなさそうだ。わかるか? お前の側にいりゃあ、俺に斬られたいって奴がゾロゾロやってくるって寸法だ」
 一息に言って、鬼鮫は笑みを消し、再び徳利から猪口に酒を移す。
 紅は、溜め息混じりに答えた。
「勝手にしろ‥‥と、言いたい所なんだがな。確か、お前‥‥」
 言いながら、紅は懐からタバコの箱を取り出す。直後、鬼鮫の手が素早く動いた。
 そして、何事もなかったように長ドスが床に投げ置かれる。
 タバコの箱は二つに切れて床に落ちた。
 それを未練たらしく見ながら、紅は本当に深い溜め息をつく。
「全く‥‥よりにもよって最悪な奴に見込まれちまったもんだ」

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】
3448/流飛・霧葉/18歳/男性/無職
2916/桜塚・金蝉/21歳/男性/陰陽師
0158/ファルナ・新宮/16歳/女性/ゴーレムテイマー
2885/護衛メイド・ファルファ/4歳/女性/完全自立型メイドゴーレム
1537/綾和泉・匡乃/27歳/男性/予備校講師
1166/ササキビ・クミノ/13歳/女性/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。
1979/葛生・摩耶/20歳/女性/泡姫
0086/シュライン・エマ/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3453/CASLL・TO/36歳/男性/悪役俳優
0166/レミントン・ジェルニール/376歳/女性/用心棒(傭兵)
1098/田中・裕介/18歳/男性/孤児院のお手伝い兼何でも屋

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 各PCは、現在以下の組織、またはNPCとのコネを持っています。
 この「紅の拳銃」シリーズのシナリオ内に限り、コネを利用してかまいません。
 組織とのコネは、「武器や物資の調達」「情報の入手」「戦闘員/作業員の派遣」等に利用できます(犯罪組織として出来る範囲なら、ここに例で上げていない他の支援を頼む事もできます)。
 NPCとのコネがあると、必要な時にそのNPCと会う事が出来ます。あくまでも会う事が出来るだけですので、NPCの協力を得たい時には、プレイングで説得などを行って下さい。

3448/流飛・霧葉/18歳/男性/無職
組織:聖母マリアと機関銃教会
NPC:マシンガン・マザー

2916/桜塚・金蝉/21歳/男性/陰陽師
NPC:紅
NPC:鬼鮫

0158/ファルナ・新宮/16歳/女性/ゴーレムテイマー
NPC:アンダーソン基地司令

2885/護衛メイド・ファルファ/4歳/女性/完全自立型メイドゴーレム
NPC:紅
NPC:鬼鮫
NPC:虚色の姐さん
組織:極道会

1537/綾和泉・匡乃/27歳/男性/予備校講師
組織:聖母マリアと機関銃教会
NPC:マシンガン・マザー

1166/ササキビ・クミノ/13歳/女性/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。
NPC:マシンガン・マザー
NPC:神代・マリア

1979/葛生・摩耶/20歳/女性/泡姫
NPC:虚色の姐さん
組織:極道会

0086/シュライン・エマ/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC:鬼鮫
NPC:神代・マリア

3453/CASLL・TO/36歳/男性/悪役俳優
NPC:神代・マリア

0166/レミントン・ジェルニール/376歳/女性/用心棒(傭兵)
NPC:紅
NPC:鬼鮫
NPC:アンダーソン基地司令
組織:アンダーソン麾下在日米軍(銃器密売組織)
組織:極道会

1098/田中・裕介/18歳/男性/孤児院のお手伝い兼何でも屋
NPC:神代・マリア