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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


万華鏡


 その日、一人の少女が蓮のアンティークショップを訪れた。
 白い肌に真夏の向日葵のような色のワンピースを来た少女はこの薄暗い店内とは不似合いで否応なく目を惹いた。
 まぁ、もともとそう客の多くないこの店を訪れる客は否応なしに目は惹くのだが。
 少女は店内に入ると、その薄暗い雰囲気に幾分か怯えたような表情をしながらもきょろきょろと店内のものをいろいろと眺めている。
 しかし、一通り眺め終わると大きなため息をついた。
「お嬢さん、何かお捜しかい?」
 蓮の声に少女はびくっと肩を動かして、小さな悲鳴めいた声をあげた。
 そして、振り向いて蓮の姿を確認すると今度は安堵のため息を漏らす。
「……お店の、方ですよね?」
 蓮は鷹揚に頷いた。
「万華鏡を探しているんです。ここなら古い万華鏡もあるんじゃないかって聞いて……」
「万華鏡?」
「はい。おばあちゃんにその万華鏡をあげないと」
 少女の口調は、ただ祖母にプレゼントを探していると言った口調ではなかった。
 その万華鏡は祖母がずっと大切にしていたものだった。
 だが、その祖母が亡くなりバタバタしているうちに母が誤ってその万華鏡をどこかの古物商に譲ってしまったらしい。
 もうすぐ初盆で戻ってくる祖母がかわいそうだと彼女はその万華鏡を探しているのだと少女は言った。
「おばあちゃん、いつもこれを覗くとあの人に会えるんだって言ってたんです……」
「ふぅん」
 何やら曰くありげな様子が蓮の興味を惹いたようだ。
「あいにくと今ウチには置いてないねぇ」
「そうですか」
 少女はがっかりした顔で肩を落とした。
「でも、探してみてあげよう。見つかったらお嬢さんのところに連絡を入れさせてもらうよ」
 蓮の台詞に曇っていた彼女の顔に一筋の光が舞い込んだようだ。
 探している万華鏡の詳細を伝え、
「お願いします」
そう言って1度大きく頭を下げると少女は店を出て行った。

 それから2週間ほどたった夏の終わりに、その万華鏡は蓮の店にやって来た。
「どうやって探したかって? 蛇の道は蛇っていうだろう」
 蓮は入手の経緯はそう誤魔化す。
「まぁ、今から連絡すればお彼岸には間に合うだろうけど……あの子に連絡する前に、ちょっと調べてみてくれないかい?」
と、奥から蓮は万華鏡を持って来た。


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「興味深いですね」
 カツン、カツンと歩く度に杖の音が静かな店内に響く。
 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)は蓮が奥から持って来た万華鏡を置いた年代物のテーブルとセットになっている椅子にゆっくりと腰掛けた。
 その重厚なテーブルと椅子も勿論売り物ではあるのだが、その円卓は集まった面々がそれを囲むにはちょうど良い大きさだ。
 吸いかけのタバコを携帯灰皿に押し付けて胸ポケットにしまいこんだ真名神慶悟(まながみ・けいご)も同様に空いている席に腰掛けた。
「……今のところ特に悪い気は感じられないな」
碧摩が探してきたものにしてはな……と続けた慶悟はにやりと口の端を持ち上げる。
 ふん……と、特にそれを気にした様子もなく蓮は横目でちらりと慶悟を見ただけである。
「万華鏡……また戻ってきたのですね……」
 どこからともなく姿を現した四宮灯火(しのみや・とうか)がそう静かに呟く。
「依頼人の方にこれをお見せしたら……大変喜ばれると思います……でも、手がかりの少ない状態でどうやって入手したのですか?」
 その問いかけに、蓮は、
「そりゃあ、企業秘密さ」
と、キセルを銜えてふぅ吐息を吐く。
「そんな細かいことより……開いてみていいか?」
と、羽角悠宇(はすみ・ゆう)は濃紺の風呂敷包みを覗き込む。高校生男子らしい好奇心でその包みに手をかけようとした。
「あぁ、その前にちょいとコレを掛けてきてくれるかい?」
 蓮はそれをさえぎって風呂敷包みを囲んでいた面々の誰に渡すでもなく『準備中』と書かれた気の札を取り出す。
 思わずそれを受けとってしまった悠宇はしぶしぶ入り口へ向かった。
 もちろん、
「あ、俺が戻るまで絶対開くなよ!」
と釘をさすのも忘れない。
 悠宇が手をかけようとしたとき、タイミングよく入り口の扉が開いた。
 予想外のことに扉の角が額にぶつかりかけて飛びのく。
「あ……ごめんなさい」
 そういって少し驚いた顔をした女性は雨柳凪砂(うりゅう・なぎさ)若いながら好事家としてその世界では名の知られている女性だ。
 悠宇はだまって小さく頭を下げた。
「蓮さん、お久しぶりです。なにかいい出物ありますか?」
「おや、いいとこに来たね。売り物じゃないが見てくといい」
 そう言われて、凪砂は皆が集まっている円卓へ歩み寄る。
 入り口に客避けの札を掛け悠宇も慌てて戻ってくる。
 それを待って蓮がゆっくりと風呂敷を外した。


■■■■■


 ほぅ―――
 件の万華鏡が姿を現すとその場にいた誰のものともつかぬ溜息がもれた。
 15センチ四方ほどの箱型で上下以外の四面は華をあしらった陶器で1面の下の方に小さなゼンマイが着いている。
「これは、オルゴール?ではなくて万華鏡なのですね」
 凪砂は覗き穴を見つけてそう言った。
「万華鏡は自分だけの万華鏡を作ることも出来ると言いますから、趣味として作った物かとも思っていたのですが……」
 失礼―――と言い置いて、セレスティはそれを手にとって間近でよく検分する。
「この見事な細工……とても趣味だけで作っていたとは思えない出来ですね」
「えぇ、きっとこれだけの物となると、万華鏡作家の作かもしれませんね」
 セレスティの意見に凪砂も同意する。
「万華鏡作家ぁ?」
 耳慣れない言葉に悠宇が問いかけた。
「えぇ、万華鏡の作家さんと言うのがいらっしゃるんですよ。それこそ世界中に」
 そう言って、セレスティは何点か持参した万華鏡を見せる。
 そこには円筒のものや箱型のもの、一昔前の顕微鏡のようなものさまざまな形のものがあった。
 万華鏡という綺麗な語からこれを日本の原産と勘違いすることも多いが、元は外国の物理学者が発明したKaleidoscope(カレイドスコープ)と呼ばれるものでそれが日本に渡り明治時代には百色眼鏡等とも呼ばれていたものである。
「ふーん」
 悠宇はセレスティの説明に感心したような声をあげた。
「万華鏡なんてどっかの田舎のお土産やとかにあるモンだと思ってたよ」
「そうですね、そういうところに置いてある筒状のものが一般的な認識ですけれど、欧米では芸術品として製作されていてコレクターも多いですから。これだけの一品なら相当高値がつくでしょうね」
凪砂はこの万華鏡に好事家らしい興味を示す。
「少し写真を撮らせてもらっていいですか?勿論、これはそのお嬢さんにお返しするのでしょうけど、後で知り合いの古物商さんやオルゴール職人さんにお話を伺ってみたいので」
 そういって、凪砂は鞄からカメラを取り出していろいろな角度からその箱を写真に収めた。
「こうしてみると普通の万華鏡なんだけどなぁ……そのおばあちゃんはこれを覗くとあの人に会えるって言ってたんだよなぁ」
 いろいろな角度から眺めてみるが、悠宇には少し豪奢な万華鏡にしか見えない。
「手入れよく古くしたものには魂や想いが宿るというからな……」
 慶悟の言葉を継ぐように、
「物にも……心が生まれますから……」
と灯火が小さく呟いた。
 自分の境遇とこの万華鏡がなんとなく重なって見えたのかもしれない。
「想い出の人に会えるとおばあさんはおっしゃっていたのですよね? 中におじいさんの写真でも貼られているのかそれとも一定の見方があるのか」
 いずれにしろこうやって眺めているだけではどうしようもない。
「いっそばらしてみるとか」
 そう冗談めかして言った悠宇の意見は即座に却下される。
「一般的なものならば、わりと簡単な構造で出来ているので私達でも組み立てなおすことは出来るでしょうがさすがにこれは私達素人では組み立てなおすのは困難かと」
 セレスティがやんわりと苦笑する。
「依頼はあくまでこの万華鏡を探し出してくれと言うまでのところだ。この万華鏡の不可思議を解くのはあくまで碧摩の趣味でしかないからな」
「ほらほら、万華鏡の解釈はそこまでにして……この万華鏡覗いてみるかい?」
 蓮は一通り万華鏡についての解釈が終わったところでそう言って手を叩いた。
 その場にいた全員が顔を見合わせる。
「なんだい、興味がある割にはしり込みしてるのかい?」
 即座に誰の手も上がらなかったので蓮は一同を見回して微笑する。
「ばらして細かく調べるわけにはいかないんだしここは実際に体験してみるのが1番だろう」


■■■■■


「あの人に会える万華鏡か……」
 何故かトップバッターになってしまった悠宇は万華鏡を前にそう呟く。
 そのおばあちゃんのように長い歳月を生きて、多くの人との出会いと別れを繰り返した人ならいざ知らず、自分のようにたいした年月を生きていない者が覗き込むと一体何が見えるのか、悠宇には自分が見えるであろうものが全くといっていいほど想像できなかった。
 両親祖父母ともに健在であるし、昔仲の良かった友人のほとんどとも今でも連絡が取れる。
 たとえばこの万華鏡が深い思いを抱くものを映すとしたら……悠宇は1人の人を思い出して軽く頭を振った。
「じゃあ、見るからな」
 ゴクリと息を呑んで意気込んで悠宇はその万華鏡を覗き込んだ。
 キラキラと光るいくつもの色。
 筒状のものならば自分で回転させるのだが、これはゼンマイを回すとくるくると中が回転する。
 次々と広がる鮮やかな色に魅入られたころ不意にその回転が速くなった。
 ぐるぐると回る色の洪水がふと途切れる――――
「―――」
 そして途切れた視界に1人の女の子の顔が浮かび上がった。
 果たして、それが万華鏡に映っているのかそれとも悠宇の脳裏に浮かび上がったのかそれは定かではなかったが。
 今日、来たがっていたあの子―――
 その子の代わりのつもりで覗いてみたのだがもしも何も見えなかったといったらなんて言うだろう。
 なぜなら、照れくさくてとてもじゃないけれどその子の顔が浮かんできたなんて事は、悠宇にはとてもじゃないけれど言えそうもなかったから。
「で、どうだった?」
 感想を聞かれて、悠宇は、
「うーん……思い出っていうかなんていうか……。ま、でも気になるやつの顔が見えた」
 別に判れたわけでもなく、明日もきっといつもどおり会えるはずの相手の顔が浮かんだのは少々以外であったらしく悠宇は首をひねった。
「ふぅん、そうかい。次は、誰が覗いてみる?」
「あ、じゃあ、私も少し覗かせていただいてもよろしいですか」
 勿論と口には出さなかったが、視線で促されて凪砂が中を覗き込んだ。
 覗き込むと、ジィィ―――というゼンマイの回る音が密着した覗き穴から伝わってくる。
 やはり、悠宇同様、通常の万華鏡の描くその文様が回転して幾度か繰り返された後に、それが極彩色の渦となり渦が消えた瞬間に人の顔が見えた。
 それは凪砂が幼い頃死別した両親の姿だった。
「浮かぶのはひとりとは限らないと言うことか……」
と、3番手の慶悟はつかの間万華鏡の前で考え込んだ。
 孫娘が言うように祖母の言う「あの人」……多分なくなった旦那の姿が映ると単純に考えていたのだが、先の2人が全く別々の―――それぞれの思いが強く残る人物の顔が浮かんだと言うのだ。更に言うならばどうも生死は関係ないらしい。すると自分が覗き込むといったい誰の顔が浮かぶのか……そう考えた時、慶悟の頭には亡くなった姉、腐れ縁の友人達、押しかけ弟子……思い当たりそうな顔がいくつも浮かんでは消えた。
―――自分で自分の心を試してどうするのやら……
 心の中で自嘲しながら、慶悟は覚悟を決めたように中を覗き込んだ。
 ジィ―――
 ゼンマイの音がいつのまにか気にならなくなった瞬間、踊っていた色の狭間に浮かんだのは景色のような顔のような……古い記憶のようで今も目にする光景のような不可思議なものだった。
 記憶や思い出の断片に魅入られかけて、慶悟は頭を振ってその光景を振り払った。
「暑さのせいか……どうも惚けているらしいな」
 そう呟いたのはもちろん言い訳でしかなく、危うく引き込まれかけた自分の心にもまだ付け入る隙があったことを目の当たりにされたことに対する自戒を含めていたのだが。
「しかし、こうなってみると生死も何もかもが限定されていないと言うことのようだね」
 ますます持って興味深いと、蓮は万華鏡を遠めに眺める。
「おや、覗いてみないのかい?」
 蓮の問いかけにセレスティはゆっくりと首を振る。
 思い出を振り返るにはセレスティは多くの時間を過ごしすぎている。
 思い出は心の奥にそっとしまわれているからこそ美しいので、それを目の当たりにするにはセレスティに残されている時間はまだまだ長すぎるような気がしたからだ。
「あの……わたくしに万華鏡を見せていただいてもよろしいでしょうか……? この物に何が宿っているのか……」
 もちろん、『人に作られた物』の意思を感じ取る能力もあるが、それ以上に寵愛された物同士でないと判らない事もきっと灯火には聞こえるのかもしれない。その物に触れなくても。
 蓮が眼で促すのを見て、灯火はその小さな掌でその万華鏡を手に取り覗き込んだ。


「……この物に持ち主であったおばあ様の思い残っています……でも……それよりももっと強い思い……作った方の思いのほうがこの物には満ちています」


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「本当に見つかったんですね。ありがとうございます」
 蓮から連絡を受けた少女はすぐに飛んで来て、その万華鏡を見て何度も頭を下げた。
 そして、
「あの……少ないんですけどこれ……」
 少女の手には幾許かのお金がある。
「これで足りない分は少しずつでも必ずお支払しますから」
 そう言った少女から蓮はそのお金を受け取り、その中の大部分を彼女の掌に戻した。
「え?」
「これだけもらえれば充分だよ。残りのお金でお花でも買ってやった方が喜ばれるさ」
 ありがとうございますと、何度も何度も繰り返し少女は店を後にした。


 その万華鏡に残っていた思いの主―――万華鏡の製作者はどうやら彼女の祖父ではなく、祖母の恋人が彼女に贈った物だった。
 自分に召集令状が来た時に彼は自分の死期を悟った。
 なぜなら彼が徴兵された先はいわゆる特攻隊と呼ばれる部署であったからだ。
 お国のために死ぬことは怖くない。ただただ、残していくその人への気持ちまでも死ぬことによってこの世から消えてしまうことが怖かったのだ。
 その鏡に映るのは思い出。
 その鏡に映らせるのは、映った者の覗き込んだ者に対する強い思いがその力となる。
 長い年月を過ごしたその箱はいつのまにかそんな効果を有するようになった。

「万華鏡も人の心も不覚まで覗きこむものではないからな」
 蓮の煙管から煙草に火をともした慶悟はそう呟く。 
「人の心を映す鏡―――まるでこの万華鏡が人の心そのもの……と言ったところですか」
 セレスティのその言葉がもっともこの不思議な万華鏡の的を射ていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3525 / 羽角・悠宇 / 男 / 16歳 / 高校生】

【1847 / 雨柳・凪砂 / 女 / 24歳 / 好事家】

【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20歳 / 陰陽師】

【3041 / 四宮・灯火 / 女 / 1歳 / 人形】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、遠野藍子です。
 この度はご参加ありがとうございました。
 これを書くに当り万華鏡について調べてみたのですが、思いのほかいろいろな形の大きさがあるのを知りちょっとビックリしました。
 今となっては、お土産屋等で見る位ですが、請った細工のものになると芸術品として扱われるのも納得できるなぁと。
 
 また何かの機会にお会いできれば幸いです。