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<東京怪談ノベル(シングル)>


【風間探偵事務所事件ファイル】黄泉返り


◆ 奇妙な依頼

 『風間探偵事務所』は1人の女性を迎えた。おどおどと椅子に座った彼女は、一体何から話せばいいか迷うような仕草を見せる。
「こんなことを言って……頭がおかしいと思われるかもしれませんが……。」
 そして、恐る恐る告げられた一言に、所長の風間・悠姫は眉を顰めた。
「何ですって?」
「す、すみません! こんなことって信じられませんよね。」
 慌てて顔の前で手を振り、既に発した言葉を打ち消そうとしてくる。悠姫はそれを遮り、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「もう一度言っていただけませんか?」
「はい……。死んだはずの姉が生きているんです。」
 悠姫はじっと依頼人の表情を窺った。疑われているのが分かっているのだろう。彼女は必死に悠姫に弁解している。
 どうやら嘘をついているわけではないことを見て取り、悠姫は軽く息を吐く。何やら面倒なことに巻き込まれていなければいいが、と思いながら。
「詳しい話を伺いましょうか。」
「ありがとうございます!」
 感無量に手を組み、彼女は目を輝かせた。



 依頼人の姉は5年前に不治の病で他界している。元々身体の弱かった人で、医師からもそれくらいしか生きられないだろうと言われていたので、諦めていた。姉は治る見込みのない病と戦い、そして息を引き取ったのだ。
 そう信じていた。もちろん葬式もきちんと行ったし、墓もある。
 だが、数週間前、依頼人が性質の悪い風邪を引き、病院へと行った。そこは姉が他界した病院だった。
 診察が終わり、帰ろうとしたとき、ふと懐かしさに引き寄せられるように依頼人は入院病棟へと足を運んだ。
 姉の見舞いで通い慣れた道だ。懐かしさと哀しさが込み上げて来て、思わずその場に立ち止まって周囲を眺めてしまう。
 その前を横切る人影を見るともなしに目をやり、依頼人は驚愕した。
 服装からして、その病院の入院患者であることは明白だった。別に入院患者が歩き回ることなど普通で、驚くことでもない。
 依頼人が驚いたのは、その人が自分の姉にそっくりだったことだ。他人の空似なんてレベルではない。完全に生き写しだった。
 呆然とその後姿を見送り、上手く動いてくれない頭をフル回転させて、依頼人はようやくその人が本当に姉であるのかを確かめようと思い立った。
 その証拠を依頼人は必死で思い出そうとした。確か生前、姉にはうなじに×印の奇妙な痣があったはずだ。これは生まれつきあるもので、目立つのが嫌だから、と姉は髪を長くしてそれを隠していた。
 長い病院生活で、鬱陶しかったのか、目の前の人物は髪を括っていた。注意深く観察して、その合間から、確かに姉と同じ×印の痣を見つけることが出来た。
 姉だ、間違いない。
 驚きながらも慌てて追い縋ったが、角を曲がってしまったその人を見失ってしまい、それ以降病院で見つけることは出来なかった。



「お願いします。姉が本当に生きているのか確かめてください。」
 涙ながらに訴えられる。
 どこか腑に落ちないものを感じた悠姫は、軽く頷いた。
「出来るところまでしっかりやらせていただきましょう。」
 かくして悠姫は、死んだ人間が生き返っている、という奇妙な依頼を引き受けることになった。



◆ 潜入捜査開始

 病院には閉鎖的なイメージがあるが、夜だからといって完全に締め切っているわけではない。悠姫は的確にその穴場を見つけ、するりと病棟に忍び込んだ。
「……他のところより、警備が厳重な気がする。」
 妙に引っ掛かったが、悠姫はすぐに気持ちを入れ替えて、捜索を始めた。
 夜の病院は暗く重々しく陰気だ。鼻につく消毒薬の匂いが、更に独特の雰囲気を醸し出している。
 悠姫はあまりにキツイその匂いに、思わず口元を片手で覆った。普通の人間より五感が強いせいかと一瞬思ったが、そういうレベルではない。入院患者はすでに慣れきっていて気付かないだけだろう。
「何か嫌なものを隠しているような。」
 胸騒ぎがする。
 悠姫は足早に病棟内を歩き回った。依頼人から生前2人で撮った写真を借りていたが、ひとつずつの病室を回るなどという手間が掛かることはしない。
 まずは依頼人が姉を見たという場所に向かった。どんどん消毒薬の匂いがきつくなっていくのを感じる。そして、その中にかすかに探し人に血縁的に近い血の匂いが混じっているのが分かった。
 ともすれば途切れそうになるそれを悠姫は追って行く。
 角を曲がるとすぐに脇に扉があった。関係者のみの通行に使うそれは非常に目立たない造りになっており、血の匂いを追っていなければ、悠姫ですら見逃しそうだった。
 同時に、悠姫は嫌な匂いをも嗅ぎ取っている。
 予感は確信へと変わり、悠姫は扉へと手をかけた。掛けられている鍵をヘアピンで難なく解除する。
 見張りがいるかもしれないので慎重にドアを開け、悠姫は中と外を確認すると身を滑り込ませた。
 部屋の突き当たりのドアを開けると、降りる階段があった。ぶわっと下から隠されていた匂いがダイレクトに流れてくる。悠姫は思わず仰け反った。
 濃い。


 どこまでも濃い。


 これは、死臭、だ。



 慌てながらも、用心深く階段を駆け下り、目の前に現れた光景に、悠姫は立ち竦んだ。
「何てことを……。」
 それっきり絶句するしかなかった。



◆ 暴かれた真実

 数週間後、例の病院は、院長の未曾有の大失態により、病院取り潰しにまで発展するという大事件となった。逮捕者も大勢出たが、実際にどんな事件が起こったのか、詳しいことは何も報道されず終いだった。
 依頼人が蒼白になって、『風間探偵事務所』に飛んできた。悠姫は待っていましたとばかりに、彼女を迎えた。
「どういうことなんですか?」
「緘口令が敷かれているんです。」
「え?」
「あまりに世間に出すには恐ろしいものだったということです。」
 依頼人は今ひとつ意味が分からなかったようだが、悠姫の真剣な眼差しに気を落ち着け、聞く態度を整えた。
「まずあなたが出会ったお姉さんに似た人についてですが……確かにあなたのお姉さんでした。」
「生きていたんですか!!」
「……いいえ、残念ながら亡くなっておられます。」
「そんなっ!!」
 今にも泣きそうな表情を何とか押し留め、依頼人は悠姫を見つめる。
「……どういう意味なんでしょうか?」
「実は……。」
 悠姫は言い難そうに顔を歪めた。
「これは決して口外しないで頂きたいのですが……。」
「絶対喋りません。教えてください。」
 背筋を伸ばし、依頼人は深く頭を下げる。その心構えを見て、悠姫も大きく息を吐いて、覚悟を決めた。
「あの病院は臓器密売を行っていたんです。」
「臓器密売?!!」
 国内では耳にしない言葉に、依頼人が肩を振るわせる。
「しかも、あそこでは、患者の細胞からクローンを作り出し、そのクローンの臓器を密売していたんです。」
「なんてことを!!」
 わなわなと振るえる手を自分で押さえ込み、依頼人は涙を浮かべた。
「それでは……姉は。もしかして……。」
「残念ながら……。」
「そうですか……。」
 悠姫が駆けつけたときには、すでに依頼人の姉の臓器は何処かに引き取られた後だった。
 他に生きていたクローンも、悠姫が呼んだ警察の手によって全て秘密裏に処理され、混乱が起きないように配慮された。
「……でも、少しほっとしました。クローンとはいえ、姉の細胞が他の人の臓器として役に立っているのなら。何も出来ずに死んでいく自分の身体を恨んでいた人でしたから。」
「そうですか……そうですね。」
 前向きに考える依頼人を、悠姫は好意的に見つめた。涙を拭い、彼女は何度も悠姫にお礼を言って帰っていった。



「黄泉返りとは、かくも醜く歪むものなのか。」
 依頼人の姉とは違い、部分的にクローニングされた試験管などを思い出し、悠姫は頭を振って記憶を追い出そうとした。



 * END *