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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


浅草雷門に火は灯るのか?


 ――プロローグ

 八十円切手の貼られていない、白い封筒が一通送られてきた。
 ただしくは、郵便ポストに投げ込まれていた、というべきだろうか。
 この間のコショウ(一度そういった封筒にコショウが仕込まれていて酷い目にあった)の件もあってか、草間は慎重に封を切った。そして、顔にハンカチを当てザラリと中身を出す。

 そこには白い粉とカードが一枚入っていた。
 白い粉? 嫌な予感が過ぎる……まさか、ここでちょうど警察が踏み込んできて俺がお縄とか、ないだろうな。
 思いながら粉を一舐めしてみると……片栗粉だった。
 ……どうして?
 今回のイヤガラセはずいぶん適当だ、と考えながらおそらくダウトからであろうカードを手に取る。

『クイズだ。七十五キロ以上になったら爆発する』

 はい?
 意味がわかりませんけど?
 草間は見事にしてやられる。わからない、意味がわからない。どうしたらいいんだ、これじゃあ眠れないじゃないか。クイズの答えが、まさか次の予告ということか?
 下の方に小さな文字が書いてあった。

『浅草のシンボルを怪盗トリッキーズがいただきます ダウト』

 いや、だからさ、クイズはどうなったのよ。
 草間は頭をうならせて考える。七十五キロ以上になったら爆発する?
 なんなんだ……。
 がりがりがり、と頭を乱暴にかいた。

 ――エピソード
 
「ヘマだな」
「ヘマですね」
「しかもヘボイ」
「ヘボヘボですかあ?」
 上からべー、久良木アゲハ、リオン・ベルティーニ、シオン・レ・ハイの順の発言である。
 ヘボと言われた赤毛の怪盗ダウトは無言で双眼鏡を覗いていた。双眼鏡の先には草間興信所があった。
「それにしたって、予告状に日時書き忘れちゃだめじゃないですか」
 アゲハがつくづくと言った表情で目を瞬かせる。ダウトはちらりと彼女を見やってから、はぁと深く溜め息をついた。
 霧雨が降っていた。ダウトの隣には背の高い猿顔のベーが立っている。ベーは傘をダウトに差しかけている為、身体半分が濡れていた。彼は黒い革のジャンバー姿だった。ダウトはワインレッドのコートを着ている。アゲハは一応黒装束でいたが、シオンはいつものままの高級スーツ姿だった。
「トリッキーズ!」
 雨の中傘も差さずに後ろで三春・風太が飛び跳ねている。風太は自作のトリッキーズ衣装を着ていた。背中に酷い字で、トリシキーズと書いてある。最早トリキツーズですらない。しかし彼はやる気満々で、とおお、だとかたあぁ、だとか言ってマンションの屋上を一人で賑わせていた。
「……黙らせろ」
 後ろを振り返ったダウトが低い声で言う。
 自分のしたヘマで一番イライラしているのはダウト自身だった。何が悲しくて、探偵が動き出した日を実行日に選ばなければならないのか。その必要はないのだが、そこは一応怪盗を名乗る身として、探偵よりフライング気味にスタートしてはいけないと考えている。
「どうやって?」
 隣にいたベーがダウトに問う。
 二人とも長く暴力の世界にいたので、黙らせると言ったら殺すか昏倒ぐらいしか思いつかない。そしてその二つから掛け離れているのが、今回のトリッキーズメンバーである。
 風太は元気いっぱいの十七歳というふれこみで、アゲハは食欲旺盛好奇心いっぱいの高校生だったし、シオンにいたってはホームレスだった。誰も彼も、特に泥棒に役に立つような能力は持っていない。
 狙うは雷門だ。簡単に盗めるとは思えない……というか、半分ぐらい盗む方法なんか考えずに予告を出した。インパクトかなあ、と思ったのだ。
 仕掛けた盗聴器から、興信所の会話が伝わってくる。
 草間・武彦はどうやら自転車で浅草へ向かうらしい。
「よし、あと二時間後だ。雷門、盗むぞ」
「ラージャ」
 シオンと風太の声がステレオになって響く。ダウトはなんだか頭が痛くなりながら、二人を振り返った。
「浅草行ってきましたあるかなあ」
「浅草限定ポッキーありますかねえ」
 二人は手に手を取って大喜びしている。
 アゲハが笑顔でダウトを見ながら言う。
「それじゃあただの万引きになっちゃいますよね」
 ダウトがうっとうなる。怪盗トリッキーズ万引きす、これは避けたい。はっきり言って、ださいからだ。
 ダウトは背の高いリオンの肩を叩いた。
「お前あいつらの見張りね」
「は? なにそれ、嫌だよ」
 白衣姿で二メートル近い身長の彼は、赤毛のダウトを見下ろしてぽかんとしている。
 ダウトはリオンの言葉を聞かないふりをして、カツリときびすを返した。傘を持っているベーも一緒に移動する。
「あと一人、強力な助っ人がいるからな。今回の仕事は楽チンだ」
 雨の浅草はどんな様子だろうか。
 それにしてもこのメンバーでは、先が思いやられる。
 
 
 それぞれ鞄と一本の飲み薬を持たされて、怪盗トリッキーズ計画実行となった。
 まずシオン・レ・ハイは、有名な雷門の上に立った。鬼の面を被っていたので、草間達がどこにいるのかわからない。
 ともかくまず、登場シーンから……。
「かいとーう!」
 だっと屋根を蹴る。そして叫んだ「シオン参上!」だが視界が狭い上、上りなれない高いところからの着地だったので、シオンは見事に失敗して地面にべちゃっと落ちた。カランと鬼の面が取れる。シオンのいる位置だけ、円ができて人が近寄らない。
「トリッキーズ、シオンは負けません」
 シオンはがばっと顔を上げ、力強く立ち上がった。それから片手に持っていた豆を食べようと思い出し、手を開いた瞬間に鳩の大群に襲われた。
「うわ、うわ、うわうわっ」
 そこへ大慌てで三春・風太が鳩をかき分けて駆け寄ってくる。
「だいじょーぶ? 衛生へーい!」
「風太さんそれはせんそうえいがですよ」
「あ、そうか」
 えへへへへと二人は笑い合う。
「ダウトさんの言った通りの場所に鞄を置いて、私達はお目当ての物をいただくとしましょう!」
「うん」
 二人はアーケード内と外のコロッケ屋と乾物屋の前に黒い大きな鞄を置いて、すたこらっさっさと土産物屋の前に向かった。

 リオン・ベルティーニと久良木・アゲハは問題の二人の後を追っていた。名物の野菜アイスなどを片手に、シオンと風太を追いかける。
「なんであの二人を追わなくちゃならないんでしょう?」
「二人ともお土産物が目当てだからね、怪盗が万引き犯ってカッコワルイだろう」
「……言われてみれば、そうのような……」
 アゲハは微妙な表情をした。リオンも同じ泥棒なんだから大小は関係なかろうと思うのだが、ダウトが言うのだから仕方がない。
 外人や老人が歩くアーケード内で、シオンと風太が立ち止まる。そして隠すことなく、ペナントを手に取って、すたこらさっさと逃げ出した。
 リオンは頭を抱えながら万引き犯を指差しているおばあさんへ近付き、財布から一万円札を出しておばあさんに渡した。
「お釣りは結構です」
 一応笑顔を作る。するとアゲハが短く言った。
「リオンさん」
「またやったの?」
「はい。お煎餅です」
 リオンとアゲハは今度はおじいさん相手に一万円札を出して、黙らせる。
 アイスなど食べてる場合ではない。アゲハにアイスを任せて、ともかく二人の後始末をし続けた。傍迷惑な話だ。
 リオンはほとんど走っている状態なのに、アゲハは息一つ乱していない。しかも、二つのアイスどちらも平らげている。
「アゲハちゃん、部活とかなにやってるの」
「特に入ってませんけど」
「へぇ……体力あるねえ」
「それだけが取得なんです」
 ニッコリと笑ったアゲハの体力は尋常ではない。リオンはなんとなくそのことを悟りながら、口にはせずいた。
 自由時間は三十分ほどだ。そうしたら、リオンとアゲハも含め四人が仕掛けた鞄の中身が発動する。その混乱に乗じて、リオン達はスター広場の手形を盗む手筈になっていた。

 浅草いってきました、は見当たらなかった。風太がどれだけ探しても見つからない。半べそをかこうかと思ったとき、ひよこ饅頭が目に入った。
「うわあ、かわいい」
 そういえば草間興信所にはひよこがいるらしいと聞いている。一度会いに行きたいなあと思っていた。
「こっちは牛と蛙クッキーですよ」
「パペットマペットのクッキーだあ」
 二人とも店内で大ハシャギである。しかも、散々騒いだ挙句それを手に去っていくのだから、始末が悪い。
 そうしてしばらくすると、後ろから首根っこを掴まれた。
「自由時間終了」
「うわ、てきしゅう! 大ピーンチ」
 後ろにはリオンとアゲハが立っていて、シオンと風太はぶらんとリオンにぶら下がっていた。
 風太は『ピンチのときに飲む』と言って渡された謎の液体の瓶を開けた。急いでぐびぐび飲む。味は甘いばかりだったので、我慢できた。
「ああ、風太さん!」
 シオンがハラハラした顔で風太を覗き込む。
「飲ミ終ワッタ」
 !?
 風太の声がヘリウムを吸ったように機械的な声になっている。
「アア、声ガ変ニナッタヨ、ウワー楽シイナア」
 イントネーションは完全に風太なのだが、いかんせん声が声なので、どこの人なのかイマイチわからない。
 風太はすっかり気をよくした。
「我々ハ、宇宙人ダ」
「いいなあ、いいなあ、風太さん、私も飲みます」
 リオンが二人を道に下ろして頭を抱える。
「あの人意味ねえクスリ作ってんじゃねえよ……」
 ダウトの研究オタクぶりはアホというまですごい。今日食べる飯代まで、意味のない研究につぎ込むアホっぷりである。見境がないというか、自制心が利かないというか。それで作ったのがこのクスリだとするならば、アホ以外の何者でもない。
 その間にシオンはクスリをグビグビ飲んで、苦そうな顔をして舌を出した。
「わ、わわわわわ」
 風太が見ると、シオンの顔がみるみるうちにヒゲだらけになっていく。ぽかんと見つめていると、山男もびっくりなほどシオンは毛むくじゃらになった。
「うわーん、なんですか、これは!」
「また、しょーもないもんを……」
 ますます頭が痛くなりながら、リオンはともかく二人を引っ掴みアゲハを連れてスター広場へ移動をした。影に隠れて安全第一のヘルメットを被り、あらかじめ用意しておいた赤いポールと黄色い棒で数枚の手形を取り囲んでドリルを手にする。


 黒・冥月は一人浅草観光としゃれ込んでいた。草間に会ったら、あれこれ言ってやりたいことがあったのだが、どうやら草間は浅草にいないらしい。面白くないと思いつつ、イタリアンジェラートを口に運ぶ。もう片方の手には人形焼きだった。
 ダウトからはいざというときに草間側の足を止めるよう言われているだけだったので、特に他にすることはなかった。たしか作戦開始が三時半……ヘリコプターが着き次第最終段階に入ると聞いている。
「一人でもいいか」
 他のトリッキーズの連中はどちらかというと戦力外だとも聞いていたし、こうして一人で観光を楽しむのも悪くないと、冥月は千代紙を片手に取りつつ、考えていた。昔あの人が教えてくれた折鶴を、質素な色の和紙で折るのも悪くない、そんな風なことを考えながら。

 時計を確認すると三時半ジャストだった。あちこちで爆音や悲鳴が聞こえる。
 異臭も漂っていて、浅草はどよめいていた。
 ダウトは草間の変装をして浅草の街を歩いていた。片手には固ゆでタマゴを持参している。これで今回はバレる心配はない。
 考えながら歩いていると、辺りを巡回していたらしいシュライン・エマと黎・迅胤が駆け寄ってきた。
「武彦さん、いつ着いたの」
「さっきな」
「大提灯へは行ってきた? 黒龍くんがいるんだけど」
「これからだ」
 迅胤へ向かって親しげに「よお」と片手を上げてみせる。迅胤も同じようにした。
「しかし……なんの騒ぎだ?」
「わからないわ。大きな音や、煙があがってるけど……まさかテロかしら」
 ダウトはふむと大きくうなずいてから、雷門へ足を向けた。
「ともかく、俺は一応大提灯へ行ってみる。お前等は騒ぎを確かめてきてくれ」
 小走りに去ろうとしたところを、迅胤とシュライン二人に呼び止められた。
「武彦さん」
「草間」
 何事かと立ち止まって振り返ると、二人とも訝しげにダウトを見ていた。ダウトは頭を巡らせてニヤリと笑った。
「なんだ?」
「本物かどうか確認させてもらうわ」
 シュラインの言葉に迅胤がうなずく。ダウトはやれやれと、固ゆでタマゴを取り出した。
 殻を剥いて一口食べてから、中身を見せる。もちろん、中は黄色い。
「……ダウトよ!」
 シュラインが頭をとんとん叩きながら叫んだ。迅胤が素早くダウトの片腕を掴もうとする。それをするりと抜けて、ダウトは走り出した。アーケードを浅草駅へ戻るように抜けて、それから裏道を使って異臭騒ぎの近くまで走った。逃げなれているだけあって、誰も追ってきていない。路地に隠れて警官の服装に着替えたダウトは、早急に雷門へ向かった。
 しかし、どうしてタマゴ作戦がバレたのだろう?
 などと本気で考えている場合ではない。雷門に爆弾を仕掛けなければならなかった。
 
 
 工事中の看板を置いて、リオン・ベルティーニはスター広場の手形を片っ端から取り外していた。さすがに五つも外すと、鞄の底が抜けるほど重たい。
 その鞄をアゲハはなんの疑問ももたずに持っている。末恐ろしい女性である。
 ドドドドドド。
 異臭騒ぎで人が人がお留守になる隙を狙っての犯行だった。シオンは毛むくじゃらだし、風太は拳銃らしきものを振り回して遊んでいるし、まるで役に立たない。
 どうして俺がこんな目に?
 そう思っていたところに、アゲハが短い声を上げた。
「あ、警察さんです」
「げ」
 逃げるしかない。
 思ったとき、アゲハは言った。
「今こそダウトさんからもらったピンチのときに飲む薬を飲むんです」
「……いやさ、さっきの二人見てなかったの?」
「飲みましょう」
 半ば強引に押し切られリオンは謎のクスリを一気飲みした。するとどうだろう、身体中が沸騰するような感覚に見舞われ、腕や胸や足がむずむずしてきた。見てみると、筋肉が脈動している。まさか、リオンのクスリは一瞬でマッチョになるクスリだったのか?
 ともかくいっそ元気玉が撃てそうな気分である。
 一方のアゲハはなんの変化もないようだった。
 シオンが三輪車に乗っている。ぴらぴらのついた三輪車には、なんと後ろに風太が乗っていて二人乗りだった。
「私達は今日はワルですから、二人乗りしちゃうんです」
「ワルダゼ」
 シオンと風太はすっかり意味不明なワルモードだった。
 そして風太は拳銃を取り出して警官へ向け、ピュウー! とねばねばした液体を警官に浴びせかけた。異臭騒ぎで敏感になっていた警官は、それだけで腰を抜かして座り込んだ。
 ともかく逃げなければと、待ち合わせのビルの屋上へ向かうのだが、なんだかソワソワする。なにがリオンをそわそわさせるのか……。
 一応全員がヘリコプターと待ち合わせをしているビルの屋上へ着いた頃、リオンは突然言った。
「あ、アゲハちゃん」
「はい? なんでしょう」
「奇麗だ、美しい!」
 どうやらアゲハにはフェロモン増幅の効果があったらしい。フェミニストを気取るリオンなど一撃粉砕である。
 しかし、フェロモンに弱い男は一人ではない。
 ビルの屋上へ通ずる階段から、どんどん男達がやってきた。一人の男はバラの花束をまき散らしながら、もう一人は指輪を片手に……そういった具合で三十人ほど集まっただろうか。リオンはアゲハの前に立ち塞がり、クスリのせいで筋肉隆々になっているだけあって、片っ端から男どもを伸して回った。
 そして奪い取ったバラの花束をアゲハへ掲げ
「君と並ぶと見劣りするね」
 などとアホな台詞を吐いた。
 そこへ、巨大なヘリコプターが到着する。
 
 
 雷門の前の梅・黒龍にシュライン達から事情を聞いたのだと説明して、ダウトは雷門の両サイドを調べた。……ふりをして、小型のプラスチック爆弾を設置した。
「七十五キロってなんのことだ」
 突然黒龍が言った。ダウトは一瞬戸惑った。
「なにかのクイズですか」
「……バカめ。そんなクイズがあるか、貴様泥棒だな」
 しまった、ダウトは警官の服を脱ぎ去りながら駆け出した。自慢ではないが、逃げ足だけには自信がある。後ろから変な犬のようなものが追いかけてきていて、その後ろには自転車に乗った黒龍がいた。空からは、バラバラバラバラとヘリコプターの音がする。アーケードを抜け裏路地へ入り、そしてまた雷門へ向かいながら犬を確認する。犬は振り切れないらしい。自転車は既に見えなくなっていた。
 雷門が見えてきた。シュラインと迅胤の姿が見える。
 迅胤が義足をダウトへ突き出した。ダウトは高く飛んでそれを避ける。そしてそのままいつのまにか網のかけられている雷門に足場なしでスルスルと登った。ヘリコプターからワイヤーが降りてくる。
 素早く自転車を乗り捨てた黒龍が飛び上がろうとした瞬間に、影の中から冥月が現れ三人の動きを封じ込めた。
「やはり草間がいないな」
「冥月、離せ。あいつは泥棒だぞ」
 黒龍が言う。しかし冥月は小首をかしげて言った。
「つまらんな。まあ、これも仕事だ。興信所より割りがいいんでな」
 ダウトは太いワイヤーの先の鉤を雷門上部に括りつけ、遠隔装置のスイッチを押した。
 ドウンドウンと雷門がの両端が爆破される。
 ふと顔を上げると、影の範囲外に草間が立っていた。
 ダウトは笑って、手を振った。
 草間が凄い勢いで駆けてきて、宙に浮き上がった雷門の柱にしがみつく。
「くそー、ふざけてんじゃねえぞ」
「おいおい、落ちるぞ、死ぬぞ、諦めろ」
 大型ヘリコプターは雷門を吊り上げて上へ上へあがっていく。
「武彦さん、無茶よ、やめなさい」
 下からシュラインの声が聞こえたが、草間の耳には届いていない様子だった。
 
 
 冥月は仕事が終わったとヘリコプターの中へ移動した。ヘリコプターの中には、風太とシオン、リオンとアゲハそして操縦席にベーが座っていた。
 冥月が風の吹き込む開けっ放しのドアからダウト達を窺い見る。
「あれは、どうする気なんだ?」
「……さあ」
 リオンは至極まともな顔だった。筋肉もどうやら納まったらしく、普通の表情だ。
「この……軍用ヘリコプターはどうしたんだ」
「どうしたんです?」
 アゲハがベーに聞く。
 ベーは煙草を口に挟んだまま笑った。
「そりゃあ米軍基地から失敬してきたに決まってるだろ」
 からから笑う。風太が目を丸くして運転席を覗き込んだ。
「すごーい! ほんとうに怪盗みたいだねえ」
「おじちゃん等こういうことしかやらないからな」
 自慢にならないことをベーは言って、ガシガシと風太の頭を撫でた。
 冥月はそのことにはまったく感心を現さず、冷たい調子で言った。
「報酬の件だが……」
「あー、そりゃあダウトかリオンに言ってくれ」
「って、俺かよ!」
 リオンが全力で突っ込む。ベーはまた他人事のように笑って
「俺達金ねえもん、知ってるだろ。報酬はスリルとサスペンスです、ってなもんだよ」
 それを聞いた冥月はスタスタと豪風の中ドア口に屈みこんで、影で作った刃物で太いワイヤーを問答無用で切った。
「あ」
 ああぁぁぁ……と小さくなっていく悲鳴が聞こえる。
「まったく、不愉快だ。私は帰る」
 冥月は言って影の中に消えていった。
「ダウトさん平気でしょうか」
 シオンがベーの操縦を覗き込んで言う。ベーはそうだなあと頭をひねってから、
「下は海だし、平気じゃねえの」
 またも他人事のように言った。
 そのとき、後ろからもの凄い轟音が響いた。
「な、なに?」
 ベーがパネルを弄って操縦桿をしっかり握る。
「ほら、米軍基地からパクッてきたって言っただろ」
「言いました」
 必死でヘリコプターの床に這いつくばりながらシオンが答える。
「ありゃあ、怒った米軍が追って来たってことだあなあ」
「って、滅茶苦茶危ないじゃないですか!」
 アゲハが運転席のシートに捕まって叫んだ。
 そうこうしているうちに、何発か弾がかすったらしく、ヘリコプターは少しずつ落下を始めた。
「……どこに落ちたい?」
「ボクはねー……うーんとえーと、やわらかいところがいい」
「そんなとこあっかなぁ……」
 シオンとアゲハが同時に閃く。
「東京ドームですよ!」
 冷静にリオンがシオンの頭を叩いた。
「あれは全然やわらかくないの。ただのドームなんだから」
「じゃあ、東京ドームでぱっと散るか」
「ベーさんも勝手に散らないでくださいよ! 嫌ですよ、こんなヘボイ仕事で散るの!」
 リオンは操縦桿をぐるりと回転させて見えてきた白いドームに向かい減速し始めている。
「うわぁ、マジっすか」
 リオンの叫びも空しく、運よくちょうどイベントの入っていなかった東京ドームにヘリコプターは墜落した。
 生存者は……不明。
 
 
 ――エピローグ
 
 ダウトは相変わらず表情を崩さずに、偉そうに椅子に腰をかけて言った。
「ともかくだ、今回は大失敗ということで……」
「そもそもあんなもんどうやってどこへ運ぼうって手筈だったんですか?」
 リオンは腹立ち紛れに言った。腹が立っていても、ダウトのアジトに食い物が何もないのをわかっていたからか、リオンはコージーコーナーのケーキを持参している。
 アゲハはケーキを頬張りながら笑顔で言った。
「でも普通じゃできない体験をいっぱいできました」
 確かに警察に追いかけられたり、ヘリコプターに乗ったり、ヘリコプターが追撃されたり、しまいには墜落したりはなかなかできない体験だ。
 ダウトは既に自分の分のケーキを平らげており、隣でゆっくり食べている風太のイチゴを狙って目を光らせている。
「お前、それ食べねえのか」
「食べますよ、あげないよ」
 シオンは片栗粉を入れた風船を持っていて、
「風船の重みってどう計ったらいいんでしょう?」
 などと言っている。あの七十五キロの話に立ち戻っているのだろう。
 ベーは煙草を噛みながら笑った。
「ありゃ、俺の創作だ、答えなんかないぞ」
 言った瞬間にバンと風船が割れた。頭の上で割れたものだから、シオンはまっ白になっている。
 そんな和やかな雰囲気の中、ダウトの後ろに冥月が現れた。
「報酬、払ってもらうぞ」
 なにやら刃物が首に当たっている感触だった。
「冥月、お前あれが金になる仕事だと思うか?」
 至極もっともなことを言って、ダウトは頭をうなずかせた。
 リオンが肩をすくめる。
「わかりましたよ、貸しですよ、貸し、貸しで俺が払いますから」
 リオンが財布を取り出して冥月へ指定の金額を支払った後、ダウトは小さな声で言った。
「肩叩き券とかでいい?」
「あんた一度本気でぶっ殺すよ」
 じろりとリオンはダウトを睨んだ。ダウトは素知らぬ顔で、浅草で拾ってきた鳩豆を食べている。
 
 
 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1561/黎・迅胤(くろづち・しん)/男性/31/危険便利屋】
【2164/三春・風太(みはる・ふうた)/男性/17/高校生】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/46/びんぼーにん 今日も元気?】
【3359/リオン・ベルティーニ/男性/24/喫茶店店主兼国連配下暗殺者】
【3506/梅・黒龍(めい・へいろん)/男性/15/ひねくれた中学生】
【3806/久良木・アゲハ(くらき・あげは)/女性/16/高校生】

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■         ライター通信          ■
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「浅草雷門に火は灯るのか?」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
ドッタバッタと終わりました。草間氏がほぼ不在で、遂行できないプレイングがありましたことをお詫びいたします。
少しでもお気に召していただければ、幸いです。

では、次にお会いできることを願っております。
ご意見、ご感想お気軽にお寄せ下さい。

 文ふやか